無職のススメ、元社畜の挑戦日記


**無職7日目(9月7日)**

心太朗は無職生活を始めて1週間が経過した。意外と早いス時期に心身が回復していることに、自分でも思わず「俺ってこんな単純な生き物だった?」と疑ってしまったほどだ。眠たい時には遠慮せずに寝て、グランピングで自然パワーを吸収した結果、まさかの「心も体も元気です!」状態。巷でよく聞く「自然に癒される」なんて台詞が、まさかここまで効くとは思わなかった。仕事に戻れるんじゃないかと一瞬頭をよぎったが、「いやいや、まだそれは無理っす。もうちょっと無職を楽しませてくれ」と、彼は無職ライフを満喫しようと決めた。

そんな彼に、現実という名のパンチが迫ってきた。「あれ、俺、あと2ヶ月で父親じゃん」。予定通りなら、父親デビューまで残りわずか。いや、無職のままでデビューとか、心太朗自身が心配でしかない。「まだ働くの怖い…」なんて言い訳しているが、そもそも父親になる実感すらないという問題。澄麗はお腹もかなり大きくなって、すっかり母になる準備万端な感じだが、心太朗は「父親の予習ゼロ」。よく「母は子供が産まれる前に母になる、父は産まれてから父になる」って言うけど、今のところ全然ピンとこないどころか「本当に俺、父親になれるの?」というレベル。

そんなこんなで、赤ちゃんが産まれる前に必要なものを揃えなきゃいけない時期に突入。働いてた頃は13時間労働や休日出勤で、準備なんてする余裕は皆無。しかし、今は無職!つまり、動ける時間はある!…いや、多少は、、。

そこで、澄麗と一緒に赤ちゃんグッズを買いに行くことに。驚いたことに、家の周りには赤ちゃん用品店が意外と充実していて、西松屋、ベビーザらス、アカチャンホンポ、バースデイまで揃っている。「赤ちゃん用品のドリームチームかよ」って思うほど。しばし無職という事実を忘れ、2人はベビー用品選びに没頭する。

澄麗がしっかりとリストアップしてくれた必要なアイテムは次の通り:

- チャイルドシート(最重要…らしい。まだ無職だけど安全には投資しなきゃ)
- バウンサー(簡易ベビーベッド)
- 紙おむつとおしり拭き(どれだけ使うか未知。たぶん魔法のごとく消えるらしい)
- 肌着10枚、服4着、アウター1枚(11月生まれだから)
- 布団(寝具は絶対重要)
- 哺乳瓶、ミルク(哺乳瓶を洗うグッズも買うべき)
- 爪切り(赤ちゃんの爪って、いつの間かに伸びるらしい)
- ベビークリーム、ソープ、洗濯用洗剤(赤ちゃんの肌は超敏感)
- ベビーバス(赤ちゃんのお風呂)
- 母乳パッド(え、これ何に使うの?)

バウンサーは心太朗の姉がお祝いでくれるらしく、ベビーバスは心太朗の甥が使っていたものが実家にあるとして、心太朗は、「ベビーカーや抱っこ紐も必要なんじゃないの?」と思いつつも、澄麗曰く、焦る必要はないらしい。新生児は首が据わっていないため、ベビーカーや抱っこ紐はすぐには使えない。外出する機会もそんなに多くないし、抱っこしている間は軽いので問題ない。むしろ、産まれたばかりの赤ちゃんに早く買っても、結局あまり使わないという話もよく聞く。焦って「どんだけ無駄遣いしたんだ」と後悔するより、慎重に選ぶ方が賢明だと心太朗は思った。

それにしても、最も高価なのはチャイルドシートだ。ピンからキリまであり、10万円を超えるものも珍しくない。心太朗は「さすがにそこまでは必要ないだろう」と考えたが、交通ルールでチャイルドシートは150センチまで義務付けられている。「150センチって、どこの大人が乗るんだ?」と内心ツッコミを入れつつ、子供の安全が最優先なのは言うまでもない。しかし、これもどうせ3歳くらいでサイズアウトしてしまう。「じゃあ、3年で買い替え?これはもはや「お金をドブに捨てる」レベルだ」と心太朗は思った。だから、最初から高価なものを買う意味はない。3歳を過ぎたら、クッションや座高を上げるだけのシートで充分らしい。むしろ、「買い替え前提」の選び方をした方が賢いだろうと2人は考えた。下の子ができたら、そちらに回す手もあるのだ。

いろんな店を回った2人は目星をつけていたが、最後に立ち寄った西松屋で「秋の感謝祭セール」に遭遇。そこで目にしたのは、まさかの1万円のチャイルドシートだった。「これって運命?」と心太朗は思わず心が躍った。安全性を店員に念入りに確認し、ネットでもチェックして、満場一致で「これでいいじゃん!」となった。しかも、心太朗の車は古いためISOFIX(固定用のアレ)がない。「これがあるかないかで値段が変わるのか!自分の車が古くてよかった…のか?」と一瞬疑問に思ったが、逆に安く済んだのだ。「1万円は超お得だ。まさにラッキー買い物だ!」

