学園祭も体育祭も終わって、期末テストという名のプレゼントを持った静かな冬が来る。学外に彼女のいる連中は、クリスマス休暇を取るために、必死に勉強していた。
「――あー、勉強飽ーきた」
「飽きるほどやってないだろ」
ぺし、とシャープペンで額を叩かれて、いてて、とアキミが額を押さえる。
「お前、それ意外と痛えんだよ」
「飽きたなんて言うからだ、バカちん」
「飽きたんだもーん。あー走りてー」
「はい、タカスギくん。定期試験一週間前は?」
「部活動は一切禁止! そんなのわかってるやい」
「あんまり寝言こいてると、勉強教えてやんねえぞ」
「あーすんません、すんません」
「……明日は、現国と日本史と化学だよな?」
「うん。現国と化学はなんとかなった。見て、この努力の跡……問題は日本史」
アキミがパンパン、と何やらびっしり書いてある四冊のノートを自信あり気に叩く。
「日本史ねえ。化学出来るのになんで日本史弱いかなあ。数字にマジで弱いわけなんかなあ」
「はいぃー」
しょぼんとなるアキミに、仕方ねえなあとカズナリが薄いノートを取り出す。
「これ、日本史の今回の範囲分な」
ぺん、とアキミの頭に乗せる。
「おおぉー、カズナリさまぁー」
「拝むな。あとは覚えるだけだ」
「あい、頑張りまっしゅ」
部活のない定期試験前一週間は、こっそり隠れてランニングと縄跳び、それにストレッチの基礎練習を、ふたりは欠かさず続けていた。一日でもサボると体が重く、固くなることを知っていたから。要はある程度の成績をキープできていればいいわけで、必死に勉強しながら、こつこつと基礎練習を繰り返していた。
――期末試験最終日
「今日は英語だけだろ?」
ストレッチをしながらアキミがカズナリに声をかける。
「リスニングとグラマーあるけどな」
「グラマー嫌い。つか苦手ー」
げー、とアキミが心底嫌な顔をする。
「そんな顔してもダメだ。それに大体覚えたろ?」
「開始の声で全部忘れる」
「アホか。それは覚えてない」
「解答用紙回収されると、思い出すんだけどなあ」
「……単語帳、も一回最初からやっとけ」
「はあーい」
腿上げをしながら、アキミは言われた通りに単語帳をめくり始めた。
――期末テスト終了
「やったあ、部活部活!」
ばんざーいと両手を挙げて、アキミがいそいそとカバンを担ぐ。
「カズ、急げって」
「待てってば。グラウンドは逃げない」
「逃げるかもしんねえだろ」
言いながらさっさと教室を出るアキミを、カズナリが早足でその後を追う。
「――おおお! 一週間ぶりのジャージ」
感動にうち震えながらジャージに着替えるアキミ。
「……あら?」
一週間着ないうちに、アキミの身長はまた伸びたらしく、微妙にジャージの丈が短い。
「伸びたな」
「伸びたみたい」
伸びることを前提に大きめを買ったのだが、それよりもう少し伸びたらしい。もうカズナリよりちょっとだけ小柄の百八十はある。高等部に上がった頃は百六十センチと少ししかなかったのに。横は増えていないので、スラリとしたスタイルになった。
「目線一緒だな」
「カズのがちょっと高いよ」
「そうか? やっと牛乳効いたな」
「カズも飲んでれば今頃二メートルとかになってたかもしれないのに」
「そんなに伸びたら、かえって跳べないよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの。デカけりゃいいってわけじゃない」
「そっかあ……そ言えばハードルもそうだなあ」
「だろ。筋肉とか関係してくるし。まあ、お前はこれから前より速くなるだろうけど」
「そ、そうかな」
「ひたすら練習だな」
「うん! そうだな! サンキュ、カズ!」
言うが早いか、アキミは部室からグラウンドに駆け出す。
「頑張る! 俺!」
振り向いて、カズナリに大きく手を振る。そして道具室に駆け込んで、ハードルをガチャガチャ取り出し始めた。
「――さて、と。俺も」
