女性には、昔も今も占い好きな人が多い様に思う。テレビなどで朝の情報バラエティを見ていると、星座占いでその日の運勢やラッキーアイテムなどが発表されたりする。

「今日のラッキーアイテムは鉄アレイ。持っとるかいそんなん」

 世都(せと)は自分の星座のアイテムを見て、即座に突っ込む。

 時間は午前10時過ぎ。まだ起き抜けで頭がぼぅっとしている。ぴょんぴょんと跳ねた寝癖を直さないまま、歯だけを磨いて、部屋のソファで魚柄のマグカップに入れたブラックコーヒーを飲んでいた。

 世都の1日はこうして始まる。朝の目覚めアイテムはこれに限る。実は世都はミルクがたっぷり入ったカフェオレが好きなのである。だが少し苦いと感じるブラックを飲むことで、脳を無理やり起こしてやるのだ。荒療治である。

 そうして何とか顔をしかめながらコーヒーを飲み干したころには、頭はすっきりしていた。

「よっしゃ、シャワー浴びよ」

 世都は立ち上がるとううんと大きな伸びをして、マグカップを手にまずはキッチンに向かった。



 今日の作り置きお惣菜は、お茄子とおくらの焼き浸し、大阪しろ菜のナムル、ゴーヤのおかか醤油和え、厚揚げと桜海老の煮物、冬瓜(とうがん)の含め煮である。

 日替わりなので、大きめの正方形の黄色い付箋にひと品ずつ書き、A4サイズほどのコルクボードにマスキングテープで補強しつつ貼り付けて、カウンタに立て掛けておく。

 今日の開店前の占い結果は「カップの4」の逆位置だった。動かざるを得なくなる、そんな意味にもなる。何か気が重くなる様なことでも起こるのだろうか。今のところその予兆などは無いが。とりあえず心に留めておこう。

 今は夏の週末。8月に入り、うだる様な暑さが続いている。湿度も合わせて暴力的な気候だ。

 こんなときはお酒では生ビールが大人気となる。世都もその気持ちは良く分かる。日本酒バーを開いていながら、世都はビール好きである。お家の冷蔵庫にはいつも缶ビールが数本鎮座(ちんざ)している。

 しかしこんな季節だからこそ、世都は日本酒ハイボールをおすすめしたい。タンブラーに氷を詰め、日本酒を注ぎ、炭酸水を加えて作るのだ。お好みでレモンを落としても良い。

 日本酒の好みはいろいろあれど、ハイボールに使う日本酒は、世都としてはお米の甘さをふんだんに感じられる純米酒や山廃(やまはい)などがおすすめだ。にごり酒でも面白い味わいになる。

 基本としては、炭酸に負けない味の日本酒が良いのでは、と感じている。とはいえ純米吟醸の辛口などでも、すっきりとした味わいのハイボールになるので、これはこれでありである。

 世界初の炭酸割り専用日本酒として、福井県の真名鶴(まなつる)酒造さんがサマーゴッデスというお酒を(かも)している。柑橘系のほのかな酸味とりんご酸のフルーティさを持ち、癖の無さとすっきり感でいろいろなお料理と合うのだ。

 新潟県の笹祝(ささいわい)酒造さんでも、清酒ハイボール専用の日本酒を醸造している。アルコール度数を高めの20度にし、炭酸で割ってもその風味を損なわない。これからの日本酒文化を担う若手のチームが開発したのだそうだ。

 日本酒と炭酸水を同割りにするのが日本酒ハイボールの基本だが、この清酒ハイボール専用酒は4対6がおすすめとされている。

 とはいえ、結局はお客さまの好みである。生ビールの様にぐいぐいと飲みたいのなら日本酒は減らした方が安心だし、口当たりも軽やかになる。

 お酒は好きなものを好きな様に飲んだら良い。ただし人に迷惑を掛けない範囲で。それが世都のポリシーなのだ。

 ご常連の若い男性、高階(たかしな)さんはサマーゴッデスのハイボールを傾けながら、豚の生姜焼きと海老チリ、牛すじと大根の煮込みをもりもりと食べている。日本酒ハイボールは唐揚げなどの揚げ物や、味の濃いお料理にもぴったりなのだ。

 「はなやぎ」のご常連の間では、日本酒ハイボールは常識である。日本酒バーというと2軒目以降というイメージもあるが、高階さんの様に1軒目からご利用いただくことも多い。

 お酒離れ、日本酒離れなんて言われてもいて、実際いくつもの酒蔵さんが大変な思いをしていると聞く。

 それでも根強い日本酒好きの人は確かにいて、高階さんもそのひとりだ。同僚やお友だちと飲みに行くときは周りに合わせて生ビールや酎ハイも飲んだりするそうだが、しょっちゅう「はなやぎ」に来ては日本酒ハイボールでお食事を摂り、2杯目からは肴をつまみながら冷酒や燗酒をゆるりと味わう。

「あ〜腹ええ感じ。ごっそさん」

 お料理を食べ切った高階さんが満足そうな表情で手を合わせる。だがそれは、終わりでは無く始まりの合図の様なものである。

「女将、而今(じこん)ちょうだい。それとしろ菜のナムルな」

 而今は三重県の木屋正(きやしょう)酒造さんで製造されている日本酒で、「はなやぎ」で扱っているのは特別純米。而今では定番のひと品なのだが、爽やかな香りとほのかな酸味、自然な旨味を持つ、人気の銘柄である。

「はーい。お待ちを」

 世都は高階さんの前から空いた食器を引き上げてシンクに置くと、厨房の壁側にずらりと置かれている業務用冷蔵庫から、而今の一升瓶を取り出す。吊り戸棚からは水色の切子ロックグラス。そこにきんと冷えた而今を注いだ。

「お待たせしました〜」

 ロックグラスを、それまでタンブラーを置いていたコルクコースターに置く。

「ん、ありがとう」

 高階さんはロックグラスを傾けて、にんまりと口角を上げた。世都は冷蔵庫からタッパーを出し、大阪しろ菜のナムルを小鉢に盛り付けた。

 大阪しろ菜はその名の通り大阪を中心に育てられている野菜で、白く太い軸と青々とした丸っこい葉が特徴である。アクや癖の少ない野菜で汎用性が高い。夏の今が旬だ。

 それを軸と葉を分けてレンジで火を通す。含まれる栄養を逃さない様にするためだ。粗熱が取れたら水分を搾り、お塩とお砂糖、お醤油にごま油、白すりごまで和える。しろ菜の爽やかな甘みと白ごまの香ばしさの相性は抜群である。

 まだ、お客さまは高階さんだけである。週末だから、これからゆっくりと増えて行くだろう。占いのこともある。何も起こらなければ良いが。

 これでも一応、タロット占いに(たずさ)わる端くれだ。結果をないがしろにはしないのである。