集合場所へは俺が一番乗りだった。土曜なだけあって結構な人が行きかっている。
特に特急列車が停まったあとはたくさんの人が駅から出て来た。駅前のバス停からは温泉街へ行くバスも出ているからバス停はこの時間は人が多くなる。
少しして瀬戸さん、時間の10分前に先輩が、そして5分前に先生が来た。先生の車はミニクーパーという小さくてかわいい車だった。
「おまたせ。じゃあ行こう」
先生の運転は揺れが少なくて眠れるくらいの安全運転だった。
バスの時と違って一直線に山へ向かっていくからすぐに緑に囲まれた。クネクネしているわけではなく二車線あるけど狭い方の道だと思う。よくこんなところを普通のバスが通ってるなとびっくりする。
40分ほどして先週行ったダムのアーチに着いた。改めてみると高くて高所恐怖所ではなくても怖く感じる。今は水を放出していないみたいだ。ちょっと見て見たかったな。
駐車場に車を停めるとすぐそばに資料館はあった。元工事の人のための宿舎を改造して作ったものらしいからあまり大きな建物ではない。入場は無料らしく、ゲートの類もなかった。中に入るとまずダムの模型が出て来た。鉄道模型とは違い、紙で作られているものっぽかったけどかなりリアルに作られている。
その奥に通路があって壁にいろいろ書いてあり、その前の透明なケースには当時の書類らしきものがある。
計画からすぐに反対運動が起こって一時期は暴動の手前まで行ったらしい。また行政側も勝手に地質調査を行うなどお互いエスカレートして一触即発の時代が長いこと続いていたらしい。
「ねえねえ明石君。これ!」
先輩が指さした方には俺の予想が当たっていたことを示すものがあった。ダムの計画の歴史の年表に1980年代のものではあるけど航空写真があった。横に進んで行って、俺たちが住んでいたころの2000年代のところを見る。そしてそこには住民がいなくなったあとに撮られたと思われる航空写真があった。
「ありました!」
俺の声を聞いてすぐに瀬戸さんと先生が飛んできた。写真撮影は大丈夫と確認しているからスマホで写真を撮った。
「これで話が聞けるね」
「だけど、このままは見づらいですし印刷したら画質が粗くてなっちゃいませんか?」
「うーん。確かにこれだとおばあさん見えづらいかも」
書き直すにしても時間はかかるし、そもそもちゃんとした地図になるのかも怪しい。これで何とかするしかないのか?
「おや、お客さんとは珍しい」
急に声が掛かり振り返ると60代くらいの小柄な男の人が作業服を着て手にモップを持っていた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、どちら様で?」
「私はこの先にある発電所に清掃員として派遣されている者です。この資料館も清掃範囲なので少し遠いですがこうして来ているのです」
やっぱり清掃の人だった。だけどこんな山奥まで大変だなあ。
「こんな何もないところですが、どうぞごゆっくり楽しんで行ってください」
清掃のおじさんはお辞儀をして仕事に戻ろうと後ろを向いてゆっくり歩き始める。だけど俺はその後ろ姿を無意識に止めてしまった。
「あの」
「はい」
「この写真ってどこかにデータとかあるのですか?」
「ちょっ、明石君!」
「え?……多分あるとは思いますけど、何分この施設のことは構造以外はわからないので」
「……そうですよね。ごめんなさい」
「どうしてそんなことを聞かれたのですか?」
ここでも事情を説明した。学校で模型を作ること、元々水の底に沈んだ前原集落に住んでいたこと、そしてその模型のモデルを前原集落にすることを。そしてその資料がなく、元住人に聞くにも地図か全体の写真がないと難しいこと、できれば資料をコピーさせてもらえないかということ。
「ほお、鉄道模型でこの前原集落を。……あれ?でもここには鉄道は走っていなかったのでは?」
「そこはうまく線路を敷いてアレンジする予定です」
「なるほど、まあ少し空想を入れるのも悪くはないですな。で、そしてその資料としてこの写真が欲しいと」
「はい」
「わかりました。ちょっと発電所の方に聞いてみます。ここの管理は発電所ですから」
「いいんですか!?」
正直自分でも何でこんなことしたのかわからない。普通に生の写真を手に入れるなんて無茶なのは明らかだ。だからこそ清掃のおじさんの対応にびっくりしてしまった。
