**無職51日目(10月21日)**
心太朗は今日、父の誕生日を祝うため、実家に帰ることになった。「帰る」と言っても、実家は心太朗の家から車でたったの10分。たった10分だが、心太朗がその道を運転するのはだいたい月に一度か二度。それ以上はどうしても心のエンジンがかからない。過去の親子関係もあり、なんとなく実家に行く日は重いような、そんな感じなのだ。
今日は特別な日だから、なんとか気を引き締めて準備を進める。父は大酒飲みだ。「かのか」っていう麦焼酎が大好きで、さらに、ワインも一本持参。これで父は大喜びするに違いない。おつまみも忘れずに、心太朗は着実に「親孝行セット」を準備して車に積み込む。
10分の運転は本当にあっという間で、家に着くと母が玄関先でニコニコしながら迎えてくれる。「元気そうだな」と心太朗は思いつつ、母のその笑顔が「またあんた来たの?」じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。実際、心太朗が実家に足を運ぶのは決して頻繁ではないし、、。でも、そんなことはどうでもいい。今日は父の誕生日だ。
「父さん!」と呼びながら部屋に入ると、そこにはすでにお酒の準備を整えた父が待っている。心太朗はプレゼントを差し出し、「はい、父さんの好きなやつ!」と笑顔で渡すと、父は目を輝かせる。「おー!お前、ちゃんと分かってるじゃないか!」と大喜びだ。すぐに父は澄麗に「ありがとうな、いい嫁さんだな!」とお礼を言い、すっかり上機嫌。
母がすき焼きの準備をしてくれている。実家に帰るときは、なぜかいつも牛肉だ。しかもいつも良い肉。最近はどうやら「ロピア」が安くて美味しいお肉が手に入るとハマっているらしい。とはいえ、安いと言ってもそれなりの値段はするだろうし、心太朗は心の中で「おいおい、俺たちのためにそんなに奮発しなくても…」とツッコんでいる。とはいえ、肉が焼ける香りに自然と顔がほころぶのは止められない。
澄麗は妊娠中なので、生卵を避けて、すき焼きのタレを薄めて食べる。それでも「めっちゃ美味しい!」と、幸せそうに口に運ぶ彼女を見ると、心太朗もつい顔がほころぶ。家族ってこういう時間が一番いいのかもしれないな、と心の中でしみじみ思う瞬間だ。
その間、父はすでに焼酎を一杯…いや、三杯目か?上機嫌に澄麗に話しかけている。澄麗は笑顔で「そうなんですか〜」と聞いてくれているが、心太朗は内心「まったく、澄麗にばっかり話しかけて…」と微妙な疎外感を感じながら、黙々と肉を食べ続ける。しかし、こんな調子がもう何年も続いているので、心太朗はそれに慣れている。
次に話題は孫の話へ。父も母も、これから生まれてくる孫に期待を膨らませているようだ。だが、里帰り出産のため、しばらく孫に会えないと聞いて、父は少し残念そうだ。「1ヶ月も孫に会えないなんて!」と嘆く父に、心太朗は「まあ、姉の子で楽しんだだろ?少し我慢しろよ」と笑いながら諭す。姉の子供には散々可愛がってきたのだから、少しぐらい我慢してもらわないと困る。
父の声が次第に大きくなり、やばい予感がする。選挙の話が出てきた。ああ、これはいつものパターンだ、と心太朗は頭を抱える。政治の話を酒の席でするのは最悪だ。心太朗は「そろそろ帰ろうか…」とタイミングを見計らうが、父は「もういっぱい飲んでけ!」と声を張り上げる。完全に楽しいモードだ。そして、澄麗が聞き上手だから、余計に父は話が止まらないのだろう。
母がさすがに「そろそろ締めにしましょうか」と言ってくれ、やっと父の独壇場が終わった。心太朗たちは、何とか無事に家路につくことができた。
帰りの車の中、心太朗は「いやー、今日は食べすぎたな」とお腹をさすりながら思う。澄麗は父の話を聞くのに集中していたからか、あまり食べていなかったようだが、妊婦だし、食べすぎると体調を崩すこともあるのでちょうど良かったのかもしれない。
心太朗はふと、10年前のことを思い出す。あの頃、父とも母とも、今のように仲良くはなかった。それどころか、家に帰るたびに衝突ばかりしていた気がする。だが、時間が経つにつれて、お互い丸くなり、気がつけばこうして普通に会話できるようになっていた。若い頃は譲れない何かがあったのだろう。それは多分、どの親子にもあることだ。
「無駄な時間だったとは思わない」と心太朗は思う。その15年間も、親子の物語の一部だ。過去があったからこそ、今こうして穏やかに笑い合える日が来たのだ。そして今度は、自分が父親になる番だ。今はまだ手探りかもしれないけれど、心太朗にはこれからの未来がある。きっと、これから自分なりの親子の物語が作れるはずだ。心太朗は、車を走らせながら、これからの家族との新しい日々に胸を膨らませた。