毎朝きみに、会いにいく。


「颯斗~。今日お母さん夜勤だから、冷蔵庫に夜ご飯入れとくね」
「ほーい、行ってきまーす」

 最寄り駅から一駅、乗り換えて快速で三駅。今日も弓道の朝練をする為に、いつもと同じ時間に電車に乗り込む。乗り換え先、ホーム六号車。ここから乗ると、降りる時に直ぐ階段を降りられるので定位置になっている。

 ……ーーお、今日もいる。

 この時間に見かける、ひとつ前の駅で降りる男子高校生。今日はイヤフォンをつけて斜め下の方をぼーっと見つめている。勿論話したことはない。毎日見かけるようになって二年目。そこの学校はネクタイの色で学年が指定されているので、青色なのを見ると同じ学年のようだ。
 彼は開く扉の左側にいつも立っているので、特に理由はないが右側に並んで立つ。


 〝まもなく二番線に快速ーー……〟とアナウンスがホームに響く。昨日の練習を思い出しながら、今日はどういう風に練習をしようかなと考えていたら、左側にいた彼が急にしゃがみ込み蹲った。驚いて咄嗟に声をかけると顔色が悪く、体調が優れないようだった。

「大丈夫?」
「……あ、……へい、き」
「ゆっくり立てる?」

 肩を貸してそっと彼を起こすと、よろける身体を支えながら後ろのベンチに座らせる。近くにあった自動販売機で水を買うと、キャップを外し彼の前に差し出した。

「体調悪くなっちゃった? 駅員呼んでこようか?」
「……だ、大丈夫……。ありがとう……」
「ごめん、体調良くなるまで一緒にいてやりたいんだけど、部活あるから行くな。お大事に」

 部活の開始時間ギリギリになりそうだったので彼に軽く手を振ると、丁度来た電車に乗り込んだ。

 ーーこれが、彼と〝初めて〟会話をした日になったのだ。



「あのっ!」

 次の日、いつもの時間にそこへ向かうと彼が声をかけてきた。

「昨日、ありがとう」
「あれから大丈夫だった?」
「うん。あの、っこれ、お金」
「いいよ、水一本くらい。ほら、電車来た」

 彼の肩をトンと優しく叩き、一緒に電車に乗り込んだ。この時間はガラガラまでではないが座れるくらいには空いていて、二席空いている所に並んで座る。

「朝から貧血気味だったから助かった。えっ、と……」
「俺、水瀬颯斗(みなせはやと)。よろしくな」
瀬田瑞希(せたみずき)、です」
「二年生で合ってる?ネクタイの色」
「うん」
「俺も二年生! いつも朝この時間だよな?毎朝見かけるから」
「たまに委員会があったり、人混み多いの苦手で……。いつもこの時間」
「確かに、これより後になってくるとぎゅうぎゅうだもんな~」

 聞いてみればずっと見かけていた彼、瀬田瑞希もどうやら俺のことを認知していたらしい。〝ここから乗ると直ぐに階段を降りられるから〟という理由でここから乗っていたらしく、自分と同じ理由に笑ってしまった。

「俺も同じ!」
「……っ! そ、そうなんだ」
「ん? なんか顔赤くない? え、調子悪い?」
「え?! そ、そうかな?! 全然元気! あっ、俺、ここだから、」
「おー! またな」

 駅に到着し扉が開くと、バタバタと駆け足で出ていってしまった。

「せた、みずき……かあ」

 なんか、俺の友達にいないタイプだったな。凄い気になる。明日も話せるかな。


 この出来事をきっかけに、毎日おはようの挨拶を交わし、学校へ向かうまでの時間を共にするようになったのだ。



「瑞希~」
「颯斗、おはよ」

 瑞希と会話をするようになってから数ヶ月。毎朝学校へ行くのが楽しみになった。正確に言えば〝瑞希に会うのが楽しみ〟だ。学校が違うし朝しか会えないから特別感があって楽しみなのかもしれない。
 待ち合わせをしているわけではないが、また明日と別れると、明日も会えるのかと嬉しい気持ちになる。

 瑞希が降りる駅までは十二分。正直話をするにはあっという間の時間だ。もっと色々話したい、話し足りない。でも、その気持ちを抱えたまま次の日に会えるのも嬉しい。

「なんかもう寝そうな顔してる」
「今週大会があるからびっちり練習しててあんまり疲れ取れてないんだよなあ……」
「俺、弓道って見たことない」
「なかなか見る機会ないよな。シーンと静まった空間で真っ直ぐ的を見て弓を引くの気持ちいいんだよ」

