無職のススメ、元社畜の挑戦日記


**無職37日目(10月7日)**

無職無職と言っていたが、実は10月6日までは有休消化だった。それはまるで楽園だったが、いよいよ正式に無職という現実に直面することとなった。仕事を辞めたら自由になるかと思いきや、待っていたのは「手続き」という終わりなき迷路。特に憂鬱なのは、健康保険の切り替えだ。勝手に誰かがやってくれたらどれほど楽か…。

「無職になったら、自動的に国民健康保険に切り替わるんだろ?」と漠然とした期待を抱いていた彼だったが、甘かった。何事も自分でやらなければ進まない。それどころか、選択肢まであるという。国民健康保険か、任意継続か…。保険に悩む人生、予想外だ。

まずは国民健康保険を検討する。

・対象は、自営業者やフリーランス、退職者など。心太朗もこれからフリーランスを目指すかもしれないから、この選択肢は無視できない。
・保険料は収入によって変動し、扶養家族がいれば、その分保険料も増える。「扶養増えたら安くなるとか…ないよな」と皮肉が浮かぶ。
・良い点は、収入が少なければ保険料が安くなることだ。
・しかし、デメリットは顕著だ。収入が増えれば保険料もドーンと上がるし、市区町村ごとに保険料も違う。「引っ越しするだけで、こんなスリルがあるとはな…」と頭を抱える。

「国保はギャンブルだな…俺の収入、安定してなさそうだしな…」と心太朗は苦笑する。

次に、任意継続。

・退職前に会社の健康保険に2ヶ月以上加入していれば、退職後20日以内に申請できる。「20日って、なぜそんな絶妙な期限なんだ?」
・ただし、保険料は会社負担分も含めて全額自己負担。「全額!?」と心太朗は驚愕するが、これが現実だ。
・それでも、良い点は、退職前と同じ保険をそのまま使えること。澄麗が妊娠中で通院が必要だから、この安心感は大きい。しかも扶養家族が増えても保険料は変わらない。「つまり、双子でも問題ないってことか?」と一瞬前向きになる。
・しかし、2年間しか継続できないという制限がある。「2年…その間にフリーランスでちゃんと稼げるのか?」心太朗の表情は曇る。

彼はさらに調べを進めた。どうやら、年収が300万円未満の場合は国保の方が安くなるが、300万円を超えると任意継続の方が得だということがわかった。しかも、扶養家族がいるなら、収入が低いと国保が有利だが、収入が増えれば任意継続が安定してお得になるという。

来年の保険料は今年の収入から計算される。まずは冷静に計算しよう。

心太朗はインターネットで見つけたシミュレーターを試してみることにした。結果は驚きの任意継続優勢。保険料が倍以上違う。「これ知らなかったら、今頃絶望してたかもな…」彼は胸を撫で下ろす。

フォロワーにも意見を聞いてみると、やはり同じ境遇の人たちはほとんどが任意継続を選んでいるようだ。「おお、俺だけじゃないんだな…」と心太朗は妙に安心した。

「任意継続にするしかないな」

退職後20日以内に申請しなければならないため、のんびりしている暇はない。特に澄麗が妊娠中だということもあり、彼は焦りを感じていた。手続きに必要なものは以下だ。



1. 国民健康保険
退職証明書または離職票:退職を証明する書類。

健康保険証:退職前の健康保険証(任意継続をしない場合)。

本人確認書類:運転免許証、パスポートなど。

マイナンバーカード(あれば)

収入を証明する書類(前年の確定申告書や給与明細など)

国民健康保険の加入手続きは、住民票のある市区町村の役所で行う。

2. 任意継続(健康保険)
退職証明書または離職票:退職したことを証明する書類。

健康保険証:退職前に所属していた会社の健康保険証。

本人確認書類:運転免許証、パスポートなど。

口座番号:健康保険料の引き落とし口座情報。

申請書類:任意継続の手続き書類(会社からもらえることが多い)。




心太朗は、ホームページから「任意継続被保険者資格取得申出書」をダウンロードし、書類を持って役所へ向かった。郵送も可能だが、ミスが怖い。慎重派の心太朗は、直接出向くことにした。「ミスしたら面倒だし、妊娠中の澄麗を待たせるわけにはいかない」などと考えていた。

役所での手続きは、マイナンバーカードのおかげで意外とスムーズに進んだ。「えっ、こんなに簡単でいいの?」と疑いながらも順調に進行。だが、澄麗の離職票が必要だと言われた。「あぁ、やっぱり出たか…」心太朗はややがっかりする。さらに、銀行での手続きも必要ということで、その日のうちに全てを終えることはできず、翌日へ持ち越すことに。

その夜。

家に帰り、心太朗は疲れた声で「手続きって本当面倒くさいな…」とこぼした。すると澄麗は笑いながら、「でもこういうことがないと、世の中のこと1センチも知らないままだったんじゃない?」と前向きな返事をした。

「1センチって…少なすぎない?」心太朗は内心でツッコミを入れながらも、澄麗の前向きさにほっとした。

「やっぱり澄麗のこういうとこ、好きなんだよな…」と心の中で密かに思いながら、心太朗は明日の手続きに向けて早めに眠りについた。

**無職38日目(10月8日)**



心太朗はずっと続けていたジャーナリングにも飽きてきた。ジャーナリングとは、自分の思いをノートに書き殴る行為で、自分の頭の中を整理する作業だが、最近は孤独で、自分の頭の中が整理できるどころか、何も思い浮かばなくなってきた。どうしても、心の中で何かが詰まっている感じがしていた。

