無職のススメ、元社畜の挑戦日記


**無職32日目(10月2日)**

朝6時、心太朗はまだ眠りについていなかった。夜明けの光が天井をぼんやり照らし始める頃、彼はベッドの中で天井を見つめていた。まるで自分の未来がそこに書いてあるかのように……しかしもちろん、未来どころか天井にはシミひとつない。瞼がようやく重くなり、眠りに落ちたのはその直後だった。次に目が覚めたのは昼の12時。彼は「しっかり寝たな」と思いたかったが、実際には体がコンクリートブロックのように重く、背中には鉛の板でも入っているかのような鈍い痛み。そして、何よりも心の中に、冷たい海から押し寄せてくるような不安が広がっていた。

「またか……」

彼は小さく呟きながら、ベッドの中で動かずにいた。6時間眠ったはずなのに、心太朗の体はまるで一晩中充電ケーブルを忘れられたスマホのようだ。しかも充電器、接触不良気味だ。「どうしてこうも役に立たないんだろう……自分も、この体も」と、彼はぼんやりと天井を見上げ、自己嫌悪という名の重りがじわじわと心に沈んでいくのを感じる。

そのとき、台所から聞こえてくる物音が彼の意識を引き戻した。「あ、妻が動いてる。人間ってちゃんと起きて動けるんだな」と思いつつ、何とか自分も動こうと試みるが、気力はお留守。妻の澄麗が、心太朗が目を覚ましたことに気づいたのか、寝室に入ってきた。彼女はいつものように穏やかな微笑みを浮かべている。

「少しは眠れた?」

彼女の声は優しい。しかし、心太朗が口にしたのはただ一言。

「まあ、なんとか……」

「なんとか」って何だ。何とか「生きてる」って意味か?彼は自分の言葉にツッコミを入れつつも、澄麗の優しさにほんの少しだけ心が温かくなるのを感じた。彼女がいなければ、心太朗はとうの昔に自分の暗闇の中で迷子になり、「現在地不明」で検索すらできない状態に陥っていただろう。

心太朗は、仕事を辞めてからというもの、無駄に過ごす日々をどうにかしようと、新しい生活リズムを作ろうと必死だった。彼のノートには、まるで誰かがコンサル料を取って作成したかのような完璧なスケジュールが書かれている。

 •6:00〜9:00:起床、歯磨き、トイレ掃除、ストレッチ、筋トレ、朝食、身支度、SNSチェック
 •9:00〜12:00:昼寝、自由時間(自由時間て、昼寝じゃないのか?)
 •12:00〜15:00:神社参拝、昼食、用事
 •15:00〜18:00:日記・小説執筆(執筆!?最近ペン握ったっけ?)
 •18:00〜21:00:買い出し、夕食、お風呂
•21:00〜24:00 : 読書
 •24:00:就寝

計画は完璧に見えた。少なくともノート上では。「これなら大丈夫だ!」と、彼は何度も自分に言い聞かせた。しかし、現実はノートに書かれた文字ほど優しくはない。彼の敵は不眠症と、謎の体調不良。時折襲ってくる「起き上がれない日」のせいで、スケジュールは毎日のように崩壊。「計画通りに進まないことに失望する」という新たな項目が勝手に追加される始末だ。

「また、うまくいかなかった……」

彼はため息をつきながら、ノートをパタンと閉じた。閉じる音すら「ガッカリ感」を象徴しているようだ。計画通りに物事が進まないたびに、心太朗は自分がどんどん遠ざかっていく感覚に襲われる。どこに向かってるのかは分からないけど、とにかく遠ざかっている。

しかし、その日、彼はふと思った。

「スケジュールなんてやめたほうがいいんじゃないか?」

その瞬間、心はふっと軽くなった。「なんで今までこんな計画に縛られてたんだ?」と、急に過去の自分が他人事に思える。そもそも、スケジュールを守る自分って誰だ?どのタイムラインの自分だ?少しずつでもいいから、気の向くままに過ごしてみればいい。無理に何かを達成しようとするのではなく、少しずつ自分を取り戻す。そのほうが実現可能な「計画」なんじゃないか。

その日は特に何の予定もなかった。というか、予定なんて最初からあってないようなものだ。心太朗は、澄麗と一緒にゆっくりと時間を過ごした。気の向くままに本を読み、少し散歩をし、夕食を作る彼女を手伝った。まあ、手伝いと言っても「何か取って」と言われて食器を取ったくらいだが、自分としては大きな進歩だ。そして気づく。「あ、これでいいんだ」と。

心と体の不安定さは相変わらずだが、その中に、ほんの少しだけ余裕が生まれた気がした。心太朗は、少しずつではあるが、自分を許すことを学び始めていた。

「明日の予定? 知らん。それが予定だ!」

**無職33日目(10月3日)**

心太朗は9時に目が覚めた。夜更かしして寝たのは3時頃だったから、睡眠時間は6時間ほど。どう考えても不健康な生活リズムだが、目が覚めると不思議と気分は少しマシだった。「…まあ、気分が良いってことにしておこう」と、自分を無理やり納得させながら布団に横たわる。

最近は「早起きは三文の得とかもういいから、まずは寝かせてくれ」という境地に達し、無理に早起きをやめた結果、心の負担が軽くなった気がする。なんというか、やっと人間らしい生活になったのかもしれない。もっとも、世間的には人間扱いされてるかどうかは怪しいが。

心太朗は、布団の中でごろごろしながらスマートフォンを手に取り、X(旧Twitter)を開く。退職してから「何かしなきゃ…!」という焦りと、「…でも何もしなくても、どうせ誰も気づかないよな」という悟りの間で揺れながら、無職生活の記録をつけ始めた彼。どうせ暇なんだから、と軽い気持ちでSNSを使うようになった。最初はただの愚痴を書き連ねていたが、徐々に日記型短編小説まで投稿するように。動画や画像も試してみたものの、まさかの3日坊主で終了。「いや、継続は力なりって言うけど、力つく前に飽きるから無理だし」と開き直った。