次に2人が直面したのはおむつ問題。紙おむつとおしり拭きがどれだけ必要か、見当もつかなかった。しかし、ネットで調べると「異常な量を消費する」との情報が目に入った。とりあえず最初の2週間分だけ購入しておこうと2人は決めた。赤ちゃんの肌に合うかどうかもわからないため、慎重になるべきだ。ここで失敗すると、後で地獄が待っているらしいからだ。

布団もセットで購入し、悩む時間をゼロにした。これで安心だ。そして、最も楽しかったのは服選びだった。肌着を10枚セットで購入し、一安心した心太朗は、澄麗とともに服を2枚ずつ選ぶことにした。しかし、選んだ服はまさかの全く同じだった。「どんだけ息が合ってるんだ、俺たち」と心太朗は驚いた。残りの2枚は別々に選んだが、これもまたお揃いっぽくなり、夫婦の絆を感じた。「さすがは“仲良し夫婦”ってやつだ」と心の中で自画自賛。

レジで清算を済ませると、合計約4万円だった。チャイルドシートだけで3〜4万見込んでいたため、思いがけず節約できた。「無職でもいけるんじゃないか」と心太朗は胸を躍らせたが、油断は禁物だと自分に言い聞かせた。「これが無職の生活力か?」と少し自信がついた心太朗だった。

帰宅すると、すぐにチャイルドシートを車に装着した。赤ちゃんの布団も敷いてみると、心太朗と澄麗の布団の間に小さな可愛い布団が並ぶ。「これ、なんかニヤけちゃうな」と心太朗は感じた。澄麗が嬉しそうに赤ちゃんの服を畳んでいる姿を見て、心太朗は彼女が完全に「母親の顔」になっていることに気づく。「ああ、やっぱり子供って魔法だな」と思いつつ、自分も少しずつ父親になる実感が湧いてきたが、「いや、まだまだこれからだろうな」と心の中で自分に言い聞かせた。

**無職2週目(9月8日〜9月14日)**

無職になって1週間。
「あれ?もしかして休職っていう選択肢もあった?」と気づいたのは、かなり後になってからだった。だけど、当時心太朗の頭にあったのはただ一つ。「グラッツィエ」から1秒でも早く逃げ出したい!という気持ちだった。

そんな心と体の疲れも、徐々に回復してきた。しかし、無職という現実が、じわじわと心太朗の肩に乗っかってくる。「甲斐性なし!」って自分にツッコむのは、心太朗の得意技だ。もはやこれ、趣味じゃないかってくらいの頻度でやってる。

先週は何もせず、ただぼーっと過ごしていた。何かしようと思っても、何も浮かばない。「転職活動?いやいや、今はちょっと…心の準備が…」って、自分に甘々な心太朗がつぶやく。そもそも、「また働くのか…」っていう恐怖が根底にある。会社のドアを思い出すだけでビクビクしてしまう。

そんなわけで、心太朗は仕事を辞めて「ジャーナリング」なるものを始めた。なんだその洒落た響きは、と思ったが、要はノートに思いのたけをぶちまけるだけの話。これで深層心理が見えるらしいが、心太朗の深層心理なんて、迷子どころか、道を見失って遭難中だ。結局、「何すりゃいいんだ、オレ?」とひたすら書き続ける毎日。

とはいえ、続けているうちに、理想の生活がぼんやりと見えてきた。どうやら心太朗が一番大切にしたいのは「家族との時間」らしい。
いや、今さらかい!

以前の心太朗の働き方は、13時間労働に加えて、休日も電話が鳴りっぱなし。さらに休日出勤。もはや、週末も祝日も年末年始も、完全にブラック企業のポスターに使えそうなレベルの働きっぷりだ。その結果どうなったか?妻の澄麗との時間はゼロ!いや、ゼロどころか、マイナスじゃないかと思うほど。そして両親や姉の家族、澄麗の家族との時間も皆無。まるで家族の記憶が幻のように薄れていく。「オレ、どんだけ仕事してたんだよ…」と、自分でも恐ろしくなるくらいの労働量だ。

しかし、過労で疲れ果てた心太朗を支えてくれたのは、そんな家族だけだった。ありがとう、澄麗。そして家族のみんな。今思えば、オレの数年間の思い出って、ブラック企業との壮絶なバトル記録しかないんじゃないか?ってくらいの思いだった。
「このままじゃ、死ぬときに後悔するぞ!」って当時の心太朗も分かってはいたけど、その時は選べなかった答えだった。そう、後悔以外に何もない。そして、子どもがもうすぐ生まれるという新たなプレッシャーが!「ますます家族との時間を作らなきゃいけない」と、今さらながら気づく鈍さだ。

第二の人生では絶対に家族との時間を大事にするんだ!そう心に誓った心太朗。しかし、家族との時間を作るためには、「時間」と「健康」が必要だというのは、もはや自明の理だ。いや、ほんとそれ。大事すぎるだろ、時間と健康。

心太朗は毎日眠い。とにかく眠い。これまでの仕事漬けの日々は、睡眠を削り、家族との時間も削りに削っていた。どんだけ削るねん!これが幸せなわけないやん、と今さら気づいた彼。

だからまず、健康のために「睡眠時間を確保すること」が最優先だと決めた。「寝たい時に寝れる環境が欲しい」そう思い始めたのも無理はない。心太朗は神経質な性格で、通常よりも多く寝ないとダメな体質だ。だからこそ、これからはしっかり寝て、家族との時間を楽しもうと固く決意している。



