* * *
翌朝、ルナと景太は渡辺と鳴海と共に自主見学で京都を歩き回った。
「鳥居すごかったな!」
「日本って感じしたよな~」
談笑してる渡辺と鳴海の横で、景太が時計を確認していた。
「まだ時間あるな。どっか行くか?」
「あ、なら俺いいところ知ってる!」
鳴海が勢いよく手を挙げた。
「縁結びで有名な神社があるんだよ。黒崎のためにも、そこに行こうぜ」
「え、いいよそんな……」
ルナは慌てて首を横に振った。自分は悪魔で、ハルは人間だ。縁結びの神社にあやかっても、結ばれないのは分かっていた。
「遠慮すんなって!花里、いいよな?」
「おう。じゃ、そこに行くか」
「待ってろよ。今地図を確認して……あっちだ!」
ルナ達は道案内をする鳴海の後をついて行った。
神社につくと、女性の参拝客でいっぱいだった。
「男4人だと目立つな」
景太はそう言って笑った。
「あ、俺おみくじ引きたい!」
「俺も!」
渡辺達はそう言うと、先に行ってしまった。
「俺達も行くか」
ルナは頷いて、景太と共に店に向かった。
すると、おみくじの置いてある店の前に着物で着飾った百合と菫の姿を見つけた。
「あ、百合と藤堂だ」
「あら、花里君とルナ君ですわ」
2人の姿を見るなり、菫は嬉しそうに微笑む。
「藤堂さん達もこの神社に?」
「ええ。女子旅なら外せませんわ。ね、雨宮さん」
「うん。せっかくだからね」
そう言って頷く百合を景太はぼんやりと見ていた。
「……景太、どうかした?」
百合に尋ねられ、景太はハッとした。
「いや、何でもない」
慌てて目線をずらす景太を見て、菫は口元を押さえてニヤリと笑う。
「ひょっとして、見とれてたんじゃありませんこと?」
「いや……」
景太は頭をかいた。
「……ここ、縁結びで有名なんだろ。百合にも好きな人がいるのかなって、気になって」
「……もしいたら?」
百合は景太の方を真っ直ぐ見ながら尋ねる。
「私に好きな人が居たら、景太は嫌?」
「……うーん。いや、別に……」
その言葉とは裏腹に、景太の表情は曇っていた。
「そう……」
百合は少し俯いたが、すぐに元に戻って言った。
「おみくじ引きに来たんだよね!早く引いてみたら?」
「あ、うん!」
ルナはお金を払い、おみくじを引いた。
「……あ、小吉だ。」
おみくじを開き、中身を読み進める。
──探し物、目の前にあり。
(目の前か……)
自分の探してる天使は、案外近くに居るのかもしれない。
更に読み進めて、ルナは恋愛の欄に目をとめた。
──恋愛、意志を貫けば叶う。
(意志を貫けば……)
自分は悪魔だ。意志を貫いたところで、ハルと結ばれることは叶わない。
ルナはその事実を確認して落ち込んだ。
「意志を貫けば叶うか。良かったじゃん」
「うわっ!」
気がつくと、景太がルナのおみくじを盗み見ていた。
「いきなり覗かないでよ……」
「あ、悪い。俺のも見ていいから」
景太はそう言うと、ルナに見えるようにおみくじを開き始めた。
「お、大吉じゃん」
さすが景太。おみくじの運も強いようだった。
「恋愛……隣を見よ?」
景太はルナの方を見て目を丸くした。
「ルナ……お前だったのか」
「違うと思うよ!?」
ルナは首を一生懸命に横に振り、全力で否定した。
「あんたはもっと周りを見なさい」
百合も呆れた顔で溜息をつく。
「おーい花里、黒崎!」
「お参りしてから帰ろうぜ」
渡辺と鳴海が2人の方に歩み寄ってきた。
「あ、うん!……藤堂さん、雨宮さん、またね」
「またな。2人とも」
ルナと景太は渡辺達の元に向かい、菫と百合が取り残された。
「……言わなくてよかったんですの?」
菫は百合に向かって尋ねた。
「何が?」
「何って……花里君ですわ。好きな人がいるのか聞かれたときに、言ってしまえばよかったのに」
百合は、菫の言葉の意味に気付かないフリをして苦笑いする。
「言うって、だから一体何を……」
「花里君が好きだってことですわ」
菫の率直な言葉を聞いて、百合は思わず顔を赤らめる。
「……景太にその気が無いって分かってるし、私じゃ釣り合わないよ。きっと迷惑かけちゃう」
