今日の作業は部室にある道具の確認から始めた。
 昨日である程度模型作りを始めるために必要なリストは揃った。そこからあるものを出して本当に買わなきゃいけない道具を選別する。せっかく工作部の部室と道具を使っていいことになったのに、既にあるものを買ってしまったら勿体ないからな。
「カッターと定規、やすり、ノコギリに糸鋸にニッパーはあるわね」
「千枚通しにキリ、ドライバー、金属用の鋏……あ、電動ドリル!使うかわからないけどありがたい。すごい、結構揃ってますね」
「それだけじゃないよ。私も実はこんなものを持ってるのだ」
 先輩がどや顔で見せて来たのはピンセット、プラスチック用の鋏、ニッパー、デザインナイフといったプラモデルようの工具キットだった。それに加え、だいぶ使い込まれた筆もたくさんあった。
「模型作りだから必要かなって」
「よくこんなもの持ってましたね?何か作ってたりするんですか?」
「違うよ。先生に追っかけられたときに逃げ切るためのいたずらグッズを自作するために買ったもの」
 聞かなきゃよかった。というかいたずらグッズを自作してたのか!既に
「も、もちろん今は作ってないよ!」
 俺の顔に出てたのか慌ててアピールをしてきた。
「でも、それって先輩手先が器用ってことですよね?それってかなり助かるんじゃない?」
「あ、そうか」
「そうだよ~。いたずらグッズを自作するのって結構細かい作業あるんだよ」
「先輩、自慢できることではありません」
「はい……」
「みんなごめんね~」
 手先が器用なことは自慢していいと思うんだが、と突っ込みたかったけど先生が来たからタイミングを失くしてしまった。
 とりあえず部室にあった道具は全部確認が終わり、リストと照らし合わせる作業に入った。
「とりあえず全くないのは塗装関係か」
「そうね。去年の10月に使えなさそうなものは捨てちゃったからね」
「それで、これだけの工具が残ってたのはラッキーだね」
「ええ」
 本当にそうだ。多分工作以外でも何か困ったときに使えそうなものばかりだから取っておいたんだろうけど、捨てなかった学校側には感謝だ。
「買うのに必要なのは塗装と模型専用の接着剤、あとはエアスプレーガンや、このグルーガンっていう熱を利用する接着剤みたいなものですね」
「あとレイアウトの設計ができたら最終的な予算を算出になるな」
「それは明日になりそうね」
「じゃあ、勉強会と行きますか」
 本を作業台の中央に置き、先輩が昨日出してくれた動画を見る。
 先輩が選んだものは非常にわかりやすいものだった。おかげで本の内容もかなり早く理解することができた。
「一旦休憩しましょうか」
 瀬戸さんの提案で少し休憩を挟む。動画は30分近くあったから、少し目が痛くなっていた。
「二人は前原集落に住んでたんですよね?」
 ペットボトルのお茶を半分くらい飲み干した後、急に質問された。
「ああ。俺は4歳から6歳まで親の都合で住んでた。おじいちゃんとおばあちゃんの家があってそこで世話になってたんだ」
「私は住んでたわけじゃないけど、明石君と同じでおじいちゃんとおばあちゃんの家が前原集落にあったから、行ったことはあるって感じ。でも夏休みとかは長い間いたから住んでたって言っても、もしかしたら通るかもね」
「どんなとこだったんですか?」
「山に囲まれてて何もないけど、水と空気が綺麗で夏でも意外と涼しいところかな。のどかで静かでいいところだけどそこ変わり何もないから都会に慣れた高校生にはきついかな」
「そうそう。あるのって個人経営に近いスーパーと田舎にあるコンビニもどきくらいで、子どもの遊び場って川か公民館だもん。あ、そういえば駄菓子屋もあったな。あそこのおばあちゃんテレビしょっちゅうテレビ見てて客がいることにも気づかないの」
「あ、先輩もやられたんですか?気づいたら気づいたで謝りはするんですけどお笑いの神様みたいなすっとぼけ方するんですよね」
「そうそう!!」
 大きい集落と言ってもあくまでも”山奥にある集落”にしてはだからであって町という規模で見ると小さい。だからどっちかが出した話題は大体わかってだんだん懐かしくなってきた。
「あの、お二人とも」
「あ、ごめんごめん」
「すまん」
 つい盛り上がって瀬戸さんを置いてけぼりにしてしまった。
 けど瀬戸さんは口角が上がっていてなんか楽しそうにしていた。
「大丈夫よ。二人にとって前原集落は思い出の地なんですね」
 そりゃそうだ。小さい頃過ごしたところだからたくさんの思い出がある。