 まだ幼かった頃、祖父がずっとやっていた弓道を見よう見まねで始めたらすっかりハマってしまい、それからずっと引いている。

「大会って日程いつなの?」
「今週の土曜日」
「……それ、俺が見に行ってもいいやつ?」
「え、見に来てくれんの?」

 目を見開いて瑞希を見ると、コクっと首を縦に振った。窓をすり抜けていく太陽の日射しが強いせいか、頬から耳にかけて少し赤く見える。

「あ! 見られるの嫌だったら行か『来て!!』」
「行って……いいの?」
「うん、来てほしい! ……やばい、めっちゃ頑張れそう。眠気覚めた」
「じゃあ、颯斗がいい結果出せるように応援しに行くね」
「おう! よろしく! あ、そうだ! 連絡先交換しねえ? いつも別れた後に聞くの忘れた! ってなんだよな」
「……! 俺も……、ずっと聞きたいと思ってた。QRコード見せたらいい?」

 瑞希の降りる駅のアナウンスが車内に響き渡る。夏の強い日射しと冷房の効いた涼しい車内。〝夏本番!〟と書かれた中吊り広告。画面に表示された瀬田瑞希の名前とアイコンを見て、口元が緩む。心臓がトクトクと音を鳴らしながらじわじわと熱くなっていくのを感じた。



 大会当日。瑞希から朝一で送られてきた〝おはよう!ちゃんと見てるよ〟のメッセージ。〝頑張って〟と文面にしないのは、きっとプレッシャーを与えないようにする為の瑞希の優しさだ。

 話す前まではクールで大人しそうだなと思っていた。本を読んでいたりイヤフォンで何かを聴いていたり、綺麗に着こなしている制服からの勝手なイメージだったのだが、実際話してみたら顔色の変化が豊かで楽しそうに話をしてくれる。瑞希と一緒にいると、クラスの男子とは違う楽しさがあって、何より瑞希の雰囲気がそうさせているのか心地がいい。
 最近はもっと瑞希のことを知りたいなと思うことが増えた。

 ……なんか、瑞希のこと考えてたら会いたくなってきたな。

「……よし!」

 今日はいつもに増して調子がいい気がする。自分の成長の為にも、見に来てくれてる瑞希の為にも、いい結果を出したい。


 ーー凄い、めっちゃ人いる。ギャラリー多いなあ……。

 今日は颯斗の大会の日だ。会場へ到着すると客席がある方へ向かう。見やすそうな場所を探して空いてる所に座ると、様々な場所から各学校の話や選手の名前を耳にする。大会独特の雰囲気と緊張感に息をのんだ。

  ……なんか、俺までドキドキしてきた。
  颯斗がベストを出せますようにーー……と、心の中で何度も唱える。



「え、じゃあ応援行くの?」
「うん」
「瑞希先輩見てるだけだったのに、いつの間にそんなに仲良くなっちゃって~」

 見に行く約束をした日の放課後、同じ委員会の幼馴染と後輩に混じりながら作業をしていた。
 そうだ、今までずっと見てるだけだった。だから、正直こんなに仲良くなれるなんて思っていなかった。


 声をかけて助けてくれたあの日は、朝から貧血気味で調子が悪かった。
 立ってるのしんどい……。少し休んでから行くか……。でも、この後の電車は混んでて人酔いしちゃうんだよなーー……。なんて、下の方を見ながら考えていたら、視界がグラつきその場にしゃがみ込んだ。

「ーー大丈夫?」
「……あ、」

 誰かに声をかけられゆっくりと顔を上げる。頭と身体は不調で優れないのに、その顔を見たら心臓がトクンとひとつ跳ねた。

 彼のことはずっと前から知っていた。毎朝この駅で見かけるひとつ先の男子校の制服を着ていて、この六号車から電車に乗っている。いつも右側に立っていて、大きな欠伸をして眠そうにしている時もあればスマホで何か動画を見ている時もある。
 しゃがみ込む自分に手を貸してベンチまで運んでくれた。身長は差程変わらないのに、自分より遥かにしっかりとした体格。肩を組んでいるせいで顔が近くて静かに鳴らしていた鼓動が大きくなってゆく。

「部活あるから行くな。お大事に」

 ……また、助けられてしまった。

 彼に助けてもらったのは、実はこれで〝二度目〟だった。一度目の時はずっと前のことで、向こうはもう覚えていないだろうけど。

 高校に入学して暫く経った頃、たまたま駅のホームで見かけた時は驚いて心臓が叫ぶくらいドキドキしたのを覚えている。話しかけようかどうしようか迷ったが、あの時からずいぶんと空いていていたので、中々声をかけることが出来なかったのだ。


