君と二度目の恋をする  あやかし屋敷

真白たちは屋敷に足を踏み入れた。

「あ!お客さん?こんにちは!」

尻尾が二つに分かれた猫が話しかけてきた。

「え⁉︎」

真白と春香は驚いた。

「あぁこれは猫又だよ。猫の妖怪だ」

すると今度は着物姿の女の子がいた。

「いらっしゃい…」

小さく言うと、すぐに逃げていってしまった。

「あれは座敷童子だね。この屋敷に住みついてるんだ」

湊が真白たちに説明した。

「この屋敷にはいろんなあやかしが住み着いているんだよ」

湊が真白たちに説明した。

「あ、湊くんひさしぶり」

若い男性が出てきた。

「お久しぶりです。(あきら)さん」

湊は頭を下げた。

「どうぞあがって」

「お邪魔します」

人の良さそうな感じの男性だった。

「君たちもどうぞ」

晶は真白たちを見て言った。

「お、お邪魔します」

真白たちは屋敷の中に入った。

「今は、百鬼夜行の祭りの準備をしてるから、屋敷はほとんど誰もいないんだ」

晶は、歩きながら説明した。

「ずいぶん早いんですね」

湊が言った。

「うん。来年の祭りは特別だからね。今から準備しておかないと間に合わないくらいなんだ」

そのまま空いている部屋に通された。

「今日は君たちが来るのを聞いてたから準備しておいたんだ。元々泊まってた旅館は、調査で宿泊できなくなっちゃったから」

「ありがとうございます」

「右が男子左が女子の部屋になってるから。あとさっき渚が連れてきた四人は手当もしたし、休めば元気になると思うよ」

「よかった…」

真白はホッと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、僕は仕事があるから行くね。何かあったら、お手伝いさんがいるからその人に頼んで」

晶はそう言い残して歩いて行った。

「天音たち大丈夫かな」

四人ともかなり辛そうにしていた。

「大丈夫だよ。休めば回復するって言ってたでしょ?」

要が優しい声で言った。

「四人が回復するまでここにいることになるけど、大丈夫そう?俺もこんなことになるとは思ってなくて…」

湊が申し訳なさそうに言った。

本来なら、一泊で帰る予定だったのだ。

しかし、あの状態では何日後に回復するかはわからない。

「春香、大丈夫そう?」

真白が隣にいる春香に聞いた。

「うん。一応連絡は入れておく。冬だし、雪で帰れなくなったって言えば怪しまれないと思うけど…」

春香の母親は、少し春香に対して過保護なところがあった。

「私のお母さん、私に対して少し心配性なんだよね。真白のことも同じくらいに気にかけてほしかったんだけど…」
確かに真白は、春香の家で暮らしていた時は無関心でいられることの方が多かった。

でも、真白はあまり気にはしていなかった。

「…連絡してくるね」

「俺も 家に連絡しなきゃいけないから一緒に行くよ」

そう言って、二人は歩いて行った。

(春香、どうしたんだろう?)

「真白は、怪我とかしてない?」

要が話しかけてきた。

「うん。私は大丈夫」

「よかった。いなくなったって聞いた時は驚いたけど」

あのとき、鏡を見たらいきなり白い手が出てきたのだ。

まだ真白の腕には掴まれてできた手の跡が残っている。

「…最近、鏡を見ると歪んだり、女の人が見えたりするの」

「え?」

「これって、何でなのかな」

要は考え込んだ。

「たぶん、真白の霊力に引き寄せられているんだと思う。真白の霊力は彩葉と同じくらい強いから。霊とかも普通の人間として見えてることとかなかった?」

真白がまだ両親と暮らしていた時は、頻繁に霊を見ていた気がする。

幽霊とは気づかず、一緒に遊んでいたこともあったほどだ。

今はそういうものは少なくなった方だとは思う。

「小さい頃は頻繁に見てた気がする。今は見分けがわかるようになったから近づかないようにしてるけど」

「…そっか。でもその鏡に映る女性は何なんだろう?何かあったら言ってね」

「ありがとう」

要は優しい。

(なのになんでこんなに不安なのかな…)

あの時、よく考えずに返事をしたつもりはない。

「真白」

要が真白の頬を両手で包んだ。

「もしかして、俺と付き合ってるの、不安?」

「えっ」

(見抜かれてた…?)