「せっかく数ある中でここを頼ってくださったんです。やるだけやってみましょう」
「ありがとうございます!」
思いっきり頭を下げた。それに対し清掃のおじさんは笑顔を向け、電話を取り出してかけ始めた。
「すいません。清掃の稲葉です。はい、実はですね……」
清掃のおじさんはそれから5分くらい電話で話し続けた。あまりトーンや表情が変わらないからうまくいってるのかそうでないのかはわからない。
「はい。お忙しいところすいません。では」
「どうでしたか?」
「残念ですが、ここにあるものは貸すことはできないそうです」
「ま、当然っちゃ当然ね」
わかっていた。いきなり高校生が来て展示してある写真貸してくれなんて通るわけがない。
「しかし、発電所の所長さんが今から来るそうです」
『え!?』
清掃のおじさんからとんでもない言葉が飛び出た。発電所の所長さんが来る?なんかすごいことになっちゃった。
そしてその言葉通り5分くらいして資料館の前に車が止まり、所長さんと思われる男の人が下りて来た。
かなりいかつくガタイのいい人で、黒髪で目力が強いので反社の人と間違えてもおかしくない。
俺の心臓が編入初日以上に血液を全身に送り出し始めた。早すぎて壊れないか心配だ
「君が写真のコピーを頼んだ高校生かな?」
声も低くて重圧感があった。余計に緊張した
「はい、明石星夜といいます」
「ふむ。なんであの写真が欲しいのかもう一度話してくれるかな?」
「はい」
先生やみんなが見守るなかもう一度、清掃のおじさんにも話したことを一から話した。間違えないように慎重に言葉を選びながら。
「事情はわかった。だが展示してあるものはいかなる理由があろうと持ち出しはもちろんコピーもダメだ。ここができた時にテレビの取材で資料を取り出したことはあったが、あれは例外中の例外だ」
厳しい口調で同じことを言われた。当たり前だ。そもそもアポなしであんな非常識なことをして貸してくれるなんて虫のいい話はない。
「けど……俺は君のその勇気と度胸嫌いじゃない」
「え?」
「ちーと非常識だけど、目的のためにそこまでやるなんざなかなかできることじゃない。それに俺も前原に住んでいたことがあってな、模型とはいえもう一度見れるって思うと協力したくなってきた」
「……いいんですか?」
「ああ……と言いたいが、あれはダメだ。正確には俺が持っている私物だ。工事関係者からもらった航空写真とかもあるからコピーしてきてやる」
「ありがとうございます」
全員でお礼を言った。所長さんはすぐに資料館の職員用の部屋に入り5分ほどして戻って来た。
「これが航空写真だ。それとこれは俺が住んでた頃の写真のコピー。十数枚しかないが、役に立つと思うぜ」
ついに手に入った。そして所長さんのご厚意で当時の普段の町の様子が映った写真も
「ありがとうございます」
改めてお礼を言って頭を下げた。
「いいってことよ。だけど、完成したら見に行くから教えてくれ。確か大会に出るんだっけか?」
「はい。まだ日程は出ていませんが、8月の上旬に行われる鉄道模型甲子園という大会に出展予定です」
「鉄道模型甲子園、8月だな。おし分かった。じゃあ楽しみにしてるぜ。ここまでやったんだ。変なモノ作ったらただじゃおかないからな」
「はい。頑張ります」
満足そうに頷いて車で帰って行った。車が山を登りここから見える最後のカーブを曲がると俺は膝から崩れ落ちた。
「はあ、緊張した」
「ちょっと明石君?」
瀬戸さんが俺の前に仁王立ちして見下ろした。
「さすがにあれはない。今回は運よく共感が得られる方が責任者だったからよかっただけのこと、普通なら学校にクレームが言ってもおかしくないからね。私達は学校の看板も背負ってるっていうのを忘れないで」
「ごめん」
「まあまあ、結果オーライだったんだからいいじゃん。終わりよければすべてよし」
「そういう問題ではありません」
「落ち着いて瀬戸さん。それに瀬戸さんも、なんで罰を受けたか忘れないでね」
「……はい。少し頭に血が上りすぎました」
瀬戸さんの言う通りだ。とにかく反射的にやってしまったことは反省すべきだし、部長としてもっと責任ある行動を心がけないとな。
だけど、瀬戸さんの罰の原因ってなんだろう?とはいえ今それは気にしても仕方ない。
