外れジョブ【紙すき職人】で辺境に追放されたが、人間国宝目指してた前世も思い出した~前世の経験とファンタジーな素材で凄い和紙を作ったら、異世界で国宝認定されました~

「ここが“キウハダル”……すごい辺境だ」
「迷子になんないように気をつけてね、リシャールさま」
「言われなくても」
 十日ほど馬車に揺られ、僕たちは大辺境“キウハダル”についた。今は小さな丘の上に立って全体を眺めている。見渡す限りの荒れ地……というのが正直な感想だ。周囲に森はあるものの、元は草原だったであろう地面は所々ひび割れている。
 ちらほらと魔物も見えたりして、王都とほど近いヴェルガンディ領とは雲泥の差だ。フロランスが眼下を指して言う。
「リシャールさま、村あるよ」
「ほんとだねぇ」
 200mほど先に、ちらほらと家々が立ち並ぶ。あそこがキウハダル村で間違いないだろう。向かおうとしたら、フロランスが手を差しだした。
「迷子にならないよう、お手て握ってあげましょうか?」
「大丈夫だからっ」
 屋敷を出てから、よりショタ扱いされているような気がする。僕はこれでも立派な10歳なんだからね!
 歩くと十分も経たずに村の入り口に着いた。木でできた貧相な門が、辛うじて荒れ地との境界を主張していた。門の外から村に向かって呼びかけるも、村から応答はない。フロランスと顔を見合わせたとき、数人の村人と一緒にフードを被った女性が現れた。ゆらりと覗いた輝く金髪が、村の雰囲気にそぐわない美しさだ。
 女性は僕たちの前に立つと、鈴が鳴るような可愛い声で話す。
「旅のお方でしょうか? あいにくと良いおもてなしはできないと思いますが、それでも良かったら……」
「いえ、僕たちは旅人じゃないんです。このたび領主を拝命したリシャール・ヴェルガンディと申します。こっちにいるのはメイドのフロランスです」
「よろ~」
 自己紹介すると、女性の澄んだ青い目が大きく見開いた。お付きの村人も同じように目が丸くなる。きっと、いきなり領主が来て驚いているのだろう。事前の連絡も送れなかったし。
 女性は興奮した様子で話す。
「領主様でしたか! 気づかず申し訳ありません。私はキアラと申します、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ突然訪れてすみません。よろしくお願いします」
 僕たちはキアラさんと握手を交わす。彼女の方が背が高いので、お姉さんがもう一人増えた気分だ。……いや、フロランスをそういう目で見たことはないのだが。キアラさんは村に振り返ると、口に手を当てて呼びかけた。
「みなさ~ん、領主様がいらっしゃいましたよ~」
「「……領主様ですって?」」
 キアラさんが村に声をかけると、家々からトボトボと村民が出てきた。老若男女合わせて、ざっと50人くらい。みな、衣服はボロボロで顔には疲労が滲み、どんよりとした雰囲気に包まれる。荒れ地からある程度予想はついたものの、実際の辛い生活が想像され心が痛んだ。身なりを整え直して自己紹介する。
「みなさん、初めまして。領主を拝命したリシャール・ヴェルガンディです」
「「こんな小さなお子様が領主様……」」
 村人たちは不思議そうに俺を見る。まぁ、子どもの領主なんて滅多にいないよね。キアラさんが嬉しそうにみんなに話す。
「今日はリシャール様の就任式を開かなければなりませんね。めでたいことです」
 それにしても、キアラさんはリーダーのような存在感だ。さっきからまとめ役みたいなオーラが醸し出されている。
「あの、キアラさんは村長みたいな役割をされていたんですか?」
「実は……私はエルフなのです」
「ええ!? エルフ!?」
 衝撃のセリフ。キアラさん、エルフなの? 人間界とあまり接触しないので、滅多に会わない種族だ。自分の話を証明するかのように、キアラさんはフードを外す。
「見てください」
「た、たしかに、お耳が尖られてらっしゃいますね」
 キアラさんの耳は横に尖っており、伝承や文献、ついでに言うとアニメや漫画見るエルフそのものだった。フロランスはまったく動揺していないので、さすがは【剣聖】ジョブということか。驚き冷めやらぬ中、キアラさんは話を続ける。
「私は旅のエルフなのですが、数か月前魔物に襲われ倒れていたところをキウハダル村の方々に助けていただいたのです。以降、恩返しのため村に滞在しておりました」
「そうだったのですか……それは大変でしたね」
「恩返ししたい、と思うものの、実際のところまだ大したことは何もできていません。ポーションや栄養価の高い食事を作りたくも、ここで採れる素材の質が想像以上に悪く……」
 キアラさんがしょんぼりすると、村人たちが彼女を囲んだ。
「「何をおっしゃいますか。キアラ殿は回復魔法で私らの怪我や病気を治してくださるではありませんか」」
 元気がないみんなや貧相な土地の様子を見て、僕の心は申し訳なさでいっぱいになった。キアラさんと村人たちに向かって、丁寧に頭を下げる。
「村に来るのが遅くなり……申し訳ありません」
「「りょ、領主様!?」」
「知らなかったとはいえ、領民が苦しんでいる状況を放置してしまいました。辛い生活を強いてしまったことが悔しいし申し訳ないです」
「「頭を上げてください、領主様! 来てくださっただけでありがたいのですから!」」
 村人たちの優しさが伝わる。領主として導いていかなければと、より強く思った。
「何か僕にできることはありませんか?」
「「いやっ、領主様に働いていただくわけにはいきませんっ」」
 キアラさんや村人たちは慌てて拒否するも、そういうわけにはいかない。僕には彼らを導く責任があるんだ。
「いえ、だからこそです。領主として……皆さんの生活を良くしたいんです」
 真剣な気持ちで伝えると、村人たちは顔を見合わせる。しばらく互いに相談した後、キアラさんが言いにくそうに話し出した。
「……村から歩いて数時間のところに、行商人の野営地があります。いつもそこで物資を入手するのですが、この辺りで採れる素材はどれも値打ちがつかず、生活必需品の調達に難儀しています。物資と交換できるような素材や物品の確保に力を貸していただけませんか?」
 行商人は各国から集まっており、扱う通貨も異なるため物々交換が主流……という話も合わせて聞いた。物々交換ならむしろ都合がいい。
「ええ、もちろんです。僕のジョブは生産系のジョブなんですよ。みなさんの力になれるはずです」
「そうなのですか!? 心強い限りです! ありがとうございます、領主様!」
 キアラさん始め、村人たちの顔にほのかな笑みが浮かぶ。
 ――今こそ自分のジョブを、前世の知識と経験を活かすときだ。
 和紙を好きなだけ存分に作りたいけど、やっぱり人のためになってこそ。そう思いながら全身に魔力を巡らす。
「では、僕のジョブをお見せしますね……【紙すき職人】発動!」
 教会で使ったときと同じように、紙すき道具一式が現れた。今はもうこれがどんな道具かわかる。
 小さなお風呂みたいな桶は“漉き舟”。この中で和紙の材料となる木などの繊維を解して水と混ぜるのだ。
 “漉き舟”の上面にはコの字型の板がくっついており、その中央からは“馬鍬”と呼ばれる櫛状の板が中に向かって伸びる。この櫛で材料の繊維を解すのだ。
 開閉ギミックのある板は“簾桁(すけた)”。水中に浮かんだ繊維を拾い上げて紙にする。
 ……という旨を簡単に説明するも、案の定キアラさんや村人は要領を得ない顔だった。ただ一人、フロランスだけは嬉しそうに拍手する。
「リシャールさまのジョブ初めて見た。すごいカッコいいじゃん。発動できて偉いっ」
「だ、だから、人前で頭を撫でるんじゃありませんっ……こほん。僕のジョブは今お話しした通り、紙を作るジョブなんです。少し手間がかかるので、一週間から十日ほどはかかってしまいますが」
「紙でございますか。そんな貴重な品が生産できるなんて、さすがは領主様ですね。……しかし、原材料の確保はどういたしましょう」
 キアラさんは心配そうに話すも、材料の確保についてはアテがあった。今後ファンタジーな素材を混ぜるにしても、まずは基本的な和紙を作っておくべきだ。前世の経験を復習するきっかけにもなるし。
「大丈夫です。周囲に生えている木は“(こうぞ)”なので、紙の原料に使えるんですよ」
「楮……初めて聞きました」
