五月末あたりに体育祭が予定されている高校は多い。僕が通うこの男子校も五月の最終週に行われる。
何せそのあたりは都合がよいのだ。
一年生は入学から二ヶ月ほど経ち、なんとなく学校生活に慣れた頃。ここは関東域であるから暑くもなく寒くもなく、開催するにあたり心配される天候は本格的な梅雨に入る少し前。だいたい雨天にはならない。大丈夫。
そして二期制を取り入れている本校は六月に中間テストが実施される。体育祭のあとにテスト対策の日数が確保できるから、五月末。というわけだ。
さてその準備はというと、四月の後半には始まる。
「じゃあこれで決定な。それぞれ担当ごとに集まってよく相談してくれ。準備よろしく〜」
体育祭実行委員が前に立ち、先日招集があった委員会の内容をクラス内に報告。体育祭開催にあたっての諸注意やざっくりとした競技の説明、準備の日程などなど。それから必要な係の分担や誰がどの競技に出場するか希望をとり、今日中に決めておかなければならない責任者について諸々の説明がなされた。
まずは応援係と装飾係で大きくふたつの柱がある。その中で更に役割を三つに分担。責任者決めがおこなわれている。
同じ担当になったクラスメイトの顔を探し、このあたりかってなんとなく近寄っていく。同じような感じで教室のあっちやそっちに六つの輪ができていた。
その担当内をまとめる担当長と連絡係を決め、実行委員だけでは把握しきれない決め事やクラス内の報・連・相が滞らないようにしていく。
授業ではないからどこかだらけた雰囲気の教室内。一応担任もいるけれど、生徒主体の行事だからなのか好きなようにやらせてくれる。初めての行事でわからないことがあるなら聞きにこい、というスタンスらしい。
私語でザワザワしているが、それはそれとして競技の点数で勝敗が決まるから、既に闘志が滲んでいるようにも見えた。騎馬戦は囲んで後ろからいこうぜ、とか。聞こえてくる声の中に戦略の話がちらほらまじっている。やはりこのクラス、競い好きな奴が多いらしい。
「担当長と連絡係、決まったら俺のとこまで報告にきてくれー」
ざわつく中、委員の声が飛ぶ。
ダンスを披露する応援係と競技に使用する備品の管理や看板などを制作する装飾係、どの担当になってもやらなくてはならないことがそれなりにある。楽な係なんてものはない。けれど、当日バタバタ忙しくなるよりはと思って、事前に終わる看板担当を僕は選んだ。
「おー、小笠原と大和田も一緒か。何気に大小コンビと縁あるな。前も班一緒だったし」
「大小コンビ……? なにそれ」
「いやだって、ちっけぇのに大和田だし、でっけぇのに小笠原だから。名前の字と逆じゃん」
「あ、本当だ」
「へー、なるほど」
山本に言われて初めて気づいた。 隣を二〇センチ見上げ、そういえばそうかもと納得した。
たまたま隣に立っていた小笠原も、なるほどなんて感心している。そんなこと考えたことなかったし、大小コンビで括られたことが可笑しくて、小笠原と顔を見合わせ、ふふっと笑った。
僕も小笠原も看板担当になったのは単なる偶然だ。クラスの半数が装飾係になるし、たまたま選んだ担当が同じだけで相談したわけでも合わせたわけでもない。
「誰が長やる?」
「んじゃ俺がやるわ。連絡係は小笠原ってことで決まり。な?」
「まあ、いいけど」
看板担当の長を山本が引き受けてくれることになって、そばにいたからという理由で小笠原が連絡係に任命されていた。
山本が委員のところへ自分が長になったことと小笠原が連絡係である旨を伝えに行った。渡されたプリントを手に持ち、およその作業内容が書かれているらしいそれに目を通しながらこちらへ戻ってくる。
「あー、先輩たちから買い出しとか細かい指示がくるらしいな。次の活動日までにやっとくことはないと思う」
「連絡用にメッセグループ作っとくか?」
「そうだな。そこは小笠原に管理頼む」
「わかった」
スマホをいじって小笠原がメッセグループを作り始めた。作業日や連絡事項はそこで通達していくらしい。
体育祭はクラス単位で色分けされる縦割り方式だ。赤白黄青の四色あって、僕たちのクラスは朱雀で赤になる。二年生と三年生の朱雀になっているクラスの先輩方と協力しながら準備を進めていく。
制作に関しては看板担当の先輩から指示があるようで、おそらくデザインも先輩たちが考えるのだろう。一年生は買い出しに行ったり、木材をペンキで塗ったり、いわゆる人海戦術のモブだ。
活動日は連絡係になった小笠原に届き、このメンバーにメッセージが回されていく。長とは違った役回りはそれなりに忙しそうだ。サポート役ってところだろうか。
「大和田もいいか? 連絡先くれ。グループ作るから」
「あ、うん」
