楓は、家族に囲まれて…
死の瞬間を迎えていた。
みんなの姿がボヤけてきて…
意識がどんどん遠のいていく…
みんなの声も薄らいできて…
ある瞬間…意識がなくなった。
―――私、ついに死んじゃったんだね…
そう、思っていたら…
ん⁉そう思えるの?
なんで?
死ぬって「無」になることだと思ってた…
そう考えていると…
神様みたいな恰好をした人が現れた…
「一度だけ戻りたい時代に行かせてあげよう。いつが良いか?」
「えっ、戻れるんですか?」
「一度だけだ。期間は…1年。いつにするのだ?」
楓は、考えた…
―――期間限定なんだよね…
―――幸せだった時に戻りたいけど…
―――もう一度、やり直すなら中学の時がいい
―――剣と付き合い始めた時に戻ってやり直したい
楓は…
「中学2年の10月に戻りたいです」
と神様に伝えた。
「わかった。ただし期間は、1年のみだからな」
「分かりました。よろしくお願いします」
そう言った途端に…
身体が宙に浮いて、グルグル回って…
意識が無くなった…
目を覚ますと…
そこは、中学校の教室だった。
―――マジか~
―――本当に戻ったよ…
そう考えていると…
ベルが鳴って…
「楓、昼休憩終わったよ!起きないと…」
と祥子が起こしてくれた。
―――祥子。若い…
「あっ、ごめん。寝てた〜ありがとう」
それから、授業を受けて…
次の休憩時間になった。
―――剣はちゃんといるかな?
剣の教室に行ってみると…剣がいた。
―――剣…やっと会えたよ…
―――ずっと会いたいって何年も思っていたんだよ…
―――でも、若い剣だけど…
確か…この時はまだ付き合ってなかったはず…
「剣、好きな人教えて」
「楓は、しつこいなー」
「いいじゃん、教えてよー」
「今度な」
「そうですか…絶対に今度教えてよー」
「分かった、分かった…」
―――懐かしい…
―――また、こんなやり取りが出来るとは思ってなかった…
―――せっかく貰った期間限定…
―――今度は、気の迷いなく剣と付き合う!
―――そう決めた。
―――でも、1年後には、お別れしなきゃいけないのが怖い…
―――それでも、私は…剣と向き合うんだ…
家に帰ると…お父さんが元気だったから
楓は、涙が止まらなかった…
つい昨日まで、お婆ちゃんだった楓は…
今日、半日だけでも疲れた。
でも…
中学生の気持ちや行動に戸惑いながらも
これから、始まる剣との生活にワクワクして…
眠れなかった…
今日から、来年の9月30日まで…
剣だけを見て…
絶対に別れない…
今度こそ…
楓は、そう心に決めた。
翌日…
楓は、教室で授業で使った新聞を見ていた。
その中に…
―――みつけた!
「便秘」
これを、名札に付けて…
すると、周りの友達が
「楓、何してるの?」
「へへっ、内緒」
そう言って、剣のクラスに行った。
いつものように…
「剣、好きな人教えて」
剣は私の名札を見て…
「便秘」
と言ったから、楓はドキッとした。
「気付いた?どうせ変なことしてるなって思ったんでしょ?」
「ホント…楓はバカだな」
「どうせ、バカですよ」
そう言って教室を出たけど…
内心、ドキドキしていた。
―――剣、ビックリするじゃん。
でも、楓は知っているから…
確か…この数日後に…
剣は、好きな人を教えてくれるはず…
それまでも…
毎日、剣に好きな人は誰?って聞いてた。
友達の名前を言ってみたけど…
違うってハッキリ言われた。
そして、3日後…
いつものように剣に「好きな人教えて」と軽く言ったら…
「わかった、教えるよ。今日、クラブが終わるまで待ってて」
「ホント?やったー!絶対だよ」
―――ついにこの時が来た…
楓は、祥子と一緒にバスケ部に入っていたけど…
いつの間にか、行かなくなった。
楓は、遊ぶのが楽しくなって…
少し、不良になりかけていた…
剣や他の野球部の友達は坊主だけど
眉毛を剃ったり剃り込みを入れたりしてる。
楓も、少しづつオキシドールで髪を染めたり…
眉毛を剃ったり…
スカートを長くしたり…
靴下のゴムの部分をくるくると丸めたり…
カバンをしぼって細くしたり…
私服が派手な色のジャージだったり…
そういう時期だった。
その日も、クラブには行かず…
祥子と誰もいない教室で喋りながら…
剣を待っていた。
剣が教室に帰って来て…
着替えるのを待って…
そして、なぜだか廊下で…
楓と剣は立って話をしていた。
「好きな人教えてくれるんでしょ?」
「うん」
そう言いながら剣は、なかなか話さない…
「誰なの?」
色々な人の名前を言ってみた。
剣は「違う」だけはハッキリ言う。
でも、なかなか教えてくれない。
しかも、持っていた傘で素振りを始めた…
「もう、教えてくれるって言ったでしょ?誰なの?」
と、キレ気味に言うと…
剣は、持っていた傘で楓を指した。
「えっ?冗談だよね?」
「冗談じゃない…」
恥ずかしかったのか…剣は
「今日は遅いし、とりあえず帰ろう」
と言ったから
「分かった…」と言った。
そして…なぜか別々で帰った。
暗くなりかけた帰り道で、祥子に報告したら
「楓、良かったね」
と言ってくれた。嬉しくて…
「うん!嬉しい」
と…満面の笑みで答えた。
楓は、嬉しくて眠れなかった…
でも、私は翌朝熱を出して休むんだよ…
知恵熱か?