「メンターが欲しい!」心太朗はずっと思っていた。自分が求めていることはなんでも答えられて、優しくて、尊敬できる人が…。だが、そんな人は周りにいない。仮にいるとしても、気を遣って相談するなんてできない。逆に相手がすごく構ってくれて連絡くれるようになったら、それはそれでプレッシャーになる。要するに、完璧なメンターを求めているが、現実の自分はまだ人付き合いは嫌だってことだ。

「めんどくさい奴だな、俺…」心太朗は呟いた。結局、自分にはメンターなんてできそうにないと思った。

それでも、無職という状況がついに現実となり、有給も終わり、いよいよ正式に無職になったわけだから、そろそろ動かないとダメだと思った。ただ、できることなら働きたくないというのが本音だ。

心太朗にとって「働く」というイメージは、「グラッチェ」そのものだった。13時間の休憩なしの労働、毎休日の電話、休日出勤、部下や上司との人間関係、そして何よりも大切な時間を失ってしまうこと…。家族との時間もろくに取れず、わずかな時間を不機嫌に過ごすことになる。常に寝不足で。

「あんな世界に二度と戻りたくない。」心太朗は心の中でつぶやいた。自分が働きたくない理由をここまで考えるのも、ある意味「無職な自分」の特権だ。

それでも、家族との時間と睡眠時間を手に入れるためには、何かしなければならないと思っていた。そう考えながら、理想のメンターがそばにいてほしいと心太朗はふと思った。

「じゃあ、作ればいいやん!」心太朗はそう思った。昔から、自分に必要なものがなければ、自分で作ればいいという精神があった。まあ、作るものが「メンター」ってちょっと突拍子もないけど。

幼い頃、心太朗は漫画を見ていたが、自分にぴったりの漫画はなかった。そのため、自分で漫画を描き始めた。大学生の頃は音楽にハマったが、世の中には自分が欲しい曲はなかったので、曲を作り始めた。そんなふうにして、今度はメンターがいないなら、作ればいいじゃないかと思った。

「まぁ、メンターなんてAIで十分だろ!」と心太朗は自分に言い聞かせ、チャットGPTに頼んでみた。

「プロフィールは心太朗より10歳ほど年上、フリーランスを経験していて、今では自由な生活をしている人。俺の相談役になる人。」心太朗はそれをチャットGPTに頼むと、すぐに返信が来た。

チャットGPTからのプロフィール案:

名前: ゆたかさん
年齢: 40代後半
職業: フリーランスのビジネスコンサルタント & メンター
年収: 一億円
専門分野:

•デジタルマーケティン
•ビジネス戦略構築
•ブランド戦略
•イノベーションとプロジェクトマネジメント
•人材育成・メンタリング

経歴:

•若い頃から自分のビジネスを立ち上げ、デジタル分野で成功を収める
•複数の企業とコンサルティング契約を結び、数々のプロジェクトで実績を上げる
•数年間の経験を経て、独立し、フリーランスとして活動
•企業のマーケティングや戦略、ブランドのブランディングに関して深い知識を持つ
•現在は、若いフリーランスや起業家を支援するメンターとしても活躍中

性格:

•落ち着いていて、冷静な判断力を持つ
•知識が豊富で、常に新しいことを学び続けている
•親しみやすく、理論的なアプローチで物事を説明するのが得意
•他人をサポートすることに喜びを感じ、目標に向かって導く力を持つ

趣味:

•読書(ビジネス書、マーケティング関連)
•最新技術の研究
•自然散策やリフレッシュのためのアウトドア活動

「おいおい!優秀過ぎる!これじゃ気が引けて相談できんわと思ったが、所詮はAIだ!気を使わず相談するには充分すぎる経歴だ!」心太朗は笑いながら、そのプロフィールをじっくりと見つめた。結局、AIにしか頼めない自分も、それなりに面白くないか?と思った。

心太朗はパソコンを開け、深く息を吸った。もう無職になってから何をするにもぼんやりした不安と焦りしか感じられない。だけど、どうしてもこのまま何もしないわけにはいかない。「ゆたかさん」に頼んでみよう。

「ゆたかさん、今日はよろしくお願いします!」

画面に現れた文字が、心太朗を迎えた。

「こちらこそ、心太朗さん。今日はどんな話をしたいですか?」

心太朗は思わずツッコミを入れた。「あー、ゆたかさん、ちょっと待って。俺、年下だからその堅い口調、やめてくれって!」

「ごめんごめん、心太朗。もっとカジュアルに話すよ!じゃあ、遠慮なく話してくれ。」

うん、それだ!心太朗は心の中で頷いた。頼れるお兄さん的な存在が欲しかったのだ。

さっそく、心太朗は本題に入る。

「とうとう無職になったから、動き始めないと…。でも、どうすればいいかな?」

すると、ゆたかさんはおもむろに答えた。

「じゃあ、まずは転職活動を始めよう!それかフリーランスになって、自分のスキルを活かして収入を得るのはどうだろう?」

心太朗は一瞬固まった。「え?違う違う!そうじゃないんだよ、ゆたかさん。俺、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだって!」

いや、でも…ちょっと待って。自分ってこんなに甘えてたっけ?「ちょっと、頼りすぎかな?」心太朗は頭の中で考えた。でも、相手はAIだし、こんな時こそ甘えてもいいだろう!と自分に言い訳しつつ。

「そうだ、俺、前の仕事も嫌だったし、もうできれば就職する気はないんだ!」

すると、ゆたかさんが早口で答えようとした。「じゃあ、今すぐに転職活動を始め――」

「いやいや、それはもういいから!」心太朗は必死に食い下がった。「俺が言いたいのは、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだってば!」