 運が良いことに、“キウハダル”の周辺に生える木は楮だった。これだけあれば和紙の生産には困らない。楮が生えていなかったら別の木でどうにか代用するつもりだったけど助かった。
 みんなも見学したいとのことで、キアラさんと何人かの村人と一緒に森へ向かう。葉っぱや幹を触ったりして、なるべく柔らかいものを選んだ。できれば、育って一年以内のものを使いたいけど、贅沢は言ってられない。
 フロランスがジョブで出してくれた剣を使い(剣もギャルっぽい)、枝を切り落とす。とりあえず楮はゲットできたものの、もう一つ重要な素材が必要だ。
 繊維を結びつける糊として働く、とろろ。トロロアオイが欲しいところだけど……そうだ。
 ――魔力で代用できないかな。
 家では嫌われていた身だけど、貴族教育はちゃんと受けさせてもらった。魔力は訓練すると、その性質を変化させられる。家庭教師の先生の指導を受ける中、糊みたいな粘着性を付与できたこともあった。うまく使えば、とろろみたいになるはずだ。
 一度村に戻って作業を始めると、村人がたくさん集まってきた。僕のことをわかってもらう良い機会にもなりそうだ。お鍋を借りて、楮の枝を数時間ほど蒸して柔らかくする。
 何はともあれ、白皮を干して今日は一旦終了だ。乾燥させないとカビてしまうからね。
 陽が沈んで、夜。みんなが用意してくれたお家で、フロランスと一緒に暮らすことになったわけだが……。
「リシャールさまを抱き枕にして寝るのが夢だったんだよね」
「は、離しなさいっ」
 ギュッと抱きしめられる(正面から)。【剣聖】ジョブ持ちだからか、力が強くて離れることができない。結局、良い匂いをかぎながら寝ることになってしまった。

 数日後、朝食や諸々の準備を終えた後、さっそく和紙作りを再開した。白皮を水に漬けて戻し、灰汁を加えて不純物を取り除く。塵やゴミを丁寧に除去したら、木の棒で叩いて皮全体を柔らかくする。ここまで来たら下準備は完了だ。
 “漉き舟”に水と解れた白皮を入れ、精神を整える。
 ――家庭教師の先生に教えてもらったことを思い出すんだ。
 実家での勉強や修行を振り返る。“漉き舟”の中に手を入れ、魔力を溶かし込むようなイメージでじわじわと放出した。
 ――……よし、頑張れ、リシャール。
 水を掬うように簾桁をバシャバシャと動かし、紙の繊維を集める……のだが、人間国宝を目指してた前世を思い出しテンションが上がってしまった。
「最初にやるのは、かけかけかけ“掛け流し”ぃ! 薄くて均等! 繊維を表面全体に行き渡わせるよぉ! これをすると塵やゴミがつかなくなるのー!」
「「りょ、領主様!?」」
「あははっ、リシャールさまは好きなことに熱中するタイプなんだねぇ」
 村人たちの驚く声とフロランスの笑い声が聞こえる気がするけど、一度上がったテンションは紙漉き終わるまで下がらないぃぃい!
「次にやるのは、ちょちょちょちょ“調子”ぃ! 簾桁をすこ~し深く差し込んでぇ!? 繊維を仲良く絡めるのぉ! お手てを繋いで良いねぇ、良いねぇ! 良い調子ぃ!」
「「す、すごい、勢いだ」」
「ハイテンションはリシャール様も可愛いよ。食べたいちゃいくらい」
 聞き捨てならないセリフを言われたような気がするも、そんなことを考える余裕もない。
 紙漉きが……紙漉きが…………紙漉きが楽しすぎるのぉ~!
「最後は“捨て水”だよぉ! 要らないお水はバイバイねぇ! ……はい、できた!」
 ……紙漉き終わり。テンションが急激に下がり、恥ずかしさがあふれる。反省しなきゃと思うけど、前世からいつもこう。
 和紙の元を丁寧に剥がし、木の板に重い石を乗せて水分を抜く。しばらくしたら板に張って完了。
 真っ白な紙が青空に映え、なかなかに美しい光景だった。キアラさんも村人もフロランスも、嬉しそうに眺める。
「「いやぁ、美しい白さですねぇ。パワーあふれる領主様を見たら、なんだか元気が出ました」」
「ウチもリシャールさまの新しい一面が見えて良かったよ」
「うん……忘れて」
 後は乾燥させて完成となる。基本的に和紙の近くで過ごし、雨が降りそうなときは回収する生活を送った。

 □□□

 “キウハダル”に来てから十日ほど。とうとう、和紙が完成した。
 太陽に輝く純白の紙……。
 大好きな相棒と世界を超えて再会できた気分だ。
「みなさん、できましたよ! これが和紙です!」
「「おおお~、これが! すごい手触りだ! 引っぱっても破れる気配がしないぞ!」」
 和紙をみんなに配ると、村人たちから歓声が上がる。キアラさんとフロランスもまた、和紙を触っては喜ぶ。
「これほど上質な紙は、長い人生でも初めて見ました。……素晴らしい紙です」
「なんだか、文字を書きたくなっちゃうね。こんなすごい紙が作れてリシャール様、偉いっ」
「だ、だから、僕の頭を撫で撫でして胸に押し付けるのはやめさないっ」
 触ってみたり、日光に透かしたり、村人たちも楽しそうに和紙を楽しむ。
 日本の和紙は異世界でも通用する。
 そんな思いが僕の心には強くあった。
 ――絶対に良い物資を手に入れてみせる。村の暮らしを少しでも良くするために……。
 和紙の在庫を生産するうち、あっという間にさらに十日ほどが過ぎてしまった。
「ここが野営地か……。思ったよりたくさん人がいるね」
「ほんとそれ~」
 村から数時間ほど歩き、フロランスとキアラさん、そして僕は行商人の野営地に着いた。数十個のテントが立ち並び、あちこちから焚き火の煙が立ち上る。護衛と思われる冒険者風の人たちもおり、小さな街のような活気があふれる場所だった。売られているアイテムも多種多様な品々ばかり。持つだけで魔物避けになる<守り木の葉>、月の魔力が宿った鉱石<月光石>、古代龍の背中にしか生えない秘薬の材料〈龍華〉……。フロランスと一緒に「はぁ~」と圧倒されていたら、キアラさんが説明してくれた。
「“キウハダル”は各国の国境が近い立地なので、辺境ではありますが行商人の方々は活発に行き来されているんですよ」
「……なるほど。こんなに人がいたら物資もたくさん手に入りそうですね。さっそく和紙を売りたいですが……どうしようかな」
 活気がある分、行商人も大勢いる。和紙は大量生産できたものの、全部で500枚くらいだ。子どもの身体なのと“とろろ”の代わりに魔力を使うため、前世ほどのハイペースはまだ難しい。
 交渉の前にサンプルとして何枚か使うことも考えると、良い品を厳選するため交渉術が求められそうだ。どうやって営業しようか悩んでいたら、フロランスが明るい声で言った。
「ウチに良い作戦があるよ、リシャールさま。このやり方でやれば売れること間違いなし」
「ほんと!? ありがとう、フロランス。ぜひ、頼むよ」
「じゃあこっち来て」
「はい」
 フロランスに続いて野営地の一角に移動する。というわけで、彼女の言う良い作戦が始まったわけだが……。
「は~い、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 可愛いショタのリシャールさまが、一生懸命作った紙ですよ~! 買わなきゃ損、損! みなさんの嫌いな損ですよ~!」
「「なんだなんだ? ショタ? 紙? 損?」」
 フロランスはパンパンパンッ! と手を叩いて、行商人の注目を集める。たしかに、こうすれば一度に和紙のプレゼンができる。良い作戦だ。まぁ、客寄せパンダになった気分だが、まずは注目されないと話にならない。和紙という異世界の人にとっては、馴染みが薄い物を売ろうとするのだからなおさらだ。
 どこからかフロランスが持ってきた台に乗り(誰かから貸してもらったらしい)、声を張り上げていると、やがて数十人の人だかりができた。そろそろ良い頃合いだろう。こほんっ、と咳払いして話す。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。僕は“キウハダル”の領主、リシャールと申します。今日は行商人のみなさんに見せたい物があって来ました」
「「領主? こんな子どもが……?」」
 自己紹介すると、行商人たちはざわざわとどよめく。子どもの領主という珍しい背景のおかげか、十分に注意を引くことができた。鞄から和紙を取り出す。直前に見せた方がインパクトが強い。
「これがお見せしたい物……“和紙”です。丈夫で美しく、耐久性は保証します。サンプルをお渡ししますので、どうぞ使ってみてください」
