悪魔の僕は天使の君に恋をする。

* * *

 ハルはルナ達と待ち合わせた玄関前に向かった。

 玄関ホールに着くと、入口付近でルナが立っているのが目に入った。

 彼が好きだと気がついたからだろうか。ただ姿を見ただけなのに、ハルの心は浮ついていた。

「ルナ!」

 はやる気持ちを抑えきれずに、ハルは少し離れた場所からルナの名前を呼ぶ。

「あ、ハル!劇、おつかれさま」

 それに気がついたルナは、優しい微笑みを彼女に向けた。

そんな笑顔にも幸せを感じながらハルはルナに歩み寄り、ワクワクしながら尋ねる。

「ありがとう。ねえ、ボクのシンデレラ、どうだった?」

 すると、ルナは微笑みながら頷いた。

「すごく綺麗だったよ!……本物のプリンセスみたいだった」

 ルナの言葉に、ハルは顔を赤くして笑う。

「えへへ……ありがとう」

 2人が笑い合っていると、遠くから景太の声がきこえてきた。

「2人とも、待たせたなー!」

 景太の両手には、いくつもの紙袋がぶら下がっている。全部ここの生徒から貰ったのだろうか。

「景太!その荷物は……?」

「食い物。色んな店が出ててさ。全部に回らされてるうちにこんなにサービスしてもらった」

「さすが景太……」

 ルナは景太人気のすさまじさに苦笑いするしかなかった。

「……さて、そろそろ帰るか。ハル、誘ってくれてありがとな」

「ううん、ボクも楽しかったよ」

 そう言ってハルは微笑んだ。

「今度は俺達の文化祭にも遊びに来いよ。待ってるから。な、ルナ?」

「……うん!みんなで待ってるよ、ハル」

 ルナの言葉に、ハルは笑顔で頷く。

「うん。きっと行くよ」

 2人はハルに見送られて、南野女子高校を後にした。
* * *

 帰り道を歩きながら、景太はルナに尋ねた。

「文化祭、楽しめたか?」

 そう問いかけられ、ルナは今日のことを思い返した。

 お化け屋敷では散々怖がり、挙げ句の果てには余裕がなくなってハルを驚かせてしまった。

 ルナは思わず肩を落とす。

「散々だった……」

「マジかよ」

 ルナの様子に、景太は苦笑いした。

「うん、格好悪いところ見せちゃって……でも」

 ルナの脳裏に保健室でのハルの笑顔が浮かぶ。確かに失敗はしてしまったが、あの笑顔を見られただけで、そんな今日にも意味はあったように思えた。

「……うん、良かったよ」

 ルナは少し微笑みながら、そう答えた。

「そうなのか?よく分かんないけど、なら良かったな」

「景太はどうだった?」

 ルナが尋ねると、景太は空を見上げながら考え込んだ。

「……うん。楽しかったけど……何か足りない気がした」

「何か足りない?」

「ああ。いつも傍にあるような何かが……」

 いつも景太の傍にあって、今日景太の傍に無いもの。そんなの1人しかいない。

「それって、雨宮さんじゃない?」

 ルナがそう言うと、景太はハッとした。

「そうかもしれない……」

「きっとそうだよ!」

 すると景太は少し考えて、頷いた。

「俺、百合の家に寄ってくる。それで、話してくる」

「……そっか。頑張ってね、景太」

「おう」

 景太はルナに、じゃあな。と言い残し百合の家に向かって駆けだした。
* * *

 景太は百合の家の前に着くと、両手に持った紙袋を左手に全て持ち、インターフォンを鳴らした。

 すると、百合の母が玄関に出てきた。

「あら、景太君!」

「おばさん、こんにちは。百合、どうしてますか?」

「百合なら部屋に籠もりっきりよ。夏休みが明けてから、なんだか元気がないのよね……」

 百合の母は頬に手を当てて心配そうに言った。

