カーテンコールを君と一緒に。


 メガネ先輩が「さて」と、全員を見回す。

「片づけまでは頼まれていないからな。ユキも落ちついたようだし、同好会の活動をしよう。
 私はパソコン室へ行く。ユキ、新しい脚本のURLを送っておいてくれ。
 野上(のがみ)と桜木は体育館に戻り、録画機材の回収を。地学準備室の鍵は開けておく。
 モモ。ユキと一緒に、アンケート用紙の記入を終わらせるように」
「いえっさー!」
「はい!」
「了解です」
[分かりました]
「メガネ先輩。俺のアンケート用紙、ココに置いておきますねー」

 テキパキと指示をだしたメガネ先輩が、司書室から出ていく。
 スクールバッグからアンケート用紙とスマートフォンを取りだしたコウタ先輩が、少し遅れて出ていった。

 わたしは熱のせいで、赤みをおびた頬をあおぎつつ。
 半分しか書いていないアンケート用紙を長机に置き、イスに座る。
 ソファーから立ち上がったユキ先輩が、わたしの正面に腰をおろした。

(……えっと、マリアのダンスがすごかった……ダリアの視線がこわかった……)

 カリカリ……カリカリ……
 シャープペンシルが紙面を走る音だけが、室内に響く。

(あとは……やっぱり……終わり方にモヤモヤしました……は、書くべきだよね……。モヤモヤじゃ、うまく伝わらないかなぁ……)

 アンケート用紙を前に、わたしはウーンと考える。
 コウタ先輩のアンケート用紙へ手を伸ばし、中身を読む。
 ギッチリ書かれている文章は、分からない演劇用語もたくさん。
 一番下に書かれていた例の文は、キレイに消してあった。

 ──モモちゃんの反応が、全部カワイイ。

 提出するものだから、消すのは当然のこと。
 でも。
 消してほしくなかったなぁ、なんて思ってしまうのは。
 ガマンを忘れたわたしが、頭よりも心にしたがってしまうからだ。
 好きです、好きです、大好きです。
 唇で形作るだけなら、何度でも言えるんだけどなぁ。

 はぁ、と。
 知らぬ()にため息をこぼしてしまい、わたしは口を押さえる。
 アンケート用紙から顔を上げたユキ先輩が、首をかしげる。

「す、すみません。な、なんでもないです」

 聞かれていなかったと、思うけれど。
 わたしはアンケート用紙に向き直ろうとして。
 ユキ先輩がさしだしたノートを見て、目を丸くした。

[モモちゃん。もしかして、なんだけど。
 コウタのこと、好きなの?]

 ユキ先輩の大きな瞳が、わたしを見つめる。

 ばばばばば、バレてる⁈
 なんで⁈
 どうして⁈
 ユキ先輩、他人の心が読めるんですか⁈

 声にならないものが、頭の中をかけ回る。
 やきもきする気持ちが、胸の中を走り回る。
 内心のわたしは、滝のような冷や汗がダラダラ流れ。
 現実のわたしは、一ミリも動けずにいる。

 シーンとした空気が「はい、そうです!」と、言いだしそうな雰囲気(ふんいき)の中。
 ゆっくりした動きで、ユキ先輩がノートを手元に引き寄せる。
 サラサラと新しい文章を書き、再度わたしに見せた。

[モモちゃん。答えて、ほしいな]

 有無(うむ)を言わさない口調になっています、ユキ先輩!

 ユキ先輩が、痛いほどの視線をわたしに送る。
 メガネ先輩もコウタ先輩も桜木くんも、誰一人戻ってくる気配はない。
 わたしはもう一度だけ、ユキ先輩の文章を見る。
 グッと盛り上がったり、へこんだりを繰り返す胸に、両手を当て。
 フーと大きく息を吐き、ゆっくり目を閉じる。

 桃のキャンディーと一緒にプレゼントされたのは。
 泣き顔を笑顔に変え、現実をキラキラの世界に変えてしまう魔法と。
 クラスでの居場所と親友達、同好会での居場所と先輩達。
 とろけそうなほど甘い笑顔と、好きなことに打ちこむ真剣な表情のギャップ。
 姿を見るたびに、声を聞くたびに。
 身体中の細胞(さいぼう)全部がコウタ先輩だけに反応する、特別なキモチ。
 わたしは全身を包む感情に、あふれんばかりの(いと)しさをのせ。
 ユキ先輩を見つめ、満面の笑顔で口にした。

「はい。わたし、コウタ先輩が好きです」

 まばたきを忘れたユキ先輩の喉が、上下に動く。

「コウタ先輩が『一緒にやろう』って、言ってくれた時に。わたし、決めたんです。誰かのマネをするんじゃなく、自分がキラキラできるステキな人になろうって。自分の気持ちにウソをつかないって。
 コウタ先輩が、ユキ先輩を好きでも。わたしの知らない、他の誰かを好きでも。
 わたしは、コウタ先輩が好きで、好きで、大好きです」

 とくん。とくん。とくん。
 ああ、いま。
 わたしの胸の中で、しあわせの音が鳴り響いている。
 好きです。好きです。大好きです、コウタ先輩。

 それ以上は、なにも言えず。
 わたしは頭を下げる。
 ポッポッと心の中に灯った火が、熱くて熱くてたまらない。

 一秒が十分にも感じられる時間が、過ぎていく。

 ……カリ、カリ。
 シャープペンシルが文字を書く音が聞こえる。
 わたしが、おそるおそる顔を上げると。
 ユキ先輩がノートをさしだし、ほほえんだ。

[モモちゃん。教えてくれてありがとう。
 最初に言っておくね、私とコウタはつきあってないよ。
 中学二年の時に、私から告白したんだ。でも、フラれちゃった。告白した日の放課後にね、『ごめんなさい』って。ずっと、納得したフリをしていたけれど。本当の私は、納得なんかしていなかったんだ。
 だから、好きって言わなければ、そばにいてもいいかなって。高校も部活も同じにすれば、いつかは好きになってくれるかなって。そんなズルい事ばっかり、考えてた。
 モモちゃんの告白を聞いて、思ったの。私は、モモちゃんみたいにハッキリ『好きです』って、言えない。これからも言えない。
 私のコウタへの気持ちは、恋愛としての好きじゃないんだって思った。つらい時、守ってくれたから。優しくしてくれたから。ただ、優しさに甘えてただけなんだって思った。
 モモちゃんの告白、心にストンって落ちた。答えてくれて、ありがとう]

 細い指が、新しいページを開く。

[体育館でもありがとう。
 モモちゃんが『ステキな先輩』って言ってくれて。代わりに怒ってくれて。私、涙がでるぐらい嬉しかった。
 ガサガサで、カサカサの変な声だけど。
 これからも、仲良くしてくれる……?]

 ぬれたあとが残る、最後の質問文。
 わたしは、ジーンと鼻の奥がしびれるのを感じながら。
 ユキ先輩へ向かい、ニッコリ笑う。

「変な声じゃありません! わたしをかばってくれた、とってもとっても優しい声です!
 わたし、ユキ先輩と話したいこと、たくさんあるんです。中学生のコウタ先輩の話も聞きたいです。ユキ先輩は、いつもわたしの話を聞いてくれますけど。わたし、ユキ先輩が話したいことも一緒に話したいです。
 演劇のこともそうです! ユキ先輩のおかげで、腹筋三十回できるようになったんですよ。ユキ先輩が無理なくできる方法を教えてくれたから。わたし、毎日続けられています。どうやったらステキなパントマイムができるか、わたしに教えてください。
 あ、でも! いたいのをガマンして、無理に声をだすのはダメです! コウタ先輩の言い方をするなら、ノーです!」

 わたしはコウタ先輩のマネをし、両腕で大きなバツ印を作る。
 ユキ先輩が目の端を(ぬぐ)い、新しい一文を書いた。

[モモちゃん。ありがとう]
「いいえ! わたしのほうこそ、ありがとうございました! わたし、飲み物を買ってきますね」

 ユキ先輩がコクリとうなずく。
 わたしは立ち上がり、スクールバッグから毒舌ウサちゃんの小銭入(こぜにい)れを取りだす。
 笑顔のまま、司書室を退室し、図書室の扉を閉める。

