親父の台詞じゃないが、引き取った敬一さんをいきなりK大に入れようとした中師氏はかなりのミーハーだと思うが、しかし中師氏は引き取った敬一さんの成績を見てK大に入れると思ったから受験させたのだろう。
それこそ敬一さんはゼミの教師なんかよりずっと色んな事を知っているし、教え方も上手い。
僕が中学受験する時、敬一さんはK大2年生だったから、今は現役K大4年生になる。
「やっぱり、ここに一過程あったんですね。僕、どうしてもそこのところの繋がりが解らなくて」
「うん、ちょっと解りにくいな」
敬一さんは今年で卒業してしまうから、せっかく高校が大学のキャンパス内にあるにも関わらず一緒に通う事は出来ない。
でもまぁ、敬一さんと先輩後輩になるのはちょっとだけ嬉しい。
それから僕は、今までゼミで解らなかった色々な事を敬一さんに訊ねた。
ゼミで講習を受けている時や、学校で授業を聴いていると、全く退屈でスゴク眠くなるのに。
同じ内容であるはずの話を敬一さんにして貰うと、全然つまらなくなんか無いし、むしろ夢中になって色々質問したくなる。
「桃太郎くんは勉強好きだなぁ」
なんて言って敬一さんは笑うけど、僕の学校での評価はそんなに良くもない。
もっとも、ワル目立ちするほどでもないから、中ぐらいってのが正しいところだろうけど。
「別に、好きってワケじゃないです」
「お母さんは成績優秀だったって、東雲さんが言っていたからなぁ」
「でも、親父は高校中退だよ?」
「う〜ん、でも東雲さんはああいう性格だから、きっと集団生活に合わなかったんだろう。むしろ頭の良い人だと思うよ?」
「そうかなぁ?」
「なんだい、桃太郎くんはお父さんの評価が低いんだね?」
「だって、バカみたいじゃんか。それに、毎日のように違う男が泊まっててさ。不潔だよ」
「確かにそういうところは、桃太郎くんぐらいの年齢だとすごく反発したくなるかもしれないけれど。でもそれはただの反抗心だけで見ている、公平な評価じゃないんじゃないかい?」
「そうかなぁ? でも親父は猫かぶりの天才だから、敬一さんが騙されてるだけかも」
「どうかな?」
敬一さんはニコッと笑って、僕を見る。
「でも桃太郎くんは俺を敬一さんと呼ぶし、母親は母さんって呼ぶけど、父親だけは親父って呼ぶだろう? それはやっぱり、反抗心の現れだと思うし。尊敬をするのは無理かもしれないけど、でもやっぱり年上に対してはある程度の敬意は払わないとな」
敬一さんにそう言われると、そうしなくちゃダメかなって思うんだけど。
あの親父の事を考えると、ちょっとでも敬意なんて払おうモンならいくらでも図に乗って来そうな気もする。
「や、もうこんな時間か。昼飯にしよう桃くん」
慌ただしく立ち上がってキッチンに向かう敬一さんに、僕も着いていった。
冷蔵庫の中を見ると、昨日まで来ていた家政婦さんが買い置いたと思わしきモノが多少入っていたけど。
「キノコと大根しかないですよ?」
「こっちの棚にスパゲティの乾麺があるから、昼はこれにしよう。桃くんはその大根をおろしておいてくれ」
僕は大根を適当な長さに切ると、敬一さんに言われた通りにおろす。
その間に敬一さんは鍋に水を張って火に掛けスパゲティを茹でる準備をし、湯が沸くまでの間にキノコをばらしてフライパンにバターを溶かした。
今朝、地獄のようなフレンチトーストを作成してたフライパンが、敬一さんの手に掛かると良い匂いのするキノコのソテーを作る魅惑の調理器具に変わる。
キノコに火を通すとそこにしょうゆをパッと掛け入れて火を止め、それから茹で上がったスパゲティを火から下ろすとオリーブオイルで仕上げる。
皿に盛られたスパゲティの上にキノコのソテーと、僕のおろした大根をのせて、それから最後に敬一さんはたっぷりの刻み海苔とカツオブシを上に盛った。
「ここにカップスープのコンソメでいいだろう?」
「うん」
ちゃちゃっとこんな風に昼食の用意が出来ちゃうところはもちろん、食べても抜群に美味しいところが敬一さんの凄いところだ。
「敬一さんの料理は、家政婦のオバサンよりずっと美味しい」
「そうか? そんな事はないと思うがなぁ?」
敬一さんはなんでもスゴク上手く出来るけど、でもそれを全然威張らないところがスゴクかっこいいと僕は思った。
夕方になったら、親父が帰ってきた。
丁度敬一さんは中座していて、部屋には僕一人だった。
「たっだいまー、桃ちゃ〜ん!」
帰ってきたなり、二階に駆け上がってきて僕を背後から羽交い締めにして、あげく頬に「ちゅ〜〜〜!」だ。
「やめろよっ!」
「アレ? 敬ちゃんは?」
「敬一さんはトイレ! ちょっと! 敬一さんにまでチューすんのやめろよな!」
「なに? 桃ちゃん妬いてるの? あっはっはっ、いくらパパが博愛主義でも他人ン家の子にチューしたりしないよ〜」
「親父のソレは、博愛じゃねェ! このホモ!」
「あ〜、親父とか言われるとパパ傷付いちゃうな〜」
「勝手に傷付いてろ!」
「んも〜、ホントに桃ちゃん反抗期」
とか言いながら、僕の頬をプニッとか押してくるので、僕はその手を邪険に払いのけた。