自宅に帰ったのは十六時過ぎだった。寄り道や休憩はしなかったものの、凉樹の自宅から徒歩で帰ってきたために、二時間近くの時間を要していた。電車移動のほうがもちろん楽だし、冷房が効いてて涼しいし、早く帰ることもできる。だけど、怖かった。自分がやったことなんて、別に逃げも隠れもするものじゃないのに。

部屋に入るなり、エアコンを稼働させ、紙袋をそっと床に置き、キッチンに向かう。水道からキンキンに冷えた水が流れていく。そこに頭を突っ込んで汗で濡れた髪を乱雑に洗った。ミッションを終えた今、とても壮快な気分だ。このままどんなことでもうまくいくような気がした。

俺自身、犯罪に手を染めたとは思っていない。彼から女の存在を消すことが俺の目的なのだ。妖艶な女に騙される必要はない。米村咲佑という一人の男の色だけで染まってもらえれば、それだけでいい。そのために俺は行動したまでだ。

「何ら間違ったことなんてしていないんだから、もう安心しろ」鼓動が早くなる心臓に話しかけた。

 紙袋から服とワイン、皿を取り出し、テーブルの上に並べてみる。赤ワインなんて人生で二、三度しか飲んだことがない。酔いの回り方と辛い味が苦手で、正直ワインを飲むことを避けてきた。なのに、手元にある。飲むわけでも、料理に使うわけでもないのに、俺はワインラックから持ってきた。しかも凉樹の生まれ年の一本を。あのときは貰い物だと決めつけて選んだが、もしかしたら凉樹自身がお金を出して買ったものだったかもしれないと、今になって不安になってくる。

その不安を拭いきれないままワインを置き、皿を手にとる。手先が器用な凉樹が作ったものとあって、形状も綺麗なものだった。それを眺めているだけで幸福感に満ち溢れる。でも、だからと言ってこの皿に、俺が作った料理を盛り付けるつもりはない。そんなこと、とても烏滸がましくてできない。

本当に、なんでワインと皿を持ってきたんだろう。使い道もないのに。やっぱりどこまでいっても馬鹿なんだよな、俺って奴は。あの頃の自分は確かに興奮状態に達していた。正常とは言えないぐらいに。なんとも馬鹿馬鹿しい。

ワインや皿とは違って、許可をもらって取ってきた服。緩衝材と隠しの目的で選んだために、サイズとかデザインとか一切気にしていなかった。そんな服を一着ずつ広げてみる。全部で六着あった。そのうちの二着が長袖で、一着がアウター、三着が半袖というラインナップで、やっぱりどれも俺の好みの系統ではなかった。でも、これは着用することによって凉樹のことを身近に感じられるのだから、正解だ。

 服をベッドの上に放り、ワインは冷蔵庫へ、皿は水切りラックに置いた。そして、近所のスーパーへ値引きされた弁当を買いに行くために自転車に跨った。秋めいた風に背中を押されながら自転車を漕いでいると、近くにあるスピーカーから十七時を告げるチャイムが鳴り始めた。今日はどんな弁当を食べるかな、なんて想像を膨らませながら信号待ちをしていると、ズボンの中で電話が振動し始めた。画面を見る。相手は、凉樹だった。想像よりも早く、胸が早く鼓動を打ち、目が血走っていく。自分の気持ちがコントロールできないままに電話が切れて、そして信号が青に変わる。再びペダルを漕ぎ、目的地に向かって走った。