私は、冬が嫌いだ。
 あの静寂で、止まったような冷たい空気が嫌いだ。雪が積もって、全てを覆い隠してしまいそうな気配も嫌い。年末の、今年一年の終わりを告げる鐘の音が嫌いだった。
 終わってしまうことは、『死』は、怖い。
 だから夏は、今の季節は、まだマシだ。
「ねぇ、今度の休み、皆でプール行かない?」
「あ、いいねいいね!」
 学校のお昼休み。クラスの友達とお弁当を食べながら、私は笑顔を浮かべてその話題に頷いてから口を開いた。
「でも、その前に水着買いに行かないとじゃない?」
「あー、確かに!」
「私去年より太ったからなぁ」
 お弁当箱に箸を置き、スマホで水着を調べ始めた友達を横目に、私もスマホを取り出した。
 ……ひとまず、すぐにプールに行くことにならなくて、よかった。
 私は自分から活発にどこかに行くようなタイプでもなければ、率先して誰かを導いていくタイプではない。
 ただ周りの空気を悪くしないように、それでいて話が転がるような言葉を口にしているだけだ。
 ……私は、終わらなければいいから。私の存在を、認めてくれればいい。
 自分の意見を通すよりも、相手の意見に乗り、その相手から自分の存在を認めてもらうほうが、私には重要だ。
『死』は、終わってしまうことだ。無くなってしまうことだ。私は、それが怖い。目の前に居るのに、いないように扱われるなんて、それはもう死んでいるのと同じだ。
 それが怖くて空気を読んで、読み続けて、気づけば私は今のポジションになっていた。
 ……スクールカーストとか、別にそんな事、気にしたことなかったけど。
 空気を読んで生きてきた私は、私が周りからどう見られているのかもわかっている。むしろ『死』を恐れる私には、その能力こそが重要だった。
 ……キャラと違うことをすると、皆引くから。
 引かれると距離が取られ、人間関係は疎遠になる。離れれば離れるほどその関係は薄まっていき、ついには無くなって消えてしまう。
 ……怖い。
 終わって、無くなって、消えてしまうのは、怖い。それはもう、『死』そのものだ。だから私は、気づいたらなっていたスクールカーストの上位というキャラを維持する必要があった。
 ……だから話がつまらなくならないように気を使うし、おしゃれの話にもついていけるように、閲覧用にSNSのアカウントも毎日チェックしてる。
 学校での友人との関係を維持することで、私は他の人から金丸静花という存在として認知される。このキャラを維持できなければ、私は私の居場所を失い、死んでしまう。
「え、ちょっと待って。この水着ヤバくない?」
「めっちゃ可愛いじゃん!」
「でも、攻め過ぎじゃない?」
「これぐらい普通っしょ。あ、フォロワー増えた」
 その声に、周りの子たちから歓声が上がる。
「え、やば。フォローしてくれた人、フォロワー八千人超えるじゃん」
「マジ? 私バズるかな?」
「企業案件来るかもよ?」
「そうなったら、何かおごってよ」
 私がそう言うと、周りに笑いが広がった。
「マジで? インフルエンサー狙っちゃう?」
「てか、静花は自分の写真上げないの? アカウント持ってるんでしょ?」
「確かに! 静花なら絶対フォロワーつくっしょ。芸能事務所からスカウトされたりして」
「えー、そんな事ないよ」
 そう言いながら、私は若干頬を引きつらせる。
「私、見る専だからさ。それに、写真撮るの下手だし」
「そうかな? でも皆顔なんて加工して上げてるんだから、気にしなくてよくない?」
「てか待って。ちょーエモい動画見つけたんだけど」
「えー、どれどれ?」
 話題が変わったのをこれ幸いに、私は動画の話に食いついた。他の子達も、動画の話に夢中になる。それを横目に、私は自分の思考に沈んでいった。
 ……SNSで誰かと繋がるなんて、無理。怖い。
 私にとっての世界は、ここなのだ。この、目で見えて、手で触れれて、声が聞こえるリアル。私の生きている世界は、私の見えている範囲でしかありえない。
 顔も知らない誰かと繋がるのが怖いのではない。ボタンひとつで解消できてしまう、SNS上での関係が怖いのだ。
 ……簡単に消せてしまえる関係なのに、何で皆夢中になれるの?