それでも、小さな努力が次第に形を成し、心太朗は同じような境遇の仲間や、精神的に疲れた人たちとのつながりを持ち始めた。「顔も名前も知らないけど、優しい人たちばかりだなあ…」と心の中で密かに思う。SNS上でのつながりに一種の安堵を感じながら、フォロワーたちの投稿を読み進める。皆、失業や休職、うつ病などを抱えながらも、どうにか前へ進もうと奮闘している。彼らの姿勢には素直に励まされる心太朗。

彼自身も、何かに挑戦して失敗し、それでも「どうせやることないし」と言い訳しつつ続けてきた。これって意外と生きてる証なのかも、と彼はうっすらと感じていた。「自分も一人じゃないんだな…他にも同じような人がいるってだけで、なんか安心するな」と、ちょっとほっとする瞬間だ。

しかし、そんな心太朗にも気になることがあった。フォロワーの中には、どうやら、ネガティブな内容を書くのをためらう人が多いらしい。「いや、ネガティブなんて標準装備だろ?」「無職の俺たちがそんなに明るいわけないだろ!」と思うが、どうやら彼らは他人を不快にしたくないらしい。心太朗も同じだった。自分の憂鬱な気持ちを書いて、誰かに「また暗い話かよ」って思われるんじゃないかとビクビクしてしまう。

でも、心太朗が救われるのは、むしろそうしたネガティブな投稿にこそだった。皆が自分の心の中を正直に吐き出している姿に共感し、孤独感が薄れていく。そんな彼らが少しでも前に進もうと奮闘している姿に、心太朗もまた元気をもらう。「俺もいつかは進むんだ…いや、いつかっていうか、今日じゃないけど」と、自分に言い聞かせるように。

「これって、俺も少しずつ社会と繋がってるのか…?」と、心太朗はぼんやり思う。退職してから続いていた孤独な日々が、SNSを通じて少しずつ彩られ始めたのだ。彼はそのつながりを大事に思い始めていた。

その様子を、妻の澄麗は静かに見守っていた。心太朗が少しずつ元気を取り戻していく様子に、「まあ、このペースなら50年くらいで完全復活するかもね」と冗談を言いつつ、彼女はそれでも彼の復活を信じていたのだった。

**無職34日目(10月4日)**


心太朗は毎朝、神社に向かう。彼の住む街の中心から少し外れたところにあるその神社は、急な坂道を上らなければならない。心の静けさを求め、毎日のルーティンとして一人での時間を楽しんでいた。しばらく不調で行けてなかったが、今日は少し回復して来たのでいこうと思っていた。しかし、今日は澄麗が「私も行きたい」と言い出した。

「どうしたの?今日は特別な気分?」心太朗は驚きつつ尋ねる。坂道が澄麗にとってどれほど厳しいか、彼はよく知っていた。

「お宮参りのことを聞きたいの。子供が生まれたとき、どうするのか気になって。」澄麗は目を輝かせて答える。

お宮参りとは、 赤ちゃんが生まれて初めて神社にお参りする儀式のことを指す。通常、男の子は生後31日目、女の子は生後33日目に行われることが多いが、厳密な決まりはない。お宮参りは、赤ちゃんの健康や幸せを祈り、無事に成長することを願うための行事で、両親や祖父母が赤ちゃんを連れて神社を訪れ、神様に感謝を捧げる大切な瞬間だ。

「それに、生まれたときに、どんなことをするのかも気になるし…」澄麗の言葉には、赤ちゃんが生まれた後の未来への期待が混ざっている。

「でも、坂道はきついんじゃない?」心太朗は内心ドキドキしながら言う。「妊婦のお腹を抱えて上る坂道なんて、まるで修行僧の行脚だよ。」

「大丈夫!行きたいの。少しでもお参りしておきたいから。」澄麗は頑固だった。彼女の決意を尊重しつつも、心太朗は坂道を上る彼女の姿を思い浮かべ、気がかりで仕方がなかった。

その前に、毎月一度の恒例行事がある。二人はカフェで家計簿をつけることにしている。コメダ珈琲に足を運び、澄麗はレシートを手に取り、心太朗はノートパソコンを開いた。心太朗は季節限定の月見ハンバーガーとコーヒー、澄麗はレギュラーメニューのパンとカフェインレスのミルクコーヒーを注文した。

「さあ、家計簿を始めよう。」心太朗が言うと、澄麗はレシートを広げて、やや不安そうに言った。「これ、また使い過ぎたかな…?」

「いや、でも子供のためだし、必要なものは買ってるよね?」心太朗は心の中で焦りを感じながら、どこか開き直ったように答える。

計算を始めると、思ったよりも支出が多いことに気づいた。無職になったからあまり使っていないと思っていたが、実際は違った。産まれてくる子供のために、服やチャイルドシート、おむつなどを購入したから、それは納得できる出費だった。しかし、無駄遣いも多い。外食やコンビニでの贅沢が目立ち、心太朗は思わずため息をついた。

「これじゃ、しばらく働かないのは厳しいかもな…。」心太朗は心の中でつぶやく。

「使い過ぎじゃないの?」心太朗が不安そうに言った。

「いや、あくまで育児に必要な投資ってことで!」澄麗はポジティブに振る舞った。

「そういう名目で使ったお金が、レストランのラーメンに化けるなんて、どういう理屈だよ?」心太朗は笑いながら言った。

「まさに、無職ハイで食欲が暴走してたんだな…。」心太朗は自分の無駄遣いを反省した。

家計簿をつけ終わると、二人は神社に向かうことにした。坂道を上りながら、心太朗は澄麗のペースを気遣い、ゆっくりと歩いた。心の中では、もしも澄麗がこの坂道で転んだらどうしようかと、心配でいっぱいだった。