 そうして。
 一、二、三歩と進みながら、ふるえる唇をかみしめ。
 涙が頬をすべったまま、わたしはかけだした。
 透明な水滴をまばたきと共に弾け飛ばそうとしても、うまくいかない。

「ごめ……ごめ……ごめんなさい……ユキ先輩、ごめんなさい……」

 わたし、最低だ。
 ユキ先輩とコウタ先輩とつきあっていないって、言われた時。
 ユキ先輩の好きが、恋愛の好きじゃないって、教えてくれた時。
 胸のつかえがとれて、心の底から安心したんだ。

 もしもユキ先輩がライバルだったら。
 一ミリの勝ち目もなかったから。

 演劇部の人達と同じで。
 ユキ先輩の思いを、本当のことを、知ろうともしなかった。
 わたし、最低の後輩だ──

 自分の足音に追いかけられるように。
 誰もいない廊下を、わたしは走る。

 ポロポロと、ポロポロと。
 何度(ぬぐ)っても、涙はとめどなくあふれて。
 ボロボロと、ボロボロと。
 床に落ちていく。

 グルグル、グルグル、グルグル。
 わたし、最低。
 わたし、自分のことしか、考えてない。
 わたし、最低だ。
 グルグル、グルグル、グルグル。

 わたしはグシュグシュの鼻をすすり、ウサギより真っ赤な目をこすり。
 足が進むまま、走って、走って、走って。
 視界に映った白いパーカー姿に、足を止めた。

「モモちゃん」

 立ち(すく)んだわたしへ、コウタ先輩が歩み寄ってくる。
 なんのためらいもなく、コウタ先輩が両ひざを折り、冷たい廊下に着く。
 静かに伸ばされた手が、わたしの手を取った。
 するりと横を桜木くんが通り過ぎていく。

「コウタ先輩」
「うん、モモちゃん」
「コウタ先輩」
「うん、モモちゃん」
「コウタ先輩」
「うん、モモちゃん」

 涙で揺れる視界のまま、わたしは名をつむぐ。
 三文字の言葉を舌にのせ、音へ変えるたびに、透明なしずくが落ちる。

「コウタ先輩。わたし」
「うん」
「ユキ先輩と、話をしたんです」
「うん」
「ユキ先輩は、コウタ先輩とつきあっていないって。コウタ先輩のこと、恋愛の好きじゃないって言ったんです」
「うん」
「それを聞いたら、わたし」
「うん」
「……ああ、良かったって……。ユキ先輩がコウタ先輩とつきあってなくて、ユキ先輩がコウタ先輩を好きじゃなくて……良かったって……心の底から、思っちゃったんです」
「うん」
「だって! ユキ先輩がライバルだったら、わたしに勝ち目なんてなかったから! わたしが二年生になっても、ユキ先輩には絶対なれないから!」
「うん」
「わた……わだし……っく、ひっく」

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 こんな最低なヤツが、後輩だなんて。
 ガッカリしましたよね。
 ドン引きしましたよね。
 こんな最低なヤツが、コウタ先輩を好きだなんて。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 
 わななく唇から全てをしぼりだし、わたしはうつむく。
 目の奥底からしたたるしずくが音もなく落ち、自分ではない手の甲で跳ねる。

 薄い夕陽が、廊下から去ろうとした矢先。

 コウタ先輩の手が離れ。
 息もできないまま、わたしは力強い腕に抱きしめられた。

「モモちゃん。嫌なら、嫌って言って。言わないかぎり、離さないから」

 耳の一番近くで聞こえる、コウタ先輩の声。
 コウタ先輩が話すたびに、熱い吐息が触れる。
 ほっとするような安心感と、ゾクゾクする感情が入り混じって。
 わたしの目から、涙がひっこんだ。
 
「ごめんね。俺が、いろんな事を中途半端(ちゅうとはんぱ)にしてきたから。俺が、最初から全部話しておけば。隠しごとみたいなマネしなければ。モモちゃんが泣く事はなかったのに。泣かせるつもりなんて、なかったんだ。ごめんね、モモちゃん。
 好きな子を泣かすとか……本当にごめん。ごめん。ごめん。何回あやまっても足りないんだけど、ごめん、ごめん、ごめんなさい。
 あのね、モモちゃん。すごく自分勝手なお願いだって、分かってるんだけどさ。俺、モモちゃんには笑っていてほしいんだよ。無理して笑う必要はないんだけど、やっぱり笑った顔が一番カワイイから。モモちゃんのカワイイで、俺の身体全部がうまるレベルだから。モモちゃんの笑顔を見るたびに『よっし、今日も頑張ろー!』って、一人でもりあがってるから。
 モモちゃん。今、俺の顔を見るのはダメです。絶対ダメ。役に(はい)ってないから。セリフじゃないから。リアルヘタレ大魔王(だいまおう)が、めっちゃ頑張って話してるので。顔を見られたら、はずかしくて死んじゃいそうなので。だから、顔はみないでください。お願いします」
「……そう言われると、見たくなります。コウタ先輩」
「ノーです! 絶対ノーです!」

 慌てるコウタ先輩の声を聞きながら、わたしは笑う。

 さっきまでは、つらくて、つらくて、どうしようもなかったのに。
 コウタ先輩が来てくれたとたん、話しかけてくれたとたん。
 わたしはすぐさま、笑顔の魔法にかけられた。

「コウタ先輩。顔が、見たいです。大事な話をするから。顔が、見たいです。見せてください」

 おずおずと離れるコウタ先輩の頬へ、わたしは手を伸ばす。
 さしこむ夕焼け色は、おそろいだけれども。
 わたしとコウタ先輩、どっちのほうが赤いだろう。

「コウタ先輩。全部、話してください。ユキ先輩とのこと。演劇部とのこと。わたしに隠しごとはしないって、約束してください」

 わたしはキラキラ光る夕焼けの中、満開の笑顔で笑ってみせた。

「コウタ先輩。わたし、コウタ先輩が大好きです。
 だから、質問返しをします。コウタ先輩は、誰が好きですか?」

 ボッと音がし、夕焼けよりも真っ赤に染まったコウタ先輩が。
 はにかみながらうつむいて、右人差し指で右頬をかこうとして。
 指を下げ、とろけそうな甘い笑顔を浮かべた。

「一年A組、出席番号二十番、渡辺はるかちゃん。俺は、はるかちゃんが大好きです」
「はい! わたしもコウタ先輩が大好きです! やっと、名前で呼んでくれましたね!」

 立ち上がったコウタ先輩が、右人差し指で右頬をかく。
 さしだされた左手を、わたしは自分の右手でにぎった。

「あの、さ、はるか、ちゃん。俺の手、変な汗でてないよね⁈
 面と向かって名前を呼ぶの、心臓がヤバイので! 
 二人っきりの時だけ、名前で呼ぶって言ったら。おこる……?」
「コウタ先輩。カミカミ様がついています。カミカミ様、カミカミ様、お帰りくださーい。
 ユキ先輩は名前で呼んでるじゃないですか! わたしも名前で呼んでください!」
「カミカミ様、カミカミ様、お帰りくださーい。
 か、かまないように、が、頑張るので、心の準備時間をください」
「はい。……あ、コウタ先輩。わたし、もう一つ聞きたいことがあったんですけど」

「んー?」
「コウタ先輩。最近、スマホを見てニヤニヤしすぎです。なにを見てるんですか?」
「ニヤニヤしてた⁈」
「してました」
「……み、見せるのは、も、もう少し、待ってほしいかなー……ダメ?」
「むーって顔しますよ、コウタ先輩」

