今年の文化祭は二日間。
演劇部との舞台対決は、一般公開の二日目に決まった。
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クーラーのない地学準備室は、今日もむし暑い。
わたしは定位置に座り、メガネ先輩が配布したプリントに目を通す。
「くじ引きの結果、演劇部が午前中ラスト。私達は十四時から。一つ前は落語同好会だが、確認したところ、マイクは使わないそうだ。
三つめの希望だった『創作脚本を使用し、観客席も全て舞台にする』件。演劇部からオーケーがでた。午後トップの被服同好会、すぐ後の茶道同好会に交渉し、生徒会長の許可を得てきた。午後の観客席配置図はコレだ。
野上。どうだ?」
「バッチリです! さすがメガネ先輩!」
「ユキ。ゾンビは残念だったな。だが、脚本の許可はおりた。演劇部との勝負、この話でいくぞ」
グッと親指を立てるユキ先輩。
文化祭の脚本は、ユキ先輩とメガネ先輩の合作。
薄黄色の表紙に【カーテンコールを君と一緒に。】と、タイトルが印字されている。
「コウタ先輩。カーテンコールってなんですか?」
「音楽の世界だと『アンコール』って使うよね。でも、演劇の世界だと『アンコール』は再上演って意味になるんだ。
終幕後、舞台袖にはけた役者を戻すために、観客が拍手や指笛をしたりする事。役者が舞台に出直して、観客におじぎをしたり、手を振ったりする事。それらがカーテンコール。
文字通り、幕が下りた後に呼ばれるんだ。観客が総立ちで拍手している時もある。カーテンコールを貰えるって事は、『良い舞台だったー!』って言われている事と同じなんだよ」
「すごいステキな言葉ですね……!」
「うん。俺もまだ、演じる側じゃ味わった事がないから。タイトル通りになるよう、みんなで世界を創っていこう」
「はい!」
初舞台を終えた後のキラキラした世界よりも、もっともっと輝く世界がカーテンコール。
大好きな先輩達と、文化祭の舞台で見られるのなら。
きっと、一生忘れられない光景になる。
「予定表の右側を各自、クラス用に使ってくれ。拡大コピーしたものをホワイトボードに貼っておくので、分かりしだい、クラス予定を書きこむように。
演劇部との勝負ではあるが、高校生活の一大行事だからな。クラスの出し物にも参加する事が、顧問からの条件だ。クラスでの役割もきちんと果たせ。
それから。期末テストがある事を忘れるなよ。赤点は活動停止だ。いいな、活動停止だ」
メガネ先輩の視線にたじろぎつつ、コウタ先輩が弾んだ声を上げる。
「円陣するよー! みんな立って!」
メガネ先輩が手を置き、ユキ先輩の手が重なり、桜木くんが手を重ね、わたしが手を重ねると。
一番上に、コウタ先輩が手を重ねた。
「文化祭まで残り二ヶ月! 一人一人が毎日を楽しもう! @home活動スタート!」
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腹筋五回しかできなかった、わたし。
ユキ先輩に教えてもらって、三十回できるようになった。
筋トレも柔軟体操も、寝る前の日課になった。
大きな声がだせるだけだった、わたし。
コウタ先輩に教えてもらって、演劇の発声や仕草が一つずつできるようになった。
早口言葉もあめんぼの歌も、入浴中の日課になった。
部活しか考えずに高校を選んだ、わたし。
メガネ先輩や桜木くんに教えてもらって、勉強が楽しくなった。
予習も復習も、電車通学中の日課になった。
わたしも将来。
先輩達みたいに。
他人に、教えられるような人に、なりたいと思った。
とても個性的で、とてもステキな先輩達と過ごす時間が。
わたしに、自分自身でキラキラ輝くための力をくれた。
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ビニールシートのパッチワークが、午後の観客席。
舞台上につながるステップ階段を、中央に設置し。
観客席を左右に置き。
カタカナの『エ』に形作った、制限のない自由な舞台。
「演劇同好会・@home【カーテンコールを君と一緒に。】。ただいまより上演致します」
開演の音が鳴り響き。
幕が、上がる。