**無職57日目(10月27日)**
今日は選挙の日。この心太朗、恥ずかしながらこれが人生初の選挙だった。年齢的にはもう何度も行けるタイミングはあったのに、なぜか今まで行ったことがない。
思い返せば、選挙権を得た頃、心太朗はバンド活動に明け暮れていた。あの頃のバンドマンたちの間では「選挙に行こう!」ムーブメントが盛り上がっていて、SNSなんかで「俺たちの声を届けようぜ!」とか呼びかける投稿が飛び交っていたものだ。しかし、心太朗はというと、なぜかこの「選挙に行こう」ブームに反発心を抱いていた。何故か「そういう活動する暇があるなら、曲を一曲でも多く作れよ」と思い込んでいたのだ。いや、今思えばそんな変な尖り方は必要なかったし、普通に選挙行っておけばよかっただけの話だ。それがどれだけ無意味だったかは、今の自分を見れば分かる。バンドも解散、無職生活だ。
そんな心太朗だが、実は政治には興味があった。バンド時代、ロックと政治は一心同体みたいなものだと思っていた。ボブ・ディランとか、セックス・ピストルズとか、音楽で社会にモノ申してた先人たちに憧れていたのだ。「俺もいつか、そういう熱いメッセージを…」と夢見ていたものの、実際には何も言わないどころか、選挙にすら行っていないというヘタレっぷり。
その後、バンド活動もひと段落し、心太朗は社会人として新しい生活をスタートさせた。だが、今度は仕事が忙しすぎて選挙どころではなかった。連日、朝から晩まで働いて、帰る頃にはクタクタ。休みがあっても疲れを取るだけで精一杯で、「選挙に行く元気なんてない」と思ってしまっていた。結局、「選挙に行かなかった理由」にバンドと激務の二つが追加されて、年を重ねてきたわけだ。
今回、ようやくその殻を破ることに。生まれてくる子どものためにも、ちゃんと一票を投じようと決意した。
朝からドキドキしながら、入場整理券を握りしめ、地元の小学校へ向かう。妻の澄麗は、「子どもが通うかもしれない学校を見れるなんて!」と妙にテンションが上がっている。「さすが母親…俺も見習わなきゃな」とぼんやり思う心太朗。
母校ではないが、久しぶりに小学校に足を踏み入れると、すべてが小さく見えた。27年ぶりに見る小学校は、まるで自分が巨大化したかのような錯覚を覚えるほどだ。「俺、こんなちっちゃい机で勉強してたのか…」なんて妙にしみじみしていると、気づけば投票場に到着していた。
受付に行き、自分の町の名前を告げると、無表情で投票用紙を渡される。受付の人たちは、まるで犯人を監視するかのような厳しい目つきでこちらを見ている。もちろん、不正なんて考えてもいないが、そういう目線を感じると、なぜか体が勝手に緊張してしまうのだ。「あぁ、何もしてないのにドキドキする…なんか悪いことしてたかな?」と考える心太朗。いや、してない。してないけど、変な汗が出る。
一通りの投票を終え、校門の前で澄麗と合流。選挙が終わってスッキリしたのか澄麗は上機嫌だが、「確か誰に投票したかは言っちゃダメだったはず」と思い、選挙の話題には触れずにそのまま別行動。心太朗はチョコザップ、澄麗はケーキ屋へ向かうことになった。どうやら、お互いにご褒美タイムが必要だったらしい。
家に帰ると、選挙特番が流れていた。これまでは正直スルーしていたが、自分で投票したあとに見ると、妙に面白い。「この地区ではこの候補が強いのか…」と地元の選挙情勢にも興味が湧いてきた。まるで「俺も選挙の一部」みたいな気分になっている自分が、少し笑えてくる。
今は無職の心太朗だが、産まれてくる我が子のために、一国民としてしっかり一票を投じた。少しは大人になれたかなと思いながら、心太朗は新たな一歩を踏み出した気分になっていた。