眉を下げた輝星の声が聞き取れなくてハテナを飛ばすも、何を言ったかは教えてはくれない。
「なんでもない」と首を振る輝星の笑顔が、引きつっているように感じてしまうが。

 自分の表情をくるりと回転させるための気合い入れなのか、輝星がパンと両手を叩いた。

「霞くんは奏多くんとお似合いだしね」と微笑んで

「あっ、変な意味じゃなくて。霞くんの恋の邪魔をしようとも思ってなくて」

 今度は焦ったように両手を小刻みに振って

「だって僕……一応……カスミソウが推しカプだし……」

 恥ずかしそうに人差し指同士を、ツンツンとつついている。

 表情が変わりすぎていろいろ突っ込みたいところだけど、一番引っかかったのは……

「ん? カスミソウ?」

「霞くんと奏多くんのことだよ。知らない? 高校の女子たちからそう呼ばれてるの」

 知ってはいたよ。
 俺と奏多がテニスでペアを組んでるから、二人の名前をくっつけているんだよね。
 プロスポーツ界でもあるし。
 輝星からその言葉を聞くなんて思ってもいなかったから、びっくりしただけで。

「俺たちが推しカプってどういう意味?」と、輝星を見る。

「霞くんと奏多くんは本当にお似合いで、尊いカプだなって、僕が勝手に崇めているんだ」

 やけに輝星の笑顔が濃くて、楽しそうで、俺の胸がギスギスと痛みだした。

 なんだそれは。
 輝星は俺と奏多がくっついて欲しいと思っているんだろうか。
 それが本心なら、今俺はふいうちで振られたことになるのだが。

「だって二人ともカッコ良すぎなんだもん。去年の文化祭のミスターコンテストだって、3連覇がかかったイケメンの先輩を優に超える得票数で霞くんが1位、奏多くんが2位だったでしょ。二人がテニスの練習をしてる時の見学女子の数すごいしね」

瞳が見えなくなるくらい輝星が微笑んでいるが、俺のハートは凍りつくばかり。

「もしかして輝星は、俺たちが付き合ってるって思ってる?」

「くっつくのは秒読み段階かなって……奏多くんが今度霞くんの家に行きたいって言ったら、いいよって答えてたし。それっておうちデートみたいなものでしょ。二人きりになれる場所でどっちかが告白するのかなって」

 やめて、変な勘違いしないで。

「俺たちはそういう関係じゃない。ただのテニスのペアで……」

「小5の時、霞くんがテニスのコーチに言ったことを覚えてない? 俺は輝星以外とペアを組む気はないって。ものすごい剣幕で」

 急に責められるような言い方をされ「確かに言ったけど」と、俺の眉が不愛想に吊り上がる。

「霞くんの頑とした考えを変えてくれたのは、奏多くんなんでしょ?」

 いや、まったく違うけど。

「中学の時の霞くんは、シングルの試合にしか出てなかった。でも高校になってダブルスを組むようになった。それって、独り占めしたい相手が僕から奏多くんに変わった証拠だよ」

 どうやったらそんな勘違いができるの?と聞けば、言い合いになってしまうだろう。
 冷静さをキープしたまま事実を伝えたくて、俺は声を落ち着かせる。

「この高校に入った後、監督に言われたんだ。テニス部に入るからにはダブルスの試合にも出てもらうって。スポーツ推薦で入学したし、NOと言える立場じゃなかったんだ」

 これでわかってくれると思いきや、輝星は納得がいっていない様子。

「放課後に調理室からテニスコートを眺めながら、ずっと思ってた。霞くんは奏多くんとペアを組んで本当に良かったって。だって僕とペアを組んでた時よりも、霞くんが攻撃して点をとれているんだもん。霞くんはヘタな僕に合わせて、後衛で動いてくれていたんだよね」