「あの、まだプランを考える時間じゃないですけど一ついいですか?」
「え、うん、いいけど」
「今回の模型のコンセプト、思い出なんてどうですか?」
「思い出?」
 どういうことかよくわかわずオウム返しをした。
「そうよ。……芸術作品って作成している時の感情が出やすいってよく聞きます。そして私達が作る前原集落は二人の楽しい思い出がたくさん詰まっているなって二人の話を聞いてて感じました。だったらその思い出を全面に出せればいい作品になると思います。それに、私達が経験ある他校のライバルに技術では絶対に勝てません。ならいっそう感情のこもった作品を出すべきだと思います」
 瀬戸さんの言葉は腑に落ちた。確かに俺たちじゃ他の参加者に太刀打ちなんて到底できないと思う。となると何で勝負するのかとなるとそういうところになってくる。
「思い出……か」
「そう。例えば明石君」
「なんだ?」
「その前原集落の夜景だけど、どういうときに見た夜景が一番記憶に残ってる?」
「うーん、そうだな……夏かな。その夜景が見える場所は夜になると明かりがなくてその分夜景が綺麗に見えるんだけど、夏は空に天の川がはっきり見えるんだ。で、町の形も細長いから上と下に天の川が出現したみたいに見えるんだよ。その中でも一番衝撃的だったのは夏祭りの日。建物の明かりに加えて提灯や屋台の明かりが加わって天の川感が増してもはや宇宙にいるのかと錯覚するくらいキレイだった」
 集落で過ごす最後の年の夏祭りの日に見たあの夜景は本当に忘れられない。小学生のころの記憶は結構忘れてるのにこの記憶だけは今も鮮明に焼き付いているくらいだ。
「何それ見たかったー!!」
「最高じゃない、それよそれ。そういうのを作っていくのよ」
「絶対インパクトあると思うわ」
 話しているうちに本当にいけそうな気がしてきた。まだプランを練っていなかったとはいえ、俺個人の、星奈との約束という意味でも夜景という漠然なモノしか考えてなかった。誰かに見せるのなら、俺の思う一番いい夜景見せたいし、見せなきゃいけない。星奈はもちろん、見に来るお客さんや審査員の人にも。
「いいと思う。思い出。それで行こう」
 休憩中に運よく雑談からコンセプトが決まった。
「あ、だったら私も一ついいかな」
「どうぞ」
「私も一番記憶に残ってるのって夏祭りなんだ。おじいちゃんとおばあちゃん、東京に行っちゃったお兄ちゃんと一緒に屋台のご飯食べたり射的やったり、結構昭和な感じが残ってて楽しかったんだ。で、前原集落の夏祭りってお神輿が町を回るんだけど、そのご神体?かな、とにかく上に乗っかってるのが結構変な形なんだよね」
「ああ、そういえばよくわからない形してましたね」
 俺もあの祭りは行っているから変な形の神輿は見たことがある。今でもよくわからないけどその変な形から笑っていた覚えがある。
「これで設定も決まりですね。夏祭りの日の夜の前原集落」
 もはやそれしかないと思う。偶然にも俺と先輩の思い出が夏祭りで重なったんだから。いや、前原集落の大きなイベントはそれくらいだからある意味必然なのかな?そんなことも思った。
 だけど一つ気になったこともあった。
「でもさ、思い出にするのはいいんだけどそれだと瀬戸さんの思い出が入ってないのがちょっと気になるんだけど」
 瀬戸さんは前原集落とは無縁だ。だから当然前原集落に思い出はない。だからと言ってひとりだけ思い出が入っていないというのは印象が悪い気がする。大人数なら話が違ったかもしれないけど……。
「ああ、そうよね。それはちょっと問題よね」
「ですがいたこともない場所に思い出なんてありませんから入れようがないですよ?それに私は大丈夫です。明石君と先輩」
「そんな、私はいやだよ。思い出をコンセプトにする以上全員の思い出があるべきだと私は思います!」
「いや先輩、話聞いてました?入れようがないですよ」
 けどどうしても瀬戸さんの言うことは一理ある。ここをどうするべきか、どこかの思い出を強引にぶち込むか?でもそんなことをすれば俺たちの思い出が上手く再現できなくなるかもしれない。
 そのとき模型の教科書に載ってた写真に目が行った。都心を寝台列車が走っているシーンを映したものだ。
 昨日模型の運転をしたとき、瀬戸さんはこの青い電車を選んだ。何かあるのかもしれない。
「ねえ瀬戸さん。そういえば昨日模型を運転したときこの電車を選んだけど、どうして?」
「え、ああ。ちょっと思い入れがあったの」
 思い入れ、つまり思い出があるということか?