そして、「時間」についても考えた。仮に1日9時間寝て、さらに8時間働き、通勤時間も合わせたら、残るのはわずか4〜5時間。「少なっ!」と、思わず声に出してしまう。家族との時間がそれだけしかないと気づいたとき、心太朗は愕然とした。「無理!こんなん無理!」と内心パニックだ。周りの人に話せば「いや、みんなそうだから」とツッコまれそうだが、心太朗にとってはこれが人生の一大事だった。睡眠時間は削れない。だからと言って、家族との時間を削るなんてもってのほか!
心太朗は、しばらく頭を抱えた結果、ついに閃いた。「仕事の時間を削ればいいんじゃないか?」もしくは、「家で好きな時にできる仕事をすればいい!」と。そこで、「フリーランス」という響きがふと頭に浮かんだ。だが、冷静に考えてみると、心太朗には特にスキルも経験もなかった。「あれ?どうすんだ、オレ…」と再び思考停止。でも、とりあえず自分の人生観だけはしっかりさせようと決めた。

**家族との時間が最優先**
**寝たい時に寝られる**
**好きな時間と場所で働く**
**月収30万以上**

これで方向性は見えた!ただ、肝心の「何の仕事をするか」は完全に謎のままだった。

そんなある夜のことだ。心太朗はふと妻の澄麗が妙に眠れずにいるのに気づいた。「どうした?」と聞くと、「お腹が張って寝られないのよ」と言う。澄麗はソファに座っていて、かなり辛そうだ。心太朗が「お腹?大丈夫か?」と軽い気持ちでさすってみたところ、お腹がまるで岩のようにガッチガチに固い。「これ、岩?いや、オレの手がヤバイのか?それともマジでヤバイのか?」と、頭の中で混乱しつつ、心太朗は一瞬本気で救急車を呼ぶことを考えた。だが、澄麗は至って冷静に「これ、よくあることだから大丈夫」と言う。「いやいやいや、よくあること?これ、ガチガチやぞ?」と心太朗は内心びびり倒すも、どうやら本当に「よくあること」らしい。

その時、心太朗はさらに驚愕する事実を知った。澄麗はこれまでずっと、彼にこんな状態を見せたことがなかったのだ。理由はシンプル。「仕事で疲れ果ててる心太朗を気遣ってた」からだという。
「オレ、どんだけ情けないんだ…」と、心太朗は打ちひしがれた。しかも「今まで全然気づかなかったとか、オレどんだけ鈍感なんだ…」と二重に打ちひしがれる。その日、心太朗はひたすら澄麗のお腹をさすり続けた。

1時間ほど経つと、ようやく澄麗のお腹の張りも落ち着き、彼女は「大丈夫」と言って眠りについた。ホッとする心太朗。しかしその後、心太朗はふと「俺、これで本当に役に立ったのか…?」と考えてしまう。

今まで澄麗の力になれなかった分、必ず取り返してやると彼は強く誓うが、その決意はどこか妙に空回りしているような気がしてならなかった。

**無職3週目(9月15日〜9月21日)**

心太朗はついに小説を書くことに決めた。昨夜は4時半寝、10時半起床。睡眠時間的には完全にアウトだが、やる気は満々。これぞ無職の特権だ!テーマは「人生の真ん中に家族との思い出」。相変わらず頭の中はお花畑だ。朝からぼーっとしながらコーヒーを飲み、妊娠中の妻・澄麗と共に過ごす。これは幸せなのか、それともただのぐうたらなのか…。

目が覚めたら神社へ行き、その後図書館へ。図書館で借りた本は以下の三冊。
- **『実践 小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』** 根本昌夫著
- **『1%の努力』** ひろゆき著
- **『思い立ったら隠居 週休5日の快適生活』** 大原扁理著

ラインナップから完全にサボる気満々な心太朗は、『実践 小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』とノートを広げて、いざ作品作りに挑む。プロットやあらすじ、登場人物を考えるも、自分の想像力がどれほど貧弱かを実感する。そして、頑張るぞ!と気合を入れる。

**作成した内容はこんな感じ。**
- **起 現状の把握**
- 安川心太朗、39歳。妊娠中の妻と生活を共にしているが、フリーランスを目指すも具体的な道筋は見えない。過去のイタリアンレストランでの経験やバンド活動の挫折を思い返すと、自己評価がめちゃくちゃ低い。これで大丈夫なのか?と思いつつ、SNSでフォロワーに挑戦をシェアし、フィードバックをもらう決意を固める。

- **結 未来への展望**
- 月収30万を達成してフリーランスとして成功を実感し、家族との絆が深まる。自己成長を続ける決意を新たにする、という壮大な夢を描いているが、果たしてどこまで実現するのか疑問が残る。物語の最後には次の目標や夢に向かって進む姿を描き、希望を持たせるエンディングを目指す。

自分の欲望に素直な心太朗は、最近学んだマーケティングの知識も取り入れ、なんだか偉そうに「心理的ベネフィット」なんて言ってみる。ベネフィットとは読後の読者の感情をイメージして表したものだ。ベネフィットをイメージする事でどんな作品にするかを考える。リストアップしてみると、次のようなものが浮かび上がる。

