エピローグ
『ヒーロー』なんかじゃない。
俺は、救ったんじゃない。
救われたんだ。
***
父親の海外赴任が決まったのは、小学校四年生の時。
毎年変わるクラス、馬鹿馬鹿しい校則、
背中にのしかかるランドセルの重さにようやく慣れた頃だった。
親は、俺の学校のことなんて気にも留めず、
「夏休み明けから、ハンガリーに引っ越すの。」と淡々と告げた。
海外の学校は9月入学システムをとっていることが幸いし、
編入することになんの不安もなかった-勉強に関しては。
クラスメイトからもらった寄せ書きと、花束を片手に帰り道、
泣きじゃくる夕梨亜とそっぽを向く五十嵐に別れを告げ、そのまま車で空港に向かった。
ハンガリーに赴任となったのは俺の父親だけじゃなかったらしく、
空港で会社の人たちと待ち合わせをした。
「俺、そらっ!蒼に空って書いてそらっ!よろしくな!」
父がスーツに身を包んだ上司に挨拶をするのを見ていた俺に、
さっきまで上司の横にいた子が話しかけてきた。
「お前は?」
「え?」
急に名前を紹介され、手を差し出すその子に戸惑っていた俺の横にその子は立つ。
「な、ま、え!教えてよ。」
「はるき。えっと…晴れに輝きって書いてはるき。」
差し出される手にたどたどしく右手を重ねる。
「はるきか!いい名前だな!」
ニカッと笑ったその少年、蒼空は、同い年に見えなく、
大人な握手をしてきた。
(さすが、偉い人の息子…?)
さっきから丁寧な日本語でゴマをすり、ペコペコ頭を下げている父を横目に見る。
「ところでさ」
視線を逸らされたことが気に食わなかったのか、蒼空が口を開く。
「晴輝は何年?」
「え、四年です。」
年上なのか、なんのかわからないからとりあえず無難に敬語を使った俺に蒼空は言う。
「なんだ、同い年じゃん。」
そう言って笑う蒼空はどこか嬉しそうだった。
「じゃあ、クラスでもよろしくってことで。」
手をひらひら振り、父親の方へ駆けていく後ろ姿が、どこか頼もしかった。
ハンガリーに着いてもいないのにハンガリーでの友達ができた俺は、
一週間後の初登校でも、蒼空が隣にいたから、何も困らなかった。
インターでは、四年からの編入生として俺と蒼空だけだったからか、
他のいろんな国からきたクラスメイトはとても優しかった。
日本のアニメが流行っているおかげで、
話題には困らなかったし、カタコトの英語でも、なんとか通じた。
俺と蒼空はいつも一緒で、登下校も、グループワークも、昼食も、
当番も、委員会も、なんでも一緒にした。
学年を重ねるごとに難しくなってくる英語での授業に危険を感じ、
俺と蒼空は放課後まで残って勉強会をし、翌朝には授業の予習を交換しあった。
蒼空のおかげで、俺は学校が楽しかったし、
蒼空もそうだったと思う。
親友、だった。
そんな平和な学校生活が変わったのは、
俺たちと同じ日本からの編入生、海斗がやってきた中学一年の九月だった。
蒼空のことだから、真っ先に声をかけて、
これからは俺たち三人で過ごすんだろうなと思っていた。
「あいつさー、なんか、うざくない?」
まだ知り合って数日も経っていない頃、蒼空は不満そうに口にした。
訳もわかってない俺に構わず、次の日から蒼空は海斗を無視するようになった。
海斗はまだ英語も十分にわかってなかったから、
他のクラスメイトも蒼空に倣い、海斗を仲間外れにした。
俺のことは、たどたどしい英語でも、みんな仲間に入れてくれ、
話しかけてくれたし、休み時間だって一緒に遊んでいたのに…
クラスメイトたちの知らなかった、知りたくもなかった
暗い一面に気付かされ、俺は怖くなった。
「なにやってんだよ。」
ある日、我慢できなくなった俺は、蒼空を問い詰めた。
「なんで海斗のこと無視したり、仲間はずれにするんだ?」
肩を揺さぶっても、何も言ってこない蒼空に俺はイラつく。
「お前、そんな奴じゃないだろ…」
「ほっとけよ!」
振り払われた右手がヒリヒリと痛む。
一瞬、何が起こったのかわからず呆然とする俺に、蒼空は続ける。
「お前だって、ハブリにしてやったっていいんだぞっ」
見たこともない表情で、聞きたくもなかった言葉を吐く蒼空に、
かけるべき言葉が見つからなかった。
「お前も、あいつも、みんないなくなればいいんだ!」
そう怒鳴って最後、いなくなったのは蒼空だった。