「…うん」

真白はゆっくり頷いた。

「やっぱり。そうじゃないかと思ってたんだ。俺といるとき、居心地悪そうにしてた時があったから」

「えっと…ごめん」

「謝らなくていいんだよ。ゆっくりでいいから、俺のことを知っていってほしい」

その言葉に真白は少し胸が軽くなった。

「うん。ありがとう」


 

春香は母親に電話していた。

「だから、帰るのが遅くなりそうなの」

スマホから不機嫌な声が聞こえてきた。

『春香、最近出掛け過ぎじゃない?何してるの?』

「友達と旅行に…」

『それってどんな子達なの?』

「みんな優しいよ。だからそんなに心配しなくても大丈夫だから」

しばらく沈黙が流れた。

「お母さん?」
『…あの子もいるの?真白』

予想外のことに驚いた。

(お母さん、真白のこと気にしてるのかな…)

「いるよ」

「…そう」

再び沈黙が流れた。

「お母さん、何か伝えたいなら…」

春香の言葉を遮った。

「何も言うことなんてないわ。とにかく、なるべく早く帰ってくるのよ」

そう言い捨てて、電話が切られた。

春香はポケットにスマホをしまった。

(お母さんと真白に、ちゃんと話してほしい。私もお母さんに酷いこと言ったこと、ちゃんと謝りたい)

「本条さん、電話終わった?」
 
「はい」

「俺も今終わったんだ。戻ろう」

湊と春香は、長い廊下を歩いた。

「本当に広いですね。この家。術師がいる家系なんですよね」

「うん。退魔師とは少し違くて、除霊とかを専門にしてるんだ」

「それって霊とかですか?」

「霊もあるけど、生霊とかもいたね。退魔師と協力することもあるから、仲はいいんだ。姉さんは、三人兄弟の末っ子と結婚したんだよ」

元々その末っ子は、結婚したら別邸に住むように言われていたそうで、婿入りしたと言う。

なので苗字はそのままになった。

「本当は長男と結婚するはずだったんだけど、性格が合わなかったらしいんだ」

渚は昔から気が強かった。

同じく気が強い長男とは衝突が絶えなかった。

「でも、来年の百鬼夜行が終わるまでは、本家に行かないといけないから、姉さんも最近不機嫌だったんだよね。それに加えて、桜咲家の本家もあんな風になってたから俺に連絡してきたんだ。あの鏡のことも聞きたかったから引き受けたんだけど、危ない目にあわせてごめんね」

「いえ、私は危険な目にはあっていないので、大丈夫です」

「そっか。ならよかった」

湊はほっとした顔になった。

「ところで、いつもはもっと人がいるんですか?」

「人っていうよりあやかしが多い。人間は姉さんと旦那さんの晶さんだけだね」

「でもさっき、お手伝いさんがいるって…」

「それもあやかしだよ」

(まるであやかし屋敷だ…)

「クワッ」

庭にある池の方から声が聞こえた。

見ると、河童がじっと春香と湊を見ていた。

「え⁈」

「河童だ。あの子はまだ子供だね」

見慣れているのか、湊はニコニコ笑っている。

(河童なんてほんとにいるんだ…)

「今は寒いから、凍えないか心配だけど。そのあたりは平気なのかな」

湊が心配そうにしている。

河童は寒さなど気にしている様子もなく、池をスイスイ泳いでいる。

部屋に戻ると真白がベットに座っていた。

「あ、春香。おかえり」

真白は少し明るい表情になっていた。

「嬉しそうだね。何かあったの?」

「うん。悩み事が一つ解決したの」

「そうなんだ。よかったね」

真白は春香から見て、屋敷で暮らすようになってから少し明るくなった気がする。

(お母さんと話すのはもう少し後の方がいいかも…)