「そうなんですか……今、百合と話せますか?」

「いいわよ、呼んでくるからちょっと待ってて」

 百合の母は、そう言って家の中に戻っていく。

 しばらくすると、百合が玄関に出てきた。

「景太……何の用?」

 百合は険しい顔で景太を見つめる。その様子は、やはり気を張っているようだった。

「これ、今日ハルの学校の文化祭でもらってきた。多いからやるよ」

 景太はそう言うと、紙袋を1つ手渡した。

「ありがとう……」

 百合は紙袋を受け取り、家の中に戻ろうと玄関のドアを開けた。

「あっ、待ってくれ」

 景太は扉を掴んで止め、百合に向かって続けた。

「俺、百合に言いたいことがあるんだ」

「言いたいこと……?」

 身構える百合に、景太は頷き、口を開く。

「百合が、どうして俺を避けてるのか、何に悩んでるのか、俺には分かんない。でも、俺は百合の力になりたい」

「え……」

「今は何も言いたくないなら、それでもいい。言ってくれるまで待つから」

「景太……」

 百合は俯き、か細い声で尋ねる。

「どうしてそこまでしてくれるの?」

「どうしてって……」

 すると、景太はさも当然のように言うのだった。

「幼なじみだから」

 ──幼なじみ。百合の胸にその言葉がずしりと重くのしかかった。

 景太にとって、百合はただの幼なじみ。恋愛のれの字もないのだ。

 小学校まではそれでも良かった。しかし、景太がサッカープレイヤーとして有名になり始めた中学時代から、景太の隣に居ることで嫉妬を買うようになり始めた。

 景太の周りにはいつも沢山の人が居た。今まで人気者の景太の隣に居られたのは幼なじみだからだ。
 
(幼なじみの肩書きに甘えてきた私は、やっぱりずるいのかもしれない……)

 落ち込む百合を真っ直ぐ見つめながら、景太は話し続けた。

「俺、今まで通り百合と一緒にいたい。駄目か?」

 百合は、この幼なじみの真剣な顔に、すこぶる弱かった。

「……分かった。避けててごめん」

 百合は根負けして謝ってしまった。

 自分が抱えている悩みも、想いも、言うことができないまま。

 百合の言葉を聞いた景太は、表情を明るくする。

「じゃあ、一緒にいていいのか?」

「……景太がいいなら」

「そっか……よかった」

 そう言って嬉しそうに笑う景太を見て、百合の胸がドキリと音を立てた。

(ずるいな、もう……)

 百合はこのドキドキが悟られないように、必死に真顔を作って言った。

「じゃあ、また学校でね」

「ああ」

 いつものように笑う景太を見送って、百合は1人溜息をついた。

(……こうなったら覚悟を決めよう。景太が一緒に居て欲しいと思ってくれるなら、私は、景太の隣にいよう)

 百合は先程貰った紙袋を握りしめた。
* * *

「……白雪姫は王子様と結ばれ、いつまでも幸せに暮らしました」

「……はい、おっけー!みんなおつかれさま!」

 委員長の声が響いた。今日は劇のリハーサルの日だった。

「花里君、演技上手くなったね!黒崎君も!」

「委員長、ありがとな」

「放課後の特訓のお陰だね」

 明るい顔を見せる2人を見て、委員長は満足そうに頷いた。

「じゃあ、明日に備えて今日は早めに切り上げよう。各自自分の役割を確認するように!では解散!」

 委員長の声を合図に、生徒達が体育館を後にする。

 景太はその流れと逆方向に進み、小道具を片付ける百合のもとに歩み寄った。
  
「百合、一緒に帰ろう」

 ルナはその様子をハラハラしながら見守った。

(雨宮さんと景太、仲直りしたって聞いたけど、文化祭の準備で忙しくて、なかなか話せてなかったんだよな。大丈夫かな……)