 考えこむコウタ先輩。
 わたしはこっそり、コウタ先輩と恋人つなぎをする。

「コウタ先輩。三数え終わるまでに見せなかったら。『わたしはコウタ先輩が大好きでーす‼︎』って叫んで歩きますよ。手もつないだのでバッチリです。せーのっ、いーち、にー」
「わー! わー! 待った! 待った! 見せます、見せます!
 み、見せるけど! はるかちゃん、おこらない?」
「コウタ先輩。なんでおこられる前提(ぜんてい)なんですか」
「メガネ先輩にデータをゆずってもらったヤツなので……」
「メガネ先輩のデータなら、なんの問題もないはずです!」

 コウタ先輩が、パーカーのポケットに右手を入れ。
 おそるおそるスマートフォンを取りだし、わたしに待ち受け画面を見せた。
 青空の下でキラキラ弾けたわたしの笑顔が、ベストアングルかつベストショットで映っている。
 今度はわたしが、頭から湯気(ゆげ)を出す番だった。

「……コレ、です。お守りにしてました」
「コレ、隠し()りじゃないですか!」
「違う、違う! 隠し撮りなんかしないってばー! メガネ先輩に土下座して、データをゆずってもらったんだよー!」
「じゃあ、今度! デートして! 二人でプリクラをとりましょうね! それでおあいこにします!」
「で……で……で……⁈
 はるかちゃん。い、言えるように、がががが頑張るけど! ちょちょちょっと、待ってて! 今、口から心臓が飛びでそうだから!」
「もー! 舞台の時の姿はどこにいったんですかー! コウタ先輩!」

 ピロリロリン。
 コウタ先輩のスマートフォンに【メガネ先輩:怒りマーク+連絡しろ】の通知。

 わたしとコウタ先輩は顔をみあわせ。
 ギュッと手をつないだまま、司書室へ走りだした。

 わたしにしか見せない、はずかしがり屋のコウタ先輩。
 この姿は、わたしだけの特別な宝物。
 好きです。好きです。大好きです。コウタ先輩。
 しあわせの音が鳴り響く胸も、笑顔の魔法も。
 全部、相手がコウタ先輩だからです!

***

 司書室に戻った後。

 まず。
 メガネ先輩から、お小言(こごと)をくらった。
 わたしは、単独行動の時はスマートフォンを持ち歩くこと。
 コウタ先輩は、伝達事項が終わったら連絡をすること。
 わたしとコウタ先輩は「ごめんなさい」と、二人そろって頭を下げた。

 続いて。
 カミカミ様がついたままのコウタ先輩が。
 わたしと両想いだったことを、話してくれた。

「モモ。演劇以外は使えんヤツだからな。何かあったら、すぐに連絡しろ。
 野上(のがみ)。モモに迷惑をかけるなよ」
[モモちゃん。おめでとう。良かったね]

 パチパチと拍手をするユキ先輩。

 わたし、やっぱりユキ先輩にはなれないなぁ……。
 だって、性格よし、顔よし、スタイル良しの美人。
 わたしが男性なら、間違いなくユキ先輩を選ぶと思う。

(ユキ先輩をフった人は、コウタ先輩ぐらいだろうなぁ。中学生のコウタ先輩、なんでユキ先輩をフっちゃったんだろう……?
 もっと不思議なのは! な、なんでコウタ先輩は、わたしのこと……だ、大好きになってくれたのかなぁ……?
 気になることが多すぎです、コウタ先輩!)

「モモちゃん? 俺の顔に何かついてる?」
「本名で呼ばないので返事しません」

 わたしは即答する。
 コウタ先輩が言葉につまったのを見て、残りの三人が笑った。

「……は、はる……はるか、ちゃん」
「はい。コウタ先輩」

 あいた右手で、コウタ先輩が熱っぽい顔をあおぐ。
 わたしは満足し、するりと手を離し。
 さっきまで座っていたイスへ、腰をおろす。
 【モモちゃんへ→ヒミツのお手紙 ユキ】と書かれた四つ折りのノートが、ホチキス留めの冊子上に置かれている。
 正面のユキ先輩へ視線を向けると、ピースサインを返された。
 わたしは制服のスカートのポケットに手紙をしまい、冊子を見ようとして。
 ピシッと、石像のごとく固まった。

「えーと……あのさ、ユキ。モモちゃ……はるかちゃんに、何も教えなかったの?」
「とっくに知っていると思っていたが。モモ、何も知らなかったのか」
「なにも教えてもらってませんし! なにも知りません! 
 だって、ユキ先輩! いつもは少女マンガの話とか、はやりのドラマの話しかしないですもん!
 なんで! おばけの話なんですかぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 図書係の人が「静かにしてください」と注意するほどの大声で、わたしは叫ぶ。
 脚本の一ページ目にデカデカと印字(いんじ)されたタイトルは、【ウキウキ☆ワクワク☆ゾンビパニック!】。

 ウキウキも!
 ワクワクも!
 まったくしません、ユキ先輩!

[私、ホラーとパニック系が大好きなの。※ピー(※言葉にならない)が※ピーするヤツとか、※ピーが※ピーして※ピーしちゃうヤツとか。
 モモちゃん。正確にはね、おばけとゾンビは別物だから!]

 鼻息あらく、ノートに書き始めるユキ先輩。
 ほんとうに好きなんだなぁ、おばけとゾンビ。

 同好会の活動は、そこで打ち切り。

 理由としては。
 ユキ先輩が見つけてきた脚本が【個人の創作脚本】であったこと。
 首をかしげたわたしとユキ先輩に向かい、コウタ先輩が解説してくれた。

「この間の寸劇の脚本も、同じなんだけど。元々あった脚本、つまり既成(きせい)脚本を、メガネ先輩に書き直してもらったり、俺達でセリフを変えたよね。そういうのは全部、『改変(かいへん)許可(きょか)を含めた上演許可をとる必要がある』んだ。全国高等学校演劇協議会っていう、えらーい人達が決めたルールです。
 それから高校演劇の場合、上演許可を取ると同時に上演料を支払わなきゃいけない。高校生の公演は上演時間に関係なく、上演一回につき五千円。千円でいいよって言ってくれる人もいるし、上演料は一万円になるけど何回上演してもいいよって都道府県(とどうふけん)や地域もあるんだけどね。
 俺が一人でやってたヤツ? あれは全部、俺がお世話になってる演劇集団の創作(そうさく)脚本。俺の演劇の師匠(ししょう)に土下座して、一回五百円で上演させてもらっています。寸劇の脚本も同じく五百円。
 まとめると。この脚本を使いたいなら、製作者に連絡をして。『いろいろ変えてもいいですかー?』って確認して。製作者にオッケーを(もら)わなくちゃいけないのです。ダメって言われたら、その時点(じてん)でダメです。著作権(ちょさくけん)っていう権利(けんり)があるので。
 というわけで。許可がとれるまで、この脚本では何もできません。ユキが探してきた脚本だから、ユキが連絡するように。はい、本日は解散しましょー」

***

 帰り道。
 わたしは初めて、コウタ先輩と一緒に駅までの道を歩いた。
 演劇のことを語るコウタ先輩の横顔は、キラキラしていて。
 わたしは熱を帯びた瞳で、見上げ続けた。

「ごめんね、はるかちゃん。ココ()までしか送れなくて」
「いえいえ! コウタ先輩、今日は劇団で練習の日じゃないですか。逆方向ですし、送ってくれただけで嬉しいです。
 それとも。さよならするのが、さみしいですか?」

 わたしはおずおずと、コウタ先輩を見上げる。
 耳の端を染めたコウタ先輩が、片手で困ったように頭をかいた。

「……もしも、さみしいって言ったら。はるかちゃんはどうする?」

 わたしの胸が、ドキリと音を立てる。
 わたしはあわてて改札口へ振り返り、スクールバッグを肩にかけ直した。

「いじわる、です。コウタ先輩」
「最初にいじわるしたのは、はるかちゃんだからねー」

 きっと、今のコウタ先輩は。
 わたしの心なんて全部見透(みすか)して、優しく笑っていて。
 好きの気持ちが、帰りたい気持ちよりも大きいことが、バレているから。

 反対側のホームに電車が来るアナウンスが流れる。
 わたしは、熱い息を吐き。
 コウタ先輩へ向き直り、ベーッと赤い舌をだした。

「ズルイ人には言いませんからね! コウタ先輩!」

 苦笑いしたコウタ先輩が、んーと考え。
 わたしが乗る電車のアナウンスにあわせ、耳元でささやいた。

「大好きだよ、はるかちゃん」

 走りこんでくる電車のライトより、赤く赤く染まりながら。
 わたしは離れていくコウタ先輩のネクタイをつかみ、せいいっぱい背伸びをして。
 同じように、耳元でささやいた。