- 人間らしい感覚を取り戻せた
- 生きる希望が湧いた
- 正常な感情を取り戻せた
- 好きなだけ眠れて休めた
- 元気になれた
- 家族の大切さを知れた
- 優しくなれた
- 友人と会えた
- 選択肢が増えた
- 本音を言えるようになった
- 独りじゃないと自覚した
- 勇気をもらえた
- 安心できた
- 新しい考えが生まれた
- 自分の価値観を知れた
- 笑えた
- 感動できた

ターゲットは「ブラック企業で働く仕事を辞めたい人」だ。こういう人は果たしてどれほどいるのか…。心太朗はまさにその代表選手の一人。

読者との距離が近い、日記型小説であることが彼の差別化ポイントだ。承認欲求、これでもかというくらい詰め込まれている。

その後、心太朗はスマホをいじりながらAIとチャットし、プロローグを書く作業に挑戦する。しかし、AIがなかなか言うことを聞かない。試行錯誤の末、やっとプロローグを書き終えた。「これはなかなかいい出来だ」と自画自賛しつつも、実際はどうなのか、心の中では疑問が渦巻く。

書けたら早く公開したくなるのが人情。以前、趣味で小説を公開していた「ノベマ!」に載せることに決めた。あらすじや表紙を作成しなければならないが、もちろんAIを使ってズボラに仕上げる。これが最新技術に頼る人間の姿だ!明日はX(旧Twitter)で宣伝するつもりだが、果たしてどれだけの反応があるのやら。

心太朗は、自分の挑戦をより多くの人に伝えたいと考え、新たな一歩を踏み出すのであった。この挑戦が実を結ぶのかどうか、心太朗だけが期待を寄せる。

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**無職4週目(9月22日〜9月28日)**



ある日、澄麗が言い出した。「今度、マタニティ教室があるから行こうよ。」

マタニティ教室とは、各市町村が開催する出産を控えた夫婦が集う特別な空間である。この教室では、出産に向けた準備や育児の基礎知識を学ぶためのプログラムが用意されている。

心太朗はその提案に少し戸惑った。澄麗は心太朗の体調を気遣っているようだったが、彼の心の中では「外に出る=社会との接点」という公式が成り立っていた。仕事を辞めてから、引きこもり生活が続いていたのだ。澄麗は慎重に言葉を選ぶ。「行ってみようよ。勉強や授業みたいなの、コタちゃんは好きでしょ?それに、赤ちゃんのことだし、興味もあるんじゃない?」

彼女の言葉に心太朗は少し揺れた。外出自体は面倒だが、赤ちゃんについて学ぶことには興味があった。澄麗の真剣な顔を見て、彼は教室に行く決意を固めた。どこか心の中で「お父さんになる覚悟はできてるのか?」と自問自答しながらも。

彼らが向かう保健センターの前には、「グラッツィエ」の分店があった。マタニティ教室の前に、その店に立ち寄ることにした。心太朗は「グラッツィエ」の本店で店長を務めていたが、その経験はもはや悪夢のようなものだった。長時間の労働、休日出勤、人間関係のストレス…。まるで自己啓発の逆バージョンで、「自己を壊すための12ステップ」とでも名付けてやりたい気分だった。

それでも、分店には愛着があった。本店に配属される前の一年半、ここで修行していたのだ。本店とは違い、スタッフは真面目で明るく、誰もが協力的だった。おかげで仕事は楽しかった。こんな環境を求めていたのに、なぜ本店で自ら墓穴を掘ったのか。

佐藤という人物は心太朗の師でもあった。52歳の彼は、中学卒業からこの業界で生き残り、キャリアを積んできた。が、40歳で胃がんにかかり、完治後に「グラッツィエ」にやってきた。彼はまるで「経験者は語る」って感じの広告塔だった。心太朗はその背中を見て、調理や数字、仕事に対する姿勢を学んだ。たまに一緒に飲みに行くと、10歳以上歳下の心太朗だが、いつも多めに支払っていた。財布に数百円しか入っていない佐藤の見栄を張らない姿も愛おしかった。授業料だと思い気持ちよく支払っていた。

退職後、まだ佐藤に会っていなかった心太朗は、分店に寄ってみることにした。しかし、佐藤は休みだった。運命の悪戯だ。「ああ、こんなもんか」と思いながら、代わりに他のスタッフたちが温かく迎えてくれた。彼らといろいろな話をしているうちに、心太朗は「やっぱり、この店は好きだな」と思い直す。

最後に、佐藤によろしくとお土産を渡し、マタニティ教室へと向かった。教室に入ると、周りの妊婦さんたちの「赤ちゃんへの愛」が充満していた。心太朗はその空気に呑まれていた。

平日だし、父親たちの参加は少ないだろうと思っていた心太朗。しかし、教室に入ると意外にも父親たちがぞろぞろと集まっていた。今日は沐浴の授業があるとのこと。

沐浴とは、生まれたばかりの赤ちゃんをお風呂に入れる特別な儀式で、親子の絆を深める大切な時間である。温度37〜38℃に調整されたお湯に赤ちゃんを優しく入れ、洗浄剤で丁寧に体を洗う。特にシワや折れ目を優しく触れながら、赤ちゃんの肌が清らかさを取り戻していく。すすぎ終わったら、柔らかなタオルで包み込み、丁寧に水分を拭き取る。沐浴後のリラックスした表情は、親にとって最高の喜びとなり、この時間は親子の愛情を深める特別な瞬間なのだ。