 しかし、ルナの心配とは裏腹に、百合はいつもと変わらない様子で頷いた。

「いいわよ」

 ルナはそれを見て、ほっと胸をなで下ろした。   

「雨宮さん、少し元気が戻ったみたいですわ」

 菫も、ルナの隣で安心した顔で微笑む。

「そうだね。景太も元気が戻ったみたいだし、本当によかったよ」

「ええ。後は明日、頑張るだけですわね」

「うん」

 ルナは菫に微笑み返した。

 いよいよ明日は文化祭だ。ハルも見に来ると言っていたし、何としても成功させたい。

(この前は変なところ見せちゃったし、明日は格好いい所見せたいな……)

「ルナ、藤堂!一緒に帰ろうぜ!」

 向こうから歩いてきた景太が、2人に声を掛ける。

「あ、うん!」

「分かりましたわ!」

 その声に頷いて、ルナ達は景太達と共に体育館を後にした。
* * *

 遂に文化祭当日がやって来た。

 ルナ達2年1組は、舞台裏で円陣を組んでいた。

「みんな、今日は成功させるよ!」

「おー!」

 委員長のかけ声に合わせて、みんなが声を出す。

『続きましては、2年1組による白雪姫です』

 司会進行のアナウンスの後、ジーと音を立てて幕が上がる。

 ルナの出番はまだ先だ。舞台裏からハルの姿を探したが、見つからなかった。

(ハル、見てるのかな……?)

 ルナは少しだけソワソワしだした。その傍らで、景太が深呼吸する。  

「……見てろよ、俺の白雪姫」

 景太が意気込みながら舞台へと出て行く。想像よりも高身長で筋肉のある白雪姫に、会場が笑いに包まれた。 

「花里君、調子よさそうですわ」

「うん、そうだね……」

 しばらくして、毒りんごを食べさせられた景太が眠りに落ちてしまった。こびと役の生徒達が悲しむ演技する。……そろそろルナの出番だ。

「ルナ君、頑張って!」

 ルナは菫の声に頷くと、舞台上に出て行った。

「何て美しい姫だろう」

 ルナは観客席を見ながら演技した。
  
 すると、観客席の端の方に、涼介とハルの姿を見つけてしまった。その途端に恥ずかしさでいっぱいになる。   
  
(今見つけるんじゃなかった……)