百合の脳裏に、景太がファンの女の子達に囲まれている様子が浮かんだ。もし自分なんかが景太と付き合ったら嫉妬の嵐だろうと百合は思った。
「そうかしら?わたくしはお似合いだと思うのですが」
菫はそう言って、頬に手を当てながら笑う。
「藤堂さん、雨宮さん、そろそろ宿に戻ろ!」
同じ班の女子生徒が、2人に声をかけた。
「今行きますわ!」
「分かった」
百合は菫と共に班の仲間の元に向かった。
* * *
自主見学を終え、宿に戻ったルナ達は、部屋で荷物をまとめていた。明日は大阪の遊園地に行くため、これから移動なのだ。
「明日の遊園地、楽しみだな~!」
鳴海はウキウキとした様子で荷物を詰めている。その横で、景太も目を輝かせていた。
「俺あのジェットコースター乗りたい。日本最長のやつ」
「まじかよ。花里強いな……」
鳴海はそう言って苦笑いした。その傍らで渡辺が、そういえば、と口を開いた。
「……今日、雨宮と話してたよな。何の話してたんだ?」
「あー……百合の好きな人の話?」
「雨宮好きな人いるのか!?」
鳴海が食いついてきた。
「いや、分かんない。聞いたけど教えてもらわなかった」
「分かんないんかい!」
盛大に床に寝そべる鳴海に、ルナは苦笑いした。
今日の百合の様子を見る限り、百合の好きな人に目星はついていたが、ルナは口にはしなかった。
百合にも、きっと告白しない理由があるのだと思ったからだ。
「……よし、花里。お前明日ちゃんと聞いてこい」
渡辺の突然の言葉に景太は首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって……気にならないのか?自分で聞いたんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「なら、ちゃんと教えてもらえよ。はぐらかされたままじゃスッキリしないだろ」
渡辺の言葉に、景太は少し上を見上げて、やがて頷く。
「……それもそうだな」
景太は自分の荷物を持って立ち上がった。
「明日の遊園地に誘ってくる。ルナ、行くぞ」
景太に促されて、ルナは目を丸くした。
「え、僕も行くの?」
「行かないのか?」
「いや、別にいいけど……」
そういうところだぞ、景太。ルナは心の中で突っ込んだ。なぜ百合だけを誘わないのか。
部屋を出る景太を追って、ルナも百合達を探しに出かけた。
廊下をしばらく歩いていると、制服姿に着替え終わった百合と菫の姿を見つけた。
「百合、藤堂」
「あら、花里君とルナ君!」
「どうしたの?」
「明日の遊園地、一緒に行かないか?」
「遊園地ですか……?」
菫は少し悩んで、やがて言った。
「あいにくですけど、他のクラスの友達に誘われているんですの。わたくしは遠慮いたしますわ」
「そっか……百合は?」
景太に尋ねられ、百合は少し戸惑った。
景太と自分が遊園地を一緒に歩いていたら、また何か言われるかもしれない。
しかし、もう決めていた。景太が一緒にいたいと思ってくれるなら、一緒にいるんだと。
「……いいわよ」
百合は笑顔を作って答える。
「じゃあ、入り口前で待ち合わせな」
「分かった」
百合は頷くと、菫と共に荷物を取りに部屋に戻っていった。
ルナがちらりと隣を見ると、景太の表情は心なしか嬉しそうだった。
「よかったね、景太」
「ああ」
「じゃあ、僕達もそろそろ行こうか」
ルナと景太は、荷物を持って旅館の正面玄関へ向かった。
* * *
次の日、ルナと景太は遊園地の入り口前で百合を待っていた。2人の姿に気がつき、百合は慌ててルナ達に駆け寄る。
「遅れてごめん!」
「いや、大丈夫だ」
「早く行こう」
3人が遊園地の門をくぐると、そこには修学旅行中の学生が大勢居た。
その中に、ルナが見たことのある制服が混ざっている。
「あの制服……南野女子だぞ、ルナ」
「ほんとだ……」
ということはハルもここに来ているのだろうか。ルナは胸が躍るのを感じた。
「あれ、花里君じゃない?」
「ほんとだー!」
南野女子の生徒が、景太に気がついた途端にこちらを取り囲んだ。