 フロランスとキアラさんにも協力してもらい、行商人たちに和紙と羽ペンにインク、小さな木の板を配る。実際に使ってもらった方が利点が伝わると思ったからだ。和紙を手に取り羽ペンを走らすと、彼らは一瞬で真剣な表情に変わった。
「こんなに純白の紙、見たことないな。恐ろしく文字が見やすい」
「手触りもすごいぞ。すべすべでいつまでも触っていたくなる」
「見てくれ。引っぱっても破けない。なんて強度だ」
 渡しただけで、伝えたいことが伝わった。商売人の嗅覚の鋭さを感じる。さて……ここからが本番だ。少しでも多く物資を入手したい。深呼吸して本題を切り出す。
「そこでみなさんにご提案なのですが、この和紙と食料などを……」
「おい、そこをどけ」
 人だかりの後方から、ハスキーで鋭い女性の声が聞こえた。180cmもあるような背の高い女の人が歩いてきて、人だかりがザザザっと脇にどいて道が開く。女性の後ろには、頭にガーベラの花飾りをつけた双子の付き人がおり、行商人たちは恐れた様子でざわざわと話す。そんな会話など聞こえないかのように、女性はスタスタと近づく。長くて赤い髪のポニーテールに、豹を思わせる鋭く赤い瞳。年齢は三十代半ばくらいかな。仕立てのいい服と高身長も相まってすごい威圧感だ。
 女性は僕の前に立つと、怖い目と声で遥か上から言った。
「私はナタリー。“月虹商会”の総会長だ。自分の目で商品を探すことを信条としている」
「「げ、“月虹商会”!?」」
 その商会の名前を聞き、僕とキアラさんは驚きの声を上げる。
 ――“月虹商会”。
 ザロイス王国で一番大きな商会で、扱う品々は庶民向けの一般的な品から王国御用達の貴重な品まで大変に幅広い。王族にも負けないほどの莫大な資産を持つとも聞く。こんな辺境で総会長なんて偉い人物と会うなんて、露程も思わなかった……。
 ナタリーさんは厳しい表情を崩さず、僕の手にある和紙を指す。
「その紙を渡せ」
「は、はい」
 緊張で汗ばんだ手で、和紙とその他の道具を渡す。僕は小柄なので、台に乗っても巨人に睨まれた気分だ。ナタリーさんはしばし羽ペンを走らせた後、相変わらず僕をギロリと睨みながら話す。
「先ほど、そこの派手な女はお前がこの紙を作った、と言っていたな。……本当か?」
「はい、本当です」
 こんな子どもが作ったなんて信じてくれるかな……と少し思ったけど、ナタリーさんが怒ったりするようなことはなかった。
「この紙はどれくらい耐久性がある」
「千年は軽くもつと思います」
「……千年? そんなに丈夫な紙などあり得ない。紙なんてせいぜい一か月もてばいい方だ。お前は私を馬鹿にしているのか?」
「いえ、馬鹿になどしてません。本当にそれくらい長い間もつんです。僕は自分の仕事に嘘を吐くことは絶対にしません」
 ナタリーさんの目を正面から見て話す。前世からずっと、僕は自分の仕事に嘘をついたり、誤魔化したりすることは一度もなかった。紙漉きには真摯な気持ちで取り組んできたつもりだ。子どもの体ではあるけど、その思いだけは大人にも負けない自信がある。ナタリーさんはしばらく黙った後、お付きの片方を見て言った。
「……おい、シシリア」
「承知しております」
 双子のうち、ガーベラの花飾りを頭の右側につけた女性が前に進み出る。ナタリーさんから和紙を受け取ると、魔力で包んで空中に浮かべた。
「《劣化(ディテリオレーション)》」
 魔力の球体がどす黒く変化する。その光景を見て心臓がドキリと脈打った。
 ――こ、これは劣化魔法だ。
 文字通り、物を劣化させる魔法。扱うのはかなり難しいと聞くけど、シシリアさんは涼しい顔だ。“月虹商会”ともなれば、相当優秀な人材が揃っているのだろう。
 数分経った後、シシリアさんは魔法を解除した。ナタリーさんが険しい顔のまま尋ねる。
「……どうだ、シシリア」
「紙の一部を千年分劣化させました。結果は……見ての通りです。他の部位と大差がありません」
 和紙を受け取ると、ナタリーさんは注意深く確かめる。右端の一角を劣化させたようだけど、他との区別はつかなかった。ナタリーさんは僕の方を向き直ると、やや温和になった表情で話す。
「お前の言う話は真実のようだ。疑って悪かったな」
「い、いえ、信じがたい話だったと思いますので」
「商人を長くやっていると、嘘や虚言を吐く人間と腐るほど接してきた。だから、自然と疑う癖がついてしまった。だが、お前は違った。……そこでだ。この和紙を私たちに売ってくれ」
「ええ、もちろんです! ありがとうございます!」
 やった! 和紙の買い手が見つかった。僕の隣に立つフロランスとキアラさんと笑顔を交わす中、ナタリーさんは商人にとって紙がどれだけ大事か話してくれた。
「今までの紙は、すぐ破れる、インクが消える、書きにくい……まるで使い物にならなかった。保存性が悪すぎて、記録に問題がないか定期的に確認しては書き直す始末だ。あらゆる記録は商会の宝だから、紙の質には本当にこだわりたい。これほどの耐久性があり、使い心地のいい紙は始めてだ。まさしく、“神の紙”と言えよう」
「“神の紙”……」
 なんかギャグになってるけど、そこまで称賛してくれるなんてありがたい。
「では、さっそく商談といこう。まずは……」
「ちょっと待ってくれ!」
 ナタリーさんと詳しい話を進めようとしたら、人だかりから男性の声が張り上げられた。数人の行商人グループが出てくる。
「俺たちにもその紙……和紙と言ったか? 和紙を買わせてくれ」
「ええ、もちろん、構いませ……」
「ダメだ。今ここにある和紙は、全て“月虹商会”が買い占める。貴様らに渡す和紙はない」
 構いません、と言おうとしたら、ナタリーさんが遮った。男性たちは怖じ気づく様子もなく、彼女の前に立つ。
「俺たちは和紙1枚につき1万ルクス払うぞ」
 ざわっと、野営地がどよめく。だいたい1ルクス1円なので、およそ1万円。ものすごい金額だ。
「“月虹商会”は3万ルクス払う」
 間髪入れないナタリーさんの返答に、野営地はさらにどよめく。男性たちは動揺した様子で話し合い、さらなる金額を言った。
「そ、それなら、うちは4万だ」
「10万」
 ナタリーさんはまったく顔色を変えずに告げる。野営地はもはや、水を打ったように静まり返った。誰も何も話さない中、フロランスがこそっと俺の耳元で話す。
「良い品を巡る商人の戦いだね。リシャールさまの和紙、大人気じゃん」
「そ、そうだね。僕も嬉しいよ」
 商人としての熱い戦いが繰り広げられ、こっちまでドキドキする。男性たちが話さないのを見ると、ナタリーさんは僕の方に戻ってきた。
「決まりだな。和紙は1枚10万ルクスで“月虹商会”が全て買う」
「ありがとうございます。そんな高い値で買っていただき嬉しい限りです。……あの、ナタリーさん。一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「できれば、食料などの物資として払ってくださいませんか? 村には食べ物や飲み物があまりなく、すぐにでも物が欲しいのです」
 僕がそう伝えると、ナタリーさんは顎に手を当て考える。やがて、納得した様子で言ってくれた。
「了解した。支払い分の金額から購入したということで、食料と水、酒、その他諸々の生活必需品を渡す。一度に全て渡すのは難しいので、定期的に届けよう。必要量以上集まったら教えてくれ。別の品か現金として払う」
「ありがとうございます! すごく助かります!」
「ただし……」
 そこで言葉を切り、ナタリーさんは僕をビシッ! と指差した。何を言われるのかと思い、緊張でごくりと唾を飲んだ。
「我が商会に優先的に卸す契約を結べ。この紙は大量に欲しい」
「わかりました。結びましょう」
 ナタリーさんは和紙を使ってサラサラと契約書を書き、僕と一緒にサインする。“月虹商会”と契約は結んだものの、他の行商人たちにも卸すことを約束した。行商人のみなさんが喜んでくれて嬉しかったな。
 取引が完了したので、ナタリーさん一行とともに村へ戻ると、村人のみんなが出迎えてくれた。
「「領主様、お帰りなさいませ。……おや? そちらの方々は?」」
「“月虹商会”の方々です。和紙を高値で買ってくれました」
「「ええ!? “月虹商会”!?」」
