聖女の学び直し学院ヒロイン生活~国外追放された聖女の私は、追放先の学院で大活躍し、スーパーヒロインに! 意地悪な悪役令嬢を魔法競技会で成敗します!~

 私を乗せた飛空艇は、シャルロ王国の着陸場に無事、着陸した。

 そして私は、着陸場でナギトたちと別れることになった。

「じゃあ、私はこれで」
「ああ、二度と会うことはないだろうな」

 ナギトは冷たく言った。
 私は一瞬、ムッとしたが──おや? ナギトは少しさみしそうだ。飛空艇内では、剣術や魔法や術の話で、結構盛り上がったっけ。

「あー、その、じゃ、じゃあな」とナギトは言った。
「あ、うん」

 私はナギトと執事のジャガジーさんと別れた。ナギトって男の子、ちょっと気になるな。……って、ほ、本当にちょっと気になっただけなんだからね! 深い意味はないから!

 さて、私はそのまま、「勇者・聖女養成学校シャルロ校」に向かった。編入の手続きをするためだ。
 その学校は、通称「スコラ・シャルロ」と言われ、全国的にも有名な勇者と聖女の養成学校だ。

 ◇ ◇ ◇

「はあ、エクセン王国の出身ねえ」

 私はスコラ・シャルロの職員室に行き、手続きの用紙に必要事項を記入していた。編入の手続き担当者は、ラギット・グラーズンという中年男性教師だった。

 グラーズン先生は、鼻で息をして、私を見た。

「ま、エクセンなんて小国だろ」

 私はムカッときて、顔を上げた。
 私は、自分がエクセンの元聖女であることは、隠すことにした。エクセン王国は、小さい国だったので、他国からバカにされることが多いからだ。

「その点、ここ、シャルロ王国は大国だ」

 グラーズン先生は胸を張って言った。

「君はエクセンに帰って、聖女を目指すのかね?」

 本当はエクセンの元聖女ですけどね。黙ってよっと。

「でも、この学校には、エクセンなどという小国の聖女を目指す生徒などいないのだ。シャルロ、ビダーラン、ドスコルス、アダマーグなど、超大国の聖女が、この学校から輩出(はいしゅつ)されているのだよ!」
「エクセン王国だって、立派な王国ですよ」

 私は言い返したが、グラーズン先生は構わず言った。

「そうだろうが、確か、エクセンは建国102年だっけ? その点、シャルロ王国は2500年の歴史を持つぞ。ま、とにかく聖女になるには狭き門だが、指導はしてやる」
「ご指導、よろしくお願いします」

 私はこのグラーズンにブチきれそうになりながら、必要事項を記入した。

「手続きは完了だ。今から2年B組に行く。私が担任だ」

 私はめまいがしそうになった。このイヤミな教師が、私の担任ですって?

「あ、そういえば、今日はもう1名、2年B組に編入した生徒がいる。仲良くしたまえ」

 ん? そうなの? ふーん……。

 ◇ ◇ ◇

 2年B組の教室は2階にあった。
 グラーズン先生と一緒に中に入る。30名の生徒が、私の方を見た。
 勇者を目指す生徒が10名、聖女を目指す生徒が10名、魔法使いを目指す生徒が5名、僧侶を目指す生徒が5名いるらしい。

 生徒たちは、私を見て色々ウワサしている。

「へえ、あの子が新しく編入してきた子?」
「普通ね。エクセン王国から来たって?」
「あの小さい国?」

 私が咳払いし、自己紹介をしようとした時──。

 ガラッ

 教室の扉が開いた。

 えっ?

「遅れて申し訳ありません」

 女生徒だ。その子も編入生だった。……っていうか、この子……。

「私、ジェニファー・ドミトリーです! よろしくお願いいたしますわ!」
(はあああああっ?)

 私は目を丸くして、その女生徒──ジェニファーを見た。

 な、な、な、何でこんなところにいるの? ジェニファー!

 ジェニファーは私をチラリと見て、ニヤリと笑った。な、何かを企んでいる。絶対! それからまた、2年B組の生徒の方に向き直った。

「ジェニファーさんは、エクセン王国の、将来の女王候補です!」

 グラーズン先生は、ニコニコ顔でジェニファーを紹介した。な、なんで、私と態度が違うの?

「今、彼女は軍隊指揮官を任命されているのです!」

 おおおおっ!

 生徒たちの歓声が上がる。

「しかし、特別に許可をもらい、我が『スコラ・シャルロ』に編入してくれました。休日の土曜日にエクセン王国に帰り、軍隊指揮官の仕事をするのだそうです。偉いですな~!」

「へえ!」
「軍隊指揮官だって! すごい」
「なかなかの美人だね」

 生徒たちは感嘆の声を上げた。

 するとジェニファーは、この時とばかり、声を張り上げた。

「皆さんにプレゼントがあるわ! 女子にはルナッサンスのハンドバッグ、男子にはピッタ・オルテンの革靴を差し上げるわ! もれなく全員に!」

 おおおお~!

 生徒全員、驚きの声を上げた。

 ルナッサンスとピッタ・オルテンは、若者に大人気のブランド品メーカーだ。

 なるほど、ジェニファーは、グラーズン先生にも、それなりの物をプレゼントしたんだろう。どうりでグラーズン先生がニコニコ顔のわけだ。
 全部、エクセン王国の国家予算から出してもらったんだろうが……。

 私は一番後ろの窓側の席、ジェニファーは、一番前の席に座った。──休み時間になった。

「ジェニファー! 君はなんて気前が良いんだ?」
「さすがエクセンの女王候補だね」
「もっと何かくれよ」

 生徒たちは、ジェニファーの席に集まって、騒いでいる。

 すると……。

「ミレイアって子に近づかないほうが良いわよ~」

 ジェニファーは、私の陰口を言い始めた!

「あいつ、私の婚約者を奪おうとしてたんだから」

 は、はあ? 逆でしょ? まあ、もうレドリー王子なんか、私には関係ないけど。

 しかし、生徒たちはジェニファーの言葉を本気にしてしまい、私をにらんでくる生徒もいた。

「最低ね」
「ミレイアだっけ? あんまりしゃべらないほうがいいな」
「近づくのもよそう」

 ……ふーん、ジェニファーがこの学校に来たのは、私に嫌がらせをするためか。なんと執念深(しゅうねんぶか)い! ちょっと異常よね。

「私、今度の『スコラ・シャルロ魔法競技会』に出るつもりよ!」

 ジェニファーが声を上げた。

「そこで優勝するつもりなの。これを見て!」

 ジェニファーがカバンから取り出したのは、一本の魔法の杖だった。魔法競技会は、魔法の杖の装備はゆるされている。
 よく見ると、その魔法の杖……!

「これは、ゴルバルの杖よ!」

 おおお~! 生徒たちはまたしても声を上げた。ゴルバルの杖といえば、名匠魔導杖職人のロージア・バイカラが製作した、最高の魔法の杖だ。軍隊指揮官の権限で、手に入れたんだろう。

(あの杖があれば、その者の魔力は10倍になる)

 私はため息をついて、教室の外に出た。

 それにしても、スコラ・シャルロ魔法競技会か……。

 私は、(興味ない、興味ない)と唱えながら廊下を歩いていると……。

 ドガッ
 
 誰かとぶつかった。私は尻もちをついた。

「いってえな! よそ見してんじゃねーよ!」

 聞き覚えのある男子の声だった。

(あっ……)

 目の前を見ると……あいつがいた。

 ナギト……ナギト・ディバリオスだった。
 私はシャルロ王国の勇者、聖女養成学校──「スコラ・シャルロ」に編入した。

 その学校の廊下で、ぶつかった男子は……!