 ルナは緊張しながら、景太姫の唇にキスをするふりをする。  

 すると景太が目を覚まし、こびと達が嬉しそうに声を上げた。

 観客席もからも、喜んでいるような声が聞こえる。

「白雪姫は王子様と結ばれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

 ナレーションが入り、体育館は観客達の拍手に包まれた。みんなが、ルナ達の劇を楽しんでくれた。きっと、ハルもそうだ。

 しかし、ルナは恥ずかしくてハルの方を見ることができなかった。

 幕が完全に下りると、ルナは力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

「終わった~……」

「ナイス王子だったぞ、ルナ」

 白雪姫姿の景太が、座り込むルナに笑顔で手を差し伸べてくれた。   

「ありがとう……景太もね」

 ルナは景太の手を借り、立ち上がって舞台裏にはけた。   

「おつかれー!」

「みんな良かった……ほんとに最高……!」

「委員長泣くなよ~」  
 
 舞台裏では、クラスメイトがわいわいと談笑していた。

 菫はルナを見るなり、その輪から抜け出して駆け寄る。

「ルナ君、王子様おつかれさまでした!格好よかったですわ!」

「ありがとう藤堂さん」

 ルナが菫に笑いかける横で、景太がそういえば、と口を開く。

「俺、さっき舞台上からハルを見つけたな。小学生ぐらいの男の子と一緒だった」

 景太はルナの肩をぽんと叩いて微笑む。

「早く着替えて会いに行こうぜ」

 ルナは少し顔を赤くして頷き、景太と共に着替え場所へ向かった。
* * *

 舞台裏から出ると、涼介がルナに駆け寄ってきた。

「ルナ!王子様格好よかった!」

「ありがとう、涼介君……って、涼介君、走って大丈夫なの?」

 ルナが尋ねると、涼介は明るい笑顔で頷く。

「うん!最近どんどん病気が良くなってるんだ!」

「そっか……良かったね」

 ルナは嬉しそうな涼介を見て微笑んだ。その様子を見て、2人に歩み寄ってきたハルも優しく微笑む。

「ルナ、おつかれさま」

「ありがとう、ハル。……僕の王子様、どうだった?」

 ルナが少しドキドキしながら尋ねると、ハルはニッと笑った。

「うん!すごく似合ってたよ」

 そう言って笑うハルを見て、ルナは顔を赤くして頬を掻く。

「お、やっぱり来てたか」

 景太と菫と百合も、こちらに向かって歩いてきた。

「花里君、白雪姫おつかれさま」

「おう。似合ってただろ」

「うん!すごくね」

 ハルは可愛らしい姿の景太を思い出し、クスクスと笑った。

「ハル、お久しぶりですわ」

 菫はハルに柔らかい微笑みを向ける。それを見て、ハルも表情を明るくした。

「菫!久しぶり」

「元気にしてらした?」

「うん。……あ」

 ハルはあることを思い出し、気まずい表情をする。

「菫、ちょっといいかな……?」 

「ええ……いいですけど」

 ハルは戸惑う菫を連れて少し離れた場所へ移動すると、頭を下げた。

「急にどうしたんですの?」

「ごめん……もう君のこと応援できない」

「え……?」

「ボクも、ルナが好きなんだ」

 ハルはそう言うと、顔を上げて菫を見つめた。

 ハルは迷っていた。ルナが人間なら、同じく人間の菫と結ばれた方が幸せになれるのではないか、と。

 しかし、ハルはルナの隣にいたかった。

 限られた時間……天界に帰るまでの間でいいから、ルナに恋していたかった。

 少しの間だけでも、ルナの1番近くにいたかったのだ。

「そう、ですの……」

 菫は少しの間言葉を失ったが、すぐに口を開いた。

「なら、ライバルですわね」

「え?」

「わたくし、負けませんわよ。ハル」

 そう言って微笑む菫を見て、ハルは微笑み返した。

「……うん」

「お姉ちゃん、見つけた!」

 遠くから駆けてきた涼介が、ハルに抱きついた。  

「ルナ、文化祭見て回るんだって。お姉ちゃん達も行こうよ!」

「……うん。分かった」

 ハルは涼介に微笑んで頷いた。

「よし、行こうか」

 ハルはルナ達が待っている方へ歩いて行った。
* * *

「ただいまー」

 文化祭が終わり、ルナが家に帰ると、ヨルが深刻そうな顔で立っていた。

「ルナ兄……」

「ヨル?どうしたの?」

「これ、魔界から手紙」

 ルナは手紙を受け取って、封筒から中身の手紙を取り出した。

 すると、手紙から悪魔王…父の姿が浮かび上がった。

『ルナ、お前が魔界を旅立ってから1年と半年が経ったが、何の音沙汰も無いのはどういうことだ?』

 低く響く父の声に、ルナはびくりと体をすくめた。

『お前が天使の殺害を躊躇っているなら、迷わず殺せ。天使は我々悪魔の仕事を邪魔する害虫だ。もしまだ見つけられていないなら…今すぐ探し出せ。早くしないと大天使と婚礼を挙げてしまう。そうすれば天使共の力が増幅してしまう……よいか、必ず殺すのだぞ!さもなくばお前を殺してしまうぞ!』

