「お疲れ様でーす」

 手芸部の部室へ行くと何やら葉月と水戸が頭を突き合わせていた。

何をしているんだろう。いつにも増して真剣な様子だ。

「どうしたんだ?」

「はっ」

 覗きこもうとした瞬間、ものすごい瞬発力で顔を上げスマホを隠されてしまった。葉月は今日もヘアピンをつけているようで赤く染まった頬がチラリと見えた。

 対して水戸はいつも通り落ち着いている。

「お疲れ様です。佐倉先輩」

「おう。二人は何を見てたんだ?」

「あーそれはですね……」

 珍しく目が泳いでいる。本当に何があったんだ。

 水戸が続きを話そうとすると、

「っっ待って!」

 水戸の話を葉月が慌てた様子で静止した。

「水戸くん、言わないで」

「……だそうです」

「何だよ、見せてくれたっていいのに」

「だめ!」

 手を伸ばしてスマホを取ろうとするが、葉月に交わされる。俺よりも背が高く、手足も長いためどう考えたって不利な状況だ。

 両手をあげてお手上げのポーズを取る。

「はいはい、ごめん。そんなに嫌がるなら聞かないよ」

 その場にあった席に座る。そうだ、別に相手が嫌がっていることに対して深入りするもんじゃない。

 でも、何でだろう。すごくもどかしい。そもそも、水戸に言えて俺に言えないことってなんだ。

 手芸部に入部することになって早3週間。それなりの関係を気づいてきたつもりだ。

 葉月と水戸の関係だって、俺よりは長いかもしれないけれど、それも僅かな差だろう。

「……葉月先輩、佐倉先輩には言ってもいいんじゃないですか」

「言わない」

 頑なな様子の葉月に対して、はあとため息を吐いた。

「わかりました。でも僕は佐倉先輩にならいっても大丈夫だと思いますよ」

 それじゃあ、僕はこれでと水戸は鞄を持った。

「もう帰るのか?」

 俺が部室に来るのが遅れたとはいえ、放課後は始まったばかりだ。おそらく水戸や葉月も部室に滞在している時間はそれほど長くないはずだろう。

「はい、両親は仕事が忙しくて迎えに行けないので僕が妹を幼稚園まで迎えに行くんです」

「妹」

「僕のかわいい妹です」

 そこまでは聞いていない。シスコンか。

 そのまま立ち上がりお先に失礼します、と言い残して帰ってしまった。

「年の離れた妹か……水戸も大変だな」

「そうだね」

 無言。気まずい。

 会話を続けることを諦め、部室に置いておいた俺専用の箱を取り出す。

 中には裁縫道具や作りかけの巾着を入れていた。巾着は手芸部で何を作ろうか決めかねていた時に雪哉に勧められたものだった。

 生地は部室に余っているものを使わせてもらった。まあ、練習用だしいいだろう。

 ゆっくり針を進めていく、やり始めはとにかく早く進めようと針を進めていた。しかしそれだと、線がガタガタになるし糸が絡まってしまうのでやめた。

 それにしても、葉月が俺に隠していることって何だろう。そんなに言えないことなのか。

「いてっ」

 考え事をしていたら、手元がおろそかになってしまったらしく針が指に刺さる。最近は指に刺してしまうことも少なくなってきたのに。ちょっと落ち込む。

「大丈夫!?」

 心配した様子で葉月がやってきた。俺以上に痛そうな顔をしている。

「大丈夫、ちょっと針が刺さっただけだ」

「ちょっとじゃないよ、血が出てる」

 棚の中に置かれている裁縫箱を持ってきた葉月は手際よく消毒し、絆創膏を指に巻き付けていく。

「ごめん」

「本当に気をつけて」

 葉月の細長い指が器用に動いている様子は見ていて気持ちがいい。モヤっとしていた気持ちが少し晴れていくような気がした。

「……なあ、さっき話してたことって」

「っ! ほら、絆創膏貼り終えたよ」

 そういうや否や、自分の席に戻ってしまった。何だよ、その態度。そんなに話せないようなことなのか。

「お疲れ様です」

 雪哉が部室に入ってきた。その手には何やらプリントが握られている。

「先輩、それ何持ってるんですか」

「ああ、これは文化祭の提出用紙。もうそろそろ6月に入るし、手芸部として考えないといけないんだ」

 そういえば今日のホームルームで文化祭実行委員から、何やら話が出ていたような気がする。もう考え始めなければいけないのか。

去年は一年生ということもあってか、準備が遅くなりあまりクオリティの高いものはできなかった記憶がある。全クラスが参加しなければいけない制度も、盛り上げるという点ではいいかもしれないが一年生にとっては結構きつい。