「花里君も修学旅行だったんだね!」
「どこ行ってきたの?」
「なんのアトラクション乗るの?」
「お、おう……」
景太は質問攻めにされて、戸惑いの表情を浮かべる。
……しかし困った。南野女子の生徒に囲まれて、身動きが取れない。
その時。
誰かがルナの腕を引っ張った。
「えっ!?」
驚いて抵抗する間もなく、ルナは人だかりの外へ連れ出された。
「誰……?」
「ボクだよ、ルナ」
ルナが顔を上げると、目の前にはハルが立っていた。
「ハル!どうして……」
するとハルは悪戯っぽい笑顔を見せて言った。
「ちょっと抜け出しちゃおうよ」
* * *
ルナはハルに手を引かれ、ジェットコースターの前に辿り着いた。昨日、景太が言っていた日本最長のジェットコースターだ。
それを見たルナのこめかみに冷や汗が伝う。
「ハル……まさか」
「これに乗ろう!」
ハルはそう言って目を輝かせた。
……正直乗りたくない。
しかし、ルナの脳裏に文化祭の時の失態が蘇った。
(……今日は格好悪いところ見せないぞ)
ルナは覚悟を決め、両頬を叩いて気合いを入れる。
「……よし、乗ろう!」
ルナは力強くそう言って、ハルと2人で列に並んだ。
列が進むにつれ、ルナの恐怖はどんどんと増えていく。
ルナは悪魔だ。普段隠しているだけで翼をちゃんと持っている。だから、空を飛ぶことはできるし、飛ぶことに対して特に苦手意識もない。
しかし、それは自分の意思で飛んだ場合の話だ。
ジェットコースターのような、他人の……ましてや、機械の意思によって激しく振りまわされながら飛ぶアトラクションなんて、ルナは恐ろしくてたまらなかった。
だって、自分で飛ぶのとは違って、次にどこを飛ぶのか分からないのだ。しかも、猛スピードで飛ばされるのだ。
(うう……怖すぎる)
ルナが身震いするのを見たハルが、揶揄うように彼を覗き込む。
「ルナ、大丈夫?怖くない?」
「だ、大丈夫!余裕だよ!」
「本当かな~?」
「本当だよ!」
ハルはルナの様子を見てクスクスと笑う。
やがて、ルナ達の順番がやってきた。
2人はコースターに乗り込み、安全バーを下ろす。
「それでは、いってらっしゃい!」
ガイドが笑顔で手を振ると、ルナ達を乗せたコースターがゆっくりと加速し始めた。
「いよいよだ~!」
ルナの隣でハルが楽しそうに目を輝かせていた。
その可愛らしい横顔に見とれていたのも束の間。
コースターが、一気に落下した。
「ぎゃーー!!」
「きゃーー!あはは!」
コースターはその勢いのまま上昇し、また落下する。
その後、すごいスピードで1回転した。
(も、もう無理かも……)
しかし、ジェットコースターはまだ終わらない。
ルナは途切れそうな意識を何とか保ちながら、終点まで持ちこたえた。
「おつかれさまでした!お忘れ物にご注意下さいね」
ガイドの指示に従い、バーを上げて荷物を持ち、ルナ達はコースターを降りた。
(怖かった……)
「あー!楽しかった!」
げっそりとするルナの隣で、ハルは生き生きとしていた。
「ルナ、次はあれに乗ろう!」
ハルが指さしたのは垂直落下のアトラクションだった。
……正直、耐えられる気がしない。
(でも、今日は格好つけるって決めたんだ)
ルナはもう一度両頬を叩いて気合いを入れた。
「うん、分かったよ!」
今日はハルにとことん付き合ってみせよう。ルナはそう意気込んでハルの後を追った。
* * *
一方、景太と百合は未だに花里ファンに捕まっていた。
「花里君、一緒に回ろうよ!」
「え、花里君、うちらと回ろ!」
百合はファン達の圧力に、ただ黙ることしかできなかった。
景太の周りには、こんなにもたくさんの人がいる。それこそ、幼なじみというだけで一緒にいることが、後ろめたくなるくらいに。
(この子達と回った方が、景太にとってもいいのかも……)
この子達と回りなよ。百合の口からその言葉が出る寸前だった。
「ごめん、俺、今日は一緒に回る人がいるから」
景太の声を聞き、ファンの視線が一斉に百合に向いた。
「誰この子……」
「彼女?」