 二度目に助けてもらって以降、毎日顔を合わせては話すようになった。ずっと見てるだけだった人と今はこうやって会話ができる。
 颯斗は人との距離感を取るのが上手い。人見知りな自分に対して無理にパーソナルスペースに入ってくるようなことはしてこないし、名前や見た目通りの爽やかさがよく似合う人だ。

 気になっていただけの感情が、日が経つにつれ大きくなっていくのは自分でも感じていた。
  いつも楽しそうに笑顔を向けて話してくれる颯斗に対しての気持ちにちゃんと気がついたのは、つい最近のことだ。



 アナウンスと共に的前に五人男が並ぶ。どこにいるだろうと探す間もなく一瞬で分かってしまった。いつもの雰囲気とは変わって、真剣で凛々しい顔つきにドキッとしてしまう。

「水瀬くん出てきた! 今日もかっこいい~」
「袴姿ほんとやばいよね!」

 周りに迷惑がかからないようにして、ひそひそと話す女子達の会話が所々で繰り広げられていて、あちらこちらから耳に入る。
  ーーあれ、もしかして颯斗って人気者……だったりする?!

「やっぱりここは強いよな~」
「水瀬の射がほんとに綺麗で嫉妬する」
「分かる。練習試合とか組んで近くで見たい」

 女子だけではなく男子からも賞賛の声が上がっている。
  へえ……、颯斗って凄いんだな。

 会場が静まり返った所に矢の音が鳴り響き、スパン!と的の真ん中に当たった。
 ……かっこいい、かっこよすぎる。
 心の中で応援しながら放たれていく矢と颯斗を交互にじっと見つめていた。



「以上で第六十五回ーー……」

 大会が終わり、ぞろぞろと流れる人の波に合わさるようにして出口に向かって歩く。スマホを見ると颯斗から連絡が入っていた。

 ーーーーもう帰っちゃった?
 ーーーーまだ残ってたら一緒に帰りたい!

 嬉しさをかみ締め、〝会場出口で待ってるね〟とスタンプと一緒に返すと、邪魔にならないように隅の方で出てくるのを待った。

 自分が立っている少し先の方に女子達が出待ちしているのを見てはっとする。……これ、もしかして颯斗待ちとかじゃない、よな?いや、……出待ちっぽい気がする。

「差し入れとかほんとはあげたいよね~!」
「でも、絶対に貰わないって有名じゃん! ほら、ひとりから貰うと……とかなんとか」
「そうそう! そういう所も推せる……」

 ……そっか、そういうもんだよな。
 実は自分も差し入れを持ってきていた。見に行きたいと言っておいて、何もないのも……なんて思っていたら、母に〝胃袋を掴まなきゃ!〟なんて背中を押され、昨日の夜準備したのだ。ちなみに母は、俺が颯斗に対して好意を持っているのを知っている。最近の楽しそうな雰囲気を察されバレてしまった。幼馴染にも直ぐに気づかれたし、女の勘っていうのは怖い。

 颯斗って、そういう所ちゃんとしてて偉いな。本当は渡したいけど……渡せなかったら家で母さんと食べよう、なんてスマホを見ながら待っていると、黄色い声が飛び交いだしたのに気がつき、目線を上げる。
  同じ部活の仲間であろう人達と一緒にぞろぞろと歩いてくる姿が目に入った。

「そして一瞬にして捕まってる……」

 え、あそこから声かけられるとか無理じゃない?気まづくないか……?
 少し待って考えてみたがやっぱり気になってしまうので、颯斗がいる方に背を向けそっとその場を離れ歩いてゆく。

  後ろから段々近づいてくる足音に振り返ると、ぱっと腕を取られた。

「わっ!」
「っと~! 歩いていっちゃうから帰っちゃうかと思った!」
「……俺のこと気づいてた?」
「うん。あそこから出てきて一瞬で分かったよ」

 こんなに周りに人がいるのに俺に気づいてくれたの?なんて、恥ずかしいので聞ける訳もなく、緩みそうになった口元に力を入れる。

「部活の人とかファン? の子とかいるのにあれかなと思って、もう少し離れて待ってようかなと……」

 颯斗に触れられた所からじわじわと熱くなっていくのが分かる。あの距離で見ていた袴姿でいざ目の前に来られると、かっこ良さの破壊力に目を瞑りたくなるもんだ。

「え、目瞑ってどうした」
「ちょっとまあ、眩しくて……」
「日射しそんなに強い?」
「物理的なあれじゃなくてこっちの話だから気にしないで」
「……? そう? じゃあ帰ろ~」
「もういいの? 向こうで待ってるよ?」
「大丈夫、後は他のやつに任せたから」