「どんな」
 少し食い気味になって聞いた
「昔島根に住んでたんだけど、お父さんは当時陸上自衛隊の習志野にある空挺部隊に所属してて千葉に住んでたのよ」
「すご!」
 空挺って人間やめてるとか言われるスゲー人たちの集まりだって聞く。というかたまに出る軍人っぽい口調はお父さんの影響か。
「それでお父さんに会いに千葉へは何回も行ってたの。で、お父さんと一緒に千葉から島根に帰る時によくその列車に乗ってたのよ。お父さん鉄道に乗るのが好きだから。初めて乗った時のことは今でも覚えてる。それまでは電車って昼間に走るものだと思ってたし、何より電車の中で寝られるっていうのが衝撃的だった。後はお父さんの膝に乗って外の景色を眺めてたわね。町の明かりが星に見えたり、深夜に普段は起きれない時間まで起きて普段見ることのできない眠った町や駅を見るのが楽しかったわね」
 今まで見たこともないようなテンションで青い電車での思い出を話してくれた。
「そうだったんだ。……ってあるじゃん思い出!」
 先輩が思いっきり突っ込んだ。
「あの、確かにブルートレインには私の思い出がありますけど前原集落の思い出ではありませんよ」
「う……」
 けど瀬戸さんの言葉にあえなく撃沈していた。
 でも瀬戸さんに鉄道での思い出があったのなら、何かしらで模型に入れることができるかもしれない。何しろ鉄道施設に関しては全く決まっていない。どこかしらに入れられるところがあるはずだ。
「瀬戸さん。他にもそのブルートレインで記憶に残っている事ってある?」
「朝になって大きな橋を通ったことかな。名前は忘れたけど、鉄道ファンの間じゃかなり有名な橋って聞いてる。結構高くて下には町が広がってて怖がってたわね」
 すぐにスマホで調べてみる。出て来たのは余部鉄橋という橋とそこを通る寝台特急『出雲』号が出て来た。確かに高いところを走ってて町がその下に広がっていて海が近くにあるみたいだ。
「これかな?」
「あ、そうそう。この景色で間違いないよ」
 場所もわかった。それにしても、ここって山の近くを通ってるし、この鉄橋も結構いいデザインだと思うからレイアウトに組み込めないかな?そうすれば瀬戸さんの思い出であるこの寝台列車を入れることができるのに。
「あ、結構時間経ってしまったわね。そろそろ再開しましょう」
 その言葉にハッとして俺たちは先輩のスマホの動画と本に視線を戻し、勉強を再開した。

 その夜アパートの頼んでたものが届いた。
 けど、思ったよりも箱が小さくて嫌な予感がした。
「なんでこんなに少ないんだ?」
 中のものを確認する。俺の部屋にあったものは全てあった。けどそれ以外に母さんとかが持っていたはずの前原集落で撮った写真がまったくなかった。
 出れるかわからないけど母さんに電話を掛けた。
『あ、星夜、荷物届いた』
「届いたけど、俺の部屋のもの以外なくてさ。どうして」
『あーそのごめんね。どうやらおじいちゃんとおばあちゃんが死んじゃったあとに遺品整理で捨てちゃったっぽいのよ』
「ええ!?」
 おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったのは俺が8歳の時で、その時には既になかったというのか……
『本当にごめんね。まさかこんな形で使うなんて思いもしなかったし』
「そんな……」
 今更仕方ない。ないものはないからどうしようもない。しかし前原集落の資料がほぼないに等しくなってしまった。困ったことになったな。