カズナリがハードルまみれになっているアキミを横目で見ながら、自分もハイジャンの用具を準備しに行く。
「よう、テヅカヤマ。早いな」
二年のトウジョウタクミが、にこにこして近づいてくる。同じハイジャンの先輩だ。穏やかな性質で、何かとカズナリを気にかけてくれる。
「あ、トウジョウ先輩。おはようございます」
「ひとりじゃ大変だろ」
言いながら、バーと測定器を持ってくれた。
「すいません。助かります」
「なに、これくらい。お前の代は他にハイジャンいないから、いろいろ大変だよなあ」
「さすがに慣れました」
「お前ももう一年か、早いな」
「いや、まだまだですよ」
「お前は俺らよか跳ぶんだから、嫌味だぞ」
「すっ、すいません。そんなつもりは全然なくて」
青くなって謝るカズナリ。
「わかってるって」
あはは、と明るい笑い声でトウジョウに、おちょくられたことに気づく。
「トウジョウ先輩もひとが悪いですよ」
「いやあ、テヅカヤマは普段鉄面皮だからなあ。そんなに反応するとは思わなかったよ」
「俺だって先輩後輩は守ります」
「守りすぎなんだよ、お前は。ハードルのタカスギだっけ? あいつみたいに懐いてくれれば、こっちだって可愛がりようもあるのに」
「すいません。俺、人見知りで」
「あはは、わかってるって」
「からかわないでくださいよ」
少しムッとしているカズナリに、悪かった悪かったと、また笑う。
「――あー、久しぶりに楽しかった」
部活終わりにシャワーボックスで、アキミがせいせいしたように頭から湯をかぶる。不文律で湯船に入れるのは三年だけだ。
「やっぱいいよな、部活は」
「そうだな」
隣のボックスで頭を洗いながらカズナリが応える。
「でもさー、俺急に背ぇ伸びたじゃん。だからみたいなんだけど、タイミングがズレるんだよね。お前歩幅が微妙にズレるっちゅーか」
「それは合うまでひたすら練習するしかないだろ」
「だよな」
納得、という感じでアキミがわしゃわしゃっと豪快に頭を洗う。
「カズはどうだった?」
「なにが?」
「中等部で急に伸びたじゃん。あんときどうしてたっけ?」
「とにかく基礎練ばっかずっとしてたよ。踏み切りのタイミングがズレなくなるまで」
「やっぱそれしかねぇか」
体をごしごし洗いながら、ふーむ、とまた納得のアキミ。
「いまさら四百から百十に変えるわけにもいかねえしなあ」
「それはちょっと無謀すぎるだろ」
「だよなー」
「まあ、練習だな」
「だあなあー」
同じタイミングてシャワーボックスから出る。
「カズ、えげつねえなあ、その筋肉」
カズナリの、バキバキに割れた腹筋やら、貧乳の女子よりありそうな胸筋をアキミがしみじみと見る。
「まじまじ見るな、えっち」
「なんだよー! エッチってー!」
「あー、うるさい。至近距離で大声出すな」
脱衣所でジャージに着替えると、わいわい言いながら、寮の部屋に戻る。
――高等部二年の春
陸上部にも無事一年が入部し、アキミやカズナリは下働きから解放された。
目指すは秋のインハイでの記録更新だった。
アキミは相変わらずハードルの上に一升瓶の蓋を並べて、それを落としつつもハードルは倒さない、という練習に明け暮れている。
カズナリは二メートル五の壁に挑み続けていた。
新しく入ったのはやはり百人ほどいたが、練習を重ねるほどに減っていき、ゴールデンウィークが終わるあたりで二十人を切っていた。
その中でもアキミと同じ四百メートルハードルはふたり、カズナリと同じハイジャンは三人だった。
「カズんとこ、新人どう?」
シャワーボックスでアキミは頭を洗いながら、隣のボックスのカズナリに話しかける。
「まだわからん。入ったばっかりだし」
「でももう定着だろ? きらめく才能には出会えたか?」
「うーん、ひとりいいバネのやつがいるけど、闘争心がイマイチ」
「闘争心のねえやつはダメだな」
「そっちこそどうなんだよ。仲良く蓋落としできそうなやつはいるのか?」
「今んとこいねえなあ。だいたい四百走るやつがふたりしかいねえし」
「ふたりいれば充分だろ。俺は去年一年ひとりだぞ」
