妖精さん達と暮らそう

「妖精って色々な種類が居るんでしょ? 癒しの妖精って居ないの?」

 ある時、裕子ちゃんに尋ねられました。浅はかですね、裕子ちゃん。全ての妖精さんが癒し効果を持っているんです。そうなんです。でも、癒し効果ナンバーワンの妖精さんを敢えて上げるとすれば、音楽の妖精さんでしょうね。
 
 音楽が趣味って方は多いと思います。私個人としては、大好きって程では有りません。なのに何故、私の前に現れたのでしょう?

 試験勉強で徹夜が続いて、些か不眠症気味になっていた私は、電気を消しても目を瞑っても眠気が訪れずにいました。
 その時、何処からかギターの音が聴こえて来ました。クラシックギター独特のナイロン弦から奏でられた音は、優しく私の耳に響きます。ふと音のする方向を見ると居ました、妖精さんがちっちゃいギターを抱えていたんです。

 私はギターの柔らかい音色に意識を失い、気が付いた時には朝でした。いや~、ぐっすりでした。目覚めもスッキリ!

 それから暫くの間、寝る頃に現れてギターを弾いて、私を眠らせてくれました。アルファー波でも出してるんでしょうか? しっかりと眠る事が出来ると、一日の活力が違います。「睡眠って大事だね」と実感させられました。

 ただね、ギターを弾き始めるといつも寝てしまう私に、不満でも有ったのでしょうか? 寝る前以外でも現れる様になりました。しかも集団でですよ!

 ピアノから始まり、バイオリン等の弦楽器、トランペット等の管楽器、ちゃんと打楽器も。小さい楽器を抱えた妖精さん達の集団です、フルオーケストラです。

 楽器が小さいからってバカにしてはいけません。この感動をどう伝えれば良いでしょう。コンサートホールで一流オーケストラの演奏を聴いた時にこそ、こんな感動を味わえるんでしょう。多分そんな感じです。

 安い木造ワンルームで、大音量の演奏を流したらどうなるって? 普通なら近所迷惑満載ですよね。でも、ご心配無用です。
 音楽の妖精さんも謎パワー満載でした。音楽の妖精さんが奏でた音は、どうやら私以外には聴こえないようです。実は裕子ちゃんで実験しました。

 演奏する音楽は、クラシックに限りません。ロック、ジャズ、ブルース、何れも名曲の数々を再現してくれます。ヒップホップまでやってくれた時は驚きました、この子達って何でも有りかってね。

 そもそもエレキギターの音って、何処から聴こえて来るのよって思いません? そして、私は考えました。『この子達はTVの音を、映画館並みの大迫力にしてくれるのでは無いか』と。『何十万もする音響システムを揃えなくても、この子達なら可能じゃ無いか』と。
 
 欲をかいた私が馬鹿でした。
 音楽の妖精さんは、TVの音を映画の迫力にはしてくれませんでした。何と言うか、デジタル、アナログ等音質に関係無く、作られた音を変化させる事は出来ない様です。裕子ちゃんの家に有るミニアンプでも試しましたが、結果は同じです。

 要するに音楽の妖精さんは、音を操る妖精さんじゃ無く、音楽を奏でる妖精さんという事です。
 まぁでもね。この子達が奏でる音楽は、すっごく癒されるんですよ。有名な曲を再現してくれますが、この子達のオリジナル曲は特に最高です。
 
 この子達のおかげで分かった事ですが、音楽はその場所、時間、雰囲気によって合った曲が変わります。例えば朝は元気が出る曲、寝る前は静かな曲みたいに。
 この子達は、的確に雰囲気に合った曲を奏でてくれます。ただでさえ美味しい、お料理の妖精さんが作った料理が、更に美味しく感じるんです。私の部屋が一瞬にして高級料理店に。いや、王室御用達に! って、私は何を言ってるんでしょう。
 勉強も捗ります。この子達の奏でる音を聴いていると、自然と集中出来るんです。助かります。

 音楽の妖精さんは、自分達の演奏を聴いてくれる時が一番嬉しそうにしてます。聴いたら直ぐに寝てしまう子守歌系は、演奏してくれる回数が減りました。
 お願いすれば子守歌系も演奏してくれるんですが、「だって直ぐ寝るんでしょ」と目で訴えられると頼み辛いです。

 前にバイトで疲れて帰って来た日、この子達の演奏を聴きながら寝てしまった時は、演奏を止めたこの子達にユサユサ揺さぶられて起こされました。ちゃんと聴いて欲しい時は、起こしてでも聴かせる。流石、プロ根性ですね。

 音楽聴き放題アプリも顔負けな、ありとあらゆる名曲を再現してくれる、音楽の妖精さん達。それは流行の音楽も同様です。「今年のヒット曲なんだよ、知らないの?」って顔されると、ちょっと悔しいです。
 
「悪かったわね。疎くてさ!」

 私が拗ねると、音楽を奏でてご機嫌を取ろうとする所は、カッコよさを感じてしまいます。

「あなた達どこでこの曲覚えたの?」

 私が訪ねても、笑顔で笑って誤魔化されます。教えてくれても良いと思うんですけど。
 今度この子達の一日を観察してみようかしら。でも、この子達って私が傍に居る時は、大抵演奏してるんだよね。謎の多い妖精さんです。
 
 そして今朝は、音楽の妖精さん達に起こされました。
 五月蠅い目覚まし時計のベルでは無く、爽やかな目覚めの音楽です。おかげで爽やかな朝を迎えられました。私は幸せ者です。
 今まで何種類かの妖精さん達を紹介しました。この子達が普段どうやって過ごしているか、気になりませんか? すっごく気になる? 仕方ありませんね。お教えしましょう。

 先ず、雪の妖精さん。
 この子は、雪が降らないと会う事は出来ません。たまに、東京でも雪が降る時は有るでしょ?そんな時に外に出ると、玄関の外で私を出待ちしてます。ヒューっと飛んできて、私にピトって張り付きます。可愛いでしょ?

 勿論用事がある時は一緒に遊ぶ事は出来ませんけど、道中は一緒にいます。とは言え、電車やバスの中には入って来ません。溶けてしまうんでしょうね。
 それと言わずもがな。往来で妖精さんとお話する時は、念みたいな感じで会話します。そうじゃないと、一人でぶつくさ独り言呟いているみたいで、変な子じゃないですか。
 流石に私も、その位わかる様に成長したんですよ。えぇ。子供の頃とは違います。

 次にお掃除の妖精さん。
 この子達は、言うまでも無いかもしれませんが、ず~と掃除をしています。二十四時間、年中無休。ブラック企業も泣いて逃げ出す仕事量じゃないかと思います。
 別に私が強制している訳では無いですよ。酷い想像は止めて下さい。

 この子達って疲れないのかしら。ふと思った私は、お掃除の妖精さん達を観察した事が有ります。
 どうやら、この子達には役割分担らしき物が有るみたいです。埃落とし班、床履き班、お風呂班、トイレ班みたいに。
 たまに自分の役割を終えて、横になって寝息を立てているお掃除の妖精さんを見かけます。ゆっくり休む事も必要です。人も妖精さんもね。でもね、『自分から休む』のと『人に言われて休む』のじゃ、全く違う反応をするんです。

「あなた達、たまにはお休みしたら?」

 面と向かってそんな事言ったら、涙をぽろぽろ零して思いっきり泣かれました。返ってすごい罪悪感です。だから仕方なく放置です。好きなだけ掃除して、好きな時に休めば良いんだわ。

 因みにお掃除の妖精さんは、掃除機の様な電化製品は使いません。使うのは箒とか雑巾とかです。なので私が用意したのは、ミニサイズの『コンパクト箒セット!』です。
 ホームセンターでせがまれて五つ程買いました。卓上用らしいのですが、手のひらサイズの妖精さんは、これで充分みたいです。