「違う!」

「違わない! テニスも友情も何もかも、僕は奏多くんには勝てないし、霞くんも僕より奏多くんを大事にしてる」

 何その決めつけは。

「僕はカスミソウカプを応援してるんだ。僕の推しカプなんだ。だから僕のことは気にせず、霞くんは奏多くんとの仲を深めてください!」

 俺を拒絶するかのように敬語で締めくくられた叫びが、雨つぶに吸い込まれ消えた。
 彼はもう、俺と対話をする気がないらしい。
 壁を作るように俺に背を向け、うつむいている。

 輝星の勘違いを正したい。
 奏多のことなんてなんとも思っていないとわかって欲しい。
 それは奏多だって同じだ。
 今日の昼休みのテニス練習で、俺を教室に帰らせて輝星と二人きりになろうとした奏多のことだ。
 彼が気になっているのは俺じゃない。
 輝星を気に入ったことは間違いない。
 
 それが友情なのか愛情なのかまでは判断できなかったが、俺を敵視する姿は恋愛で生まれる嫉妬感情だと推測する。
 俺も同じような態度を、小学校の時に取っていたから。

 これ以上輝星と話しても、ハートを傷つけあってしまうだけかもしれないな。
 時間を置くことで、うまくいくこともあると聞く。
 
 「もう教室に戻ろう」

 俺はベンチから立ち上がった。

 「まだ雨が強いから、輝星は流瑠さんの傘を使って」

 立てかけてあった真っ赤な折り畳み傘を、うつむく輝星に差し出す。
 輝星は受け取る気配がない。
 手は太ももの上に置かれたままで、動く気配がない。

 しょうがない。
 傘は輝星が座るベンチの隣に置いて、俺は先に教室に戻ろう。
 校舎まで走ったらずぶ濡れだろうな。
 でも今は体操服に着替えてある。
 午後の授業の前に制服に着替えればいいだけの話。

 傘をベンチに置こうとした時だった。
 伸びてきた輝星の手が、傘ではなく俺の手首をつかんだのは。

 
 ベンチに座ったままの輝星に手首を掴まれ、足が固まる。
 どういうことだと輝星を見れば、泣きそうな顔の輝星と視線が絡んだ。
 
 「……輝星」

 「嫌いだ! 大っ嫌いだ!」

 俺を嫌いなことはわかっているから、離してくれ。
 手を振り払おうとしても、輝星は絶対に離さないと言わんばかりの力で握りしめてくる。

 「もうほんとヤダ……こんな自分大嫌い……消えていなくなっちゃえばいいのに……」

 うつむいた輝星は急に声を震わせ、泣いているのか鼻をすすりだした。

 「自分のことを大嫌いだなんて思わないで欲しい」

 今のは俺の心からの願いだ。
 輝星は俺が心底愛した、たった一人の人間なんだから。

 諭すようになだめてはみたが、俺の言葉に説得力はない。
 俺だって自分のことが嫌いだ。
 拒絶して傷つけることでしか輝星を守れない無力な自分なんて。
 
 キミが大好きだよという感情を手の平に込め、優しく輝星の頭を撫でる。
 懐かしいぬくもりに、涙腺が緩みそうになってしまった。
 このぬくもりは俺にとって癒しで、輝星の存在は俺にとってかけがえのない宝物だった。
 小学生までの俺は、自分の欲望のままこの宝物を独占していた。

 ほんと贅沢な時間を過ごしていたんだなと過去の自分がうらやましくなり、切なさに負け輝星の後頭部から手を放す。

 「雨に濡れたし、風邪ひかないようにね」

 精一杯の愛情を声に溶かし、輝星に背を向けた時だった。
 さみしさで凍える俺の背中が、大好きなぬくもりで包まれたのは。

 俺のお腹にはジャージの袖で隠れた腕が絡みついている。
 肩甲骨が浮かれはじめたのは、柔らかい頬が押し当てられているから。
 
 輝星が後ろから抱き着いてくれている。
 信じられない現実に体中が硬直するも心臓はうるさいくらいに飛び跳ねていて、何がおきた?と考えれば考えるほど、パニックに陥った脳が余計に俺の心臓に負荷をかけてくるんだ。