神社に到着すると、ちょうどお宮参りをしている家族がいた。澄麗は目を輝かせ、心太朗に言った。「あの家族、すごく楽しそう!」

「確かに、子供の誕生を祝うなんて、最高のイベントだよね。俺たちもああなれるのかな?」心太朗は澄麗の目を見つめて微笑んだ。

「受付で聞いてみよう。」心太朗が言い、二人は神社の受付に向かった。彼は緊張しながらも、澄麗の手をしっかりと握りしめていた。

受付には穏やかな笑顔の神社の巫女さんが立っていた。「いらっしゃいませ。どういったことでお尋ねでしょうか?」

「はい、実は…」心太朗が口を開くと、澄麗が先に言葉を続けた。「私たち、子供が生まれたらお宮参りをしたいと思っていて、予約が必要かどうかを確認したくて。」

巫女さんは微笑みながら頷き、「お宮参りは予約なしでも大丈夫ですよ。お好きな日を選んでお越しください。ただし、土日は混み合うことがありますので、平日の方がゆったりとお参りできます。」

「本当に予約なしでいいんですか?」心太朗は少し拍子抜けしながら尋ねる。「てっきり、神社の受付で面接でもあるかと思ってました。」

「そんなことはありませんよ。」巫女さんは笑いながら答えた。「お宮参りは赤ちゃんの健康を願う大切な行事ですので、皆さんが安心して来られるようにしています。」

「そうなんですね、安心しました。」心太朗は安堵し、澄麗もホッとした表情を見せた。

「ちなみに、何か特別な準備をしておくことはありますか?」澄麗が尋ねると、巫女さんは「特にありませんが、赤ちゃんの健やかな成長を願う気持ちが一番大切です。着物や衣装はお好きなもので構いません。お宮参りの際には、赤ちゃんの健康を守ってくれるお守りをお受け取りいただくこともできますので、ぜひどうぞ。」と説明してくれた。

「お守り、ぜひ欲しいですね。」澄麗は目を輝かせた。「赤ちゃんのために何かできることがあれば、すごく嬉しい。」

「もちろんです。神社には赤ちゃんを守るための特別なお守りもありますので、お参りの際にぜひお受け取りください。」巫女さんは温かい笑顔で言った。

心太朗は澄麗の横で、彼女がどれほどこの瞬間を大切に思っているかを感じ、心が温かくなった。「良かった、澄麗が行きたいって言ってくれて本当に良かったよ。」と、彼は心の中でつぶやいた。

その後、澄麗は妊娠中のお腹の写真を撮りたいと言い出した。公園に移動し、心太朗はスマホを取り出した。「さあ、準備はいい?」

澄麗は嬉しそうにお腹を手で撫でながら、ポーズを決める。「どう?最高のマタニティーショットになる?」

しかし、実際に見るとお腹はかなり出ているのに、写真にするとなぜか目立たない。心太朗は思わず苦笑いした。「これじゃ、何かのダイエット企画みたいだ。」

「もう、私のお腹はもう宇宙規模なのに、なんで写真にするとそうなるの?」澄麗は自虐的に笑った。

「スマホのカメラ、どうしてこうなった?スティーブ・ジョブズに文句言いたいくらいだ。」心太朗も思わず笑った。

「次は、角度を変えて撮る?これが正面のせいかもしれない!」澄麗は冗談交じりに提案した。

「いや、もしかして俺のセンスの問題かも…」心太朗は自虐的に答え、さらに何度もシャッターを切った。

二人は笑い合いながら、日常の中の小さな幸せを噛み締めた。三人で坂道を一緒に上る日も近い。澄麗のお腹がさらに大きくなるその日まで、心太朗は彼女と手を取り合って、共に歩んでいくのだろう。彼にとって、澄麗と子供との未来がどれほど楽しみで、どれほど大切なことなのか、改めて感じた瞬間だった。


