「いや驚いた、あんな凄い風呂場を、どうやって作ったんです?!」

 部屋に戻ったファルサーは、そこに居たアークにやや興奮気味に話しかけた。

「私がそんな土木労働をするような、物好きに見えるかね?」
「物好きかどうかはともかく、労働をするようなタイプには見えないな」
「そうだろうな。そこに食事を用意した。物足りなかった場合は言ってくれれば、追加を用意する」

 テーブルの上には、パンとスープが置かれていた。

「いただこう」

 ファルサーは椅子に腰を降ろし、食事に手を付けた。
 手に取ったパンは石のように堅く、スープは熱々だったが味が殆どしない。
 だがファルサーはそのことに文句は言わなかった。
 アークは部屋の奥にある調合台に向かって、なにやら作業をしている。

「ここに、ずっと独りで?」

 食事をしながら、ファルサーはなんとなく作業をしているアークに話し掛ける。

「そうだ」
「寂しくはないのか?」
「独りのほうが、気兼ねがなくて良い」

 アークの返事は素っ気なかったが、話し掛けられることを拒絶している様子では無い。

「何の作業をしてるんだ?」
「薬の調合だ」
「秘薬か何かの?」
「ただの血止めの軟膏や、咳止めのドロップだ」
「僕が集めていた植物は、それに使われているのか?」
「一部はな」
「それを、どうする?」
「町の市場に持っていく。ただの暇つぶしだ」
「収入ではなくて?」
「収入など、必要無い」

 奇妙な返事だな…とファルサーは思った。
 しかし一方で、どれほど整えられた軍隊であっても、湖を渡るにはアークの手を借りねばならないとの話を、此処に()る前に聞かされていたから、そんなものなのかもしれないな…とも考えた。

 島に棲むドラゴンは非常に危険な妖魔(モンスター)で、ちょっとした軍備を所持しているならば、この近隣で被害を受けた歴史を持たない国は無い。
 過去においては、各国の協力の下、大掛かりな討伐隊が編成され派遣されたが、未だ討伐されること無く、棲み続けている。
 強国が所有する巨大な(バリスタ)から打ち出された、鉄製の矢を受けてなお傷一つつかず、射掛けられたそれを噛み砕き、あまつさえそれら鉄製の巨大な武器を、口から放つ火炎で易々と溶解し食らったと言う。
 また周囲への魔気(ガルドレート)も討伐の際の障害になっていて、最大規模の遠征時には、魔障(ガルドリング)を防ぐために100人以上の高位魔導士(セイドラー)を揃えたとも伝えられている。
 簡単に言えば殲滅させることが不可能な最上級の幻獣族(ファンタズマ)であり、どんな周到な準備をした軍隊であっても、最後は這々の(てい)で逃げていくのがお決まりのパターンと言われている。

 そんな軍隊でさえも、湖を渡るためには "隠者のビショップ" の手を借りねばならない…と、ファルサーにアークの存在を教えた老爺が語っていたのを思い出す。
 更にアークは、ファルサーに対して渡航するのに具体的な金額を請求しなかったことも考え合わせると、それらの軍が渡航する時にかなりの金額を渡されたのだろうな…と想像出来た。