 ナタリーさんたちを紹介すると、とても驚かれた。やはり、衝撃的な取引だったようだ。大量の物資はヘレナさん(シシリアさんの妹)が収納魔法でしまっているそうで、村に着くとポンポンと出してくれ、あっという間に三ヶ月分の食料や水が手に入った。ナタリーさんたちとはバイバイと手を振って別れる。
 その夜は、入手した物資を使って大変豪華な宴が開かれた。こりこりした食感が最高な〈十本足蛸〉のアヒージョ、入手難易度Sランクの〈紅ロブスター〉の丸焼きに、一口食べただけで舌がとろけるという〈ベヒモス牛〉のステーキ……。ヴェルガンディ家でもなかなか食べられないような、恐ろしく豪華な料理が所狭しとテーブルに並ぶ。
 食事の準備が整ったところで、キアラさんがスッと立ち上がった。
「これもリシャール様のおかげです! 尊敬の意を込めて、無限麒麟児リシャール様とお呼びしましょう!」
「え!?」
「「おおお~! 無限麒麟児リシャール様~!」」
 盛り上がる村人たち。止める間もなく、すごい大仰な名前をつけられてしまった。僕も簡単な挨拶を求められ、さっそく宴が始まる。村人たちがワイワイと食事を楽しむ中、隣に座るフロランスが言う。
「みんな嬉しそうだね。最初に来たときのどんよりした空気は、どこかに消し飛んじゃったみたい」
「うん、頑張ってよかったよ。これからも良い和紙を作ろう」
 食料や生活必需品は確保できたものの、まだまだ改善すべきことは山ほどある。大好きな和紙を作りながら、領主としての務めも果たしたいな。
「リシャールさまを労ってあげないといけないね。はい、お口開けて。あ~ん」
「一人で食べられるから!」
 おいしいご飯や飲み物もそうだけど、何よりみんなの楽しそうな笑顔。それが一番のご褒美だった。

 ◆◆◆

 リシャールが村でフロランスに頭を撫でられながら、宴を楽しんでいるとき。野営地のひと際豪華なテントの中で、ナタリーがシシリアとヘレナに問うた。
「……おい、和紙の書き心地はどうだ?」
「「最高です。今や、帳簿が楽しい作業に変わってしまいました」」
 ナタリーの問いに、二人の優秀な部下は嬉々として答える。これまで使用していた紙は粗悪過ぎて、帳簿や記録は時間もかかる苦痛な作業だった。
 だが、今はもう違う。羽ペンは滑るように走り、インクは少しも滲むことなく、文字は極めてはっきりと読める。あまりの素晴らしさに感動し、紙に記録する作業は楽しく最高の仕事になった。本部に戻ったときの、従業員たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。今度はシシリアが問う。
「ナタリー様、ヴェルガンディ家との契約はどういたしましょうか」
 彼女に改めて言われずとも、ナタリーの頭はすでに結論を出していた。
「切れ。紙の生産拠点は少ないから仕方なく発注していたが、この和紙と比べたらゴミ同然だ。もう二度と買わないと手紙を出せ。この和紙を使ってな」
「「かしこまりました」」
 二人に告げると、ナタリーは数枚の和紙を持って自室に戻る。ベッドに横たわるも、今日の取引を思うとすぐには寝付けそうになかった。和紙を触り、その手触りを楽しむ。明かりに透かすと、繊維の密集具合が手に取るようにわかる。商売を始めて長いが、未だかつてこれほど丈夫で上質な紙は見たことがない。
 ――ここ数年で最高峰の品が手に入った。
 商会の事務処理は大変に捗るだろう。そして、さらに、収穫はそれだけじゃない。
「……リシャールきゅん、かわいっ!」
 柔らかな黒髪に丸いお目目。撫で撫でしたいけど頑張って我慢した。ナタリーは優秀な商人であり、同時にショタコンでもあった。定期的にリシャールの村に顔を出すことを誓い、穏やかな眠りに就く。
【リシャール歴_1年1日】
 リシャールさまとともにヴェルガンディ家を後にし、“キウハダル”に到着した。本日から、領政の記録を残そうと思う。尊敬すべき可愛いリシャールさまの新しい日々の始まりだ。よって、“リシャール歴”と命名する。
 記録者は専属メイドを務めるフロランスだ。もちろん、書き記すのはリシャールさまが漉いた紙、“和紙”である。滑らかな手触りを裏切ることなく、羽ペンは滑るように走る。インクの吸い込みも迅速で、明瞭な文字が記録でき、記録中に破れる気配はまったく感じない。ヴェルガンディ家の生産する紙など、まるで勝負にならない。
 話が逸れた。
 “キウハダル”は想像以上の荒れ地であり、村人も元気がない。今までは旅のエルフ――キアラさんが村長代理を務めていたそうだ。リシャールさまは劣悪な環境にもめげることなく、ジョブを発動した。和紙という紙を作って村の生活を良くすると……。
 材料には“楮”と水、木の繊維を繋げる糊として作用する“とろろ”が必要らしい。運よく木と水は確保できたものの、“とろろ”はまだ見つかっていない(根からどろりとした粘液を出す花や木があるそうだ)。対策を思案した結果、リシャールさまは自分の魔力で代用することを決めた。魔力の質を粘着性が出るように変質させるのだ。間近で見学したら、たしかに繊維同士が繋がっていた。
 さらりとやっているように見えるけど、それは極めて高度な技術だ。ヴェルガンディ家での努力がうかがえる場面だった。
 紙を漉く(紙漉きを見て、そのような表現を初めて知った)リシャールさまは元気いっぱいで可愛い。記録の端に図を残すので、参照されたし。
 完成した和紙は、目も覚めるような至極美しい純白の紙だった。上述した実用性も相まって、村人たちの顔も明るくなる。リシャールさまの和紙が村にどのような変化をもたらすのか、今から楽しみでならない。

【リシャール歴_1年2日~24日】
 和紙の生産は順調に進み、計512枚の和紙が完成した。野営地に赴き交渉を始める。いくら和紙が素晴らしくても、相手は商売のプロ集団。そこで、私は一つの作戦を考えた。オークション形式なら高値がつくはずだ。ついでに、リシャールさまの可愛さもアピールできるので、二重のメリットがある。
 交渉の結果、“月虹商会”の総会長――ナタリーさんが全て購入することでまとまった。国内最大手の商会と契約するなんて、さすがはリシャールさまだ。水や食料の他にも、家々の修繕に使える材料も手に入り、村の生活は改善の兆しが見え始めた。宴の最中、村人に話を聞いた。
「和紙は本当にすごい。質の高さもそうだが、あの“月虹商会”を虜にしちまうんだから」
「リシャール様には失礼ですが、あんな幼い子どもが私たちのために頑張ってくれているのです。大人の私たちが頑張らないでどうしましょうか」
「人生は最後まで諦めちゃいけないんだな、って感じました。一生懸命生きようと思います」
 みな、リシャールさまが領主に赴任して、暗い人生が変わりつつあると話す。村の食生活は豊かになり、家々の修理も進み、ランプが村の軒先や周囲を囲う壁に吊るされ煌々と輝いたとき、暗い人生に明かりが指したとも言っていた。私もまた、辺境での生活は思ったより楽しい。すぐ傍でリシャールさまの健やかな毎日を見守りたい。
 ただ一点。
 ナタリーさんのリシャールさまに対する視線が気になる。要注意人物として警戒すべし。改善の兆しが見えたとはいえ、村はまだまだ劣悪な環境にある。だが、リシャールさまならどんな難題も改善してくれるだろう。
 野営地でナタリーさんとの契約を結んでから五日ほど経った。相変わらず、和紙を漉く毎日だけど、村人と一緒に食料や物資の整理も行い、ようやくひと段落ついた状態だ。日々の食事も栄養価あるものに変わり、家々の修理も進み、村の雰囲気は少しずつ明るくなっている。まだまだ貧しいけど、この調子で村を発展させたいな。
 朝食を済ませたところで、フロランスとともに外を出た。
「リシャールさま、今日も和紙漉くの?」
「いや、その前に領地全体を見て回ろうと思う。和紙の材料が見つかるかもしれないし、ここがどんな場所か早めに把握しておくべきだから」
「……なるほど。領主様としての自覚があって偉いっ」
「頭は撫でなくていいのっ」
 気を抜くと撫で撫でされてしまうのはなんでだ。何はともあれ二人でキアラさんのところに行き、案内をお願いする。
「……というわけで、キアラさん。お時間があったら“キウハダル”を案内してくれませんか?」
「ええ、もちろんです。ですが、ちょっとだけ待ってくださいね」
 キアラさんは両手を口に当て、すぅっと息を吸い込んだ。
 な、なんだ?
