コンビニから歩いて小一時間ほど。それらしき建物に到着する。正面出入り口のゲートは、校門の名残があって、校名が書かれた表札があったであろう位置に『Xanadu』と彫られた石板が埋められていた。統廃合で廃校になったのが何年前の話なのかまでは聞いていないけれども、こうやって使い回せるところは使い回すのだな。
弐瓶教授が門番のおじさんに会釈する。おじさんはにこやかに手を振って、手元のボタンを押し、開門してくれた。何度か来たことがあるからなのだろう。顔パスってやつ?
俺に関しては弐瓶教授の護衛ぐらいに思われているのか、特に何のチェックもなく通らせてもらえた。政府公認の先端技術を取り扱う研究施設だってのに、そんな雑でいいのかな、なんて俺が心配することじゃあないか。
ほら、マヒロさんの姿をしていた例の宇宙人は、人類滅亡がどうのって言っておきながら撤回したからまだ無害とはいえ、悪用してやろうという魂胆で忍び込まれたらどうすんだろ。マヒロさんのフリをしていたアイツの他に人間の姿を真似できる宇宙人がいるのかは知らない。
『認証シマス』
なんて警備の薄さを気にしていたところ、元校門から元玄関までの元校庭みたいな場所で、四足歩行のロボットがスイーっと近付いてきて、弐瓶教授の前で停止した。パトカーのランプのようなものを頭の上に載せている。
「おつかれさま! 英伍くんに会いにきたよーん」
弐瓶教授はスマホでアプリを開いて、その画面を見せながらロボットに喋りかけている。英伍くん。――これから会う、五代さんの下の名前が確かそうだったな。美人教授として有名なのに男の影が見られない女性が、男性を下の名前で呼んでいる。そりゃまあ、一色京壱のことは『京壱くん』って呼んでいるけれど、それは教授と一色京壱が幼馴染みっていう関係性だからじゃん。英伍くん、は女性の名前ではないと思う。こんなところの施設長をやっているぐらいだしさ。研究者で女性の責任者、この国だと少ないでしょ。理系の女子が喜ばれるご時世だよ。
「こっちはうちの学生の参宮拓三くん」
『確認デキマシタ。弐瓶柚二サン、参宮拓三サン』
「あとで参宮くんの認証キーを発行してもらうよん」
弐瓶教授はロボットに見せていた画面をこちらに見せてくれた。認証キーとして、二次元コードと個人番号が表示されている。ここではスマホのアプリで管理しているのか。
『カシコマリマシタ』
「ああ、これはあなたに言ったんじゃないのん。参宮くんにね。英伍くんとお話ししたら、この警備ロボットちゃんたちの詰め所に行くからねん」
『ハイ』
「俺の認証キー、必要ですか?」
俺はXanaduへ何度も来るようになるの? ただの大学生だよ? インターンには早すぎるし。最近は一年生からでもやるもん?
「今日からココにお世話になるんだから必要でしょうよ。認証キー持ってないとトイレにも入れないよーん?」
弐瓶教授から呆れまじりに言われて「へっ?」と間の抜けた声が出てしまった。そうなの? ――たくさん歩くからではなくて、俺をこちらに泊めるから、弐瓶教授の研究室に俺の荷物を置きっぱなしにしないで、必要なものだけ持って行くようにって言ったの?
「北エリアに個人部屋があるのん。私が英伍くんにお願いして空けてもらったんだから、感謝するように」
「俺は教授の研究室に住まわせてもらえるのかと」
「んなわけないじゃーん!」
むすっとされてしまった。なんだよ。別にいいじゃんか。タイムマシンの研究の邪魔はしないし。
「あらやだ約束の時間に遅れちゃう。英伍くんはどこにいるのん?」
わざとらしく腕時計を見て、ロボットに五代さんの居場所を訊ねる。
『校長室デス』
ああ、校長室があるのか。というか、校長室でいいんだ。施設長だから?