「本当にいってぇなあ! ったく、誰だよ!」
「私だって痛いわよ!」

 私は廊下に尻もちをつきながら、声を上げた。もう、その男子がナギトだと分かっていた。

 ナギトは私を見て、わめいた。ナギトはまだ、私だと気付いていないらしい。

「何だ、こいつ! 思いっきりぶつかってきておいて」
「あなたこそ! ナギト!」
「おい、(あやま)れっつーんだよ! ……って、あれ? 俺の名前を知ってるのか?」

 私もナギトが目の前にいることに驚いていたが、ナギトも目を丸くしている。

「ミレイア? 何で、こんなところにいるんだ?」

 私だってあわてている。

「そ、それはこっちのセリフ。ナギトこそ、なんで、スコラ・シャルロにいるの?」
「オレが、スコラ・シャルロの生徒だからに決まってんだろ。ええ? ……ってことは、お前、ここに編入したのか? 本当かよ!」

 廊下にいた生徒たちも、噂をし始めた。

「ミレイアって、ナギト君と知り合いなの?」

 すると、ジェニファーも騒ぎを聞きつけ、教室から廊下に出てきた。
 ナギトを見て、目を丸くしている。

「まさか! この男の子、グリンマゼル団の子息でしょう? 新聞で見たことがあるわ。ミレイア、あなた、何でグリンマゼル団と知り合いなのよ?」
「ジェニファー? べ、別に、飛空艇(ひくうてい)で一緒になっただけだよ」

 私はあわててジェニファーに言った。しかし、ジェニファーの興奮はおさまらない。

「グリンマゼル団といえば、エクセン王国の国家予算よりも、お金を持っているって有名よ! 何よ、ずるいわね!」
「あのね、ナギトとは知り合ったばっかりだし」
「くやしい! 王子のレドリーは最近冷たいし」

 ジェニファーはブツブツ言っている。しかしナギトは構わず、私を助け起こしてくれた。周囲の女子からの悲鳴があがる。

「あ~! ミレイアがグリンマゼルのご子息と手をつないだわ!」

 ナギトは騒いでいる女子たちをジロリと見やり、また私に言った。

「ミレイア、お前とは何か(えん)がありそうだな。じゃーな」

 ナギトはさっさと歩いて行ってしまった。

「キーッ」

 ジェニファーは猿のように、地団駄(じたんだ)()んで、くやしがっている。

「『お前』だって! なんでそんなに親しげなのよ!」

 ジェニファーは声を上げた。

「何かムカついたわ! 勝負よ、ミレイア!」
「しょ、勝負って?」

 私はぽかんとして、ジェニファーを見た。ジェニファーは叫んだ。

「あんたも、『スコラ・シャルロ魔法競技会』に出場なさい!」
「ええ?」

 スコラ・シャルロ魔法競技会とは、この学校の、聖女を目指す生徒たちが出場する、術や魔法を使った競技会らしい。

「私と勝負よ! どっちが優れた人間なのか、決着をつけてやる~!」

 ジェニファーは一方的に騒いで、取り巻きたちと一緒に教室に戻ってしまった。

 するとその時……。

『ミレイア・ミレスタさん。ミレイア・ミレスタさん。至急、校長室までおこし下さい』

 魔導拡声器(まどうかくせいき)で放送がかかった。な、何なのよ、もう……。


 私が職員室の奥の、校長室まで行くと、そこには30代後半くらいの()せた美しい女性が、客用ソファに座っていた。クッキーをポリポリ食べている。

「ほこにふわって(そこに座って)」

 女性……おそらく校長は、自分の前のソファを指差した。

「えーっと……このスコラ・シャルロの校長先生ですか?」
「そうでふよ(そうですよ)」

 校長先生は紅茶を飲んで一息つくと、ニコッと笑った。

「ようこそ、エクセン王国の聖女、ミレイアさん!」
「ええっ?」

 私は驚いた。私がエクセン王国の出身であることは、履歴書や手続き書に書いた。しかし、聖女であることは書いていないはずだ。
 エクセン王国は無名で小国だし、聖女の名前など、あまり知られていないはずだ。

 すると、校長先生は笑顔をたやさず、言った。

「だって、アルバナーク婆様の弟子でしょ。私もアルバナーク婆様の弟子よ」
「ええっ? そうなんですか?」

 スコラ・シャルロの校長は、私の師匠、アルバナーク婆の弟子だったらしい。

 校長は言った。

「私の名前は、ミランダ・マデリーンです。よろしく」
「え、はあ……。それで、何のご用でしょうか?」
「ミレイア、あなた、スコラ・シャルロの魔法競技会に出場なさい」
「ええええっ?」

 ジェニファーとおんなじことを言ってる! 私は人と競うことが苦手で、好きじゃない。

「そういうのは、ちょっと苦手です」
「ミレイア、アルバナーク婆様の一番の教えは、何でしたか?」
「……『常に向上せよ』です」
「分かっているじゃないの。だったら、魔法競技会に出て、自分を高めなさい」
「でも……」
「ミレイア、あなた、『(やみ)堕天使(だてんし)』を()たのではないかしら?」

 はっ……。そう、私は()た。確か、エクセン王国を出る時、不気味な、彫像のような、化け物のような謎の存在を()た!

「あ、あの存在を、マデリーン先生も()たのですか?」
「ええ、私も()ていますよ。この世界は近いうち、(やみ)堕天使(だてんし)(ひき)いる、魔物たちとの大戦争になるでしょう」
「そ、そんな!」

 や、(やみ)堕天使(だてんし)と魔物との大戦争!

「ミレイア、あなたはこの学校の魔法競技会に出場なさい。世界に危機がおとずれるかもしれません。その時に備え、自分を高めるのです」
「は、はあ……どうしよう」

 私は、腕組みした。

 この世界に危機……? 

 だとしたら、私は強くならなければいけない……!
 勇者・聖女養成学校──スコラ・シャルロの休日がやってきた。その日は土曜日。

 ジェニファーは、その日、エクセン王国のエクセン城に帰ってきた。

 軍隊指揮官という任務を、週1回は果たさなければならない。

「おう、ジェニファーか。お前、どこに行ってたんだ?」

 レドリー王子が、朝っぱらから、千鳥足(ちどりあし)で、ジェニファーに言った。

「レドリー……酒飲んでるでしょ」

 ジェニファーは虫でも見るように、レドリーを見た。

「まーな。そろそろデートしようぜぇ」
「今日はいそがしいのよ」
「ああ、軍隊指揮官の仕事か。がんばってな」

 レドリー王子は、また酒場に行くようだ。
 その時、軍隊の副隊長──つまりジェニファーの部下、ゴーバスが急いでやってきた。

「ジェニファー様! ベスタ墓地に、スケルトンナイトが7匹襲来しました!」
「7匹? ちょっと数が多いわね」
「聖女の結界がなくなっておりますから……」
「お(だま)り! でも、今日は味方を連れてきたわよ」
「……僕だ」

 すると、ジェニファーの後ろから、黒い服を着た、何とも怪しい少年がスッとあらわれた。

「ゆ、幽霊の類か!」

 ゴーバスが剣を構えようとしたが、ジェニファーがあわてて止めた。

「違う違う! 彼はスコラ・シャルロの、クラスメート、ゲオルグ・ザイファよ。勇者を目指している生徒なの。勇者コースでは、学年トップクラスよ」
「ゲオルグ・ザイファです。よろしく……クククッ」

 ゲオルグという怪しい少年は、黒い髪の毛をかきあげながら、言った。目の下にクマができている。

「ジェニファー様、この少年、大丈夫ですか?」

 ゴーバスが心配して聞くと、ゲオルグはニヤリと笑った。

「僕はね、勇者を目指す身でありながら、黒魔法をあつかえるんだ。学生では、僕ほど、黒魔法をあつかえる者はいないだろう……。よろしくね、ゴーバスさん……クックック……」
「き、君も墓地に行くのか?」
「そうだ。ジェニファーはゴルバルの杖という、最高の杖を持っている。その使い方を、僕が指導してあげるのさ。僕は、今度開かれる、魔法競技会の指導者というわけだ」
「し、しかし、相手は魔物だ。遊びじゃない」
「ジェニファーと僕で、スケルトンナイトを、せん(めつ)できる」
「な、何だって?」

 ゴーバスは心配そうな表情で、ジェニファーを見た。ジェニファーは胸を張って、「その通りよ」と言った。

 ……い、一体、どうなってるんだ? このジェニファーの自信は?

 ◇ ◇ ◇

 ジェニファーとゲオルグは、ゴーバスと5名の兵士と一緒に、馬車に乗り込んだ。
 
 エクセン城の北、ベスタ墓地は、湿地帯(しっちたい)だ。墓地から1キロ離れた場所で、降りなければならない。

 8名が30分歩くと、ようやく墓地にたどり着いた。
 ──その時!

