早朝5時
いくら太陽に恵まれている九州地方であっても、4月は真夜中のように暗い
鬱蒼とした森の中に建つ2階建ての一軒家
ぽつりぽつりと窓が光り、黒い人影が忙しなく家の中を往来する
少女は洗面台の前に立ち、黒いセーラー服に桃色のリボンを締め、髪を結う
つい2週間前に美容室で髪を切ったというのに、肩に触れる程度の黒髪が、背中に触れる程度の長さに伸びている
少女は身なりを整えると、自室に行き、鞄を取る
部屋は14畳の和室で、年頃の女の子の部屋と言えば遊び心がなく、殺風景としている
壁伝いに並ぶ家具と家具の合間にくすんだ青色のエレキ・ギターがある
ディアンジェリコ製のセミ・アコだ
少女は忘れ物がないか部屋を見渡す
ギターの前で視線が止まり手を伸ばすが、すぐに引っ込めた
少女は鞄を肩に掛け、部屋を出る

「いってきます」

玄関の扉を開くと、ビュッと冷たい風が頬をつねる
目の前にタクシーが停まっている
少女は扉が開くと乗り込んだ

「よろしくお願いします」
「あいよ」

扉が閉まり、タクシーは峠道を下りる



東京から西に遠く離れた田舎町は、緩やかに年老いていった
町内を走る路線バスは廃線
運転免許を持てない子供達は、自転車か親の送迎かが交通手段だ
高校生になると10キロメートル以上の長距離通学となることもある
町の援助もあってか、自宅から最寄り駅までは、無償でタクシーの送迎となっている
本当は寮生活を送る選択肢もあった
しかし、少女は断った
介護疲れで病んだ母親を家に置くことは少女には難しい選択であったからだ
タクシーは鬼瀬駅の前に停まる
少女は運転手に礼を言って降り、駅のホームへ向かう
ホームには、複数の高校の生徒達が気動車を待っていた
丁度タイミングよく気動車がホームに停止する
少女は乗り込むとつり革を掴み、慌しく流れる車窓の景色を眺めた
森を抜けると住宅地が広がり、高層マンションや商業施設が見える
少女も物心がつく前にこの市街地のマンションで暮らしていた
祖父母が交通事故に遭い介護が必要になると今の家に移り住むようになったのだ
一昨年の暮れ祖父は他界し、後を追うように、半年後祖母が他界した
両親は長年の介護から解放され離婚し、今は母親と少女の二人暮らしだ
開放されたのは少女も同じだ
糞尿の匂いがする家は思春期の少女の基準では、人が呼べる家ではなかった
いつも他人の家で遊ぶ少女を、ある家の母親は図々しい娘と揶揄した
いつしか友達は少女と距離を置くようになった
以来、少女は孤立し今に至る
これから先、友達は出来るのだろうか
少女は一抹の不安を抱えながら、古国府駅で降りた