真白はまだ、春香に双子の妹がいたと言うことを知らない。

春香自身もまだわからないことの方が多い。

家に帰ったら、いろいろ調べてみることにした。
夕飯を食べて、入浴を済ませた真白は、襖のある部屋を見つけた。

隙間が少し空いている。

隙間からそっと覗くと、布のかけられたものがあった。

それは、鏡のようだった。

布は今にもずり落ちそうな掛け方がされていた。

気にせず部屋に戻ろうとした。

「お前…」

「え?」

何か声が聞こえた気がした。

(まさか、あの鏡から?)

横目で鏡を見た。

昼間のこともあるので、何も詮索せずに聞こえないふりをした。



慧と千輝は、真白たちの部屋とは離れた部屋にいた。

「しばらく、ここに滞在することになるな」

「あの四人が早く回復してくれたらいいんですが…」

霊力を消耗しているだけの天音と結奈はともかく、心配なのは紫音と花蓮だった。

邪気から受けた傷は治るのに時間がかかる。

「今は、渚と晶がみてくれている。あの二人なら適切な処置をしてくれるはずだ」

「慧さんは、二人とは親しいんですか?」

「晶とは大学を卒業してから知り合ったが、渚とは桜咲家に修行に来ていたときによく話をしていたな」

そこまで話すと、慧はドアを開けた。

「少し外に出てくる」

「えっ今からですか?外寒いですよ」

「すぐ戻るから大丈夫だ」


慧は今は調査で立ち入り禁止になっている、旅館に向かった。

「確かこの辺りだったはず…」

「ここは立ち入り禁止だぞ」

慧が振り向くと、渚が立っていた。

「こんな時間に何をしている?」

「少し風に当たっていた」

渚が慧の頬に触れた。

「冷たいな。風邪引くぞ」

そのとき、空から白い雪が降ってきた。

「お前こそこんなところで何してるんだ。もう十時すぎだろ」

「私は仕事だ。さっきまで神宮(かみみや)家の本家に行ってきた」

神宮家は、京都でもかなりの力を持つ術師の家系だ。

「全く、あそこの当主は頑固だな。相変わらず馬が合わない」

「そういえば、長男との見合いの話が来た時は大喧嘩したってほんとだったのか?」

「まぁな。本当はあの家と繋がりは持たないつもりだったんだが、今度は末っ子の次男を婿入りさせてほしいと言われた時は流石に驚いたな」

その時のことを思い出したかのように、渚はクスクス笑った。

「神宮家は何が何でもうちと繋がりを持ちたかったらしい。どうせ家を継ぐのは湊になるのに、わざわざ婿入りしてきたんだからな」

「…嫌じゃなかったのか?」

「嫌ではなかったな。向こうの両親とはよくしてもらっていたし、長男とは、結婚するにはお互いに合わなかったと言うだけで、仕事をする上ではいいとは思う」

「…そうか」
渚は空を見上げた。

「久しぶりだな。慧と二人でこうして話すのは」

「…紫音たちの具合はどうだ?」

「心配いらない。あとは体力が回復するのを待つだけだ」

しばらく沈黙が流れた。

「それで、本当は何をしに来たんだ」

「昨日の夕方、ここで何か思い出したような気がするんだ」

「霊力が強い人間は前世の記憶を思い出すことが多いからな。私は前世の記憶はないが、湊は思い出していたようだ」

「またここにくれば何か思い出すかと思ったが、俺の思い過ごしだったみたいだ」

「そうか。なら早く部屋に戻って寝ろ」

渚に背中を押されて、慧は屋敷に戻った。


隼人は、寝ている湊と要を起こさないように部屋に入った。

「戻って来たのか?」

要がベットから起き上がって静かに声をかけた。

「紫音の邪気の浄化をしてた」

「隼人が?」

「紫音、かなり傷が多かったんだ。そんなに深くはないけど」

「邪気を吸い取ったのか」

湊も体を起こしていた。

「はい。でも平気ですから」

隼人は人やあやかしについている邪気を吸い取る力を持っている。

それは、体に大きな負担がかかる事だった。