「まあまあ、心太朗、焦らずに。ああ、でもちょっと待って。君、俺に何を聞きたいの?」

心太朗はしばらく黙って考えた。

「うーん、そうだな…実は俺、家族と過ごす時間が大事だって思ってるんだ。だけど、どうやってこの自由な時間を作ればいいか分からなくて…」

その言葉に、ゆたかさんが落ち着いた声で答える。

「うん、わかった。今、君は無職だけど、実はその時点で“勝ち”を取っているんだよ。」

「えっ?俺、勝った?」心太朗はびっくりして画面を見つめた。

「うん、だって君はすでに家族との時間を手に入れているんだろ?この生活、手に入れるではなく、守るべきじゃない?」

心太朗は驚きとともに考え直した。自分が今まで考えていたのは、まるで戦場に出るようなイメージだった。でも、実は「守り」が大事だったんだ。家族との時間を守るために何をすべきか、そう考えると、気づき始めた。

「おお…そうか!俺、攻めることしか考えてなかったけど、実は守りの方が大事かもしれないってことか!」

「その通りだよ、心太朗。今の君は“無職”だからこそ家族と過ごす時間が手に入ってるんだよ。」

心太朗はにやりと笑って、もう一度パソコンの前で深呼吸した。

「なるほど!じゃあ、守りを固めつつ、どうやって生活の守りを強化していくかを考えるってことだな!攻めるのはその後だ!」

「その意気だ!」とゆたかさん。

心太朗はしばらく考えていた。そして、ついに口を開く。

心太朗は思わず笑ってしまった。「ゆたかさん、いい奴だな!AIだけど!」

そんなやり取りを経て、心太朗はついに心を決めた。

「よし、この生活を死守する。それから手段を考えよう!」

「その意気だ!」ゆたかさんの返事が画面を通じて響いた。

心太朗はパソコンを閉じ、今度こそ自分の生活を守るために動き出す決意を固めた。彼が守りたいものは、もうはっきりしている。あとは、それをどう守るかだ。

「お、明日もよろしくね、ゆたかさん!」

「おう、任せておけ!」

こうして、心太朗の生活防衛作戦は始まった。


**無職39日目(10月9日)**

妊娠後期に入って、澄麗のお腹はさらに大きくなっていた。心太朗はそのお腹を見ながら、毎日頭の中でツッコミを入れる。「いや、赤ちゃん、そこまで大きくなるのは外出てからでいいよ!」って何度も思った。澄麗の体は小柄で、明らかに妊婦の中でも細い方なのに、赤ちゃんだけは順調にどころか、どんどん成長している。

胃が押し上げられてるせいか、澄麗はご飯を食べた後、毎晩苦しそうにしていた。心太朗はその度に「何かできないか?」とソワソワするが、実際にできることと言えば、お腹を摩るくらい。いや、これでどうにかなるわけじゃないんだけど…。「でもやらないよりはいいか?」と、自分に無理やり納得させながらお腹をさする姿は、もはや儀式みたいになっていた。

澄麗のお腹をさすりながら、時には赤ちゃんに向かって話しかける。「お前、そろそろ出てきた方がいいんじゃない? いや、まだ早いか。いや、でもそろそろさ、ママが大変だからさ…」とか、何の効果もない独り言をブツブツと。もちろん赤ちゃんには届くはずもなく、「やべぇ、これで赤ちゃんに嫌われたらどうしよう…」なんて新たな心配が増えていく。

「大丈夫?」と毎回聞くと、澄麗は「大丈夫」と言うが、その表情からして絶対大丈夫じゃない。
調べに調べて、どうやら胃の不快感を和らげる方法がいくつかあるらしい。まあ、ネットの情報って正しいかどうかは謎だけど、とりあえず試してみることにした。


  1.少量で頻繁に食事を取る
一度に大量に食べると胃が圧迫されて不快感が増すことがある。少量の食事を頻繁に取ることで胃に負担をかけずに食事ができる。
2.食べる速度をゆっくりにする
早食いをすると消化が遅れ、胃が膨らんで苦しくなりやすい。よく噛んで、ゆっくり食べることで消化がスムーズに進む。
3.高脂肪や辛い食事を避ける
脂肪分が多い食べ物や辛い食べ物は消化が遅く、胃の不快感を引き起こすことがある。軽い食事を心がける。
4.食後に軽い運動をする
食後に軽く散歩やストレッチをすると消化が促進され、胃の不快感が和らぐ。ただし、激しい運動は避ける。
5.寝る前の食事を控える
寝る前に食事をすると消化不良が起こりやすく、苦しさが増す。食事は寝る少なくとも2時間前に済ませる。



まずは、少量で頻繁に食事を取る。一度に大量に食べると、胃が圧迫されて不快感が増すらしい。だから、一日五食くらいに分けて食べるようにした。これで澄麗の胃がラクになる…はずだと思って。


次に、食べる速度をゆっくりにするというアドバイスがあった。会話をしながら食べることで、澄麗もつい早食いを抑えられると思って、話題を次々と投げかけた。とはいえ、彼の「今日の天気ってさ、結構いい感じじゃね?」というポンコツな話題に対して、澄麗は「そうでもないし…」と冷めた反応。あれ、これで消化が良くなるのか?