「わたしも大好きです。コウタ先輩」

 パッとネクタイを離し、わたしは改札口にパスケースを当てる。

「アプリで連絡しますね! コウタ先輩、返事くださいね!」

 開いた電車の扉から出てくる人の波を抜け、わたしは電車に乗りこむ。
 プシュンと音を立て、閉まった扉に近づき。
 わたしは立ったままのコウタ先輩へ、手を振る。
 振り返される手と笑顔が、遠ざかっていく。

 好きです。好きです。大好きです。コウタ先輩。
 だからこそ。
 わたしは聞かなくちゃ、いけない。
 どうして、あんなに演劇を大好きなコウタ先輩が。
 中学で事件に巻き込まれたり、高校では演劇部には入部しなかったのか。

 わたしは扉にもたれかかり、トークアプリを起動する。
 コウタ先輩の画面を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し。
 乗り換え駅を告げる車内アナウンスを聞き、エイッと送信ボタンを押した。

【はるか:
 乗り換え駅に着きました。
 明日、中学生の時の話を聞かせてください。
 劇団の練習、頑張ってくださいね】

 乗り換え駅は、何本もの電車が入り混じるターミナル駅。
 人の間をかいくぐり、目的のホームへたどり着いた直後。
 スカートのポケットに入れたスマートフォンが、ブルルとふるえた。
 待ち受け画面には、コウタ先輩からの着信を告げるメッセージ。
 わたしはホームにすべりこんできた電車に乗り、空いている席に座る。
 ふーと大きく息を吐きだし、トークアプリを開いた。

【コウタ先輩:
 休憩中(きゅうけいちゅう)師匠(ししょう)に早速ビシバシしごかれています。
 はるかちゃん。家に着いたら、また連絡して。帰り道、気をつけてね。
 明日、きちんと話すよ。みんなにも、聞いておいて欲しいから】

 翌日は衣替え(ころもがえ)の日だった。
 わたしは真っ黒なセーラー服の上下から、白いセーラー服と紺色のスカートにチェンジ。

(……男子はブレザー脱いで、紺のズボン。コウタ先輩の夏服は、どんな感じなのかなぁ)

 わたしはウキウキしつつ、屋上へ続く階段をのぼる。
 昨夜家に着いた連絡をトークアプリでした際、二人だけで話をしたいと誘われたのだ。
 わたしは屋上の扉を開け、屋上を見渡し。
 コウタ先輩がいないことに、首をかしげた。

「コウタ先輩? コーウーターせーんーぱーいー?」
「はるかちゃん。こっち、こっちー」

 コウタ先輩の声が上から降ってくる。
 わたしは出入り口の上にある塔屋(とうや)を見る。
 太陽を背にしたコウタ先輩が、片手を振りながら笑っていた。

 白いワイシャツ、ゆるめた青色のネクタイ。
 ネイビーのTシャツが、ワイシャツの胸元からのぞいている。
 黒色のズボンと白いランニングシューズは、いつも通り。
 校則違反(こうそくいはん)は変わらないですが!
 ちゃんと制服を着ています! 
 春よりも大人っぽいです、コウタ先輩!

「今、はるかちゃんが考えている事を当ててみせましょー。むむ、むむ、むむむー。ピコンッ!
 コウタ先輩、ちゃんと制服着てる!」
「半分当たりで、半分ハズレです。コウタ先輩、おはようございます」
「ちぇー。半分ハズレかぁ。はるかちゃん、おはよー。はるかちゃんもこっちに来る? 風が気持ちいいよー」
「はい!」
「カバンちょーだい。すべらないようにね、気をつけてね」

 わたしのことになると、心配性(しんぱいしょう)になるコウタ先輩も好きですよ。

 わたしは笑い、コウタ先輩へスクールバッグをさしだす。
 塔屋の階段をのぼると、高校入学時よりも伸びた髪が風に揺れた。

「はるかちゃん。髪、伸びたねー」
「はい。でも、雨が降るとクルンってなっちゃうんです」
「俺もクセっ毛だから分かるー。女子は大変だよねー」
「コウタ先輩は猫みたいになりそうです」
「にゃーにゃーにゃーん」

 両手で、猫の手のポーズを作り。
 わたしの手に頬をこすりつけ、ゴロゴロと喉を鳴らすコウタ先輩。
 自分で墓穴(ぼけつ)を掘った気がします!
 ナデナデしたくなっちゃうじゃないですか、コウタにゃんこ先輩!
 ああ、もう。好きです。好きです。大好きです。

「なでてもいいにゃ。ごろにゃーん」
「コウタ先輩。ギューをねだろうとしてませんか」
「あ、バレたー?」

 パッと離れたコウタ先輩が、子供のようにあどけなく笑う。
 コウタ先輩の笑顔は、わたしに笑顔の魔法をかけると同時に。
 太陽の暑さなんてものともしない熱を、わたしの身体中に流しこんで。
 身体中をめぐる熱を、キュンとドキドキに変えてしまって。
 キュンとドキドキだけで、ギューンと幸福度数(こうふくどすう)を上げてしまう。

 トレーニングマットに座っているコウタ先輩の隣へ、わたしは腰をおろす。
 スクールバッグから、買ってきたばかりのミネラルウォーターを取りだした。

「コウタ先輩。さしいれです」
「わーい。はるかちゃん、ありがとー。お礼にー……ジャジャーン。イチゴミルクでーす」
「あ、ありがとうございます」

 話をしてもらうお礼のつもり、だったのだけれども。
 わたしは物々交換(ぶつぶつこうかん)でわたされた、イチゴミルクの紙パックを受け取る。
 紙パックにストローをさす間。
 ペットボトルのフタを外すコウタ先輩の指に、ついつい目が吸い寄せられる。

(……いいなぁ、ユキ先輩。少女マンガみたいに……あの指で、アゴをクイッてやってもらって……って! なにを! なにを考えているの、わたし!)

「はるかちゃん?」
「ななななんでもないです!」
「……」
「ど、どう、どうして黙るんですか、コウタ先輩」

 コウタ先輩がはにかみながらうつむき、右人差し指で右頬をかく。
 そうして、陽だまりのような笑顔がわたしに向いた。

「その顔は、何かあるなぁと思って。はるかちゃん。俺にどうしてほしいか、言ってごらん?」
「……っ! 後半はセリフじゃないですか!」
「はい、その通りです! はるかちゃん、ツッコミ早すぎね!
 リアルヘタレ大魔王が、そそそそそそんな言葉! スラスラ言えるわけが、ななななないでしょー! 
 言った俺のほうが心臓ヤバイー……落ちつけ俺、落ちつけ俺、落ちつけ俺……」

 さ、さすがに。
 ききき、キス、してください、だなんて。
 わたしから、言えるわけがないじゃないですか!
 今の調子だと、コウタ先輩から言ってもらうにも、時間がかかりそうですけれど!