 ちらっと向こうを見ると、部員の人達がこっちに向かって手を振っている。颯斗は「じゃあなー!」といって振り返すと、隣に並んで一緒に歩き始めた。


「試合中、瑞希がどこにいたのか分かった」
「え? あんなにギャラリーいたのに?」
「引き終わった時にぱって見たらいた」
「あれ、俺、目合ってた?」
「ううん、隣の人と話してた」
「ああ、なんか隣の人が鞄落として中身ばらまいちゃってーー」

 いつもの通学はあっという間で毎日凄く惜しいのに、毎朝の十二分より遥かに長い帰り道でも足りなくて、このままだったらいいのになんて欲が出てしまう。

「初めて見たけど凄いね、面白かった!」
「よかった! 見に来てくれてありがとな」
「颯斗凄いかっこよかったよ」
「それは……ありがとう」
「あれ、照れてる?」
「てっ、照れてねーし!」


 話していたらあっという間にいつもの駅に着いてしまった。
 あ、差し入れどうしよう。貰わないって言ってたけど渡していいのかな。……やばい、渡すだけなのに緊張してきた。

「颯斗っ! ……あの、さ」
「うん?」
「実は……これ、渡そうと思って持ってきたんだけど」
「なになに?」

 そっと颯斗の前に差し入れが入った紙袋を差し出すと、首を傾げてその中を覗いている。

「差し入れ持ってきたんだけど、こういうの受け取らないって聞いたから、渡したら悪いなと思ってたんだけど……えっ、と……」
「え? なんで? もらうもらう! いいの?」
「っえ、あ、うん」
「瑞希がくれるのは欲しい! ってか、めっちゃ嬉しいんだけど! ありがとな~」

 ニコニコと満面の笑みを向けられた。心臓が惹かれるようにトクトクと小刻みに音を鳴らして、指先が静かに痺れる。
 〝俺のは〟貰ってくれるんだ。……って言うか、〝瑞希がくれるのは欲しい〟ってなんですか。……ズルくないですか?

「ちょっとそこ座らねえ?」
「う、うん」
「うわ! なんかすげえ美味そうなの入ってる」
「口に合わなかったらごめん。っていうか、手作りとか大丈夫だった?! 」
「え?! これ瑞希が作ったの?!」
「母さんが料理とかこういうの好きで昔から一緒にやってたから、実はお菓子作りが得意でして……」
「すげー! めっちゃいいじゃん! いただきまーす!」
「部活終わりにこんなので申し訳ない……」
「なんで? 俺、疲れた後甘いもの食いたくなるからめっちゃ嬉しい!」
「ちなみにその下にお決まりのレモンの砂糖漬けもあります……」
「天才」

 ……美味しそうに食べるなあ、嬉しい。
 颯斗の人の良さは仲良くなって数ヶ月だが十分と言うくらい分かる。学校でもこんな感じなのかな。友達にこんな感じで接してるのかな。こんなにキラキラした人がいたらみんな好意抱いちゃわない?女の子が近くにいないだけマシなのかな?……いや、俺みたいに颯斗に惹かれる男もいるだろうな。

 ……俺はね、颯斗がいつも真っ直ぐ言葉を伝えてくれるから、その度に〝瑞希は特別〟みたいに聞こえて期待したくなくてもしちゃうんだよ。今までこんな気持ちになったことないからさ、颯斗のこと考えるだけで 胸がいっぱいいっぱいだよ。

 颯斗の満足そうな顔を見つめながら、駅のホームで暫く話をした。

 大会が無事に終わり、あっという間に季節が巡って葉に色がついた。
 大会前に連絡先を交換してから、他愛もない連絡を取り合っている。瑞希と繋がるきっかけがあるのは嬉しい。
 今まで〝おはよう〟と交わした挨拶に〝おやすみ〟が追加された。普段友達とあまり連絡を取らない自分が毎日続いているのは瑞希だからだと思う。

 ーーーー明日もいつもの時間にいる?
 ーーーーいるよ。颯斗は?
 ーーーー俺もいる!