って可笑しくなった…
今度こそ、恥ずかしがらずに剣のそばにいる…
剣の心の近くに…
絶対に行くんだ…
楓は、翌日…予定通り熱を出した。
お父さんが
「病院に連れて行こうか?」
と言ってくれたけど…
「いや、薬飲んで寝てれば直ると思うから…お父さん仕事行っていいよ」
って言った。
本当に知恵熱みたいで…すぐ下がるのは分かっていたから…
楓のお母さんは、楓が中学1年になってすぐ
病気で亡くなった。
それから、お父さんは男でひとつで楓を育ててくれた。
楓は、夕方には嘘のように熱が下がって元気になった。
帰って来たお父さんも、安心したみたい…
翌日、学校に行くと…
心配した剣が
「楓、大丈夫か?また話があるからクラブ終わるまで待っててくれる?」
って言ったから
「うん、もう大丈夫だよ。わかった待ってるね」
そう答えた。
楓は、今日付き合いたいと剣が言ってくれることを知っている…
また、祥子と待っていたら、剣が帰ってきた。
みんなが教室に剣と二人っきりにしてくれた…
恥ずかしい…
剣は、やっぱりなかなか言ってくれない…
剣は言いかけようとするけど…言えずに
違う話をして来る…
それが、すごく可愛く思えて…
それを繰り返していると
外は、もう真っ暗…
他の友達が待てなくなって…
「もう、帰るぞー」
と隣の教室から叫んだ。
これも予定通り…
剣は慌てて…
「付き合って下さい」
って言った。
―――遂にきた~
「いいよ」
それから…
私達の交際がスタートした。
昔の楓は、あれだけ剣と話をしていたのに…
急に恥ずかしくなって…
剣のクラスに言っても、剣に近付けなくなった。
だから、今回は絶対にそんなことはしないと決めていた。
楓は、それから…
毎日、休憩時間になると剣のクラスに行って
剣と話をした。
この頃から…
楓は、学校帰りに祥子と遊びに行くようになっていたんだけど…
それを抑えて…っと
剣がクラブが終わるのを待って
剣と一緒に帰るようにした。
「剣、今日も待ってるから一緒に帰ろう」
「はいよ」
そして、いつものパン屋さんまで一緒に帰って
そこでバイバイする。
毎日が、楽しくて仕方なかった…
剣に
「今度、休みに何処かに行こうよ」
って言ったけど…
「試合があるから…ごめん」
って言われることばかり…
昔は、メールも無くて…
電話したくても、家の電話しかなかったから…
親が出てしまう…
休みだって日曜日と少ない祭日しかなくて…
会える日も限られる。
ホント…不便だよね。
こんなんで、みんなよく愛を育てることができたよな…
11月…
そんな中で剣が
「3日の祭日、試合ないから遊びに行こうか?」
って言ってくれた…
おー!昔にはこんな出来事なかったよ~
嬉しい。
それまで、二人で毎日何処に行こうかと話をした。
そして…楓と剣は、動物園に行くことにした…
前の人生では、初めてのデートは初詣だった。
でも、この期間限定の人生では、
初デートは明日…
2か月早くなった。
嬉しいー
動物園の行き方を調べておかなきゃ。
剣も調べてくれてるかな…
この時代にはスマホが無いから不便だ。
でも、楓は時刻表が愛読書だったから…
いや、確か動物園ってバスでしか行けないじゃん。
どうやって調べるんだったけ?