その後は行ける範囲で稜線や地形の分かる写真をたくさん撮った。かなり集まったから山を作るのに役立つと思う。
そしてここで集めた資料を元に再び先輩の家にお邪魔した。先輩のおばあちゃんは今日も快く受け入れてくれて、写真を持ってきたのを見て驚生きながらも楽しそうに集落のことを話してくれた。
地図兼設計図に町の建物の位置、その建物がどんなものかを書き記していく。そして3時間かかってようやく町の明確な地図を完成させることができた。
「よし、完成」
「やったわね」
「おばあちゃん、ありがとう」
「本当にありがとうございました」
「こんな老いぼれでも役に立てたなら嬉しいわ。それに、懐かしいわね前原」
先輩のおばあちゃんは地図と写真を懐かしむように眺めた。約10年ぶりの前原の光景はどう映ったんだろうかな?ちょっと疑問に思う。
「これで模型を作るから楽しみに待っててね」
「今度はこれが実際に出来るのかい?それは楽しみだね。実里、皆さん頑張ってください」
「はい」
最後に改めてお礼を言ってから俺たちは先輩の家を後にし、学校へ向かった。まだ昼近かったのと、設計図ができたテンションのまま、どれくらいのお金がかかるか計算しようとなったからだ。まあ今日はみんな時間があるから、今日できるならやっておきたい。
制服ではなかったけど普通に校門を抜けて部室に入った。
そして地図兼設計図を広げるけど、興奮していてあることを忘れていた。
「あの、線路どうします?」
「あ……」
「それにまだどんな車両走らせるかも決まってないよ?」
車両はともかく線路がまだ敷けていないのを忘れてた。そしてレイアウトで完結させて車両を走らせるためには一週させる必要がある。だけど町の中を通すわけにはいかないし、そもそも敷けても走らせられるような配置に出来ない。
「まずは線路だ。線路がなけりゃ車両だって走らせられない」
「了解。……ローカル線ってだいたい山の高くて平たいところを通ってるのよね?」
瀬戸さんが本に載ってるローカル線をモチーフにした模型の写真を見ながらそういった。
「どうなんだろう?」
ローカル線と言われる路線は俺の実家の近くに走ってはいたがどちらかというと平地を田んぼの中や湖の横を通っていた。だから山を走るローカル線のことはわからない。
知らないんじゃ埒が明かない。動画を検索して走行映像を見ることにした。選んだ映像では本に載ってたような地形、つまり瀬戸さんの予想通り、高いところを通る路線で下に川が流れてたり、その川を挟んで集落があるようなところだった。
「そうなると、このあたりがいいかもしれないわね」
動画を見た結果、瀬戸さんが指したのは町のはずれ、ダムだとアーチのかかっているところから夜景の見える場所の前を通って町の反対のはずれ辺りまで平坦な場所が続いていた。
「うまくはめられそうかな?」
「線路を買わないとわからないけど、半分は敷けそう」
ただ、どうしても反対側の山は平坦なところは見つけられなかった。
「トンネルになるわね」
「……やるしかない」
「頑張ってやるしかないね」
反対側はほぼすべてトンネルを通すことに決まり、大体の線路設置案が完成した。
「あと車両だね」
「意外と重要ですよ。例えば前原集落に新幹線なんて走らせたら雰囲気ぶち壊しになりかねません」
少し想像してしまった。なんか……すごくシュールな光景が広がりそうだ。『崩壊都市』のような世界を再現するならともかく、実在したものを再現するなら、車両もしっかり考えないといけないな。
そう思っていた矢先先輩が提案をした。
「だったら瀬戸ちゃんの青い電車だよ」
「先輩、まだ諦めてなかったんですね」
いや、俺も諦めてはいないぞ。だけど瀬戸を説得できる材料が見つけられていない。
「当たり前だよ。やっぱり思い出がコンセプトなのに一人だけ入ってないなんて嫌だもん」
「ですが、このレイアウトに組み込むには無理があると思います」
「フフン。実はこのレイアウトと寝台列車が合うかもしれない要素を私は三つも見つけたのだ」
「本当ですか!?」
「もちろん」
俺と瀬戸さんにVサインを出した。
「わかりました聞かせてください」
「では一つ目!寝台列車が活躍するのは夜。レイアウトの設定は夜だから寝台列車が走っててもおかしなことにはならないはず」
ちょっと強引に思えるけど、夜に走る寝台列車は画にはなると思う。