 そっぽを向き。
 わたしはイチゴミルクを飲み、コウタ先輩がミネラルウォーターを飲む。
 さわさわと鳴る風が、どうにか()を取り持ってくれた。

 コウタ先輩が、ミネラルウォーターのペットボトルを置く。
 ゆるめていたネクタイを、キュッとしめ。
 まぶたを閉じて息を吐き、一瞬見える真剣な表情。
 コウタ先輩が、スイッチを入れる時の合図。
 わたしは姿勢を正し、イチゴミルクの紙パックを置いた。

「さてと。じゃあ、話をしましょうか」
「はい」
「俺、小さい頃、シャボン玉になりたかったんだよねー」
「シャボン玉、ですか?」
「うん。青空に向かって飛んでいくシャボン玉を見て、すっげーキレイだって思った。それが、一番最初のキレイな記憶。
 近所の商店街で、七夕祭(たなばたまつ)りがあってね。保育園の先生が『短冊(たんざく)に願いごとを書きましょう』って言ったんだ。それで俺、ものすごく考えたんだけど」
「だけど?」
「何もでてこなかったんだ。他のみんなは、ヒーローになりたいとか、お姫様になりたいとか書いてたのに。シャボン玉になりたいって書けば、すんだ話なのに。どうして、俺は書けないだろうって、ウーンウーンって考えて。でも、結局。俺の短冊は、白紙(はくし)のままだった。
 短冊をかざりにいった時。商店街の小さなステージで、たった一人で演じている織姫(おりひめ)に出会ったんだ。
 ヒラヒラの布が、まるで生きているみたいに動いて。足音も気配(けはい)も立てない中、シャランシャランって、かざりの音だけが鳴り響いて。透き通るような声が、りぃんって風に乗って。シャボン玉よりキレイなものを、目の前にして。俺は、わんわん泣いた。心が頭が身体全部がいっぱいになって、ただ泣くしかできなかったんだ。
 舞台を終えた織姫が近づいてきて。俺の頭をなでて、笑ったんだ。『ありがとう。君の心に、俺の演技は届いたんだね』って言いながら。声を聞いて、俺はビックリしたんだ。女性だと思っていた織姫が、男性だったから。
 その後すぐ、俺は短冊を書いた。この人みたいになりたいって。短冊を見た織姫がさ、『俺になりたいなんて、いい根性(こんじょう)してるな』って、笑ってくれた。これが人生で二番目にキレイな記憶。
 当時は意味の分からない言葉だったけど。今なら分かる。良い演技は、心をふるわせるんだ。演じている側が、届けたい感情を観客に届けられたら。きつくてツライ練習とか失敗した事とか全部吹き飛ばすぐらい、何よりも嬉しいって思えるって。演劇をやってて良かったって、心の底から思える瞬間だって。その瞬間が味わいたくて、俺は演劇をやってる。
 ちなみに、その人が俺の演劇の師匠(ししょう)だよ。学内公演の時に話したっけ。四十分しかない舞台があったって。無名(むめい)の高校の三年生、部員数たった一人で、全国大会に出場した師匠が演じた舞台。いつか必ず、俺も演じてみたい。それぐらい大好きな作品。俺が見すぎて読みすぎてボロボロになってるけど、同好会室に映像も脚本もあるから。あとで、はるかちゃんにも見て、読んでほしいな。
 あの日の気持ちは忘れちゃいけない。俺は今でも、そう思ってるよ」

「保育園から劇団に通っていたんですか?」
「うん。児童劇団になるんだけどね。俺が通ってたのは、テレビに出るような子役(こやく)がいる所じゃなくて、演劇や芝居の稽古(けいこ)をやる所。ボイストレーニング、ダンス、ミュージカルとか、いろいろやった。舞台鑑賞(かんしょう)や※ワークショップ(※演劇の勉強会)参加もさせてくれたから、すごく楽しかったよー。保育園年長から中三まで通わせてくれた両親に感謝です。
 話を戻すね。小学校は演劇クラブがなかったから、どうしても演劇部がある中学に行きたくて。調べてみたら、じいちゃん()から通える中学に演劇部があってさ。そこで、ユキに会ったんだ」

 わたしの心臓が、大きくバウンドする。
 ユキ先輩にもらったヒミツの手紙は、来る前にも読み直した。

 コウタ先輩と初めて出会った日のこと。
 舞台のコウタ先輩が、別人みたいにまぶしかったこと。
 まぶしいコウタ先輩の近くにいたくて、演劇部に入ったこと。
 告白したけれども、フラれてしまったこと。
 高校も部活も同じにすれば、振り向いてもらえるかもしれないと思っていたこと。

 手紙の最後は【何年一緒にいても。何年そばにいても。コウタの目に、私は映ってなかった。でも、モモちゃんは違う。コウタは初めて会った時から、ずっとモモちゃんだけを見てるよ】だった。

 コウタ先輩の口からユキ先輩の名前が出ると、やっぱり落ちつかない気分になる。

「中学生のユキ先輩も、今みたいに美人でしたか?」
「うーん……高校()中学()も変わらないんだけど……。あ、えーと、えーと……俺は参考にならないので。お願いします。
 俺以外の、男子の人気は高かったと思う。小学生の時にスカウトされて、雑誌のモデルをやったって有名だったから。座って窓の外を見てるだけでも騒がれてたし。告白で呼びだされるのとか、しょっちゅうだったし。
 でも、俺からすれば。物静かな子っていうより、()めてるっていう印象が強かった。なんとなくやれば、何でもできちゃうような子だったから。心から笑ってないな、楽しんでないんだろうなって感じで。全然話もしなかった」

 コウタ先輩がミネラルウォーターを飲み、ハンドタオルで口元を(ぬぐ)う。

「校内公演の日、ヒロインの子が熱をだしちゃって。ヒロインの代役(だいやく)にって、ユキが連れてこられたんだ。たぶん、友人の頼みで断れなかったんだと思うけど……ユキ、つまらなそうな顔しててさ。俺があいさつした時も無言でさ。『セリフを一言も言わなくていい、動かなくていい』って頼みこんで、舞台に上がってくれたんだ。
 だから、舞台が終わった後。ユキが驚いた顔をしてるのを見て、俺も驚いたんだよね。こんな表情もするんだって。入部届を持ってきた時は、さらにビックリしたけど。
 ユキが演劇部のメンバーになったから。他の部員と同じ感じで、俺もユキと話すようになった。役的に話す事も多かったしね。ユキがお姫様役で、俺が王子役とか。このへんは、はるかちゃんも想像できるでしょ?」
「はい。コウタ先輩。聞きづらいこと、聞いてもいいですか」
「うん」
「どうして、ユキ先輩をフったんですか。
 だって、演劇部のメンバーになって、話すようになったのなら。お姫様と王子様で、一緒にいることも多くなったなら。
 美人で優しいユキ先輩の告白を断る理由……わたしには、分かりません」