ざわめき出す人だかりの中で、百合は居たたまれなくなって俯いた。
(やっぱり、私じゃ景太と釣り合わないんだ)
その時。
景太が百合の手を引いた。
「百合、行こう」
「あ……」
百合は景太に連れられ、人だかりから逃げるように抜け出した。
しばらく走って、人気の少ないベンチに辿り着く。
目の前にはソフトクリーム屋があるが、学生達はみんなアトラクションに乗っているのか、人はまばらだった。
「なんとか抜け出せたな……」
景太はベンチに腰掛けると、溜息をついた。
百合も、景太から1人分離れた場所に座る。
「気がついたらルナもいないし、なかなか離して貰えないし、どうしようかと思った」
「……あの子達と回らなくてよかったの?」
百合は、景太とは目を合わせないまま尋ねる。
「え、なんで……」
「だって、あの子達みんな景太のこと好きなんだよ?」
「でも、俺が誘ったのは百合だぞ?」
何てこと無いように言う景太だったが、百合のモヤモヤは晴れなかった。
「……どうして私を誘ってくれたの?」
百合が尋ねると、景太はふと思い出したかのように口を開いた。
「聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「昨日聞いただろ。百合に好きな人がいるのかって。結局分からずじまいだったから……」
「別に気にしないんじゃなかったの?」
「うーん……」
煮え切らない幼なじみを見て、百合は景太の意図が分からず溜息をついた。
好きな人……いっそのこと正直に言ってしまおうか。でも、景太に悟られたくはなかった。
そうなったら、きっと景太は気を遣うから。
「……別に居ないよ」
強がりな言葉が、百合の口から出た。
「そっか」
景太はそう短く返事をする。そんな様子を見て、百合の心のモヤモヤは増した。
「そっかって……それだけ?」
「うん」
「なんなのよ、もう」
百合は平然としている景太を見て再度溜息をついた。
「俺……ソフトクリーム買ってくる」
景太はそう言って立ち上がり、店に向かった。
(もう、何から何まで突然なんだから)
だが、百合はそんな幼なじみを嫌いになれなかった。
しばらくして、景太が両手にソフトクリームを持って帰ってきた。片方はバニラ、もう片方はチョコレートだ。
「百合、チョコ好きだったよな」
「あ……ありがとう」
百合はチョコソフトを受け取った。
何だかんだ言って、景太は百合のことを気にかけてくれるのだ。
そんな優しさが、百合はずっと好きだった。
(私、何したいんだろ……)
百合はチョコソフトを一口食べた。
甘くて、少し苦かった。
* * *
ルナはハルと一緒に遊園地中を遊び回った。
「絶叫マシンはこれで制覇したね!」
「あはは……そうだね」
ルナは疲れていた。……頑張った。昼食直後の超速ジェットコースターが1番辛かった。
日もだいぶ傾いてきた。時計を見ると、集合時間までもう少しだった。アトラクションも、乗れてあと1つだろう。
「ルナ、最後にあれ乗らない?」
ハルが指さしたのは観覧車だった。
「うん、いいよ」
ルナ達は観覧車乗り場に向かった。
時間ギリギリだったからか、乗り場に生徒の姿は殆ど無かった。
「次の方、どうぞ!」
スタッフに従って、ルナとハルは赤い観覧車に乗り込んだ。
観覧車が、ゆっくりと登っていく。
地面がどんどん遠くなる。
空が、少しずつ近くなっていく。
「今日はありがとう、ルナ」
不意に、ハルがルナに微笑んだ。
「え?」
「絶叫アトラクション、頑張って一緒に乗ってくれたよね」
無理をしていたのがバレていたのか。ルナは思わず苦笑いした。
「ルナは本当に優しいね」
そう言って綺麗に微笑むハルに、ルナは見とれてしまった。
夕日がハルを照らして、彼女の髪がキラキラと光る。
──綺麗だ。他の誰よりも。
そんな照れ臭い感情を誤魔化そうと、ルナは慌てて首を横に振る。
「そんなことないよ。僕はただ、ハルの笑顔が見たかっただけで……」
そこまで言って、ルナはハッと口をつぐんだ。
(今、僕かなり恥ずかしいこと言った……?)