いつもこの力を使うと、貧血やめまいに襲われる。

隼人は空いているベットに横になると、すぐに寝息を立て始めた。

隼人を見て、要と湊は少し不安に感じていた。


次の日。

昨日の雪が積もったのか、外を見ると雪景色が広がっていた。

「かなり積もったね」

「ほんとだね」

真白と春香は外を見て言った。

「君たち、起きてるか?」

ドアをノックする音が聞こえて、真白がドアを開けると、渚が立っていた。

「渚さん、おはようございます」

「実は、手伝って欲しいことがあるんだ」

大広間に行くと、要たちはもう来ていた。

「手伝ってほしいことって何ですか?」

春香が聞いた。

「まず、何人かに分かれてほしい」

真白と要、春香と湊、慧と千輝の二人一組に別れた。

「私は引き続き、あの四人のことを見ている」

渚は、それぞれに指示を出した。

「真白ちゃんと要くんは、桜咲家の本家に行ってきてほしい」

「えっ」

真白と要は同時に声を上げた。

「大丈夫だ。何かあれば私に連絡してくれればいい」

とは言われても、連絡手段がなかった。

なぜかあの屋敷の中に入るとスマホが圏外になってしまうのだ。

「そうだな…」

渚は真白が首から下げている首飾りを指差した。

「それは、何に使うんだ?」

「これは…そうだ!」

真白は眷属四人を呼び出した。

「少し助けて欲しいの」
真白は、今までのことを説明した。

「…その屋敷、覚えがあるぞ」

瑞樹が言った。

「私が昔、住んでいた屋敷だ。私も一緒に行こう」

確かに眷属を一人連れていけば安心かもしれない。

「うん。わかった。こっちに誰か残ってほしいんだけど」

「俺が残ろう」

朱里が言った。

真白が呼べば、渚に連絡することができるはずだ。

「ついでだ。真白ちゃんの眷属がそれぞれについていた方が連絡が取りやすいだろう」

話し合った結果、春香と湊のところに琥珀、慧と千輝のところに蘇芳がつくことになった。

「春香ちゃんと湊には鏡のことを調べてもらいたい」

「わかりました」

「慧と千輝くんには…私と一緒に行動してもらう」

「つまり、治療の手助けか?」

「いや、あの子たちの治療以外にもやらなくてはいけないことがあってな…隼人くんにもそっちを手伝ってもらおう」

「え?いいんですか?」

隼人は驚いた顔をしている。

「昨日はありがとう。助かったよ。だから今日は他のことを頼めるか?」

「…わかりました」

役割が決まり、それぞれで動き始めた。


「姉さん」
 
湊は、話し合いが終わった渚に声をかけた。

「どうした?」

「隼人のこと…」

「わかってる。体に負担がかかるから今日は別のことをやってもらうんだ」

湊はホッとした。

「ありがとう。姉さん」


真白と要は、再び桜咲家の本家にやってきた。

一緒に来ていた瑞樹は、人間の女性の姿になっていた。

白髪の長い髪に金色の瞳をしていた。

着物は白い着物を着ていた。

「まさか…あの女がいるのか」

瑞樹は屋敷を睨んでつぶやいた。

「昨日来た時と気配が違う…」

要も屋敷を見て顔を顰めている。

「真白、気をつけて」

要に言われて、真白は頷いた。

真白はさっきから得体の知れない恐怖に襲われていた。

中に入るのが怖かった。

「大丈夫。行こう」

真白の様子に気がついたのか、要が手を握ってくれた。

少し、落ち着いてきたようだった。

真白は呼吸を整えて、屋敷に足を踏み入れた。

「よく来たな。待っていたぞ」

そこには、真白が何度も鏡で見た女性が立っていた。
春香と湊は、あの鏡について調べていた。

「生徒会長。私、旅館でこれを拾ったんですけど…」

春香は、旅館の廊下で拾った化粧道具を湊に見せた。

「かなり古いね。落ちてたの?」

「はい。それで中を見たら、鏡が光って、どこかの部屋に飛ばされたんです」

湊はそれを受け取ると、よく観察した。

「これは…」