「ありがと! 引き続き、警備警戒がんばってねん」
『ガンバリマス』
ロボットはスイーっと近づいてきたのと同じ挙動で、スイーっと離れていく。仕事熱心でいいと思う。
「ちなみにこの認証システムは私が組みましたん。英伍くんから頼まれちゃったからぁ。やらないわけにはいかないよねーん」
「ふーん」
「何だよお。私は情報工学の教授やぞ」
「そうでしたね」
「このぐらいおちゃのこさいさいなのん!」
正面玄関から、元下駄箱をスルーして土足のまま校舎内に上がっていった。ノスタルジックな雰囲気作りに一役買っていそう。
「小学校だったんですか、ここって」
六年生まであるからそうなんだろうな、と思って聞いてみたら「中高一貫校だったっぽいよん」と返された。俺は中学と高校と別のところだったし、エスカレーター式ではなかったからピンとこないけれど、一年生から三年生が中等部で、四年生から六年生が高等部、になるの?
統廃合で廃校になったって言っていたけれど、子どもも土地も有り余っていた頃に建てて、そのうち子どもが減って中高一貫になり、付近の学校の生徒を受け入れていたけれども最終的に潰れた、って流れか。たぶん。経営が下手なの?
この辺、人とはすれ違わなかった。家っぽいものも見当たらないし。見渡す限りの大自然。そもそも現在住んでいる住民が少ない。子どももいなくなるよな、そりゃあ。というか、ここってまだ都内なのかな。
「小学校なら机も椅子ももっと低いか……」
学校として運営されていた頃に使っていたであろう学習机や椅子は廊下の端に寄せて積んである。こういうのって別の学校に持っていきそう、残しておくのか。
「君の場合、全部ちっちゃく見えるんじゃないのん?」
「まあ、はい」
階段の踊り場の壁に貼られている地図によれば、この施設は北エリアと南エリアがある。設備からしてXanaduの施設内で生活が完結するようになっているようだ。そりゃあ外で人と出会わないわけだよ。二階と三階に連絡通路があり、俺たちが今いるのは南エリアのほう。先ほど弐瓶教授から教えられたように、北エリアのほうに個人部屋として、たぶん昔は教室だったんだろうけれども、部屋番号が割り振られている。
校長室は二階に上がってすぐ。職員室の隣にある。……職員室?
「来たよーん」
まるで友だちの家にお邪魔するときのような調子で、弐瓶教授は校長室の扉を開け放つ。校長室であった頃からその場所に鎮座して、現在もなお立場が上の人間が使用している机。革張りの椅子に座っていたのは、髪を低い位置で一つ結びにした若い男だった。目が開いているのか開いていないのかわからないぐらい細い。それで前は見えているの?
「おお、ユニ坊!」
ああよかった見えてるっぽい。ユニ坊、ってあだ名で呼ぶのか。どういう関係性なの?
「そっちの人が、京壱くん?」
そっちって言われちゃった。人をそっち扱いすんのはよくないよ。わざわざ俺のために空き部屋を用意してくれたっていうのなら、教授から名前と事情は聞いているだろ。
「京壱くんなわけあるかーい! 参宮拓三くんなのん!」
教授が訂正してくれた。それから俺の方に向き直る。
「参宮くん、こちらが英伍く――ここのトップで、オルタネーター計画の旗揚げ人の五代英伍さん」
五代さんがなんらかのアクションを取る前に、弐瓶教授は五代さんの紹介をしてくれた。このXanaduでいちばん偉い人でオルタネーター計画の発案者。つまり、俺はこの人のご機嫌を取り続けなければ追い出されるの?