 そして、何となく集まっていた朝もいつの間にか待ち合わせになっていた。



「なあ、お前らって誰かと毎日取ってるヤツとかいる?」
「俺、彼女と毎日ラインしてる」
「颯斗は?」
「ひとりいる。なんで?」
「他校に気になる人がいて、その人と最近よく遊んだりしてるんだけどさ~。結構サッパリした性格してて、毎日連絡するの面倒って言われちゃったんだよなあ……」
「まあ、そういう人もいるだろうね」

 四限終わりの昼休み、机を囲んで昼ご飯を食べながら各々の場所で雑談が繰り広げられる。
 女子に関わらず男子高校生もお年頃なもので、男子校でも恋バナというものはあるのだ。

「でもさ! 気になってる人とか好きな人なら毎日何でもいいから連絡取りたくね?!」
「じゃあ、相手に〝毎日連絡しないと寂しい!〟みたいになるくらい、好きにさせるしかないんじゃない」
「やっぱそうだよなあ……。よし、頑張る……!」
「頑張れ~」
「〝好き〟、かあ……」
「ん? どしたー?」
「あれ、颯斗にも春が来そうな感じ?」

 全然気にしてなかったけど……もしかして瑞希に対する俺のこういう感情って〝そういうこと〟だったりする?

「はい、先生」
「何ですか水瀬君」
「え、急にコント始まった?」
「恋とか好きとかってどうやったら分かりますか」
「思春期の男子高生にいい質問ですね~。ん~、颯斗がさっき言ってた毎日連絡取るって言ってた人って、気になってる人だったりするの?」
「気になる……っていうか、毎日会いたいって思うんだよ。会って話したいし知りたいしもっと一緒にいたい、とか……」
「気になると知りたいって違うん?」
「気になるから知りたい! みたいに結びつくと思うから違くはないかも。そこまで思ってんならもう恋じゃない?別にこうじゃなきゃ恋じゃない! とか好きじゃない! ってないと思うよ」
「なるほど……」
「いいね、颯斗のそういう話新鮮で。弓だけじゃなくて、他にも興味持てたのは良いことじゃない?」

 初めは同じ車両に乗る高校生という関係から、あの日をきっかけに話すようになって、毎朝楽しくて瑞希のことを知っていくのが嬉しくて。進められた音楽を聴いてみようかなとか、本屋に立ち寄った時にこの漫画面白いって言ってたよなとか、もっと隣で瑞希のことを近くに感じたいなって思っていた。

 そっか。俺、知らないうちに瑞希のこと好きになってたんだ。
 ……うん、瑞希が好きだ。


「颯斗~。スマホ、なんかチカチカしてる」
「……あ、今日明日部活休みになった」
「お~! いいじゃん、毎日頑張ってんだからたまにはゆっくり休みなよ」
「そうだよ、明日もないなら夜更かし出来んぞ」

 そんな話をしていたら、グループラインに部活が休みになったと連絡が入った。大会もあって毎日根詰めて引いていたから久々のオフだ。
 いざ予定が無くなると、何をしていいか分からない。家に直行して帰るか、どこかに寄って帰るか……なんて考えていたら、ふと瑞希の顔が浮かんだ。
 こんな話をした後にと思ったが、こんな話をしたからこそ瑞希に会いたくなってしまったのだ。

 〝今日部活なくなったー〟とだけ送ってみる。会えたら嬉しいなと思ったが、瑞希にも予定があるかもしれないし〝放課後空いてる?〟なんて送って断られたらちょっと寂しいなと思い、少しだけ遠回りをしてみる。

 直ぐに既読がついて、少し経つと返信が返ってきた。

「よっし!」
「え、なに急にガッツポーズして」
「いいことあった」
「え~、なにあったん?」
「その人と放課後会うことになった」
「よかったじゃん」
「うわ~! 青春してる!」

 ーーーーえ、部活ないの珍しいじゃん!
 ーーーーあのさ
 ーーーーもし予定とかなかったら、放課後遊びに行かない?

 〝会いたい!〟の文面と一緒に喜びを表すスタンプを送ると〝学校終わったらいつもの駅の改札で!〟と返信がきた。



 放課後になり、帰る支度をして真っ先に校門を出た。待ち合わせは、いつもの乗り換え駅の改札。ワクワク高鳴る気持ち抱きながら電車に乗り込んだ。


 駅に到着し改札の方へ向かうと、先に到着していた瑞希が立っていた。その隣にもう一人、同じ学校の制服を着た女の子が楽しそうに笑いながら話しかけている。それに返すようにして一緒に笑っている瑞希を見て、心臓の奥の方がザワついた。
 