「カズはひとりでもやってけるだろ?」
「結構キツいときもあるぞ、ひとりって」
「まあそうだろうけど、お前めっちゃ器用じゃん」
そう言ってアキミはあわあわを流しつつ、わざとぶるぶるっとカズナリに向けて頭を振る。
「わっ、バカやめろ! こっちまで泡飛んでくる!」
「飛ばしてんだもん」
「こんのバカッ」
「――ふぃー、いい風呂だった」
ガシガシと頭を拭きながら、牛乳を飲みつつ部屋に向かうアキミ。
「正確にはシャワーな」
後ろからコーヒー牛乳を飲みながら、カズナリが追いかける。
「仕方ねえじゃん、三年になるまで湯船禁止だもん」
「変な不文律だよな」
「でもあのドロドロのお湯に入るのは、ちょっと勇気必要」
そう潔癖でもないアキミが言うだけのことはあり、風呂の湯は沼のように見える。
「男のエキスが溶けまくってる感じするもんなあ」
週に二回しか湯を変えないと評判の風呂は、罰ゲームでもあまり入りたくない。
「まあまあ、清潔第一ですよ、カズナリさん。人気者なんですから」
「だからシャワーでいいっての」
「こまっけえなあ、仔猫ちゃんたちに嫌われちゃうぞ」
「そんなもんはいないよ」
「またまたー、去年のインハイ以来、結構な人気モンよ、俺たち」
「ああ、アレか」
憂鬱そうな声を漏らすカズナリ……確かに去年のインハイで一年ながら記録を出したカズナリと、もう少しのところだったアキミはそれ以来注目されていた。何度か雑誌に載ったり、テレビに出る機会があり、グラウンドまでわざわざ練習を見に来る女子が増えた。
注目されたらされただけ調子が上がるアキミと、外野がざわざわいると緊張が切れがちなカズナリとでは成績に雲泥の差があった。
「なんでそんなに暗い声出すかなあ」
「お前と違ってデリケートなんだよ」
「あんなんいちいち気にしてたら神経持たねえって。もっと図太くいかねえと潰れんぞ」
どうせ長いことは続かねえだろうし、とアキミが笑うと、
「潰れそうだよ、もう」
と暗ーい声でカズナリがつぶやく。
ごちゃごちゃ喋っているうちに部屋に着いた。
「――あー、勉強飽ーきた」
「飽きるほどやってないだろ」
ぺし、とシャープペンで額を叩かれて、いてて、とアキミが額を押さえる。
「お前、それ意外と痛えんだよ」
「飽きたなんて言うからだ、バカちん」
「飽きたんだもーん。あー走りてー」
「はい、タカスギくん。定期試験一週間前は?」
「部活動は一切禁止! そんなのわかってるやい」
「あんまり寝言こいてると、勉強教えてやんねえぞ」
「あーすんません、すんません」
「……明日は、現国と日本史と化学だよな?」
「うん。現国と化学はなんとかなった。見て、この努力の跡……問題は日本史」
アキミがパンパン、と何やらびっしり書いてある四冊のノートを自信あり気に叩く。
「日本史ねえ。化学出来るのになんで日本史弱いかなあ。数字にマジで弱いわけなんかなあ」
「はいぃー」
しょぼんとなるアキミに、仕方ねえなあとカズナリが薄いノートを取り出す。
「これ、日本史の今回の範囲分な」
ぺん、とアキミの頭に乗せる。
「おおぉー、カズナリさまぁー」
「拝むな。あとは覚えるだけだ」
「あい、頑張りまっしゅ」
部活のない定期試験前一週間は、こっそり隠れてランニングと縄跳び、それにストレッチの基礎練習を、ふたりは欠かさず続けていた。一日でもサボると体が重く、固くなることを知っていたから。要はある程度の成績をキープできていればいいわけで、必死に勉強しながら、こつこつと基礎練習を繰り返していた。
――期末試験最終日
「今日は英語だけだろ?」
ストレッチをしながらアキミがカズナリに声をかける。
「リスニングとグラマーあるけどな」
「グラマー嫌い。つか苦手ー」
げー、とアキミが心底嫌な顔をする。
「そんな顔してもダメだ。それに大体覚えたろ?」
「開始の声で全部忘れる」
「アホか。それは覚えてない」
「解答用紙回収されると、思い出すんだけどなあ」
