いつからだろう。凉樹との間に溝が生まれたのは。曇ったままの心には、いつになっても陽が差さない。照らしてくれるのは凉樹という太陽だけだと思っていたのに、その太陽に裏切られるなんて。人生、一生曇ったままだ。
凉樹の肩関節から、乾いた音が聞こえるとともに、俺は現実の世界に戻った。俺の腕は彼を抱いたままの形状を維持していた。
「あ、ごめん。つい」
「あ、いや。べつに」
思い惑っている様子の凉樹。頬が火照っていく。
「あのさ、裏切ったってどういうこと?」
「・・・」
「俺は凉樹に揶揄われたくない。本当のこと言って」
目を向けるも、すっと視線を逸らす彼。
「・・・・・・、ごめん」
「何が?」
「・・・」
視線も合わせない。ごめん以外の言葉もない。そんな凉樹に、俺は吐息をもらす。
「だから、何が?」
「ごめん」
「ごめん、ごめん・・・って。凉樹、しつこいよ」
「・・・」
彼の態度が、怒りの沸点に到達した。
「凉樹、謝るだけじゃ分からない。あぁ、もう! こんなところで怒りたくないけどさ、我慢できない。なぁ、俺のこと裏切ったって何なんだよ! どういうことか説明してくれよ!」
それでも黙り続ける。こんなの、俺の大好きな凉樹じゃない。
「・・・」
「黙ってんじゃねぇよ。ちゃんと目見て言えよ」
「・・・、ここじゃ説明できない」
彼は苦肉の策という感じで呟いた。
「じゃあどこで―」
「俺ん家、じゃダメか?」
凉樹の家に行くとなると、約二年振りになる。彼の家に行けば、何か証拠となるものが置かれているかもしれない。だとすると、彼の隠し事の本質を問い詰めるチャンスだ。
俺は彼の策に乗った。すると彼はこっくりとうなずく。
すぐ足元にある浅い水たまりに、幼い子供のようにわざと足を突っ込んだ。すると、勢いよく小さな水しぶきが無数に飛び散り、濡れたアスファルトの上に落ちていく。そんな水しぶきが唐突に儚く思えてくる。
大きな窪みにできた水たまりに映る俺の顔は、なんだか寂しそうだった。これからのことに不安を抱いているみたいに。そんな俺に、手を振って別れを告げた。
凉樹の自宅へ着いたとき、懐かしい匂いがした。帰ってきた、なんてことを思うと同時に、見覚えのない魔法のランプみたいな、小物が置かれているのが目に入る。天井に付けられた照明に照らされて、金が眩しいぐらいに輝いている。
「凉樹、これ何?」
来客用のスリッパを出す凉樹に聞いた。顔を上げると同時に、俺が指差す先にある小物を見て、一瞬だけ眉を顰めた。
「仲良くさせてもらってる先輩から貰ったんだよ。外国のお土産だって」
「へぇー、お土産か」
お土産にしては珍しいと思った。こんなの、距離が近くないと送れないだろ、とも思った。そんなランプを嘗め回すように見ていたからか、凉樹は笑って「何か問題でもあるのか?」と言ってきた。俺は「何でもない」と気付いていないフリをする。下に隠されたタグに日本円の表記があることを。
「そ、そうか? ならいいけど」
彼はふっと視線を逸らす。あぁ、嘘つかれたな。
俺はいつものボーダーのスリッパを履き、リビングに足を踏み入れた。そして、そのまま目先にあるラックに立てかけられた一冊の雑誌を手に取る。つい昨日発売されたばかりの雑誌。表紙には、決め顔のNATUraleza四人が写っていた。
「で、話って何だよ」
「それより、何か飲まないか? っていってもコーヒーか水しかないんだけど」
「凉樹も何か飲むのか?」
「俺はコーヒー飲むつもりだけど」
「じゃあ、俺もコーヒー頼むよ」
「分かった。すぐ準備するから」
「ありがとな」
凉樹は咲佑に背中を向けて、コーヒーメーカーのセットをする。その間、咲佑は財布に入れておいた小さな袋を取り出す。その袋の中には、たまに飲む薬が入っている。