「瑞希」
「あ、颯斗」
「私行きますね」
「うん、じゃあね」

 こっちに向かって一緒にいた女の子が軽く会釈をしたので、反射的に頭を下げた。瑞希の方を見ると、目を丸く見開いてこっちを見ている。

「ん?」
「いや……、なんか放課後に会うの変な感じするなって」
「はは、確かに。……なあ、さっきの子って、さ」
「さっきの子? 知ってるの?」
「いや、知らんけど仲良さそうだったから同じクラスなのかなあって」
「ううん。あの子は同じ委員会の後輩の子。最寄り駅ここなんだって」
「そっか。……はあ~~~」
「なになに?! どうしたの?!」

 その場にしゃがみ込み、頭をくしゃっと掻いた。動揺した気持ちを鎮めるように大きく深呼吸をする。
 つい数時間前に自分の気持ちに気がついたと思ったらこれだ。好意を自覚すると、瑞希が誰かと話してるだけでこんな胸が詰まったような気持ちになってしまうのか。……全然今までと違う。

「なんもない~」
「颯斗さ、行きたい所とか何したいとかある? 誘った俺が言うのもなんだけど」
「いやー? 特にはないなあ……。瑞希といられんならどこでもおっけ」
「そ、うですか……」
「あ、腹減ったから何か食べたい」
「じゃあ、この辺だと学生多くて混んでるかもだからちょっと奥のファミレスでも行こっか」

 確かに放課後に会うの、不思議な感じがする。この時間に会えるなんて考えてもいなかったから嬉しい。瑞希のことを意識して隣を歩くのは少し緊張するけど。

 ちらっと横目で瑞希を見ると、少し下を向きながら歩いている。

「わっ! な、に」
「いや? 下向いてると前髪かかって瑞希の顔ちゃんと見えない」
「……っ、」
「あれ、顔赤いよ? 暑い?」
「あっ、暑くない!」

 
 
「すごい居座っちゃたね」
「時間大丈夫?」
「連絡入れてるから大丈夫だよ」
「瑞希といると心地いいから離れたくねえな~」
「……颯斗さ、それ素で言ってるの? さっきの……前髪、とか」
「え、うん。素? とか分かんねえけど思ったことは伝えたくなる」
「はあ~~……。そうですか……この人たらしめ……」
「なんか言ったー?」
「なんも!」

 口を抑えながらムッとした顔でこっちを見る瑞希が可愛くて笑ってしまった。〝自分の気持ちを自覚すると相手がキラキラして見える〟って言うのは、どうやら男女関係なくあるらしい。好きな人に対してのどうしようもない気持ちってジェットコースターみたいだ。


「また年明けなー!」
「おー! ラインするわ!」

 修了式を迎え、部活も納めた。年明けまで学校に行くことがなく、毎朝瑞希に会えなくなるのが寂しい。


 〝ーー今年もあと四時間程で終わりですね!〟
 〝ーー皆さんはやり残したことはないでしょうか?〟

「やり残したこと、かあ……」

 大晦日。リビングで流れる年末特番を横目に瑞希と連絡を取り合っていた。特に話題などがある訳ではなく、口で話せる会話を会えないが為に文字にして短文で送り合っている。

  ーーーー電話してもいい?

 会話を遮ってポツンと送られてきた文面に、嬉しくなってOKスタンプを送る。

「あれ、画面真っ暗なんだけど」
「画面?」
「ビデオ通話じゃねえの?」
「ビデオ通話するの?」
「え、だって顔見て話したいじゃん」
「っ……、またそうやって……」
「お~、眼鏡だ」
「家にいる時は眼鏡なんだよね」

 四日ぶりに見た顔に思わず口角が上がる。じっと画面を見つめると、手でインカメラを隠されてしまった。

「なんで隠すん?!」
「いや、そんな見なくたっていいじゃん……」

 真っ暗だった画面が再び瑞希を映すと、照れた表情でこっちを見ていた。

「電話とかどしたん?」
「あー……、いや、特に何ってなかったんだけど……。颯斗さ、この後何するの?」
「この後? 瑞希と電話」
「いや、そうだけど! そうじゃなくて……。ほら、初詣とか! 友達と夜中行ったりしないの」
「あー……、年明けに会う約束してるから夜中ってないかも」
「……あの、さ」
「ん?」
「……もし、颯斗が良かったらなんだけど……、これから初詣行かない?」
「行く!」
「うわ、即答」

