俺は、世界で一番幸せな人間だと思う。

佐山 啓介(さやま けいすけ)、高校二年生。
もうすぐ受験生、所謂人生の中でもトップクラスに苦行だと言われる期間に差しかかろうとしている。
そんな俺が何故こんなに幸せなのかって?
なぜなら、俺には世界で一番可愛い彼女がいるからだ。

今日は待ちに待ったバレンタインデー。
それと同時に、彼女と付き合って半年になる記念日だ。
俺はこの日の為に、手作りのチョコレートは勿論、
スペシャルなプレゼントまで用意したんだ。

「おーこのチョコ、由季(ゆき)ちゃんから貰ったのか?」

背後から俺に抱きつきながら、俺の作ったチョコレートをまじまじと見つめてくるのは、渋谷 晴樹(しぶや はるき)
晴樹とは、一年生の時からの付き合いで、俺とは趣味も性格も合わないはずなのに、何故か仲が良い。
仲良くなったきっかけは、ただ出席番号が前後だっただけなのだが。
そして、晴樹の言う”由季ちゃん”とは、俺の彼女のことだ。

「ちげーよ、これは俺が作ったの」
「お前が?しかも作ったのかよ?!…普通逆じゃね?」
「こういうのは気持ちなんだよ」
「ふーん…で、こっちは何?」

チョコレートともう一つ用意していた小包を、晴樹はひょいっと手に取ろうとする。
その瞬間を俺は見逃さず、奪われないように身を捩らせた。

「これは…お前には内緒だ!」
「えー、ケチ臭いなぁ」

このチョコレートとスペシャルプレゼントは、由季にだけしか見せたくない。
俺の気持ちが沢山詰まっているんだから。


放課後になり、俺は一番に教室を飛び出した。
今日は授業中も、休み時間も、昼食中も、ずっと由季のことしか考えられなかった。
チョコレートを渡した時の由季の反応を、何十回、何百回も想像してしまったからだ。
ウキウキした気持ちを胸に秘めたまま、由季と待ち合わせしている公園に向かう。
しかし、校門の前には何故だか女子達が人集りを作っていた。
急いでいた俺は、そんな人集りをかき分け、先に進む。
その先に居たのは、男の俺ですら息を飲む程顔が整った、美青年だった。
彼の両手には大量のチョコレート…俺はすぐに人集りの原因がこいつだと悟った。
強引に人集りを進んだせいで、俺とぶつかった女子達からはブーイングの嵐が巻き起こる。
面倒事に巻き込まれたくなかった俺は、その場をすぐに立ち去ろうとした。
すると、美青年に突然腕を掴まれる。

「ほらほら、校門の前で人集り作ったらみんなの邪魔でしょ?それに俺、この人と用があるから」
「…え?」

そう告げると、青年は乱雑にポケットに貰ったチョコレートを突っ込み、俺の腕を掴んだまま走り出した。
何が起きたのか分からないまま走らされ、気がつけば学校から離れた公園まで来てしまっている。
途中で我に返り、俺は立ち止まって強引に腕を振り払う。

「急に何すんだよ!」
「すみません、こうでもしないとあの子たち巻けなくて」

走ったせいでじんわりと汗をかいている。
そんな青年も、やはりかっこいいと思ってしまった。
彼の付けているネクタイの色からして、一年生だろうか。
一年生にこんなかっこいい人が居たんだと、初めて知った。
いつも由季のことしか考えていなかったから、他人の噂なんて耳にも入っていなかったのだ。
俺が青年の顔をぼーっと見ていると、彼はポケットや鞄に入った大量のチョコレートを取り出し、目の前のゴミ箱に捨てた。
彼の行動に、俺は慌てて声を上げる。

「お、おい!お前何してるんだよ」
「何って、要らないので捨ててるんです」
「そうじゃなくて、何で捨てるんだよ!」
「あ、良かったら貰います?俺甘い物苦手なんで」

まるで話が通じない彼を横に、俺はゴミ箱に腕を突っ込み、捨てられたチョコレート達を拾い上げる。

「…そんなにチョコ欲しかったんすか?」
「ちげーよ!人から貰った物をそんな簡単に捨てるな」

怒りの余り声を上げた途端、彼はあからさまに面倒臭そうに表情を変えた。

「…だる。俺が貰った物なんだから、俺がどうしようと勝手でしょ?」
「そうかもしれないけど…チョコをあげた人の気持ち考えたことねーのかよ!」
「考える必要も無いでしょ。でも、確かにフードロスは良くないかもな…このチョコ全部貰ってください」
「そうじゃねーよ!女の子達はお前の為にチョコを作ったんだから、時間を掛けてでもお前が食うべきだって言ってんの」
「俺の為って…別に俺頼んでないし、甘い物苦手だから寧ろ迷惑なんだよ」

説教っぽい俺の言葉にイライラしたのか、青年は少し声を荒らげながら、全てのチョコレートをゴミ箱に投げ捨てた。
そのまま何も言わず立ち去ろうとする彼に、俺は無言で見送ることしか出来なかった…わけもなく。