スマホで調べ慣れてる楓にとって…
それは辛いことだった。
インターネットも無いし…
この時代って、本当に不便…
悲しくなるよ…
でも、覚えてることもあるからね。
バスセンタ―まで行って乗り換えだった気がする。
明日は、9時にいつものパン屋さんの前に待ち合わせだ…
目覚まし時計をかけてっと…
楓は、ワクワクして…なかなか眠れなかったけど…
若さゆえか…
いつの間にか眠っていた。
目覚ましよりも早く目が覚めたから…
時間の前には、パン屋さんに行った。
少しして剣が来て…
「おはよう」
「おはよう、ちゃんと来たね、今日はよろしく」
「来るにきまってるじゃん。こっちこそ、よろしくー」
剣と、バス乗り場まで一緒に歩く…
―――恥ずかしい…
―――でも、いっぱい剣のことを知るために頑張らなきゃ
「剣ってどんな動物が好きなの?」
「うーん。熊かな」
―――そうだったんかい!それで、あの時に熊って言ったの⁉
【すれ違ってしまった恋 2話別れ~21歳参照】
剣にとっては、名札の「便秘」みたいなもんだったのかな…
「そうか、動物園楽しみ」
「うん、そうだね」
近くのバス停に着くと、すぐバスが来たから乗り込んだ…
整理券を取って…
1人だと、絶対に一番後ろの席に座っていたけど…
どうしようかなって思っていたら、剣は迷わず二人用の席に座った。
楓は、剣の隣の席に座った…
近い…
恥ずかしい…
少し、無言が続く…
でもこの無言も心地いい…
いつの間にか…祥子の話や野球部の友達の話で話がはずんだ。
バスはあっという間にバスセンターに着いて
次は乗り換えだ…剣は迷わずバス停に行った。
また、剣は2人用に座ろうとして…
「次は、楓が窓側に行く?」
って聞いてくれた。
「ありがとう、実は酔いやすいんだ…」
「ごめん、さっき聞けば良かったね」
「大丈夫。ここからの方がグネグネ道だから、窓側が良かった」
「それなら、良かった」
「剣は、大丈夫なの?」
「俺は、全然平気」
「それなら、良かった」
剣が気が付いてくれる人で良かった…
今では考えられないけど、昔はクラスの名簿があった。
それには、住所・電話番号・保護者の名前が書いてある。
剣とは、同じクラスになったことは無かったけど…
剣と同じクラスの子に名簿を見せて貰ったことがある。
そしたら、剣と楓の電話番号は下2桁が違うだけだったから驚いた。
だから、お互いに…ずっと覚えていた…
楓は、バスに揺られながら…それを思い出していた…
剣と楓は、動物園に着いた。
入場料を、それぞれ払って…
―――中学生だから、割り勘は当たり前だよね…
「剣、何から見る?やっぱ猿かな?」
目の前に猿山が見える…
「そうだね。猿から見よう」
「ま、臭いけど…」
「気にしない気にしない」
二人は、まるで中学生のように…
はしゃいでいた…
―――中学生なんで、当たり前なんだけどね…
「次は、何見る?」
「とりあえず、パンフレットの順番に行こう」
「わかったー」
こんなに、回れるかな…
楓は、気持ちがまだ老人だから…
追いついてない…
でも、思っていたより…
身体は中学生のようで…
難なく、回れた…
それから…ペンギンや羊などがいる、ふれあい広場に行ったり
爬虫類館で大騒ぎしたり…
そう…熊も見た。
ここの動物園って、息子や孫とも一緒に来たけど…
熊っていたっけ?
今日、見ている熊は棒を振り回したり芸をしている。
なんか…懐かしい。
まわっていたら食堂が見えた。
―――そういえば、昼ごはんどうするんだろう?