『いいね』やコメントをつけるのは、まだいい。フォロワーが増えたことに一喜一憂するのも、理解できなくはない。
 でも、簡単にアカウントを作り変えれてしまえるという環境が、私には恐ろしすぎた。
 SNSのアカウントは、ネット上の自分自身だ。
 その自分自身の振る舞いによって、時にアカウントは凍結され、炎上もする。あるいは、パスワードを忘れれば、もう二度とログイン出来なくなってしまうだろう。
 もしそうなった時、ほとんどの人はアカウントを作り直す。有名人でも企業アカウントでもなければ、それはごく一般的に普通に行われていることだ。
 ……でも、アカウントは自分自身なのよ?
 アカウントを作り直すというのは、新しい自分自身に生まれ変わることでもある。でもその前に、まず自分自身(アカウント)を殺さないと(消さないと)いけない。
 ……そんなの、自殺と同じじゃない! そんなの私、耐えられないっ!
 だから私はSNSは見る専で、何も投稿しないし、誰もフォローしない。あんなに『死』が近い環境を、自分の生活の一部になんてしたくなかった。SNSはログインが必要なニュースサイトと変わらない使い方しか、私は絶対にしないのだ。
 ……それ以上、近づきたくもない。
 そう思いながらも、今日も私はその顔に笑顔を張り付かせる。
 
 カラオケに向かうという友達と別れて、私は一人学校を後にする。学校のグラウンドから運動部の掛け声が聞こえてくるのを横目に、私は帰宅する生徒たちの列に混じって最寄り駅まで歩いていった。放課後なのに、まだ気温が高い。夏の太陽は、どうしてこうも元気なのだろうか?
 地下の改札を通って、駅のホームで次の電車を待つ。二、三分も待たないうちにやってきた電車に乗り込むと、自然と額から汗が流れ落ちてきた。私はそれを拭いながら、空いている席へ腰を下ろす。
 動き出した電車の進行方向は、私の帰宅経路とは反対側。今日、私はトートの世話をする日だった。
 席に改めて座り直し、私は大きなため息をつく。
 ……本当に、どうしたらいいの?
 最近、寝ても覚めてもトートの事を考えてしまっている。見た目はとても可愛い犬なのに、もう終わりが近づいているあの犬が、私は怖くて仕方がない。
 ……他の五人には気にしすぎだって言われるけど、『死』は、怖いよ。
 自分が『死』に敏感になっている自覚はある。しかし、これが私の『死』に対する向き合い方、折り合いの付け方なのだから、仕方がない。
『死』は怖くて、恐ろしい。だからなるべく離れていたい。近づきたくない。死体を見つけたあの日にだって、それに気づいていたら、私は皆の手を引っ張れていたのかもしれないのだ。
 怖いから、離れよう。私がそう言えれば、二時間も皆死体の前で立ちすくむ必要もなかったはずだ。
 怖くて、恐ろしいものからは、逃げてしまえばいいのだ。
 ……でも、実際に逃げれるかどうかは、話が別だよね。
 現に今も、私は私が恐れるトートの元へと向かおうとしている。『死』を強烈に連想させるトートが、怖い。
 犬の世話が嫌だとか、そういうレベルではなく、もう会うのすら怖くて嫌なレベルだ。
 ……でも、お世話するって、多数決で決まっちゃったから。
 死体の前で動けなかった私たちが歩き始めるきっかけとなったのが、多数決だ。