「何をしに来た……。おろかな人間どもよ! 立ち去れ!」
「帰れ!」
「帰らなければ、呪いの剣で、八つ裂きにするぞ」

 恐ろしい声が周囲に響く! 墓の陰から、スケルトンナイトが飛びだした! 剣を持った、骸骨(がいこつ)の魔物だ。

「ジェニファー! ゴルバルの杖を振ってみよ!」

 ゲオルグが声を上げた。

「そのさい、空気が噴出するイメージを、頭の中に作り上げる!」
「分かったわ!」

 ジェニファーはカバンから、ゴルバルの杖を取り出した。
 そして頭の中で空気が噴出するイメージをしながら、杖を振った。

 ゲシイイッ

 すると、瞬時に空気の渦ができあがり、スケルトンナイト1匹を吹っ飛ばした。

「ギギッ?」

 スケルトンナイトが大きく飛び上がって、ジェニファーの方に向かってくる。

「はあああっ!」

 ジェニファーは再び、ゴルバルの杖を振った。

「ギエアアアアッ!」

 ガシャアアッ

 また、スケルトンナイトが叫び声をあげて吹っ飛ぶ。墓にぶつかて、粉々になった。

「す、すごいわ! ゴルバルの杖の威力がここまでとは! 私も天才ね!」

 ジェニファーは胸を張った。

「調子がよろしいようだ。今度は火を使って、スケルトンナイトを燃やしてしまおう」
 
 ゲオルグの指導の通り、ジェニファーは火を頭の中でイメージした。そして杖を振るう! その途端、火の球が高速でスケルトンナイトに向かっていき──。

 ボワアアアッ……ゲシイイッ

 スケルトンナイトを燃やして尽くした! 退治した魔物たちは宝石に変化してしまった。

「私って天才! すごい! ミレイアなんかよりすごい魔法の使い手よ」

 ジェニファーがキャーキャー喜んでいる光景を、呆然と見ていたのは、ゴーバス副隊長と兵士たちであった。

「あ、あのー」

 ゴーバスがジェニファーに聞いた。

「我々は何すれば?」
「邪魔だから、見学してて」
「け、見学……」

 ゴーバスと兵士たちは、体育座りで、墓地の横の木の陰に座ることにした。まるでひなたぼっこだ。

 ゲオルグはクスクス笑いながら、言った。

「ではジェニファー、今度は魔物を召喚(しょうかん)しよう」
「魔物を召喚(しょうかん)……えええっ?」

 ジェニファーはちょっと不安になった。

「魔物召喚(しょうかん)って……それはヤバいんじゃ」
「いや、魔物といっても、魔竜ダークドラゴンの子どもを呼び出すだけだ。たいしたことはない」
「ドラゴンの子どもかあ。それならなんとか大丈夫かな」
「では、集中し、魔法陣をイメージせよ! そして『いでよ、魔竜リトルダークドラゴン!』と唱えるのだ!」
「わ、わかった!」

 ジェニファーは集中し、頭の中で魔法陣のイメージを作り上げた。ゴルバルの杖が怪しく輝く。

 すると、本当に地面に魔方陣が作り上げられた。
 ジェニファーは叫んだ。

「いでよ! 魔竜リトルダークドラゴン!」

 グオオオオオッ

 地面の魔法陣からニュッと現れたのは、魔竜リトルダークドラゴンだ! 子どもの魔竜だ! 牛一頭くらいの大きさである。大人のダークドラゴンは、その10倍の体長だが。

「魔物を破壊せよ!」

 ジェニファーはリトルダークドラゴンに命令すると──。

 バキイッ
 ガシイッ
 ベキイッ

 リトルダークドラゴンは、スケルトンナイト3匹を、上から滑空し、押し潰した。

「あははは!」

 ジェニファーが笑い声を上げた。

「すごい、すごいわ! 最高よ、ゴルバルの杖の威力は! 私の才能も最高だけど……ん?」

 すると、リトルダークドラゴンは、墓地を破壊しはじめた。

 グワシイッ

「あっ……」
 
 リトルダークドラゴンは、ガーディアン(きょう)の墓を壊した! ガーディアン(きょう)は120年前の貴族で、エクセン王国の建国に尽力した、エクセン王国の大偉人である。

 その墓を破壊してしまったのだ。

「やばい! な、なんとかしてよ!」
「……ふーむ」

 ゲオルグはあごに手をやって、深く考えている。

召喚(しょうかん)した魔物は、後30分は魔法陣に戻せないな。クククッ」
「ククク、じゃねええーっ」

 ジェニファーは叫んで、ゴルバルの杖でゲオルグの頭をどついた。

「どうするのよ! エクセンの大偉人の墓を壊しちゃったじゃないの!」
「それだけじゃない」

 ゲオルグはクスクス笑いながら言った。
 
「エクセン王族の、18代目王と王妃の墓も壊したね」
「ああああーっ!」

 レドリー王子の祖父と祖母の墓だ。粉々に破壊されている。ジェニファーは失神しそうになった。

 ゴーバスと兵士たちは、膝をかかえて、それを見ていた。
 一人の兵士はつぶやいた。

「あの二人とリトルダークドラゴン……どうします、副隊長」
「ほっとけ」

 ゴーバスは頭を抱えながら、静かに言った。
 1ヶ月後。スコラ・シャルロに入学した私は、元聖女という肩書(かたがき)を隠しながら、学生生活を続けた。

 ジェニファーのせいで、私にはクラスに友達がいない。ジェニファーは、私の悪い(うわさ)を流しているからだ。

「ミレイアは、すぐ先生にチクる」
「ミレイアは、人の悪口を平気で言う」
「ミレイアは、暴力沙汰(ぼうりょくざた)を起こして、シャルロに編入した」

 などなど。

 ジェニファーはよくもまあ、こんな大ウソを流せるものだ。私は生徒一人一人に、訂正(ていせい)してまわる気も起きない。

(面倒くさい)

 ジェニファーは、エクセン王国の軍隊指揮官という立場を利用して、国家予算も使いまくりだった。
 ブランド品を買いあさり、生徒たちにプレゼントし、自分の取り巻きにしていったのだ。

 ◇ ◇ ◇

「大切なお話があります」

 ある朝、朝礼で、ヤギのようなアゴひげの理事長先生が口を開いた。

「1ヶ月後に、この学校で、『スコラ・シャルロ魔法競技会』を行います。出場できるのは、『聖女』を目指す『聖女コース』、『魔法使い』を目指す『魔法使いコース』、『僧侶』を目指す『僧侶コース』に所属する女子です」

 うおおおっ……。

「今年もきたか!」
「やべぇ女の戦いが見れるぞ」
「弱肉強食の世界だ……」

 生徒たちは噂をし始めた。スコラ・シャルロ魔法競技会は、シャルロ王国国民にとっても、大きなイベントだ。学生が名誉をかけて魔法と術を駆使して、懸命(けんめい)に戦うのだから。

(注 スコラ・シャルロには、勇者、聖女を目指すコースだけでなく、魔法使いや僧侶を目指すコースもある)

 私、ミレイアも朝礼で理事長の話を聞いていた。私は「聖女コース」の女子だから、出場資格はある。

「戦いの模様は、魔導(まどう)飛行水晶球により、シャルロ全土に放送されます」

 スコラ・シャルロは超有名学校でもあるので、国民は興味津々(きょうみしんしん)だ。

「予選は出場女子生徒と、勇者コースの生徒がパートナーとなって、もう1組の生徒たちと闘います。1試合、2対2の構図になります」

 ええっ? パートナー? そんなのいないよ!

「今年も厳選された4組の生徒が、立候補、推薦(すいせん)により、予選に選ばれます。自信のある生徒は、『勇者コース』所属のパートナーを見つけ、ぜひ、魔法競技会に出場してください」

 うーん……。私はちょっと出場をあきらめそうになった。

 理事長先生は話を続けた。

「では、今年の予選ルールですが」

 生徒たちは、興味深そうに理事長先生を見た。

「サバイバル方式で行いたいと思います」

 どよよっ……。

 そんな騒ぎ声が周囲に響いた。サバイバル方式? 何だろう、それ。

「予選A組の2チーム……計4人は、シャルロ王国東部、リリシュタインの森に入り、2日間戦ってください。予選B組の2組のチームは、シャルロ西部、アルダマールの森に入っていただきます。ルールは……」

・聖女はどんな魔法、術を使っても構わない

・聖女のパートナーの勇者は、魔力模擬刀(もぎとう)という模擬刀(もぎとう)を携帯、使用する

(注 魔力模擬刀(もぎとう)とは、刃の部分が鉄材ではなく、魔力の刃になっている。実際に体を斬らず、斬った部分に電撃が走る)

・聖女はどんな杖を使っても構わない

・森の中で2日間生活。その期間で相手を失神、まいったをさせれば、決勝進出

「ということです。では、参加希望者は先生に申し出ること。注意点としては、きちんとパートナーの勇者を見つけてから、申し出てくださいね」

 理事長先生はそう言って、壇上を降りた。

 ……パートナー……男子……。

 そんなのいるわけない!