「二つ目。瀬戸ちゃんの思い出のある『出雲』号はローカル色のあるところを通ってたんだ。動画サイトに走行映像があって確認したから間違いない。だから『出雲』号ならローカル色の強い前原集落を走らせても違和感はない」
それは知らなかったな。後で先輩にその動画を教えてもらって見て見よう。
「そして三つ目。この寝台列車は昔”星の寝台特急”って呼ばれてたんだって。そして寝台特急のシンボルマークは時刻表だと流れ星なんだよ。これ見て」
ネットに挙がってた時刻表の写真だった。東京駅から出発する列車のページらしい。真ん中に『寝台特急出雲1号』と書いてあり、その上には確かに流れ星みたいなシンボルマークが描かれていた。
「つまり。寝台列車は地上を走る流れ星と言っても過言じゃない。そしてこのレイアウトは上下に天の川、星の大群がある。そしてその真ん中を流れ星が走る。ロマンチックじゃない!」
その光景を想像してみた。上と下に天の川、目線に流れ星……最高だ。
「それに、瀬戸ちゃん寝台列車の中から夜景見たって言ってたでしょ?」
「よく覚えてましたね。はい。寝台列車の通路に折り畳み式の椅子があるんですけど、そこに父が座ってその膝に私が座りながら夜の流れる景色を見てました」
確かにそんなこと言っていたな。瀬戸さんはさらっと言ってたから俺は覚えていなかった。先輩の注意力に驚いた。
「以上のことから、寝台列車とは流れ星としてレイアウトにマッチし、瀬戸ちゃんの思い出としても組み込むことができるのだ」
すごい。本当にそんな気がしてきた。
「……負けました。演説を聞いてたらだんだんとその光景が見たくなっちゃいましたよ」
一度落とした顔はさっきまでの呆れから、「やれやれ」って感じだけど口角は上がっていた。
「では車両は寝台特急『出雲』号に決定!」
先輩のおかげで車両と瀬戸さんの思い出を入れるという問題を一気に解決できた。
「その、ありがとうございます」
「いいってことだよ。さっきも言ったけど、仲間外れは絶対に嫌なの」
「それでもです」
瀬戸の顔が今までにない笑顔になっている。まだ付き合いは浅いけど、ここまでの明るい顔は初めて見た。先輩恐るべし。
「じゃあこれで全部決まったからどれくらいかかるか計算しよう」
四人で手分けして作業する。俺は夜景に必要な電球などを担当する。
でも改めて前原集落は建物が多い。夜景を作る建物だけでも相当なのに祭りの屋台とかにもつけるから一体いくつ必要になるんだ。設計図を見て不安になって来た。
30分後簡単な予算が出た。細かく追ってくと面倒くさいから合計を言うと約10万円。レイアウトにおよそ6~7万円、大会出場費およそ2万円、その他経費に1万円といったところになった。しかもこれが最低の額だ。
全然足りない。レイアウトに関しては本に近いレイアウト制作の過程があって、その中にいくらかかったかが出ていてそれをもとに出した暫定ではある。けどその中に工具は入ってなかったから結局本に載ってたものに近い値段になると思われる。
流石にこの予算は予想していたとはいえ、実際に出されると言葉を失う。ちなみに親に部費として支援してもらうとしても5000円が限界だ。それが三人だとしても1万5千円。どう考えても絶望だ。さっきまでの笑顔が消え、どんよりした空気になってしまった。
「代用ってできないかな?」
「百均にワンチャンあるかも……ね?」
「せいぜいボンドや接着剤くらいよ。でも、減額できるだけましね」
ここに来てまた失速だ。それどころかまだ模型に触れてすらいない。
「先生、バイトってこの学校は確か」
「原則禁止ね」
よほどのこと、例えば在学中に親の失業などだ。そういう理由がない限りバイトすることは出来ない。
けど、このままでは目標に達成できない。
「一度交渉してみようと思う」
覚悟を決め、そうみんなに告げた。
「わかったわ。月曜日にも校長先生にお話できるか確認してみるわ」
「お願いします」
金谷先生にお願いをし、これで今日はもう出来ることは多分ない。まだ明るいけど一応バイト先を探すだけ探しておこうと決め解散になった。
星奈の病院の面会終了時間にも時間があったから、予定にはなかったけど星奈に会いに行くことにした。予想外の来院にびっくりしてたけど嬉しそうだった。
まだ星奈に本当のことを言えてない。いつ言おうかも悩みのたねである。今考えているのは模型が形になって来たときだ。どんな答えが来るかは不安だけど、