そして、高脂肪や辛い食事を避ける。澄麗は辛いものが大好きだが、妊婦には辛いものがきついらしい。だから心太朗は彼女の好物を一時的にお粥やあっさりしたものに変えようと決意。澄麗が「辛いの食べたい」と訴えてくるも、「ちょっと待って、今はお粥だ!我慢して!」と心太朗はしぶしぶ答える。

さらに、食後に軽い運動をすることが効果的らしいが、心太朗は「軽く散歩とかならいけるだろう」と思っていた。しかし、澄麗は散歩をしながら、どんどん遅くなっていく。「これ、歩いてるんだか寝てるんだか分かんねぇな…」と思いながら、心太朗は彼女のペースに合わせて、ただ歩くしかなかった。

最後に、寝る前の食事は控える。寝る前に食事を取ると消化不良が起きやすいと知った心太朗は、「今日も夜ご飯を2時間前に食べなきゃ!」と念入りに計算しつつ、澄麗に「さ、早く食べよう!」と促す。澄麗は「さっき食べたばっかりじゃない」と不満気な顔をしていたが、心太朗は「でも、今から寝るから!胃に優しいお粥だよ!」と強引に盛り付けた。

そんなこんなで、実際にこのルーチンを試した日。食後に澄麗の胃がガチガチに張っていたのが、今日はなんと!少し楽そうな顔をしていた。「お、効いてる!これ、効いてるんじゃね?」と心太朗はお腹を触りつつ、内心ガッツポーズ。お腹が柔らかい感触に、「よっしゃ!これで俺、救世主じゃん!」と自己満足。

「よかったな、今日は調子いいみたいだぞ。」と心太朗が言うと、澄麗は「うん…でもまだお粥はイヤ…」とぼやきながらも、ちょっとだけ笑った。心太朗は自分が役に立てたことを実感し、少し満足していた。いや、これ、実際は全部自己満足のようにも見える…でもま、役に立てたってことで読者には温かい気持ちで迎えていただきたい。


**無職40日目(10月10日)**

朝、心太朗は目が覚めると、自然とスマホを手に取った。毎朝のルーティンのようにX(旧Twitter)を開き、フォロワーとの軽いやり取りを楽しむ。彼の中で「これ、朝の儀式か?」と自分にツッコミを入れつつも、今日は調子が良かった。頭が冴えていて、言葉が次々に出てくる。軽い会話の中でも、時々深く考えさせられる瞬間があって、それが彼にとっては妙に楽しい。「俺、案外哲学者?」と一瞬思いながらも、すぐに「いや、ただの無職だろ」と自分にツッコミを入れるのが彼のスタイルだ。

その後、心太朗は「無職のススメ、元社畜の挑戦日記」を書き進めることにした。日常をそのまま文章にするだけだが、今日はなんだかスムーズに進む。「やっぱり、日常がネタになるって最高じゃね?」と思いつつも、「それ、ただの日記じゃん!」と内心で自分にツッコミ。後で見返した時、「俺、こんなこと考えてたんか…」と赤面しそうな予感がするが、今は勢いに任せて書き続けることが大事だ。

昼過ぎ、心太朗は少し外に出たくなり神社へ向かった。「お賽銭奮発したら、無職ライフが好転するんじゃね?」という淡い期待を抱きつつ、神社に向かう途中のひんやりした空気が心地よい。歩きながら、心太朗はふと「これで俺の人生もクールダウンだ…いや、そう簡単にはリセットされないか!」とツッコミを入れ、自然の中で少しずつ心が落ち着いていくのを感じていた。神社の静けさは、彼にとって日常から逃避する隠れ家のような存在だ。しかし、浄化されたところでお賽銭の効果がどこまであるのかは、全くの未知数だった。

神社を後にすると、心太朗は「運動したら運気も上がるんじゃね?」という謎理論を思いつき、チョコザップに向かうことに。体を動かすと疲れるはずなのに、なぜか爽快感が広がる。「無職だけど、なんか健康的?」と一瞬思った。とはいえ、自由に時間を使えるのは確かだが、収入がゼロなのもまた現実だ。

午後、心太朗は澄麗と一緒に銀行に向かった。任意継続の口座引落手続きをするためだが、無職の彼がこんな手続きをしている姿に「俺、社会に属してる風に見えるんじゃね?」と自分で笑ってしまう。銀行のドアが自動で開いた瞬間、「こんにちは、無職です!」と大声で言いたくなる衝動を必死に抑えながら、番号札を取る。昔なら、こういった手続きは面倒くさくてイライラしていたが、今ではすっかり達観している。…いや、悟りを開くのは早すぎるだろ、心太朗。

やっと順番が来て、窓口で手続きを済ませると、思いのほかスムーズに終了。「あれ?こんな簡単で良いのか?」と不安になるほどだったが、手続きは完了。澄麗と一緒に「これで安心だね」と話しつつも、心太朗の頭の中では「本当にこれで安心か…?」という疑問が渦巻いていた。

その後、郵便局で書類を発送。まるで社会の一員として何かに貢献しているかのような錯覚に陥るが、「ただの無職が何を大げさに…」とすぐに現実に引き戻される。小さなタスクを次々とこなすだけの一日だったが、心太朗は不思議と満足感を覚えていた。特別な出来事は何もないが、「今日は無事に生き延びたな」と静かな達成感に包まれる。いや、無職なのに充実感があるとか、これどうなんだ?
**無職41日目(10月11日)

心太朗は、澄麗の定期検診に向かうため、朝早くから車を走らせていた。澄麗の実家は隣の県にあるので、里帰り出産ってことだから仕方ないが、病院まで2時間のドライブ。前夜2時半まで起きていた心太朗にとって、6時半起きはもはや「修行」。たった4時間の睡眠で朝を迎えた彼は、「寝たら負け」とでも思ってるのか、自分でもよくわからないテンションでハンドルを握っていた。