コーヒーが出来上がるまでの間、凉樹は息をするのも忘れるぐらいの勢いで話しを続けた。咲佑は、見られない凉樹の姿を不自然に感じていたが、特にそれについて言及しないでいた。この期に及んで喧嘩したくなかったから。
しばらくして、コーヒーメーカのスイッチがオフになった。それにいち早く気付いた俺は、凉樹に声を掛けた。
「凉樹、コーヒーで来たみたいだけど」
「悪い、気付かなかった」
椅子から腰を上げ、食器棚からカップを取り出す。そして、青いカップに熱々のコーヒーを注いでいく。その間、咲佑はポケットに手を忍ばせた。
「ありがとな」
「おう」
「あ、このカップ―」
このタイミングで、凉樹のスマホに着信があった。絶好のチャンスだ。そう思っていた矢先、凉樹は画面を伏せる形でテーブルの上に置いた。
「出なくていいのかよ」
「別に今じゃなくてもいい相手だし」
「ふーん」
凉樹は電話が鳴り止むのを待っているようだったが、俺からすれば鳴り続けて欲しかった。それは、自分に課した任務が遂行できないから。
「出てくれば? それだけ鳴らすってことは緊急の内容かもよ?」
「あぁ、そうだな。ごめん」
「おう」
スマホ片手にリビングを出て行った凉樹は、扉の向こうで誰かと電話している。その間に、咲佑はポケットから薬を取り出し、湯気が立つコーヒーカップの中に落とす。溶けだしていく薬。まだ電話は終わりそうになかった。
リビングに戻ってきた凉樹は、吐息をもらす。
「電話誰からだったんだ?」
「まさっきぃ」
「おいっ、出なきゃいけない人じゃん」
「いいんだよ。俺がオフなこと知ってて電話かけてきたんだから」
「ふーん。まぁいいや」
「あーあ、せっかくのコーヒーがちょっと冷めたな」
「いいじゃんか別に。それに湯気まだ立ってるし」
「だな」
咲佑は永遠に話し続ける凉樹のことを、聞く耳を立ててその話に興味を示している演技をする。が、胸に秘めた思いとしては、早く寝てくれないかな、というものだった。そして、その願いは三十分後に叶った。凉樹の目は徐々に閉じていく。これは彼が眠気に襲われている動かぬ証拠だ。
「咲佑、ごめん。三十分だけ寝てくる」
「分かった」
「服、その山から適当に取っていいから」
「助かるよ」
凉樹は眠気に耐える形でリビングの扉を開けて出て行った。その後、すぐに寝室の扉が閉まる音が聞こえ、一分もしないうちに室内は静寂の空間と化した。俺はそっと寝室の扉を開け、彼がうつ伏せになって眠っているのを確認し、再び静かに寝室を後にした。準備は万端だ。そろそろ仕上げにかからないとな。
凉樹はベッドの上で気絶したように眠っている。薬が効く時間は最長でも四時間。その間にあるミッションを遂行しなければならない。
鞄の奥に入れておいた手袋をはめ、マスクを着用し、完全防備の状態で彼の部屋の散策を始めた。
「やっぱり物が少ない」
凉樹のリビングダイニングに置かれている家具は、大きめのテレビ、ダイニングテーブルとイスが二脚、雑誌ラックと食器棚のみ。家電は炊飯器や電子レンジ、冷蔵庫といった必需品に加え、ワインラックという彼の趣味のものがあるだけだった。テーブルの上は忙しくしている人とは思えないほど整頓されていて、床には埃一つ見つからない。
俺は大体この家にあるものを把握していた。そして、メンバーから誕生日で何を貰ったのかも、番組からお祝いでどんなものが送られたのかも、家に遊びに行く度に聴取し、それをすべて記憶している。物だけじゃなく、服や食器なども。それに、彼の家にはドラマやバラエティ番組の台本などが置かれていないことも知っている。だからこの家には業界系のものはほとんどない。あと、この家に関することで俺が把握しているのは、預金通帳は寝室にある鍵付きキャビネットに入れてあることぐらい。