特に特急列車が停まったあとはたくさんの人が駅から出て来た。駅前のバス停からは温泉街へ行くバスも出ているからバス停はこの時間は人が多くなる。
少しして瀬戸さん、時間の10分前に先輩が、そして5分前に先生が来た。先生の車はミニクーパーという小さくてかわいい車だった。
「おまたせ。じゃあ行こう」
先生の運転は揺れが少なくて眠れるくらいの安全運転だった。
バスの時と違って一直線に山へ向かっていくからすぐに緑に囲まれた。クネクネしているわけではなく二車線あるけど狭い方の道だと思う。よくこんなところを普通のバスが通ってるなとびっくりする。
40分ほどして先週行ったダムのアーチに着いた。改めてみると高くて高所恐怖所ではなくても怖く感じる。今は水を放出していないみたいだ。ちょっと見て見たかったな。
駐車場に車を停めるとすぐそばに資料館はあった。元工事の人のための宿舎を改造して作ったものらしいからあまり大きな建物ではない。入場は無料らしく、ゲートの類もなかった。中に入るとまずダムの模型が出て来た。鉄道模型とは違い、紙で作られているものっぽかったけどかなりリアルに作られている。
その奥に通路があって壁にいろいろ書いてあり、その前の透明なケースには当時の書類らしきものがある。
計画からすぐに反対運動が起こって一時期は暴動の手前まで行ったらしい。また行政側も勝手に地質調査を行うなどお互いエスカレートして一触即発の時代が長いこと続いていたらしい。
「ねえねえ明石君。これ!」
先輩が指さした方には俺の予想が当たっていたことを示すものがあった。ダムの計画の歴史の年表に1980年代のものではあるけど航空写真があった。横に進んで行って、俺たちが住んでいたころの2000年代のところを見る。そしてそこには住民がいなくなったあとに撮られたと思われる航空写真があった。
「ありました!」
俺の声を聞いてすぐに瀬戸さんと先生が飛んできた。写真撮影は大丈夫と確認しているからスマホで写真を撮った。
「これで話が聞けるね」
「だけど、このままは見づらいですし印刷したら画質が粗くてなっちゃいませんか?」
「うーん。確かにこれだとおばあさん見えづらいかも」
書き直すにしても時間はかかるし、そもそもちゃんとした地図になるのかも怪しい。これで何とかするしかないのか?
「おや、お客さんとは珍しい」
急に声が掛かり振り返ると60代くらいの小柄な男の人が作業服を着て手にモップを持っていた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、どちら様で?」
「私はこの先にある発電所に清掃員として派遣されている者です。この資料館も清掃範囲なので少し遠いですがこうして来ているのです」
やっぱり清掃の人だった。だけどこんな山奥まで大変だなあ。
「こんな何もないところですが、どうぞごゆっくり楽しんで行ってください」
清掃のおじさんはお辞儀をして仕事に戻ろうと後ろを向いてゆっくり歩き始める。だけど俺はその後ろ姿を無意識に止めてしまった。
「あの」
「はい」
「この写真ってどこかにデータとかあるのですか?」
「ちょっ、明石君!」
「え?……多分あるとは思いますけど、何分この施設のことは構造以外はわからないので」
「……そうですよね。ごめんなさい」
「どうしてそんなことを聞かれたのですか?」
ここでも事情を説明した。学校で模型を作ること、元々水の底に沈んだ前原集落に住んでいたこと、そしてその模型のモデルを前原集落にすることを。そしてその資料がなく、元住人に聞くにも地図か全体の写真がないと難しいこと、できれば資料をコピーさせてもらえないかということ。
「ほお、鉄道模型でこの前原集落を。……あれ?でもここには鉄道は走っていなかったのでは?」
「そこはうまく線路を敷いてアレンジする予定です」
「なるほど、まあ少し空想を入れるのも悪くはないですな。で、そしてその資料としてこの写真が欲しいと」
「はい」
「わかりました。ちょっと発電所の方に聞いてみます。ここの管理は発電所ですから」
「いいんですか!?」
正直自分でも何でこんなことしたのかわからない。普通に生の写真を手に入れるなんて無茶なのは明らかだ。だからこそ清掃のおじさんの対応にびっくりしてしまった。