よく見ると、紅のところに桜の花の模様が彫られていた。

「あの式神の手の甲にあった模様と同じだ」

「その鏡は、平安時代のものだ」

横で見ていた琥珀が言った。

「姿見にも何かあるかもしれない。見てみよう」

姿見を持ってきた。

「あった。同じ模様だ」

裏のところに同じ桜の花の模様が彫られていた。

「でも、平安時代に姿見なんてなかったはずだから、もっと小さいはずなんだ。手鏡みたいに」

(平安時代の人たちってよく鏡を見たのかな)

春香はそんなことを思った。

「本条さんは、誰かに会ったりしなかった?」

姿見を見終わった湊が春香に尋ねた。

「いえ、私は高嶺先生と冴島先生がくるまで、気絶してたみたいなので、誰にも会っていません」

「そっか…誰かに会っていれば、何か手掛かりになったかもしれなかったんだけど…」

「すみません。役に立たなくて…」

春香は俯いてしまった。

「大丈夫だよ。気にしないで」

落ち込んだ春香に優しく湊は言った。

「他に私にできること何かありますか?」

「そうだなぁ…この鏡について、何か書かれた本がないか姉さんに聞いてこよう。持ち主について何かわかるかもしれない。手伝ってくれる?」

「はい!」

春香は。湊の後を追った。

「人間はお人よしだな」

琥珀も後をついていった。


渚は、隼人を和室に連れて行った。

「君にはここで提灯(ちょうちん)を作ってもらいたいんだ」

「提灯?」

予想外のことに隼人は戸惑っていた。

「そう。来年の百鬼夜行の祭りで使う提灯だ。これを持って、列を作って歩くんだ」

「でも、提灯なんて作ったことがなくて…」

渚はふふっと笑った。

「何も初めから最後まで作れとは言わない。この花を入れてほしいんだ」

鬼灯(ほおずき)、ですか?」

花の形が風船のようになっている花がダンボールに入っていた。

「この花を魔除けとして提灯に入れておくんだよ。あやかしたちや悪霊に魂を奪われないように」
渚が説明をしている途中で、湊と春香がやってきた。

「姉さん、ちょっといい?」

「どうした?」

「古い書物を見せてほしいんだ。桜咲家の」

「確か書庫にあったはずだ。隼人くん、頼んだよ」

そう言って、渚は行ってしまった。

琥珀が、じっと隼人を見ていた。

「何してるんだ。行かなくていいのか?」

「お前、よくそんな体で動けるな」

「は?何言ってるんだ」

琥珀が隼人の近くにやってきて、隼人の胸のあたりに前足をかざした。

「…体が楽になった」

「やはり邪気を吸い取って具合が悪かったんだな。意地を張るところは前と変わらないな」

琥珀は、隼人の前世だった夜叉(やしゃ)と長く一緒にいたことがある。

「あの時は世話になったな」

「今のお前はまだ力のコントロールができていないあやふやな状態だ。他の奴らもな」

隼人たちは、自分の霊力の使い方がうまくないことは十分にわかっている。

実際に巫女の道具を使っている紫音たちは長い間使うと体に負担がかかる。

「大きな力を持っていてもそれを制御できなければ使うことはできないぞ」

そう言い残して、琥珀は行ってしまった。 


「ここは…」

眠っていた紫音は目を覚ました。

体を起こすと、痛みが走った。

「いっ…!」

それに顔を顰めた。

「よかった。目を覚ましたようだな」

渚が部屋に入ってきた。

「あなたは…」

「私は桜咲渚。桜咲湊の姉だ。他のみんなもここにいるから心配するな」

「そうですか…」

「体を動かせるようになったら隼人くんにお礼を言うといい。君が受けた傷から邪気を吸い取ってくれていた」

「おい」

姿を消していた朱里が現れた。

「どうした?」

「真白たちに何かあったようだ」

渚の顔つきが険しくなった。

「わかった。行こう。君はもう少し寝ているんだ」

渚たちがいなくなったあと紫音は横になった。

(また何かあったのか…?)