「ようこそ拓三ぃ。仲良くしようや」
なんだよ。わざと間違えやがったな。初手で京壱くんって呼ばれたもんだからさ。ついイラッとしてしまったよ。
「よろしくお願いします」
とりあえず頭を下げておこう。マヒロさんが四方谷家にやってきたあの日のように。そうすれば、悪い印象は与えないだろ。心が読めるわけでもあるまいしさ。
弐瓶教授が門番のおじさんに会釈する。おじさんはにこやかに手を振って、手元のボタンを押し、開門してくれた。何度か来たことがあるからなのだろう。顔パスってやつ?
俺に関しては弐瓶教授の護衛ぐらいに思われているのか、特に何のチェックもなく通らせてもらえた。政府公認の先端技術を取り扱う研究施設だってのに、そんな雑でいいのかな、なんて俺が心配することじゃあないか。
ほら、マヒロさんの姿をしていた例の宇宙人は、人類滅亡がどうのって言っておきながら撤回したからまだ無害とはいえ、悪用してやろうという魂胆で忍び込まれたらどうすんだろ。マヒロさんのフリをしていたアイツの他に人間の姿を真似できる宇宙人がいるのかは知らない。
『認証シマス』
なんて警備の薄さを気にしていたところ、元校門から元玄関までの元校庭みたいな場所で、四足歩行のロボットがスイーっと近付いてきて、弐瓶教授の前で停止した。パトカーのランプのようなものを頭の上に載せている。
「おつかれさま! 英伍くんに会いにきたよーん」
弐瓶教授はスマホでアプリを開いて、その画面を見せながらロボットに喋りかけている。英伍くん。――これから会う、五代さんの下の名前が確かそうだったな。美人教授として有名なのに男の影が見られない女性が、男性を下の名前で呼んでいる。そりゃまあ、一色京壱のことは『京壱くん』って呼んでいるけれど、それは教授と一色京壱が幼馴染みっていう関係性だからじゃん。英伍くん、は女性の名前ではないと思う。こんなところの施設長をやっているぐらいだしさ。研究者で女性の責任者、この国だと少ないでしょ。理系の女子が喜ばれるご時世だよ。
「こっちはうちの学生の参宮拓三くん」
『確認デキマシタ。弐瓶柚二サン、参宮拓三サン』
「あとで参宮くんの認証キーを発行してもらうよん」
弐瓶教授はロボットに見せていた画面をこちらに見せてくれた。認証キーとして、二次元コードと個人番号が表示されている。ここではスマホのアプリで管理しているのか。
『カシコマリマシタ』
「ああ、これはあなたに言ったんじゃないのん。参宮くんにね。英伍くんとお話ししたら、この警備ロボットちゃんたちの詰め所に行くからねん」
『ハイ』
「俺の認証キー、必要ですか?」
俺はXanaduへ何度も来るようになるの? ただの大学生だよ? インターンには早すぎるし。最近は一年生からでもやるもん?
「今日からココにお世話になるんだから必要でしょうよ。認証キー持ってないとトイレにも入れないよーん?」
弐瓶教授から呆れまじりに言われて「へっ?」と間の抜けた声が出てしまった。そうなの? ――たくさん歩くからではなくて、俺をこちらに泊めるから、弐瓶教授の研究室に俺の荷物を置きっぱなしにしないで、必要なものだけ持って行くようにって言ったの?
「北エリアに個人部屋があるのん。私が英伍くんにお願いして空けてもらったんだから、感謝するように」
「俺は教授の研究室に住まわせてもらえるのかと」
「んなわけないじゃーん!」
むすっとされてしまった。なんだよ。別にいいじゃんか。タイムマシンの研究の邪魔はしないし。
「あらやだ約束の時間に遅れちゃう。英伍くんはどこにいるのん?」
わざとらしく腕時計を見て、ロボットに五代さんの居場所を訊ねる。
『校長室デス』
ああ、校長室があるのか。というか、校長室でいいんだ。施設長だから?
