この高校の文化祭には言い伝えがある。それは毎年生徒会が全校生徒に配っているものがあるのだ。それはハンカチであったり、ペンであったり、年度ごとに異なる。

 それを交換すれば、片思いであれば相手と結ばれ、すでに両思いであれば二人の絆はより深いものになるという。

 よくあるジンクスだが、毎年文化祭の時期はカップルが大量に成立していた。

 俺も例に漏れずそのジンクスを実行しようとしている。相手は葉月だ。

 このジンクスは全校生徒が知っているほど有名なものではあるが、想い人がいない人同士で交換したりもする。

 もし気まずい状況になったら、そう言って交換して貰えばいいのだ。我ながら名案だと思う。

 今年は生徒会から全校生徒に向けてコサージュが配布された。各々が制服につけたり、すでに交換しあったりしている。

 学年ごとに色が異なっているため、学年と違う色のコサージュを身につけている生徒は目立つ。他学年に恋人がいることを示唆しているから。

「おはようございます」

 部室に行くと、すでに水戸と葉月が集まっていた。

「佐倉くん、おはよう」

「おはようございます。いよいよ文化祭が始まりますね」

 水戸はだいぶ緊張しているようで、震えていた。

「大丈夫だよ、俺たち結構真面目に準備してきたじゃん」

「は、はいそうですね。これは武者震いだと思うようにしておきます」

 自分に言い聞かせるように、胸を叩いた。

 的場と雪哉がやってくるまでの間、三人でワークショップの設営を行った。時間ごとに行うワークショップを分けているため、間の時間が勝負だ。手間取らないように、それぞれで必要なものを段ボールに詰めておく。

 準備が終わる頃に、雪哉と的場がやってきた。

「遅くなってごめんね」

「俺も」

 雪哉は生徒会との最終打ち合わせ、的場はファッションショーを行う上での最終チェックを行なっていた。遅くなってしまうのは仕方がない。

 そして全てが完了した今、各々が文化祭に向けて万全の状態と言える。

「いやー、いよいよだな」

 雪哉と的場にとっては最後の俺と葉月にとっては二度目の、水戸にとっては初めての文化祭が始まる。

「ところで、高瀬先輩に聞きたかったんですけど、文化祭の出展で一位になった際の副賞ってなんなんですか」

 雪哉がずっと欲しがっていたものだ。特に内容が気になったことはなかったが、改めて口にされると気になる。

「それはね」

 雪哉はにこりと笑顔で言った。

「来年度の部費が二倍に増額されるんだよ!」

 え、副賞がそれ?と思ったのは俺だけじゃないだろう。もう少し豪華なものを期待していた。

 例えば全国で使える商品券とか、部員全員の旅費を生徒会が負担する旅行のプレゼントとか。

 それがまさかの来年度の部費が今年度と比べて二倍になることだったとは。

「みんな、この素晴らしさがわかんないの?部費があればもっといろんな展覧会とかに参加できるし、備品も整備できる。創作活動だってもっと色々なのに挑戦できるんだ。それに一位になれば手芸部をバカにする人たちも減ると思うし!」

 雪哉は部長として、いろんな思いがあったようだ。あまりにも背負わせすぎていたらしい。副賞がしょぼいと思ったのはごめんなさい。

「そうだな、部費は大事だよな」

「そうですね、活動をしていく上で一番大切だと言っても過言じゃありません」

「……それに威厳も」

「なめられないのはいいことだよな」

 それぞれの方法でフォローすると、雪哉は顔を輝かせた。

「やっとみんながわかってくれた」

 何やら感激している。すると、校内放送が流れた。

「あーなんか緊張してきた!」

「的場先輩も緊張するんですね」

「俺も人間だからな」

「俺も手汗が……」

「落ち着け葉月、深呼吸」

 俺たちが話している間に雪哉が手を入れた。

「せっかくだからさ、円陣やってみない?」

 その提案に的場がにやける。

「いいな、俺こう言うの嫌いじゃない」

 俺、葉月、水戸もそれに続いて手をかざした。

「今日のために俺たちは、準備を重ねてきた。いろんなことがあったけど、ここにいるみんなだからできたことだと思ってる」

 水戸くん、と名指しをする。名前を呼ばれることを想定していなかったようで、驚いていた。お構いなく雪哉は話を続ける。

「君は一年生ながら、俺がいない時は部を取り仕切ってくれた。ありがとう」

 次に葉月、

「葉月とは、去年からの付き合いだよな。いつもおとなしい君だけど、いざという時にはしっかりもの。副部長として俺を支えてくれてありがとう」

 次、佐倉

「君がいなければ、俺たちは手芸部として活動を続けていことすらできなかった。入部をして、一緒に活動してくれてありがとう」

 最後に的場、

「お前には三年間迷惑をかけられた。何度先生に怒られたかわからない。自由人でいてそれで、誰よりも手芸部が好きな人だ。三年間一緒にいたのが君でよかった。ありがとう」

「今日の文化祭は俺たちが主役だ。存分に楽しんでいこう!」

 そう締め括った。静まった部室内に、鼻を啜る音が響いた。

「あれ、的場泣いてる」

「こんなこと言うの反則だろ」

 せきを切ったように涙が溢れている。なんだかんだで三年間一緒にいた友人からの言葉が、胸に響いたらしい。

 涙から、俺たちの文化祭はスタートした。

***

 校内を歩けば、人人人。普段の学校生活からは想像ができないくらい人で溢れている。

 今俺は手芸部の宣伝をしている真っ最中だ。水戸と一緒に作った看板を掲げている。今年の文化祭はクラスでの出し物に、部活にと忙しい。

 現在の時刻は十二時になろうとしているところだ。校内を回っている生徒や来校者たちが飲食をしている店舗に続々と集まっている。

 手芸部のファッションショーは午後の部で行われる。見に行くつもりだが、いかんせん疲れた。

 人混みを抜けて、誰もいない裏庭に避難する。

 やっと一息つけた。

この時間になるまでほぼ休むことなく動いていた。手芸部のワークショップが終わったと思えば、次はクラスの出し物のシフトがある。

てんてこ舞いとはこういうことか。

すると校舎の方から裏庭の俺がいる場所に向かってくる声が聞こえてきた。

声の高低差的には男子と女子の二人組だろう。

告白でもするつもりか?

俺みたいに一人でいない限り、ここへ休みにくるのは不自然だ。まして男女二人なら。

 人が滅多に通ることがない裏庭は絶好の告白スポットだ。

 やばい、こっちに向かってくる。

 息を潜めながら、建物の影に身を隠す。

「ごめんね、こんなところに呼び出して」

「大丈夫だけど、手短にお願いしてもいい?」

 やっぱり告白だ。どんな人が告白されているんだろう。気になる。

 少し覗くだけだ。片目だけで見て見ると、女の人と背の高い男の人がいた。男の方に見覚えがあるような気がする。けれど俺がいる場所からは、

「俺、好きな人いるけどそれでもいい?」

 その問いに女の人はこくりと頷く。

ところどころしか聞こえないが、男側が酷いことを言ってないか。それを承諾する女性も女性だけど。

 二人でコサージュを手に取った。お互いの色が違う。トレードが成功した。

「ありがとうございます」

 女子はその場から去っていってしまう。残された男が俺は知っている人物であることを俺は信じたくない。

 携帯の鳴る音がする、自分のものが鳴っているのかと思って確認するが違う。残された男に来た着信だ。

「……はい、葉月です。的場先輩ですか。はい、はい……わかりました。今から向かいます」

 葉月、的場。間違いじゃなかった。

 ここで告白されていたのは、葉月だった。