これまでに2回もこの病院に来ているが、まだ道を覚えられない心太朗はそわそわと運転していた。ようやく大きな県立病院に到着した時には、すでに疲労感たっぷり。建物が広すぎて迷子になりそうなほどだが、受付を済ませ、澄麗は検尿と採血を受ける。心太朗は「大変だなぁ、澄麗」と心配しつつ、ただ待つだけの自分にちょっと申し訳なくなっていた。

次に澄麗は助産師さんとの面談があり、別の病棟へ移動。病院って、なぜこうも「歩かせたい意図」があるのか?無駄に広い病棟を移動しながら、心太朗は「こんなに歩かされたら、出産する前に俺が倒れる」と内心ぼやいていた。

面談の間、心太朗は待合室で待つことに。ここには窓際にカウンターテーブルがあり、外の景色を見ながら過ごせる。「お、これならちょっとカフェっぽくておしゃれじゃん」と気分が少し上がり、さっそくパソコンを開いた。X(旧Twitter)をチェックし、フォロワーの投稿に目を通していたが、そこには仕事を頑張っている人、家族と過ごしている人、休んでいる人など、いろんな日常が流れていた。

心太朗は以前「俺なんかが話しかけたら迷惑かな」と、いいねを押すのが精一杯だったが、最近は勇気を出してリプライするようになった。すると意外にも、これが結構楽しい。「案外俺って、コミュ力高いんじゃね?」と、自分を無理やり肯定しながら投稿にリプライを送り続ける。

時間があったので、前日の出来事を振り返って日記を書く。なんだかんだで日記を書くのは好きだが、毎日続けようと思っても一日遅れでしか書けない。「まあ、一日遅れでも続けてる自分を褒めよう」と、ささやかな自己肯定感を感じながらも、心太朗は少しずつ文章を綴った。

ちょうど日記を書き終えた頃、澄麗も面談を終えて戻ってきた。診察の時間までに少し余裕があったので、心太朗は日記に載せるイラストを描き始める。「なんだ、俺、クリエイティブなこともできるじゃん」と、なぜか一瞬自分に酔いながら、イラストを仕上げる。

その後、ようやくすべての診察が終わり、赤ちゃんが順調に育っていることが確認できた。体重は2150グラム。毎日読んでいるマタニティ本「はじめての妊娠・出産安心マタニティブック」によると、この時期の赤ちゃんはだいたい2100グラムくらいらしい。「おお、しっかり育ってるな!…俺、育てたわけじゃないけど」と、謎の達成感に包まれた。


ちなみにこの「はじめての妊娠・出産安心マタニティブック」。タイトルからして、初心者向けの安心感を押し出しているが、実際に中を読んでみると意外と詳しくて、「お腹の赤ちゃんの成長が毎日わかる!」という売り文句通り、ママと赤ちゃんの変化が日ごとに細かく解説されていた。
心太朗と澄麗は毎晩そのページをめくりながら、赤ちゃんの成長を確認するのが日課になっている。その本には出産までの日数もきっちり記されていて、残りはあと40日。数字を目にするたびに、心太朗も「おお、いよいよか…」と、じわじわと実感が湧いてくる。産後のアドバイスや必要な栄養の情報、さらには世界各国の子育て文化までも網羅されている。まるでマタニティ版の百科事典のようなボリュームだ。「これ一冊あれば、どこの国でも子育てできそうだな」とこの本を読み込んでいた。

すべてが終わり、清算をしようとすると、急に名前を呼ばれ、血液検査の件で確認があると言われる。「え?血液に何か問題でも?」と澄麗は心配そうな表情を浮かべたが、心太朗は「大丈夫だって!」と励ました(自分を)。再び呼ばれて確認すると、どうやら金額の計算ミスだったらしい。「そっちかーい!」と内心突っ込んだが、まあ何事もなくてよかった。

今回、保険証が間に合わなかったため、17,000円も支払うことに。「うわ、17,000円は痛すぎる!でも後で返ってくるなら…まあいいか。いや、やっぱり痛い…」と、気持ちの整理がつかないまま、財布の中身が減っていく。

診察が終わり、澄麗が「マクドナルド行きたい」と言い出す。心太朗は「妊婦だから、もうちょっとヘルシーなものがいいんじゃないの?」と心配しつつも、澄麗の「食べたい!」という強い要望に逆らえず、結局マクドナルドへ。「妊婦の食欲には逆らえないんだな…」と、自分を納得させながら、心太朗はその日の出来事を思い出し、笑うしかなかった。

**無職42日目(10月12日)

心太朗が住む街には、毎年秋に松岡神社で大きな祭りがやってくる。神輿が2日間もかけてこの辺りの街から集まってきて、地域住民総出で大盛り上がり。しかも学校まで休みになるぐらいだ。まるで「祭りは義務です」と言わんばかりの本気っぷり。

しかし、心太朗にはその祭り魂が1ミリも響かない。人混みが苦手だし、楽しんでいる人たちを見ると、まるで自分が場違いなエキストラのように感じてしまうのだ。いつもなら「無理無理」と逃げるところだが、今年は違った。なぜなら、妻の澄麗が行きたがっているのだ。「神輿見たい!お祭りの雰囲気が最高!」と目をキラキラさせて言うもんだから、心太朗も渋々承諾。だが澄麗は妊婦。人混みは危険だから、滞在時間は「小一時間だけ」という条件付きで参加することに。

