「颯斗~。今日お母さん夜勤だから、冷蔵庫に夜ご飯入れとくね」
「ほーい、行ってきまーす」

 最寄り駅から一駅、乗り換えて快速で三駅。今日も弓道の朝練をする為に、いつもと同じ時間に電車に乗り込む。乗り換え先、ホーム六号車。ここから乗ると、降りる時に直ぐ階段を降りられるので定位置になっている。

 ……ーーお、今日もいる。

 この時間に見かける、ひとつ前の駅で降りる男子高校生。今日はイヤフォンをつけて斜め下の方をぼーっと見つめている。勿論話したことはない。毎日見かけるようになって二年目。そこの学校はネクタイの色で学年が指定されているので、青色なのを見ると同じ学年のようだ。
 彼は開く扉の左側にいつも立っているので、特に理由はないが右側に並んで立つ。


 〝まもなく二番線に快速ーー……〟とアナウンスがホームに響く。昨日の練習を思い出しながら、今日はどういう風に練習をしようかなと考えていたら、左側にいた彼が急にしゃがみ込み蹲った。驚いて咄嗟に声をかけると顔色が悪く、体調が優れないようだった。

「大丈夫?」
「……あ、……へい、き」
「ゆっくり立てる?」

 肩を貸してそっと彼を起こすと、よろける身体を支えながら後ろのベンチに座らせる。近くにあった自動販売機で水を買うと、キャップを外し彼の前に差し出した。

「体調悪くなっちゃった? 駅員呼んでこようか?」
「……だ、大丈夫……。ありがとう……」
「ごめん、体調良くなるまで一緒にいてやりたいんだけど、部活あるから行くな。お大事に」

 部活の開始時間ギリギリになりそうだったので彼に軽く手を振ると、丁度来た電車に乗り込んだ。

 ーーこれが、彼と〝初めて〟会話をした日になったのだ。



「あのっ!」

 次の日、いつもの時間にそこへ向かうと彼が声をかけてきた。

「昨日、ありがとう」
「あれから大丈夫だった?」
「うん。あの、っこれ、お金」
「いいよ、水一本くらい。ほら、電車来た」

 彼の肩をトンと優しく叩き、一緒に電車に乗り込んだ。この時間はガラガラまでではないが座れるくらいには空いていて、二席空いている所に並んで座る。

「朝から貧血気味だったから助かった。えっ、と……」
「俺、水瀬颯斗(みなせはやと)。よろしくな」
瀬田瑞希(せたみずき)、です」
「二年生で合ってる?ネクタイの色」
「うん」
「俺も二年生! いつも朝この時間だよな?毎朝見かけるから」
「たまに委員会があったり、人混み多いの苦手で……。いつもこの時間」
「確かに、これより後になってくるとぎゅうぎゅうだもんな~」

 聞いてみればずっと見かけていた彼、瀬田瑞希もどうやら俺のことを認知していたらしい。〝ここから乗ると直ぐに階段を降りられるから〟という理由でここから乗っていたらしく、自分と同じ理由に笑ってしまった。

「俺も同じ!」
「……っ! そ、そうなんだ」
「ん? なんか顔赤くない? え、調子悪い?」
「え?! そ、そうかな?! 全然元気! あっ、俺、ここだから、」
「おー! またな」

 駅に到着し扉が開くと、バタバタと駆け足で出ていってしまった。

「せた、みずき……かあ」

 なんか、俺の友達にいないタイプだったな。凄い気になる。明日も話せるかな。


 この出来事をきっかけに、毎日おはようの挨拶を交わし、学校へ向かうまでの時間を共にするようになったのだ。



「瑞希~」
「颯斗、おはよ」

 瑞希と会話をするようになってから数ヶ月。毎朝学校へ行くのが楽しみになった。正確に言えば〝瑞希に会うのが楽しみ〟だ。学校が違うし朝しか会えないから特別感があって楽しみなのかもしれない。
 待ち合わせをしているわけではないが、また明日と別れると、明日も会えるのかと嬉しい気持ちになる。

 瑞希が降りる駅までは十二分。正直話をするにはあっという間の時間だ。もっと色々話したい、話し足りない。でも、その気持ちを抱えたまま次の日に会えるのも嬉しい。

「なんかもう寝そうな顔してる」
「今週大会があるからびっちり練習しててあんまり疲れ取れてないんだよなあ……」
「俺、弓道って見たことない」
「なかなか見る機会ないよな。シーンと静まった空間で真っ直ぐ的を見て弓を引くの気持ちいいんだよ」

 まだ幼かった頃、祖父がずっとやっていた弓道を見よう見まねで始めたらすっかりハマってしまい、それからずっと引いている。

「大会って日程いつなの?」
「今週の土曜日」
「……それ、俺が見に行ってもいいやつ?」
「え、見に来てくれんの?」

 目を見開いて瑞希を見ると、コクっと首を縦に振った。窓をすり抜けていく太陽の日射しが強いせいか、頬から耳にかけて少し赤く見える。

「あ! 見られるの嫌だったら行か『来て!!』」
「行って……いいの?」
「うん、来てほしい! ……やばい、めっちゃ頑張れそう。眠気覚めた」
「じゃあ、颯斗がいい結果出せるように応援しに行くね」
「おう! よろしく! あ、そうだ! 連絡先交換しねえ? いつも別れた後に聞くの忘れた! ってなんだよな」
「……! 俺も……、ずっと聞きたいと思ってた。QRコード見せたらいい?」

 瑞希の降りる駅のアナウンスが車内に響き渡る。夏の強い日射しと冷房の効いた涼しい車内。〝夏本番!〟と書かれた中吊り広告。画面に表示された瀬田瑞希の名前とアイコンを見て、口元が緩む。心臓がトクトクと音を鳴らしながらじわじわと熱くなっていくのを感じた。



 大会当日。瑞希から朝一で送られてきた〝おはよう!ちゃんと見てるよ〟のメッセージ。〝頑張って〟と文面にしないのは、きっとプレッシャーを与えないようにする為の瑞希の優しさだ。

 話す前まではクールで大人しそうだなと思っていた。本を読んでいたりイヤフォンで何かを聴いていたり、綺麗に着こなしている制服からの勝手なイメージだったのだが、実際話してみたら顔色の変化が豊かで楽しそうに話をしてくれる。瑞希と一緒にいると、クラスの男子とは違う楽しさがあって、何より瑞希の雰囲気がそうさせているのか心地がいい。
 最近はもっと瑞希のことを知りたいなと思うことが増えた。

 ……なんか、瑞希のこと考えてたら会いたくなってきたな。

「……よし!」

 今日はいつもに増して調子がいい気がする。自分の成長の為にも、見に来てくれてる瑞希の為にも、いい結果を出したい。