冬馬(とうま)、ちょっとこっち来てくれる?」
 お袋に呼ばれて、そこそこの返事をしながら階段を下った。

 隣の部屋から、中年の男の声が漏れてくる。もちろんそれはリモート会議中の親父の声なのだが……壁が薄いためか、めちゃめちゃ聞こえてくる。

 ちょっとイライラするんだよなぁ……。


 一階に降りてくる。

 お袋が台所で、夕飯の準備を進めていた……のではなく、エプロンを付けたまま、スマホを見ていた。呼び出したっていうのに、呑気にスマホ見ているのかよ。

「着いたぞ、お袋」
「ん。冬馬、これさっき、崎原くんのママから送られてきたんだけど」

 崎原……とは、俺の同級生だ。とはいっても今は違う学校で、小中と一緒だった関係。ちなみに崎原は、このマンションの大家さんの隣の家である。ややこしい。

 お袋がスマホ画面を見せた。どうやらママ友のグループLINEを見ていたらしい。確かに、何やらプリントのようなデザインの画像が送られてきている。送り主は、崎原真由子──つまり崎原のオカンだ。

「何々?」

 一体なんで、そんなプリントじみたデザインの画像を送ってくるのやら。
 ただよく見れば、作成主は崎原ママではなく、俺が小六のときの学年担任だった。ていうか卒業して五年の歳月が経つが、まだ学校、用があるのか?

 ただ、あったらしい。

 * * *

拝啓
 新緑の候
 皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて、このたび、大原区立高野宮小学校〇〇年度卒業生同窓会を開催する運びとなりました。
 お忙しことと存じますが、多数のご参加を心よりお待ちしております。
敬具

 * * *

 発行日も比較的今日に近いため、やはりこの間に作られたものらしい。
「へえ、同窓会か」

 それまでそんなものに興味はなかったが、折角の機会だし、行ってみるのも悪くはないだろう。特に当日に予定は入っていないし。強いて、宅配便がやってくるくらいか。

 それに、と俺は思う。
 それに、小学校の同級生には、一人、思い出深い人がいるからな。

「あら冬馬、珍しく興味津々ね。行ってみる?」
「行く!」
「何で乗り気なのかお母さん分からないけど。当日は家に誰もいなくなるから、自分でちゃんと時間確認してよ」
「はーい」

 なんだ、宅配便とはいっても、置き配だったのか。なら俺も、特に心配する必要はなさそうだな。
 うーんと背伸びして、元の自分の部屋に戻る。

 しっかし小学校の同窓会かぁ。行ってみようと思ったこともなかったな。
 あの子に会えるといいけど……。


 俺のいう「あの子」とは、クラスの女子のことではなかった。


 俺の初恋の相手ではあるが……男子である。

 彼の名前は榊優希といい、外見は割と中性的な感じだった。ボーイッシュな女子にもガーリッシュな男子にも見えるから、最初はちょっと変な目で見られてたけど。

 でも、クラスの男子が惹かれる女子たちには、どうしてか惹かれなくて……。
 今思えば、俺の恋愛対象が男なだけだったんだと思うけど、小学校時代にそんなのが分かる訳はなく、上手くそういうのを理解できないまま、優希を目で追っていた。

 理由はそれだけじゃなかったと思う。
 誰に対しても優しくて、正義感が強くて、成績優秀で、運動神経も良くて……おまけにカリスマ性というか、そういう芸能人みたいなオーラが全身から出ていたんだ。

 んまあ、俺自身は当時から「非リア充」だったから、なかなか優希の側には居られなかったから、完全に俺の片想いだけどな。
 あいつは「リア充です」と顔に書いてあるレベルだったから、到底俺の手が届くところには居なかったんだよ。

 でも、あいつが弓道の県大会で準優勝した結果、学校中に優希の伝説が発生。彼を異性と見る女子が大量発生し、優希はいつしか、休み時間も休まらなくなっていた……。

 ほんの少しでも時間があったら、告白が殺到するらしい。やべーな、本当に。

 そしてフると……「なんで私じゃダメなの!?」と言わんばかりの嫌がらせが待ち受けている。下駄箱に「キモい」「くたばれ」「死ね」なんて書かれた紙を突っ込まれたり、彼の気に入っている物を壊したり、なんてことが日常だったらしい。
 ただその状況が、俺は大嫌いで……何とかしたくて、彼をいじめる女子たちのことを先生に言ってあげたり、彼の相談に乗ってあげたりした。

 こう言ってはなんだが、俺にとっては、優希に近づけた思い出である。
 一方の優希も、俺に相談するたびに、顔が明るくなっていったような気がする。俺のお陰様で気持ちが前向きになったのかな……と、自意識過剰なことを考えたこともある。正直キモかったなぁ、と思う。

 でも、彼は私立中学校に、俺は近所の公立中学校に入学。特に接触の機会がなかったため、以降優希とは会えていなかった。
 優希、同窓会に来るといいな……。

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