 「……てらせ?」

 俺の声に体をびくつかせた輝星は、さらに強く頬を俺の背中に押し当てた。


 「自分のこと……大嫌いなんだ……でもね……」

 「……」

 「霞くんを大好きな自分だけは……大好きになりたい……」

 「え?」

 「やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない。つきたくない。だってほんとはイヤだったんだもん。霞くんと奏多くんが笑い合ってるのを見てるのは」

 「……」

 「小6までの霞くんは僕にしか心を開いてくれてなかったのにって、学校に来るたびに嫉妬みたいな敗北感で苦しくなっちゃって……それがしんどくてたまらなくて……この醜い感情を流瑠ちゃんにも話せなくて……」

 「……」

 「霞くんに避けられているのがつらすぎて、霞くんと奏多くんは僕にとっての推しカプだって思い込んでみたけど、そんなんじゃ嫉妬心が消えてくれなかったんだ。ほんと嫌になる。こんな醜い感情捨てたいよ。霞くんのこと嫌いになりたいよ。二度と会いたくないって思うくらい大嫌いになりたい。でも大好きでたまらない。幼稚園で出会ったころよりも、小学校で一緒にテニスをやってた頃よりも、今が一番霞くんのことが大好きなんだ……毎日毎日、好きっていう感情が募っていっちゃうんだ……」


 「助けてよ……霞くん……」と、涙声を震わせた輝星が、俺に絡めていた腕をほどいた。

 「ごめん……今の忘れて……」

 うなだれながら、ベンチに腰を下ろしてうつむいている。

 「霞くんに風邪をひかせたのが自分だと思うと、余計に自分のことを嫌いになっちゃうから……使って、流瑠ちゃんの傘。僕のことは気にしないでいいから……」

 今度はベンチに座る輝星が俺に傘を手渡してきた。
 輝星が視線を絡めようとしてくれない。
 そのことが無性に悲しくて「傘はいらない。輝星に使って欲しい」と静かに断りをこぼす。

 嬉しかったんだ。
 輝星が俺を好きだと言葉にしてくれたこと。
 俺の一方的な片思いだと思っていた。
 輝星と結ばれなくても、死ぬまで輝星を想い続けていればいい。
 意地を張りながらも、なんとか初恋を諦め生きてきた。

 でも両思いだとわかったとたん、再びあの悪夢がよみがえってしまったんだ。
 地獄のような時間が脳内で再生されて、恐怖で足が震えてしまうんだ。

 俺と輝星が付き合ったら、また輝星は自分を犠牲にしようとするだろう。
 自分の命なんてどうでもよくなって、俺を助けるために身を投げ出してしまうだろう。

 輝星が燃えるアパートに飛び込んでいったあの日。
 焼ける家具から俺を助けてくれたあの時。
 火事現場から脱出した直後に、輝星が意識を失ったあの瞬間。

 本当に怖かった。
 二度と輝星に会えなくなったらどうしよう。
 輝星の輝かしい人生を、俺が終わりにしてしまったのかもしれない……と。

 泣きそうな顔でベンチに座る輝星を、もう一度瞳に映す。
 うつむいてはいるものの、頬に涙の痕がはっきりと残っているのがわかる。

 輝星にこんな顔をさせたいんじゃない。
 本当はずっとずっと笑っていて欲しい。
 輝星は人を幸せにするエンジェルスマイルの持ち主だから。
 キラキラな笑顔を引き出せるのが、唯一、俺だけだったらいいのに……
 輝星の隣で、輝星の笑顔を独り占めできたらいいのに……

 輝星のことが自分よりも大事だからこそ、輝星を自分のものにしてはダメだと思えてくる。
 輝星が使ってと伝えたくて、真っ赤な折り畳み傘を輝星の隣に置いた時だった。
 ふいに流瑠さんの笑顔が浮かんだのは。