実際に沐浴を始めると、心太朗は昔、甥を洗った経験がよみがえり、スムーズに進める一方で、澄麗は初めてで戸惑っていた。赤ちゃんを優しく抱きかかえて、そっと洗面器に入れると…あれ?どうやって支えたらいいの?と心の中でパニックに陥った。澄麗が「こ、こんな感じ?」とガーゼを持って必死に赤ちゃんの顔を拭く姿に、「それじゃあ赤ちゃん窒息するよ!」とツッコミたくなる。

その後のまさかの交流タイムでは、心太朗は人見知り全開だった。アタフタしていると、澄麗が明るい性格で他のお母さんたちとすぐに打ち解けていく。あれ?僕も父親なのに、まるで親が子供の友達に挨拶しに来たかのような気分だった。

澄麗は他の参加者たちと妊娠中の悩みや喜びを語り合う中、心太朗はそれを見守るばかりだった。「赤ちゃんが生まれたら、もっと大変だよね」とつぶやくと、「こんな夫だから君が大変だよ!」と心の中で自虐的にツッコミを入れてみる。

そんなこんなで、知らない知識を得ることができた有意義な日となり、心太朗と澄麗はますます生まれてくる赤ちゃんに会うのが楽しみになったが、育児の洗礼が待っていると思うと、「さあ、これからが本番だ!」と自分に言い聞かせるしかなかった。

**無職29日目(9月29日)**


心太朗と澄麗は毎日、運動も兼ねて近所のスーパーに買い物に出かける。澄麗はスーパーの達人で、どこの店が何曜日に安売りするかを完全に把握していて、それに合わせて日々の買い物ルートが微妙に変わっていた。彼女の正確さはまるでカーナビのようで、心太朗はそのペースに流されて、ただついていくしかなかった。

ある日の帰り道、二人は掲示板に貼られている松岡神社の「フードフェス」のチラシに目を留める。心太朗にとって松岡神社は毎朝お参りに行く馴染みの場所だったが、フードフェスが開催されることは初耳だった。最近神社で何か準備している様子は感じていたものの、まさか食べ物の祭典だとは思ってもみなかった。チラシによると、地元の店が出店し、射的やくじ引き、高校生の軽音部による演奏なども行われるらしい。「ずいぶん豪華なイベントだな…」と心太朗は驚いた。

しかし、心太朗には一つ問題があった。彼は祭りが大の苦手だったのだ。知り合いや昔の同僚にばったり会うのが嫌で仕方がなかった。それでも澄麗はこのお祭りに行きたがり、心太朗は断ろうとするが、結局はその意志が通ることはなく、強制的に参加が決定した。

フードフェス当日、二人は坂道を上り、踏切を渡ると、すでに多くの人々が集まっていた。澄麗は目を輝かせているが、心太朗は知り合いと遭遇しないかと内心ビクビクしていた。「もしかしたら今回は大丈夫かも…いや、何の根拠があるんだ?」と心配を抱えながら、無意味にサングラスをかけて変装を試みるが、「バレバレのやつ」になってしまっている。

二人はまず神社でお参りを済ませ、次に澄麗が勧める地元の肉屋が出しているというカレーを試すことになった。「肉屋がカレー?」と心太朗は疑問に思うが、澄麗の圧倒的な期待の視線に逆らうことができない。「普通盛りか肉ましがあるよ!」と聞かれ、思わず「肉まし」を選んでしまう。さらに進むと、以前二人がよく通った居酒屋の自家製シュウマイも見つけた。懐かしさに心太朗は思わず足を止め、それを手に取る。

食事エリアに移動し、心太朗は持参した缶ビールを取り出す。節約を意識してのことだ。澄麗は妊娠中のため、お茶を選んでいた。さすがに缶ビールを持ってくることはなかった。

まずはシュウマイを一口。あの頃と変わらぬ味が広がり、心太朗は懐かしさに浸る。そしてカレーを食べてみると、肉がたっぷりと入っていて驚いた。肉屋が本気を出した結果なのだろう。「これは…肉が主役のカレーだ」と心の中で感嘆し、思わず「肉屋さん、やりすぎですよ…」とツッコミを入れたくなった。

お腹も十分に満たされ、そろそろ帰ろうかという話になったが、晩御飯用に何かを買って帰ることにした。心太朗は最近フォロワーがX(元Twitter)に投稿していた餃子が食べたくなっていたが、残念ながら売り切れだった。澄麗も「たこ焼きが食べたい」と言い出すが、神社からの帰り道にあるたこ焼き屋も同じく完売していた。二人は「みんな考えることは同じなんだな」と顔を見合わせて苦笑した。

最終的に心太朗は、知り合いと遭遇することなく祭りを終えることができた。お祭り嫌いの彼だったが、子供が生まれたら澄麗と三人でまたこのフードフェスに来てもいいかもしれないと思い始めた。そんな温かい気持ちが心に広がったせいか、その夜は興奮してなかなか眠れなかった。もっとも、その理由の一つは「肉ましカレーでお腹がまだいっぱいだったから」だったのだが。