心配になりながらも、紫音は眠気に勝てなかった。


別室には、天音、結奈、花蓮がいた。

三人とも昨日には目を覚ましていたのだが、渚にまだ休んでいるように言われたのだ。

「…紫音、怪我大丈夫かな…」

花蓮がつぶやいた。

「手当はしてもらったみたいだし、きっと大丈夫だよ。花蓮だって怪我してるんだから、無理しゃだめだよ」

隣に寝ている天音が言った。

「私たちは幸い怪我はしなかったけど、結構危なかったかも」

端の方で寝ていた結奈が言った。

「あの人たち、何だったんだろう?邪気で攻撃してきたし」

「多分、誰かの式神だったのが主人が負の感情に飲まれたからああなったんだと思う」

花蓮が説明した。

そのとき、ドアが開いた。

「ずいぶん元気になられたようでよかったです」

着物を着た女の人が入ってきた。
「あなたは?」

天音が尋ねた。

「私はここで使用人をしています。あいにく晶様と渚様は不在ですので、私が皆様のお世話をさせていただきます」

その女性は、どこか人間離れしている感じだった。

「…失礼ですが、あなたは人間なんですか?」

結奈が尋ねた。

「私は人間ではありません。あやかしです」

女性が猫の姿になった。

「私は化け猫です」

右目が青で左目が赤のオッドアイをしていた。


慧と千輝は、書庫に来ていた。

「ここにあると言っていたが…」

渚に頼まれて、桜咲家の巫女の道具について書かれた資料を探しに来たのだ。

「巫女の道具は、形が変わっているものもあるからね」

一緒に来ていた蘇芳が言った。

「どういうことだ」

慧が後ろを振り返って聞いた。

「巫女の道具は最初は、鏡、鈴、化粧道具の三つだったんだ」

(三つ…)

慧は旧校舎にあった姿見と渚の持っている鈴、春香が廊下で拾った化粧道具のことについて考えていた。

「ありました。桜咲家の巫女に関する道具のことと記録が書かれています」

千輝が一冊の本を見つけて持ってきた。

「おそらくここに書かれているはずですが…」

「とりあえず、これを持っていくか」

慧と千輝が屋敷に戻ると、渚はいなかった。

「また出かけているのか?」

「…桜咲家の本家にいるようだ」

蘇芳が険しい顔をして言った。

「真白と要が向かったはずだな」

慧が言った。

蘇芳が誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。

「無事に戻ってこられるといいけどね…」


真白と要は女性と対峙していた。

「巫女の力を持つ娘よ。待っていたぞ」

「あなたは、誰なの?」

真白が尋ねた。

「私は綾女。かつての姫巫女だった」

「そうか…お前があの式神の主人だったのか」

前に祓った式神の女が綾女の名前を出していた。

「まさか予想外のことが起こるとは思わなかった。私の式神を使って足止めして、その娘を私の元に連れてこようとしたのだが、思わぬ邪魔が入ったな。しかしまたこうして来てくれるとは思わなかったぞ」

綾女が真白に近づいてくる。

「それ以上近づくな」

瑞樹が女の前に立ち塞がった。

「お前は…知世(ちせ)の眷属か」

綾女と瑞樹は知り合いのようだった。

「あの女さえいなければ、私が正妻になれていたのに…!」

いきなり屋敷がガタガタと揺れ始めた。

真白と要は膝をついた。

さらに黒い霧で覆い尽くされている。

「すごい邪気だ…!」

要が札を出した。

「だめだ。お前では祓いきれない」