 それとミニサイズの雑巾を手縫いしました。サイズは十センチ角で作りました。三十個近く作りましたよ。お掃除の妖精さん達に感謝を込めて。手渡しした時に、ニッコリと微笑む嬉しそうな表情は忘れられません。

 お掃除の妖精さんは、私が居ない時に洗浄液を作り、せっせと掃除をします。夜中もお掃除をします。私はもう慣れましたけど。夜中にごそごそ音がしたら、お掃除の妖精さん達だなと思う様になりましたから。

 因みに定番ことGさん! 黒光りする悍ましいあいつは、お掃除の妖精さん達が退治してくれます。でも、退治したGさんをゴミ箱にそのまま捨てるのは、やめて欲しいです。開けた時にびっくりします。

 さて、次はお料理の妖精さんです。
 お料理して無い時には、何してんの? それは、私も不思議に思いました。

 どうやらこの子達は、有名洋食店や和食料理店等に赴き、レシピの研究をしてるみたいです。それ以外にも、魚河岸や農家に行って素材の目利き訓練をしている様です。TVの料理番組を熱心に見ている子もいます。
 一日の終わりには、皆で集まって情報共有している様です。勉強熱心と言うより、プロフェッショナルとはかくあるべきと、教えられている様です。

 道具の手入れも手を抜きません。上京の際に両親に持たされた道具を、綺麗に磨き上げます。特に包丁は念入りに砥ぎます。
 
「ごめんね。今度もっと凄い包丁を買ってあげるよ」

 私の言葉に、この子達は首を横に振ります。どうやら、両親が買ってくれた包丁に愛着が有る様です。なんか嬉しいですね。

 この子達は、創作料理にも余念が有りません。熱い料理バトルでも繰り広げられているのでしょうか? 複数の子が、バチバチと火花を散らせながら視線をぶつけ合い、出来上がった料理を持ってくる事が有ります。
 味見役が私で良いんでしょうか。私の微妙な表情を読み取って、勝敗が決まる様です。凄いですね。料理の腕を競い合って高めているんですよ。この熱いノリは見習いたくはありませんけどね。

 次はお勉強の妖精さん。
 この子はひたすら読書かネット検索をしています。
 
「あのね。勝手に図書館に行ったら駄目よ。読みたい本は私が借りてきてあげる」

 私はこの子に、言い聞かせた事が有ります。当たり前じゃないですか。『夜中にフワフワ浮かぶ本』それって何の都市伝説ですか!
 
 そのおかげで私はこの子を連れて、毎週図書館巡りをさせられる羽目になりました。難しい専門書から雑学本まで、借りるジャンルは問わない様です。但し、借りた本は何度も徹底的に読み返します。
 検討も怠りません。古い情報と新しい情報を選り分けて、考察を繰り返している様です。
 
 ネットの情報も同様に、ちゃんと選別している様です。
 ネットにはあらゆる情報が転がってますから、情報の新旧だけでは無く、正誤も含めて検討し情報収集する姿は、頭が下がる思いです。

 さて、そろそろ四大元素の妖精さんの日常です。この子達は、フリーダムです。

 火の妖精さんと水の妖精さんは、大抵鬼ごっこしてます。実はこの子達、結構仲良しさんです。遠目で見ているとラブラブカップルの様にも見えます。
 お風呂にお湯を溜める時は、タッグを組みます。お料理の妖精さんのお手伝いをする時も有ります。
 
 風の妖精さんは家中を飛び回ったり、日向でお昼寝したり自由気ままです。
 私が居ない時は、外にお出かけする事も有るみたいです。一見自由に見えて、一番空気の読める妖精さんです。だから、火と水の妖精さんがヒートアップして、湿気が溜まりかけると、さり気なく湿気を外に逃がしてくれます。

 なかなか会いに行けない土の妖精さんは、この間すっかりやさぐれてました。なので、ホームセンターで大きめのプランターと土を買ってきて、その中に埋めときました。プランターは、取りあえずベランダに放置です。
 私だって忙しい時は有るんですよ。公園に遊びに行く暇がない位に時間が無い時もね。ベランダに居てくれれば、毎日顔を合わせますから、それで笑顔になってくれるなら、良いんじゃないですか?

 次は氷の妖精さんの出番です。
 この子は、常に冷凍庫の中に居ます。冷凍庫の中で踊ってます。たまに寝てます。寝てる姿も可愛いです。
 
「氷作って、お願い」

 そうお願いすると、デフォルメキャラの氷を作ってくれます。飲み物に入れるのが勿体ない出来栄えです。氷を作るしか出来ない妖精さんですけど、良いんです。だって可愛いんだもん。

 さあ、今度はお仕事の妖精さん。
 この子が普段何をしているのか。私自身が一番疑問な妖精さんです。だって、私がアルバイトで困った時にポンと現れる妖精さんですよ。

 この子は、色々な企業や仕事の現場に行って、あらゆる分野のノウハウを研究しているそうです。
 凄いと思いません? この子が居れば、人生勝ち組間違いなしですよ。そうは言っても、そのノウハウを私が活かせなければ、意味は有りませんけど。

 予防医療の妖精さんは、敢えて言わなくても良いかな。
 だって、大抵私の周りを飛んで、お口をモグモグさせてるんですから。それこそ不思議要素満載ですが、この子はこれで良いんです。おかげで、私も風邪をひかなくなった訳ですし。

 音楽の妖精さんは、お料理の妖精さんに近い日常を送ってる様です。
 CDショップやら、コンサートやら、ライブやら、録音スタジオやら、世界各地を飛び回り、あらゆるジャンルの音楽を吸収して帰って来ます。
 帰って来たら練習をするようです。練習は私の居ない時にこっそりとしている様です。それで、私の前でいざ本番らしいです。

 健気ですね。でも、演奏を聴いてくれるのが、嬉しいんでしょうね。演奏にはなるべく拍手で答える様にしてます。その時の笑顔は、やりきったと言うか満足と言うか、とてもいい笑顔をしてくれます。
 
 これが、今まで紹介した妖精さん達の日常です。
 大抵引き籠っているのが、お掃除、お勉強、火、水、氷の妖精さん。ほとんど外出してるのが、お料理、お仕事、土、音楽の妖精さん。雪の妖精さんは期間限定なので置いといて、フリーダムな風の妖精さんの行動はいまいち掴めません。予防医療の妖精さんも謎行動が多いですね。

 それぞれの妖精さんは、他の妖精さんの邪魔はしません。追いかけっこする火と水の妖精さんは、お勉強の妖精さんの読書を邪魔しません。お勉強の妖精さんは、お掃除の妖精さんの邪魔にならない様に読書します。
 ちゃんと、家の中でも住み分けが出来ていますし、協力もし合います。

 賢く可愛い妖精さん達。わいわい賑やかな妖精さん達との暮らし、いつかあなたも体験出来るといいですね。
 私が住むアパートはペット可です。そうは言っても、今までペットを飼った事は有りませんけど。
 一度は飼ってみたいなとは思いますよ。だけど、命を預かるにはそれなりの覚悟みたいなのが必要なんです。もっとも、家には人には見えないファンタジー生物が、所狭しと走り回ってますけどね。

「あんたさぁ、犬と猫ならどっちが好き?」
「私は、犬より猫の方が好きかな」
「そっか、良かった。じゃあ、明日あんたのアパートに行くね!」

 ある日突然、大学で裕子ちゃんに呼び止められました。そして、さっぱりわからない質問をされて、去っていきました。そして翌日、裕子ちゃんから襲撃を喰らいました。ええ、あれは襲撃ですよ。

 変なキャリーバックを持ってる時に気が付けば良かったんです。そして、鍵をかけて居留守を使えば良かったんです。
 裕子ちゃんったら、勝手知ったる私の自宅を、わが物顔でずかずかと上がってきます。そして、ドカッとキャリーバックを下ろします。
 中に何が入っているのか、覗き込もうとした時に可愛い鳴き声がしました。子猫が三匹居ました。

「きゃ~、かわい~い。何この子達、可愛いね~」
「そうでしょ~。どう?」
「どうって、何が?」
「この子達よ?」
「だから、何が?」
「感の悪い子ね。引き取ってって言ってんの!」
「はぁ?」
「だってあんた、猫が好きって言ってたじゃない!」
「うん、まぁね」
「それと、このアパートはペット可でしょ? お隣さん、犬飼ってるみたいだし」
「うん、確かにね」
「じゃあ、決まりだね。どの子にする? 三匹引き取ってくれても良いよ!」

 決まりの意味がわからないです。そもそも裕子ちゃんは、何処から子猫を三匹も連れて来たんでしょう?

「私だって大学とか、バイトとか色々忙しいんだよ。子猫の世話なんて出来る訳ないっしょ!」
「あんたの家、色々変なのが居るんでしょ? そいつらに世話させれば良いじゃない! 早く選んでよ。どの子? 全員?」

 なんて強引なんでしょう。だから妖精さんは裕子ちゃんに近付かないんだよ。

 でも、「世話って言われてもどうしよう」なんて思いながら子猫達を見ると、何やら視線を彷徨わせてます。何を目で追っているのでしょうか? 私が視線の先を見ると、そこには追いかけっこしてる火と水の妖精さんがいました。

「君達、見えてるの?」
「「「みゃ~!」」」

 声を揃えて、あら可愛い。でもさ、君たちが何を言っているかわからないんだよ。ただ何となくですけど、この子猫達には妖精さんが見えている気がします。

 動物には妖精さんが見えるのかって? まさか。動物に妖精さんが見えているなら、予防医療の妖精さんを引き連れている私は、常に犬から吠えられ捲りですよ。
 気が付くと子猫達は、キャリーバックから出てとことこ歩いて、座布団に座る私の膝によじ登って来ます。

 やばい、可愛い。そんな上目遣いで見つめないで。

「なんか、あんたの事気に入ったみたいね。じゃあ、よろしく~!」
「ちょっと~! 裕子ちゃ~ん!」

 強引にってより、子猫達を置き去りにして、裕子ちゃんは帰りました。どうすんのよ。むしろどうしよう……。子猫の世話なんてやった事ないし、飼育方法は知らないし。お勉強の妖精さんに聞いてみようか。いやいや、私が留守にしている時はどうしたら……。

 でもね、そんな悩みはあっさりと解決しちゃいました。あぁ、なんてご都合主義なの。どこからともなく新たな妖精さんが現れました。
 
 名付けて、飼育の妖精さん!

 子猫の躾けから餌やり、子猫達のお世話をしっかりとしてくれます。もちろん、遊び相手もしてくれます。なので、安心して出掛けられます。
 私が用意したのは、トイレと猫砂、猫用ベッド、爪とぎ器くらいでしょうか。流石に餌は定期的に買いにいきます。
 それと、この子にはちっちゃいエプロンをプレゼントしました。もちろん、私が縫ったんですよ。ホントだよ!
 
 後から聞いたんですが、子猫達は雑種だそうです。そりゃそうですね、裕子ちゃんがブリーダーな訳ありませんし。
 裕子ちゃんの実家で飼ってた雑種の猫ちゃんが、何処かでこさえて来た子猫だそうで、父猫は知らないそうです。

 この子達の体は全体的に黒めで、縞が入ってます。何て言うんですか? キジトラ? と~っても可愛いですよ。
 女の子二匹と男の子一匹です。ちゃんと名前もつけました。女の子はミィとペチで、男の子はモグです。正直、私は見た目で区別がつかないので、首輪を色分けしてます。

 ピンクの首輪はミィ。みぃみぃ泣くからミィです! ちょっと甘えっこで、私の足にすり寄ってきます。
 オレンジの首輪はペチ。私の膝によじ登れず、ぺちぺちと足を叩いて来るのでペチと名付けました。この子も甘えん坊で、私に体を預けて寝てる時があります。
 青色の首輪はモグ。食欲旺盛でモグモグ食べるからモグ! 好奇心旺盛なやんちゃ坊主。飼育の妖精さんを追い回す事が多いです。
 
 普段は大抵、三匹でじゃれ合ってるか、飼育の妖精さんにじゃれついてるかして、仲良く遊んでます。私にもじゃれて来ます。何ででしょうね。私は特にこれといった世話をしてないんですが、妙に懐かれてるみたいです。
 
 それと、日向ぼっこして寝てる三匹を枕にして寝る飼育の妖精さんは、一見の価値有りです。可愛いです。癒されます。キャーってなります。

 また面白いのが、たまに子猫と妖精さん達がぐるぐる輪になって家の中を歩いたりするんです。
 モグの抜け毛をお掃除の妖精さんが拾い集め、その後をミィが追いかけて、ミィの抜け毛をお掃除の妖精さんが後ろから拾い集める。
 更にそれをペチが追いかけて、ペチを飼育の妖精さんが追いかけ、飼育の妖精さんをモグが追いかける。
 
 一度この光景を動画を残そうと試みたんですが、妖精さんが映像記録に残らない様で、スマホで撮った動画は、ただ子猫が歩いているだけの動画になりました。グスン。

 他の妖精さん達も、子猫達に好意的な様です。火、水、風の三妖精タッグで、子猫たちがストレスにならない空調管理してくれます。子猫達のトイレ後は、お掃除の妖精さんがすかさず処理してくれます。たまに、お料理の妖精さんが、餌を作っている様です。
 
 子猫のせいで、ワンルームのアパートがぐっと狭くなった気がしますが、今更仕方有りません。元々、妖精さん達がわんさか居る部屋ですから、ほんと今更感がたっぷりです。幸いな事に時給が高めのバイトしてますし、多少の出費も痛くありません。

 そんなこんなで、家族が増えました。益々賑やかになる私の自宅は、今後どうなっていくのでしょう。
 妖精と言えば定番はお花の妖精さんじゃないでしょうか?
 愛らしい姿、背中の羽をパタパタと花の周りを飛び回り人を癒す。そんな姿を妄想します。

 王道中の王道な、お花の妖精さん。あれっそう言えば、今まで見た事無いかもしれない。
 ただね、そろそろ定員オーバー気味な気がするんですよ。六畳のワンルームに、妖精さん達と子猫三匹ですよ。もう良いんじゃ無い?

 そんな時に限って出会いが訪れるものです。

 寒いし新しいコートが欲しいなと、休日にショッピングモールへ行った時の事です。たまたま私は、ガーデニングショップに立ち寄りました。冬にもこんなに咲いてる花があるんだなんて、私は呑気に花々を眺めていました。

 冬の花と言えば定番のパンジーやビオラから、オキザリス、シクラメン、クリスマスローズ等、様々な花が所狭しと並んでいます。見ているだけで、潤いを与えてくれます。寄せ植えも見つけました。綺麗ですね~! 売り物っぽいけど値段をチラッと、うわっ高っ!
 流石に学生の私が手に出来る値段では無かったですが、ポット苗自体はそれ程高くありません。
 
「お花か~。いいな~」

 そんな事を呟いた時の事でした。私はお花の間に潜む影を見つけます。そして目が合いました。小さく可憐な妖精さんです。少し逞しさが有るお掃除やお料理の妖精さんより、雪や氷の妖精さんに近い感じです。
 そんでもって実物は想像以上に可愛い。羽はありませんけど、それが何だって言うんです。可愛いは正義です!

 目が合った瞬間、私の鼻先でひらひらと舞い始めました。可愛い妖精さんに懐かれると悪い気はしません。
 でも、この子ず~と私にひらひらと着いて来ます。私は尋ねました。

「あなた、お花の妖精さんでしょ? お花と一緒に居なくていいの?」

 お花の妖精さんはにこっと笑って、手招きして飛んでいきます。数ある花の中から、特定のポット苗に止まりました。
 
「もしかして、お勧めを教えてくれてるの?」

 お花の妖精さんは、笑顔で頷きます。

「でもな~。手入れとか面倒だし~」

 そう呟きチラッとお花の妖精さんを見ると、何だかボディーランゲージで私に訴えかけようとしてます。あ~、何となくわかった。この子、着いて来る気だ。「花の手入れは任せて」って言ってるんだ。

 どうしよう……。

 私が暫く考えながら、じっとお花の妖精さんを見つめていると、段々と目を潤ませていきます。あ~泣きそうになってる。

「もう、仕方ないな~。うちに来るのね? いらっしゃい。それでお勧めは?」

 あんな可愛い子を泣かせては、女が廃るってもんですよ。お花の妖精さんは、嬉しそうにお勧めのポット苗を見繕っていきます。
 
 せっかくだから、白いプラスチックのフラワーポットと吊り下げ用のフックを、数点一緒に買いました。
 園芸用の腐葉土はどうするの? そんなの適当に選びます。うちには取って置きの妖精さんが居るんですから。土に関してはプロフェッショナルの、土の妖精さんにお任せしましょう。
 だけど、結構な荷物になりました。今日の目的であるコートは、園芸用品に化けました。グスン。

 園芸用品を持って、電車に乗ろうと思ったんですが土が重くて。こんな時こそ貸しを返してもらおうと、裕子ちゃんに電話しました。暇なんですかあの人、車で直ぐに駆け付けてくれました。

「何あんた、ガーデニング始めるの?」
「うん。ちょっと訳が有って」
「また、なんか変なのがくっ着いて来たとかそんな感じか。馬鹿ね」
「馬鹿じゃないよ。可愛いお花の妖精さんだよ」
「それは良いから、何買ったのよ」

 そう言って裕子ちゃんは私の荷物を見ます。しげしげと見つめた後、徐に失礼な事を言いました。

「地味ね。あんたとそっくり!」

 ねぇ、酷いと思いません?

「それだけじゃ駄目よ。せっかくだから、もっと飾りつけなきゃ! 豪華に行くわよ」

 あぁ、裕子ちゃんに電話した私が悪いのでしょうか? 裕子ちゃんが借りた車でホームセンターに連れて行かれます。
 ウッドデッッキにラティスにワイヤー等、色々買わされてやっと自宅に辿り着きました。

 その後も大変でした。
 ベランダにウッドデッキを敷いて、ラティスをベランダの支柱に取り付ける。フラワーポットに花を植えて、吊り下げフックでラティスに飾り付けていきます。裕子ちゃんも手伝ってくれたので、作業は小一時間程で終わりました。けど、もうへとへとです。

 作業が気になるのか、モグやミィがウロチョロするし。お掃除の妖精さん達は、舞い散る土埃を片付ける為に忙しなく動き回るし。
 おまけに新しい仲間に興味津々な火、水、風の妖精さんが、お花の妖精さんに纏わりつくし。そこに裕子ちゃんが近付くと、蜘蛛の子を散らしたように逃げ回るし。そんなこんなで、私の自宅はお祭り騒ぎになってました。

 完成したのは白で統一された、小さいベランダガーデン。出来栄えには大満足です。お花の妖精さんも大喜びです。ベランダガーデンをクルクルと飛び回っています。

 お掃除の妖精さんも心なしか嬉しそうです。お掃除の場所が増えたのがそんなに嬉しいのでしょうか……。
 
 ラティスをよじ登ろうとするモグを抱えて、私は室内に戻ります。その間、水の妖精さんがお花に水をあげてくれました。

 でも、ふと私は気が付きました。

 お花の植え付けをしたのは私、ラティスを組み立てたのは裕子ちゃんと私です。お花に水をあげたのは水の妖精さん、土に栄養を与えてくれるのは、土の妖精さんです。
 お花の妖精さんってポット苗を選んだだけで、何もしてなく無い?

 ガーデニングを少しでもやった事が有る人は、知ってると思います。花の苗は、植え付けた所に根を伸ばしていき、生育していくものです。
 いくら初心者が育成し易いビオラでも、ポット苗を一株程度植え付けた所で、一日でフラワーポットいっぱいには成長しません。

 でも、ファンタジーはそこに有りました。

 翌朝目覚めてベランダを見ると、フラワーポットいっぱいに花々広がっています。
 土の妖精さんが与えた肥料が良かったのか……。まさか、肥料だけでこんな育ち方しませんよ。

 原因はこの子。お花の妖精さんです。どうやら、お花の妖精さんが本気を出して、育成を速めた様です。様子を見に来た裕子ちゃんは、呆れた口調で言いました。

「やっぱりね」

 お花の妖精さんは、こまめに花がら摘みや摘心をやって、花の状態を維持してくれます。
 それはもう、嬉しそうに花の手入れをしています。水の妖精さんは、フンって顔をしながらもお尻をフリフリして、花に水をあげてます。
 土の妖精さんからは、「自分が潜っているプランターにも花を植えろ」と、催促されました。根が邪魔にならないでしょうか? その内、花苗を買ってきてプランターにも植えてあげましょう。

 そんなこんなで、私の自宅に仲間が増えました。おまけに緑溢れるベランダになりました。どんどん豪華で、賑やかになっていく私の自宅です。
 節分です。豆まきしたり、歳の数だけ豆を食べたり、一年の無病息災を願うイベントです。最近では恵方巻きも流行り始めましたね。
 
「豆まきにはあまり興味が無いのですが、せっかくなので恵方巻きを作って貰おう!」
 って事で、たまには私も本気出します。レッツ海鮮巻き! そしてやって来ました築地場外市場です! そして何故か一緒に居る、裕子ちゃんです。
 
 裕子ちゃんって私の事好きなの? いや違うな。目当ては海鮮巻きだな! この食欲魔人め!
 なんたって今回目利きをするのは、その道のプロ、お料理の妖精さんですよ! 裕子ちゃんが食いつかないはず無いですよ。

「私も行くわよ」
「何でさ」
「良いから行くの」
「はぁ、もう。仕方ないね」

 そうなんです。仕方なく連れて来ました。今日の裕子ちゃんは、荷物持ちを兼ねてます。

 流石は築地です、観光名所です。沢山の人で溢れかえってます。と~ても賑やかです。朝早くやって来たかいが有るってもんです。

「マグロ! 大トロが食べたい!」
「裕子ちゃん、馬鹿なの?」
「何がよ! 築地でしょ?」
「築地だね」
「ならマグロじゃない!」
 
 いや、意味が分かりませんが。それに、そんな高い物を買える訳が無いでしょ!
 ちなみに、何時も裕子ちゃんが食材を用意してくれるので、今日は私の奢りです。お料理の妖精さんには、私の予算を伝えて有ります。す~ごく、す~ごく頑張りました!
 アルバイトとへそくりで溜めたお小遣いから一万円。これが今日の予算です。倹約家の私ですが、たまには贅沢するんです。

 私もマグロが食べたい。確かにそう思いますよ。お料理の妖精さんは、単に食材を見繕うのでは有りません。素材の良し悪しや、作る料理をちゃんと想定して、食材を選んでいきます。

 そして買ったのはマグロの中トロ、車海老、穴子、かんぴょう、飛び子、出汁用の昆布に鰹節と煮干し、そして海苔です。歩き回りましたし、そこそこ荷物になりました。
 せっかくなので、場外市場で昼食を取った後、電車に乗って自宅へ戻ります。

 定番のだし巻き卵は、出汁から手作りです。当然、すし酢から煮切り醤油まで、お料理の妖精さんが作ります。

「君達って、本当に色々と作れるよね。凄いね」

 そう言うと、お料理の妖精さんは腕を組んで鼻をフンってさせてました。うん、頼もしいです。なんか、職人さんって感じです。
 ペチ達用にも何か作って貰う様に、頼んでおきます。だって、可哀そうじゃないですか。

 お料理の妖精さんが手際よく料理をしている中、私は妖精さん達を集合させます。

「あなた達、節分って知ってる?」

 妖精さん達は、一斉に頷きます。まあ、知らない筈が無いんですよ。物知りなお勉強の妖精さんが居ますし。
 
「鬼役と豆を投げる役を決めて、みんなで豆を投げっこしよう!」

 妖精さん達は一斉に話し合いを始めました。輪になってゴニョゴニョと暫く話し合っていました。

 結局、四大元素の妖精さんが鬼に決まった様です。
 豆を投げる役は、お勉強、お仕事、音楽、お花、予防医療の妖精さん、飼育の妖精さんもペチ達の世話を忘れてやる気みたいです。
 氷の妖精さんは、冷凍庫から出れないので不参加です。お掃除の妖精さんは、後片付けを楽しみにしている様です。
 
「あんたって、いつもこんな馬鹿な事してるの?」

 妖精さんが見えない裕子ちゃんには、わかるまい。この妖精さん達のウキウキした笑顔、これだけで元気になれるのだよ!
 ついでに買って来た豆を持って、妖精さん達は今か今かと待ち焦がれています。

 本当は豆をまくのは夜なんでしょうけど、あんまり待たせちゃ悪いので豆まき開始! 飛び交う豆、飛び回る妖精さん達。一緒にはしゃぐ、ミィ、ペチ、モグ。狭いワンルームは、一気にお祭り騒ぎになります。

 妖精さんが見えてない裕子ちゃんには、ポルターガイストに見えるのでしょうが、流石になれた様で気にも留めてません。むしろお料理の様子を凝視してました。

 火、水、風、土の妖精さんがワンルームを所狭しと飛び回ります。お勉強の妖精さんと、お仕事、お花、予防医療の妖精さんが、ひらひらと舞い豆を投げます。
 飼育の妖精さんは、ペチ達の事を気にかけつつも、楽しそうに豆を投げてます。音楽の妖精さん達は、豆を投げずに音楽を奏で始めます。
 氷の妖精さんは、冷凍庫の隙間からみんなの様子を見て、クルクルと踊ってます。床に落ちた豆をペチ達が食べない様に、お掃除の妖精さんが即回収です。
 飛び交う妖精さん達を追いかけ、ペチ達がジャンプします。
 なんでしょこのファンシーな空間! 可愛さ満点です! おぅ、鼻血でそう……。

 ひとしきり豆まきを堪能し、ペチ達が疲れ切った所で豆まきは終了です。妖精さん達は、大満足の笑みを浮かべています。良かった、良かった。

 豆まきが終わる頃、丁度海鮮巻きが出来上がります。
 うゎあ! なんて豪華な海鮮巻き!
 なんたって食材に超お金をかけた上に、お料理の妖精さんが本気を出した海鮮巻きですよ。見た目だけで、意識が持ってかれそう!

 裕子ちゃんは待ちきれずに、目をぎらつかせてます。私も待ちきれません。いざ実食です!

「「うぉいうぉい、うぉいし~い!」」
 
 頑張って築地まで行ったかいが有った!

 穴子はふっくらと炊かれ、口の中でほぐれます。流石の目利き、中トロは脂の乗りが最高です。プリプリの車海老は舌を喜ばせ、飛び子のプチプチした食感は、良いアクセントとなってます。だし巻き玉子やかんぴょうは主張し過ぎず、各素材の味を引き立てます。
 
 因みに裕子ちゃんは、頬張りながらポロポロと涙を零していました。ペチ達も夢中で、特製猫ごはんを頬張ってます。
 
「幸せだ~!」 
「うぉ~!」

 二人で思わず叫んでしまいました。近所の方々すみません。美味しすぎる海鮮巻きが悪いのです。

「そう言えば、恵方を向いて無く無い?」
「あ~! でも食べちゃったね。先に言おうよ裕子ちゃん!」
「仕方ないでしょ! これを食べる為に今日一日あんたに付き合ったんだから」

 そんなこんなで夜が更けていきました。最高の節分、この調子で福がやって来ると良いな。あれ? もう福がやって来てるのでは? ハハハ……。
 二月九日は、何の日ですか?
 福の日、服の日、風の日。他にも漫画の日、ふくの日。因みに『ふく』とは、下関で言われる『ふぐ』の事みたいです。
 
 ふぐと言ったら裕子ちゃんが、乗り込んできそう?
 確かに去年は、高級ふぐセットのお取り寄せが自宅に届き、裕子ちゃんと一緒に、お料理の妖精さん謹製のふぐ鍋を頂きました。それはもう、頬っぺたが落ちる美味しさでした。
 美味しい物を食べると、人は静かになります。黙々と二人でふぐ鍋を食べました。ふふ、思いだしても涎が出そう。

 そしてなんと、今年はふぐじゃ無くてお肉が届きました。松坂牛のすき焼き用極上リブロースです。
 裕子ちゃんは、なんて物を送り付けて来るんでしょう。って、いったい幾らしたんでしょう?

 それだけでは有りませんでした。A5飛騨牛のステーキ用ミスジ、ホルモンやら、牛タンやらが続々と。
 裕子ちゃんは、どれだけ食べる気なんだろう。ご相伴には預かる予定ですけど、私が食べる量なんてたかが知れてます。
 
 お肉が届くとお料理の妖精さんは、大喜びで跳ね回ります。とっても嬉しそうです。この間築地で買った昆布を片手に、「やったるぜ~」みたいな顔つきで、鼻息を荒くしています。
 
 お料理の妖精さんは、割下作りやホルモンの下ごしらえを要領よく行います。料理の準備が着々と進む中、すき焼きをするなら、野菜が無いと駄目じゃ無い? そんな事を考えてたら、裕子ちゃんが野菜と豆腐を持って現れました。

「さぁ、食べるわよ~!」
「もう、食べる気? 準備は?」

 私がお料理の妖精さんを見やると、良い笑顔でサムズアップしてました。もう準備出来たの? そうか君達は既にやる気満々だったね……。

 肉だらけ、実に重そうです。
 
 最初はステーキです。何故フライパンで出来たのかわかりませんが、最高の焼き加減です。『噛まなくっていい』ってやつです、とろけます。
 塩と胡椒が肉の味を引き立てます。余計な味付けは要らない、肉本来の味を堪能せよとばかりに、肉汁が口一杯に広がります。
 牛肉ってこんなに美味しかったっけ? そう思わせる逸品です。

「流石A5は違うわね!」
「くぉ~! 美味しすぎる!」
「シンプルな味付けが、肉の味を引き立てているわね。流石私の見込んだシェフだわ」

 一品目から意味のわからない、裕子ちゃんのコメントです。でも、気持ちはわかります。それ位美味しいステーキでした。

 まだまだ、肉のアタックは続きます。続くのはホルモンです。
 ネギと一緒に焼かれて、甘辛く醤油で味付けされたホルモンは、コリコリと歯ごたえが良く、濃厚な味つけが舌を喜ばせます。

「ヤバいわね、ホルモン。やるわね、ホルモン。ホルモン狂になりそうだわ」
「意味がわからないけど、美味しいのは確かだね」

 裕子ちゃんのコメントは、最早意味不明です。美味し過ぎる肉達のせいで、少々ハイになってます。 

 まだまだ牛肉の攻撃は続きます。もう既に私は、ノックアウト寸前です。裕子ちゃんは、まだまだ戦う気ですね。流石は食欲魔人!
 お料理の妖精さんは、代わる代わる次々と料理を作り上げていきます。

「もっと、もっと、かかっておいで」
「ねぇ、もう充分じゃない?」
「馬鹿じゃないの! 肉パーティーはこれからよ!」

 満を持して、牛タンの登場です。シンプルに焼かれた牛タンです、やはり食感が最高ですね。だけど、今回はそれに留まりません。牛テールスープと茹でタンのコラボアタックが一緒にやって来ました。
 箸でほぐれるトロトロの食感は、焼いた牛タンとはまた別の味わい深さが有ります。牛テールのホロホロ感もたまりません。スープはくどさが無く、ガツンと濃厚な味わいが舌を刺激します。

「おいすぅい~! ヒャッハー!」
「いや、もう駄目な感じがするよ、裕子ちゃん!」
 
 もう、私のHPは残り僅か。牛肉の攻撃に耐えられそうも有りません。裕子ちゃんもそろそろヤバそうです。顔がとろけてます。

 最後はすき焼きです。すき焼き鍋に牛脂を馴染ませると、お料理の妖精さんは徐に牛肉を焼き初めました。
 味付けは特製割下です。最初に肉を食べた後、鍋に残った肉のエキスを吸わせる様に、豆腐や野菜を投入し出汁で煮込みます。
 豆腐と野菜を食べ終わると、再び肉を鍋で焼きます。肉と野菜達の波状攻撃に私のHPは尽きました。

「うま死……」
「同じく……」

 私は既にギブアップです。しかし、裕子ちゃんはシメのおじやも軽く平らげ、満足気な笑みを浮かべています。あれは、戦い終えた戦士の表情です。

 恐るべし、裕子ちゃん!
 恐るべし、肉の軍団!
 恐るべし、お料理の妖精さん!

 最高の食材と最高の料理人。いやまぁ、作ったのは妖精さんですが。このコンビで人は沈んでいきます、食の水底へと。私は暫く浮き上がれません。
 
 意識を取り戻すのに数時間を要した私が見た物は、壮絶な戦いの後でした。
 裕子ちゃんは、尚も食べ続けたそうです。確かに裕子ちゃんが送って来たのは、牛肉だけでは無かった。地鶏や黒豚、馬刺し等、妖精さん謹製の肉料理を余す事無く堪能し、裕子ちゃんは去って行きました。

 裕子ちゃんは『食欲魔人』じゃ足りない、『食欲魔王』と名付けよう。私は強く感じました。本気を出して食べまくる裕子ちゃんは、何物をも凌駕する。

 美味しい物を食べられて幸せなんですが、食事は戦いではありません。もう少しじっくりと味わいたいものです。
「バレンタインか~。何が楽しいんだろう~」
 
 おぅ。思わず口に出てしまった。しかも、チョコ売り場の前で。わいわい楽しそうにチョコを物色する女の子達の白い目が、私に突き刺さります。やばいです。怖いです。

 多分ね、バレンタインデーって、ドキドキ感が良いんですよ。チョコを貰えるかどうかっていう、フワフワしてる男の子達。渡すの渡さないのって、一喜一憂する女の子達。ほのかな恋心ってやつですよ、ねっお客さん!

 私? そりゃあ、私もれっきとした女ですよ。「そうじゃ無くて、チョコを渡さないの?」って、聞くな!

「年齢イコール彼氏いない歴の私が、不思議っ子として地元で扱われて来た私が、チョコを渡す相手なんているもんかぁ~!」

 最近では勉強やバイト三昧で、手段が目的に変わりつつある毎日ですよ。
 出会い? 私だって頑張ってますよ。大学では、男の子と積極的に話をしますし。清楚系女子をたっぷりとアピールしますし。でもね、妄想するとちらつくんですよ。

 彼氏と遊びに行く時に、予防医療の妖精さんがちらり。
 彼氏の家に遊びに行くと、お掃除の妖精さんがちらり。
 手料理をって頑張ると、お料理の妖精さんがちらり。

 きっと、あの子達はどこでもついて来る。そして、サイコな状況に彼氏がドン引き。

 駄目駄目。ネガティブになってはいけない。妖精さんも、私も悪くない。悪くないったら悪くない。
 箒がフワフワ動いてたり、フライパンが浮かんでたりなんて、ホラーな環境すら受け入れてくれる男性が、きっと何処かに居るはず! 若しくは、私と同じく妖精さんが見える特殊体質の男性が存在するはず! 目指せお嫁さん! そんでもって、女子力アップ!

 ☆ ☆ ☆

「と言う訳で、チョコを作ります!」

 私は自宅で、妖精さん達を集めて言いました。お掃除や他の妖精さん達は、首を傾げています。しかし、お料理の妖精さんはやる気満々どころか、クルクルと踊り出しました。

「いや、別にあなた等にお願いするんじゃ無いよ」

 その言葉に、お料理の妖精さんは泣き出しました。四つん這いで、床を思いっきり叩きながら号泣してます。いやいや、話しは最後まで聞こうよ。

「チョコ作り対決だよ!」

 私はビシっと、お料理の妖精さんを指さします。すると、お料理の妖精さんは、ちょこんっと顔を上げて私を見上げます。
 
「私とあなた達、どっちがよりプレゼントに相応しいチョコを作るか、勝負するの!」

 お料理の妖精さんは両腕を上げ、雄叫びを上げています。映画のボクサーみたいです。グゴゴゴって効果音が聞こえて来るようです。某映画のテーマ曲を、音楽の妖精さんが奏でて盛り上げてます。
 そんなお料理の妖精さんを、モグとペチがちっちゃい前足で、ちょいちょいと突いています。君達、そんなに派手なリアクションが面白いか?

「まだ話しは終ってないよ、諸君! 勝負の判定は、何とこの人!」
「私だ~!」

 そしてガチャリとドアを開けて、ドカドカと音を立てて入って来る裕子ちゃん。何故か大量の荷物を抱えています。
 そう。勝負の判定人は、食欲魔王こと裕子ちゃんです。
 
 突然の乱入と大声に驚いた、モグ、ペチ、ミィは、逃げ出しつつ、フ~って毛を逆立てています。驚かしちゃ駄目だよ、裕子ちゃん。
 しかし裕子ちゃんは、しょっちゅう私の自宅に出入りしているのに、まだモグ達に警戒されるとは不憫な子ですね。
 
 もう、気が付いてると思いますが、材料は裕子ちゃんが用意しました。裕子ちゃんが両手にいっぱいに抱えてる荷物を見る限り、あやつ盛ったね。今回は、私のお小遣い出した三千円程度じゃ、あんな荷物にならないし。流石は食欲魔王です。

 そんなこんなで、チョコ作り対決の開始です。

 私が作るのは、トリュフチョコをアレンジした『妖精さん型チョコ』です。
 基本のガナッシュ作りは、刻んだ板チョコと生クリーム、それとラム酒を少々です。滑らかになるまで混ぜ合わせてから、スプーンを使って小分けにします。冷やし固めてから丸く成型、これがベースになります。

 成形したベースの塊を、溶かしたホワイトチョコに潜らせて、二層のチョコにします。
 もちろん冷やし固めてから、丸く成型します。この時ついでに、手とか足等のパーツをホワイトチョコで作っちゃいます。一緒に冷やしちゃいましょう。

 ここまでの作業で注意するのは、チョコの大きさです。
 丸いチョコを小さいスプーンと大きいスプーンを使って、二種類の大きさを作るんです。わかります? 小さいのが頭で、大きいのが胴体になるんですよ。

 ここから登場するのは、必殺アイスピック! 頭の部分に表情を作っていきます。口を掘って、目を作って、眉を作って、掘った屑で鼻を作る。口と目は深めに掘ると、ベースチョコの黒い部分が見えるので、それっぽくなります。

 それから、頭用の小さいのと、胴体用の大きいのをホワイトチョコで接着する様に重ねて、手足のパーツもくっつけてから冷やし固めます。じゃないと、崩れちゃいますから。
 固まったら微調整で多少削り、デコペンでほっぺを少し赤くして完成です!

「へぇ~、あんた器用ね。雪だるま? 可愛いじゃない」
「雪だるまじゃ無くて、妖精さんだよ!」
「妖精って雪だるまなの?」
「違うよ、デフォルメしてるの! 私の腕では、これ以上の再現が出来ないんだよ」
「あっそ」
 
 あっそですって、聞きました奥さん。私の小一時間かけた努力の結晶を、あっそで終わらせたんですよ。酷い人です、裕子ちゃん。

 そして、私の足に食欲旺盛なモグ纏わりつきます。あげないよ。チョコ食べたらお腹壊すよ。ミャーって可愛い声出しても、あげないよ。飼育の妖精さんが、腕でバツを作ってるもん。
 そしてミィとペチは、風の妖精さんを枕に窓際で寝てます。君もあっちで寝てらっしゃい、モグ。

 さて、これで終わりじゃ無いのです。私は、よりプレゼントに相応しいチョコと告げたはず。ラッピングがと~っても大切なんです。
 
 ビニールの袋に詰めてから、リボンで口を縛ります。そして箱にペーパークッションを敷き詰めて、妖精さんチョコを入れます。可愛い柄の包装紙で包んだ後、リボンで飾り付けして完成です。

 じゃ~ん! 私だってやれば出来るんです。どうです? 私の女子力! フフフ。

 でもね、やっぱり私は甘すぎた様です。ミルクチョコの様に。
 そして現実は、何時も私に厳しいんです。ビターチョコの様に。
 某ボクシング映画のテーマをバックに、本気を出すお料理の妖精さん。
 
 圧巻のガトーショコラ。
 魅惑のフォンダンショコラ。
 誘惑のザッハトルテ。
 屋台名物チョコバナナ。

「って、バナナなんて何で買って来たの?」
「それは、私が食べたかったからじゃない」

 裕子ちゃんのせいで、若干お祭りっぽくなりましたが、結果は言わずもがな。
 そりゃあ、お料理の妖精さんが作ったチョコづくしに、私のちんまい手作りチョコが勝てるはず無いです。きっと裕子ちゃんは、可愛さとは無縁の世界に居るんだ。シクシク。

 でも、私の手作りチョコは、全ての妖精さんに人気が出ました。
 雪だるまと言われた妖精さん型チョコに、みんなが群がりだすと輪になって踊り始めます。そんなに気に入ってくれるなら、作ったかいが有るね。でも、そのチョコを裕子ちゃんは、頭からボリボリ齧って一言。

「まあまあね」

 妖精さん達は、絶句した様にあんぐりと口を開けて裕子ちゃんを見つめています。その後、シクシクと泣き始めました。う~ん、すごい罪悪感です。
 気持ちはわかるけど食べ物だしね、仕方ないんだよ。そして、妖精さん達は暫くの間、私にしがみ付いて泣いてました。

 その間、裕子ちゃんはチョコづくしを食べ尽くし、満足気な顔をしてました。
 そう言えば、これって友チョコ? まぁ良いか。誰にも渡さないよりはね。
 
 実はその後に余った材料で、妖精さん型チョコを作り直しました。尚、お料理の妖精さんが手伝ってくれたおかげで、抜群の再現度です。
 芸術品の域に達したチョコを作り上げました。展示してお金を取れるレベルです。暫くの間、妖精さん達と愛でてましたが、バレンタインデー当日に、美味しく頂かれました。裕子ちゃんに。
 
 でも、寂しく無いバレンタインになった事には、感謝しなきゃいけませんね。裕子ちゃんと妖精さん達に。
 あらゆる所に危険は存在する。交通事故の様な目に見える事故だけでは無い。仕事においても、家庭においても、軽作業から重作業まで、危険はあちこちに潜む。
 
 時に人は油断する。慣れたルーティンワークでミスを犯す。その油断が事故へ繋がり、ヒューマンエラーの原因となる。原因は油断だけでは無い。疲労、錯覚、確認不足等、様々な要因が有る。

 油断した結果、心身を損なう恐れがある。些細な油断で、命を落とす危険を孕む。自身が傷つく事、他人を傷つけてしまう事、どちらにおいても非常に損な出来事に他ならない。

 その為、必要になるのが危険予測行動である。
 
 先ず、その行動の中にどんな危険が潜んでいるかを予測する。次に、問題点が有れば、その原因を予測する。更に、その原因を対処する方法を模索する。そして、問題を起こさない様に、留意して行動を起こす。

 言うのは簡単だが、これは訓練が必要である。危険予測行動を行う事で、自己の安全に係わらず、他者の安全を守る事にも繋がるのである。
 
 
「な~んか、小難しい事言ってるけどさ~。これって要は注意しろって事でしょ?」
「裕子ちゃん。静かに聞こうよ」
「だって、退屈だもん。誰よこんなセミナーに行こうって言ったのは」
「私を誘ったのは、裕子ちゃんじゃない! 馬鹿なの?」

 裕子ちゃんに誘われて、とあるセミナーに参加しました。暇だったので付き合ったんですが、この言いようです。どう思います?

 結局、飽きた裕子ちゃんに連れられ、三時間のセミナーを一時間も立たずに退席し、現在カフェでお茶してます。裕子ちゃんには『我儘娘』の渾名を授けてあげよう。
 こんな裕子ちゃんでも、高校時代には全国模試でトップを取った事が有るそうです。妖精さんよりもファンタジーな出来事です。

 結局、何だかんだで長話をしてしまいました。そしてカフェを出ると突然の雨です。

「うそ~! 雨の予報なんて無かったよね!」

 裕子ちゃんは大声で騒ぎ立てます。しかし、私はちゃんと折りたたみ傘を持ってきました。

「あんた、何で傘持ってるのよ!」

 そんなこと言われてもね。「持ってけ」って言われたんですよ、妖精さんに。玄関を出ようとした時に、その子は折りたたみ傘を持ってフワフワ飛んで来ました。

「ねぇ。雨の予報なんて出て無いよ。傘なんて必要?」

 その子は、コクコクと頷きます。私はその子の言葉に従い、折り畳み傘をバッグに入れました。
 別に大した荷物になる訳では無いですし。結果、持ってきて良かったなと言う状況になった訳です。

 実はこの子の言う事を聞いて助かった事は、何度もあります。
 一時間早く出発しろと言われて自宅を出ると、何時も乗る電車がトラブルで運休になった事が有ります。この子のおかげで、遅刻を免れれました。

 点滅している信号を急いで渡ろうとした時に、目の前を塞がれました。そのせいで、信号に間に合わなかったんですが、その時丁度スピードを出していた車が通り過ぎたんです。無理に横断歩道を渡っていたら、その車に轢かれていたと思います。
 
 この子は、色々な危険を予測して私を助けてくれます。うっかり者の私には、欠かせない存在です。
 名付けて危険予測の妖精さん。シャープな眼差しで、いつも色んな所に目を光らせてます。

 この子のおかげで、今まで忘れ物や遅刻をした事がありません。前の夜に次の日の準備を欠かさない習慣が出来ました。電車の運行状況をチェックする癖がつきました。提出するレポートは、誤字や間違いをチェックする癖がつきました。
 細かい事かも知れませんが、そんな小さな事の積み重ねが大事なのかも知れません。

 時には、直観的に判断を下さなければいけない時は有ります。でも、準備期間が有る時は、予測し行動する事で無駄やミスを省く事が出来ます。この子には、日々大切な事を教えられています。
 
 ですけどね。裕子ちゃんの襲来は教えてくれません。きっと裕子ちゃんは妖精さんの予測を超えるんです。やつは、何者なんでしょうね。もう、魔王でいいでしょ、裕子ちゃんはさ。今日も食材を持って自宅に押しかけて来ました。 