**無職30日目(9月30日)**

午前6時、心太朗の朝は爽やか…と言いたいところだが、最悪だった。昨夜の祭りの興奮のせいか、一睡もできなかったのだ。布団の中で「もう一生このまま過ごそうか」と思うも、さすがにそうはいかず、ようやく重い体を起こした。

ふと気づくと、左耳に違和感があった。明らかに聞こえにくく、何かが詰まっているような感覚だった。ソファに座ると、妻の澄麗が左側から話しかけてくるが、何を言っているのかよくわからない。

「もしかして、突発性難聴か?」と心太朗は焦った。生活習慣やストレスが原因と聞いたことはあったが、退職してからというもの、ストレスはゼロ。生活習慣も悪くないどころか、むしろ良すぎるくらい暇を持て余していた。病気はそういう油断して襲ってくるものだと、心太朗は考える。

朝のシャワーを浴びると、水音が耳に響き、やはり詰まりは取れなかった。大病かもしれないという不安が頭をよぎる。シャワーを終えた後、澄麗に相談すると、彼女は病院に行くことを勧めてきた。しかし、心太朗は病院嫌いで、「行かない!」と即答。数年前、42度の高熱で死にかけたときも、ポカリスエットを大量に飲んで自力で治したのだ。ポカリスエットは彼の戦友だった。

澄麗は「大したことないかどうか調べるためだよ!」と説得したが、心太朗が病院嫌いなのは、大したことがあった場合の恐怖からだった。それでも澄麗の押しに負け、結局、病院に行くことになった。耳鼻科を調べると、家から2、3分のところに評判のいい名医がいるという。ただし、「子供を優先するから大人は後回しにされる」という悪い口コミもあったが、もはや心太朗には選択肢がなかった。

病院に着くと、待合室には子供たちがたくさんいた。ここで一生待たされるかもしれないという予感がしたが、意外にもすぐに呼ばれた。悪い口コミは何だったのだろうと不思議に思いつつ、診察室へと入った。

医師は心太朗の耳を一目見るなり、「耳垢が詰まっているかもしれませんね」と言った。耳垢!?心太朗は突発性難聴や脳の病気を覚悟していたというのに、拍子抜けした。しかし、医師が耳をライトで照らすと、「かなり奥に詰まっていますね」とのこと。ここまで詰まっていれば、そりゃあ聞こえないはずだと言う。

それでも心太朗は安心できなかった。耳垢を取っても聞こえないかもしれない、という不安が頭をよぎった。医師が耳垢を吸い取ろうとするが、詰まりが頑固で動かない。心太朗は、まさか耳垢の粘り強さまで遺伝しているのかと、半ば諦めの気持ちを抱き始めた。

医師は耳垢を柔らかくする薬を投与し、5分待つことになった。それでも取れず、再び薬を入れられる。何度か繰り返した末に、ようやく耳垢が取れ始めた。医師は取れた耳垢を誇らしげに見せ、「こんなに大きい耳垢は見たことがない!」と自慢げだったが、心太朗にとっては嬉しくも何ともなかった。

しかし、その瞬間、左耳がクリアに聞こえるようになった。耳垢が原因だったのだ。医師に感謝し、会計を済ませて帰宅すると、澄麗は「ほら、大したことなかったでしょ?」と微笑んだ。彼女の優しい声が、いつもよりも鮮明に響いた。

ただ、長年聞こえにくかった左耳が急に復活したせいで、右耳とのバランスが崩れてしまった。少し違和感が残るものの、心太朗は「まあ、そのうち慣れるだろう」と自分に言い聞かせながら、再び日常に戻っていった。
**無職31日目(10月1日)**

心太朗は、今日もまた眠れなかった。布団の中で「眠気よ、来い!」とひたすら念じて待ち続けたが、結局気づけば朝の6時。時計を見た瞬間、彼は思わず「おい、6時かよ!」と心の中でツッコミを入れた。身体は怠く、心までじわじわと蝕まれている感じがする。マルチタスクの意味すら、違う方向に進んでいるように感じるのだ。

もともと、心太朗は精神的に不安定な人間だった。無職であるため、昼間に寝る時間がいくらでもあるはずなのだが、それすらもできない。「昼寝すら失敗するのか?」と、自分にセルフダメ出しをしながらも、一か月があっという間に過ぎていくことに軽く焦りを覚える。「おいおい、退職してからもう一か月?早すぎだろ!」と、カレンダーに文句を言いたくなるほどだった。

「次に進むために何か始めたい」と心の奥では強く感じている。しかし、結果が出ないことに焦りが募り、「何かしなきゃ」と気持ちばかりが先走る。だが、頭が全然回らず、結局何もできない。時間だけが容赦なく過ぎていき、彼は自分の無駄な時間の過ごし方に感心してしまうほどだった。

その結果、自己嫌悪が再び始まる。「ああ、俺ほんとにダメだな」と何度も繰り返し、無限ループの中に陥っていく。そして、ほんの少しだけ眠るものの、目が覚めると「え、これで回復したのか?いや、してないだろ」と自嘲する始末。

元々夜型の生活ではあったが、2日連続で眠れないのは流石にきつい。夜更かしをしているわけではなく、ただベッドに横たわっているだけなのに、朝が来てしまうのだ。そして無職である以上、時間の無駄遣いに罪悪感が重くのしかかる。「何か始めなきゃ」と思いながらも、何も進展しない日々が続く。