「……単語帳、も一回最初からやっとけ」
「はあーい」
腿上げをしながら、アキミは言われた通りに単語帳をめくり始めた。
――期末テスト終了
「やったあ、部活部活!」
ばんざーいと両手を挙げて、アキミがいそいそとカバンを担ぐ。
「カズ、急げって」
「待てってば。グラウンドは逃げない」
「逃げるかもしんねえだろ」
言いながらさっさと教室を出るアキミを、カズナリが早足でその後を追う。
「――おおお! 一週間ぶりのジャージ」
感動にうち震えながらジャージに着替えるアキミ。
「……あら?」
一週間着ないうちに、アキミの身長はまた伸びたらしく、微妙にジャージの丈が短い。
「伸びたな」
「伸びたみたい」
伸びることを前提に大きめを買ったのだが、それよりもう少し伸びたらしい。もうカズナリよりちょっとだけ小柄の百八十はある。高等部に上がった頃は百六十センチと少ししかなかったのに。横は増えていないので、スラリとしたスタイルになった。
「目線一緒だな」
「カズのがちょっと高いよ」
「そうか? やっと牛乳効いたな」
「カズも飲んでれば今頃二メートルとかになってたかもしれないのに」
「そんなに伸びたら、かえって跳べないよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの。デカけりゃいいってわけじゃない」
「そっかあ……そ言えばハードルもそうだなあ」
「だろ。筋肉とか関係してくるし。まあ、お前はこれから前より速くなるだろうけど」
「そ、そうかな」
「ひたすら練習だな」
「うん! そうだな! サンキュ、カズ!」
言うが早いか、アキミは部室からグラウンドに駆け出す。
「頑張る! 俺!」
振り向いて、カズナリに大きく手を振る。そして道具室に駆け込んで、ハードルをガチャガチャ取り出し始めた。
「――さて、と。俺も」
カズナリがハードルまみれになっているアキミを横目で見ながら、自分もハイジャンの用具を準備しに行く。
「よう、テヅカヤマ。早いな」
二年のトウジョウタクミが、にこにこして近づいてくる。同じハイジャンの先輩だ。穏やかな性質で、何かとカズナリを気にかけてくれる。
「あ、トウジョウ先輩。おはようございます」
「ひとりじゃ大変だろ」
言いながら、バーと測定器を持ってくれた。
「すいません。助かります」
「なに、これくらい。お前の代は他にハイジャンいないから、いろいろ大変だよなあ」
「さすがに慣れました」
「お前ももう一年か、早いな」
「いや、まだまだですよ」
「お前は俺らよか跳ぶんだから、嫌味だぞ」
「すっ、すいません。そんなつもりは全然なくて」
青くなって謝るカズナリ。
「わかってるって」
あはは、と明るい笑い声でトウジョウに、おちょくられたことに気づく。
「トウジョウ先輩もひとが悪いですよ」
「いやあ、テヅカヤマは普段鉄面皮だからなあ。そんなに反応するとは思わなかったよ」
「俺だって先輩後輩は守ります」
「守りすぎなんだよ、お前は。ハードルのタカスギだっけ? あいつみたいに懐いてくれれば、こっちだって可愛がりようもあるのに」
「すいません。俺、人見知りで」
「あはは、わかってるって」
「からかわないでくださいよ」
少しムッとしているカズナリに、悪かった悪かったと、また笑う。
「――あー、久しぶりに楽しかった」
部活終わりにシャワーボックスで、アキミがせいせいしたように頭から湯をかぶる。不文律で湯船に入れるのは三年だけだ。
「やっぱいいよな、部活は」
「そうだな」
隣のボックスで頭を洗いながらカズナリが応える。
「でもさー、俺急に背ぇ伸びたじゃん。だからみたいなんだけど、タイミングがズレるんだよね。お前歩幅が微妙にズレるっちゅーか」
「それは合うまでひたすら練習するしかないだろ」
「だよな」
納得、という感じでアキミがわしゃわしゃっと豪快に頭を洗う。
「カズはどうだった?」
「なにが?」
「中等部で急に伸びたじゃん。あんときどうしてたっけ?」
