部屋に入ったアークは扉を閉め、大きな溜息を()く。
 部屋には水晶を加工して作った水槽がたくさん並べてあった。
 水槽では種々雑多な昆虫を飼育していて、アークはこの部屋で昆虫の研究をしていた。
 アークは部屋の中央に進み、そこに置かれた安楽椅子に身を沈める。
 なにをする(わけ)でも無く、アークは取り出した水晶球をもて遊びながら、隣の部屋にいる人物のことを考えていた。

 ルナテミスに(だれ)かが訪ねてくるのは久しぶりだった。
 しかしそれはただ久しぶりと言うだけで、格別珍しいことでは無い。
 湖の向こうのドラゴン討伐に来た(もの)は、必ず此処を訪ねて()る。
 湖の中央にある島にドラゴンが存在し、それを討伐しようと思う(もの)が居る限り、どんなに期間が開いたとしても、此処には(だれ)かがやってくる。
 そういう意味ではファルサーも、それら十把一絡げの訪問者の一人に過ぎない。
 なのにどうして、こんなにファルサーのことが気に掛かるのか?
 どんなに考えても、ファルサーの(もう)し出に応える義理は何も無い。
 アークは目を閉じて、自分がこんな人里離れた山の上に、独りで暮らしている理由を思い出す。
 それは自分が人間(リオン)とは異なる種族だと気付いたからだ。
 だがそのことに気付いたのが、いつのことだったのか、あまりにも遠くて思い出そうにも思い出せない。

 記憶にある子供の頃には養父母がいて、人間(リオン)の村落で暮らしていた。
 当時から既に自分と周りとの違和感に気付いていたが、養父母はアークを家族としてきちんと扱ってくれたし、村落の養父母以外の(もの)達もアークの異質を受け入れてくれていた。
 違和感がハッキリとした疎外感に変わったのは、流行り病で養父母を亡くしてからだ。
 病魔は養父母のみならず村人達の命も奪い、最終的に村落そのものが離散した。
 そして、それを境に温かみのある生活とは無縁になった。
 流行り病で村落がほぼ壊滅したような場所からやってきた孤児…と言うだけでも忌み嫌われる要素として充分だが、更にアークは魔力持ち(セイズ)だった。
 養父母に守られていた頃は、アークが魔力(ガルドル)を使うことを、(だれ)も忌避しなかった。
 だからそのつもりで(じゅつ)を使ったアークは、人間(リオン)魔力(ガルドル)を忌み嫌うことをそこで初めて知ったのだ。

 同じように魔力持ち(セイズ)だとして、持たざる者(ノーマル)のコミュニティから弾き出されてしまった(もの)達が集まっているところに身を寄せてみた。
 だが、先程ファルサーの問いに答えた通り、アークの能力値(ステータス)は特出している。
 単なる魔力持ち(セイズ)ではないために、アークは彼等のコミュニティからもまた、弾き出されてしまった。
 コミュニケーション能力もろくに身に付けていない子供が、周囲から距離を置かれる理由も解らないまま疎外され、孤立させられてしまった。

 アルビノのような色素の薄い相貌を持っているが、本当のアルビノでは無い。
 それどころか、アークには性別すら無かった。
 不幸中の幸いは、飛び抜けた魔力(ガルドル)を持つことと、アルビノ(まが)いの外見によって、極端に忌避されたことだ。
 後ろ盾の無い容姿の整った子供は、年上の子供や更にその上の大人などから、手篭めにされることがままあるが、上記の理由により避けられたために、アークはそうした乱暴をされることは無く、性別が無い事実も周りに知られず済んだのだった。
 ただそれは、アークのアイデンティティを揺らがせる理由にもなった。

 当時のアークは、ファルサーと同様に、ヒトガタをした種族は人間(リオン)しか存在しないと思っていた。
 怪力で苛烈だが心優しき角を持つ(もの)、自然と調和して森と心を通じ合わせる耳の長い(もの)と言った "おとぎ話" は存在するが、そこに登場するヒトならざる者(ヴァリアント)は、あくまでも想像だと教えられた。
 それが人間(リオン)の常識であり、そう教育されるのが当たり前だったからだ。