『ヒーロー』なんかじゃない。
俺は、救ったんじゃない。
救われたんだ。
***
父親の海外赴任が決まったのは、小学校四年生の時。
毎年変わるクラス、馬鹿馬鹿しい校則、
背中にのしかかるランドセルの重さにようやく慣れた頃だった。
親は、俺の学校のことなんて気にも留めず、
「夏休み明けから、ハンガリーに引っ越すの。」と淡々と告げた。
海外の学校は9月入学システムをとっていることが幸いし、
編入することになんの不安もなかった-勉強に関しては。
クラスメイトからもらった寄せ書きと、花束を片手に帰り道、
泣きじゃくる夕梨亜とそっぽを向く五十嵐に別れを告げ、そのまま車で空港に向かった。
ハンガリーに赴任となったのは俺の父親だけじゃなかったらしく、
空港で会社の人たちと待ち合わせをした。
「俺、そらっ!蒼に空って書いてそらっ!よろしくな!」
父がスーツに身を包んだ上司に挨拶をするのを見ていた俺に、
さっきまで上司の横にいた子が話しかけてきた。
「お前は?」
「え?」
急に名前を紹介され、手を差し出すその子に戸惑っていた俺の横にその子は立つ。
「な、ま、え!教えてよ。」
「はるき。えっと…晴れに輝きって書いてはるき。」
差し出される手にたどたどしく右手を重ねる。
「はるきか!いい名前だな!」
ニカッと笑ったその少年、蒼空は、同い年に見えなく、
大人な握手をしてきた。
(さすが、偉い人の息子…?)
さっきから丁寧な日本語でゴマをすり、ペコペコ頭を下げている父を横目に見る。
「ところでさ」
視線を逸らされたことが気に食わなかったのか、蒼空が口を開く。
「晴輝は何年?」
「え、四年です。」
年上なのか、なんのかわからないからとりあえず無難に敬語を使った俺に蒼空は言う。
「なんだ、同い年じゃん。」
そう言って笑う蒼空はどこか嬉しそうだった。
「じゃあ、クラスでもよろしくってことで。」
手をひらひら振り、父親の方へ駆けていく後ろ姿が、どこか頼もしかった。
ハンガリーに着いてもいないのにハンガリーでの友達ができた俺は、
一週間後の初登校でも、蒼空が隣にいたから、何も困らなかった。
インターでは、四年からの編入生として俺と蒼空だけだったからか、
他のいろんな国からきたクラスメイトはとても優しかった。
日本のアニメが流行っているおかげで、
話題には困らなかったし、カタコトの英語でも、なんとか通じた。
俺と蒼空はいつも一緒で、登下校も、グループワークも、昼食も、
当番も、委員会も、なんでも一緒にした。
学年を重ねるごとに難しくなってくる英語での授業に危険を感じ、
俺と蒼空は放課後まで残って勉強会をし、翌朝には授業の予習を交換しあった。
蒼空のおかげで、俺は学校が楽しかったし、
蒼空もそうだったと思う。
親友、だった。
そんな平和な学校生活が変わったのは、
俺たちと同じ日本からの編入生、海斗がやってきた中学一年の九月だった。
蒼空のことだから、真っ先に声をかけて、
これからは俺たち三人で過ごすんだろうなと思っていた。
「あいつさー、なんか、うざくない?」
まだ知り合って数日も経っていない頃、蒼空は不満そうに口にした。
訳もわかってない俺に構わず、次の日から蒼空は海斗を無視するようになった。
海斗はまだ英語も十分にわかってなかったから、
他のクラスメイトも蒼空に倣い、海斗を仲間外れにした。
俺のことは、たどたどしい英語でも、みんな仲間に入れてくれ、
話しかけてくれたし、休み時間だって一緒に遊んでいたのに…
クラスメイトたちの知らなかった、知りたくもなかった
暗い一面に気付かされ、俺は怖くなった。
「なにやってんだよ。」
ある日、我慢できなくなった俺は、蒼空を問い詰めた。
「なんで海斗のこと無視したり、仲間はずれにするんだ?」
肩を揺さぶっても、何も言ってこない蒼空に俺はイラつく。
「お前、そんな奴じゃないだろ…」
「ほっとけよ!」
振り払われた右手がヒリヒリと痛む。
一瞬、何が起こったのかわからず呆然とする俺に、蒼空は続ける。
「お前だって、ハブリにしてやったっていいんだぞっ」
見たこともない表情で、聞きたくもなかった言葉を吐く蒼空に、
かけるべき言葉が見つからなかった。
「お前も、あいつも、みんないなくなればいいんだ!」
そう怒鳴って最後、いなくなったのは蒼空だった。