「せっかく数ある中でここを頼ってくださったんです。やるだけやってみましょう」
「ありがとうございます!」
思いっきり頭を下げた。それに対し清掃のおじさんは笑顔を向け、電話を取り出してかけ始めた。
「すいません。清掃の稲葉です。はい、実はですね……」
清掃のおじさんはそれから5分くらい電話で話し続けた。あまりトーンや表情が変わらないからうまくいってるのかそうでないのかはわからない。
「はい。お忙しいところすいません。では」
「どうでしたか?」
「残念ですが、ここにあるものは貸すことはできないそうです」
「ま、当然っちゃ当然ね」
わかっていた。いきなり高校生が来て展示してある写真貸してくれなんて通るわけがない。
「しかし、発電所の所長さんが今から来るそうです」
『え!?』
清掃のおじさんからとんでもない言葉が飛び出た。発電所の所長さんが来る?なんかすごいことになっちゃった。
そしてその言葉通り5分くらいして資料館の前に車が止まり、所長さんと思われる男の人が下りて来た。
かなりいかつくガタイのいい人で、黒髪で目力が強いので反社の人と間違えてもおかしくない。
俺の心臓が編入初日以上に血液を全身に送り出し始めた。早すぎて壊れないか心配だ
「君が写真のコピーを頼んだ高校生かな?」
声も低くて重圧感があった。余計に緊張した
「はい、明石星夜といいます」
「ふむ。なんであの写真が欲しいのかもう一度話してくれるかな?」
「はい」
先生やみんなが見守るなかもう一度、清掃のおじさんにも話したことを一から話した。間違えないように慎重に言葉を選びながら。
「事情はわかった。だが展示してあるものはいかなる理由があろうと持ち出しはもちろんコピーもダメだ。ここができた時にテレビの取材で資料を取り出したことはあったが、あれは例外中の例外だ」
厳しい口調で同じことを言われた。当たり前だ。そもそもアポなしであんな非常識なことをして貸してくれるなんて虫のいい話はない。
「けど……俺は君のその勇気と度胸嫌いじゃない」
「え?」
「ちーと非常識だけど、目的のためにそこまでやるなんざなかなかできることじゃない。それに俺も前原に住んでいたことがあってな、模型とはいえもう一度見れるって思うと協力したくなってきた」
「……いいんですか?」
「ああ……と言いたいが、あれはダメだ。正確には俺が持っている私物だ。工事関係者からもらった航空写真とかもあるからコピーしてきてやる」
「ありがとうございます」
全員でお礼を言った。所長さんはすぐに資料館の職員用の部屋に入り5分ほどして戻って来た。
「これが航空写真だ。それとこれは俺が住んでた頃の写真のコピー。十数枚しかないが、役に立つと思うぜ」
ついに手に入った。そして所長さんのご厚意で当時の普段の町の様子が映った写真も
「ありがとうございます」
改めてお礼を言って頭を下げた。
「いいってことよ。だけど、完成したら見に行くから教えてくれ。確か大会に出るんだっけか?」
「はい。まだ日程は出ていませんが、8月の上旬に行われる鉄道模型甲子園という大会に出展予定です」
「鉄道模型甲子園、8月だな。おし分かった。じゃあ楽しみにしてるぜ。ここまでやったんだ。変なモノ作ったらただじゃおかないからな」
「はい。頑張ります」
満足そうに頷いて車で帰って行った。車が山を登りここから見える最後のカーブを曲がると俺は膝から崩れ落ちた。
「はあ、緊張した」
「ちょっと明石君?」
瀬戸さんが俺の前に仁王立ちして見下ろした。
「さすがにあれはない。今回は運よく共感が得られる方が責任者だったからよかっただけのこと、普通なら学校にクレームが言ってもおかしくないからね。私達は学校の看板も背負ってるっていうのを忘れないで」
「ごめん」
「まあまあ、結果オーライだったんだからいいじゃん。終わりよければすべてよし」
「そういう問題ではありません」
「落ち着いて瀬戸さん。それに瀬戸さんも、なんで罰を受けたか忘れないでね」
「……はい。少し頭に血が上りすぎました」
瀬戸さんの言う通りだ。とにかく反射的にやってしまったことは反省すべきだし、部長としてもっと責任ある行動を心がけないとな。
だけど、瀬戸さんの罰の原因ってなんだろう?とはいえ今それは気にしても仕方ない。
その後は行ける範囲で稜線や地形の分かる写真をたくさん撮った。かなり集まったから山を作るのに役立つと思う。