 『私、カステラが最推しなの!』

 『その時思ったんだ。お互いがお互いのことを大事に思っている、素敵なカプだなって』

 『てらっちを守ってあげてね、カスミ王子!』
 
 ポニーテールを揺らす流瑠さんが再び脳内に浮かび、ハッとする。
 無性に、おびえて委縮している自分のメンタルを殴りたくなった。
 しっかりしろと怒気を飛ばし、拳を食い込ませたくなった。

 何を俺は恐れていたんだろう。
 流瑠さんの言う通りだ。
 これから先、俺が全力で輝星を守ればいい。
 輝星が俺のために自己犠牲を払わないよう俺自身が気をつけ、輝星をとことん愛すればいいだけのことだったんだ。
 
 まさか恋敵と思っていた相手の言葉で、目が覚めるとは。
 思ってもみなかった出来事に、額に手を当て溜息をもらす。

 俺は再び表情を引き締めると、ベンチに置かれた折り畳み傘を手にした。
 愛情色に染まった目が覚めるような真っ赤な傘。
 勢いよく開き、勢いよく軒下から飛び出し、雨粒が跳ねる場所まで駆けていく。
  なんで俺がわざわざ雨の中、傘を開いて立っているんだと不思議に思っているんだろうな、輝星は。

 自分の想いを伝えたい。
 怖いとか輝星の幸せとかそんなのなしで、俺の心に綴じ目込め続けた愛情だけを言葉にしたい。
 湧き上がる欲が俺の表情筋を押し上げていく。
 
 輝星に好かれたい。
 大好きという感情に囚われ弱気になっていた俺自身もひっくるめて、大好きになって欲しい。
 最上級の笑顔をうかべ、俺は輝星をまっすぐに見つめた。


 「大好きだよ、輝星」

 笑顔にさらに甘さを追加してみる。

 はちみつトロトロのハニーボイスでささやいても、輝星は困惑を隠せない様子。

 「そんなはずないでしょ。だって霞くんは僕のことなんて……」と、目を見開いて。

 「大好きすぎて怖かった。自分のせいで輝星を失いたくなかった」

 「本当に僕のことが好きなの?」

 「そうだよ。出会ったころから、1秒も途絶えることなくね」


 涙がにじみ出した輝星の瞳。

 「僕だって霞くんのこと……出会ったころからずっと大好きだもん……」

 両想いだとわかった嬉しさがこみあげてきて、俺は傘を持たない方の手を広げる。

 「知っていると思おうけど、俺は嫉妬深いんだ。独占欲が強いし、輝星への執着はえげつないと自分でも思う。そんな俺で良かったら、輝星、俺を選んでよ。一生俺の隣にいて。輝星を溺愛する権限を俺だけに与えて」

 手を広げたまま微笑めば、輝星の頬にとめどなく涙があふれだし

 「僕の方が霞くんへの愛が大きいからね。出会ったころから僕が勝ちつづけているんだからね」

 子供のように泣きじゃくり、俺の胸に飛び込んできて。
 本当に可愛いな輝星はと、傘を見っていない方の腕で抱きしめる。

 一つだけ言いたいことがある。
 輝星ごめん、君は間違っているよ。
 俺の愛情の方が大きいに決まっているんだ。
 でも今は幸せな空気を壊したくないから、反論しないであげるけど。

 「雨の中、一本の傘の下でぬくもりを確かめ合いたいのは、輝星だけだよ」

 俺が耳元で囁けば、輝星は顔を俺の胸に押し当てたままうんうん頷いて。
 弱っているけれどちゃんと意志を示してくれるその姿が可愛くてたまらなくて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。

 本当はずっとこのままでいたいけれど……でも……
 あることを思いつき、「ねぇねぇ」輝星の腕を軽く叩く。
 潤んだ大粒の瞳が俺を見上げた。
 ――ほんと可愛い。
 ――キュンとしすぎて死神に魂を持って行かれそうになったよ。
 心停止を免れた俺は、王子様風の笑顔を輝星だけに咲かせる。

