姉は新しい推しが出来るとマスコット人形を自主制作し、お手製の祭壇に飾り、それを自慢げに冬夜にみせるまでが一連の流れであった。
冬夜としては全く興味はないが、姉弟としての義務として付き合ってあげていた。
今回もテンションの高い姉に呼び出され、部屋に入ると祭壇を自慢げに見せられ推しの良いところを長々と説明される。
そんな話を聞き流していれば、冬夜は姉の机の上に広がっている布が目についた。

「余った布は何かに使うのか?」
「特に使わないけど、使いたいなら持ってっていいわよ」

姉にそう言われた冬夜は遠慮なく布を部屋へと持ち帰る。
机に座ると、ルーズリーフを机から取り出し、そこにシャープペンシルで図形を書き込んでいく。
作りたい寸法の数字も書き出し、綿密に計画を立てたあとに裁縫道具を取り出す。
先程貰った布に定規をあてチャコペンで印をつけて裁ちばさみで切り取る。数時間かけてそれはようやく完成する。

「できた」

小さく呟かれた声音は弾んでいる。
春斗の姿を模したマスコットのぬいぐるみを両手で持ち上げ、冬夜は歓喜の瞳で見つめている。
そうして見つめていれば春斗の顔が思い浮かび、冬夜は頬が緩む。

「あ、あんたそれってもしかして……」

すぐ背後から姉の声が聞こえ、冬夜は声なき悲鳴を上げた。
いつの間に部屋に入ってきたのか、姉は冬夜の手に持つマスコットを驚いた表情で見ている。

「ね、姉さん!ノックぐらいしてくれよ!」

冬夜は非難するが、心中穏やかではない。
姉に見られた、春斗の存在がバレてしまう、どくどくと心臓が脈打つ。
姉は慄いているような様子でマスコットに近づく。

「それって……機動変態ジーサンジーのサンくんじゃない!」
「(だ、誰なんだそれは!?)」

姉の口から予想だにしなかった奇妙な言葉が発せられ、冬夜は思わず心の中でツッコミを入れる。
そんな冬夜に気づいていない姉は彼からマスコットを奪い取ると天高く掲げ、それを見上げた。

「へー。まさかあんたがサンくんのファンだったとはね」
「え?あ、ああ。テレビをつけたら目について、いつの間にか、な」

心の中では「(なんなんだ機動変態って!?)」と疑問符だらけの冬夜だったがここで否定すればそれじゃあ誰なのだと追究されるのは目に見えていたため敢えてサンという男のファンを騙ることにした。

「今度私にも作ってよ」
「だ、駄目だ」
「なんでよ。ケチー」

姉はサンとかいうキャラと勘違いしているようだが、冬夜にとってそのマスコットは春斗であり、それが人の手にわたるのは以ての外だった。
姉を部屋から追い出し、冬夜は改めてマスコットを眺めていた。
翌日、鞄にマスコットを忍ばせ学校へ登校する。
鞄の中に春斗がいるのだと思えば冬夜の胸は弾んでいた。
しかし、これだけ上手に出来たのであれば春斗本人にも見せたいという欲求が生まれた。
どうすれば自然に彼の目にとまるのか。冬夜は授業中そればかり考えていた。
昼食時にポケットにマスコットを忍ばせ、そのまま春斗と中庭へと向かった。冬夜は明らかにそわそわしていた。
春斗はそれが気になり声を掛ける。

「どうした?トイレか?我慢は体に良くないぞ」
「だ、大丈夫だ。ただお腹が空いてるだけだ」
「あー。昼までが長いもんなぁ」

わかるー。と春斗は同意する。
そんな彼に適当に相槌をし、冬夜はタイミングを見計らっていたが、ポケットからマスコットを取り出す良いタイミングなんて存在するはずがない。
考えた末、春斗の目が他所に向いた瞬間を狙い、冬夜は光の速さでポケットからマスコットを取り出すと春斗の前にころりとマスコットを転がした。
冬夜は「しまった。落ちてしまったか」とわざとらしい言葉を口にしながらゆっくりと拾い上げる。

「冬夜、それってもしかして……」

狙い通りに春斗に気づかれ、冬夜は顔がカッと熱くなった。
気づかれて嬉しいやら気恥ずかしいやら。しかし、そこに負の感情はない。
寧ろ彼がどんな反応をしてくれるのか冬夜は密かにわくわくしていた。
冬夜からマスコットを奪うと春斗はそれをまじまじと見つめる。

「機動変態ジーサンジーのサンくんじゃねぇか!手作りか!?」
「だから誰なんだそれは!?」

春斗が食い入るようにマスコットを凝視する姿に、冬夜は大きくツッコミを入れる。
サンくんとやらに振り回され、冬夜は機動変態を嫌いになりそうだった。
ツッコミを入れられた春斗は瞳をパチクリさせ冬夜を見る。