恐る恐るハルの顔を見ると、ハルは目を丸くしていた。夕日のせいか、顔が赤く見える。
「は、ハル……?」
「……あのね、ルナ。君に聞いて欲しいことがあるんだ」
ハルはルナの顔を真っ直ぐに見つめた、真剣な顔で告げる。
「ボク、君のことが好きなんだ」
「え……」
「ルナといると、自然に笑顔になれる。ボクに笑顔をくれたのは君なんだ」
ハルはそう言うと、空色の瞳を細めて優しく微笑む。
突然の出来事に、ルナの頭は真っ白になっていた。
「ルナ。君は、ボクのこと好き?」
そう問われて、ルナの中に様々な思いが巡った。
ハルのことは好きだ。大好きだ。でも、自分は悪魔だ。ハルのことを、一生幸せにはできない。いつか見た夢のように、最後は別れる運命だった。
しかし……目の前のハルは、真剣な眼差しで自分を見つめている。
……今だけ。自分が魔界に帰るまでの、本の短い間だけでも、ハルと一緒に居たい。
「うん、僕もハルが好きだよ」
迷った末に、ルナの口から正直な言葉が出た。
「僕と付き合って下さい」
ルナがそう言うと、ハルは嬉しそうに笑って頷いた。
「はい……!」
その笑顔を見て、ルナの胸が満たされていく。
「あ!ルナ、見て」
ハルに促されて、窓の外を見た。
世界が、夕焼け色に染められていく。今まで見てきた夕焼けの中で1番綺麗だった。
「綺麗だね」
「……うん」
微笑むハルに、ルナはしっかりと頷いた。
* * *
──ルナに気持ちを打ち明けた。ずっと悩んでいたのに、最後はお別れしなくちゃいけないと分かっていたのに。ルナの優しい言葉を聞いていたら、自然と口から出ていた。
(ルナ、びっくりしてたな)
遊園地の入り口でルナと別れ、ハルは自分の学校の集合場所へと急いでいた。
「あ、ハル!どこ行ってたの?」
美亜がハルを見つけるなり駆け寄ってきた。
「ごめん、ちょっと抜け出してた」
「もう……いなくなる前に一声かけてよね」
美亜はそう言うと頬を膨らませる。
「うん、ごめん」
「まぁ、いいけどさー……てか、何かいいことあった?」
「え?」
「顔がニヤけてるよ?」
そう指摘されて、ハルは自分の頬を触った。
「あ、もしかして黒崎君と何かあった!?」
そう目を輝かせる美亜に向かって、ハルは悪戯っぽく微笑む。
「ふふ……内緒」
「もー!ハルってば、いつもそればっかり」
再び頬を膨らませる美亜を見て、ハルは誤魔化すように笑った。
その時。
ハルのスマホが鳴った。
「ごめん、ちょっと出てくる」
「うん。でも、急ぎなさいよ!」
ハルは集合場所から少し離れ、電話を取った。
「……もしもし、お父様」
『ハル、修行は順調なようだな』
「はい。どうかなさいましたか?」
『実は、お前に報せなければならないことがあってだな……』
「報せたいこと……?」
『ああ。それがな……大事なことなんだ』
……大事なこと。父の重い口ぶりに、ハルは少し体を強張らせる。
『先程魔界へ偵察に行ってきたものの情報なのだが……』
『お前の命を狙う悪魔がいる』
「え……?」
ハルは言葉を失った。スマホを持つ手が、カタカタと振るえる。
『だから、お前の婚約者を人間界に遣わせた。その悪魔を探し出して、様子を見て貰おうと思ってな。だから安心してもいいが……くれぐれも、気をつけるんだぞ』
「……はい」
ハルが辛うじて返事をすると、電話が切れた。ハルはその場から動けずに、立ち尽くす。
悪魔に命を狙われている……婚約者の来訪……。
もう頭がいっぱいだった。
「ハル!全然来ないから呼びに来たよ!」
美亜がハルのもとへ駆け寄ってきた。
「もうみんな集まってるから……って、顔色悪いよ、大丈夫?」
「ああ……大丈夫。すぐ行くよ」
ハルはなんとか取り繕って、笑顔を作って見せた。
なぜだか、ルナに会いたかった。
* * *
修学旅行が終わった。駅から翔北高校へ向かっていたバスも、学校の駐車場に到着する。
「なぁ、ルナ、結局遊園地でどこに行ってたんだ?」
バスから降りるなり、景太はルナに尋ねた。
正直に答えるのが恥ずかしくて、ルナは誤魔化すように笑った。
その様子を見て、景太はじとっとした目をルナに向ける。
「お前、何か隠してるな?分かった。俺が当ててやる」
景太はそう言うと手を顎に当てて考え始めた。
