予定通り、というか予想通り、三年八組の自己紹介は二限目にまでいたり、
危うく昼休みがなくなるところだった。

二限目の自習が早く終わったのだろう、
購買に走る生徒たちの足音が廊下に鳴り響いた瞬間、昼ごはんの選択肢から購買が消え去った八組。
お弁当持参組は、友達と席をくっつけたり、屋上へと移動したりしている。

そんな様子を横目に、お弁当を広げて食べ始める。
いつも通り、放送部がかけてくれる音楽を聴きながら、母が作ったおいしいお弁当を味わう。
大丈夫、とんでもないクラスだと思ったけど、そんなことない。
きっとみんな、先生の言った通りバスか電車の遅延で、少し遅れただけ。
平和な時間もちゃんと…

「なぁ、パソコン部の部長ってほんと?」
朝のHRで抱いた三年八組の第一印象をひたすら自分に言い訳していた私を、
聞き覚えのある声が遮る。
「え、ほんとだよ。」
そう答えながら、自己紹介から嘘つく人がこの世にいるのかな、なんて疑問を抱く。
どうして、そんなこと聞くの?と質問しようとしたけれど、
名前も分かっていないからちょっと諦める。

「俺、パソコンとか全然できなくて、だからパソコンできる人がクラスにいるって知って驚いた!てか、この学校パソコン部あるんだな。珍しー。」
なんて話を続けるから、声のした方を振り向く。
五十嵐颯太。
名札を確認して、私はやっと気づく。
(あ、生徒会長のいがらし君か)

生徒会長なのにパソコン部があることを把握していないのはどうかと思うが、
五十嵐君の言った通り、この辺りの高校でパソコン部があるところは私の高校だけ。
ただ私は中学校でもパソコン部だったから、
「珍しい」と言われてもピンとこない。
ICT教育の重要性が謳われている中で、パソコン部が部活動として存在しないことは
時代の流れと矛盾しているように感じてしまう。

「そうだよね、パソコン部って珍しいみたいだよね。
五十嵐君は、何か部活やってるの?」
第一印象、真面目な優等生。
真面目って要素は便利なもので、この先このクラスで何か不祥事が起こっても
私の責任は問われないだろう。
「俺は…」
「帰宅部!でしょ!」
今日の朝、一番に学校に来た私の隣で一番最後にやってきた林さんが叫ぶ。
「ゆりっ!お前はうるせーよ!
確かに俺は帰宅部、帰宅部だけど、もっと大事なことやってるだろ!」
生徒会長というポジションにこだわる五十嵐君は言い返す。
「大事なこと?え、なんだったけ?」
「生徒会…」
「ねぇ、ひなたは委員会何にする?私は、室長に立候補しようと思ってる!」
生徒会執行部、は厳密にいえば部活動ではないことは置いておいて、
(五十嵐君はそんなことも知らないだろうけど)
学校生活のうち特別活動に配属されるその名を言いかけた五十嵐君をスルーして、
林さんは私に声をかける。

(五十嵐君が私に話しかけたのは、自分が生徒会長ってことを言いたかったからなのかも。
リマインドありがとう)
そして、彼が林さんの名前を言ってくれたおかげで
私は林さんの下の名前を思い出すことができた。

林夕梨亜。
二年生で同じクラスになって以来、クラスの「陰」である私に懐いている、
スクールカーストの上位に立つザ・女の子だ。

そんな彼女は、今年も室長に選ばれたら、三年間室長を勤めることになる。
リーダーシップがあって、責任感が強くて…などという室長らしい要素は一つもないが、
元気で明るい。
そんな印象を与えてくれる彼女だからこそ「明るい、楽しいクラスにしてくれる(つまり、ルールを守らなくてもある程度は許してくれる)」という期待が向けられる。
大きな目と、丁寧にケアされた唇、そして手入れが行き届いた長い髪、
おまけに「室長」という肩書きもあって、高嶺の花のような存在だ。

次の三限は委員会決めがあったのかと予定表を確認するが、
委員なんて単語はどこにもない。

「林さん、私の勘違いかもしれないけど、今日はまだ委員会決めじゃないと思うな。」
私が差し出した予定表を見た林さんは、
「え!うそ!室長のスピーチまで考えてきたのに!」と残念そうにため息をつく。

(新年度初日から「ほんと?」とか「うそ!」とか、どれだけ疑われているんだろう、私…)
とこっちが落ち込む。

「お前、立候補する前から当選する気満々じゃねぇかよ。」苦笑いする五十嵐君の横で、
「いや、颯太が生徒会長になれる学校で、私が室長になれるのは目に見えてるもん!
それに、みんな受験で忙しいから、ゆりが大変な室長をやってあげようって思ってるから!」
「お前、俺が生徒会長になれたのはな、才能だよ!」
「意味わかんない!私の推薦スピーチが良かったんだよ!忘れないでよね。」
「なんだと…」

昼休み。全く休まらない二人の言い争いをききながら、
このクラスのゆく先を案じるわけにはいかない私だった。


「どんな集団を集めても、二割はよく頑張る人、六割はそこそこ頑張る人、残りの二割は頑張らない人、というふうに分類されます。これを…」
なんとかの法則って言います。
中学時代の英語の先生の言葉を思い出して、
このクラスの構成を眺める。

真面目、パソコン部、勉強をする一人(私)。
運動部、帰宅部、遅刻組(ワイワイガヤガヤ組)、三十九人。

そんな法則はどこにもないって、先生に伝えにいきたい。