「お前って顔は良いのかもしれないけど、性格はクズだな!人の気持ちも考えられないクズ野郎め!」
「なら、アンタは人の気持ちが分かるんですか?」
「俺は彼女にこれでもかってくらい尽くしてるし、今日だって手作りのチョコとプレゼントまで用意したんだからな!」

俺の言葉に彼はフッと小馬鹿にするように鼻で笑った。

「それが俺みたいに有り難迷惑じゃなきゃいいですね」

それだけ告げると、青年はそのまま立ち去った。
彼の言葉に、俺は確信した。
アイツは絶対に性格が悪い、と。

青年に振り回されたせいで、由季との待ち合わせに遅れてしまい、俺はダッシュで待ち合わせの別の公園へと向かう。
息を切らしながら公園に着くと、由季の方から声を掛けてくれた。

「啓介くん、こっち!」

こちらに手を振る彼女は、本当に天使かと思う程に可愛い。
俺は乱れた髪を直しながら、彼女の元へと近寄る。

「ごめん、遅れちゃって」
「別に気にしてないよ、それで今日はどうしたの?」

用件を聞かれ、俺は彼女の為に作ったチョコレートを鞄の中から取り出す。

「じゃん!これチョコレート、俺が作ったの!」

彼女ならきっと喜んでくれる…そう思っていた。
しかし、由季の表情は何処か引き攣っているよう見える。

「ごめん、私何も用意してなくて…」

その言葉に、不思議と俺の心の中は落胆していた。
いやいや、そもそも俺は彼女に対して見返りなんて求めていない。
ただ、彼女の喜ぶ顔が見たかっただけなんだから。
すぐさまそう思い込むように切り替え、俺は彼女に微笑を浮かべる。

「そんなの気にしないから!それに他にもプレゼントを持ってきたんだ」
「え…開けてもいい?」

もう一つの小包を差し出すと、由季は包装紙を少し雑に破り出す。
包装紙から出てきたものは、二人の思い出が沢山詰まったアルバムだった。

「今日で付き合って丁度半年だから、作ってみたんだ」

ここ最近休みの日も寝る間も惜しんで、このアルバムを作っていた。
彼女のことを想うと作業は全然苦ではなかったし、寧ろ思い出を振り返ることも出来たわけで、とても楽しかったと思う。
健気で優しい彼女なら、このサプライズもきっと喜んでくれるはず…。

「……ちょっと、重いかな」

由季の口から出た言葉は、俺が全く想像もしていなかったものだった。

「……え?」
「前々から思ってたの。啓介くん、重すぎるよ」

”重い”……その言葉だけが、俺の頭の中でぐるぐると駆け巡っている。
そして、終いには永遠に言われることの無いであろう言葉を告げられてしまう。

「私たち別れよう」
「え、え…何で?」
「とにかく、もう付き合うの無理だから。それじゃあ」

由季はそれだけ告げると、走り去るように公園を後にした。
俺のプレゼントしたチョコレートとアルバムを残して。

その後、別れることに納得がいかなかった俺は由季に何度もメッセージを入れた。
しかし、既読すら付かない……おそらく既にブロックされているのだろう。
半年記念日…ましてやバレンタインデーに振られると思っていなかった俺の頭の中は真っ白だった。
重い足を何とか動かして、家に向かっていると、駅の近くで見覚えのある二人の男女を見掛ける。
由季と、もう一人は……さっき俺を振り回した美青年だ。
まさか、俺に嫌味を言われた腹いせに青年が由季を奪おうとしている…?
だから俺はさっき由季に振られたのか…!
青年を殴り込みに行こうと足を踏み出すも、由季の言葉に状況が一変する。

木崎(きさき)くん、好きです。チョコ作ってきたから、食べて欲しいな」

由季は木崎にチョコレートを手渡した。
木崎は満更でも無い様子でチョコレートを受け取る。

「ありがとうございます。凄く嬉しいんですが、由季先輩の気持ちにすぐには応えられないです」
「じゃあ、答えならいつまでも待つから!」

彼女の熱烈なアピールに、木崎は優しく微笑浮かべながら、由季の頭をポンッと撫でる。

「ありがとうございます」

由季は頬を赤く染めながら、”それじゃあ”と告げ、そそくさとその場を去った。
ずっと微笑を浮かべいた木崎は深い溜め息を吐きながら、由季から貰ったチョコレートを見つめる。
そして、駅前のゴミ箱に向かう。
そんな彼の行動を予測して、俺は木崎の前に立ちはだかった。

「あ、アンタはさっきの。またチョコ欲しくなったんすか?」
「ちげーよ…いや、違くないか。そのチョコは、俺が欲しくて欲しくて仕方なかったもんだからな」
「そうなんですか。それなら、あげますよ」
「いらねぇよ!!」

駅前ということもあり、大声を上げる俺に誰もが注目していた。
突然、俺が叫んだことで、木崎も驚いたのか慌てたように周囲を見回す。

「ちょっと、場所変えませんか?」
「……おう」

今の俺は、物凄く無様で惨めだと心の奥底から実感した。

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