 ◇ ◇ ◇

 放課後の教室──。

 私が魔法競技会の参加をあきらめて、(りょう)へ帰り支度を始めていると、後ろから声が掛かった。

「よう」
 
 横から男子の声がかかった。

 ナギトだ。ナギトは隣のクラス。2年A組だ。

「ミレイア、お前、魔法競技会に出たいんだろ?」
「……出ない」
「は? 何でだよ? お前の術や魔法の実力だったら……」
「パートナーがいないからです」
「……お前なー、何でオレがここに来たか、想像つくだろーが」

 私はハッとした。まさか、ナギトがパートナーになってくれるの? いやいやいや。なんで、こいつと組まなきゃいけないの? ナギトって何かうるさいし。

「オレと一緒に出ろよ。それしかねぇだろ。お前、優勝したら一躍、スコラ・シャルロの英雄(ヒロイン)だぜ! パートナーも賞賛される。つまりオレも、この学校一番の英雄(ヒーロー)になれるんだ!」

 ナギトは目を輝かせて言った。

「そうなりゃ、メチャクチャかっこいいぞ。王様気分だ!」

 こ、子どもっぽい……。学校で一番の英雄……王様気分って……。

(……ナギトには悪いけど、どう断ろうかな)

 私はそう思ったものの、マデリーン校長の言葉が頭から振り払えなかった。

「ミレイア、あなたはこの学校の魔法競技会に出場なさい。世界に危機がおとずれるかもしれません。その時に備え、自分を高めるのです」

 うむむ……校長先生の言葉なら、仕方ないのかな。
 うー……もう、しょうがないっ!

「じゃ、じゃあ、ナギトをパートナーにして、候補者に立候補しましょう」
「おっ、本当か?」

 ナギトは飛び上がって喜んだが、私はプイと横を向いてしまった。あーあ、承諾(しょうだく)しちゃった。

「そうこなくちゃ!」

 ナギトはうれしそうに言ったが、私はすぐに言葉を返した。

「で、でも、別にナギトのことが気に入って、パートナーにするわけじゃないんだからね! あくまでも、『しょうがなく』です!」
「お前、顔が真っ赤になってんぞ」

 ナギトはクスクス笑いながら言った。
 ハッ……。私は恥ずかしくて顔を隠した。

「なーんてウソだけど」とナギト。やられた。

「と、とにかくですね! 出場するからには、優勝しましょう! あ、でも、その前に出場者に選ばれないと……」

 私が宣言すると、ナギトも大きくうなずいた。
 
「なーに? あんたたちも、魔法競技会に出場するの?」

 ジェニファーがニヤニヤ笑いながら、近づいてきた。彼女の横には、勇者コースの秀才、ゲオルグがいた。やっぱり、ジェニファーも出場者候補か! しかも、パートナーはクセモノのゲオルグ!

「ミレイア、私があんたに負けるわけがない」

 ジェニファーは言った。

「私は最強の杖──ゴルバルの杖を持っているんだから」
「……ふーん、ポイズンモンキーから逃げ出した、軍隊指揮官が何を言ってるの?」
「な! う、ぎ、ぎ」
 ジェニファーは私をにらみつけた。

「私は候補に確実に選ばれるはずよ。優勝するのは私! あと、そのポイズンモンキーの話を皆に言いふらしたら、承知(しょうち)しないから!」

 ジェニファーはプリプリ怒りながら、教室を出ていってしまった。

「やるしかねぇようだな」

 ナギトは笑っている。

 私はため息をついた。勝負ごとは、あんまり好きじゃないのになあ……。
 1ヶ月後──。

 私──ミレイアは、スコラ・シャルロ魔法競技会の参加競技者に決定した。

 多分、マデリーン校長が推薦(すいせん)してくれたんだろう。

 土曜日の午後2時、私は競技パートナーのナギトと一緒に、馬車に乗り込んだ。

 予選の場所、シャルロ王国の東、リリシュタインの森に向かうためだ。

「結局、対戦相手は分からないのですか?」

 馬車にゆられながらナギトに聞くと、彼は答えた。

「分からないな。予選は4組、計8名選ばれている、ってことは分かるんだが」

 ◇ ◇ ◇

 午後3時30分──。

「着いたわよん」

 御者(ぎょしゃ)のマリオット先生が言った。
 目の前は、森が広がっている。リリシュタインの森だ。

「スコラ・シャルロ魔法競技会の予選A組は、このリリシュタインの森で2日間、戦うわよ」

 マリオット先生は、口ひげをなでながら言った。

「相手も同時刻、森の西から入るはず。火や雷の魔法も使用していいわ。木々や植物に、火は燃え移らないように、魔法がかけられているから──。怪我しないことを祈ります」

 マリオット先生は、私に森の地図を手渡してくれて、投げキッスを送ってくれた。

 ど、どうも……。

 ──私とナギトは、リリシュタインの森に入っていった。

 ◇ ◇ ◇

 森の中は湿(しめ)り気を感じる。
 当たり前だが、周囲は木々と植物、地面は土。
 都会からほとんど出たことがない私には、とても珍しい光景だった。

「オレが前を行く」

 ナギトは言った。

「お前は後ろを見張ってくれ」
「ええ」

 ナギトがズンズン歩いていく。

 ──その時!

「ミレイア!」

 ナギトは急に私を抱きしめ、私を地面に押し倒した。

 ガスッ
 ガスッ
 ドスッ
 
 鋭い音がして、何かが、地面に突き刺さった!

 あれは! 魔法でできた光の矢! しかも三本──。

 上を見上げると、ぼんやりとした光る透明の霊体は、弓矢を構えて私たちを狙っている。

「ハアアッ」

 ナギトはナイフを投げ、頭上の霊体を攻撃した。しかし、突き抜ける。

 ナギトが助けてくれた……? あの場所にいたら、魔法の矢が、私の腕に刺さっていた!

「いきます!」

 私は宙から聖女の杖を取り出し、身構え、魔法を放った。

「天の(さば)きをくらえ! アストラペ・ライトニア!」

 バーン! 

 超高速で、私の魔法の雷が、天から落ちた。この雷は霊体にも損傷(そんしょう)を与える。なぜなら、この雷は、霊の世界に存在し、この世に落ちてきたものだからだ。

『ウググッ』

 霊体は少しは焼け()げ、ギロリと私をにらんだ。脳天から雷が落ちたのだ。ダメージはかなり大きいはず。

『や、やるね……。予想通り、ミレイアか』
「あ、あなたは?」

 私が声を上げると、霊体の代わりのナギトが言った。

「あいつ、ゾーヤだ。ゾーヤ・ランディッシュの声だぜ。霊体だから、顔はよく分からんがな……。魔法使いコースの女子だ……。あいつが、今回、オレたちの相手だ!」
『ふん、バレたか。そうだよ、あたしはゾーヤ。肉体から霊体だけ抜け出し、挨拶(あいさつ)にきたよ。私の肉体は、ここから遠い場所にある』

 霊体はクスクス笑った。私はゾーヤを知っている。同じクラスの女子だ。ジェニファーの取り巻きの一人でもある。

『ジェニファーに言われたんだよ。ミレイアが来るはずだから、容赦(ようしゃ)なく、叩きのめせってさ!』
「ふーん……でもそれ、すごい技よ! 『幽体離脱』よね?」

 私は敵であるゾーヤを()めた。

「どうして、そんなすごい技を使えるあなたが、ジェニファーなんかとつるんでいるんですか?」
『うるさい!』

 霊体のゾーヤは声を上げた。

『ミレイア、あんたがムカつくだけさ。真面目ぶっちゃってさ。さあ、地図を持ってきたかい? ×印が書いてあるだろう。そこで、明日の朝、正々堂々、勝負だ。あたしのパートナーも来るからね。──じゃあな!』

 霊体のゾーヤは、ヒュッと姿を消してしまった。本体に戻ったんだろう。

「ゾーヤは、明日、どこかで待っていると言ってたな」

 ナギトはマリオット先生からもらった地図を広げた。

 地図を見てみると、森の中央部に、確かに×印がついている。
 これは……?

