野営地でナタリーさんとの契約を結んでから五日ほど経った。相変わらず、和紙を漉く毎日だけど、村人と一緒に食料や物資の整理も行い、ようやくひと段落ついた状態だ。日々の食事も栄養価あるものに変わり、家々の修理も進み、村の雰囲気は少しずつ明るくなっている。まだまだ貧しいけど、この調子で村を発展させたいな。
 朝食を済ませたところで、フロランスとともに外を出た。
「リシャールさま、今日も和紙漉くの?」
「いや、その前に領地全体を見て回ろうと思う。和紙の材料が見つかるかもしれないし、ここがどんな場所か早めに把握しておくべきだから」
「……なるほど。領主様としての自覚があって偉いっ」
「頭は撫でなくていいのっ」
 気を抜くと撫で撫でされてしまうのはなんでだ。何はともあれ二人でキアラさんのところに行き、案内をお願いする。
「……というわけで、キアラさん。お時間があったら“キウハダル”を案内してくれませんか?」
「ええ、もちろんです。ですが、ちょっとだけ待ってくださいね」
 キアラさんは両手を口に当て、すぅっと息を吸い込んだ。
 な、なんだ?
 と思うや否や、可愛い声を張り上げなさった。
「皆さま~、無限麒麟児リシャール様が領地を見て回るそうですよ~! 集まってくださ~い!」
「え!」
「「大変だ、こうしちゃいられん! 無限麒麟児リシャール様のお供につかなければ!」」
 キアラさんが呼びかけると、瞬く間に村人たちが大集合した。老若男女、50人くらいの集団ができあがる。結局、みんなと一緒に“キウハダル”全体を歩いて回ることになってしまった。
 まずは北に向かう。国境を隔てる山脈から下った川が大きな湖を作っており、村の主な水源だと聞いた。魚は捕れるものの、どれも低級の種類でとても値打ちはつかないとも。
 “キウハダル”の東から南にかけては森が広がっており、ここで野草や木の実などを採取するのが主な食料の入手ルートとのこと。
 西は荒れ地がほとんどを占めるということもわかった。森では“トロロアオイ”に似た花や、粘液を出す植物を、村人にも協力してもらい小一時間ほど探すも、残念ながら発見できなかった。
 傍らのフロランスが腰に手を当て言う。
「リシャールさまが欲しい植物は生えてないねぇ。残念無念」
「う~ん、しばらくは魔力で代用するしかないか。……そうだ、ナタリーさんに相談してみようかな。再来週くらいにまた来るみたいだし」
 僕がそう言うと、フロランスの眉がぴくりと動いた。
「ナタリーさんには私が言っておくね。手紙を出しといてあげる。別に来なくても手紙でやり取りすればいいよ。リシャールさまの話から私がイラストを描くし」
「え? でも、直接話した方が……」
「いいから」
 思いのほかフロランスの押しが強く、ナタリーさんには手紙を出すことに決まった。

 夜。夕食終わり、フロランスと一緒に領地経営のプランを考えていると、家のドアの下方がコンコンと叩かれた。
「「領主さまー。こんばんはー。開けてー」」
「はい、今行き……」
「リシャールさまは座ってていいよ。私が開けるね」
 フロランスが扉を開けると、二人の幼い子どもが入ってきた。彼らは村の子どもたちで姉妹。姉がレイナちゃん、妹はマリアちゃん。くせっ毛の茶髪がよく似ている。二人は村の外を指しながら言う。
「あのね、お客さん来た」
「よろいのお客さんだよ」
「「鎧のお客さん?」」
 フロランスと一緒に二人の後をついていくと、村の広場からざわざわとしたどよめきが聞こえてきた。レイナちゃんたちが言うように、中央には五人ほどの鎧を来た男性が疲れた様子で座っている。キアラさんと村人が水や食べ物を渡す。冒険者風の人たちだが、鎧に刻まれた太陽の紋章が光に照らされたとき、冒険者の類ではないとわかった。
 彼らは……ザロイス王国の王国騎士団だ。
 騎士の中でも優秀な実力者しか入れない組織……。やや緊張しながら歩いていくと、キアラさんが僕とフロランスに気づいた。
「みなさま、領主の無限麒麟児リシャール様がいらっしゃいました」
「領主様ですと? ……申し遅れました。私は王国騎士団“北方警備隊副隊長”、アランと申します」
「は、初めまして、領主のリシャールです。こっちはメイドのフロランス」
 騎士団の皆さんは一斉に立ち上がり、ビシッと敬礼した。圧倒されるくらいの軍人っぷりだ。アランさんは険しい表情のまま話す。
「突然の訪問及び村の物資を消費してしまっていること、謝罪いたします」
「いえ、別に構いませんが……どうされたのですか? ずいぶんと疲れてらっしゃるようですが」
 怪我などはしていないようだが、彼らの顔には疲労が滲む。アランさんは周りの騎士と顔を見合わせると、言いにくそうに話し出した。
「実は……北方地域の天候が急に荒れ始めまして。寒さが増し、魔物の襲撃などもあり薪などの燃料を使い切ってしまったのです。夜は寒く、ろくな灯りもつけられない状況です。そこで私たちは隊長に命じられ、防寒具や灯りなどの物資を探しておりました。“キウハダル”を歩いていたところ、こちらの村を発見しお邪魔した次第です」
「……そうだったのですか。それは大変でしたね」
 和紙の売却で入手したランプなどの明かりが灯り、村はだいぶ明るくなった。以前は真っ暗闇だったそうなので、誰も村の存在に気づかなかったのだろう。
「不躾なお願いで申し訳ないのですが、防寒具と灯りをわけていただけませんか? 行商人の野営地は少々遠く、恥ずかしいことに資金も底をついており……。彼らはツケを認めないので、購入を断念してしまいました」
「なるほど……。もちろん提供したいのですが、重くないでしょうか」
 防寒具もランプも頑丈な物を頼んだので大型で重い物ばかりだ。フロランスや村人たちが余りを持ってきてくれたけど、どれもずしりと結構な重さだった。
 前線に運ぶとなると、いくら屈強な男たちでも大変だろう。アランさんたちは真剣な顔で重さを確認する。
「……たしかに、重いですね。でも、これくらいどうってことありません。何しろ、提供いいただいたのですから、文句など言えません」
「あっ、ちょっと待ってください。別の良い品が作れるかもしれません。寒さと明るさ、両方解消できる軽い物が」
 そう言うと、アランさんたちは手を止めた。
「そんな便利なアイテムがあるのですか?」
「はい、和紙です」
「「……鷲?」」
「リシャールさまが言っているのは紙のことだよ」
 たぶん、彼らの頭には鳥が浮かんだと思う。フロランスが説明してくれるものの、僕の心はとある思いでいっぱいだった。
 “暖かい和紙”に“光る和紙”……。
 偶然、ちょうど良い素材を森の中で見つけたのだ。アランさんたちのためではあるけど、考えただけで楽しくなってきた。
 ――そんな和紙、異世界じゃないと絶対に作れない!
 今日はもう遅いのでアランさんたちには泊まってもらい、翌日からさっそく和紙を作ることになった。