心が崩れると、身体も崩れる――まるでドミノ倒しのように。妻の澄麗は、2日間眠っていない心太朗を心配しているが、心太朗は「こんな状態じゃなかったら、心配をかけることもないのに…」と、無力感に苛まれる。

実は、彼がこんな状態に陥るのは初めてではなかった。寝れない日が続き、精神がズドーンと落ち込み、何もできなくなる。自己嫌悪が募り、希死念慮が顔を出す。「もう病院に行けよ!」と自分でも思うが、病院嫌いの彼はこれまで一度も行ったことがない。過去には「いのちの電話」にかけたこともあるが、夜中は繋がらないことが多く、無念な思いをした。

隣には妊娠中の澄麗とお腹の子供がいるため、ほんの少しだけ救われている気持ちはある。しかし、それでも時折心が重たくなる。「俺は家族を守れる男だ!」と宣言したいところだが、今の状態では「守るどころか、俺が守られているよね?」と自嘲してしまう。

普段、心太朗は澄麗と一緒に夕方の買い出しに行くのだが、この日は彼の体調を気遣った澄麗が一人で出かけた。妊娠中でお腹が大きくなっている彼女を一人にしてしまったことに、心太朗は深い自己嫌悪を感じた。「俺、何してんだ?せめて買い物袋くらい持てよ!」と自分に突っ込まずにはいられなかった。無職という肩書きが、さらに重くのしかかり、「肩書きは無職、しかも買い物すら手伝えません!」という最悪のキャッチコピーが浮かんだ。

澄麗が帰ってきた時、彼女は心太朗を元気づけようとたくさんのお肉を買ってきた。その瞬間、心太朗は「俺、愛されてるなぁ…」と感動したものの、肝心の食欲がゼロだった。「いや、俺の胃袋、今はやる気を出してくれよ!」と願いつつも、食べる気力が湧かない。申し訳ない気持ちで「ごめん」と謝ると、澄麗は優しく「ゆっくり治そうね」と言ってくれた。その言葉に心太朗は「こんなに優しい妻と、これから生まれてくる子供を俺は守りたいんだよ!」と強く思うものの、心と頭と身体が完全にバラバラの方向を向いているのが現実だった。

「今日は、せめて眠れればいいな…」と、彼は静かに思いながら、再びベッドに横たわるのだった。果たして、今夜こそ眠れるのだろうか?

**無職32日目(10月2日)**

朝6時、心太朗はまだ眠りについていなかった。夜明けの光が天井をぼんやり照らし始める頃、彼はベッドの中で天井を見つめていた。まるで自分の未来がそこに書いてあるかのように……しかしもちろん、未来どころか天井にはシミひとつない。瞼がようやく重くなり、眠りに落ちたのはその直後だった。次に目が覚めたのは昼の12時。彼は「しっかり寝たな」と思いたかったが、実際には体がコンクリートブロックのように重く、背中には鉛の板でも入っているかのような鈍い痛み。そして、何よりも心の中に、冷たい海から押し寄せてくるような不安が広がっていた。

「またか……」

彼は小さく呟きながら、ベッドの中で動かずにいた。6時間眠ったはずなのに、心太朗の体はまるで一晩中充電ケーブルを忘れられたスマホのようだ。しかも充電器、接触不良気味だ。「どうしてこうも役に立たないんだろう……自分も、この体も」と、彼はぼんやりと天井を見上げ、自己嫌悪という名の重りがじわじわと心に沈んでいくのを感じる。

そのとき、台所から聞こえてくる物音が彼の意識を引き戻した。「あ、妻が動いてる。人間ってちゃんと起きて動けるんだな」と思いつつ、何とか自分も動こうと試みるが、気力はお留守。妻の澄麗が、心太朗が目を覚ましたことに気づいたのか、寝室に入ってきた。彼女はいつものように穏やかな微笑みを浮かべている。

「少しは眠れた?」

彼女の声は優しい。しかし、心太朗が口にしたのはただ一言。

「まあ、なんとか……」

「なんとか」って何だ。何とか「生きてる」って意味か?彼は自分の言葉にツッコミを入れつつも、澄麗の優しさにほんの少しだけ心が温かくなるのを感じた。彼女がいなければ、心太朗はとうの昔に自分の暗闇の中で迷子になり、「現在地不明」で検索すらできない状態に陥っていただろう。

心太朗は、仕事を辞めてからというもの、無駄に過ごす日々をどうにかしようと、新しい生活リズムを作ろうと必死だった。彼のノートには、まるで誰かがコンサル料を取って作成したかのような完璧なスケジュールが書かれている。

 •6:00〜9:00:起床、歯磨き、トイレ掃除、ストレッチ、筋トレ、朝食、身支度、SNSチェック
 •9:00〜12:00:昼寝、自由時間(自由時間て、昼寝じゃないのか?)
 •12:00〜15:00:神社参拝、昼食、用事
 •15:00〜18:00:日記・小説執筆(執筆!?最近ペン握ったっけ?)
 •18:00〜21:00:買い出し、夕食、お風呂
•21:00〜24:00 : 読書
 •24:00:就寝

