夏の気配が迫ってきている六月中旬。手芸部部長である高瀬雪哉はその場にいる誰よりも気合が入っていた。
「それでは、部員が全員そろったということで、早速今年の文化祭について話していきたいと思います!」
発言した雪哉の口調にはいつも以上に力強い。
先日、水戸の妹である夏葉がいなくなってしまった出来事があった。俺、葉月、雪哉、水戸で探している時に偶然手芸部の幽霊部員である的場に出会ったのだ。
雪哉にこのことを電話で伝えると、絶対に連れてこいと言われた。的場が手芸部に来ないことに相当手を焼いていたらしい。
夏葉と水戸が再会している隣で、淡々と説教をしていた。
雪哉の話を聞いた的場は気だるそうにしている。
「はーい。面倒なんで俺帰ってもいいですか?内容は他の4人で決めてもらって」
「うるさい的場。今日という今日はちゃんと出席してもらいます」
「だる」
心底嫌そうな態度を見て雪哉は顔をしかめた。今すぐにでも言い返したいというような顔だ。
ただ、今は議題を進めることが先だと考えたのか、それ以上は何も言わなかった。
「えー気を取り直して、手芸部の文化祭の出展内容を決めていきたいと思います」
文化祭か。去年はクラスの出し物に参加しただけで特に他のクラスを見ることもなく終わった記憶がある。
「去年は作品の展示会をしたんですけど、あんまり人が来なくて。今年は内容をガラッと変えたいと思っています」
「別にそんなもんだろ手芸部の出店なんて誰も興味ないだろうし」
「的場、口を挟むな」
的場が言ったことに対して雪哉がツッコミを入れる。二人の関係性が少しずつ垣間見えてきたような気がする。
「ともかく、今日は出店の内容をみんなで話し合いながら決めていきます」
文化祭の出展といってもあまりピンとこない。定番の飲食系は他のクラスや部活がやっているだろうし、手芸部だからこそできるやつにしないと、学校からの許可もおりづらいと雪哉が言っていた。
案が全く浮かんでこない。それは葉月や水戸も同じようで、携帯で検索してみたり考え込んでみたりしている。
「話し合いで決めるって言ってもさあ、何にも浮かばないわけ。後輩の様子も見てみろよ。頭抱えてんぞ」
的場に指摘されると、雪哉に言われるよりも自分が情けなく感じるのは気のせいだろうか。
「話し合いで決めるっていても、それぞれにアイデアがないと意味がない。部長さんはそこんとこ考えているわけ?」
主張は正論だ。この人は三年生の先輩だったと思い直す。初対面から雪哉に注意されている場面しか見ていなかったため、その意識がなかった。
口調に棘が混じっているのが気になるけれど。雪哉や葉月がとやかく言わないので、通常運転なんだろう。
「まあ、考えている。でもこれだけじゃ微妙な感じがするんだよ」
「とりあえず言ってみろよ。ワンチャンいい考えが浮かぶかもしんねえし」
雪哉が少し悩んだ上で口にする。
「手作り体験会」
文化祭に参加する生徒や来校者に向けた参加型のプログラムだ。ただ展示をするよりも、興味を持ってくれる人が多そうだ。
「いいじゃん、体験会。俺は別にそれでもいいと思うけど」
「でも、最優秀賞を取るには弱いと思うんだ」
「最優秀賞?」
「文化祭で一番優れた出展をした団体に送られる賞のことで、副賞には豪華な景品がつくんです」
葉月がすかさず、補足した。去年から手芸部の部員なだけある。水戸は文化祭は今年が初参加だし、俺は興味がなかったし。
というか、的場は三年生のはずだ。つまり今まで二回は文化祭に参加してきた。それなのに知らないのか。俺が言えた話ではないけれど。
「ふーん、それを目指してんのか」
それだけ言って黙った。あまりにも沈黙が長かったので、話しかけるべきなのか否か俺たちは目配せを始めていた。
すると、的場が机にかけていた鞄を手に取った。
「じゃあ、この体験会行ってみないか」
的場が鞄から取り出して見せたのは、今週末に行われる手芸ワークショップのチラシだった。
雪哉は差し出されたチラシ受け取る。大きな机の上に置き、全員が見られるように調整した。
「これならいろんな体験ができるだろうし、いいアイデアが出てくるんじゃね」
一つの大きな広場に、ワークショップを行う店舗を設置する。それぞれの店舗では異なる体験ができるそうだ。確かにこれなら、さまざまな体験会を見ることができるし、参加することでいい考えも浮かびそうだ。
「確かにいいな」
「だろ、これ事前登録制のやつがほとんどだから、今誰がどこを体験するか決めよう」
素早く携帯を取り出した的場はチラシからQRコードを読み取る。
「あー結構埋まってんな。空いてんのは…三つか。ま、ちょうどいいんじゃね」
じゃんけんをした結果、俺と的場、雪哉と水戸、葉月が一人というグループ分けになった。
正直葉月と同じチームが良かったという気持ちがあった。けれど、二人きりになっても意識してうまく話せない自信があったのでこれで良かったのかもしれない。
今、部室という同じ空間にいることでさえ少し緊張しているのだ。もう少し胸の高鳴りに慣れてからでもいいだろう。
「編みぐるみ、リボンクラフト、レジンがあるんだね。みんな何かやってみたいのはある?」
雪哉の質問にいち早く返答したのは的場だった。
「俺はなんでもいい。佐倉が他のやつと決めておけ。今日はもういいだろ俺は帰る」
それだけ言って、本当に帰ってしまった。手芸ワークショップに参加することを提案しておきながら、飽きたと言わんばかりの態度をとる。
「……みんなごめん。的場には俺から言っておくから」
雪哉も大変だ。見かねた水戸が発言する。
「ともかく誰がどのワークショップに参加するか決めましょう。こうしている間にも、募集人数に達して締め切られてしまうかもしれませんし」
水戸の言う通りだ。いちいち的場の行動に圧倒されている場合じゃない。ああいう人なんだと割り切ることも大事だ。
「あの、俺は編みぐるみをやってみたいです」
編みぐるみというのは、毛糸を編んで動物やキャラクターなどの作り、その中に綿を入れて形にしたものだ。わからなくて検索したら、結構いろんな種類のものが出てくる。色とりどりで見ていて飽きない。
葉月が好きそうだ。この前もきゅんくまというマスコットキャラが好きだと言っていたし。
「僕はこのレジンをやってみたいです。妹がこういうキラキラしたのが好きで」
レジンは樹脂の中でビーズや花を入れたりしてLEDライトで固めたものだ。的場が置いていったチラシにも大きく載っている。
樹脂を入れる型によっては、小物入れやアクセサリーも作れる。
「じゃあ、俺はリボンクラフトで」
リボンを編んで形にしていくものもあるようだが、まずはリボン結びができれば大丈夫らしい。これなら俺でもできそうだ。
「わかった、俺がみんなまとめて応募しておくね」
雪哉は携帯で操作を始めた。それが終わるまで俺たちは自由時間だ。
「……的場先輩すごかったですね」
口火を切ったのは水戸だった。俺もその話をしたかったから渡りに船だ。
あんなに面倒くさそうな態度をとっていたのに、ちゃんとした意見を言うとは。失礼かもしれないが本心だ。
しかも、鞄からチラシまで取り出してきたし。
「な、俺もびっくりした。全然やる気ない感じかと思ってたから」
「失礼ですけど、僕も。前から的場先輩ってあんな感じなんですか、葉月先輩」
「俺が入部した時からあんな感じ。結構手芸のワークショップも参加してるっぽい。前紹介してもらったことある」
「人は見かけによらないんだな」
でも、的場は手芸部には顔を出していない。雪哉もそれに悩んでいた。それはどうしてだろう。
手芸に興味がなく、面倒くさいから来ないと言うわけではなさそうだ。
「でも、どうして手芸部には来ないんだろう」
「それは週末、本人に聞いてみたら?」
雪哉が話に入ってきた。応募が完了したらしい。
「的場先輩に?」
「そう、佐倉知りたいんだろ」
この様子だと、雪哉は事情を知っているようだ。けれど言う気はないらしい。
この話題は雪哉の介入によって終わり、答えは週末まで持ち越しになった。