**無職35日目(10月5日)**

”「おい、起きろ!」と、部屋に響き渡る男の声。トニーは、顔をしかめながら目を開けた。目の前にはニック、腕組みをして彼を見下ろしている。

「…なんだよ、もうちょっと寝かせてくれよ。夢の中で金持ちになれそうだったんだぞ」と、トニーは布団の中でもがきながら抗議する。

「夢なんかどうでもいい。会議だ。もう始めるぞ」とニックは冷たく言い放つ。

「会議って、今日はなんの会議だよ?」トニーはベッドからズリ落ちながら、やっとのことで立ち上がった。

「心太朗のことだよ。ほら、あいつ、無職だし、ずっと精神的に落ち込んでるだろ?何かさせようって話だ」とニックは、トニーの耳元でさらに声を張った。

「ああ、そっちか…」トニーは不満げにため息をつく。「でもなんで俺が…」

「お前も実行役だろ?さっさと来い」とニックはトニーの背中を押して、半ば強引に部屋を出た。ニックとトニーは任務の実行役なのだ。

サム、マット、ニック、そして、やる気ゼロのトニー。彼らは会議室に集まっていた。会議の議題はただ一つ――無職で落ち込んでいる心太朗に何かをさせること。

副リーダーであるマットはいつものように会議を仕切る。

「じゃあ、心太朗にどんな行動を取らせればいいか、皆で考えよう。何か前向きなことをさせれば、少しは元気が出るかも知れないからな!」

「前向きなことって…」トニーがぼんやりとつぶやく。「無職だし、どうせ暇なんだから、家でゴロゴロさせておけばいいんじゃね?」

「それだと今と変わらないだろ!」ニックがすかさずツッコミを入れる。「少しは頭使え、トニー。」

「まぁまぁ、落ち着け」と、冷静なマットが会議の進行役として場を仕切る。「彼にふさわしい行動を見つけるのが、今回の会議の目的だ。皆のアイデアを聞こう。」

リーダーのサムが手を挙げて、いつもの笑顔で提案した。「そうだ!チョコザップに行かせよう!運動して、汗を流せば気分も晴れるし、健康にもいいしさ!」

「チョコザップって、あのコンビニ感覚のジム?」トニーが眉をひそめる。「あいつ、そんなん行くか?しかも風呂にも全然入ってないし、どうせ行っても臭いままだろ?」

「そこだ!」ニックが不敵な笑みを浮かべた。「だから、チョコザップに行かせるだけじゃなく、ちゃんと風呂にも入らせるんだよ。二つの問題を一気に解決だ。」

マットは満足げに頷く。「それで決まりだな。ニック、トニー、お前たちに任せたぞ。」

「ラジャー!」とニックは力強く返事をしたが、その隣でトニーは明らかに気が進まなそうな表情だ。「マジで俺も行くのかよ…?」

サムはトニーの肩を叩いて、明るく声をかけた。「大丈夫さ、トニー。終わったらいくらでもyou tube観させてやるよ!」

「…それなら、まぁ考えてやってもいいか」と、トニーは不承不承つぶやきながら、ようやく立ち上がった。

任務遂行のために、トニーとニックは外へと出発する。

「お前、ダルいとか言ってないで、ちゃんとやれよ」とニックが釘を刺す。

「わかったよ…でもさ、俺に任せるってどうかしてるよな。あいつ、俺の言うことなんか聞くか?」

「心配するな。俺がいる。お前はただついてこい」と、ニックは冷静に答えた。

トニーは頭をかきながら、歩き出す。「なんかもう、今日一日が終わった感じがするわ…」

こうして、グズりながらも任務に向かうトニーと、それを無言で引き連れるニックの姿が消えていった。″



心太朗の頭の中には現在、4人の個性的なキャラクターが住んでいる。まるで心の中の委員会だが、彼の思考を整理するために最近学んだ「6色ハット思考法」を基にしている。この手法は、さまざまな視点から問題を考えるためのもので、異なる色のハットをかぶることでその思考スタイルを切り替えられるというものだ。

•白いハットは事実やデータに焦点を当てる。要は、何がわかっているのかを整理する役割だ。

•赤いハットは感情や直感を反映する。自分自身や他人の感情に注目し、主観的な意見を自由に表現する。

•黒いハットは批判的な視点を持ち、リスクや問題点を指摘する役割。

•黄色いハット。これは楽観的な側面を強調し、ポジティブな可能性を探る。

•緑のハットは創造性を刺激し、新しいアイデアや解決策を生み出す。

•青いハット。これはプロセス全体を管理し、次のステップを考える。


ただ心太朗は頭の中に「6人も住ませてられんわ!」と思い、試行錯誤の末、4人まで減らした。愛着が湧くようにそれぞれに名前もつけた。心太朗の頭の中の会議メンバーを紹介しよう。

まずリーダーのサム。彼は常に前向きな意見を出し、「もっと楽しくやろうよ!」と心太朗の背中を押す。「その楽しいの、全然やってないけどね」と、自虐が入る。

次はマット。彼は会議の進行役で、決まった任務を他のメンバーに指示する。冷静で客観的な視点を持っているが、心太朗は「その冷静さ、いつもどこに行ってるの?」とツッコミを入れたくなる。

ニックは実行役で、責任感が強くストイックだ。彼は「やるべきことをやるのは当然だ」と言いつつ、心太朗は「厳しいって!ニック厳しいって!」と訴えている。

そして最後に、最年少のトニー。彼は怠け者で、生意気な性格だ。ちょっとすけべで不安症でもあり、だが時に天才的な創造性を見せることもあるが、「その天才性、いつも出してくれないよね」と内心思う。

この4人のキャラクターたちが心太朗の思考を支えているが、トニーが一番面倒くさいキャラなのだ。「結局、みんなが頑張ってるのに、トニーだけサボってる。彼が俺の中を支配してる気がする」と自虐的に思うこともしばしば。トニーが実際の心太朗と一番仲の良い存在なのだ。

今日はニックのおかげでチョコザップに行き、風呂に入ることができた。心の中のトニーは「風呂は面倒だ」とグズっていたが、ニックが「行くぞ!」と引っ張ってくれたおかげで、無事に行動に移すことができた。「これもニックがいなかったら、ずっと風呂にも入らなかったな」と、反省の気持ちが胸に去来する。
任務を果たしたニックとトニーだが、ニックは早々と姿を消した。「俺の任務は終わりだ。寝るぞ。」と言って。トニーはご褒美にサムとマットからいくらでもyoutubeを見ていいと許可を得た。「今日はサボらずニックによくついていけたな。今日はいくらでもyoutube観たらいいぞ」とマットが言う。「トニー、ありがとうな。いい日になったぜ」とリーダーのさむがとにーにお礼を言う。なんだかんだトニーは彼らには可愛がられている。

こうして心太朗の頭の中は4人のキャラクターたちが繰り広げる小さな冒険の舞台となり、日々の生活を少しでも楽にしている。「やっぱり、俺の頭の中の会議は、いつもこうやって混乱してるんだな」と思いながらも、彼はその冒険を楽しんでいるのだ。これが心太朗の、「4色ハット思考法」を使った奮闘の物語なのである。

**無職36日目(10月6日)**


心太朗は、ようやく数日間の寝不足地獄から脱出した。毎晩、布団に入った途端に脳内で謎の会議が始まり、「次どうする?何が問題?」と詰め寄られ、何も決まらないまま朝が来る。その繰り返しだった。寝ようとするたびに脳が「今が作戦会議の時間だ!」と騒ぎ出すのだ。だが、その悪夢のような日々がついに終わり、心も体も「俺、生きてる!」と感じられるようになってきた。そろそろリハビリを再開しようと思った。

そんな彼がまず決めたのは、神社参り。これまで寝不足やら何やらで参拝に行けてなかったので、神様に「本当にすみません…」と謝らなければならない。心太朗は参道を歩きながら、心の中で「神様、久々に来れてよかったです。ほんとご無沙汰してました、今後はちゃんと来ますんで…」と頭を下げた。まるで職場の上司に言い訳してるみたいだが、神様には通じるはずだと信じるしかない。

参拝を終えて、心太朗の足取りは少し軽くなった。だが、腰と膝は相変わらず。「神様、ここも治してくんねぇかな…」と祈るも、体は正直だ。13時間立ちっぱなしの仕事をやっていたせいで、腰は「も、もう無理っす…」とずっと叫んでいるし、膝も「限界超えてますよ?」と悲鳴を上げている。それでも動かないといけないのが大人の辛いところだ。

家に戻ると、心太朗はお決まりのトイレ掃除に取りかかる。これが彼の数少ない家事担当だ。「他の家事もやらなきゃな」とは思うものの、妻の澄麗がほぼ全てを引き受けてしまうため、結果として彼の役割はトイレ掃除とゴミ捨てだけに落ち着いている。「いや、トイレ掃除も立派な仕事だろ?」と自分に言い聞かせながら、今日もトイレをピカピカに磨き上げた。