小笠原に言われてポケットからゴソゴソとスマホを取り出した。画面を操作してメッセージアプリから自分のQRコードを表示させると、小笠原がスマホをかざしてそれを読み込んだ。
続けてグループに招待され、参加ボタンをタップする。メンバーの一覧を見てみると、アイコンと表示されている名乗りと本名がさっぱり一致しない奴がいた。『お前は誰だ?』と首をかしげ、消去法で『コレ、梶原?』って聞いたら頷かれた。それはそれでなんでこのアイコンを使っているのかこの名前なのか、不思議な気持ちが残っりつつ、わからなくなりそうだから名前を『梶原』に変えておいた。
「なんかあれば書き込んでほしい。意見は積極的に出してもらったほうがありがたいかな」
「わかった。なるだけ書くようにするよ」
「ん、よろしく」
そういえば小笠原とメッセアプリで繋がってなかったんだ。入学したときは席が前後だったけれど、席替えをしたから今は離れている。だからといって話をしなくなったかといえばそんなことはなく、昼飯を一緒に食べたり帰りに駅前へ寄ることもあった。
それなのにお互い連絡先を知らないなんて、今更気づいてびっくりだ。クラスの連中とは動画アプリのほうでなんとなく繋がっているが小笠原は使ってないみたいだし、単に聞くタイミングがなかったのと連絡先を聞く必要がないくらい学校であれこれ話をしてたから。
と思い返し、小笠原の隣は居心地よくて帰ってからメッセージ送るのとは違うんだよなと自己完結した。
グループの中では繋がっても、まだ小笠原個人を登録できていない。追加ボタンを押せばいいだけなのに、今更すぎて妙に意識してしまう。
スマホの中にこの名前が入ってくる感覚。
ただの友だち追加。
されど、友だち追加。
今すぐじゃなくても──家で登録することにしよう。そう思って画面を閉じようとしたとき、隣にいる小笠原が僕の名前を呼んだ。
「万里、スタンプ送ったから見て?」
「スタンプ?」
何のスタンプだろうと思い、帰ったらやるつもりだったのに言葉につられて小笠原のことを登録してしまった。
あ、いや。登録したくないとかそういうわけじゃなく、なんていうか、宝箱を開ける前のそわそわした気持ちと似ていた。ちゃんと決心をしてから蓋を持ち上げるつもりが、触ったら勝手に開いてしまった。そんな感じだ。
「いぬ……と、はりねずみ?」
言われたとおり小笠原とのトーク画面を見てみると、送られていたのは『よろしく』の言葉の横に犬とハリネズミが描かれているスタンプ。大きな犬の頭の上にハリネズミが乗っている。淡い色使いのかわいらしいデザインだ。
これ、普段から小笠原が使っているやつなのかな。かなりメルヘン。
「俺と万里みたいだと思って」
「たしかに……」
大小コンビと言われたように、高身長で体格のよい小笠原が犬、平均よりも低く細身の僕はハリネズミということなのだろう。スタンプほど身長差があるわけではないけれど、僕たちになぞらえてこのスタンプを送ったらしい。
まん丸のフォルムと温和な表情の犬はどこか小笠原に似てた。けれど、ちんまりしたハリネズミのサイズは僕っぽいかもしれないが、こんなににこやかな顔はしていない。
(似てる……かなぁ)
小笠原が使うにしては似合わないというか、っぽくないというか。おそらく相手に合わせて送る用なのだろう。たぶん。男友達に使うというよりは女子に送るような。
そうじゃなくても例えばお姉さんとか妹さんとか、家族相手……もしかして彼女、とか?
(あれ?)
なんだなんだ、わけのわからない何かが突っかかる。こう、耳の後ろが重たくなった気がして、急に気分がざわざわした。具合が悪いとかそういうのじゃなく。ぐうっと、眉間にシワが寄るような。
「あ、嫌だったか? 似てると思ったんだけどな、このハリネズミ」
「嫌とか、それはないけど」
「変な顔してるから……大小コンビって言われたり、嫌だったよな。すまん」
「違う、気にしてるとかないって。チビなのは事実だし。そうじゃなくて、ただ……スタンプ、こういうの使ってるんだーって。意外だったから」
言ったことの半分は本当に思っていることで、半分はちょっと違った。誰に送ってるんだろうって聞きそうになり、でも聞きたいわけじゃないからこの話を早く終わらせたくて理由をそう答えた。
ところが僕の返しに小笠原が変なことを言い出して……
「これ、笑ってる万里とよく似てるし。癒やされる。思わず即買いしたやつでさ」
「そっ……いや、に、似てないって……っ」
「似てる。ほら、そういう照れたときの顔とか。これ使ったの万里が初めて。まあ、誰かに使うことはないだろうし、万里専用だな」
『頭の上には乗せられないけど。むしろ俺がいつも上から万里のつむじ見てる』と言われ、ポンポンと頂点を撫でられた。
小笠原の手に、ざわざわしていた気分が今度はぎゅうぎゅうしてきて。余計になんなんだよ、これはって理解できなかった。