 と思うや否や、可愛い声を張り上げなさった。
「皆さま~、無限麒麟児リシャール様が領地を見て回るそうですよ~! 集まってくださ~い!」
「え!」
「「大変だ、こうしちゃいられん! 無限麒麟児リシャール様のお供につかなければ!」」
 キアラさんが呼びかけると、瞬く間に村人たちが大集合した。老若男女、50人くらいの集団ができあがる。結局、みんなと一緒に“キウハダル”全体を歩いて回ることになってしまった。
 まずは北に向かう。国境を隔てる山脈から下った川が大きな湖を作っており、村の主な水源だと聞いた。魚は捕れるものの、どれも低級の種類でとても値打ちはつかないとも。
 “キウハダル”の東から南にかけては森が広がっており、ここで野草や木の実などを採取するのが主な食料の入手ルートとのこと。
 西は荒れ地がほとんどを占めるということもわかった。森では“トロロアオイ”に似た花や、粘液を出す植物を、村人にも協力してもらい小一時間ほど探すも、残念ながら発見できなかった。
 傍らのフロランスが腰に手を当て言う。
「リシャールさまが欲しい植物は生えてないねぇ。残念無念」
「う~ん、しばらくは魔力で代用するしかないか。……そうだ、ナタリーさんに相談してみようかな。再来週くらいにまた来るみたいだし」
 僕がそう言うと、フロランスの眉がぴくりと動いた。
「ナタリーさんには私が言っておくね。手紙を出しといてあげる。別に来なくても手紙でやり取りすればいいよ。リシャールさまの話から私がイラストを描くし」
「え? でも、直接話した方が……」
「いいから」
 思いのほかフロランスの押しが強く、ナタリーさんには手紙を出すことに決まった。

 夜。夕食終わり、フロランスと一緒に領地経営のプランを考えていると、家のドアの下方がコンコンと叩かれた。
「「領主さまー。こんばんはー。開けてー」」
「はい、今行き……」
「リシャールさまは座ってていいよ。私が開けるね」
 フロランスが扉を開けると、二人の幼い子どもが入ってきた。彼らは村の子どもたちで姉妹。姉がレイナちゃん、妹はマリアちゃん。くせっ毛の茶髪がよく似ている。二人は村の外を指しながら言う。
「あのね、お客さん来た」
「よろいのお客さんだよ」
「「鎧のお客さん?」」
 フロランスと一緒に二人の後をついていくと、村の広場からざわざわとしたどよめきが聞こえてきた。レイナちゃんたちが言うように、中央には五人ほどの鎧を来た男性が疲れた様子で座っている。キアラさんと村人が水や食べ物を渡す。冒険者風の人たちだが、鎧に刻まれた太陽の紋章が光に照らされたとき、冒険者の類ではないとわかった。
 彼らは……ザロイス王国の王国騎士団だ。
 騎士の中でも優秀な実力者しか入れない組織……。やや緊張しながら歩いていくと、キアラさんが僕とフロランスに気づいた。
「みなさま、領主の無限麒麟児リシャール様がいらっしゃいました」
「領主様ですと? ……申し遅れました。私は王国騎士団“北方警備隊副隊長”、アランと申します」
「は、初めまして、領主のリシャールです。こっちはメイドのフロランス」
 騎士団の皆さんは一斉に立ち上がり、ビシッと敬礼した。圧倒されるくらいの軍人っぷりだ。アランさんは険しい表情のまま話す。
「突然の訪問及び村の物資を消費してしまっていること、謝罪いたします」
「いえ、別に構いませんが……どうされたのですか? ずいぶんと疲れてらっしゃるようですが」
 怪我などはしていないようだが、彼らの顔には疲労が滲む。アランさんは周りの騎士と顔を見合わせると、言いにくそうに話し出した。
「実は……北方地域の天候が急に荒れ始めまして。寒さが増し、魔物の襲撃などもあり薪などの燃料を使い切ってしまったのです。夜は寒く、ろくな灯りもつけられない状況です。そこで私たちは隊長に命じられ、防寒具や灯りなどの物資を探しておりました。“キウハダル”を歩いていたところ、こちらの村を発見しお邪魔した次第です」
「……そうだったのですか。それは大変でしたね」
 和紙の売却で入手したランプなどの明かりが灯り、村はだいぶ明るくなった。以前は真っ暗闇だったそうなので、誰も村の存在に気づかなかったのだろう。
「不躾なお願いで申し訳ないのですが、防寒具と灯りをわけていただけませんか? 行商人の野営地は少々遠く、恥ずかしいことに資金も底をついており……。彼らはツケを認めないので、購入を断念してしまいました」
「なるほど……。もちろん提供したいのですが、重くないでしょうか」
 防寒具もランプも頑丈な物を頼んだので大型で重い物ばかりだ。フロランスや村人たちが余りを持ってきてくれたけど、どれもずしりと結構な重さだった。
 前線に運ぶとなると、いくら屈強な男たちでも大変だろう。アランさんたちは真剣な顔で重さを確認する。
「……たしかに、重いですね。でも、これくらいどうってことありません。何しろ、提供いいただいたのですから、文句など言えません」
「あっ、ちょっと待ってください。別の良い品が作れるかもしれません。寒さと明るさ、両方解消できる軽い物が」
 そう言うと、アランさんたちは手を止めた。
「そんな便利なアイテムがあるのですか?」
「はい、和紙です」
「「……鷲?」」
「リシャールさまが言っているのは紙のことだよ」
 たぶん、彼らの頭には鳥が浮かんだと思う。フロランスが説明してくれるものの、僕の心はとある思いでいっぱいだった。
 “暖かい和紙”に“光る和紙”……。
 偶然、ちょうど良い素材を森の中で見つけたのだ。アランさんたちのためではあるけど、考えただけで楽しくなってきた。
 ――そんな和紙、異世界じゃないと絶対に作れない!
 今日はもう遅いのでアランさんたちには泊まってもらい、翌日からさっそく和紙を作ることになった。
 翌日。アランさんたちにも豪華な食事を振舞った後、さっそく和紙作りを始めることになった。村の中央広場に行き準備を進める。見学したいとのことで、騎士団の皆さんも一緒だった。
 では……【紙すき職人】発動!
 手をかざして念じると、いつもの紙漉きセットが現れた。やはり王国騎士団でも珍しいのか、アランさんたちは興味深そうに眺めていた。僕もまた鞄から必要な素材を取り出し、作業台の上に乗せる。茶色の細かい繊維の山と、緑色の同じく繊維の山。火焔蜥蜴の皮を刻んだものと、ヒカリ苔を細かく切ったものだ。
 アランさんたちが訪ねる数日前、村の近くに火焔蜥蜴が出現した。火属性の魔力を宿し、いつも体表が燃えている魔物だ。Cランクというそこそこ強い魔物だったけど、フロランスは一撃で倒してしまった(さすが【剣聖】)。死骸を捨ててしまうのはもったいないので解体したわけだけど、皮を細かく切り刻んでおいた。これを混ぜたら、火属性の魔力が宿る暖かい和紙になるはずで、防寒具の代わりになると思う。
 もう一つの緑の素材はヒカリ苔。太陽の光を吸収し、夜に薄っすらと発光する苔だ。森を調べたときに見つけておいた。たくさん混ぜれば、充電式の明かりとして使えそう。
 ――魔物の皮も苔も、細かくすれば繊維になる。
 だから、うまく混ぜ合わせれば、素材の特徴を持った和紙が作れるんじゃないかな……と考えたのだ。
 まずは温かい和紙から作ろう。素材を持って“漉き舟”の前に立ち、プランを考える。片方は魔物由来で、もう一方は植物由来の繊維か……。
 より温かくするには火焔蜥蜴の繊維を多く混ぜたい。でも、多すぎると紙としてまとまらず、ただの塊になってしまう。今から作りたいのは、防寒具として使える紙だ。
 服や鎧の下に貼りつけられるような……。
 しばし考えた結果、火焔蜥蜴の繊維は全体の三割ほど入れることにした。うまくいかなかったらやり直せばいいからね。
 “漉き舟”の中で互いによく混ぜ合わせ、諸々の準備ができたところで精神統一。落ち着いて紙を漉くべきだ。仮にも領主が、いきなりキャラ崩壊したら不安になるでしょう。
 とはいえ、新しい人がいると緊張する。
 ふむ、逆にいい緊張感だ。これなら冷静に紙が漉けるはず。
 よし…………明鏡止水の心で簾桁を握るぅぅう!