「へえ? あんがいお宝があったりしてな。明日、行ってみようぜ。今日はもう夕方5時だ。下手に動くと、森にひそむ猛獣(もうじゅう)が襲ってくる。──おっしゃ、晩飯(ばんめし)の用意をするぜ。──っと、見つけた!」

 ナギトは左腰につけた小さい(さや)から、また小型ナイフを取り出し──。

 ヒュン

 投げた!

「キキッ」

 そんな鳴き声がした。ナギトが前方に駆けていく。

「ほーれみろ。大当たりだ」

 ナギトは大きな茶色いウサギを抱えていた。ぐったりしたウサギの脇腹に、ナイフが突き刺さっている。

 ええっ? 見えなかった。そうか、大ウサギの体毛が、土と同色だから分かりにくかったのか。

「おっと、忘れちゃいけない。血抜きをするぜ」

 ナギトはウサギに刺さっているナイフを、もう一度ウサギの下腹部に刺し、上の方に斬りあげた。

 血が飛びだす。

 ナギトはウサギの内臓を取り出し、そのウサギを大きな葉っぱの上に置いた。

「血をぬいておくと、臭みがとれて肉が美味しくなるんだ」
「うわああ……」
 
 私は顔をしかめていたが、なぜか「見なければいけない」という使命感がわいて、解体されたウサギを見ていた。

「ミレイア、ヨモギだ。他に薬草類を()んでこいよ。『パレック』って植物も忘れるな」

 ナギトは私に言った。

「あ、はいっ」

 おそらく、ウサギ肉の臭み消しに使うんだろう。私は周辺を探し周り、ヨモギ、ミント、オレガノなどを見つけた。
 
 薬草類のあつかいは、アルバナーク婆に習ったから、慣れている。パレックもあった。これはどんな植物だっけ? えーっと……。

 私が考えていると、ナギトはもう1匹、大ウサギを仕留めて、大はしゃぎだ。
 
 ◇ ◇ ◇

 私たちはそこから2キロ歩き、小川の近くに洞窟を見つけた。

「ここを宿にしよう」

 ナギトが言った。

 あれ? もしかして、ナギトと一緒に、1晩過ごすことになるの?

 ……男の子と一緒に、夜をすごすなんて……初めて……。
 スコラ・シャルロ魔法競技会、予選1日目の夜7時──。

 私とナギトは、洞窟の入り口付近で、()き火をした。()き火の中では、森で捕獲(ほかく)した大ウサギがセルクの大きな葉にくるまれて、蒸し焼きになっている。

 この予選では、食料の持ち込みは禁止だ。森で採れたものを調理するしかない。

「相手のゾーヤは、どんな女の子なんですか?」

 私がナギトに聞くと、ナギトは()き火に木の枝を入れながら言った。

「ゾーヤは気が強ぇ。貧困家庭の出身だよ。両親は離婚している。ゾーヤはアルバイトで学費を支払っているんだ」
「ああ……そうなんですか。でも、どうしてジェニファーとつるんでいるんですか?」
「ジェニファーは色々、物を配っている。ゾーヤにも与えているはずだ。ゾーヤは高額なものをもらえて、うれしいんだろ。──よし、焼けた」

 蒸し焼きにされた大ウサギの肉は、すっかり内部まで火が通ったようだ。

 パレックの葉を煮てとった塩を、ウサギ肉にかけて食べる……。

(ウサギ肉かあ……)

 私はちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。あのかわいいウサギでしょ。うーん……。でも、明日の勝負に向けて、力をつけておかないと。

 えーい! 

 パクッ

「あ」

 私は声を上げた。

「お、美味しっ……! 美味しいです! 味が深い! 高級な鶏肉みたいに繊細(せんさい)!」
「そうだろ。お前が()ってきたヨモギとか、香草も詰め込んで蒸し焼きにしたから、臭みは完全に消え去っているはずだ」

 ナギトは胸を張った。私は、焼きウサギ肉を食べる手が止まらない。本当は食いしん坊な私……。

 私たちは、2匹丸ごと、大ウサギを食べてしまった。

「明日の話だがな」

 ナギトが言った。

「ゾーヤが相手だということは分かっている。場所は、地図の×印の場所。で、ゾーヤの競技パートナーだが……」
「分かるんですか?」
「多分、ランベール・ロデアルって男子だ。生真面目な野郎でさ。ゾーヤと仲が良いから、多分」
「あ、ランベール君は知ってます。勇者コースでは、かなり成績優秀だと聞いてます」
「ふーん、そうか。……オレは筆記試験がダメだからよ」

 デザートは森で()れたリンゴだ。私が洞窟近くで見つけた。少し青いけど、結構美味しそう。

 私はナギトにナイフを借り、リンゴの皮むきに挑戦した。……実は、リンゴの皮むきなんて、したことがない。料理全般(ぜんぱん)もしたことがない。

 聖女の仕事と勉強でいそがしかったから……。

 とにかく、何か役に立とう……あ!

(いた)ッ」
「大丈夫か!」

 ナギトは私の手を取った。

(あっ……ナギト)

 私の左親指からは、少し血が出ている。ナイフで親指を切ってしまったのだ。

 ナギトは、私の左親指に絆創膏(ばんそうこう)を張ってくれた。

「オレは武器を扱うからな。絆創膏(ばんそうこう)くらいは、常備してるのさ。おい、そのリンゴを貸してみろ」
「えー」
「えー、じゃねえよ。ほら、ほく見てみな」

 私はナギトに近づいて、ナギトの手元をよく見た。

「ナイフの刃元(はもと)に、親指を当てるんだ。リンゴの持つほうの親指の部分は、刃に当たらない部分に置く」
「あ、う、うん」

 ナギトの体温を感じる。

 ナギトはリンゴをくるくる回して、器用に皮をむいていく。

「リンゴの正面が、いつも前に来るんだ」
「……うん。分かった……」

 リンゴは2人で切り分けたけど、甘酸っぱくて、とても美味しかった。
 
 ◇ ◇ ◇

「さて、寝るか」

 ナギトはあくびをしながら言った。

 私とナギトは、歯磨き用植物ゴムを(これは持ち込み許可されていた)()んだ。

 それから、洞窟内に草と葉っぱを敷きつめてベッドを作り、寝ることにした。

 ◇ ◇ ◇

 次の日の朝、地図の×印の場所に行ってみた。

 洞窟から5キロ離れた場所にある。

 そこには立派だが古ぼけた城が建っていた。

 私とナギトは古城に入った。中は薄汚れている。廊下も部屋も、ほこりと土だらけだ。

 王の間は、2階の奥にある、広いホールだった。奥に王様と女王用の立派な椅子がある。

「ナギト君──待ちかねたぞ。勝負だ」

 少年の声がした。王座の後ろから、長髪の少年が現れた。

(あっ……ランベール・ロデアル!)

 その少年は、2年A組の勇者コースの生徒、ランベールだった。

「ランベールか。もう戦闘しようって?」

 ナギトはそう言いつつ、自分も背中の魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を引き抜いた。危険を察知したからだろう。

「いくぞ!」

 ランベールが走った!
 
 タッ

 ズバアアアアッ

 ランベールは、横に魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を払った。
 
 しかし、ナギトはそれを()けていた!

「ランベール! 気が早いヤツだ!」

 今度はナギトの攻撃だった。

 シャッ

 ナギトの狙いは正確だった。ランベールの右腕を、上から斬り下げた!

 ガキイイイッ

「な、なにいいっ?」

 ナギトは驚きの声を上げた。

 刃と刃がぶつかったのだ。

 間一髪(かんいっぱつ)、ランベールは自分の魔力模擬刀(まりょくもぎとう)により、ナギトの上段斬りを防いだのだ。

 魔力模擬刀(まりょくもぎとう)は、刃の部分が魔法の光でできており、体の一部を斬られるとそこに電撃が走る。命に別状はない。

「ハハハ! なかなか良い試合じゃないか!」

 女子の声がした。

 いつの間にか玉座の後ろに立っていたのは、長い黒髪の女の子だった。
 黒いローブを羽織った魔法使いコースの生徒──ゾーヤだ。

「ランベールはあたしの競技パートナーさ。ミレイア、しばらく見物といこう」

 ナギトがランベールの腹を蹴り上げる。

 ランベールは吹っ飛んだ!

「次はてめぇだ! ゾーヤ!」

 ナギトが向かった先には、ゾーヤがいた。

 ゾーヤは身構えたが、ランベールは魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を投げていた。その刃は、ナギトの足をかすめていた。

「くそっ」

 ナギトは片膝(かたひざ)をついた。

 恐らくナギトの(ひざ)に、電撃が走っているのだろう。

「ナギト! 私があなたを守る!」

 私は、ナギトの前に立ち、叫んだ。

 一方のランベールも、右腕を抑えている。

 刃と刃が重なった瞬間、右腕のどこかを負傷したのだろう。

「ゾーヤ! 二人は負傷しました! 今度は私とあなたが勝負よ」

 私は宙から、聖女の杖を取り出した。

 ゾーヤはニヤリと笑って、魔法使いの杖を身構える。

 ──戦闘開始だ!
 スコラ・シャルロ魔法競技会──リリシュタインの森の予選。

 ナギトとランベールが負傷し、今度は私、──ミレイアとゾーヤが向かい合った。

「あたしは、あんたみたいな真面目な女が、一番嫌いなんだよね」

 ゾーヤはクスクス笑いながら、何事か唱えた。
 すると、ゾーヤの体が分裂し──。

「分身の術」が発動した!

「分身の術? あなた、こんな高度な魔法を!」

 私は驚いて声を上げた。
 三人のゾーヤに囲まれている。

「ゾーヤ・エクスフランマ!」

 ゾーヤは呪文を唱えた。

 凄まじい勢いで、三人のゾーヤから火炎が放たれる。

 私はそれを()けるために、飛び上がった。

 タッ

 王の間の壁を三角蹴(さんかくげ)りして、下のゾーヤに向かって、声を上げる。

(こお)れ! アクス・ゲフリーレン!」

 キイイン

 火炎が一瞬にして(こお)る。氷結(ひょうけつ)魔法──アクス・ゲフリーレンは、どんなものでも(こお)らせてしまう。

 攻撃範囲(はんい)が狭いのが欠点だが。

「やるねぇ」

 ゾーヤは笑っていた。分身の術もやめてしまった。

 タッ

 私は床に降り立った。

 しかし──。

 周囲を見回すと、そこは花畑だった。

「な、何? これって?」

 王の間が一瞬にして、花畑になってしまったのだ。

 かわいいタンポポやスミレが辺り一面、咲いている。

 美しい! しかし──だからこそ危険!

「ああっ……」

 私はよろめいた。

(いけない、これは──)

「そうだよ、魔導幻覚《まどうげんかく》だよ」

 ゾーヤはケラケラ笑った。中枢神経(ちゅうすうしんけい)を狂わせる魔法だ。補助魔法だが、その効果はすさまじいものがある。

 私は、この美しい風景を見たままで、めまいを感じた。こ、このままでは、ゾーヤの攻撃魔法を、まともにくらってしまう!

「さーてと、焼き料理の時間だ」

 ゾーヤは自分の杖を構えた。

「ゾーヤ・エクスフランマ!」

 ゴオオオオッ

 花畑に火がつき、燃え広がる! あ、熱い!
 
 火が波のようになって、私に襲い掛かってくる!

 その時──。

 シャッ

 そんな音がした。

「あ、あぐっ!」

 ゾーヤが声を上げていた。

 ゾーヤの左手に、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)が突き刺さっている。

 もちろん、魔法の刃だから、血は出ていない。だが、ゾーヤの手の平には、すさまじい電撃の痛みが走っているはずだ。

 魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を投げたのは、ナギトだった。

「──違う、ミレイア! オレは何もしていない。まやかしだ!」

 ナギトは叫んだ。私は戸惑った。ど、どういうこと?

「クククッ」

 ゾーヤは笑う。手の平に魔力模擬刀(まりょくもぎとう)が突き刺さったまま。

(そうか!)

 私は理解した。

 さっきのナギトのゾーヤに対する攻撃も、幻覚だ。
 そう思った時、花畑も、火の波も消え去った。ゾーヤの手に刺さっていた魔力模擬刀(まりょくもぎとう)も、いつの間にか、ない。

(なぜ、こんな幻覚を見せる?)

 ゾーヤは何やら魔法を唱えようとしている。大きな魔法の発動をしようとしている!

 幻覚を見せて、時間稼ぎをしているのか!

「それならば」
 
 私はつぶやいた。

「なーにが、『それならば』だ。あたしはあんたに幻覚を見せて、時間をかけ、体に魔力をため込んでおいたのさ。勝負はもう決まった。あたしの勝ちだ!」

 ゾーヤは余裕だ。それとともに、すさまじい殺気!

「ゾーヤ・トルナードフランマ!」

 ゾーヤの杖から、私に向かって、炎の(うず)が放たれた。これはゾーヤの最高の呪文らしい。
 これは幻覚ではない! 本物の攻撃だ。

 しかし──ここだ!

「ヴィントシュトース!」

 私は炎の(うず)に向かって唱えた。

 私の聖女の杖から、すさまじい突風が放たれた。

「あっ」

 ゾーヤは声を上げた。

 炎の(うず)が、私の魔法──ヴィントシュトース(突風)に押し返され──。

 逆にゾーヤに襲い掛かった!

「う、うああああああっ!」

 ゾーヤはあわてて身をかがめた。

 しかし、ゾーヤには私の魔法は届かなかった。

 いや、私が魔法を止めたのだ。

 勝負はついた。

 なぜなら……。

「うう……」

 ゾーヤは身をかがめながら、私をうらめしそうに見た。

「なぜだ、なぜ、とどめをささない?」

 ゾーヤの背後には、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を持ったナギトが立っていたからだ。

「王手ってやつか……」

 ゾーヤはくやしそうに言った。

 しかし、その時だ。

「たああああー!」

 今度はランベールが襲い掛かってきた。

「ナギト君! 僕の剣技を受けたまえ!」

 ガギイイッ

 ナギトの魔力模擬刀(まりょくもぎとう)と、ランベールの魔力模擬刀(まりょくもぎとう)がぶつかり合う! 魔力の光の刃が、光の火花を散らした。

「でえええいっ」

 ナギトは鍔迫(つばぜ)り合いから、ランベールを体で押し、自分の足でランベールを転ばせた。

 ナギトは魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を、倒れ込んだランベールに突きつける。

 ランベールは腕を抑えている。腕の負傷がかなりひどいらしい。

「この腕の痛みが無かったら……! くそ!」

 ランベールは表情をゆがめた。

 まともに刀をあつかえそうになかった。

「待て! ナギト!」

 ゾーヤが声を上げた。

「私たちの負けだ。まいった! だからもう、ランベールを傷つけないでくれ!」

 すると、倒れ込んだままのランベールは、声を上げた。

「ゾーヤ! まだ勝負はついていない!」
「ランベール、あんた、負傷したのは利き腕だろ。どうやって魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を振るんだ」

 ゾーヤは言った。ランベールは、「うう……」とうなり、そしてため息をついた。利き腕を負傷したら、武器をまともにあつかえるわけがない。

「それに、私が負けを認めたのは、ランベールのせいじゃない。あたしと、ミレイアの魔力の力が違いすぎたのさ」

 ゾーヤは私をにらみつけた。

「私の炎の(うず)を、突風で押し返すなんて──ちょっと信じられない。ミレイア、あんた何者だ? あたしたちが負けるのは、時間の問題だ……てなわけで」

 ゾーヤは伸びをしながら、言った。

「あたしたちの負けっ!」

 そしてゾーヤは、私に手を差し出した。

 ナギトは叫んだ。

「ミレイア! (わな)かもしれねーぞ! そいつ、ジェニファ―の仲間だろ」

(えっ?)

 その時だ。ゾーヤの手を見た瞬間、不思議な映像が頭の中に入ってきた。

「あたしたち、仲間だよな。ずっと。明日も明後日(あさって)も……」

 ゾーヤに似た、魔法使いがそう言った。でも、その魔法使いはゾーヤではなかった。ゾーヤに似ているだけだ。そして、聖女と一緒に、森の()ち木に座って、笑っている。

 その聖女は私に似ている。また、この謎の、私に似た聖女だ……。

 二人はすごく仲が良さそうだ。時代は……ずいぶん古い? 多分、200年以上前? 何なんだろう、この頭に浮かんでくる映像は?

 そしてその森は、リリシュタインだと思う。つまり、この森?

 ど、どういうこと? 一体、このゾーヤに似た魔法使いは、一体誰? ゾーヤに似ているのに、ゾーヤではない。聖女は、私に似ているのに、私ではない……。

「ミレイア」

 私は、ゾーヤの声でハッとなった。

「握手だ」
「え、うん」
 
 ゾーヤは私の手を握って、握手してくれた。
 今の映像は……一体、何? 
 確か、ジェニファーを見たとき、ナギトと初めて会ったときも、奇妙な映像を見たような気がする。

 でも、この映像がなんなのか、考えても分からない。

 さて──私が首を(かし)げているのをよそに、ゾーヤは言った。

「ジェニファーがあたしの仲間? ふん、あたしはあいつの目的を探っていたのさ」

 ランベールも、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を背中の(さや)に戻しながら言った。

「ゾーヤの言う通りだ。ジェニファーは、スコラ・シャルロを乗っ取るつもりだ」

 私とナギトは顔を見合わせた。
 スコラ・シャルロ魔法競技会予選──。

 ミレイアとナギトが、ゾーヤとランベールに勝利したその1時間後。

 シャルロ西部、アルダマールの森では、予選B組の戦いが始まろうとしていた。

 ジェニファーとゲオルグ組、そして聖女コースのルチアと勇者コースのバナード組の対決だ。

「相手はルチアとバナードのはずよね? グラーズン先生の情報だと」

 ジェニファーは歩きながら、ゲオルグに聞いた。

「間違いなく、その二人かと……ククク……」
「で、さっきあなたが放った、情報伝達魔法は、ルチアとバナードに届いた?」
「ああ。今頃、彼らの目の前には、光の文字板が表れている。そして『地図上の×印のところで会おう』と示されているはずだ」

 2時間後──。ジェニファーとゲオルグは、地図上の×印の場所──庭園広場にたどり着いた。地図は、馬車に乗ったとき、御者(ぎょしゃ)の社会科の教師、アルベラーダ先生に手渡されたものだ。

「あっ、いたわ」

 ジェニファーはつぶやいた。
 ルチアとバナードは周囲をうかがっている。ルチアは背が低い、短い髪の毛のかわいい女の子だ。バナードも、それほど体は大きくない。

「お二人とも、お元気?」

 ジェニファーが作り笑いで言う。
 ルチアは聖女の杖を構え、バナードは魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を背中の(さや)から引き抜いた。
 戦闘態勢だ。

「あら、物騒(ぶっそう)ねえ。今日は二人に良い話をもってきたのよ」

 ジェニファーが言うと、バナードは守るように、ルチアの前に進み出た。ルチアとバナードは、恋人同士である。

「もう勝負を始めようというのか。望むところだ」

 バナードはルチアの前に立って声を上げた。

「違う違う。これ、あげるわ」

 ジェニファーはカバンから何かを取り出し、ルチアに渡した。

「えっ?」

 ルチアは目を丸くした。

「何これ──あ、す、す、すごいわ!」

 ルチアに手渡されたものは、ダイヤモンドの指輪だ! 指輪部分には、「マルローズ・パパイ」と彫刻されている。

「うわぁ、有名職人のマルローズ・パパイの指輪じゃないの! 500万ルピーはする代物よ!」

(……ゲオルグ、あなたの情報通りね。ルチアは宝石や装飾品を好むって)

 ジェニファーはゲオルグに耳打ちした。ゲオルグが調査したらしい。

「で、バナードにはこれ」

 今度はゲオルグが、バナードに(さや)のついた小型ナイフを差し出した。

「うっお……」

 バナードの目が輝きだした。

「ほ、本物か! 名匠(めいしょう)ラザン・ガイドウの小型ナイフ『ジャバラン』じゃないか! す、すごいぞ」

(バナードは武具(ぶぐ)マニア。これもゲオルグ、あなたの情報通り)

 ジェニファーがゲオルグに耳打ちする。
 そしてジェニファーは、胸を張って二人に言った。

「お近づきのしるしに、二人にあげるわよ」
「えええええっ?」

 ルチアとバナードは同時に声を上げた。

「で、だな」

 目を丸くしているルチアたちに、ゲオルグが言った。

「僕たちに、『勝ち』をゆずっていただきたい」

「い、いや、それとこれとは……」とバナードは困惑気味だ。

(つーか、指輪もナイフも、ニセモノなんだけどね)

 ジェニファーは伸びをしながら、心の中で笑った。

「でね、私、グラーズン先生と仲が良いのよね」
「え、ええ」

 ルチアは自分の指にダイヤモンドの指輪をはめて、うっとりしながら生返事(なまへんじ)をした。

「グラーズン先生に頼んだのよ。『来年、3年生になった時、ルチアとバナードを聖女、勇者の特別選抜(せんばつ)コースに入れてやって』ってね」
「は、へ?」

 ルチアとバナードは、口をあんぐり開けた。

 聖女と勇者になれるのは、狭き門。しかし、特別選抜(せんばつ)コースに入れば、聖女、勇者になれる道が開けるのだ。その特別選抜(せんばつ)コースも、選ばれた生徒しか入ることができない。

「ほ、本当か? き、君たちに『降参』したら、特別選抜(せんばつ)コースに入れるのか? どうして君たちが、グラーズン先生とそんなことを決められる権限がある?」

 バナードは恐る恐る聞いた。

「私はエクセン王国王子の婚約者。軍隊指揮官。スコラ・シャルロに多額の寄付もしている」

 ジェニファーは得意気にいった。

「今のダイヤモンドやナイフ(ニセモノだけどね)を見た? 普通の生徒じゃ、手に入らないって分かるでしょ。私はグラーズン先生と仲が良いし、スコラ・シャルロの先生は、全員、私の言うことを聞くのよ」

 ジェニファーは大ウソをぶっこいた。グラーズン先生と仲が良い、ということ以外は。

 ルチアとバナードは顔を見合わせている。

「ジェ、ジェニファーの噂は本当だったのね。エクセン王国王子の婚約者って」
「17歳で、軍隊指揮官って、すごすぎる……」
「そういうわけで──、グラーズン先生に話をしてあげるわよ。あの先生、特別選抜(せんばつ)コースの担当でしょ。元下級の勇者だったし」

 しかし本当は、特別選抜(せんばつ)コースの生徒を選べるのは、マデリーン校長だけだ。

 ジェニファーはため息をつき、腕組みをしながら言った。
 
「私は、無傷で決勝に出たいだけよ。えーっと、他にも希望者が多いから、早く決めないと……」
「あ、ああ……」

 バナードはうめいた。彼は平民だった。父は勇者を目指す息子を、誇りに思っている。勇者になる道が開けたら、何と喜ぶだろうか。
 ルチアは貧民出身だ。母親は聖女を目指していたが、結局主婦となった。娘に大きな期待をかけている──。

「こ、降参します!」

 声を上げたのはルチアだった。

「まいりました! 私たちの負けですっ! お母さんにどうしても、私が聖女になった姿を見せてあげたいから!」
「お、おい、ルチア……」とバナードは弱々しい声で言った。
「降参しますから、私をグラーズン先生に、特別選抜(せんばつ)コースに入れてもらえるよう、言ってもらえませんか」
「あらあら(やっぱりバカだわ、このルチアって子)」

 ジェニファーはニヤリと笑った。

「素早い決断だこと。でも、私に忠誠(ちゅうせい)をちかわなきゃダメよ。地面に手をついて、『ジェニファー様、まいりました』と言わないと」
「うっ……ぐっ……」

 バナードはまたしても、うめく。

 ルチアは懇願(こんがん)するような目で、恋人のバナードを見た。
 ──バナードが動いた。すべては恋人、ルチアのため──。

「……ジェニファー様……。ま、まいりました!」
「私たちの負けよ! ジェニファー様! だからお願い! 特別選抜コースに! グラーズン先生に話をつけてください」

 ルチアとバナードは、地面に手をついて懇願(こんがん)した。

(あああ……)

 ジェニファーはぞくぞくぞくっと鳥肌(とりはだ)を立てていた。快感を感じていたのだ。

(たまらない……たまらないわ。この背徳感(はいとくかん)……。人間に忠誠(ちゅうせい)(ちか)わせ、無力にさせる。これこそ、私が求めているもの!)