計画は完璧に見えた。少なくともノート上では。「これなら大丈夫だ!」と、彼は何度も自分に言い聞かせた。しかし、現実はノートに書かれた文字ほど優しくはない。彼の敵は不眠症と、謎の体調不良。時折襲ってくる「起き上がれない日」のせいで、スケジュールは毎日のように崩壊。「計画通りに進まないことに失望する」という新たな項目が勝手に追加される始末だ。

「また、うまくいかなかった……」

彼はため息をつきながら、ノートをパタンと閉じた。閉じる音すら「ガッカリ感」を象徴しているようだ。計画通りに物事が進まないたびに、心太朗は自分がどんどん遠ざかっていく感覚に襲われる。どこに向かってるのかは分からないけど、とにかく遠ざかっている。

しかし、その日、彼はふと思った。

「スケジュールなんてやめたほうがいいんじゃないか?」

その瞬間、心はふっと軽くなった。「なんで今までこんな計画に縛られてたんだ?」と、急に過去の自分が他人事に思える。そもそも、スケジュールを守る自分って誰だ?どのタイムラインの自分だ?少しずつでもいいから、気の向くままに過ごしてみればいい。無理に何かを達成しようとするのではなく、少しずつ自分を取り戻す。そのほうが実現可能な「計画」なんじゃないか。

その日は特に何の予定もなかった。というか、予定なんて最初からあってないようなものだ。心太朗は、澄麗と一緒にゆっくりと時間を過ごした。気の向くままに本を読み、少し散歩をし、夕食を作る彼女を手伝った。まあ、手伝いと言っても「何か取って」と言われて食器を取ったくらいだが、自分としては大きな進歩だ。そして気づく。「あ、これでいいんだ」と。

心と体の不安定さは相変わらずだが、その中に、ほんの少しだけ余裕が生まれた気がした。心太朗は、少しずつではあるが、自分を許すことを学び始めていた。

「明日の予定? 知らん。それが予定だ!」

**無職33日目(10月3日)**

心太朗は9時に目が覚めた。夜更かしして寝たのは3時頃だったから、睡眠時間は6時間ほど。どう考えても不健康な生活リズムだが、目が覚めると不思議と気分は少しマシだった。「…まあ、気分が良いってことにしておこう」と、自分を無理やり納得させながら布団に横たわる。

最近は「早起きは三文の得とかもういいから、まずは寝かせてくれ」という境地に達し、無理に早起きをやめた結果、心の負担が軽くなった気がする。なんというか、やっと人間らしい生活になったのかもしれない。もっとも、世間的には人間扱いされてるかどうかは怪しいが。

心太朗は、布団の中でごろごろしながらスマートフォンを手に取り、X(旧Twitter)を開く。退職してから「何かしなきゃ…!」という焦りと、「…でも何もしなくても、どうせ誰も気づかないよな」という悟りの間で揺れながら、無職生活の記録をつけ始めた彼。どうせ暇なんだから、と軽い気持ちでSNSを使うようになった。最初はただの愚痴を書き連ねていたが、徐々に日記型短編小説まで投稿するように。動画や画像も試してみたものの、まさかの3日坊主で終了。「いや、継続は力なりって言うけど、力つく前に飽きるから無理だし」と開き直った。

それでも、小さな努力が次第に形を成し、心太朗は同じような境遇の仲間や、精神的に疲れた人たちとのつながりを持ち始めた。「顔も名前も知らないけど、優しい人たちばかりだなあ…」と心の中で密かに思う。SNS上でのつながりに一種の安堵を感じながら、フォロワーたちの投稿を読み進める。皆、失業や休職、うつ病などを抱えながらも、どうにか前へ進もうと奮闘している。彼らの姿勢には素直に励まされる心太朗。

彼自身も、何かに挑戦して失敗し、それでも「どうせやることないし」と言い訳しつつ続けてきた。これって意外と生きてる証なのかも、と彼はうっすらと感じていた。「自分も一人じゃないんだな…他にも同じような人がいるってだけで、なんか安心するな」と、ちょっとほっとする瞬間だ。

しかし、そんな心太朗にも気になることがあった。フォロワーの中には、どうやら、ネガティブな内容を書くのをためらう人が多いらしい。「いや、ネガティブなんて標準装備だろ?」「無職の俺たちがそんなに明るいわけないだろ!」と思うが、どうやら彼らは他人を不快にしたくないらしい。心太朗も同じだった。自分の憂鬱な気持ちを書いて、誰かに「また暗い話かよ」って思われるんじゃないかとビクビクしてしまう。

でも、心太朗が救われるのは、むしろそうしたネガティブな投稿にこそだった。皆が自分の心の中を正直に吐き出している姿に共感し、孤独感が薄れていく。そんな彼らが少しでも前に進もうと奮闘している姿に、心太朗もまた元気をもらう。「俺もいつかは進むんだ…いや、いつかっていうか、今日じゃないけど」と、自分に言い聞かせるように。

「これって、俺も少しずつ社会と繋がってるのか…?」と、心太朗はぼんやり思う。退職してから続いていた孤独な日々が、SNSを通じて少しずつ彩られ始めたのだ。彼はそのつながりを大事に思い始めていた。

その様子を、妻の澄麗は静かに見守っていた。心太朗が少しずつ元気を取り戻していく様子に、「まあ、このペースなら50年くらいで完全復活するかもね」と冗談を言いつつ、彼女はそれでも彼の復活を信じていたのだった。