「さぁぁ~あ! お楽しみタイムの始まりだぁあ! 初めて漉く紙に僕の興味はスクスクスクスク成長してるよ~! 火焔蜥蜴さんと“楮”さん! 仲良くお手て繋いでね~!」
「「リ、リシャール様!? 急にどうされたのですか!?」」
「安心して。紙を漉くときはいつもこんな感じだから」
 アランさんたちとフロランスが何か話している気がするけど、あいにくと何も聞こえない。ギャラリーが多いとテンション上がるねぇ! 奥から手前に簾桁を斜めに差し込み、水を掬い上げて簾桁を揺らす。
 ……やっぱり、楮の繊維より重いから残りやすいね。
 元が皮だから、太くてすぐに見分けがつく。最初は激しく縦に揺らして余分な量を減らしたら、火焔蜥蜴の繊維が均等な層になるよう横に緩く動かす。
 いい感じですよ~。
 今回のメイン素材は火焔蜥蜴だけど、これはあくまでも和紙。“楮”の繊維が少なくなっては、バラバラにほどけてしまう。程よいバランスが重要だ。簾桁をうまく動かして紙を漉き、必要量出来上がったら繊維だけ取り除く。
 新しい“楮”とヒカリ苔の繊維を入れ……紙漉きリスタートォォオ!
「お次はヒカリ苔ぇぇ! お水は入れ替えないことで、滲み出た〈火焔蜥蜴〉の魔力も再利用ぅ! 一段と明るくなるはずですよぉぉお! 皆さん、ちゃんと、ついてきてますかぁ!?」
「「す、すごい勢いだ……」」
「大丈夫。みんなついてきてるよ、リシャールさま」
 ヒカリ苔の方が細かい繊維なので、先ほどより漉きやすいね。色も緑でわかりやすい。苔も楮と同じ植物なので、たくさん入れても問題ないぞ。灯りは明るい方がいいから、目いっぱい使おう。
 漉き上げた和紙をそれぞれ紙床(しと)に移動し、重しを乗せたところでテンションが戻った。
 静かな広場。
 急激に恥ずかしさが湧いてくる。
「……こほん、失礼しました。後は乾燥させて完成です。申し訳ありませんが、五日ほどお待ちください」
 五日とは言ったけど、火焔蜥蜴の繊維と溶け込んだ魔力が二種類の和紙には備わっている。普段と比べて乾燥時間は短いはずだ。
 その後、予想より早く乾燥が進み、どちらも翌日には使用可能になった。乾燥用の板から丁寧に剥がし、まずは火焔蜥蜴の方からチェックする。触ってみると、程よい温かさ。身体に巻くと現代社会の懐炉を思い出させた。うまくいってホッとしながら、アランさんに渡す。
「自動で熱を出す和紙です。どうぞ使ってみてください。僕の魔力は粘着性を持たせるように変化させたので張り付くはずです」
「これは温かい……温かいですな! 毛皮を身に着けているようだ!」
 アランさんは和紙をお腹に当て、感激した様子だった。手を離しても落ちないので、魔力の変質もうまくいっている。
「長時間当てたままだと低温火傷になるリスクもあるので、数時間毎に貼る場所を変えるようにしてください。火焔蜥蜴の魔力が逃げ出さないよう、僕の魔力でコーティングしてあるので、本格的な春になる頃まではもつと思います」
「わかりました! 気をつけます! ……君たちもつけてみなさい! 大変に温かいぞ!」
 他の騎士たちも、和紙を身体に当てたりしては喜ぶ。
「紙ってこんなにあったかいのかよ! 軽いし身体に巻きつけても動きが邪魔されないぞ!」
「これならいくら持っていっても防寒具より格段に運びやすい!」
「保管場所にも困らないな! 良いことづくめだ!」
 温かい和紙は好評で安心した。もう一種類も板から剥がす。
「こちらがヒカリ苔の繊維を混ぜた和紙です。身体から出した魔力は、自身の身体に戻る性質があります。なので、魔力を紙で包むように閉じ込めれば……ほら、この通りです」
 自分の魔力をヒカリ苔の和紙に乗せ、くるりと包む。ぽんっと投げると宙に浮かんで、歩きだすとふわふわしながら僕の後をつけてきた。いい感じだね。騎士団の皆さんの歓声が上がる。
「おおっ! 自動で動くランプだ!」
「すごい! 灯りが浮きましたよ! しかもついてくるじゃないですか! これなら持ち運びの手間もかかりません!」
 騎士団の皆さんは、作った和紙を見て嬉しそうに歓声を上げる。この二種類は、それぞれ“懐炉和紙”に“灯り和紙”と名付けよう。
 アランさんは感極まった様子で、僕の手が軋むほど力強く握った。
「素晴らしいアイテムだ! リシャール様、これはもはや紙ではありませんよ! まさしく、“神の紙”です!」
「あ、ありがとうございます」
 そのフレーズは流行っているのだろうか。でも、そんなに褒めてくれて嬉しい。求められた品を提供できて安心したのと、やっぱり喜ぶ人の笑顔が僕も一番喜ばしくて嬉しかった。
 すぐに在庫の生産もお願いされ、紙漉きを再開する。落ち着こうとは思うものの、結局のところハイテンションで紙を漉いてしまい、醜態を晒すことになった。
 一週間ほど生産を続けると、必要十分以上の“懐炉和紙”と“灯り和紙”が完成した。アランさん一行とも一旦お別れだ。村の入り口で別れの握手を交わす。
「リシャール様、この度は誠にありがとうございました。これほどの素晴らしい紙があれば、北方地域での任務も無事に達成できます」
「いえいえ、こちらこそいつも国防のために働いてくださってありがとうございます。アランさんたちのおかげで、僕たちは平和に暮らせているのですから」
「「ありがとうございました、リシャール様! 村の方々も! 必ずお礼に参ります!」」
 騎士団の皆さんとも握手を交わし、バイバイと手を振って見送った。今度は、キアラさんや村人が拍手で讃えてくれる。
「お見事です、リシャール様! 王国騎士団にも褒められるなんて、そうそうないですよ!」
「紙があれば何でも解決できちゃいますね!」
「次はどんな和紙が生み出されるのか今から楽しみです!」
 和紙作りはそれだけで楽しいけど、人の役に立ってくれたときが努力が報われた瞬間を感じるな……。そう思ったとき、わしわしと誰かに頭を撫でられた。
「リシャールさまにご褒美をあげましょうね~。おお、よちよち~」
「だ、だから、子ども扱いするんじゃありませんっ」
 頭を撫でるフロランスから逃げる。家の中ならまだしも……ごほん。領主たるもの、けしからんことは避けるべきだ。自分の不埒な願望に、僕は絶対に負けない。
 何はともあれ、アランさんたちのために和紙が作れて良かった。

◆◆◆

 今年、王国騎士団に入隊したフレデリックは、研修を終えた後“北方警備隊”への所属を命じられた。騎士団の中でも随一の厳しさと言われる部隊ではあったが、むしろ彼は喜んだ。十八歳という若い年齢もあり、彼の心は国を守る使命感とやる気に満ちあふれている。だが、任務が始まるとその心にも影が差し始める。アランなど周りの騎士たちは良い人間であったが、北方地域の厳しい寒さと強い魔物が徐々にフレデリックの心身を削った。 
 物資の確保のため“キウハダル村”に着いたときも、フレデリックの心中は暗雲が立ち込めていた。防寒具や灯りを提供してくれるのは大変にありがたいが、どうせ燃料はすぐ無くなってしまう。防寒具も重くて運ぶだけで精一杯だろう。
 国民を守りたい気持ちは強いが、理想と現実の差を痛感する。心が暗い感情に占められている中、フレデリックは一人の少年と出会った。
 リシャールの紙を漉く楽しそうな光景は見ているだけで胸が踊る。彼が作った“暖かい和紙”はフレデリックの心まで温め、“光る和紙”は心に暗雲から光芒が差すようだった。二つの和紙は北方地域の辛い環境を跳ね返し、任務が各段にやりやすくなった。
 ――あんな幼い少年が他人のために頑張っている。
 まるで献身性の塊のように見え、リシャールこそ自分の思い描く理想像にふさわしいと思った。村人のために自分たちのために懸命に働くリシャール。彼を見て、フレデリックは己の原点を取り戻せた。同時に、多少の苦難に文句を思っていた自分を恥じた。
 ――俺も彼のような立派な人間になりたい。
 フレデリックは腹に巻いた和紙を触りながら、さらなる修練を積むことを天に誓った。
 ――親愛なるジャンヌ姉さんへ
 私の魔力鳥は無事に届いたでしょうか。姉さん、お元気ですか? 前回のお手紙より遅くなってしまいましたね。申し訳ありません。強い魔物に襲われた影響で、回復に時間がかかったのです。
 実は……私は今、人間の村に滞在しています。どうか怒らないで聞いてください。姉さんが今どんな顔をして、この手紙を読んでいるかはわかります。「人間を知るため国を出たい」とお願いしたときでさえ、姉さんはとても怒ったのですから。姉さんの王女としての責務は重々承知しています。父上と母上がともに病に臥す中、第二王女の私などより、ずっとずっと強いプレッシャーの毎日でしょう。
 ――“近くで見てもよいが、人間とともには暮らさない”。
 国を出るとき交わした誓いを破ってしまい、すみません。心優しい村人たちに、何か恩返ししたかったのです。
 私がいるのは、“キウハダル”という辺境の村です。大辺境と言われるくらい人間の都市部から離れた場所で、食材も素材も粗悪な物ばかり。ポーションなどを作って恩返ししたくもできず、悔しい思いを抱いていたときでした。
 一人の少年が訪れたのです。
 ――リシャール・ヴェルガンディ。
 この村の領主、リシャール様です。重要人物なので覚えてください。貴族の令息らしいですが、外れジョブを授かったのが原因で追放されたと聞きました。そのような辛い目に遭ったのならば、心も折れてしまうのが普通……。
 ところが、リシャール様は違いました。まだ齢10歳ながら、領主として立派に村人を導いているのです。
 リシャール様のジョブは、紙を作る不思議なジョブでした。魔法で紙を出すのかと思っていましたが違いました。木の皮から繊維を取り出して、水に混ぜて、板の上に掬い上げて……文字通り一から作るのです。
 想像つきますか?