「ありがと! 引き続き、警備警戒がんばってねん」
『ガンバリマス』
ロボットはスイーっと近づいてきたのと同じ挙動で、スイーっと離れていく。仕事熱心でいいと思う。
「ちなみにこの認証システムは私が組みましたん。英伍くんから頼まれちゃったからぁ。やらないわけにはいかないよねーん」
「ふーん」
「何だよお。私は情報工学の教授やぞ」
「そうでしたね」
「このぐらいおちゃのこさいさいなのん!」
正面玄関から、元下駄箱をスルーして土足のまま校舎内に上がっていった。ノスタルジックな雰囲気作りに一役買っていそう。
「小学校だったんですか、ここって」
六年生まであるからそうなんだろうな、と思って聞いてみたら「中高一貫校だったっぽいよん」と返された。俺は中学と高校と別のところだったし、エスカレーター式ではなかったからピンとこないけれど、一年生から三年生が中等部で、四年生から六年生が高等部、になるの?
統廃合で廃校になったって言っていたけれど、子どもも土地も有り余っていた頃に建てて、そのうち子どもが減って中高一貫になり、付近の学校の生徒を受け入れていたけれども最終的に潰れた、って流れか。たぶん。経営が下手なの?
この辺、人とはすれ違わなかった。家っぽいものも見当たらないし。見渡す限りの大自然。そもそも現在住んでいる住民が少ない。子どももいなくなるよな、そりゃあ。というか、ここってまだ都内なのかな。
「小学校なら机も椅子ももっと低いか……」
学校として運営されていた頃に使っていたであろう学習机や椅子は廊下の端に寄せて積んである。こういうのって別の学校に持っていきそう、残しておくのか。
「君の場合、全部ちっちゃく見えるんじゃないのん?」
「まあ、はい」
階段の踊り場の壁に貼られている地図によれば、この施設は北エリアと南エリアがある。設備からしてXanaduの施設内で生活が完結するようになっているようだ。そりゃあ外で人と出会わないわけだよ。二階と三階に連絡通路があり、俺たちが今いるのは南エリアのほう。先ほど弐瓶教授から教えられたように、北エリアのほうに個人部屋として、たぶん昔は教室だったんだろうけれども、部屋番号が割り振られている。
校長室は二階に上がってすぐ。職員室の隣にある。……職員室?
「来たよーん」
まるで友だちの家にお邪魔するときのような調子で、弐瓶教授は校長室の扉を開け放つ。校長室であった頃からその場所に鎮座して、現在もなお立場が上の人間が使用している机。革張りの椅子に座っていたのは、髪を低い位置で一つ結びにした若い男だった。目が開いているのか開いていないのかわからないぐらい細い。それで前は見えているの?
「おお、ユニ坊!」
ああよかった見えてるっぽい。ユニ坊、ってあだ名で呼ぶのか。どういう関係性なの?
「そっちの人が、京壱くん?」
そっちって言われちゃった。人をそっち扱いすんのはよくないよ。わざわざ俺のために空き部屋を用意してくれたっていうのなら、教授から名前と事情は聞いているだろ。
「京壱くんなわけあるかーい! 参宮拓三くんなのん!」
教授が訂正してくれた。それから俺の方に向き直る。
「参宮くん、こちらが英伍く――ここのトップで、オルタネーター計画の旗揚げ人の五代英伍さん」
五代さんがなんらかのアクションを取る前に、弐瓶教授は五代さんの紹介をしてくれた。このXanaduでいちばん偉い人でオルタネーター計画の発案者。つまり、俺はこの人のご機嫌を取り続けなければ追い出されるの?
「ようこそ拓三ぃ。仲良くしようや」
なんだよ。わざと間違えやがったな。初手で京壱くんって呼ばれたもんだからさ。ついイラッとしてしまったよ。
「よろしくお願いします」
とりあえず頭を下げておこう。マヒロさんが四方谷家にやってきたあの日のように。そうすれば、悪い印象は与えないだろ。心が読めるわけでもあるまいしさ。