『死』に対しての意見が六人とも分かれた時、それでも私たちはどうすべきなのか? という行動指針を決めるためのシステム。皆と歩いていくためのルールを決めるもの。それが、私たちの多数決だ。
 ……だから義法も嫌がってたけど、多数決に従うんだよね。
 そうしないとまた、目の前の『死』から動けなくなってしまいそうだから。次にそこから動けなくなったら、他の五人に取り残されたら、きっと誰もが色々なものに耐えられなくなると、誰も口に出さなけれど皆そう気づいている。
 ……だから私も今日、トートに会いに行くんだよね。
 窓の外を流れる風景を見ながら、私はもう一つの、トートに会いに行く理由を考えていた。
 ……誰かがお世話をしないと、あの子、多分すぐに死んじゃうから。
『死』は、怖い。だから逃げたいし、離れたい。
 でも、その『死』に近づいていってしまう状況も、私には耐え難かった。何もしなければ『死』に近づいていってしまうなら、それを少しでも止めたいと思っている。
 でもトートの変性性脊髄症は、原因が解明されていない、治療できない病気だ。
 だから今、この瞬間ですらその病はトートの体を蝕んで、その寿命を削り取っている。それを想像するだけでたまらなく怖くなるが、トート自身はその事に気づいていない。
 ……本当は、庭でも走り回って欲しくないんだけど。
 足を引きずって歩けば、そこが傷つく。しおりと一緒にお世話をしに言った時、ご飯に凄い反応していた。反応して走り回るから、トート自身がトートを傷つけてしまうから、出来るだけおとなしくしていて欲しい。
 ……紫帆たちからも、おしっこを漏らしちゃったって聞いたし。
 だいぶ、下半身が麻痺してきているのだろう。そうなると、今後は食欲もなくなってくるはずだ。そういう意味では、元気なうちにご飯を食べてもらった方がいいのだろうか? でも、間違いなく食べ過ぎはトートの健康に良くない。
 あれこれ悩んでいるうちに、目的地の駅に到着した。
 電車を降りながら、私はため息をつく。
 ……何でこんなに怖いもののために、私、悩んでるんだろ?
 釈然としない思いを抱え直すように、私は自分の鞄を背負い直して、改札口へと向かっていく。
 
 扉を開けると、嗅いだことがない臭いがして、私は思わず顔をしかめた。トートの待つ庭には既に先客がおり、キャンバスの前にその人が立っている。
 私はその人物に向かって、声をかけた。
「寿史、何してるの?」
「見ての通りさ。絵を描こうとしてるんだよ」
 見れば、寿史の足元には絵画用のバケツにペイントパレットなどが用意されている。臭いの原因は、そのペイントパレットトに出された絵具だった。
「……くぅーん」
 いつもなら誰かが現れた瞬間ご飯を求めてこちらに走り寄ってくるトートだが、今日は様子が違うみたいだ。お腹まで地面に押し付けた状態で、犬小屋の前から遠巻きにこちらを見ている。
 私は寿史に問いかけた。
「トート、どうしたの?」
「さぁ? 僕が最初に来た時は、いつも通りだったけどね。こうやって絵の準備をしてたら、あんな感じになっちゃって」
「それ、完全に寿史の絵具の臭いが原因でしょ……」
 そう言いながら、私は寿史が用意したキャンバスに近づいていく。キャンバスにはまだ下書きしか描かれていない。
 私の視界の隅に、寿史の鞄から覗いているスケッチブックが目に入った。
「それ、見てもいい?」
「どうぞ」