 瑞希からの提案に大きく頭を振ったら画面越しで笑っている。
 二十三時半に乗り換え駅改札集合。冬休み初めての待ち合わせだ。



「行ってきまーす」
「気をつけるのよ~」


 少し早めに駅に向かったら既に瑞希はいつもの所で待っていて、改札を出て小走りで向かうと気がついてこっちを向いた。

「あれ、来るの早いね」
「瑞希こそ早いじゃん」
「準備が早く終わっちゃって。颯斗、ここに大きな神社あるの知ってた?」
「聞いたことはあるけど行ったことないな」
「俺も。多分混んでるよね~」

 目的の神社まで歩いて十五分。裏道を通っているからか道のりにはあまり人通りがなく静かで、お互いの足音が鳴り響く。

「ってか、薄着じゃない?」
「そう? 俺、体温高めなんだよなあ」
「ええ……。俺、冷え性だから着込まないと無理……。風邪引かないようにね」
「おー」
「……あ、寒いかと思ってこれ、颯斗の分もあっためといたんだけどいる? 暑くなっちゃう?」
「いる! ちょーだい」
「俺の上着のポケット、二つ入れてたからすごい温まってる」

 もらったカイロを頬に当てながら、勝手に瑞希のポケットに手を入れ込む。自分でしておきながらぐっと近くなった距離に柔らかく心臓が弾む。

「あったけえー……」
「……っ、でしょ」

 ……あ、また可愛い顔してる。時折見かけるこの表情は、どういう気持ちなんだろう。

 ーー瑞希って、俺のことどう思ってくれてる?

  〝ーー皆さんはやり残したことはないでしょうか?〟

 ふと、テレビで流れていた特番の言葉を思い出した。

 なんだろう。なんか、やり残したとかじゃないけど、瑞希に伝えたい。
 今、この気持ちが伝わってほしいって全身が叫んでいる。

「あのさ」
「ん?」
「瑞希のこと、好きなんだけど」
「……っ、え?」

 目を大きく見開いて呆然とする瑞希を真っ直ぐ見つめる。そりゃあ、いきなり言われたらそうなるわな。驚かせちゃっただろうか。

「……あ、ありがと」
「それって俺も好きだよってこと?」
「いや、待って、……颯斗のその、好き、っていうのは……さ、」
「俺、瑞希と友達以上になりたい」
「……ってか、近い! なんで寄ってくるの!」
「俺もって言ってくれるまでポケットから手抜かないし、もっと近づく」

 みるみる赤くなる顔を見つめながら、自分から逸らさないようにグッと距離を詰める。


 少しの間沈黙が流れると、瑞希はゆっくりと口を開いた。

「……っ、おれ、も」
「俺も?」
「……颯斗のこと、好き……だよ」
「ほんと? ほんとに? 自分で言うのもあれだけど、俺に言わされてない?」
「言わされてない、……ってか待って、ほんとこの距離恥ずかしい、無理なんだけど……っ」
「なんで、好き同士ならいいじゃん」
「……あのさ、多分、先に俺が颯斗のこと好きだったと思う」
「え?」

 …………ーーーーゴーン。

「……あ」
「鳴っちゃったね……」

  遠くの方で鐘が鳴り響き、十二時を回ったのを確認した。気がつけば新年を迎えてしまって、二人で顔を見合わせて笑った。

「今年も宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「なんか、年の初めに好きな人に一番に会えるっていいな」
「だ、だからそういうとこ……!」
「そういうとこって?」
「はあ~~……。なんでもない」
「あ、また可愛い顔してる」
「可愛い顔ってなに?!」
「んー? こっちの話。とりあえず神社行くか~」


 瑞希のポケットから手を出すと、自分のポケットに手を入れる。ゆっくりと並んで再び歩き出すと、優しく瑞希の肩を叩いた。

「……今度は何でしょうか?」
「瑞希、ちょっとここに手入れてみて」
「手?」
「貰ったカイロのおかげであったけーの」
「え、なんか俺のポケットの中より温かくない? 基礎体温違うとこんな違うの? ……って、……抜け、ないんですけど」
「次は俺が瑞希のことあっためる番な」

 ポケットの中でそのまま瑞希の手を握る。冷え性だと言っていた手は、さっき触れた時程冷えてはいなくて、寧ろ体温の高い自分と同じくらい温かい。
 まあ、だからといって離すわけはないんだけど。

 口元をマフラーで隠しながら握り返してくれた手を、もう一度応えるようにして握る。


 瑞希に思いを届けて、少し先に進んだ関係。鐘の音と共にきた新しい一年。白い息を吐きながら上を見れば真っ暗な空に星が点々と輝きを放っていて、身体のずっと内側から温かいせいか、冷えきった空気が顔に当たっても気にならない。