「あんたさ、結構めんどくさい事考えてるのね。馬鹿ね」
「私は裕子ちゃんみたいに、美味しい物の為だけに生きているんじゃ無いよ」
「私のおかげで、美味しい物にありつけてる癖に、生意気!」
「裕子ちゃんのおかげってより、お料理の妖精さんのおかげよね」
「食材を提供したのは、私じゃない!」

 ほんと、めんどくさい人です。そして裕子ちゃんは、ビールを飲み始めました。酔っぱらったら、恐らく絡まれます。

 危険予測の妖精さんは、私をツンツンと突きます。わかってるよ。悪質な酔っぱらいは、寝かしてしまいましょう。こんな時は音楽の妖精さんお勧めの、睡眠用CDの登場です!
 裕子ちゃんは船を漕ぎだし、やがて寝息を立て始めました。大してお酒が強くない裕子ちゃんの、扱いやすい所です。

 危険予測の妖精さんは、尚も私をツンツンと突きます。うん、大丈夫! このまま寝かせて風邪ひかれては困ります。裕子ちゃんを横にして布団をかけてあげます。
 
 明日の朝、寝起きの裕子ちゃんを相手するのは面倒なので、事前に朝シャン用のタオルや着替え等を用意しておきます。お料理の妖精さんには、朝食二人分を頼んでおきます。子猫達が余計なちょっかいをかけない様に、飼育の妖精さんに頼んで私も寝ます。

 予想通り、翌朝裕子ちゃんは慌ててました。シャワーを浴びて、私の服を着て、一緒に食事をして、私のメイク道具を使ってメイクして、一緒に大学へ向かいます。遅刻しない様に自宅を出れたのは、全て私のおかげです。 

 感謝してよね、裕子ちゃん。

 危険予測の妖精さん曰く、今日は夕方から雪だそうです。天気予報とは違いますが、一応傘を持っていくことにしましょう。それと寄り道をせずに早めに帰る事にしましょう。
 裕子ちゃんにも伝えます。信じて無かったですけど。痛い目を見ても、わたしのせいじゃ有りません。
 
 とっても助かる危険予測の妖精さん。今日も笑顔で私を助けてくれます。
 ありがとうって声をかけると、笑顔を返してくれます。そんな姿も愛おしい。そんな存在です。
 サバイバルって、やった事あります? お魚が威張ってるんじゃ無いですよ。サバゲーとも違いますよ。エアガンをバンバン撃ったりしないんです。FPSでもないですよ、ゲームじゃなくて現実のやつです。

 最近、裕子ちゃんから紹介された女の子と、友達になりました。名前は美夏ちゃんと言います。可愛い子なんです。やや赤めのフレンチショートに、焼けた肌は夏を彷彿とさせます。

 ただ、ちょっと問題なのが、美夏ちゃんはほぼ野生児です。お腹が空いたら、平気でそこら辺の草を食べたりします。体力が有り余っているのか、いつも走り回っている気がします。
 冬でも薄着で、ハーフパンツにスニーカーを履いてます。男の子みたいな美夏ちゃんですが、笑顔はとっても可愛いです。まるで太陽みたいです。
 
 そんな美夏ちゃんは最近まで、農家で住み込みのバイトをしていたらしいです。今まで美夏ちゃんのアルバイトしたのは、体を動かす仕事ばかりです。
 高校を卒業してから、地元の真駒内で酪農のアルバイトを始めて、伝手を辿ってしばらくマグロ漁船に乗った後に、お金を溜めつつ内地に渡って、林業やら、農業やらのアルバイトをしながら、少しずつ南へ移動して来たようです。
 
 何と言ったらいいか、とってもたくましい子です。

「せっかく知り合ったんだから、キャンプでもして遊ぼうよ!」 

 聞きました? 遊びもアウトドアですよ。
 
「ぼく、温泉が近くに有るキャンプ場、知ってるんだよ。ねぇ行こうよ!」

 聞きました? この子ボクっ娘ですよ。しかも温泉ですって。

 うっかり頷いてしまった私が悪いのか、ボクっ娘の美夏ちゃんが悪いのか。大変な目に遭いました。
 おまけに美夏ちゃんてば、脳筋さんでした。どんだけ、属性つければ気が済むんだ、この子は。

「美夏ちゃんさぁ。キャンプの道具は、どうするの? わたしは持って無いよ」
「だいじょぶだよ。キャンプ場で借りれば良いんだもん」
「キャンプ場までは、どうやって行くの?」
「あはは、車で行くよ。ぼく、免許持ってるもん」
「美夏ちゃんって、車も持ってるの?」
「やだな~、持ってないよ。レンタカーに決まってるっしょ」

 そんなこんなで、当日がやって来ました。不安しか有りませんよ。そして残念な事に、不安は的中してしまうのです。

 ナビが付いてるのに、道に迷うなんて考えられます? 散々注意したのに、ガス欠になるとか。地図にも載っていない山の中で、迷子になる事を『遭難』って言うんですよ。
 
 車は動かせないし、スマホの電波が届かないから連絡出来ないし。寒いし、お腹は空いたし。大変な事態なのに、美夏ちゃんは元気はつらつだし。そんな時に、現れるもんなんですよ、救いの神ならぬ、救いの妖精さんが。

 これぞ『ザ、サバイバル』なガッチリ装備の妖精さんは、きりッとした頼もしい感じでした。いや、実際に凄く頼もしかったんですよ。

 飲み物なんて、余分に持って来てないしどうしよう。なんて思っていると、妖精さんが水源を探して、教えてくれます。
 山の中だから、薪は拾いたい放題なんですけど、火のつけ方がわかんない。なんて思っていると、薪の付け方を教えてくれます。

 妖精さんの案内で、少し開けた場所に行って焚火をしながら、その夜は過ごしました。日が昇ってから、更に妖精さんの本領は発揮されました。所々にマーキングをしながら、山道を進んで行きます。お腹は減ってますけど我慢します。

 妖精さんの案内に従って、数時間くらい歩いた所に、微かにスマホの電波が届く場所を発見したので、JAFを呼びました。
 
「どうやって、こんな所に迷い込んだの?」

 JAFの人に言われましたが、むしろ私が知りたいです、そんな事。ただね、ちょっと嫌な予感がしてるんですよ。
 妖精さんが、やたらと美夏ちゃんに懐いているんです。それでもって、美夏ちゃんは妖精さんを目で追っているみたいなんです。
 
「ねぇ。さっきから、ぼくの周りを飛んでるのって、新種の生物?」

 うわ~。やっぱり見えてるよ、この子ってば。

「でも、この生物のおかげで、ぼく達は遭難しなくて済んだんだよね」

 美夏ちゃんは、妖精さんをおっかなびっくり撫でてます。

「あのね、信じないと思うけど、その子は妖精さんだよ」
「嘘だぁ! 妖精なんて、居る訳ないしょ!」
「現に見えてるじゃない! それが妖精さんなんだってば!」
「またまたぁ! 面白い事を言うんだね」

 まぁ、信じませんよね。でもね。帰れば信じさせる方法は有りますよ。だって、他の人が見えてなければ、信じるしか無いんですもん。

 帰りはJAFの車にくっついて、迷うこと無く帰宅出来ました。面倒ですけど、妖精さんを信じない美夏ちゃんに、裕子ちゃんを引き合わせました。結局、なんやかんやで美夏ちゃんは、妖精さんを信じてくれました。

 そうじゃ無いと、せっかく助けてくれた妖精さんが可愛そうです。泣いちゃいますよ、きっと。
 
 その後、妖精さんはどうしたって? わんぱくな美夏ちゃんに、張り付いてます。すごく楽しそうです。
 
 遅ればせながら、この妖精さんに名前を付けました。サバイバルの妖精さんです。
 
 美夏ちゃん曰く、「どんな山の中に入っても、この子が居るから帰って来られる」そうです。もしかしたら、実験でもしたんでしょうか? 流石、脳筋さんですね、美夏ちゃんって。