「なるほど」

「それで内容について話したいんだけど、二人はこの後時間大丈夫?」

「俺はこの前の巾着の続きをしてただけなんで大丈夫です。葉月は……」

ちらりと伺うと葉月もこちらを見ていて、視線が合ってしまった。慌ててそらすくらいなら、こっち見てんなよ。

「俺も大丈夫です」

「ふーん。ところで葉月は何をしてたんだ」

 雪哉がスマホを覗き込むが、葉月は拒否しようともしない。本当に俺だけ駄目なようだ。

「あーこれか。葉月これ好きだよな」

「はい」

 楽しそうな会話が隣で繰り広げられている。気になる。

 ……でも、こういう時に無理に入り込むのはよくない。落ち着け。束縛がすごい彼女か、俺は。

「佐倉はこれ知ってる?」

「知らないですね、俺には教えてくれないんで」

 少し嫌味を込めていう。視界の端で葉月が気まずそうにしているが、知らないふりをする。

「そうなのか。葉月、俺は佐倉には教えても大丈夫だと思うけど……」

 雪哉は水戸と同じようなことを言う。

「無理です」

 無理、か。俺はよほど信頼がないらしい。

 椅子から立ち上がり近づいていく。葉月が座っている椅子付近の机に手を置くと、大きな体をびくりと揺らした。

「あのさ、お前が俺のことどう思ってようと勝手だよ。でも、あからさまに態度に出すのは違うだろ」

「えっと、その」

 そうだ。葉月がどんな風に俺を捉えようと勝手だ。あの日教室で、仲がいいと思っていたと言っていたこともお世辞だったのかもしれない。

 けれど、

「俺がそんな態度出されて、どんな気持ちになるか考えろよ!」

 部室が静まり返る。言い終えた後で冷静になる。終わった。

 こんな風に感情的になるつもりじゃなかった。葉月はうつむいている。

「……俺帰ります」

「え」

 葉月はそう言うと鞄を持って部室から出ていってしまった。ヘアピンがつけっぱなしだったけれど大丈夫なのかと問いが浮かんで、慌てて思考を隅に追いやる。

 今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ。

 雪哉が宥めるように肩に手を添えてくる。

「真斗がああ言う気持ちもわかる。でも、人には人のペースがあるんだ。ちゃんと待ってあげような」

「……わかってるよ」

 わかってたはずだった。

 雪哉は眉を下げてこちらを見つめている。弟が何か失敗したのを、しかたないなと見つめる兄のようだ。

「わかったならよし!そんなにしょんぼりすんなよ、ほら巾着の続きやろう。話し合いはまた今度だな」

「うん」

 真斗がしおらしくなるなんて珍しいと軽口を叩いてくる。対して俺は、うるさいよと返した。

「やっとできたーー!」

 数時間後、固くなった背筋を思いきり伸ばした。日が落ちかけている。

巾着が完成したのだ。初めてにしては上手くできたと思う。ちょっと歪んでいる気がしなくもないがそこは愛嬌ということにしておこう。

「どれどれ」

 雪哉が巾着を裏返して確認していく。自分では上手くできたと思うだけ、緊張する。

「うん、ちゃんとできてると思う。裏地も綺麗に縫えているしね」

「よっしゃ」

 思わずガッツポーズが出た。雪哉には縫っている段階でもあれこれ口出しされていたので、余計に達成感を感じる。

「いやーでも、正直びっくりしたよ。真斗が巾着完成させられるなんて」

「雪哉くんが作れって言ったんだろ」

「そうだけど、真斗は基本的に集中力続かないタイプだろ。手芸部も無理矢理入部させたようなもんだしさ、面倒くさくなって辞められちゃうかなって思ってはいたんだよね」

 確かにそれは俺にとっても予想外だ。手芸部に入部した時は雪哉にはめられたと思ったし、正直言ってやる気がなかった。

 でも、続けてこれたのはきっと、葉月がいたからだ。

 あいつがいたから、続けられた。めげそうになった時には励ましてくれたし、一緒にいるのが心地よかった。

「俺、葉月に強く言いすぎたかもしんない」

「そう思ってるなら上出来だよ。あとでちゃんと謝れたらいい」

 頭を撫でる手をそっとよけて、わかったよと返事をした。