 「このまま校庭を通って、校舎に入ろうか」

 「相合傘で? 傘、こんな真っ赤なだよ 霞くんは女子たちに王子様認定をさているんだから、絶対に目立っちゃうよ」

 「俺は目立ちたい」

 「え?」

 「輝星と推しカプ認定をされたいんだ」

 「推しカプ認定って……流瑠ちゃんから?」

 「高校のみんなから」

 「僕たちが付き合っているって、みんなに伝えるってこと?」

 「そうすれば誰も、輝星を俺から奪おうなんてしないと思う。野生のオス感が強い奏多であっても」

 「なんで奏多くんの名前が出てきたの?」

 「いいからいいから、ほら校舎に戻ろう」

 「待って待って、本当に相合傘のまま行くの? みんなに注目されちゃう。まだ心の準備ができてないから!」


 一本の真っ赤な傘のした、逃がさないとばかりに俺は輝星の肩を抱く。


 「地雷カプじゃ絶対にダーメ」

 「え? 霞くん、それなんのこと?」

 「フフフ。輝星もちゃんと、カステラを押しカプ認定してね」

 「……うっ、嬉しいけど……恥ずかしすぎだよ」

 はちみつみたいに甘い俺の声は、輝星の顔だけじゃなく、首筋や耳までも赤く染め上げたのでした。





 

 ☆輝星side☆


 球技大会当日になりました。
 梅雨時期というのに雲ひとつない晴天。
 絶好の半袖日和です。
 僕は体操服の袖から伸びる右腕をさすり、にんまりと微笑む。

 やっと1年中長袖生活から解放されました。
 右腕のヤケド痕は広範囲で、校内で晒したら気持ち悪がられちゃうかもと心配しましたが、全くもってそんなことにはならず……
 
 「輝星くん、ヤケドの痕見せて」

 「霞先輩を守った時にできたものなんですよね?」

 「幼なじみの両片思いのすれ違いジレジレ愛が、ついに実ったって聞いたよ」

 「キャー素敵すぎます! 私、カステラ推しになりました!」


 腐女子で元祖カステラ推しの流瑠ちゃんが、僕と霞くんの幼少期をドラマチックに脚色して広めてくれたらしい。
 幼なじみで両片思いだった美談の花が校内に咲き誇り、みんなが僕のヤケド痕を勲章だと褒めてくれるんです。

 「カステラカプが出るテニスの試合、絶対に応援に行きますから」

 キャーキャー騒ぐ女子たちにありがとうと軽くお辞儀をして、静かな場所まで駆け抜ける。
 人気のない体育館の壁に右半身を預けようと体を傾けた瞬間、上半身が後ろに引っ張られた。
 筋肉がのった腕が僕の首に巻き付いている。
 自由がきく顔だけで振り返れば奏多くんで、背後からホールドされているから逃げ出すことができない。

 「おーい輝星、絶対に決勝まで勝ち上がって来いよ。そうしないと俺たち勝負できないんだからな」

 オスっぽい笑い声のあと、ゴツゴツした手の平で髪をワシャワシャされて「やめてよ」とつぶやいてみたものの、「なんかお前って、存在してるだけで無性に構いたくなるんだよな」だって。

 「存在がマスコットっていうか、ヒヨコっつーか」

 意味が分からない。
 固まる僕なんか気にも止めず、変わらず奏多くんは僕の首を背後から抱え込んだまま。

 「奏多、輝星は俺のものなんだけど」

 不機嫌な声に視線を上げると、目の前には綺麗な顔で奏多くんを睨む霞くんが立っていた。

「嫉妬魔に呪い殺されたらたまったもんじゃねーから、ペットにしようと思ってたこのヒヨコ、カスミに返してやるよ」

 奏多くんは腕をほどくと僕たちに背中を向け、「決勝で会おうな」とキザっぽく残し去っていった。


 「大丈夫だった? 奏多になにもされてない?」

 さりげなく抱かれた肩。
 お互いの熱を押しつけ奪い合う腕のぬくもり。

 これが恋人の距離か。
 ゼロ距離か。
 恥ずかしさと幸福感がこみあげてきて、かぁぁぁと体中の血液が沸騰しそうになる。

 ここは学校。
 誰に見られるかわからない。
 別に霞くんとのイチャイチャを見られて困るわけじゃないけれど、霞くんに触れられただけで真っ赤になっちゃう顔を見られるのは恥ずかしいなって。