「違うのか?」
「違う!お前だよ!お前!」

気づいてもらうつもりが、つい自分から教えてしまい冬夜ははっと口を押さえる。
恐る恐る春斗を見ればきょとんとした表情で自身を指さし「俺?」と問う。
冬夜は口に出すのが恥ずかしくなり頬を染めながらこくこく頷いた。

「そっかー。俺だったのかー。へぇ。作ってくれたんだ」

理解し、春斗はマスコットを興味深く隅々まで観察し始める。そしてふっと笑ってマスコットを冬夜に手渡す。

「なんか可愛いな」
「か、可愛いって何に対してだよ?」
「さあ?どっちだろうなー」

からかうような口調でしらばっくれると春斗はわざとらしく冬夜から視線を逸らした。
どっちと言う言葉で冬夜かマスコットの二択になる。
冬夜のことを言っているのだとしたら一言物申したいが、自分のことを指していないのであればただの自意識過剰になってしまうので冬夜は口を噤むしかなかった。
次の日、やけに上機嫌な春斗が昼食の誘いをしてきた。
冬夜は好きなおかずでも弁当に入っているのだろうと勝手に解釈する。
中庭に着いた途端、春斗は自身の懐をゴソゴソと弄った。

「じゃーん!これなーんだ!」

春斗が懐から取り出したのはツギハギだらけの何かを模した布の塊だった。
冬夜はなんだこのゴミは?と首を傾げた。

「どうだ?」
「中庭にはゴミ箱がないから後で捨てたほうがいいぞ」
「ゴミじゃねーよ。冬夜だよ、冬夜」

にこにこしながら春斗はずいっと冬夜の目の前にマスコットを差し出す。
冬夜はゴミだと思っていたものがまさかの自分だと言われ、衝撃を受ける。
そしてまじまじと見つめる。
目のようなガタガタとした茶色い布が肌色の布の上に付いてあり見ようによっては顔に見えなくない。
肌色の布の上部には茶色の布が縫い付けてあり髪の毛のようなものに見えなくないもない。
冬夜はこれが俺……?と不服な気持ちを抱いたが、マスコットを持つ指に目がいく。
慣れない縫い物で指を刺したのか、痛々しく絆創膏が貼られている。
それに気づくと春斗の作ったゴミのようなものが光り輝くお宝のように見え始めた。
感動のあまり口元を押さえる。

「どうだ?なかなか上手く出来てるだろ?」

得意げに笑う春斗に冬夜は愛おしい気持ちが溢れて出た。
そして、昨日春斗が言っていた可愛いと言った気持ちがわかったような気がした。
感極まった感情を抑えるように口元を手で押さえてこくこくと頷いた。

「これを冬夜だと思っていつも持ち歩くよ」
「は、春斗……」

見つめ合う二人を恋人らしい空気が纏う。
冬夜は春斗もマスコットも大事にしようと心の中でそっと思った。
しかし、春斗はマスコットを雑に鞄に入れて放置していたため教科書で見るも無残に潰れるには1週間もかからなかった。
ボロボロになった冬夜だったものを「どうしよう?」と悪びれもなく春斗が見せたため冬夜は憤慨した。

「僕を雑に扱うんじゃない!お前の気持ちはその程度だったのか!?」
「やー、ごめんごめん。鞄に入れてれば安心かなって思ってたからさ。まあ、まだ冬夜っぽいし大丈夫だよな」
「どこが僕だ!こんなのゴミだゴミ!」

冬夜は春斗に怒鳴り、マスコットを奪い取った。そのまま踵を返すと立ち去った。
そして帰宅後、春斗から奪ったマスコットを机に飾ってから手芸屋で買った布を取り出しせっせと作業し、自分の形を模したマスコットを完成させ次の日春斗に手渡した。

「次こそは大事にしろよ」
「なんか悪いね。次はポケットに入れとくわ」
「今度こそ、大事にしろよ!」

口酸っぱく念押しする冬夜に春斗は「はいはい」とマイペースを崩さず返事する。

「そういや、俺のマスコット捨ててくれた?」
「……さ、さあな」

追求されるのを恐れた冬夜はぷいっとそっぽ向く。
それを見た春斗は捨ててないのかと察し、ふと笑った。

「可愛いな」
「? 何がだ?」
「俺のマスコットが可愛いなーってな」

にやーっと笑って春斗はマスコットを自身の頬にくっつけ冬夜に見せつけた。
満足気に笑う春斗に冬夜は口元を緩めた。

「僕が作ったんだから当然だ」
「さっすが俺恋人様だ」

腕を組み誇った口調で言い放つ冬夜に春斗は軽口を叩いた。