そしてここで集めた資料を元に再び先輩の家にお邪魔した。先輩のおばあちゃんは今日も快く受け入れてくれて、写真を持ってきたのを見て驚生きながらも楽しそうに集落のことを話してくれた。
地図兼設計図に町の建物の位置、その建物がどんなものかを書き記していく。そして3時間かかってようやく町の明確な地図を完成させることができた。
「よし、完成」
「やったわね」
「おばあちゃん、ありがとう」
「本当にありがとうございました」
「こんな老いぼれでも役に立てたなら嬉しいわ。それに、懐かしいわね前原」
先輩のおばあちゃんは地図と写真を懐かしむように眺めた。約10年ぶりの前原の光景はどう映ったんだろうかな?ちょっと疑問に思う。
「これで模型を作るから楽しみに待っててね」
「今度はこれが実際に出来るのかい?それは楽しみだね。実里、皆さん頑張ってください」
「はい」
最後に改めてお礼を言ってから俺たちは先輩の家を後にし、学校へ向かった。まだ昼近かったのと、設計図ができたテンションのまま、どれくらいのお金がかかるか計算しようとなったからだ。まあ今日はみんな時間があるから、今日できるならやっておきたい。
制服ではなかったけど普通に校門を抜けて部室に入った。
そして地図兼設計図を広げるけど、興奮していてあることを忘れていた。
「あの、線路どうします?」
「あ……」
「それにまだどんな車両走らせるかも決まってないよ?」
車両はともかく線路がまだ敷けていないのを忘れてた。そしてレイアウトで完結させて車両を走らせるためには一週させる必要がある。だけど町の中を通すわけにはいかないし、そもそも敷けても走らせられるような配置に出来ない。
「まずは線路だ。線路がなけりゃ車両だって走らせられない」
「了解。……ローカル線ってだいたい山の高くて平たいところを通ってるのよね?」
瀬戸さんが本に載ってるローカル線をモチーフにした模型の写真を見ながらそういった。
「どうなんだろう?」
ローカル線と言われる路線は俺の実家の近くに走ってはいたがどちらかというと平地を田んぼの中や湖の横を通っていた。だから山を走るローカル線のことはわからない。
知らないんじゃ埒が明かない。動画を検索して走行映像を見ることにした。選んだ映像では本に載ってたような地形、つまり瀬戸さんの予想通り、高いところを通る路線で下に川が流れてたり、その川を挟んで集落があるようなところだった。
「そうなると、このあたりがいいかもしれないわね」
動画を見た結果、瀬戸さんが指したのは町のはずれ、ダムだとアーチのかかっているところから夜景の見える場所の前を通って町の反対のはずれ辺りまで平坦な場所が続いていた。
「うまくはめられそうかな?」
「線路を買わないとわからないけど、半分は敷けそう」
ただ、どうしても反対側の山は平坦なところは見つけられなかった。
「トンネルになるわね」
「……やるしかない」
「頑張ってやるしかないね」
反対側はほぼすべてトンネルを通すことに決まり、大体の線路設置案が完成した。
「あと車両だね」
「意外と重要ですよ。例えば前原集落に新幹線なんて走らせたら雰囲気ぶち壊しになりかねません」
少し想像してしまった。なんか……すごくシュールな光景が広がりそうだ。『崩壊都市』のような世界を再現するならともかく、実在したものを再現するなら、車両もしっかり考えないといけないな。
そう思っていた矢先先輩が提案をした。
「だったら瀬戸ちゃんの青い電車だよ」
「先輩、まだ諦めてなかったんですね」
いや、俺も諦めてはいないぞ。だけど瀬戸を説得できる材料が見つけられていない。
「当たり前だよ。やっぱり思い出がコンセプトなのに一人だけ入ってないなんて嫌だもん」
「ですが、このレイアウトに組み込むには無理があると思います」
「フフン。実はこのレイアウトと寝台列車が合うかもしれない要素を私は三つも見つけたのだ」
「本当ですか!?」
「もちろん」
俺と瀬戸さんにVサインを出した。
「わかりました聞かせてください」
「では一つ目!寝台列車が活躍するのは夜。レイアウトの設定は夜だから寝台列車が走っててもおかしなことにはならないはず」
ちょっと強引に思えるけど、夜に走る寝台列車は画にはなると思う。