「とにかく基礎練ばっかずっとしてたよ。踏み切りのタイミングがズレなくなるまで」
「やっぱそれしかねぇか」
体をごしごし洗いながら、ふーむ、とまた納得のアキミ。
「いまさら四百から百十に変えるわけにもいかねえしなあ」
「それはちょっと無謀すぎるだろ」
「だよなー」
「まあ、練習だな」
「だあなあー」
同じタイミングてシャワーボックスから出る。
「カズ、えげつねえなあ、その筋肉」
カズナリの、バキバキに割れた腹筋やら、貧乳の女子よりありそうな胸筋をアキミがしみじみと見る。
「まじまじ見るな、えっち」
「なんだよー! エッチってー!」
「あー、うるさい。至近距離で大声出すな」
脱衣所でジャージに着替えると、わいわい言いながら、寮の部屋に戻る。
――高等部二年の春
陸上部にも無事一年が入部し、アキミやカズナリは下働きから解放された。
目指すは秋のインハイでの記録更新だった。
アキミは相変わらずハードルの上に一升瓶の蓋を並べて、それを落としつつもハードルは倒さない、という練習に明け暮れている。
カズナリは二メートル五の壁に挑み続けていた。
新しく入ったのはやはり百人ほどいたが、練習を重ねるほどに減っていき、ゴールデンウィークが終わるあたりで二十人を切っていた。
その中でもアキミと同じ四百メートルハードルはふたり、カズナリと同じハイジャンは三人だった。
「カズんとこ、新人どう?」
シャワーボックスでアキミは頭を洗いながら、隣のボックスのカズナリに話しかける。
「まだわからん。入ったばっかりだし」
「でももう定着だろ? きらめく才能には出会えたか?」
「うーん、ひとりいいバネのやつがいるけど、闘争心がイマイチ」
「闘争心のねえやつはダメだな」
「そっちこそどうなんだよ。仲良く蓋落としできそうなやつはいるのか?」
「今んとこいねえなあ。だいたい四百走るやつがふたりしかいねえし」
「ふたりいれば充分だろ。俺は去年一年ひとりだぞ」
「カズはひとりでもやってけるだろ?」
「結構キツいときもあるぞ、ひとりって」
「まあそうだろうけど、お前めっちゃ器用じゃん」
そう言ってアキミはあわあわを流しつつ、わざとぶるぶるっとカズナリに向けて頭を振る。
「わっ、バカやめろ! こっちまで泡飛んでくる!」
「飛ばしてんだもん」
「こんのバカッ」
「――ふぃー、いい風呂だった」
ガシガシと頭を拭きながら、牛乳を飲みつつ部屋に向かうアキミ。
「正確にはシャワーな」
後ろからコーヒー牛乳を飲みながら、カズナリが追いかける。
「仕方ねえじゃん、三年になるまで湯船禁止だもん」
「変な不文律だよな」
「でもあのドロドロのお湯に入るのは、ちょっと勇気必要」
そう潔癖でもないアキミが言うだけのことはあり、風呂の湯は沼のように見える。
「男のエキスが溶けまくってる感じするもんなあ」
週に二回しか湯を変えないと評判の風呂は、罰ゲームでもあまり入りたくない。
「まあまあ、清潔第一ですよ、カズナリさん。人気者なんですから」
「だからシャワーでいいっての」
「こまっけえなあ、仔猫ちゃんたちに嫌われちゃうぞ」
「そんなもんはいないよ」
「またまたー、去年のインハイ以来、結構な人気モンよ、俺たち」
「ああ、アレか」
憂鬱そうな声を漏らすカズナリ……確かに去年のインハイで一年ながら記録を出したカズナリと、もう少しのところだったアキミはそれ以来注目されていた。何度か雑誌に載ったり、テレビに出る機会があり、グラウンドまでわざわざ練習を見に来る女子が増えた。
注目されたらされただけ調子が上がるアキミと、外野がざわざわいると緊張が切れがちなカズナリとでは成績に雲泥の差があった。
「なんでそんなに暗い声出すかなあ」
「お前と違ってデリケートなんだよ」
「あんなんいちいち気にしてたら神経持たねえって。もっと図太くいかねえと潰れんぞ」
どうせ長いことは続かねえだろうし、とアキミが笑うと、
「潰れそうだよ、もう」
と暗ーい声でカズナリがつぶやく。
ごちゃごちゃ喋っているうちに部屋に着いた。