 かわいた風が、わたしとコウタ先輩の間を吹き抜ける。
 答えを待つわたしを見て、コウタ先輩が小指をさしだした。

「ユキには内緒にしてくれる? きっと、傷つくと思うから」
「はい。わたしだけのヒミツにします。約束します」

 短い指きりの後、コウタ先輩がゆっくり口を開いた。

「当時の俺は、演劇しか見えてなくて。劇団でも良い役が(もら)えるようになって、演劇部も予選をどんどん勝ち上がっていくようになっていた頃だったから、よけいにね。俺の世界の中心が、演劇で回っていた状態だったんだ。
 中二の夏。この予選を勝ち抜けば県大会ブロックにいけるぞって時に、演劇部が予選落ちしたんだ。先日のアレルギー混入事件と同じで、ヒロインのユキが二十分近く話せなくなったから。はるかちゃんが好きって言ってくれた怪物と戦うシーン、あれ全部俺のアドリブだったから。台本改変禁止っていうのを無視して、俺は必死に舞台上でユキを待ってたんだ。結局、ユキは途中降板して。俺がどうにか幕引きだけして、結果は予選落ち。
 ユキに告白されたのは、ちょうどその後。隣の席から回ってきたノートのはしに、【好き】って言葉だけが書いてあったんだ。中学のユキも、口数は多くなかった。だから、ユキにとってはせいいっぱいの勇気をふりしぼった告白だったんだろうけど。
 俺、ノートを見た時に、思っちゃったんだ。『ああ、この子とは、同じ世界は見られないな』って」
「世界……ですか?」
「うん。目の前に見えている世界じゃなくて、セリフや仕草のかけあい一つで生まれる、キラキラした想像力の世界。演劇で創りだす世界の事ね。
 俺は、予選落ちした事がスッゲーくやしくて。部室で大泣きしたんだ。
 でも。ユキは黙ってた。内心では、くやしかったのかもしれない。だけど、俺からすれば普段通りで。全然、悲しそうな顔も見せずに、無言のままで。その態度が、ずっと心に引っかかってて。
 その後に、ノートが回ってきたから。ユキとは同じ世界は創れないって、見られないって、決めつけたんだ。それが、ユキの告白を断った理由。
 最低でしょ、俺。演劇以外目に入ってなくて、他人(ひと)より演劇が好きだって思い上がって、向けられた好意の返事すら、俺が演劇を楽しめるかどうかで決めたんだ。
 だから、バツを受けた」
「バツ、ですか?」
「高校に入って、中学からの友達が演劇部に入部したんだ。それで友達だと思ってたヤツが退部する前に、言われたんだよ。『お前さ、内心ではオレの事をバカにしてたんだろ⁈ 自分はスゴイって、オレみたいなヤツと違うって! 本当に実力があるヤツだけが楽しいって、笑って言えるんだよ!』って。
 俺が言った言葉は全部、そいつを追いつめるだけのものだったんだ。言われて初めて、友達だと思ってたのは、俺だけだって気づいた。バカでしょ、俺。
 スッゲー落ちこんだのに。翌日も俺は劇団にいった。演劇大好きなヤツから演劇をうばったくせに、うばった俺は演劇をやめられないんだ。何度も何度も、やめようと思った。でも結局、同好会作ってまでも演劇を続けてる。
 頭の中では分かってるのに、心が拒否(きょひ)するんだ。ずっと、演劇しかやってこなかったから。ずっと、演劇のためにいろんなものを捨ててきたから。演劇をやる事でしか、俺は生きられないから。俺から演劇がなくなったら、何も残らない。そんな自分がこわくて、からっぽだって事がバレるのがこわくて、やめられなかったんだ」

 コウタ先輩が空をあおぐ。
 遠くに行ってしまいそうな気がして、わたしはあわててコウタ先輩の手をにぎる。

「俺は逃げないよー、はるかちゃん」
「でも、つかれた顔をしています。コウタ先輩。
 残りの話は放課後にしませんか?」

 くもったような笑顔は、わたしの知っているコウタ先輩じゃない。
 わたしが言うと、コウタ先輩が苦笑した。

「お言葉に甘えて。残りは放課後ね」
「はい。話してくださって、ありがとうございました」

 わたしの視線が、イチゴミルクの紙パックを見た直後。
 コウタ先輩が、ポツリとつぶやいた。

「はるかちゃん。俺のお願い、きいてくれる?」
「わ、わたしで、できることなら……い、いいですけど……」
「ギューしていい?」
「!」
「いい?」

 念押しするのはズルイです、コウタ先輩。
 わたしが、嫌っていうわけ、ないじゃないですか。

 うなずいたわたしを見て、コウタ先輩が嬉しそうに笑う。
 伸ばされたコウタ先輩の両腕が、わたしの体を引き寄せる。
 太陽の匂いがする温かい体とわたしの体が密着する。

 ドキドキ、ドキン。
 心臓のリズムまで、おそろいだなんて。
 わたしは、クスッと笑った。

「コウタ先輩。心臓の音、すごいです」
「はるかちゃんをギューしてるから。ドキドキしっぱなしです。
 あのね、はるかちゃん。俺、初めて会った日に思ったんだ。はるかちゃんとなら、キラキラしたキレイな世界が一緒にみられるって。だって、俺の演技を見てさ。はるかちゃんが、本当に嬉しそうに笑ってくれたから。
 俺、はるかちゃんの笑顔で救われたんだ。これからも演劇を続けていいんだって、そう思えたの、はるかちゃんのおかげ。
 それで、ですね。ユキの事はユキって呼んじゃうけど! クセで呼んじゃうけど! そこは、ごめんなさいで!
 でも、俺が世界で一番大好きなのは、はるかちゃんだけだから! 俺が世界で一番特別にしたいのは、はるかちゃんだけだから! 俺が、俺が、俺が……っ、っ、っ、俺の、俺の……か、彼女はっ、はるかちゃんだけだから!
 あの、ね。俺に、こう、大好きだって想われてるっていう、実感、みたいな……自信っていうか……もってほしいです。
 俺は誰に聞かれても、はるかちゃんが大好きだって言うし。はるかちゃんのか、か、か、か、彼氏だって、頑張って言うから。だから、その、はるかちゃんも、自信をもってください。俺が好きなのは、大好きなのは、ユキじゃなくて、はるかちゃんだから。お願いします」

 わたしの喉元を、何度も何度も突き上げる好きの気持ちが、わたしの身体中を満たしていく。
 ズルイ。ズルイ。ズルイ。ズルイですよ、コウタ先輩。
 一番言って欲しいことを、一番近くで言ってくれるなんて。
 胸がしめつけられて、息ができなくて、苦しいぐらいです。
 好きです。好きです。大好きです。コウタ先輩。
 わたしは太陽にもコウタ先輩にも負けない笑顔で、笑ってみせた。

「はい! わたしはコウタ先輩の彼女です! わたしの彼氏はコウタ先輩ですよ!」
「……っ、っ、(まぶ)しすぎて直視できない……」
「もー! せっかくいい事を言ってくれたのに! コウタ先輩、頑張ってくださいね! わたしのお父さんにも『つきあってる』って言うんですよ?」
「ラスボスに行くには装備(そうび)がたりません、はるかちゃん。俺の装備は、木の枝と石ころです」
「服すら着てないじゃないですかー!」

 わたしがポカポカなぐると、コウタ先輩が笑う。
 口角(こうかく)がほころんだ笑顔を見て、わたしはコウタ先輩の頬をつつく。
 ツンツンとつつき返され、指一本分を空けた距離まで、互いの顔が近づく。

 コウタ先輩の指が、わたしのあごに当てられて。
 クイッと、持ち上げられて。
 唇が触れそうにな──る寸前。

 勢いよく開いた扉の音に、わたし達は慌てて離れた。
 ゼーハーゼーハーと、メガネ先輩が肩で息をしている。
 ズレかけたメガネをかけ直し、メガネ先輩が耳をつんざくような大声を張り上げた。

「演劇バカ! お前、一体何をした!」
「……な、な、何もしてませーん……多分……」
「理事長からの呼びだしだ! 早く行け!」

 ギランと光るメガネが、ゴゴゴゴと燃える怒りマークが。
 メガネ先輩の不機嫌度数(ふきげんどすう)を示しています。

 わたしは寸前(すんぜん)で止まってしまったキスを、ブンブンと頭を振ってやり過ごし。
 コウタ先輩の手を引き、塔屋(とうや)の階段に近づける。

「いってらっしゃい。コウタ先輩」
「はるかちゃん、裏ぎるの早くない⁈」
「メガネ先輩を敵に回したくありません」
「即答! 即答すぎるよ、はるかちゃん!」

 コウタ先輩が、しぶしぶ塔屋(とうや)の階段をおりる。わたしが渡したスクールバッグを背負う。
 メガネ先輩が、右手に持っていた分厚い辞書を振りかぶる。
 それをサッとよけ、大慌てでコウタ先輩がかけて行く。
 深呼吸をしたメガネ先輩へ、わたしはおそるおそる声をかけた。

「め、メガネ先輩。おはようございます」
「モモ。悪かったな。話の邪魔をして」
「いえ! 大丈夫です! 屋上だと、校内放送は聞こえないんですね。勉強になりました」
「モモ。訂正(ていせい)しておくと、屋上にも校内放送は届くぞ。バカ野上(のがみ)を探していた教師が地学準備室にやってきてな。青い顔をしてわめいたものだから、今度は何をやらかしたのかと」

 コウタ先輩。
 理事長は、とてもエライ人です。
 今度ばかりは『何もしていません』は使えません。

 わたしはメガネ先輩に手伝ってもらい。
 自分のスクールバッグをおろし、トレーニングマットを片づけ、飲み物を回収する。

 塔屋(とうや)からおり、バッグを受け取った矢先。
 新しい足音が近づき、わたしは視線を向ける。
 上ばきのまま走ってきたユキ先輩が、屋上の入口に座りこんだ。

「ユキ先輩⁈ だ、大丈夫ですか?」

 わたしは足早に、ユキ先輩へ近づく。

[地学準備室に]

 ユキ先輩が見せたノートは、そこまで。
 続きの言葉を、北風よりも冷たい声が発した。

「こんにちは」

 白いセーラー服に青い三角スカーフを結んだスパルタ部長が、階段をのぼってくる。

「部長じきじきに来たという事は。ユキの件、納得できる理由を持ってきたのか?」
「ああ、その話。すでに演劇部部員でない者の話なんて知らない。それが演劇部の結論」

 ギリギリと、メガネ先輩が奥歯をかみしめる音が聞こえる。
 わたしはユキ先輩をかばうように抱きしめ、顔を上げた。

「なんのごようですか。演劇部部長」

 見上げたわたしを、スパルタ部長の氷のような視線が射抜(いぬ)く。

単刀直入(たんとうちょくにゅう)に言うわね。野上(のがみ)君を演劇部にスカウトするわ。
 演技のえの字も知らない、ただの”ごっこ”遊びで楽しんでいる、あなた達と違うから」
2.
 朝の話は肝心の本人が戻ってこず、あそこで解散。
 放課後の地学準備室は静かだった。
 わたしも、桜木くんも、メガネ先輩も、ユキ先輩も。
 定位置に座り、ただじっと。
 コウタ先輩がやってくるのを、待っていた。

***

「そ……ん……」
野上(のがみ)@home(アット・ホーム)のメンバーだ! 演劇部に入部する・しないのも、野上(のがみ)本人の意志だ! 勝手に野上(のがみ)をモノ扱いするな!」

 わたしが「な」と言う前に、メガネ先輩がすごい声でどなった。
 スパルタ部長をにらみつける姿は、普段の冷静な姿からは想像もできない。
 しかし。
 スパルタ部長は、ピクリとも動かない。

「実力に見合った場所に、ふさわしい人間がいるべき。私はそう言っているだけ。
 メガネさん。あなた、野上(のがみ)君から何も聞かされていなかったの? 同好会を立ち上げてからも、どれだけ学外(がくがい)のコンクールや大会で活躍(かつやく)し、優秀(ゆうしゅう)な成績を残しているのか」
「……なん、だと」
野上(のがみ)君が()とあおぐ人物も、演劇界では超がつく有名人。弟子(でし)をとらない事で有名だった人が、高校生を愛弟子(まなでし)にした。彼の劇団はね、とてもとても厳しいのよ。演劇の神に愛された人間しか所属(しょぞく)できない。そう噂されているほど。これだけで、野上(のがみ)君のスゴさが分かるでしょう?」

 メガネ先輩から視線を外したスパルタ部長が、ユキ先輩を冷ややかな目で見る。

「ユキ。あなたの両親は『部活動でのイジメ』が話せなくなった原因とうったえたけれども。責められて当然の事をしたのはあなたでしょう。
 中二の地区予選、予選落ちした原因は途中降板(とちゅうこうばん)したヒロイン。つまり、あなた。給水(きゅうすい)ドリンクにアレルギーが混入(こんにゅう)されていようが、四十度の熱をだそうが、一度幕が上がった舞台から退場する事は許されない。全てをぶち壊したのはあなたよ、ユキ。
 野上(のがみ)君が『自分が台本無視をしたせい』って、あなたの責任を自分の責任にすり替えたおかげで。あなたが責められる事はなくなった。
 野上(のがみ)君は、誰に何を言われても黙って謝り続けたわよ。何も言わずに逃げたあなたとは大違いね、ユキ。良かったわね、優しい王子様がいてくれて。
 あら、ごめんなさい。野上(のがみ)君はもう、あなたの王子様じゃなかったわね」

 青い三角スカーフをひるがえし、スパルタ部長がクルリと背を向けた。

野上(のがみ)君は演劇部がもらう。話は以上」

***

 ゴロン、ゴトン、と。
 階段に落ちる音がいくつも聞こえ、わたしは地学準備室を飛びだす。
 大小さまざまなトロフィーや記念品、たくさんの賞状(しょうじょう)
 両腕いっぱいに抱えたコウタ先輩が、階段をのぼってくる。

 四階の廊下から動けないわたしに気づくと。
 コウタ先輩が笑いながら、頭をかこうとし。
 さらに大きな音を立て、トロフィーや記念品が階段に落ちた。

「あー! めっちゃヤバイ音した! うわー、割れてないかなー」

 しゃがみこんだコウタ先輩の手から、バサバサと賞状が落ちる。
 拾い集めるコウタ先輩の元へ、わたしは近づく。
 わたしの分からない演劇用語が並んだものが、コウタ先輩の名前が書かれたものが、階段に散らばっている。
 拾うのを手伝おうと、わたしがしゃがみこんだ直後。
 大きくて温かい手が、わたしの視界をおおった。

「え? え? コウタ先輩?」

 突然のできごとに、わたしはあわてふためく。

「はるかちゃん。その、あのですね、段差を考えてもらえるとですね、ありがたいのです。
 先に言っておくと! 俺は、ななななな何も、み、み、み、見てないからね!」

 コウタ先輩の慌てた声が、いないはずの右斜め上から降ってくる。
 わたしはコウタ先輩の手を外そうとして。
 スカート姿のまま、ひざを抱え、しゃがみこんでいることと。
 コウタ先輩より高い段差にいることに、思い当たった。

「……見ましたね?」
「見てない! 見てない! 見てないってば! 変なウサギが描いてあるな…………あ」
「見てるじゃないですか! コウタ先輩のスケベーーーー‼︎」

 お腹の底からだした、わたしの大声は。
 三階、二階にいた同好会にまで響いた(らしい)。

***

野上(のがみ)。モモに迷惑をかけるなと言ったのは、つい先日(せんじつ)だぞ?」
[コウタ、サイテー]
「野上先輩も人だったんですね」
毒舌(どくぜつ)ウサちゃんを変なウサギって! コウタ先輩のトークに、スタンプ押しまくりますからね!」
「言いわけはしません。変なウサギって言った事も謝ります。申し訳ありませんでした!」

 地学準備室の扉前に正座したコウタ先輩が、額を床にこすりつけて土下座する。
 あきれ顔のメガネ先輩が溜息をつく。
 ユキ先輩がわたしの頭をなでる。
 わたしが「もういいですっ!」と言うまで、コウタ先輩は土下座したままだった。

「……野上(のがみ)。お前が理事長室に行っている間にな、演劇部部長が来たぞ」

 言いにくい事を切りだせるメガネ先輩は、やっぱりスゴイ。
 わたしはゴクリと喉を鳴らし、二人を交互に見る。
 コウタ先輩が苦笑いし、イスに腰をおろした。

「タイミング的に狙ってると思ったんですよねー。わざわざ理事長(自分の父親)を使ってまで呼びだすのって、それぐらいしか理由が思いつかなくて。抜けだすのに時間かかっちゃって、すみません。
 メガネ先輩。それで、何の話でした?」
「お前を演劇部にスカウトすること。地区予選のこと。
 ユキの給水ドリンクにアレルギーを混入したかは、退部した者の話なので知らんとの事だ」
「……そう、ですか。
 じゃあ、全員、地区予選の話は聞いたんですね。俺とユキと菅井が、同じ中学の演劇部で、先日同様のアレルギー事件が起きたことを。
 メガネ先輩。今日呼びだされた件も、公式の大会や大きなコンクールじゃないものばかりでした。高校名を言わずに出場したものも多かったんです。菅井が俺を演劇部に入部させたい理由として、あちこち探し回ったんだと思います。
 だけど、何も言わなかったのは、俺なので。不快(ふかい)な思いをさせていたら、申し訳ありませんでした」

 コウタ先輩が深い息を吐き、メガネ先輩を見る。

「中二の地区予選本番の舞台で、ユキがアレルギーを発症(はっしょう)したのは事実です。隣で給水したので、俺はすぐに分かりました。ユキの果物(くだもの)アレルギーは、喉にでるタイプだったから。本番中に声が出なくなって、残り二十分で途中降板(とちゅうこうばん)しました。残り二十分は、台本を無視(むし)したアドリブを使い、俺がほぼ一人で演じました。”※ト()き(※動作などの説明文)以外の台本改変(かいへん)禁止”っていう審査員がいたのを知っていたので。上演後の講評(こうひょう)では、問題点を長々(ながなが)言われるから。俺の台本無視が()められるように仕向(しむ)けました。俺のもくろみ通り、講評自体は俺を責める内容でした。
 でも。演劇の世界は、途中降板に厳しいんですよ。心筋梗塞(しんきんこうそく)でやむなく途中降板した高齢の役者さんが、賞をとった舞台もあるんですけどね。『一度舞台に立ったら途中で降りるのはありえない』って言う人が多くて。演劇部部員もそうでした。ユキのアレルギーは、ユキ本人が体調管理できてないって問題にされて。全国大会連続出場を止めたって、騒ぎになったんです。責められるユキを見ていられなくて、俺は自分のせいだって言いました。中三の夏に全国大会出場するまで、俺達二人は演劇部内で存在しないものとして扱われたんです。だからユキが、全国大会前に黙って退部したのも気持ちはすごく分かります。
 ユキ。ごめんな。学校に行きたくない、高校に行きたくないって泣いてたユキを連れだしたのは俺だから。ごめん、本当にごめんな」

 ユキ先輩が首を横に振るたび、透明なしずくが飛ぶ。
 そうして。
 泣きそうな顔をしたコウタ先輩が、わたしを、見た。

「はるかちゃん。放課後話すって言ったのに。先に言われちゃったから。俺の口から言えなくてごめんね。
 今までの話をまとめてもさ、俺、スッゲー自分勝手でしょ。
 こんな奴だったんだって、ドン引きされても、しかたないかなって、思ってる。
 でも、俺がはるかちゃんを大好きなのは変わらないから。
 それだけは、信じてほしい、かな」

 コウタ先輩が黙りこみ、長机に()()す。
 メガネ先輩が口を閉ざし、あさっての方向を見る。
 ユキ先輩が瞳に涙を浮かべ、スカートをギュッと握る。
 桜木くんが無言でタブレットをいじる。

 スパルタ部長のせいで、大好きなメンバー達までもが重い空気に包まれている。
 大っ嫌いです、スパルタ部長。
 メガネ先輩にキツイ事を言って。
 ユキ先輩に聞きたくない事を言って。
 コウタ先輩を悲しませるような事を言って。

 @home(アット・ホーム)は!
 コウタ先輩が笑って、メガネ先輩が支えて、ユキ先輩と桜木くんが優しくしてくれる、大好きで大切な、わたしの居場所なんだから‼︎

 わたしは内心の怒りにまかせ、イスから立ち上がる。
 四人の視線がわたしに向く。
 それを見て。
 わたしは煮えたぎったような熱い感情を、そのまま言葉に変えた。

「コウタ先輩! わたし、今、すっごく怒っています!
 なんでも自分のせいって! なんでも自分が嫌な思いをすればって! 笑顔が消えちゃうぐらいツライなら、自分のせいじゃないことまで、自分のせいにする必要はないです!」

 わたしはコウタ先輩がいる長机まで近づき。
 顔を上げたコウタ先輩の頬を、ギュウとつねった。

「桜木くんのいうとおり、コウタ先輩だって人間なんですよ。ヒーローじゃないんですよ。一人で抱えこまなくていいんですよ。コウタ先輩の周りには、わたし達がいます。抱えきれない分は、みんなで分けあいましょう。
 それから! コウタ先輩も自信をもってください! わたしはコウタ先輩が大好きです! わたしはコウタ先輩の彼女です! コウタ先輩はわたしの彼氏です! 分かりましたか⁉︎」
「……は、はい」
「声が小さいです!」
「は、はいっ!」

 コウタ先輩が背筋を伸ばし、大きな声をだす。

「コウタ先輩。スパルタ部長が来た時、メガネ先輩が言ったんですよ。コウタ先輩は同好会のメンバーだ、コウタ先輩をモノ扱いするなって。わたしやユキ先輩が言えない分も、メガネ先輩が代わりに怒ってくれたんです。
 学外のコンクールや大会に出ていたこと、メガネ先輩が怒りましたか? メガネ先輩は、ダメなことはダメだってきちんと怒ってくれるし、ダメな理由を説明してくれる人です。メガネ先輩がなにも言わないってことは『問題ない』ってことです。そうですよね? メガネ先輩」

 わたしはメガネ先輩に話を振る。
 メガネ先輩がわたしの隣まで歩き、音を立て、両手を長机に打ちつけた。

野上(のがみ)、お前はバカだが。他人を思いやれる優しい人間だ。
 全てを(つつ)(かく)さず言え、とは言わん! だがな、学外活動も同好会の活動になるんだ! 同好会費増額(ぞうがく)の理由、勧誘活動に利用できるんだ! 同好会代表なら規則ぐらい覚えておけ、バカ!
 演劇以外使えんお前が、なんでもかんでもできるわけないだろう! 困った事があれば言えと、私が何度言ったと思っている!
 野上(のがみ)。お前が言いだしたんだぞ、@home(アット・ホーム)は“みんなの居場所”だって。その“みんな”に、私はいないのか? 入っていないのなら、今この場で退会してやる。答えろ! 野上(のがみ)!」

 コウタ先輩が喉を上下させる。
 メガネ先輩は、コウタ先輩から視線を外さない。

「……リアルの俺がどれだけヘタレで、キッパリ言う事も、テキパキやる事もできないのか。あなたが一番よく知ってるじゃないですか、メガネ先輩。
 嫌な顔一つしないで、同好会立ち上げに協力してくれて。立ち上げてからも、細かい事を全部一人でやってくれて。メガネ先輩は大事な仲間です。俺は、そう思ってます。
 これからも、たくさん迷惑かけると思うけど。お願いします、退会するなんて、言わないでください。メガネ先輩がいなくなるのは嫌です。お願いします、俺と一緒に活動してください。お願いします」

 最後は、子供のようにたどたどしい声。
 頭を下げたコウタ先輩の頬を、涙がすべる。
 メガネ先輩が長机から手を離し、ティッシュケースをさしだした。

「早く言え。バカ野上(のがみ)
「ずみまぜん」

 ティッシュで鼻をかむ、コウタ先輩。
 わたしとメガネ先輩は顔をみあわせ、笑う。
 近寄ってきたユキ先輩がメガネ先輩と場所を変わり、コウタ先輩の正面に立つ。
 コウタ先輩の頭に、べシン!とノートを振りおろした。

[言えなかった私もズルイけど。コウタは、もっとズルイ! 
 だって、私が途中降板(とちゅうこうばん)したのは事実なんだから! その事で怒られるのは、私なんだから! 私がきちんと、みんなにあやまらなくちゃいけないんだから! コウタが勝手に、私のあやまる機会をうばわないでよ!
 どうして一人で背負(せお)っちゃうの。私も一緒に背負わせてよ。そうじゃなきゃ、これからも仲良く友達なんて、できないよ。
 コウタ。友達だった野田君に言われて、気づいたんだよね。自分が今まで、演劇っていうモノサシしか持たなかった事を。
 高校生のコウタは、変わったんだよ。演劇部以外のいろんな人とつきあって。演劇以外の他の事をたくさん知って。勉強も自分からするようになって。大好きな彼女もできて。中学生までの、演劇しか知らなかったコウタとは違うんだよ]

 ノートを閉じ。
 ユキ先輩がバツ印マスクを外し、口を開いた。