澄麗が神輿やお祭りの雰囲気に興味津々なのに対し、心太朗の関心事はもっぱら「屋台の飯」だ。だが、ポテトとかフランクフルトなんて今さら感がすごい。「もっと珍しいもんないの?」という気持ちで歩いていると、意外にも屋台が進化していた。祭りなんて久しぶりだから、昔の定番がどうなったかなんて知らないが、チーズハットグなんてものが売っていた。「え、デカッ!」と思いつつも一口かじる。ほかにもタン塩や「はしまき」なんていう、聞いたこともないものまで並んでいる。「え、これ今の祭りの標準装備なの?」とカルチャーショックを受ける心太朗。まさかお祭りに来てグルメ探訪気分になるとは。

そんな感じで食べ歩きをしていると、澄麗が「神輿見たい!」と再び盛り上がる。「あぁ、来たよ、神輿ターン」と内心ため息をつく心太朗だが、付き合わざるを得ない。でも、境内に向かう道はすごい人混み。「妊婦を人混みに連れて行くわけにはいかん!」と、無理やり澄麗を引っ張って脇道に避難させた。坂道で立つのが大変だったが、あの密集よりははるかにマシだ。「これで安全確保だな」と思いつつ、遠くから神輿を見る。澄麗はスマホを手に、興奮して動画を撮っているが、心太朗は内心「いや、こんなの興奮する?」と思いながらつき合う。

ちなみに、心太朗が住んでいる家は元々祖父母の家だった。幼い頃は祖父に手を引かれて、この同じ祭りに何度も連れて行ってもらった。あの頃はお祭りが大好きで、夜遊びできるってだけで大興奮。「ポテト買って!」「フランクフルトも!」とワガママ放題だったが、祖父は何でも買ってくれた。今思えば「あれは財布の限界を超えていたのでは?」と不安になるぐらい。でも、その時は全く気にせず、毎年お祭りを楽しんでいた。

しかし、大人になるにつれて気づいた。ポテトやフランクフルトなんて、いつだって買えるじゃないかと。そして、祭りに行く度に人混みが鬱陶しくなり、楽しんでる人を見ると「え?なんでそんな楽しそうなの?」と、心が置いてけぼりを食らうようになった。昔の写真を見返すと、法被を着て母に担がれ、神輿に嬉しそうに乗っている自分の姿がある。…いや、今では神輿なんて乗りたいどころか、一目見ただけでお腹いっぱい。

帰り道、澄麗が「ベビーカステラ食べたい」と言い出す。「おいおい、最後は定番かよ!」とツッコミたくなりつつも、買って一緒に食べた。

そして、ふと心太朗は思う。もし自分に子供ができたら、あの頃みたいに手を握って、3人で祭りに来ることがあるのかもしれない。もしかすると、その時に、失われた「祭りのワクワク」を我が子が再び教えてくれるんじゃないか、とちょっとだけ期待している自分がいた。「ま、今は一ミリも興味はないけど、、」と苦笑いしながら。






**無職43日目(10月13日)

眠れない夜が続いていた。心太朗は、昨夜のお祭りの騒がしさが身体に残っているのかもしれないと思ったが、実際はそれ以前から調子が崩れていた。無職生活に入って以来、睡眠のリズムが乱れ、夜に眠れない日々が続いていた。まあ、無職って言っても「自由な時間」なんて素敵な響きはどこへやら。実際は、夜が遅くなると朝がつらくなり、朝が遅れれば、その一日は「負けた」気分で始まる。まるで、毎朝「今日も負け」と宣言しているようなものだ。

「今日もダメだったな…」心太朗は独り言を呟く。やるべきことが一つもできていない。Xも日記も書けず、チョコザップでの運動も、神社へのお参りも、全てが後回しになってしまった。まあ、神様も「この人はもういらない」と思っているかもしれない。何も成し遂げられない日が続くと、心も次第に重く沈んでいく。

最近、自分の体調の波を感じ取ることができるようになった。2、3日調子が良い日が続いたかと思うと、その後は2、3日間不調が訪れる。この周期が繰り返される。

「もう少し不調の期間を減らしたいな」と心太朗は思う。そこで、対策を考えることにした。

「まずは、朝6時に起きることだ」と彼は決意した。朝が遅れれば、その日は全てがうまくいかない。しかし、睡眠不足で起きたら、何もできなくなる。「今日こそは!」と意気込んでも、ベッドの誘惑には勝てない。体はまるで重たい鉛のようだった。

そこで、心太朗は「いつ寝てもいい」というルールを作ることにした。こまめに仮眠を取りながら、合計で8時間の睡眠を確保する作戦だ。これなら、夜に無理に眠ろうとするプレッシャーから解放される。

これまで心太朗は、22時から6時まで眠る予定で生活していた。しかし、実際には22時に眠れることはほとんどなく、逆に「早く寝なきゃ!」という焦りが夜遅くまで眠れなくさせていた。最悪の場合、朝まで一睡もできないこともあった。「寝られない無職」という新しい職業が生まれつつあった。

「もう、決まった時間に寝るのはやめよう。仮眠を中心にしよう」

心太朗はそう決心し、次の4つのルールを自分に課すことにした

1. 必ず朝6時に起き、9時までは起き続ける。
2. 仮眠は一度に1時間までとする。
3. 仮眠から目が覚めたら、必ず作業に戻る。
4. 睡眠の合計は1日8時間までに抑える。

1. 朝6時に起きて9時までは起き続ける

心太朗は、毎朝6時に必ず起きることにした。これが大切なスタートだ。朝に早く起きることで、一日を有意義に過ごせるようにしたいからだ。ただし、眠いときに無理に起きるのは辛いので、起きたらカーテンを開けて日光を浴びることにした。これで体が目覚めやすくなる。