 私がスケッチブックを手に取る横で、寿史はブレザーを脱いでシャツの腕をまくる。折りたたみの椅子も持ってきており、それを組み立てる寿史から少し離れて、私はスケッチブックを開く。
 そこには全ページにわたって、びっしりとトートの絵が描かれていた。
 正面からこちらを向いているものもあれば、全く違う方向に顔を向けているものもある。おもちゃで遊んでいる姿の隣には、フードボールに入ったご飯を嬉しそうに食べているトートの姿もあった。
 顔だけの絵や、全体を描いたもの。あくびをしている姿や、寝転んでいるもの。それら全てにおいて、あらゆる角度から精緻に描かれたトートの姿が、スケッチブックの中にあった。
 私は思わず、こうつぶやく。
「凄い……」
「そのままそこに色をつけても良かったんだけど、やっぱりちゃんと絵で、油絵でトートを残しておきたくてね。スケッチしたおかげで、もう今のトートを残すのにそれは(トート)必要なくなったよ」
 寿史の言葉に、私は首をひねった。絵を描くのに、その対象が必要ないなんて、私にはイメージがつかない。
 ……でも、絵を描く人たちの間では、それが普通なのかも。
 私はスケッチブックを閉じて鞄を置くと、寿史の方へ振り返る。
「それじゃあ、トートが大人しくしている間に、ご飯の準備と掃除を終わらせましょう」
「うん、そうだね」
 そう言うものの、寿史は組み立て終えた椅子に座ると、ペイントパレットと筆を手にする。
 私はスケッチブックを寿史に突き出すと、少しだけ眉を釣り上げた。
「言ってることと、行動が伴ってないんだけど」
「ごめん静花。でも、今気分がノッててさ。いい絵が残せそうなんだよ」
「……そういうのは、やることをちゃんとやってからしてよ」
「だから、ごめんって。きりが良い所でちゃんと手伝うから。あ、スケッチブックは物置に適当に置いておいてくれればいいよ」
「……くぅーん」
 寿史はもう私の方を見もせず、キャンバスに筆を走らせている。そのキャンバスに描かれる対象のトートは、お腹が空いたよ、早くご飯が食べたいよ、と言うように切なげな声を上げていた。
 その姿を見て、私は少し言葉を詰まらせる。正直、トートには今のまま大人しくしてて欲しい。でも私がご飯を用意し始めるのを見たら、こちらに駆け寄ってくるかもしれない。怖い。
 ……だからって、このままご飯が食べれないとトートも辛いだろうし、ストレスが溜まると体に良くないだろうし。
 くっ、と下唇を噛んで、私は意を決したように物置に向かって歩き出した。それを見たトートが、瞳を輝かせる。お腹を引きずりながら、トートがこちらに向かってきた。
「わん! わんっ!」
「ひっ!」
 ……ああ、もう! どうして皆こう身勝手ないのっ!
 トートは怖いし、寿史はムカつく。怒りと恐怖で内心ごちゃまぜになりながら、私は物置の中に駆け込んだ。
「わん! わんっ!」
「も、もう! 静かにしてよっ!」
 物置の前で、早く早くと舌を出したトートがこちらを見上げて吠えてくる。
 反射的に、手にしたスケッチブックを投げそうになるが、そんな事をしてトートが傷ついてしまったらどうするのかと、ギリギリの所で私は堪えた。トートが傷つけば、トートの『死』がそれだけ近づく。そんな事、私に出来るわけがなかった。
「わんっ!」
「お、お願いだから、静かにしてっ!」
「わん! わんっ!」
 ……こっちの気も知らないで、そんなに嬉しそうな顔してっ!