掃除が終わると、次の目的地はチョコザップ。これは心太朗にとって「行かなきゃ!」と思っていながら、ずっとサボっていた場所だ。チョコザップは、月額3,000円程度で、24時間いつでも使えるコンビニ感覚のジムだ。簡単なマシンが並んでいて、予約不要で好きな時間に行けるので、初心者でも気軽に通えるのがウリだ。だが心太朗は、忙しさを言い訳にして「まぁ、また明日からでいいや…」を繰り返し、気づけば数ヶ月休会していた。しかし、10月になり「そろそろマジで体動かさないと…」と危機感がじわりと湧いてきた。運動不足が原因でさらに腰と膝が壊れたら、もう立ち直れない。

ジムに着いた心太朗は、まずチェストプレスから始める。15回を3セット。「これ、何キロだっけ?あれ、重くない?」と思いながら、肩と胸にじんわりと効かせる。無理をせず、ペースも控えめに。「俺、無理しない!今日はとにかく無理しない!」と心に誓いつつも、内心「俺、これでいいのか…?」と疑問が浮かぶ。次はラットプルダウン。背中に効かせるこのマシンは、腰を気遣いながら慎重に取り組む必要がある。「もう腰、いじめないでください」って声が聞こえそうだが、心太朗はそれを無視して淡々とこなす。最後はレッグプレス。膝が本気で「おい、そろそろやめとけよ?」と訴えてくるが、軽めの重さで15回3セット。「膝くん、まだ大丈夫だよな?」と自問自答しながら、なんとか乗り切る。

トレーニングは大体20分で終了。「やっぱこれぐらいが俺にとってちょうどいいんだよ」と自分に言い聞かせる。無理をしすぎると、次の日の朝、腰と膝が「おい、やりすぎたろ?」と激しい反抗を見せるので、バランスが重要だ。神社参拝からチョコザップ、そして家に戻るまでの全行程で約1時間。このくらいのペースが、今の心太朗にとってちょうどいい。

家に戻ると、澄麗が笑顔で「どうだった?」と聞いてくる。心太朗は「まぁ、ぼちぼちだよ」と返すが、本音は「腰と膝、死にかけてます…」。でも、そこで弱音を吐いたら「俺、何のために行ったんだ?」と自己嫌悪に陥るので、強がるしかない。結局、澄麗との会話が彼にとって一番のリハビリになっていることに、少しずつ気づいている自分がいる。

こうして少しずつリズムを取り戻す日々。心太朗にとって、このゆるやかな毎日は、腰と膝、そして心の痛みと向き合うための大事なリハビリだ。焦らず、無理せず、少しずつ前に進む。それが今の心太朗の「生き方」になっている。

**無職37日目(10月7日)**

無職無職と言っていたが、実は10月6日までは有休消化だった。それはまるで楽園だったが、いよいよ正式に無職という現実に直面することとなった。仕事を辞めたら自由になるかと思いきや、待っていたのは「手続き」という終わりなき迷路。特に憂鬱なのは、健康保険の切り替えだ。勝手に誰かがやってくれたらどれほど楽か…。

「無職になったら、自動的に国民健康保険に切り替わるんだろ?」と漠然とした期待を抱いていた彼だったが、甘かった。何事も自分でやらなければ進まない。それどころか、選択肢まであるという。国民健康保険か、任意継続か…。保険に悩む人生、予想外だ。

まずは国民健康保険を検討する。

・対象は、自営業者やフリーランス、退職者など。心太朗もこれからフリーランスを目指すかもしれないから、この選択肢は無視できない。
・保険料は収入によって変動し、扶養家族がいれば、その分保険料も増える。「扶養増えたら安くなるとか…ないよな」と皮肉が浮かぶ。
・良い点は、収入が少なければ保険料が安くなることだ。
・しかし、デメリットは顕著だ。収入が増えれば保険料もドーンと上がるし、市区町村ごとに保険料も違う。「引っ越しするだけで、こんなスリルがあるとはな…」と頭を抱える。

「国保はギャンブルだな…俺の収入、安定してなさそうだしな…」と心太朗は苦笑する。

次に、任意継続。

・退職前に会社の健康保険に2ヶ月以上加入していれば、退職後20日以内に申請できる。「20日って、なぜそんな絶妙な期限なんだ?」
・ただし、保険料は会社負担分も含めて全額自己負担。「全額!?」と心太朗は驚愕するが、これが現実だ。
・それでも、良い点は、退職前と同じ保険をそのまま使えること。澄麗が妊娠中で通院が必要だから、この安心感は大きい。しかも扶養家族が増えても保険料は変わらない。「つまり、双子でも問題ないってことか?」と一瞬前向きになる。
・しかし、2年間しか継続できないという制限がある。「2年…その間にフリーランスでちゃんと稼げるのか?」心太朗の表情は曇る。

彼はさらに調べを進めた。どうやら、年収が300万円未満の場合は国保の方が安くなるが、300万円を超えると任意継続の方が得だということがわかった。しかも、扶養家族がいるなら、収入が低いと国保が有利だが、収入が増えれば任意継続が安定してお得になるという。

来年の保険料は今年の収入から計算される。まずは冷静に計算しよう。

心太朗はインターネットで見つけたシミュレーターを試してみることにした。結果は驚きの任意継続優勢。保険料が倍以上違う。「これ知らなかったら、今頃絶望してたかもな…」彼は胸を撫で下ろす。

フォロワーにも意見を聞いてみると、やはり同じ境遇の人たちはほとんどが任意継続を選んでいるようだ。「おお、俺だけじゃないんだな…」と心太朗は妙に安心した。

「任意継続にするしかないな」

退職後20日以内に申請しなければならないため、のんびりしている暇はない。特に澄麗が妊娠中だということもあり、彼は焦りを感じていた。手続きに必要なものは以下だ。



1. 国民健康保険
退職証明書または離職票:退職を証明する書類。

健康保険証:退職前の健康保険証(任意継続をしない場合)。

本人確認書類:運転免許証、パスポートなど。

マイナンバーカード(あれば)