「なあ、そう言えば〝先に俺の方が好きだったと思う〟って言ってたけど、どういうこと?」
「……ひ、秘密!」

「うわあ……、人凄いね」
「参拝ちょっと落ち着いてから行かねえ? あっちまで並んでる」
「ほんとだ。あ、向こうで甘酒配ってるみたい」
「向こう行ってあったまってるか」

 夜中なんて関係なく楽しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。新年独特の高揚感を雰囲気から感じられ、隣を見れば好きな人がいることに自分の気持ちも高ぶっている。

 人混みをかき分け歩いていると、瑞希が女の子に声をかけられた。

「瑞希先輩?」
「あれ、来てたんだ」

 ……あ、この子確か前に駅で見かけた子だ。隣にいる子は初めて見るけど、話している所を見る感じ瑞希と仲が良さそうだ。

「寒がりで人混み苦手な瑞希が出てくるなんて珍しいと思ったら、ねえ~?」
「ふふ、瑞希先輩が幸せそうな顔してる」
「あ~、もう……、うるさいなあ……。颯斗、この子のこと前に駅で見かけたと思うけど後輩で、もうひとりは俺の幼馴染」
「水瀬颯斗です。よろしく」
「颯斗くんのことは瑞希からよく聞かされてますよ~。二度も瑞希が助けられたみたいで。ありがとね」
「二度も?」
「ちょっ!」
「え? まだ言ってないの?」
「なんのこと?」
「あ~! そうだ! 甘酒取りに行こうとしてたんだ!ほら、颯斗行こ!」
「えっ」
「瑞希先輩また年明けに~」
「はいはい、じゃあね!」

 瑞希に背中を押されながら配っている所まで向かうと、紙コップに熱々の甘酒が注がれる。それを受け取ると、賑やかな場所から少し離れ、ベンチがある静かな場所へと移動した。

「はあ~……、あったかい……」
「瑞希~」
「んー?」
「〝二度も〟ってなに?」
「うっ……」

 瑞希の方を見ると気まづそうにしてそっぽを向いている。近づいて顔を覗き込むと、ボソボソと小さく何かを呟いた。

「ん?」
「ええー……。いやあ……、さ」


 ーーまだ高校に入る前の春休みの話なんだけど……。高等部に用事があって電車に乗ってたんだ。その時の電車がまあ結構満員で。人混みに酔っちゃって立ってるのも辛かったんだ。そしたら近くに座ってた人が、俺の顔色が悪いのに気がついて声かけてくれたの。〝大丈夫ですか?〟って。その時、席代わってくれて凄い助かったんだ。

「もう颯斗は覚えてないかもしれないけど……」
「それが、俺だった、と……。っあ!! もしかしてのど飴の?!」
「……! そうそう! わ、覚えててくれてる」
「覚えてる! あの時くれたのど飴、めちゃくちゃ助かった! そっか、あれは瑞希だったんか~」
「ずっと喉が辛そうだったから、もしかして調子悪かったのに代わってくれたのかなと思って、申し訳なかったんだ」
「俺さ、あれから喉の調子悪い時にあののど飴買ってんだ。色々並んでんだけど、あれ見ると手伸ばしちゃうんだよ」
「だから、助けてもらったのは二度目なんだ。あの時もありがとう」
「なんか……、すげー嬉しい。あの時から繋がってたんだな、俺ら」

 あの時も二度目も偶然かもしれない。でも、きっとあの出来事がなかったら瑞希と話すことも関わることもなかったと思う。
  ーーだから、大袈裟に奇跡とか運命なんて言ってもいいだろうか。

「先に俺の方が好きだったと思うって言ったのは、まあ……そういうのもあって、ずっと颯斗のこと意識してたってことだったんだけど……」

 照れくさそうに頬を掻きながら微笑んでいる。瑞希のこの〝可愛い顔〟って、もしかして俺のこと思ってくれてんのかな。そうだったらいいな。

「あ、なんか参拝列捌けてきてるね。行ってみる?」
「……もうちょっとこのままがいい」

 瑞希の手を取って自分の体重を預けると、瑞希の方からも優しく寄りかかってくれた。何て言ったらいいのか表現出来ない、フワフワ浮いているのにずっしりとした気持ちが今は心地いい。


 夜が深くなってきた。繋がれた手と左側に感じる瑞希の温かさを胸で抱きしめながら二人で星空を見つめた。



 おわり

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

いちばんに名前を呼んで

総文字数/19,072

青春・恋愛5ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア