ユキ先輩が復帰し、桜木くんの歓迎会が行われた。
地学準備室にお菓子とジュースを広げて、まるで秘密のパーティー。桜木くんは自前のノートパソコンを持ち込み、撮り終わったばかりの寸劇『かかしのジョージ』を効果音つきで見せてくれた。
ジョージが折れた後のセリフがコウタ先輩の声でなく、テレビで使われるようなモザイク音に変わっていたり、ジョージが復活したところで拍手音が増えていたりと、わたしは目を見開いて完全に見入っていた。
「とりあえずこんな感じで作ってみたんですが、どうですか?」
「ジョージ! 俺のジョージが!」
「すごいよ、桜木くん!」
「ああ、実際に見てみるとすごいな」
[すごいと思う]
満場一致の拍手が鳴る。桜木くんは照れた顔をぱぱっと手で仰ぎ、長い息を吐いた。桜木くんも緊張していたに違いない。
わたしはイチゴミルクのパックにストローを刺し、興奮収まらない様子のコウタ先輩を見る。演劇の話をしているときのコウタ先輩は、いつみても素敵だ。
「これ全部自分で作ったの?」
「フリー音源もいくつか使いました。僕は音楽を作ることが好きなので、できたら全部自分で作りたいんですが。あと一応、権利関係に触れないものを使っています」
「権利云々は大事だからな。最初から心がけてくれているとは素晴らしい!」
「権利関係に触れるってなんですか?」
わたしはイチゴミルクを堪能したあと、疑問の右手を上げてみる。
「たとえばモモちゃんが好きな歌手とかグループがいるでしょ? その人達の歌には権利があるから、俺達が演劇で使うには許可を取らなくちゃいけない。無断で使ったりすると、重い重いペナルティー。膨大な使用金額払ったり、許可を取るために何枚も何枚も書類書かなきゃいけなくなる。フリー音源の中にはそこらへんあいまいなものも多いから、桜木くんは最初から気をつけてくれてありがたいなーというお話です」
「たしかに、いきなりドラマの主題歌とか流れてきたらびっくりします!」
「権利関係は台本にもあるからね。みんなで気をつけていこう!」
わたしは勢いよく「はいっ」と手を上げ直し、他のメンバーも深く頷いたのだった。
2.
【桜陽高校演劇部・学内公演『赤と黒のロンド』/△月△日五限目・第一体育館ステージにて上演】
「告白したの⁈」
わたしのうわずった声が廊下に響き渡る。
ポッと顔を赤らめた友人が、コクリとうなずいた。
「た、たまたま二人きりになったから……。な、なんか勢いで言っちゃえー……みたいな……」
「分かる。雰囲気って大事だし。で、返事は?」
「ぶ、部活終わったら……。どうしよう、どんな顔していったらいいのかなぁ」
「佳奈りん! 普通が一番だよ! 大丈夫、自信もって!」
「う、うん。も、もう言っちゃったし……が、がんばる。
そうそう。はるっちは、彼氏とどうなの?」
思いがけない方向から、話題が飛び火してきた。
わたしは化学の教科書を落とす勢いで、右手を振る。
「先輩は、か、か」
「はるっち。話をすればなんとやら」
こちらに向かって歩いてくる、青い体育ジャージ姿の男子生徒の集団。
友人が指すよりも早く、コウタ先輩の姿を見つけ。
わたしは鳴り響く心臓を押さえ、友人の影に隠れる。
「なーなー、佐藤。さっきのバスケでさー、こう後ろにシュッとしてーシュバってしたじゃん。足の動かし方、あとで教えてー」
「でたよ、洸太オリジナル語。英単語よりも古文単語よりもハードルたけーヤツ。どうせまた、演劇で使いたいーって言うんだろ?」
「もちろん! スッゲーかっこよかったからさー! 覚えたいなーって思って!」
「うーん……バックターンドリブルかな。擬音語的に」
「佐藤、マジでスゲーよ、お前……アレでよく理解できるわ。さすが学年3位」
「洸太、佐藤に感謝しろよー? お前の言葉を理解して訳してくれるのは佐藤ぐらいだぞ」
「え? みんなに分かるように話したけど」
「「「全然わかんねーよ」」」
「即答かよー!」
「まぁまぁ。洸太は少しずつ、擬音語を減らす努力をしようか」
「佐藤オカンに感謝だなぁ、洸太。
そうだ、四限の現国小テスト。点数で、購買のパンかけようぜー」
「今日は予習したからー……三十点! あ、やっぱり二十五点!」
「満点って言わんのかい! つーか、なんで五点ひいたし!」
晴れやかな笑い声を上げるクラスメイトに混じり、楽しそうに笑うコウタ先輩。
わたしの身体中を熱いものがかけめぐり、体温が二度上がる。
「洸太。くつヒモほどけてる」
「あれ、本当だ。気づかなかったー。佐藤、ありがとー」
「先いってるぞー」
「オッケー。追いかけるー」
その場にかがみ、くつヒモを結び始めるコウタ先輩。
友人達が歩きだし、わたしはゆっくり先へ進む。
コウタ先輩の横を通り過ぎる時、パチッと目があった。
「モモちゃん。また後で」
ささやいたコウタ先輩が、笑いながら立ち上がり。
わたしの頭にポンと手を置き、廊下をかけていく。
(……だから……そういう不意うちが、ずるいんです。コウタ先輩)
わたしは化学の教科書で、真っ赤になった顔をあおぎ。
二度以上上がった熱い身体のまま、友人達を追いかけた。
地学準備室にお菓子とジュースを広げて、まるで秘密のパーティー。桜木くんは自前のノートパソコンを持ち込み、撮り終わったばかりの寸劇『かかしのジョージ』を効果音つきで見せてくれた。
ジョージが折れた後のセリフがコウタ先輩の声でなく、テレビで使われるようなモザイク音に変わっていたり、ジョージが復活したところで拍手音が増えていたりと、わたしは目を見開いて完全に見入っていた。
「とりあえずこんな感じで作ってみたんですが、どうですか?」
「ジョージ! 俺のジョージが!」
「すごいよ、桜木くん!」
「ああ、実際に見てみるとすごいな」
[すごいと思う]
満場一致の拍手が鳴る。桜木くんは照れた顔をぱぱっと手で仰ぎ、長い息を吐いた。桜木くんも緊張していたに違いない。
わたしはイチゴミルクのパックにストローを刺し、興奮収まらない様子のコウタ先輩を見る。演劇の話をしているときのコウタ先輩は、いつみても素敵だ。
「これ全部自分で作ったの?」
「フリー音源もいくつか使いました。僕は音楽を作ることが好きなので、できたら全部自分で作りたいんですが。あと一応、権利関係に触れないものを使っています」
「権利云々は大事だからな。最初から心がけてくれているとは素晴らしい!」
「権利関係に触れるってなんですか?」
わたしはイチゴミルクを堪能したあと、疑問の右手を上げてみる。
「たとえばモモちゃんが好きな歌手とかグループがいるでしょ? その人達の歌には権利があるから、俺達が演劇で使うには許可を取らなくちゃいけない。無断で使ったりすると、重い重いペナルティー。膨大な使用金額払ったり、許可を取るために何枚も何枚も書類書かなきゃいけなくなる。フリー音源の中にはそこらへんあいまいなものも多いから、桜木くんは最初から気をつけてくれてありがたいなーというお話です」
「たしかに、いきなりドラマの主題歌とか流れてきたらびっくりします!」
「権利関係は台本にもあるからね。みんなで気をつけていこう!」
わたしは勢いよく「はいっ」と手を上げ直し、他のメンバーも深く頷いたのだった。
2.
【桜陽高校演劇部・学内公演『赤と黒のロンド』/△月△日五限目・第一体育館ステージにて上演】
「告白したの⁈」
わたしのうわずった声が廊下に響き渡る。
ポッと顔を赤らめた友人が、コクリとうなずいた。
「た、たまたま二人きりになったから……。な、なんか勢いで言っちゃえー……みたいな……」
「分かる。雰囲気って大事だし。で、返事は?」
「ぶ、部活終わったら……。どうしよう、どんな顔していったらいいのかなぁ」
「佳奈りん! 普通が一番だよ! 大丈夫、自信もって!」
「う、うん。も、もう言っちゃったし……が、がんばる。
そうそう。はるっちは、彼氏とどうなの?」
思いがけない方向から、話題が飛び火してきた。
わたしは化学の教科書を落とす勢いで、右手を振る。
「先輩は、か、か」
「はるっち。話をすればなんとやら」
こちらに向かって歩いてくる、青い体育ジャージ姿の男子生徒の集団。
友人が指すよりも早く、コウタ先輩の姿を見つけ。
わたしは鳴り響く心臓を押さえ、友人の影に隠れる。
「なーなー、佐藤。さっきのバスケでさー、こう後ろにシュッとしてーシュバってしたじゃん。足の動かし方、あとで教えてー」
「でたよ、洸太オリジナル語。英単語よりも古文単語よりもハードルたけーヤツ。どうせまた、演劇で使いたいーって言うんだろ?」
「もちろん! スッゲーかっこよかったからさー! 覚えたいなーって思って!」
「うーん……バックターンドリブルかな。擬音語的に」
「佐藤、マジでスゲーよ、お前……アレでよく理解できるわ。さすが学年3位」
「洸太、佐藤に感謝しろよー? お前の言葉を理解して訳してくれるのは佐藤ぐらいだぞ」
「え? みんなに分かるように話したけど」
「「「全然わかんねーよ」」」
「即答かよー!」
「まぁまぁ。洸太は少しずつ、擬音語を減らす努力をしようか」
「佐藤オカンに感謝だなぁ、洸太。
そうだ、四限の現国小テスト。点数で、購買のパンかけようぜー」
「今日は予習したからー……三十点! あ、やっぱり二十五点!」
「満点って言わんのかい! つーか、なんで五点ひいたし!」
晴れやかな笑い声を上げるクラスメイトに混じり、楽しそうに笑うコウタ先輩。
わたしの身体中を熱いものがかけめぐり、体温が二度上がる。
「洸太。くつヒモほどけてる」
「あれ、本当だ。気づかなかったー。佐藤、ありがとー」
「先いってるぞー」
「オッケー。追いかけるー」
その場にかがみ、くつヒモを結び始めるコウタ先輩。
友人達が歩きだし、わたしはゆっくり先へ進む。
コウタ先輩の横を通り過ぎる時、パチッと目があった。
「モモちゃん。また後で」
ささやいたコウタ先輩が、笑いながら立ち上がり。
わたしの頭にポンと手を置き、廊下をかけていく。
(……だから……そういう不意うちが、ずるいんです。コウタ先輩)
わたしは化学の教科書で、真っ赤になった顔をあおぎ。
二度以上上がった熱い身体のまま、友人達を追いかけた。