壁にかけられた電波時計には、13:38と表示されている。この家を遅くても十四時に出ようと考えていた咲佑は、次第に焦り始める。当初の予定が崩れ始める。何を盗ろうか。そのときだった。脳裏に浮かんだ金色のランプ。あれは、完全に異性からのプレゼント。あれを盗れば目的は果たせる。ただ、盗んだ犯人が判明するリスクは高い。それだけは避けたい。ならどうする・・・。
「あ、あの手があったか」俺はお宝が眠る場所へ真っ先に向かう。その道中、異様なほどの興奮感を覚えた。
凉樹は根っからのワイン好きで、三本は常備していると聞いたことがあった。しかし普段からワインを飲むことはなく、連休ができれば嗜むぐらいで、スーパーなどで手軽に買えるワインを置くこともあれば、貰い物の高い一品を置くこともあるらしい。
三本中一本、しかも安いやつなら彼だって文句を言わないだろう。そういう軽い考えで俺はワインラックの前に立った。が、そこには三本どころか、七本も入っていた。普段から常備しているものに加えて、おそらく誕生日でもらった分が入っているのだろう。その中から一際目立つワインを取り出しラベルを見る。そこには丸みを帯びた字のメッセージとともに、凉樹の生まれ年の記載があった。これは完全に貰い物だ。しかも、異性からの。
リミットまで残り五分。手軽に持ち運びできるもので、今度は異性からのプレゼントというよりは、凉樹を身近に感じられる物が欲しかった。あともう一品だけ。その思いで食器棚を覗く。普段から料理をする凉樹にしては持っている食器が少ないように感じたが、その中で見覚えのある皿があった。それは、青の濃淡が美しい魚皿。手作りの風味が滲み出ている。
「これなら凉樹をそばに感じていられる」
俺はお皿をそっと取り出し、紙袋に入れる。ワインとぶつかって割れるなんてことがあってはならない。だから何か緩衝材替わりになるものを。そこで目に映ったのは、床の上に積まれたいくつもの服。これは昨日の夜、俺が凉樹に「いらない服があったら欲しい」と頼んで出してもらったもの。流石にこんな数は貰っていけない。リミットが迫る中、デザインやサイズなど気にする余裕もなく、袋に入る分だけを詰め込んだ。いい緩衝材と隠しになる。頬が自然と緩んだ。
新品同様の中古スマホの画面に表示された時間。タイムリミットの二分前だった。滴る汗を服で拭いながら自宅へ向かって走り出す。雨雲はもういなかった。
自宅に帰ったのは十六時過ぎだった。寄り道や休憩はしなかったものの、凉樹の自宅から徒歩で帰ってきたために、二時間近くの時間を要していた。電車移動のほうがもちろん楽だし、冷房が効いてて涼しいし、早く帰ることもできる。だけど、怖かった。自分がやったことなんて、別に逃げも隠れもするものじゃないのに。
部屋に入るなり、エアコンを稼働させ、紙袋をそっと床に置き、キッチンに向かう。水道からキンキンに冷えた水が流れていく。そこに頭を突っ込んで汗で濡れた髪を乱雑に洗った。ミッションを終えた今、とても壮快な気分だ。このままどんなことでもうまくいくような気がした。
俺自身、犯罪に手を染めたとは思っていない。彼から女の存在を消すことが俺の目的なのだ。妖艶な女に騙される必要はない。米村咲佑という一人の男の色だけで染まってもらえれば、それだけでいい。そのために俺は行動したまでだ。
「何ら間違ったことなんてしていないんだから、もう安心しろ」鼓動が早くなる心臓に話しかけた。
紙袋から服とワイン、皿を取り出し、テーブルの上に並べてみる。赤ワインなんて人生で二、三度しか飲んだことがない。酔いの回り方と辛い味が苦手で、正直ワインを飲むことを避けてきた。なのに、手元にある。飲むわけでも、料理に使うわけでもないのに、俺はワインラックから持ってきた。しかも凉樹の生まれ年の一本を。あのときは貰い物だと決めつけて選んだが、もしかしたら凉樹自身がお金を出して買ったものだったかもしれないと、今になって不安になってくる。