2. 仮眠は1時間まで

心太朗は仮眠を取ることにしたが、一度に寝るのは1時間までに制限する。長く寝すぎると、逆にだるくなってしまうからだ。1時間の仮眠は、リフレッシュの時間であり、起きたら気分をスッキリさせて作業に戻ることができる。

3. 仮眠から目が覚めたら作業に戻る

仮眠から目が覚めたら、必ず何か作業をすることにした。これにより、仮眠を取ることが無駄な時間にならないようにする。日記を書いたり、SNSに投稿したりして、次の行動にすぐに移るように心がける。

4. 睡眠の合計は1日8時間まで

心太朗は、仮眠の合計時間を1日8時間に抑えることにした。これによって、寝すぎるのを防ぎつつ、しっかり睡眠を確保できるようにした。昼間の仮眠を記録して、夜の睡眠時間も管理することで、バランスの取れた生活を目指している。

この新しいルールで、心太朗は眠れない夜から解放され、少しずつ自分のリズムを取り戻せるかもしれない。しかし、ルールを守れなかったらどうする?そこから生まれるのは無職の無限ループだ。

この作戦を澄麗に言うと、「大丈夫、完璧じゃなくても少しずつ進んでいけばいいんじゃない?私も応援してるから、もし何か手伝えることがあったら言ってね。」澄麗は優しい目で見つめながら言った。
彼女の優しさが心太朗をわずかに勇気づけた。

果たしてこの作戦が成功するかは神のみぞ知る。彼は、少なくともプランを立てたことでほんの少し心が軽くなった気がした。「これで、明日こそは勝ちたい!」と願う心太朗であった。






**無職44日目(10月14日)**

心太朗の睡眠改善大作戦は初日から大成功を収めた。少なくとも彼自身はそう思っている。何が成功かと言えば、まず夜の睡眠がとにかくうまくいかないということが彼の悩みの一つだった。ベッドに入ると、決まって目が冴えてしまう。逆に、ソファに横になると「ああ、このまま動きたくない」と思ってしまうのだ。なぜこんな違いが出るのかは彼にも謎だが、今回はその特性を活かして、ソファで寝ることに決めた。

これが驚くほど効果的だった。澄麗が「おやすみ」と言ってベッドに向かうのを横目に、心太朗はソファに体を横たえ、軽くラジオを流していた。気づけば朝、そして彼は7時間も寝ていたのだ。彼は思わず「自分、天才か?」と自画自賛した。朝起きたのは7時半で、予定より1時間半ほど遅れたが、それでも彼の中では許容範囲内。ギリギリ取り返せるという感覚だ。

朝のルーティンが始まる。まずはジャーナリングを行う。最近、彼はチョコザップに通っていることもあり、朝一番にプロテインを摂取することが習慣になっていた。牛乳で溶かしたココア味のプロテインが、朝の味という感じで心地よい。これを飲むと腹が軽く膨れ、朝食を取らなくても満足できるのだ。その後、ジャーナリングが終わるとすぐに日記を書き始める。今の心太朗にとって、これがメインのタスクだ。

その日、心太朗は澄麗と一緒に父親の誕生日プレゼントを買いに出かけることにした。彼の父は今年69歳になる。若い頃、父は肺気腫を患い、タバコをやめていた。元々、彼の父は肺が弱かったらしく、コロナウイルスが流行し始めた時期に、父は肺炎で死にかけたことがあった。時期が時期だけに、周囲にはコロナの影響だと誤解されることもあったが、実際はただの風邪をこじらせての肺炎だった。

その時、彼の父は人工呼吸器をつけなければ呼吸できないほどの状態に陥り、集中治療室に入るほどの危機的状況にあった。医者からは「生きるか死ぬかは彼の生命力次第」と言われるほどだったが、奇跡的に父の生命力が勝り、なんとか助かったのだ。心太朗にとって、その出来事は父との関係を変えるきっかけになったかもしれない。

それまで、心太朗の父は、音楽活動をしていた彼に対して厳しい言葉を投げかけていた。「夢ばかり見るな」と言われ、心太朗も内心「俺の歌なんて一度も聴いたことがないくせに」と反発していた。しかし、肺炎で父が危機的状況に陥った際、あちこちの病院を駆けずり回った。その姿を母から聞いていたのか、それ以来、父は心太朗に対して以前のような厳しい言葉をかけることがなくなった。もしかすると、父にとって心太朗は命の恩人だったのかもしれない。

その父への誕生日プレゼントを選びに行く中で、心太朗は迷わず酒を選んだ。父はタバコをやめたが、今でも大の酒好きだった。彼が喜ぶプレゼントと言えば、酒で間違いないと心太朗は考えていた。彼は「かのか」という安い酒を2リットルのペットボトルで2本買うことにした。父が求めているのは量であって、質ではないことを知っていたからだ。しかし、澄麗は気を使い、少し上等なワインを選んでいた。

心太朗は、父に長生きして欲しいと願う一方で、父には好きなことをして生きて欲しいという考えも持っていた。祖父も酒やタバコを楽しみながら82歳まで生き、最後は老衰で亡くなった。心太朗は、祖父のように好きなことをして生きる方が後悔がないのではないかと考えていた。逆に、祖母は酒やタバコを取り上げられ、最終的には歩けなくなり、辛い晩年を送っていたように見えた。

心太朗は結局のところ、どんな選択が正しいかはわからないと思っていた。だからこそ、父が生きている間は、彼が好きな酒を飲ませてあげたいと考えていたし、自分自身も好きなことをして生きたいと思っていた。