 数百枚の紙を、自分の手で生産する……。近くで見学してましたが……恐ろしく大変な作業でした。春の気配はするものの、まだ冬は色濃く残る。水だって冷たいはず……。あの小さな身体のどこに、そこまでのエネルギーが宿っているのでしょう。リシャール様は“和紙”と呼んでおり、私たちが普段から使う紙とまったく別物のようです。どれほどすごい紙か姉さんにも知ってほしく、少し分けてもらいました。
 この紙はリシャール様が漉いた紙です。とても良い手触りで美しい白色でしょう? エルフの長い歴史でも、これほど素晴らしい紙を見たのは初めてです。人間はこんな物まで作れるのです。
 すごいと思いませんか? 私たちエルフには絶対にできません。
 リシャール様は村人の生活を豊かにするため、自分の紙を行商人の野営地へ売りに行きました。立派な行動力ですね。大人相手の行商人にも怖じ気づくことなく、商売をやり遂げました。
 王国騎士団の一隊も訪れたことがあり、防寒具と灯りの提供を求められました。ただ、あいにくと村にある物はどれも重くて運搬には不適切。そこで、リシャール様は紙を使って解決することにしました。紙で? と思うでしょうが、リシャール様は類まれな発想力で二つのすごい和紙を作りました。火属性の魔物の皮を練り込んだ和紙に、光るコケの繊維を取り込んだ和紙。
 紙って……あんなに暖かいのですね。
 身体に巻き付けるだけで太陽の下にいるみたいでしたよ。光る紙は魔力を込めて丸めると浮かぶことができ、優しく辺りを照らします。紙はかさばらないし軽いので、騎士たちも大変に喜んでました。
 他人のために頑張る小さな少年……。尊い気持ちで胸があふれます。紙を漉くリシャール様は元気いっぱいで可愛く、見ているだけで心が温かくなります。その光景も、いずれ姉さんに見てほしいです。
 姉さんが思うほど……人間は悪い種族ではありません。この村で暮らすうち、リシャール様の近くで過ごすうち、そんな気持ちが国にいた頃より強くなりました。もちろん、中には悪の心を持つ者たちもいます。でも、それはエルフも同じなのです。
 人間も私たちも、本質は同じ。いがみ合うのではなく、手を取り合うべき存在なのです。
 私はもうしばらく、この村で暮らそうと思います。幼い子どもである(失礼ですが)リシャール様が、村を……村人を……さらには来訪者さえ幸せにする光景を見たい。それがエルフと人間……両者を結ぶきっかけになりそうな気がするのです。
 姉さんも、いつかこの村に来てみてください。そうすれば、私の言っていることがわかると思います。どうか、お身体に気をつけて。
――大事な姉の健康と幸せをいつも思う妹より。……愛を込めて
【リシャール歴_1年25日~30日】
 “月虹商会”と取引を結んだ後も、リシャールさまは変わらず紙を漉く毎日だ。子どもたちの間では“紙漉きごっこ”が流行っているらしく、板を水に漬けてバシャバシャと遊ぶ光景が村のあちこちで見られる。リシャールさまの道具と同じような玩具を作ってあげたら大喜びされた(私は大工仕事がわりかし得意である)。
 紙を漉く毎日の中、“キウハダル”全体の探索も行った。北には湖があり、村の水源として使われている。東から南には森が広がり、西は荒れ地。
 森ではリシャールさまが望む糊として使えそうな素材を探した。ヒカリ苔という光る苔は入手できたが、リシャールさまが欲しい植物は見つからなかった。残念だ。私が思うより、珍しい植物なのかもしれない。
 探索をしていると火焔蜥蜴が出現したので、【剣聖】ジョブを使い切り刻んでおいた。リシャールさまが「和紙の素材に使えるかも……」と言うので、皮を渡すとヒカリ苔とともに嬉しそうに細かく加工していた。隅にイラストとして記録しておくので、参照されたし。
 探索が終わった夜。王国騎士団の一行が村を尋ねた。“北方警備隊”の副隊長アランさんと、四人の騎士たちだ。防寒具と灯りの燃料が欲しいとのこと。村にはどちらもあるが、あいにくと重い物ばかりだ。北方地域まで運ぶのは難儀だと考えられる。
 そこで、リシャールさまは専用の特別な和紙を作ると提案した。“温かい和紙”に“光る和紙”。どんな品になるのか、今から楽しみだ。

【リシャール歴_1年31日~42日】
 翌日から、さっそく和紙の生産が始まった。温かい和紙は火焔蜥蜴の皮を、光る和紙はヒカリ苔の繊維を使うそうだ。ちょうど素材が入手できてよかった。
 諸々の準備の後、リシャールさまが紙を漉き始めると、アランさんたちは圧倒されていた。パワーあふれる光景だからしょうがないだろう。和紙の製作は順調に進み、二種類の和紙が生産された。巻きつけるとお風呂のような温かさをもたらす“懐炉和紙”に、魔力を包むと自動で浮遊し優しく照らす“灯り和紙”。やはり軽くて持ち運びしやすく保管スぺースも少ないのはありがたいようで、アランさん一行は大変に喜んでいた。
 温かく明るい……まるで、リシャールさまの心が具現化したような和紙だ。これも村の新しい特産品になるだろう。「“月虹商会”に卸してみては?」と、リシャールさまに進言すると快諾された。
 ナタリーさんが村に来ると困るので、手紙でやり取りを進める予定だ。
「……それでは、皆さん。準備はいいですか?」
 ここは村の中央広場。外に設置されたテーブルの上には、ところ狭しと豪華な食材が並ぶ。キアラさんの言葉が響くと、村人たちは厳かな表情で盃を上げた。
「リシャール様の領主就任三か月を記念して…………乾杯!」
「「乾杯!」」
 大きな歓声とともに、盃のぶつかる軽快な音が響く。僕が“キウハダル”に来て、今日でちょうど二か月が経った。和紙を漉いてたら、なんだかあっという間だったな。ヴェルガンディ家での日々より濃厚かもしれない。食事も今や見違えるように豪華で、村人のおいしそうな笑顔に“耀き葡萄のジュース”(月明かりが当たると実が耀く葡萄で、爽やかな風味。僕のお気に入り)が進む。
 しばらく食事が進むと、ぞろぞろと村人が僕とフロランスの前に集まった。先頭にはレイナちゃんとマリアちゃん。二人は何枚かの和紙を持っている。どうしたんだろう……と思っていたら、傍らのフロランスがこそっと僕の耳元で話した。
「リシャールさまにみんなからプレゼントがあるって」
「え? プレゼント?」
 村人が整列すると、緊張した様子のレイナちゃんとマリアちゃんが言った。
「リ、リシャールさま。毎日のありがとうを込めて、紙芝居を作りました」
「き、聞いてくれますか?」
「ほんとに!? 嬉しい! ぜひ聞きたいよ!」
 紙芝居なんて、そんなの絶対に聞きたい。ワクワクしながら待っていると、二人は顔を見合わせ、深呼吸してから始めてくれた。
「私たちが住む村は貧しく、食べ物も少ししかありませんでした……」
「……でも、そんなある日、優しいお兄ちゃんが来てくれました」
 レイナちゃんとマリアちゃんの紙芝居が披露される。僕が“キウハダル”に来る前と来た後の対比が描かれている……。貧しかった村が少しずつ豊かになる紙芝居は、今までの毎日を見返しているようだ。村人の暗い顔がだんだん笑顔に変わっていくのを見て、頑張ってよかったと心から思った。僕とフロランスも可愛く描いてくれた(紙漉きのシーンは、客観的な自分の状態を見れた)。
 そして、絵が描かれているのは、もちろん僕が作った和紙。じんわりした思いで紙芝居を見る。