「ルナの隠し事……ハルのことしか思いつかない……あの場に居た大量の南野女子の生徒……つまり、ハルと何かあったんだな」
「……当たり」
ルナは少し迷って事実を伝えることにした。
「付き合うことになったんだ。ハルと」
ルナの言葉を聞き、景太は目を丸くした。
「いつの間に……まぁでもよかったじゃん」
驚いた様子の景太だったが、やがてニカッと笑った。
「お前が嬉しそうでなによりだよ」
少しの間だけだけど……ルナはそう言いそうになって慌てて口をつぐんだ。
大天使の娘を見つけて殺す。そして、自分は魔界へ帰るのだ。
しかし、その限られた時間の1秒でも長く、ハルと一緒に居たかった。
(ハルに会いたいな……)
ルナは1人で空を見上げ思った。
修学旅行が終わり、いよいよ年末が迫ってきた。
ルナ達は年明けにある全国大会に向けて、今日も部活に勤しんでいた。
部活が終わり、ルナは景太と百合と共に帰ろうとしたときだった。
百合がふと鞄の中身を確認し、あ、と声を出した。
「……教科書忘れちゃった」
「百合が忘れ物?珍しいな」
「ごめん、ちょっと取ってくるね」
百合はそう言って校舎に戻っていく。その場に景太とルナが取り残された。
「なぁ、ルナ。ハルとはどんな感じなんだ?」
景太はニヤニヤしながらルナの方を見た。
ルナは少し照れながら、それに答える。
「うん……たまに涼介君の病室で会ってるくらいかな。」
「デートとかしないのか?」
「で、デート……!?」
いかにも恋人らしい単語に、ルナは顔を赤らめた。
デートか。ルナは今までしたことも、しようと思ったこともなかった。
「……どこに行けばいいか分からないし、なかなか予定も合わないし……」
「そんなの言い訳だろ」
「うぐぅ……」
図星を突かれて、ルナは唸った。そんなルナの様子を見て、景太はククッと笑う。
「折角付き合えたんだから、デートすればいいじゃん。楽しいだろうし、きっとハルも喜ぶぞ?」
「そうかな……」
「そうだろ」
人間らしいデートコースなんて分からなかったが、ハルと一緒に過ごしたいのも、少しでも楽しい時間にしたいのも事実だった。
それに、ハルと一緒に出かける……そう考えただけルナの胸が躍る。
「……うん。誘ってみようかな」
ルナが顔を赤くしながら頷くのを見て、景太は彼の肩をポンポンと叩いた。
「おう。ルナ、頑張れよ」
そんな話をしていた、その時だった。
「君が、ルナ君だね?」
2人が声のした方をみると、グレーの長い髪をゆったりと結んだ、モデルのような青年がルナに向かって微笑んでいた。
「そうですけど……あなたは?」
「僕はソラ。ハルさんの婚約者です」
──婚約者?
ルナは、思いも寄らない人物の登場に言葉を失った。
「待てよ、ルナはハルの彼氏だぞ?」
景太はソラを睨みつけたが、ソラは全く意に介さなかった。
「僕は君よりずっと前から、ハルさんと婚約していました」
「そんな……」
景太は反論できずに唇を噛む。
「……ハルの婚約者さんが、僕に何の用ですか」
ルナは絞り出すように尋ねた。
「忠告に来たのですよ。ハルさんに、これ以上近づかないようにってね」
すると、ソラはルナに顔を近づけ、耳元で囁く。
「他人の婚約者に手を出すなんて、君はとんでもない悪魔だ」
ソラはルナから離れると、柔和な笑顔をルナ達に向けた。
「それでは、今日はこの辺で。くれぐれも、僕の婚約者に手を出さぬように」
それだけ言ってソラはその場を去って行った。
それを見送るやいなや、景太はすぐにルナに心配そうな目を向ける。
「ルナ、大丈夫か?」
景太に尋ねられるも、ルナは弱々しく笑うことしかできなかった。
「うん……ちょっときつい、かな」
「……ルナ、よく知らない他人の言うことなんて気にするな。あいつの言ってることだって、本当かどうか分からないんだ」
景太はそう励ますが、ルナの表情は晴れない。
「僕……ハルを好きでいていいのかな?」
「いいに決まってるだろ。というか、ハルもルナが好きだから付き合ったんだろ。」
「でも……」
ルナの中に様々な思いが巡った。
ハルは婚約者がいるのに、自分に好きだと言ったのだろうか。
どうして?何のために?
「……ごめん、景太。先に帰るね」
「おい、ルナ!」
ルナは景太を置いて逃げるようにその場を後にした。