父への誕生日プレゼントを選びながら、心太朗は「かのか」2リットル2本を手に取り、父のためにこれを買おうと決めた。澄麗は「ちょっといいワイン」を選んでいたが、それもまた良い選択だと心太朗は思っていた。どちらにせよ、父が喜んでくれることを楽しみにしていた。

心太朗は、長生きも大事だが、それ以上に父には幸せに生きて欲しいと思っていた。それは父に限らず、心太朗自身を含め、彼が関わるすべての人に対して抱く思いだった。

**無職45日目(10月15日)**

心太朗は朝から妙に胸がざわついていた。今日のミッションは年金の切り替え手続き。退職してしばらく経つが、手続きはまだ残っている。これを終わらせない限り、完全に「無職ライフ」には突入できないというわけだ。だが、市役所は苦手だ。なんというか、無機質な空間、無表情な職員、そして「あなた何しに来たの?」と言いたげな空気。どうも責められている気分になる。もちろん、職員が責めているわけじゃない。でも、自分がそう思っちゃうから仕方ない。

「市役所…うん、好きじゃない。」心太朗はそんなことを考えながら、ゆっくり靴を履く。

玄関で見送ってくれる澄麗が心太朗に優しい笑顔を向けた。「無事に終わったら、どこかでご飯食べようね。今日は疲れないようにね。」その笑顔に、心太朗は少しだけ気が楽になった。まあ、どうにかなるだろう。いや、どうにかならなきゃ困るんだが。

自転車にまたがり市役所へ向かう。風が少し冷たく、季節が変わってきたのを感じる。道中、心太朗は退職した現実に直面する。「いや、退職って言い方だとカッコいいけど、要するに無職だよな…」自己ツッコミが止まらない。今の彼は無職。仕事がない、収入がない、そして今日の手続きが終わらない限り、将来の年金すら危うい。これが現実だ。

市役所に到着。自動ドアが開く音に、心太朗は一瞬足を止めた。「ここに入るのか…ここは戦場だ…」と心の中で覚悟を決める。が、実際のところ、戦う相手もいないし、ただの手続きだ。溜息をつきつつ、彼はドアをくぐった。

年金課は意外と人が少なくて、心太朗はすぐに番号札を取り、順番を待った。番号が呼ばれ、席に座ると、60歳くらいの男性職員が対応してくれることになった。優しそうな顔立ちで、一見頼りになりそうだったが、心太朗は油断しない。「どんな罠が仕掛けられてるか分からんからな…手続きの沼ってのは甘く見ちゃいけないんだ。」

「本日はどのようなご用件でしょうか?」職員が静かに尋ねる。

「えーっと、退職しまして、それで、年金の…切り替えですかね?」心太朗は自分でも曖昧な言い回しをしてしまった。何度も言うが「無職です」と言うのが本当に嫌なのだ。でも、職員は動じることなく淡々と対応する。「いや、むしろ動じてほしいよ!少しくらい「お疲れさまでした」とか「大変でしたね」とか言ってくれないかな?」。心太朗は心の中で訴える。

「では、身分証明書だけを見せていただけますか?」と職員。

「え?あれ、身分証だけでいいんですか?」心太朗は驚いた。彼は念入りに調べ、退職証明書やら年金手帳やらマイナンバーカードや印鑑まで持ってきていた。「そりゃあ、全部必要だろう」と思ってたのに、まさかの免許証ひとつで済むとは。あれこれ準備した自分の努力は一体…?

「はい、身分証だけで手続きできます。」職員は笑顔で答える。

「減額や免除とかはされますか?」と職員に問われたが、心太朗は少しでも社会貢献をしておきたかったので、しばらくは貯金で過ごせるので減額や免除はしなかった。

心太朗は何とも言えない表情で免許証を渡した。手続きは15分足らずで終了。あれ?こんなに簡単なの?準備にかけた時間のほうが長いんじゃないか?「これはどっかに隠しルールがあるに違いない…絶対、後で追加書類が必要になるパターンだ…」心太朗は疑心暗鬼に陥りつつも、一応手続きは完了した。

市役所を出た瞬間、大きな溜息が出た。「なんだよ、こんな簡単なのか…でもまあ、これで終わったならよしとするか。」振り返ってみれば、もっと簡単に済ませられたことを大げさに考えすぎた自分が少し恥ずかしい。

外で待っていた澄麗が、少し心配そうな顔をして心太朗に近づいた。「どうだった?」

「え、あっけなく終わったよ。準備した書類とかほぼ無駄だったし、身分証だけで済んだ。俺の準備時間返してほしいくらいだよ。」と心太朗は少し照れ笑いをしながら答えた。

「よかったじゃん。これから赤ちゃんが産まれたら、もっといろんな手続きが増えるよ。心太朗が市役所担当ね!」澄麗は冗談半分で言ったが、その言葉には現実が含まれている。

「マジかよ…市役所のベテランにならなきゃいけないのか…」心太朗はうなだれる。これから先、どんどん増える手続きの数々が彼の脳内にフラッシュバックする。「やっぱり役所は苦手だ…」と心の中でつぶやいた。

「とりあえず今日は頑張ったから、うどん食べに行こう。近くにおいしいうどん屋さんがあるんだって!」澄麗は心太朗の手を取り、笑顔で彼を引っ張った。

うどん屋へ向かう道すがら、心太朗は「これからもっと大変になるのか…」と考えつつも、今日はとりあえず一つのミッションをクリアしたことで少しだけ達成感を感じていた。役所は苦手だし、手続きは面倒だけど、なんだかんだで乗り越えた自分に少しだけ誇りを感じていた。心太朗は澄麗に聞かれないように、こっそり微笑んだ。