収入を証明する書類(前年の確定申告書や給与明細など)

国民健康保険の加入手続きは、住民票のある市区町村の役所で行う。

2. 任意継続(健康保険)
退職証明書または離職票:退職したことを証明する書類。

健康保険証:退職前に所属していた会社の健康保険証。

本人確認書類:運転免許証、パスポートなど。

口座番号:健康保険料の引き落とし口座情報。

申請書類:任意継続の手続き書類(会社からもらえることが多い)。




心太朗は、ホームページから「任意継続被保険者資格取得申出書」をダウンロードし、書類を持って役所へ向かった。郵送も可能だが、ミスが怖い。慎重派の心太朗は、直接出向くことにした。「ミスしたら面倒だし、妊娠中の澄麗を待たせるわけにはいかない」などと考えていた。

役所での手続きは、マイナンバーカードのおかげで意外とスムーズに進んだ。「えっ、こんなに簡単でいいの?」と疑いながらも順調に進行。だが、澄麗の離職票が必要だと言われた。「あぁ、やっぱり出たか…」心太朗はややがっかりする。さらに、銀行での手続きも必要ということで、その日のうちに全てを終えることはできず、翌日へ持ち越すことに。

その夜。

家に帰り、心太朗は疲れた声で「手続きって本当面倒くさいな…」とこぼした。すると澄麗は笑いながら、「でもこういうことがないと、世の中のこと1センチも知らないままだったんじゃない?」と前向きな返事をした。

「1センチって…少なすぎない?」心太朗は内心でツッコミを入れながらも、澄麗の前向きさにほっとした。

「やっぱり澄麗のこういうとこ、好きなんだよな…」と心の中で密かに思いながら、心太朗は明日の手続きに向けて早めに眠りについた。

**無職38日目(10月8日)**



心太朗はずっと続けていたジャーナリングにも飽きてきた。ジャーナリングとは、自分の思いをノートに書き殴る行為で、自分の頭の中を整理する作業だが、最近は孤独で、自分の頭の中が整理できるどころか、何も思い浮かばなくなってきた。どうしても、心の中で何かが詰まっている感じがしていた。

「メンターが欲しい!」心太朗はずっと思っていた。自分が求めていることはなんでも答えられて、優しくて、尊敬できる人が…。だが、そんな人は周りにいない。仮にいるとしても、気を遣って相談するなんてできない。逆に相手がすごく構ってくれて連絡くれるようになったら、それはそれでプレッシャーになる。要するに、完璧なメンターを求めているが、現実の自分はまだ人付き合いは嫌だってことだ。

「めんどくさい奴だな、俺…」心太朗は呟いた。結局、自分にはメンターなんてできそうにないと思った。

それでも、無職という状況がついに現実となり、有給も終わり、いよいよ正式に無職になったわけだから、そろそろ動かないとダメだと思った。ただ、できることなら働きたくないというのが本音だ。

心太朗にとって「働く」というイメージは、「グラッチェ」そのものだった。13時間の休憩なしの労働、毎休日の電話、休日出勤、部下や上司との人間関係、そして何よりも大切な時間を失ってしまうこと…。家族との時間もろくに取れず、わずかな時間を不機嫌に過ごすことになる。常に寝不足で。

「あんな世界に二度と戻りたくない。」心太朗は心の中でつぶやいた。自分が働きたくない理由をここまで考えるのも、ある意味「無職な自分」の特権だ。

それでも、家族との時間と睡眠時間を手に入れるためには、何かしなければならないと思っていた。そう考えながら、理想のメンターがそばにいてほしいと心太朗はふと思った。

「じゃあ、作ればいいやん!」心太朗はそう思った。昔から、自分に必要なものがなければ、自分で作ればいいという精神があった。まあ、作るものが「メンター」ってちょっと突拍子もないけど。

幼い頃、心太朗は漫画を見ていたが、自分にぴったりの漫画はなかった。そのため、自分で漫画を描き始めた。大学生の頃は音楽にハマったが、世の中には自分が欲しい曲はなかったので、曲を作り始めた。そんなふうにして、今度はメンターがいないなら、作ればいいじゃないかと思った。

「まぁ、メンターなんてAIで十分だろ!」と心太朗は自分に言い聞かせ、チャットGPTに頼んでみた。

「プロフィールは心太朗より10歳ほど年上、フリーランスを経験していて、今では自由な生活をしている人。俺の相談役になる人。」心太朗はそれをチャットGPTに頼むと、すぐに返信が来た。

チャットGPTからのプロフィール案:

名前: ゆたかさん
年齢: 40代後半
職業: フリーランスのビジネスコンサルタント & メンター
年収: 一億円
専門分野:

•デジタルマーケティン
•ビジネス戦略構築
•ブランド戦略
•イノベーションとプロジェクトマネジメント
•人材育成・メンタリング

経歴:

•若い頃から自分のビジネスを立ち上げ、デジタル分野で成功を収める
•複数の企業とコンサルティング契約を結び、数々のプロジェクトで実績を上げる
•数年間の経験を経て、独立し、フリーランスとして活動
•企業のマーケティングや戦略、ブランドのブランディングに関して深い知識を持つ
•現在は、若いフリーランスや起業家を支援するメンターとしても活躍中

性格:

•落ち着いていて、冷静な判断力を持つ
•知識が豊富で、常に新しいことを学び続けている
•親しみやすく、理論的なアプローチで物事を説明するのが得意
•他人をサポートすることに喜びを感じ、目標に向かって導く力を持つ

趣味:

•読書(ビジネス書、マーケティング関連)
•最新技術の研究
•自然散策やリフレッシュのためのアウトドア活動

「おいおい!優秀過ぎる!これじゃ気が引けて相談できんわと思ったが、所詮はAIだ!気を使わず相談するには充分すぎる経歴だ!」心太朗は笑いながら、そのプロフィールをじっくりと見つめた。結局、AIにしか頼めない自分も、それなりに面白くないか?と思った。

心太朗はパソコンを開け、深く息を吸った。もう無職になってから何をするにもぼんやりした不安と焦りしか感じられない。だけど、どうしてもこのまま何もしないわけにはいかない。「ゆたかさん」に頼んでみよう。