 スケッチブックを物置の棚に乱暴に放り投げ、私は震える手でドッグフードの袋に手を伸ばす。だが、手が震えて上手く袋がつかめない。二回、三回と手を伸ばして、ようやく袋をつかむことが出来た。
 額に汗が滲み、目にもうっすら涙が浮かぶ。何で? だとか、どうして? という単語が頭の中をぐるぐる駆け巡るが、もう意地でもなんとかしてやろうという気持ちで、私はフードボールにドッグフードを注いでいった。
 私はヤケクソ気味になりながら、ボールをトートの前に置く。
「ほ、ほら! これでいいでしょっ!」
「わんっ!」
 トートは嬉しそうに吠えると、フードボールの中に頭を突っ込んだ。ガリガリとドッグフードをかじるトートを見ることもせず、私は物置から出て汗を拭う。
 本当に、色々と無茶苦茶だ。一人でトートの世話を出来るわけがないと思ったから、二人制にしてもらったのに。
 今だって、自分一人で餌の準備が出来たのは、奇跡に近い。普通だったらトートに追いつかれ、物置の中に侵入を許していただろう。そう、普通だったら。
 そこで私ははっとなって、トートに駆け寄った。
 そうだ。普通なら私は、トートに追いつかれる。でも、トートが私に追いつけなかったということは、普通じゃないことがトートの身に起こっているということだ。そう言えばトートは、今日は後ろ足だけでなく、お腹まで地面に引きずって走っていた。
 トートが病気だということで、最悪の想像が私の頭の中を駆け巡る。
「ご、ごめんね。ちょっと触らせて」
「わん! わんっ!」
 ご飯を食べている所を邪魔されたからか、トートは私の手を邪魔そうに振りほどこうとする。必死に抵抗されるが、私だって必死だった。
「お願い、ちょっとだけだからっ!」
「きゃんきゃん!」
「お願い、お願いよ、トートっ!」
「……くぅーん」
 私の必死さが伝わったのか、トートが私の手の中で大人しくなる。お腹をこちらに向けるように、私はトートをひっくり返した。そして、目をひそめる。
 トートのお腹から足にかけて、血が滲んでいた。
 体を引きずるように無理やり動いていたので、体が傷ついてしまったのだ。傷を負っても、変性性脊髄症で体が麻痺しているため、痛みに気づかずにトートは走ってしまう。
「寿史、スマホ持ってる?」
「え、どうして?」
「トートが怪我しているのっ!」
 振り向くと寿史は先ほどと変わらず、絵を描いている。
 怒りで一瞬我を忘れかけるが、私はトートを抱えて自分の鞄まで走り、スマホを取り出して電話を掛ける。
 電話の宛先は、弁護士の小嶋さんだ。
『……もしもし?』
「もしもし? 私、トートのお世話をする事になった金丸です! 金丸静花ですっ!」
『ああ、金丸さんですか。お久し――』
「トートが怪我をしてるんです! 病院の手配をお願いできませんかっ!」
 小嶋さんの言葉が言い終わる前に、私はそう叫んでいた。
 私の焦りが伝わったのか、小嶋さんもすぐに対応してくれる。
『わかりました。すぐに手配します。通院費等は気にしないでください。怪我をしている部分は、足ですか?』
「足から、お腹にかけてです」
『では、患部を水で洗ってください。砂やバイキンがついているかもしれませんから』
「わかりました」
 電話を切り、トートを洗おうと顔を上げると、寿史は相変わらず絵を描いていた。
 そこで、私の中で何かが切れる。
「……寿史、いい加減にしなさいよ」
「何が?」
「あなた、トートがこんな事になってるのになんとも思わないの? てか、そもそも絵を描くためにトートのことよく見てたんでしょ? 怪我してたって気づかなかったの?」
「さっきも言っただろ? 僕はもう、トートを残すのに必要なものは見たんだよ」
 そこでようやく手を止め、寿史はこちらに振り向いた。
 その瞳は、ここではない、どこかを見ているようながらんどうなものだった。
「これから僕は、トートを絵に残すんだ。トートを永遠にするんだよ? それが傷が出来たとかどうとか、何をそんな事で騒いでいるんだい?」
 その言葉に、私は絶句して何も言えなくなる。
 寿史はもう、現実のトートを見ていなかった。彼はトートを絵に残すことで、永遠という形にすることで、トートの『生』にも、トートの『死』にも折り合いをつけてしまっている。
 ……そうじゃない、そうじゃないよ、寿史!
 そう言いたいが、他の五人の『死』との向かい方には口を挟めない。私の口はなんと言葉を作ればいいのかわからなくて、私は結局顔を伏せた。
「……くぅーん、くぅーん」
 うなだれた私の顔を、傷だらけのトートが慰めるように舐めてくれる。
 ……私のこと、心配してくれてるの?
 何故だか私はとても悲しくなって、少しだけ、泣いた。