 上昇してしまう体温を下げたくて、僕はさりげなく霞くんの腕から逃げ出した。
 霞くんの真ん前に立ち、見上げるように大好きな瞳を見つめる。

 「お昼……約束通り作ってきたよ……」
 
 「ありがとう輝星、俺の分もお弁当作るの大変だったでしょ?」

 ううん、そんなことない。

 「楽しくてたまらなかった」

 「ほんと?」

 「僕はね、作った料理をいつか霞くんが食べてくれたらいいなって思って調理部に入ったんだ」

 「栄養士になりたい理由も俺だったりする?」と真剣な顔で聞かれ、僕はあごをコクりとさげる。

 「スポーツを頑張る霞くんを、食でサポート出来たらいいなって。あっそれだけじゃないよ。霞くん、あの火事以来、火を見るのが怖くなっちゃったでしょ。僕が火の中に飛び込んじゃったから……」

 責任を感じていて……

 「俺のためだったんだね」ともらした霞くんの表情は悲しげだった。
 
 そんな顔をしてほしくない。
 僕の前では楽しそうに嬉しそうに笑っていて欲しい。

 「あっ実はね、カステラを作るのもうまくなっちゃったんだよ。僕たちのことを流瑠ちゃんがカステラカステラって言うから、特別なお菓子って僕のなかでなっちゃって」

 頭をかきながらアハハと声を上げれば、「嬉しいよ」と霞くんは優雅に微笑みながら瞳を閉じ

「なんで輝星って、俺を喜ばすことばっかり言うかな?」だって。

 僕を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれたんだもん。
 恥ずかしいよりも、霞くんを笑顔にすることができた幸福感で満たされ、喜びの涙が溢れそうになってしまった。

 「霞くんにもっともっと大好きになってもらいたい。僕って欲張りすぎだよね?」

 霞くんの胸に、熱を帯びた頬を押し当てれば

 「もっと欲張っていいよ。輝星が俺を求めてくれる以上に、俺は輝星を溺愛しまくるから」

 と、霞くんが僕を抱き締める腕に力を込めて。

 「相変わらず、霞くんの愛は重いね」

 「俺の行き過ぎた執着を知ったうえで、俺を選んでくれたんでしょ? 嬉しいな。それに輝星も同類。俺のこと大好きすぎだからね」

 「あはは、そうだね。僕たちは同類だね」

 僕たちは抱きしめあいながら、お互いが唯一無二の存在だと認めあうように、たくさんたくさん笑いあったんだ。
 



 ☆
 ☆
 ☆
 


 過去を振り返ると……

 僕なんかが霞くんに選ばれないと思っていた。
 霞くんと奏多くんは推しカプで、霞くんと僕は地雷カプ。
 そう思い込むことで、叶わない恋を必死に諦めようとしていた。

 でも僕は間違っていた。
 自分の中の【大好き】という気持ちは、絶対に絶対に偽ってはいけないんだ。

 
 霞くんと結ばれた今、たまに怖くなるときがある。
 本当に僕なんかが、霞くんの隣にいていいのかな?
 霞くんを幸せにできるのかな?って。

 でも……

 僕たちが二人で歩む未来が、僕たちの人生の正解になるように、これからも僕はたくさんたくさん霞くんを笑顔にするからね。


 大好きだよ、霞くん。

 そして僕にとって【カステラ】は、地雷カプじゃない。
 最も尊い推しカプだよ。
 
 
 




  【地雷カプブルー 完結】

   2024・10・31

   甘沼 恋   (ぬまこ)



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