その不安を拭いきれないままワインを置き、皿を手にとる。手先が器用な凉樹が作ったものとあって、形状も綺麗なものだった。それを眺めているだけで幸福感に満ち溢れる。でも、だからと言ってこの皿に、俺が作った料理を盛り付けるつもりはない。そんなこと、とても烏滸がましくてできない。
本当に、なんでワインと皿を持ってきたんだろう。使い道もないのに。やっぱりどこまでいっても馬鹿なんだよな、俺って奴は。あの頃の自分は確かに興奮状態に達していた。正常とは言えないぐらいに。なんとも馬鹿馬鹿しい。
ワインや皿とは違って、許可をもらって取ってきた服。緩衝材と隠しの目的で選んだために、サイズとかデザインとか一切気にしていなかった。そんな服を一着ずつ広げてみる。全部で六着あった。そのうちの二着が長袖で、一着がアウター、三着が半袖というラインナップで、やっぱりどれも俺の好みの系統ではなかった。でも、これは着用することによって凉樹のことを身近に感じられるのだから、正解だ。
服をベッドの上に放り、ワインは冷蔵庫へ、皿は水切りラックに置いた。そして、近所のスーパーへ値引きされた弁当を買いに行くために自転車に跨った。秋めいた風に背中を押されながら自転車を漕いでいると、近くにあるスピーカーから十七時を告げるチャイムが鳴り始めた。今日はどんな弁当を食べるかな、なんて想像を膨らませながら信号待ちをしていると、ズボンの中で電話が振動し始めた。画面を見る。相手は、凉樹だった。想像よりも早く、胸が早く鼓動を打ち、目が血走っていく。自分の気持ちがコントロールできないままに電話が切れて、そして信号が青に変わる。再びペダルを漕ぎ、目的地に向かって走った。
刑事が自宅を訪ねてきたのは、二十時を少し過ぎた頃だった。目の前に現れた長身の男性が、警察手帳を見せ自分の名前を名乗った。張りのある声だった。その刑事は淡々と、凉樹が何者かに飲まされた睡眠薬によって昏睡状態に陥り、その間に強盗に入られた、という内容を簡潔に伝えた。
俺は刑事の言う内容を、初めて知ったかのような反応をして聞き流し、あたかも自分は無関係であることを貫き通そうとした。しかし、刑事の目は誤魔化せないようだ。
「この件で米村さんに任意同行を願いたいのですが」
「え、俺ですか?」
「はい。署のほうで詳しくお話を訊かせていただきたいのです。構いませんか?」
「分かりました」
この調子でいけば、俺が望んだ通りの終わり方を迎えられそうだ。
パトカーに乗せられ、刑事の案内で取調室と札が掲げられた一室に案内された。ブラインドが下ろされた窓の外は、もうすっかり暗くなっていて、近くの街灯の明かりが仄かに差し込んできている。テーブルに向かい合うかたちで置かれた椅子。ドラマで見ていた世界が目下に広がっていることに、人知れず興奮した。
俺の前に座ったのは、任意同行を求めてきた男性ではなく、五十代ぐらいの体格のいい男性だった。シミだらけの顔から鋭い眼光が向けられる。
俺は最初から最後まで、嘘偽りなく今日の行動履歴を話した。刑事との会話内容を黙々とパソコンに打ち込んでいくもう一人の刑事。自分と年齢がそう変わらないぐらいだろう。
「凉樹の家について、彼から飲み物でも飲まないかと誘われたので、俺は喜んでコーヒーを選びました。出来立てのコーヒーを飲もうかとしたときだったかな。彼のスマホに、NATUralezaのマネージャーである正木から電話がかかってきたんです」
大きく息を吸って、再び語り出す。
「これはチャンスだと思いました。だって、目を離すタイミングなんて滅多にないじゃないですか。それなのに凉樹はコーヒーのほうが大事だったのか、電話に出ようとしなかったんです。だから俺は『出てくれば?』って言いました。彼はそれをすんなり受け入れて、そそくさとリビングを出て行きました。その隙を見て、俺は普段から持ち歩いている睡眠薬を取り出して、湯気が立つコーヒーカップに入れました。薬剤が溶けていくその瞬間は、本当に美しかった」