「二つ目。瀬戸ちゃんの思い出のある『出雲』号はローカル色のあるところを通ってたんだ。動画サイトに走行映像があって確認したから間違いない。だから『出雲』号ならローカル色の強い前原集落を走らせても違和感はない」
それは知らなかったな。後で先輩にその動画を教えてもらって見て見よう。
「そして三つ目。この寝台列車は昔”星の寝台特急”って呼ばれてたんだって。そして寝台特急のシンボルマークは時刻表だと流れ星なんだよ。これ見て」
ネットに挙がってた時刻表の写真だった。東京駅から出発する列車のページらしい。真ん中に『寝台特急出雲1号』と書いてあり、その上には確かに流れ星みたいなシンボルマークが描かれていた。
「つまり。寝台列車は地上を走る流れ星と言っても過言じゃない。そしてこのレイアウトは上下に天の川、星の大群がある。そしてその真ん中を流れ星が走る。ロマンチックじゃない!」
その光景を想像してみた。上と下に天の川、目線に流れ星……最高だ。
「それに、瀬戸ちゃん寝台列車の中から夜景見たって言ってたでしょ?」
「よく覚えてましたね。はい。寝台列車の通路に折り畳み式の椅子があるんですけど、そこに父が座ってその膝に私が座りながら夜の流れる景色を見てました」
確かにそんなこと言っていたな。瀬戸さんはさらっと言ってたから俺は覚えていなかった。先輩の注意力に驚いた。
「以上のことから、寝台列車とは流れ星としてレイアウトにマッチし、瀬戸ちゃんの思い出としても組み込むことができるのだ」
すごい。本当にそんな気がしてきた。
「……負けました。演説を聞いてたらだんだんとその光景が見たくなっちゃいましたよ」
一度落とした顔はさっきまでの呆れから、「やれやれ」って感じだけど口角は上がっていた。
「では車両は寝台特急『出雲』号に決定!」
先輩のおかげで車両と瀬戸さんの思い出を入れるという問題を一気に解決できた。
「その、ありがとうございます」
「いいってことだよ。さっきも言ったけど、仲間外れは絶対に嫌なの」
「それでもです」
瀬戸の顔が今までにない笑顔になっている。まだ付き合いは浅いけど、ここまでの明るい顔は初めて見た。先輩恐るべし。
「じゃあこれで全部決まったからどれくらいかかるか計算しよう」
四人で手分けして作業する。俺は夜景に必要な電球などを担当する。
でも改めて前原集落は建物が多い。夜景を作る建物だけでも相当なのに祭りの屋台とかにもつけるから一体いくつ必要になるんだ。設計図を見て不安になって来た。
30分後簡単な予算が出た。細かく追ってくと面倒くさいから合計を言うと約10万円。レイアウトにおよそ6~7万円、大会出場費およそ2万円、その他経費に1万円といったところになった。しかもこれが最低の額だ。
全然足りない。レイアウトに関しては本に近いレイアウト制作の過程があって、その中にいくらかかったかが出ていてそれをもとに出した暫定ではある。けどその中に工具は入ってなかったから結局本に載ってたものに近い値段になると思われる。
流石にこの予算は予想していたとはいえ、実際に出されると言葉を失う。ちなみに親に部費として支援してもらうとしても5000円が限界だ。それが三人だとしても1万5千円。どう考えても絶望だ。さっきまでの笑顔が消え、どんよりした空気になってしまった。
「代用ってできないかな?」
「百均にワンチャンあるかも……ね?」
「せいぜいボンドや接着剤くらいよ。でも、減額できるだけましね」
ここに来てまた失速だ。それどころかまだ模型に触れてすらいない。
「先生、バイトってこの学校は確か」
「原則禁止ね」
よほどのこと、例えば在学中に親の失業などだ。そういう理由がない限りバイトすることは出来ない。
けど、このままでは目標に達成できない。
「一度交渉してみようと思う」
覚悟を決め、そうみんなに告げた。
「わかったわ。月曜日にも校長先生にお話できるか確認してみるわ」
「お願いします」
金谷先生にお願いをし、これで今日はもう出来ることは多分ない。まだ明るいけど一応バイト先を探すだけ探しておこうと決め解散になった。
星奈の病院の面会終了時間にも時間があったから、予定にはなかったけど星奈に会いに行くことにした。予想外の来院にびっくりしてたけど嬉しそうだった。
まだ星奈に本当のことを言えてない。いつ言おうかも悩みのたねである。今考えているのは模型が形になって来たときだ。どんな答えが来るかは不安だけど、