☆輝星side☆


 長時間雨を降らせる梅雨前線は、いったいどこに行ってしまったんでしょうか?
 お願い、今すぐ戻ってきて、このお昼休みだけでいいから。
 拝むように手を組み、空を見上げる。

 「うっ、太陽まぶしいっ」

 夏直前の太陽は直視注意だったなと、僕は反射的に目を細めた。
 湿気を含んだ雨雲たちは、ギラギラな太陽の熱で蒸発してしまったのかもしれない。

 湧き出る汗をぬぐうため、指先まで隠れるジャージの袖でおでこをおさえている時だった。

 「なーにオマエ、そんな暑っ苦しいもの着て。日焼け防止? ついでにこれでもかぶっとけ」

 人懐っこいを通り越して暑っ苦しい長身男子が、かぶっていたキャップを僕の頭に乗せたのは。
 
 長めの前髪をワイルドにかきあげたのは、テニス部の奏多(そうた)くん。
 僕と同じ高3だけどクラスは違うし、まともに話しかけられたのは今日が初めて。

 「つーかマジで暑いくね? 冷えたスポドリ一気飲みしてー」

 奏多くんがオスっぽいフェロモンを無意識に振りまくだけで、テニスコートの周りに群がる女子たちから黄色い悲鳴が沸く。
 異様な光景だけど、僕の高校の生徒は見慣れている。
 いまさら驚くことでもない。

 「キャー、奏多くんカッコいい」

 「今、腹筋見えた。割れてた」
 
 「シックスパッドだったね。直視ムリ、でももっと拝みたい、触りたい、抱きしめられたい!」

 なんて女子たちがはしゃぎだしたのは、奏多君が体操服の裾をまくりあげ、腹チラ見せで顔の汗を拭いたから。

 「カスミの代わりに、俺がお前を鍛えてやるからありがたく思え」

 言葉だけとると乱暴だ。
 許可なく僕の肩を抱いて、許可なく僕の側頭部に額をぶつけてくるところがヤンキーっぽい。
 でも笑顔は幼くて八重歯を光らせながらヤンチャに笑っているから、不思議なほど憎めない。
 僕が冗談できつい言葉をぶつけても、笑い飛ばしてくれそうな安心感すらある。

 不思議な人だなと感心はしているものの、正直離れて欲しい。
 暑い、暑苦しい、そして霞くんから飛んでくる視線がものすごく痛い。

 僕はハッとなった。
 遅れてとんでもないことに気がついた。
 僕は今、霞くんに嫉妬され、恨まれているのではないかと。

 僕の肩を抱いたまま陽気にしゃべている奏多君の声なんて聞いているほど、能天気な脳みそを持ちあわせてはいない。

 霞くんは僕と奏多くんの真ん前に立ち、飛び切りの笑顔で僕たちを見つめてはいるものの……
 この笑顔はヤバい時のだ。
 小6までの霞くんをところどころ思い返し、僕の背中の広範囲から冷や汗が吹き出た。

 目じりが垂れている。
 口角が上がっている。
 一見、王子様スマイルなのだが……

 瞳の奥が笑っていない。
 これは怒っている時の顔だ。
 僕にはわかる。
 小6まで霞くんの隣を独占してきた僕だからわかる。

 そして霞くんが激怒している原因はこれしかない。
 僕に奏多くんをとられたと思い込んでいるんだ。

 好きな人に嫌われたくないという思いは、ものすごい原動力になる。
 僕の肩を抱え、僕の体を揺らし、一人しゃべりまくっている奏多くんの手を払い、僕は逃げだすことに成功した。

 「なんだよ、テニスでうまくなるための秘策を伝授してやってんのに、話は最後まで聞けっつーの」

 奏多くんの眉間のしわも、吊り上がった眉も、気にしてなんかいられない。
 僕は目にかかるユルふわ髪の隙間から、目玉を上向きにして霞くんを確認する。

 はぁ~良かった、もう怒っていないっぽい。
 いつもの優しい王子様スマイルに戻ってる。

 今ので【霞くんの好きな人は奏多くん】という事実が立証されてしまったのだが、悲しむのはあとにしよう。
 このお昼休みを、僕はなんとか乗り切らなきゃいけないのだから。