「ゼミ行かないわけにいかないよ、受験があるんだから!」
「受験? だって桃くんってK大の一貫校行ってるんじゃなかったっけ?」
「一貫校でも進学するのに試験くらいあります。特にウチんとこは、シビアなんです」

 神巫ハルカに向かって、僕が冷ややかに答える。

「俺は学歴なんてどーでもイイって思ってるヨ。でも桃ちゃんは将来的には大学行きたいって言ってるし、それに桃ちゃんも、息子が生まれたら絶対K大ボーイにしたいって言ってたからさー。桃ちゃんは桃ちゃんに似て頭イイんだよ!」

 この親バカ親父は高校中退だが、母さんはK大卒業という学歴を持つ。
 そこで「息子もK大ボーイに」ってのはかなりミーハーだと思うけど、母さんの母校に通うことは、僕にもちょっとだけ意味があることだと思う。

「頭なんか良くないよ。苦手なとこちゃんと押さえておかないと、K大進むのキツくなっちゃうし、自習だけじゃ無理だってば」
「そんなことないって、桃ちゃんならダイジョーブ! それにゼミの代わりに、今日からまた敬ちゃん来てくれるようにって、中師サンに頼んであるよ」
「え、ホント? ホントに敬一さん来るの?」

 中師というオッサンは、親父の所属するレーベルのお偉方だ。
 レーベルのドル箱である親父は、そういう上の方の人間とも懇意にしていて、件の中師氏はCEOなんていう超! トップ! の人物である。
 そのレーベルの中でも発言権の大きな超! トップ! な中師氏と懇意に出来るクセに、トラブルメーカーな親父の生態がどうなってるのか、僕には理解しがたい。
 だが、そういう企業のトップな人間が親父に融通を利かせてくれるのは、例えば先述のボディガードを雇いたいとかいう「非日常」な話になった時に、なにげなくサクッと用意されちゃったりするワケだ。
 親父は自分が学校嫌いの勉強嫌いだったので、僕の事も幼稚園と小学校に関しては近所の公立に通わせていた。
 だけど件の誘拐未遂があった後、親父は僕にボディガードを付けてくれたワケなんだけれど、公立の小学校ではそうした特例(?)に関してイイカオされなかった事と、母さんが僕をK大に進学させたいと言っていた事を合わせて、中学はK大付属の私立にすると言いだした。
 だが私立の中学には入試がある。
 その為の学習塾通いを警戒した親父は、家庭教師を雇ってくれた。
 それが親父のセリフに出てきた敬一さんなのだ。
 敬一さんは中師氏の息子だけど、本当は遠縁の人で養子になっているそうだ。
 これは親父のネタなので信憑性に乏しい情報なのだが、
「敬ちゃんのお母さんは、中師サンのお母さんの叔母さんの娘だったんだけど、駆け落ちをした先で夫婦とも死んじゃって、その時にはもう中師サンのお母さんの叔母さんも心労が祟ってこれまた死んじゃってて、他に親戚が居なかったから中師サンのお母さんに預けられて、それを中師サンが養子にしたんだってサ!」と言う。
 養子になったのは、敬一さんが中学に進学するちょっと前の頃の話らしい。
 中師氏は既に50になろうってジジイだが、これまたどーいう偏屈モンなのか、妻帯した事はない。
 つまり、当時40代の独身オトコがいきなり小学生を養子にした…って事だが、中師氏は少々偏屈ではあるが、少なくともウチの親父みたいにイカレているワケではないらしいので、敬一さんは中師氏の息子として大学まで進学させて貰っているありがたい身の上だ、…と言っていた。
 親父がカテキョを雇うと言いだした時はどうしてくれようかと思ったが、敬一さんはすごくいい人で、むしろこんなバカな親父やらそのお取り巻きやらがウロウロしてる家に来て貰ってたのが申し訳ないぐらいだった。

「敬ちゃんなら桃ちゃんもOKでしょ?」
「あ、そーいえば、敬一くんもK大でしたっけ?」
「桃ちゃんも中師サンもミーハーだよな、K大ってそんなにカッコイイかな? もっとも、K大行けって言われてストンと入学出来ちゃう敬ちゃんもデキすぎだよなあ。あー、いっそ敬ちゃんをウチの子にしたいなぁ!」
「ええ! シノさん、あーいうタイプ好みだったんですか!?」
「バッカ! 俺は色情狂かっちゅーの!」

 すぱーん! と音がするほどのイキオイで、親父が神巫ハルカの後頭部をひっぱたく。

「桃ちゃんは勉強家だけど世間知らずだろ、敬ちゃんみたいな真面目なのがウチにいてくれれば、俺も安心してられるつーの」
「あの〜シノさん、お言葉ですが敬一くんもかなり世間知らず…っていうか…ある意味桃くんよりスゴイですよ? そーとーな天然と思いますけど…」
「敬ちゃんが天然なことくらい解ってるって。でもダイジョーブなんだよ、それにあれくらい頭固い方が操縦しやすいってもんだ。なぁ、桃ちゃんだって敬ちゃんがずっと居てくれたらイイって思わねェ?」
「そりゃあ敬一さんが居てくれたら、嬉しいけど。でもそんなの敬一さんに迷惑だからダメだよ!」

 僕にしてみれば、この家にまともな家族が増えればバカ親父とふたりっきり状態から脱出出来るし、それが敬一さんだと言うなら申し分ない。
 だけどそんな非常識な提案をそのまま肯定したら、僕まで親父と同レベルになってしまう。

「そっか〜。じゃあ仕方ないからまた中師サンに家政婦探しを頼まなくちゃナ〜」
「それってつまり、シノさんは家政婦代わりに敬一くんを養子にしたいってことですか?」
「ハルカ。オマエってホントは俺のコト鬼と思ってるのか……」
「そーじゃないですよ、シノさんの発言の真意は俺は理解してますけど、場合によってはそーいう受け取り方をされかねないって言ってるんですよ。ほら、桃くんだって呆れてるじゃないですか」
「別に……今更じゃないから驚かないし」

 実際、呆れはしたけど。
 しかし神巫ハルカの言葉じゃないが、親父の本音は分からなくもない。
 というかむしろ、分かりすぎるほど分かっているのさ。
 ワガママ親父の超身勝手発言ではあるが、実のところそのことに関しては、僕の本音も同意見だからだ。
 もしも敬一さんがこの家で、なにもかもやってくれたら、僕だってどんなに嬉しいかしれない。