「ゆたかさん、今日はよろしくお願いします!」

画面に現れた文字が、心太朗を迎えた。

「こちらこそ、心太朗さん。今日はどんな話をしたいですか?」

心太朗は思わずツッコミを入れた。「あー、ゆたかさん、ちょっと待って。俺、年下だからその堅い口調、やめてくれって!」

「ごめんごめん、心太朗。もっとカジュアルに話すよ!じゃあ、遠慮なく話してくれ。」

うん、それだ!心太朗は心の中で頷いた。頼れるお兄さん的な存在が欲しかったのだ。

さっそく、心太朗は本題に入る。

「とうとう無職になったから、動き始めないと…。でも、どうすればいいかな?」

すると、ゆたかさんはおもむろに答えた。

「じゃあ、まずは転職活動を始めよう!それかフリーランスになって、自分のスキルを活かして収入を得るのはどうだろう?」

心太朗は一瞬固まった。「え?違う違う!そうじゃないんだよ、ゆたかさん。俺、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだって!」

いや、でも…ちょっと待って。自分ってこんなに甘えてたっけ?「ちょっと、頼りすぎかな?」心太朗は頭の中で考えた。でも、相手はAIだし、こんな時こそ甘えてもいいだろう!と自分に言い訳しつつ。

「そうだ、俺、前の仕事も嫌だったし、もうできれば就職する気はないんだ!」

すると、ゆたかさんが早口で答えようとした。「じゃあ、今すぐに転職活動を始め――」

「いやいや、それはもういいから!」心太朗は必死に食い下がった。「俺が言いたいのは、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだってば!」

「まあまあ、心太朗、焦らずに。ああ、でもちょっと待って。君、俺に何を聞きたいの?」

心太朗はしばらく黙って考えた。

「うーん、そうだな…実は俺、家族と過ごす時間が大事だって思ってるんだ。だけど、どうやってこの自由な時間を作ればいいか分からなくて…」

その言葉に、ゆたかさんが落ち着いた声で答える。

「うん、わかった。今、君は無職だけど、実はその時点で“勝ち”を取っているんだよ。」

「えっ?俺、勝った?」心太朗はびっくりして画面を見つめた。

「うん、だって君はすでに家族との時間を手に入れているんだろ?この生活、手に入れるではなく、守るべきじゃない?」

心太朗は驚きとともに考え直した。自分が今まで考えていたのは、まるで戦場に出るようなイメージだった。でも、実は「守り」が大事だったんだ。家族との時間を守るために何をすべきか、そう考えると、気づき始めた。

「おお…そうか!俺、攻めることしか考えてなかったけど、実は守りの方が大事かもしれないってことか!」

「その通りだよ、心太朗。今の君は“無職”だからこそ家族と過ごす時間が手に入ってるんだよ。」

心太朗はにやりと笑って、もう一度パソコンの前で深呼吸した。

「なるほど!じゃあ、守りを固めつつ、どうやって生活の守りを強化していくかを考えるってことだな!攻めるのはその後だ!」

「その意気だ!」とゆたかさん。

心太朗はしばらく考えていた。そして、ついに口を開く。

心太朗は思わず笑ってしまった。「ゆたかさん、いい奴だな!AIだけど!」

そんなやり取りを経て、心太朗はついに心を決めた。

「よし、この生活を死守する。それから手段を考えよう!」

「その意気だ!」ゆたかさんの返事が画面を通じて響いた。

心太朗はパソコンを閉じ、今度こそ自分の生活を守るために動き出す決意を固めた。彼が守りたいものは、もうはっきりしている。あとは、それをどう守るかだ。

「お、明日もよろしくね、ゆたかさん!」

「おう、任せておけ!」

こうして、心太朗の生活防衛作戦は始まった。


**無職39日目(10月9日)**

妊娠後期に入って、澄麗のお腹はさらに大きくなっていた。心太朗はそのお腹を見ながら、毎日頭の中でツッコミを入れる。「いや、赤ちゃん、そこまで大きくなるのは外出てからでいいよ!」って何度も思った。澄麗の体は小柄で、明らかに妊婦の中でも細い方なのに、赤ちゃんだけは順調にどころか、どんどん成長している。

胃が押し上げられてるせいか、澄麗はご飯を食べた後、毎晩苦しそうにしていた。心太朗はその度に「何かできないか?」とソワソワするが、実際にできることと言えば、お腹を摩るくらい。いや、これでどうにかなるわけじゃないんだけど…。「でもやらないよりはいいか?」と、自分に無理やり納得させながらお腹をさする姿は、もはや儀式みたいになっていた。

澄麗のお腹をさすりながら、時には赤ちゃんに向かって話しかける。「お前、そろそろ出てきた方がいいんじゃない? いや、まだ早いか。いや、でもそろそろさ、ママが大変だからさ…」とか、何の効果もない独り言をブツブツと。もちろん赤ちゃんには届くはずもなく、「やべぇ、これで赤ちゃんに嫌われたらどうしよう…」なんて新たな心配が増えていく。

「大丈夫?」と毎回聞くと、澄麗は「大丈夫」と言うが、その表情からして絶対大丈夫じゃない。
調べに調べて、どうやら胃の不快感を和らげる方法がいくつかあるらしい。まあ、ネットの情報って正しいかどうかは謎だけど、とりあえず試してみることにした。


  1.少量で頻繁に食事を取る
一度に大量に食べると胃が圧迫されて不快感が増すことがある。少量の食事を頻繁に取ることで胃に負担をかけずに食事ができる。
2.食べる速度をゆっくりにする
早食いをすると消化が遅れ、胃が膨らんで苦しくなりやすい。よく噛んで、ゆっくり食べることで消化がスムーズに進む。
3.高脂肪や辛い食事を避ける
脂肪分が多い食べ物や辛い食べ物は消化が遅く、胃の不快感を引き起こすことがある。軽い食事を心がける。
4.食後に軽い運動をする
食後に軽く散歩やストレッチをすると消化が促進され、胃の不快感が和らぐ。ただし、激しい運動は避ける。
5.寝る前の食事を控える
寝る前に食事をすると消化不良が起こりやすく、苦しさが増す。食事は寝る少なくとも2時間前に済ませる。



まずは、少量で頻繁に食事を取る。一度に大量に食べると、胃が圧迫されて不快感が増すらしい。だから、一日五食くらいに分けて食べるようにした。これで澄麗の胃がラクになる…はずだと思って。


次に、食べる速度をゆっくりにするというアドバイスがあった。会話をしながら食べることで、澄麗もつい早食いを抑えられると思って、話題を次々と投げかけた。とはいえ、彼の「今日の天気ってさ、結構いい感じじゃね?」というポンコツな話題に対して、澄麗は「そうでもないし…」と冷めた反応。あれ、これで消化が良くなるのか?