俺が美しさを体現する中、あれこれ訊いてくる刑事は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「つまり、睡眠薬が溶かされたことを知らないまま、被害者はコーヒーを飲んだ」
「俺は、この睡眠薬を普段から服用していたので、いつ頃効き始めるとか、効果時間がどれくらいとか、そういうことを大体把握していたので利用したんです。まぁ、彼が普段どれぐらいの睡眠時間を取っているかまでは知らないので、薬を飲んでからどれぐらい経てば起きるかなんて、そこまでは分かりませんでしたけどね」
「なるほど」
「三十分ぐらいして凉樹は眠たくなったから寝てくると言って、寝室に行きました。俺は凉樹が寝たことを確認しに寝室に行きました。そのとき彼はベッドの上でうつ伏せの状態で寝ていて、抱きしめたいぐらいでしたよ。でも、目覚められたら困るので流石にやりませんでしたけどね。まぁその気持ちを押し殺してミッションに取り掛かりました」
「そのミッションというのは、どのような内容ですか?」
刑事はミッションの内容を知ったうえで訊いてきているようにしか思えなかった。
「決まってるじゃないですか。凉樹の家から、異性や同性から貰ったプレゼントやお土産を消し去ることですよ。だって、俺以外、まぁメンバーはギリギリ許せるんですけどね、そんな人以外から貰った物は彼に必要ないじゃないですか」
「どうしてそう思う?」
「凉樹のことを独り占めにしたかったんですから。そういうものが部屋にあるだけで嫌なんですもん」
「そんな我儘通じるわけないだろ」
投げやりな感じで言う態度が癪に障る。いくら年上でも、警察官という職業でも、許せなかった。
「俺は、一度死にかけたんです。傷害事件の被害者ですからね。そのとき俺の担当をしてくれた医者に言われたんです。『生きていられるのは、君が生きたいという欲を持っていたからこそですよ』ってね」
「生きたい欲なぁ」
「俺は麻酔で眠らされている間、凉樹と幸せな生活を送っている幻想を抱きました。目を開けた瞬間に、俺はその幻想を実現させるために生きてるんだって思ったんです。家族のためでも、元メンバーのためでも、仕事仲間のためでも、ファンのためでもない。凉樹のためだけに、って」
刑事は表情を消した。それでも俺は気にしない。
「だから、凉樹が女の影をチラつかせるのが許せないんです。せっかく凉樹のために米村咲佑として再び生きる道を選んだのに、そのことを踏みにじられた感じもしたし。俺を助けに来てくれたのは凉樹なんですよ? 病室ではキスもしてくれたし、好きとも伝えてくれました。それなのに、俺のことを平気で裏切った。だから俺は昏睡強盗を思いついたんです」
息を吐いたのち、「つまり、被害者に裏切られたことが犯行動機になった、ということですね」と、分かりきっていることをわざわざ訊いてくる。だから俺は首を縦に振った。
「俺は凉樹のことしか好きにならないんだよ!」
俺は心の底から、全身全霊をかけて叫んだ。
外では咲佑の気持ちを代弁するかのように、雷鳴を轟かせながら雨が激しく降り始めた。
*
裁判長から、懲役六年が言い渡された。自分が主演で立ち続けた舞台の緞帳が漸くおりた気分だった。
これから俺は刑務所生活を送る。華やかな芸能界。その裏で苦労し続けた俺はどん底にまで落ちた。
俺の愛情が枯れに届かなかったわけじゃない。届いたけれど、それが結果に結びつかなかっただけだ。たかが六年、されど六年。ここを出るとき、俺はどれぐらい成長できるのだろうか。今から楽しみだな。待ってろよ、凉樹。俺が必ず迎えに行くから。