「だってハルカ、昨日クビにしたオバサンもそーとーなアレだったケド、家政婦ってマジろくなのがいないんだぜ?! だからって家政婦が見つからない間、いつもスタッフに家事まで兼任して貰ってるのもどうかと思うし。ってか、そもそも俺ン家のプライベートと俺の仕事をごっちゃにするコトが間違ってンじゃん!」

 超! 身勝手で非常識のカタマリのような親父だが、なぜか時々こういう的を射た発言もする。
 父子家庭でしかもミュージシャンなんてヤクザな商売をしている家に、女手が必要なのは火を見るよりも明らかだ。
 だがその「ヤクザな商売」が仇になって、ウチには家政婦が居着かない。
 僕が本当に小さかった時は、おばあちゃん(父方の祖母…つまり親父の母親だ)が僕の面倒を見てくれてたらしい。
 だけどおばあちゃんという人は、かなりテンションの振り切れた老婆で、自称「モガ」のあか抜けて洒落っ気のある人だ。
 ある意味、その人となりは「確かに親父の母親だなぁ」と思える部分がなきにしもあらず…だったりする(しかし同じ性格でも、女だと言うだけでおばあちゃんの時には許せるのはなぜだろう?)。
 だから親父から僕の世話を頼まれた時も、快く承諾した…らしいのだけど。
 しかし、僕が赤ん坊よりもうちょっと大きくなった時に僕を抱き上げようとしてぎっくり腰になり、入院してしまった。
 おばあちゃんは自分が年より若く見られたり、僕と一緒にいる時に「息子サンですか?」とか言われたりするのを無上の喜びとするような人だから、ぎっくり腰になったのはかなりショックだったらしい。
 親父に向かって「もう乳飲み子ってほどでもないんだから、自分の子ぐらい自分で面倒見なさい!」と引退宣言してしまった。
 洒落た老婆だったから、選りに選って「ぎっくり腰」なんてかっこの悪い病(?)になってしまったのがショックだった上に、医者に「一旦なったら、再発するから」と言われたのも堪えたんだろう。
 今でも遊びに行くと僕の事は可愛がってくれるけど、その時の話は絶対にしたがらない。
 そして親父は「愛する桃ちゃんの顔を見たい時に見られないのは俺もツライと痛感したから、男手一つで桃ちゃんを立派に育てようと決心したんだよ!」と称し、家の地下を改造してスタジオにした。
 自分の仕事のほとんどを自宅で済ませる為だ。
 とはいえ、ミュージシャンの仕事ってのは創作が主だから、時間を決めてなにをどう…なんてのは出来ないし、まず親父のザッパな性格から言って不可能だ。
 インスピレーションが湧いたら全てを放り出して地下に駆け込み、まかり間違うと三日三晩出てこない…なんて事もザラだ。
 ある時、親父が地下にこもりきりで作業をしていたら、友人であるタモン蓮太郎が訪ねてきた。
 何げに地上に戻った親父は、自分が地下に駆け込んでから丸二日も経過している事にその時になってようやく気付き、ベビーサークルの中で半ば力尽き果ててグッタリしてた僕を発見した…とか言う。
 仕事と子育ての両立が出来ない…と思い知った親父は、家政婦を雇わなければ僕を餓死させると確信した…と言う。
 それに、どんなにちゃんと「改造」してあらゆる機材を運び込んである…と言っても、本当に本物のスタジオ機材には及ばないし、自宅の地下にあるスタジオで手内職風に創った作品は、最初はリスナーも面白がるけれど長く続けば飽きられる。
 結局実際のレコーディングなんかは、機材や参加ミュージシャンの都合などからちゃんとした大きいところに行ってやらなきゃならないし、そうなったら2〜3日どころか1週間〜数ヶ月に及んで家を空けなければならない。
 と言うワケで、親父は中師氏に頼んで家政婦を雇ったのだが。
 最初に来た熟練の家政婦は、親父の乱れた生活(衣食住はもとより、性生活なども含めて!)にたまげて逃げていってしまった。
 以降、年配のヒトの8割方の退職理由がソレだ。
 もちろん逃げ出さなかったヒトもいたけれど、逃げないヒトは今度やたらと親父に説教をする。
 義務教育ではなくなった高校に行った途端にスピンアウトしたような、トラブルメーカーで集団生活の出来ないこの親父に、協調性があるワケも無い。
 もちろん高校を中退した後も一つとしてまともな職歴がつかないまま、たった一つ生まれ持った音楽の才能(人間として当たり前の全てと引き替えにそれだけをカミサマにねだって生まれてきたに違いない!)によって、なんとか食うに困らない程度の生活が確保出来たような人間だ。
 そんな真っ当な説教が、通じるワケがありゃしない。
 結局は親父の逆鱗に触れてクビとなる。
 だが、今度ちょっと思考の柔らかい若年層の家政婦を雇うと、それはもう十中八九親父にコナを掛けてくる。
 もっとも、それはちょっと考えてみれば当たり前なのだ。
 親父は「有名人・人気歌手」なところもってきて、カミサンが他界した「やもめ」なんである。
 玉の輿が服を着て歩いているようなモンだ。
 あげくにウチに飾ってある数少ない母さんの写真を見ると、大概の女の人は「その気」になる…というか。
 親父は自分の死別したカミサンを「絶世の美女!」と称するが、母さんの遺影は息子の僕が見ても決して美人じゃない。
 となったら、普通の人は親父が「面食いじゃない」と思うだろう。
 確かに親父は、面食いじゃない。
 運命のヒト…と称する母さんもそうだけど、ウチに連れてくる親父のセフレ(男だけど)だって顔だけ見れば十人並みって感じだ。
 もっとも、親父の選択基準がどうなってるのかまでは、僕の知ったこっちゃないけれど。