そして、高脂肪や辛い食事を避ける。澄麗は辛いものが大好きだが、妊婦には辛いものがきついらしい。だから心太朗は彼女の好物を一時的にお粥やあっさりしたものに変えようと決意。澄麗が「辛いの食べたい」と訴えてくるも、「ちょっと待って、今はお粥だ!我慢して!」と心太朗はしぶしぶ答える。

さらに、食後に軽い運動をすることが効果的らしいが、心太朗は「軽く散歩とかならいけるだろう」と思っていた。しかし、澄麗は散歩をしながら、どんどん遅くなっていく。「これ、歩いてるんだか寝てるんだか分かんねぇな…」と思いながら、心太朗は彼女のペースに合わせて、ただ歩くしかなかった。

最後に、寝る前の食事は控える。寝る前に食事を取ると消化不良が起きやすいと知った心太朗は、「今日も夜ご飯を2時間前に食べなきゃ!」と念入りに計算しつつ、澄麗に「さ、早く食べよう!」と促す。澄麗は「さっき食べたばっかりじゃない」と不満気な顔をしていたが、心太朗は「でも、今から寝るから!胃に優しいお粥だよ!」と強引に盛り付けた。

そんなこんなで、実際にこのルーチンを試した日。食後に澄麗の胃がガチガチに張っていたのが、今日はなんと!少し楽そうな顔をしていた。「お、効いてる!これ、効いてるんじゃね?」と心太朗はお腹を触りつつ、内心ガッツポーズ。お腹が柔らかい感触に、「よっしゃ!これで俺、救世主じゃん!」と自己満足。

「よかったな、今日は調子いいみたいだぞ。」と心太朗が言うと、澄麗は「うん…でもまだお粥はイヤ…」とぼやきながらも、ちょっとだけ笑った。心太朗は自分が役に立てたことを実感し、少し満足していた。いや、これ、実際は全部自己満足のようにも見える…でもま、役に立てたってことで読者には温かい気持ちで迎えていただきたい。


**無職40日目(10月10日)**

朝、心太朗は目が覚めると、自然とスマホを手に取った。毎朝のルーティンのようにX(旧Twitter)を開き、フォロワーとの軽いやり取りを楽しむ。彼の中で「これ、朝の儀式か?」と自分にツッコミを入れつつも、今日は調子が良かった。頭が冴えていて、言葉が次々に出てくる。軽い会話の中でも、時々深く考えさせられる瞬間があって、それが彼にとっては妙に楽しい。「俺、案外哲学者?」と一瞬思いながらも、すぐに「いや、ただの無職だろ」と自分にツッコミを入れるのが彼のスタイルだ。

その後、心太朗は「無職のススメ、元社畜の挑戦日記」を書き進めることにした。日常をそのまま文章にするだけだが、今日はなんだかスムーズに進む。「やっぱり、日常がネタになるって最高じゃね?」と思いつつも、「それ、ただの日記じゃん!」と内心で自分にツッコミ。後で見返した時、「俺、こんなこと考えてたんか…」と赤面しそうな予感がするが、今は勢いに任せて書き続けることが大事だ。

昼過ぎ、心太朗は少し外に出たくなり神社へ向かった。「お賽銭奮発したら、無職ライフが好転するんじゃね?」という淡い期待を抱きつつ、神社に向かう途中のひんやりした空気が心地よい。歩きながら、心太朗はふと「これで俺の人生もクールダウンだ…いや、そう簡単にはリセットされないか!」とツッコミを入れ、自然の中で少しずつ心が落ち着いていくのを感じていた。神社の静けさは、彼にとって日常から逃避する隠れ家のような存在だ。しかし、浄化されたところでお賽銭の効果がどこまであるのかは、全くの未知数だった。

神社を後にすると、心太朗は「運動したら運気も上がるんじゃね?」という謎理論を思いつき、チョコザップに向かうことに。体を動かすと疲れるはずなのに、なぜか爽快感が広がる。「無職だけど、なんか健康的?」と一瞬思った。とはいえ、自由に時間を使えるのは確かだが、収入がゼロなのもまた現実だ。

午後、心太朗は澄麗と一緒に銀行に向かった。任意継続の口座引落手続きをするためだが、無職の彼がこんな手続きをしている姿に「俺、社会に属してる風に見えるんじゃね?」と自分で笑ってしまう。銀行のドアが自動で開いた瞬間、「こんにちは、無職です!」と大声で言いたくなる衝動を必死に抑えながら、番号札を取る。昔なら、こういった手続きは面倒くさくてイライラしていたが、今ではすっかり達観している。…いや、悟りを開くのは早すぎるだろ、心太朗。

やっと順番が来て、窓口で手続きを済ませると、思いのほかスムーズに終了。「あれ?こんな簡単で良いのか?」と不安になるほどだったが、手続きは完了。澄麗と一緒に「これで安心だね」と話しつつも、心太朗の頭の中では「本当にこれで安心か…?」という疑問が渦巻いていた。

その後、郵便局で書類を発送。まるで社会の一員として何かに貢献しているかのような錯覚に陥るが、「ただの無職が何を大げさに…」とすぐに現実に引き戻される。小さなタスクを次々とこなすだけの一日だったが、心太朗は不思議と満足感を覚えていた。特別な出来事は何もないが、「今日は無事に生き延びたな」と静かな達成感に包まれる。いや、無職なのに充実感があるとか、これどうなんだ?