「「……これからも、私たちはリシャールさまと一緒に過ごしたいです。リシャールさま、いつもありがとう」」
「「おおおー! 我らが無限麒麟児リシャール様ー!」」
 胸が感動でいっぱいだ。まさしく……最高のプレゼントだった。
「レイナちゃん、マリアちゃん、村のみなさん……ありがとうございます。こんな素晴らしい紙芝居を作ってくださって……僕は嬉しい……嬉しいです!」
 感極まって泣いてしまいそうだ。懸命に涙を堪える中、村人が僕の周りに集まる。
「リシャール様のおかげで、私たちは得意なことや好きなことに熱中できるようになりました。紙芝居の背景を描くのも手伝ったりしたんですよ」
「今までは先行きの見えない毎日でしたが、リシャール様が就任されて明るい未来が待っているんだと思えるようになったのです」
「紙で人々の暮らしを良くできる人なんて、あなた様以外には絶対にいません」
 みんなに紙芝居のお礼を言っていたら、ふいに村の入り口が騒がしくなった。数人の鎧を着た人物が近づく。
「リシャール様、また突然に訪問してしまい失礼いたします」
「アランさん! 騎士団の皆さんも!」
 なんと、アランさんたち一行だった。久しぶりの再会だ。
「実はですね。北方警備隊に王国魔術師団の幹部が合流しまして。北方地域で封じている強力な魔物の防御結界を張り直すことになりました。ですが、度重なる魔物の襲撃で結界の修復に大変な時間がかかりそうなのです。そこで、魔法の効力を強めるような和紙を、もしできれば作っていただけないかと思いまして……」
「ぜひ、やらせてください!」
 なにそれ。すごい楽しそう。絶対に漉かせていただきたい。さっそくアランさんたちから詳しい話を聞いていると、また村の入り口が騒がしくなった。
「今日は宴か? 私も混ぜてもらおうか」
「ナタリーさん! シシリアさんにヘレナさんも!」
 なんと、“月虹商会”の方々もお目見えになった。今日はお客さんがいっぱいだ。
「実はだな、勇者パーティーから“絶対に燃えない”防具が欲しいと頼まれた。近日、Sランクの魔物、獄炎龍の討伐に向かうらしい。動きを制限せず、軽くて薄い物が良いとも言われた。だが、あいにくとそんな物は商会にない。そこでだ、リシャールきゅん……こほん、リシャール。力を貸してくれないか? “燃えない紙”なんて矛盾もいいところだが、お前なら作れると思うんだ」
「ぜひ、やらせてください!」
 なにそれ。すごい楽しそう(二回目)。快くお引き受けした。一緒にご飯を食べたそうにしているナタリーさんに、なぜかジト目のフロランスが言う。
「ナタリーさんは専用のテントでお酒でも飲んでた方がいいんじゃない?」
「……おい、メイド。さりげなく私を追い払おうとするのはなぜだ」
「まぁまぁ! 二人とも落ち着いてっ!」
 わいわいと賑やかさが増す村で静かに誓う。みんなの幸せのために……そして、自分の思い描く最高の和紙を作るため、僕は明日も紙を漉き続けると。

 ◆◆◆

「げ……“月虹商会”が契約を打ち切るだとぉ!?」
 ナタリーから届いた文書を開けた瞬間、ファブリスは悲鳴に近い叫び声を上げた。本日付で取引を打ち切る旨が端的に記されていた。リシャールが漉いた紙に切り替えるとも……。“月虹商会”は一番の得意先。契約が終了したら、大損害もいいところだ。
 しばし、ファブリスは呆然とすることができなかった。震える目で見ていると気づいた。どうやら、この手紙も愚息のリシャールが生産した紙らしい。ファブリスの心にはもはや、仕事を奪われた憎しみしかなかった。
「我輩の仕事を奪いおったな! 許さん! こんな紙破り捨ててやる……ぐあああ、指が切れた!」
 リシャールの和紙は頑丈で破くことはできず、逆に指が切られる始末だった。ファブリスが執務室でキレる中、深く項垂れたリビオが入室する。
「ち、父上、失礼します」
「リビオ! 魔道具の製作はどうなっている! 今度はうまくいったんだろうな!?」
「それが……なかなかうまくいかなくてですね……」
「なんだと!? いくら素材を無駄にすれば気が済む! お前は【大錬金術師】だろぉ!」
 リビオのジョブ自体は最高峰の力だった。だが、強大な力ほど習得には、地道で基礎的な修練が必要。元来怠け者のリビオに修行などはできず、創意工夫を働かせることもなく、失敗から学ぶこともない。
 結果、貴重で高額な素材を無駄にしては、ヴェルガンディ家の家計を圧迫する日々を送っていた。
 ――悪紙は良紙に駆逐される。
 それが今ここに、証明されようとしていた。
 リシャールは魔力を増幅する紙について思案した結果、北方に棲息する“魔力を増幅する器官”を持つ素早い魔物の素材を使うことに決めた。アランたちに聞いたところ、目撃情報が多数あった。新鮮な方が良いので、アランたちに頼み、領民の何人かを連れ北方の拠点に行く。王国魔術師団とも顔を合わせ、フロランスたちともにリシャール考案の罠で魔物を捕獲する。その場で紙を漉き、魔力を増幅させる和紙“魔力増幅和紙”を作る。王国魔術師団に試しに使ってもらうと、今までの魔法札の10倍近い効力が得られた。報酬として多額の金品を貰い、リシャールとフロランス、領民たちは領地に戻る。魔術師団幹部に視点変更。“魔力増幅和紙”で無事に防護結界を張り直す。幹部はあまりの効力に感激し、アランたちとともに国王に報告すべきだと考える。幹部は王宮に帰還し、国王にリシャールの話をする。視点変更終。
 次は、以前使った火焔蜥蜴の残りを加工し、絶対に燃えない和紙“不燃和紙”を作る。完成したところで勇者パーティーが領地に来て、S級魔法使いの火魔法でも燃えない和紙に驚く。リシャールは“不燃和紙”を渡すと、「討伐できたら君の名も歴史書に刻んでもらう」と言われる。勇者視点に変更。“不燃和紙”のおかげで、大変に強力な龍を討伐できた。国王への討伐報告時、リシャールのおかげだと話す。視点変更終。
 和紙のおかげで領地も徐々に発展しており、リシャールは領民から感謝される日々を送る。ある日、月虹商会から新しい依頼――紙で作った服や鞄の製作を受ける。王女が新しいタイプの衣服が欲しいとのこと。リシャールはフロランスや領民と一緒にデザインを考え、和紙の服を作る。月虹商会が王女に届けたところ、大変に喜ばれる。紙服は宮殿、市民にも流行する。王女と国王はリシャールに会いたくなり、エルフ国との国境回復の会議への出席を打診し、リシャールも王宮に向かう。
 一方、実家。月虹商会を経由してリシャールの良質な紙が流通し、経営が傾く。リビオがジョブで良質な紙を作ろうとするも悉く失敗し、高価な素材を無駄にする。リビオと父は王国の宝物庫にある貴重な紙を盗みだし、それを元に紙を作ろうとする。だが、盗む最中で騎士団に捕まり紙を破く。実は、その紙は絵画が趣味のキアラ姉に絵を描いてもらい、国交回復の証にする予定だった。リシャールは国王と王女に相談され、特大の最高峰の和紙を作る。キアラ姉が素晴らしい絵を描き、無事に王国とエルフ国は国交が回復。リビオと父は爵位を剥奪され、リシャールに助けられたことを知り、監獄行きとなる。リシャールは大好きな紙を漉く毎日に戻る。

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