 ルナはその剣幕に体の震えが止まらなかった。

「ルナ兄、もう時間が無いよ」

 ヨルは真剣な顔で言った。

「……オレ、ルナ兄に死んでほしくない」

「でも、大天使の娘なんて、どこに……」

 そう弱音を吐くルナの手紙を持つ手を、ヨルはそっと包んだ。

「オレも協力する。だからルナ兄も本気になって」

 ヨルのいつになく真剣な表情に、ルナは頷くしかなかった。
 もう11月も半ば。翔北高校もいよいよ修学旅行だ。

「眠い……」

 新幹線の座席に座り、ルナはあくびをする。

 先日の手紙が原因で、不安のあまり、連日寝不足が続いていたのだ。

 事前の情報では、大天使の娘は確かにこの町に居るはずなのに、それらしい姿は見つからない。

 このまま自分は殺されてしまうのだろうか。

「何浮かない顔してるんだよ、ルナ」

 隣に座ていた景太が、ルナの頭を小突いた。

「修学旅行の真っ最中だろ?そんな顔してたらつまんないぞ」

「うん……ちょっと寝不足で……」

「楽しみで眠れなかったのか?ルナもまだまだ子どもだな」

 景太はそう言うとククッと笑う。

(そういうことじゃないんだけどな……)

 その楽しそうな様子に、ルナは苦笑いした。

「花里、黒崎、トランプやろーぜ」

「おう。いいぞ」

 後ろの席の、同じサッカー部員から声をかけられて、ルナ達は席を反対向きにする。

「渡辺、カード切って」

「ああ、任せな!」

 渡辺がカードを切り、全員に配る。じゃんけんの結果、ルナは一番最後の番だった。

「鳴海からな」

「あいよー」

 鳴海がカードを取り、ペアになったカードを捨てる。

「次、渡辺な」

 渡辺も同様にカードを取り、ペアを捨てる。

「次、花里だぞ」

「おう」

 景太も同じ手順でカードを取り……。



 ガクン



 単調な動作に眠気を誘われて、ルナは我慢できずに眠り込んでしまった。

 バサバサと手札が床に落ちる。その中にはジョーカーもあった。

「うおっ!?大丈夫か、黒崎!?」

 渡辺と鳴海は驚いた様子でルナを見た。

「なんか寝不足だったらしい」

 カードを拾いながら、景太は言った。

「寝かせといてやろうぜ」

 景太の言葉に、鳴海と渡辺は顔を見合わせて頷く。

「それもそうだな」

「気を取り直して……ババ抜き再開だ!」

 渡辺は全員のカードを集めて、もう一度山札を切る。

「これで勝ったやつ、3人に宇治抹茶スイーツ奢りな」

「えっ、勝ったやつなん?」

「負けた人じゃないのか?」

「おう!勝利の喜びをみんなに分けてやるんだよ。勝者の責任だろ!」

 そうワイワイしながら3人がババ抜きをする傍らで、ルナはすやすやと寝息を立てていた。
* * *

 気がつくと、ルナは美しい花畑の真ん中に立っていた。青空がどこまでも続いている。

「ルナ!」

 向こうでハルが笑顔で手を振っている。

(ハルが呼んでる……)

 ルナはハルに向かって走り出した。花が散り、花びらが舞う。

 ハルのもとに辿り着くと、ハルは微笑みながらルナのことを抱き締めた。

「大好き。ボクが幸せにしてあげるからね」

 ルナはあまりに突然の事態に硬直した。恥ずかしくて、顔がどんどん赤くなるのを感じた。

「ハ……ハル……」

 ルナが抱き締め返そうとしたその時だった。



 ピカッ!ゴロゴロ……!



 急に雷が落ち、空が曇り始めた。

「お前は悪魔失格だ!」

 突然、背後から父の声がして振り返ると、父の悪魔王に渾身の力で殴られた。

「ぐはっ……!」

 ルナは殴られた勢いのままに、花畑に倒れ込む。

 ……雨が降り始めた。

 ルナが何とか立ち上がると、父が居たはずの場所に、ハルが立っていた。

 その表情は暗く、泣き腫らしていた。

「君は悪魔だったんだね」

 ハルは涙をこぼしながら、絞り出すように言った。

「ずっと隠してたんだね」

「ハル、それは……」

「大嫌いだ!」

 ハルは吐き捨てるようにそう言うと、ルナを置いてその場から走り去ってしまった。

「ハル……!」

 ルナは何度もハルの名前を呼んだが、ハルは2度と戻ってこなかった。

 ルナは土砂降りの中、1人立ち尽くしていた。