 ルチアとバナードは、犬のようにジェニファーの足にすがりついた。ジェニファーは、「ホホホ、良くってよ!」と笑っている。

(ま、特別選抜(せんばつ)コースは、5000万ルピー払うか、成績が全てSランクじゃないと絶対選ばれないけどね。平民でバカのこいつらじゃ、無理でしょ。ま、グラーズンにもう1度、話しだけはしといてあげるけどね。話だけは)

 ジェニファーは、ルチアとバナードを虫でも見るような目で見た。

 その時、ゲオルグの魔導(まどう)通信機が鳴った。

「今はジェニファー様が予選の最中だが」とゲオルグは言った。 
『君はゲオルグか? ジェニファー様を呼んでくれ!』

 魔導(まどう)通信機から、聞き覚えのある声が鳴り響く。

「おや? これはこれは、エクセン王国の副隊長、ゴーバス殿。ジェニファー様なら、そこにおられます」

 ゲオルグは音声を拡大して、ジェニファーに聞かせた。

『エクセン王国各地で魔物が入り込み、被害が出ている。早く帰ってください、ジェニファー様!』

 ゴーバスが声が聞こえてくる。ジェニファーは舌打ちした。

「しょうがないわね。ま、予選は勝ったし」
 
 ルチアとバナードは、ジェニファーの足にすがりついている。
 
 オホホホ! ジェニファーは高笑いした。

 自分の中に、悪魔の心が芽生えつつあるとも知らずに……。
 ジェニファーは、スコラ・シャルロ魔法競技会予選B組を勝ち上がった。

 そして、軍隊指揮官の副隊長、ゴーバスの連絡によって、エクセン王国城の執務室に戻った。
 スコラ・シャルロは休んだ。

 競技パートーナーのゲオルグも一緒だ。

 バタン!

「お前がジェニファーかぁっ!」

 おや? 執務室に入ってきたのは、副隊長のゴーバスではない。鬼のような筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男だった。

「誰? おじさん」

 ジェニファーはぽかんと口をあけて、その男を見た。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男は、(ほお)をピクピクさせながら言った。

「貴様……俺を知らんのか。俺は、エクセン王国軍隊長、ガルド・グローデンだああっ!」
「あ、あんたが軍隊長?」

 ジェニファーは目を丸くしながら言った。軍隊長は軍隊指揮官と同等(どうとう)権限(けんげん)を持つ、現場の指導者といえる。自分自身も戦いに参加することも多い。

「副隊長のゴーバスしか見たことがなかったから、隊長なんていないと思ってたわ」
「バカか! 俺は出張で、隣国(りんこく)のザガイヤに行っていたのだ。──何なんだ、このありさまは。昨日、エクセン王国の南のディゴローで、ダークゴブリンが10匹ほど侵入(しんにゅう)したんだぞ!」
「そ、それで、どうなったの?」

 ジェニファーは、このグローデン隊長に気圧(けお)されながら言った。

重傷者(じゅうしょうしゃ)が出とる! 田畑にも大きな被害が出た。が、俺が兵士どもの士気を上げて、1日で退治したわ!」
「……ダークゴブリンに1日? あんなのザコじゃない。……ま、まあ、1日なら評価できるわ」

 ジェニファーはしぶい顔をしながら言った。ゲオルグは、ジェニファーの後ろでクスクス笑っている。

「聖女ミレイアを連れ戻せ!」

 グローデンは声を上げた。

「結界がない状態では、魔物が入り放題だ! このままでは、このエクセン王国が(ほろ)ぶぞ!」
「は?」

 ジェニファーは、グローデンをにらみつけた。

「あんな女を、どうして私が呼び戻さなきゃいけないの? もう追放したのよ!」
「バカめ! くっ、なんでこんな小娘を、軍隊指揮官に任命したのか。レドリー王子は狂っとる」
「余計なお世話。そもそも、あんたたち兵士が強ければ良いじゃない」
「相手は魔族、そうそう勝てるものではない! 戦略を()り、綿密(めんみつ)な行動をしなければ勝てぬのだ。小娘、お前は軍隊指揮官などやめたほうがいい! ──忠告はしたからな!」

 グローデンは怒り狂いつつ、ソファーから立ち上がった。

「はーい、ご苦労さん。私はやめる気、ないですから」

 ジェニファーはグローデンを虫でも追い払うように、手を振った。

 ◇ ◇ ◇

「何よ、南のディゴローで被害者が出たの、私のせいになってんの?」

 ジェニファーは城の庭園でぶつぶつ言った。ゲオルグは笑った。

「いや、ジェニファーは学業が優先だろう。しかも今は魔法競技会の最中。仕方ないことだ」
「……まっ、そうよね。どうでもいいけど、スコラ・シャルロを私の支配下に置きたいのよね。ちょろっと買い取りたいのよ。その計画はどうなってんの?」
「大丈夫だ。金はエクセン王国の国家予算から、確保できている。しかし、問題なのはマデリーン校長だ。あの女はかなりのクセモノで……」
「あー、あのオバさん? 別に普通のオバさんじゃないの」

 ジェニファーがそう言った時、「ジェニファー、ここにいたのね!」という声がした。女の子の声だ。

「よくも、ひどい目にあわせてくれたわね!」

 庭園に、3人の15歳くらいの女子たちが入ってきた。

「あらぁ? 見覚えのある子たちだこと」

 ジェニファーはころころと笑った。目は笑っていなかった。

 3人とは、元聖女のミレイアを支えていた、下級聖女、レイラ、ユウミ、サラの3人だ。

 レイラが一歩前に出て、ジェニファーをにらみつけながら言った。

「ディゴローには、私の両親が住んでいるのよ! お父さんはダークゴブリンに殴られて、重症を負った! 車椅子生活になってしまったわ」
「はあ?」

 ジェニファーは木の枝を、ペキリとへし降りながら言った。

「それ、私のせいだって言ってんの?」
「そうよ!」

 レイラが叫んだ。

「ミレイア様がいれば、結界を張ることができた。ダークゴブリンは入ってこれなかったでしょうね。お父さんが大怪我をすることもなかった! でも、あなたはミレイア様を追放した」
「知らないわよ」

 ジェニファーは舌打ちしながら言った。

「あんたの父親、運が悪かったんじゃないの?」
「……ジェニファー!」

 レイラは怒りに満ちた目で、ジェニファーをにらんだ。

「勝負よ! 魔法で勝負よ。明日の午後、ここで! 私が勝ったら、ミレイア様を連れ戻して!」
「……ま、いいけど~」

 ジェニファーは折った枝を、地面に放り捨てた。

「あんた、ぶちのめされたいわけ?」
「レイラはね、エクセン王国魔法競技会15歳の部の準優勝者よ」

 ユウミが声を上げた。

「普段、遊んでばかりいるあなたが、レイラにかなうと思っているの?」
「ふーん」

 ジェニファーはレイラたちに自分の杖を見せつけた。

「あっ……!」

 レイラやユウミ、サラたちは目を丸くした。
 
 ジェニファーが手に持っているのは、ゴルバルの杖だ。

 聖女や魔法使い用の、現代最強の杖と呼ばれている。値段も高い。1年に1回しか製造されない幻の杖だ。

「それでもやる?」

 ジェニファーはゴルバルの杖を見せつけながら言った。

「バカにしないで! お父さんの(かたき)をうってやる。明日の朝よ、ここに来なさい! 勝負よ!」

 レイラたちはそう言って、城のほうに戻っていった。
 
 ジェニファーはまた舌打ちした。

「でも、万が一怪我をしたら、ミレイアとの決勝にひびくかもしれない」

 スコラ・シャルロ魔法競技会の決勝は、1週間後にひかえているのだ。

「まかせろ」

 ゲオルグはうなずいた。

「俺に良い考えがある。ジェニファー、お前がもっと強くなる方法がな」
「えっ? そんなものがあるの?」

 ジェニファーは目を輝かせた。
 ゲオルグは不気味な顔で笑っていた。