お弁当を作っていたら、お父さんに何か言われそうだから
楓は弁当を作らなかった…
それに…今の時代にコンビニはない…
「剣、お昼ごはんはここで食べる?」
「そうだな、ここで食べよう」
―――初めての一緒のごはん…緊張する。
「食券を買うシステムね…何にしよう?剣、先に買っていいよ」
「おう」
「剣、何にしたの?」
「ラーメンにした」
「私は、オムライスにする」
楓は、箸を使うのが下手だったから、スプーンを使う物にした。
「いただきます」
二人とも、そう言って食べ始めた…
恥ずかしかったけど…
考えてみたら、一緒に居酒屋とか行ってたしな…
気にしないようにしよう。
二人は、ご飯を食べた後…
鯉に餌をやった。
―――剣とは、何をしても楽しい
―――剣も、そう思ってくれてるといいな…
剣と遊具で遊んで、めちゃくちゃはしゃいだ…
一通り、周って…
「もう、終わっちゃったね」
「帰るか…」
「うん」
二人は、バスに乗った…
疲れたのか…
楓がウトウトしていたら…
眠ってしまった剣の顔が、楓の顔の横に…
―――えええっ!!顔が近い…
―――どうしよう?
そう思っていた楓だったけど…
楓も、いつの間にか、完全に寝てしまった。
そして、二人は顔を近づけたまま…眠った。
前は、こんなこともしたことが無かった…
嬉しい…
こうやって、どんどん剣に近付きたい。
バスセンターに着いて、二人は顔を見合わせて笑った…
次のバスに乗り…
また、いつものパン屋さんに着いた…
「楽しかったねー」
「うん、楽しかった」
「お小遣いを貯めて…また何処かに一緒に行ってくれる?」
「いいよ。また行こう」
そう約束して、剣と楓は家に帰った…
11月…
動物園、楽しかったな…
また、どこかに行きたいな…
今日は、11月6日か…
えー!!
今月は、剣の誕生日じゃん。
何か、プレゼントあげないと…
ヤバい!!
今度の、日曜日か次の日曜日しか買いに行く時がない!
でも、何をあげればいいんだ?
楓は、祥子に相談した…
「祥子、もうすぐ剣の誕生日なんだけど、何をあげればいいと思う?」
「そうかぁ、男って何を貰ったら嬉しいんだろう?」
「わかんないんだよー。助けておくれ、祥子ー」
「それとなく、剣に聞いてみるとか?」
「あまりに、あからさまじゃない?」
「そうだよね…うちが野球部の友達に聞いてみるよ」
「お願い、祥子。助かる」
祥子が友達に聞いてくれた。
候補は…服・スポーツグッズ・文房具・漫画etc…
「祥子ありがとう。それで…買いに行くの付き合ってくれない?」
「いつ?」
「明後日か、その次の日曜日」
「明後日は用事があるから。次の日曜日ならいいよ」
「祥子、ありがとう」
そして…次の週の日曜日…
祥子と街に行った。
祥子とは、よく街に遊びに行く。
でも、たいてい服を買いに行くから行く店は決まっているけど…
今回は、そういう店じゃない。
「服は難しいよね…とりあえず、スポーツ用品店に行ってみようか?」
楓と祥子は、スポーツ屋さんに行ったけど…
高い物ばかりで…楓の小遣いでは買えない。
「よし、文房具かな…」
文房具店に行ってみたけど…
値段的にはいいんだけど、何か物足りない…
「とりあえず気分を変えて、いつもの雑貨屋さんに行ってみよう」
そしたら、楽しそうな物がいっぱいある…
「これ、いいんじゃない?」
祥子が見せたのは、ミニ香水だった。
「でも、匂いが嫌だったら…私が嫌かも?」
「色々あるから、匂って決めれば?」
値段的にはいい…
匂ってみると…いい匂いもある…
「色々匂っていたら、よく分からなくなったよー」
「最初にいいって思ったのがいいんじゃない?」
「これにする!」
「よし、決まり」
やっと、決まった…
「祥子、ありがとう」
よし、剣の誕生日は木曜日…
木曜日、いつものように
「剣、誕生日おめでとう。今日もクラブ終わるの待ってるね」
「あ、覚えててくれたんだ。ありがとう。じゃ、あとで」
待っていると…剣がクラブを終えて帰って来た。
着替えるのを待って…
「これ、誕生日おめでとう」
プレゼントを渡すと…
「えっ、ありがとう。びっくりしたよ」
「えへへっ、びっくりさせようと思って…開けてみて」
剣はプレゼントを開けた…
「こういうの欲しいと思っていたんだ…クラブの後、汗臭いから…」
「全然、臭くないけどね。使って貰えたら嬉しい」
「楓、ありがとう」
こうして、楓のプレゼント大作戦は終わった…
また、剣に近付けたかな…
昔、しなかったことを沢山して、もっと仲良くならなきゃ。
私が迷うことがないように…