冬也と手合わせを終えた遼太郎は、少し満足げな表情になり、右腕で胸を叩いて宣う。

「俺は正義の味方だ! 宮内庁の秘密組織! 訳あって組織名は明かせんが、その一員だ」

 どうどうと胸を張り機密事項を暴露する父に、ペスカは溜息をついた。

「秘密組織って言ってる時点で、ばらしてるのも同然だよね。こう言う馬鹿な部分が、お兄ちゃんに遺伝したんじゃない?」
「何を言ってるペスカ。こいつの馬鹿は、俺の遺伝じゃねぇ。だけどフィアーナが凄く泣いてたな。何をしやがった冬也!」
「そう言えばフィアーナって、お父さんの話しに出て来た女神様?」
「俺は何も知らねぇし、何もしてねぇよ!」
「どうせ、お兄ちゃんが脳筋に育って、悲しんでるとかじゃないの?」

 家族のやり取りに呆気にとられる空と翔一は、「お宅の教育方針が悪い」と心の中で呟いた。
 そして秘密組織の存在を暴露した遼太郎は、気にも留めずに言い放つ。

「冬也、ペスカ! お前ら、能力者が起こす事件を止めて来い!」
「はぁ? 何言ってんだ親父、耄碌してんじゃねぇ!」
「そうだよ。そういうのは、パパリンの仕事じゃないの?」

 遼太郎は二人を睨つける。今までの、ちゃらけた雰囲気ではない。遼太郎は、相手を威圧する雰囲気に変わる。

「冬也、それにペスカもだ。てめぇのけつは、てめぇで拭けって言ってんだよ。俺の仕事は、お前等の尻拭いだ」

 父というのは、偉大である。迫力に押され、冬也とペスカは口を噤む。そして、遼太郎は言葉を続けた。

「だがな、お前らは力が足りねぇ」
「さっきは充分だって言ったろ!」
「言ってねぇよ。体術だけならって言ったんだ」
「それ以外に何が有るってんだよ」
「そりゃあ、お前。神と対抗する力だよ」
「はぁ?」
「ペスカ、お前もだ。それに、空と翔一もだ」
「おい! ペスカは当事者だから兎も角。二人を巻き込むんじゃねぇ!」
「わかってねぇな、冬也。既に二人共、巻き込まれてんだ!」

 遼太郎の言う通りだ。妙な能力が発現した段階で、二人はとっくに巻き込まれている。その意味では、東京に住む住人達も例外ではない。

 よく考えろ。自分は神とやらに勝てず、ボロボロになって三日間も寝続けた。それなのに、今戦っても勝てるのか? その神とやらが仮に弱っていたとしてもだ。
 ならば、どうする。気合で勝てるほど甘くは有るまい。ならば、あの手を取れ。親父に頭を下げてでも、鍛えて下さいと言え。

 そうじゃなければ、ペスカは守れない。

「それで? どうすればいい?」

 冬也の表情は、先程とは明らかに違っていた。元々、戦うつもりは有った。しかし、それは感情に流されただけの曖昧なものだった。
 だが、今は違った。冬也は覚悟を決めていた。東京中に住む人達を守れるなんて、傲慢な事は考えてはいない。しかし、根源を滅ぼせば混乱を収める一助になるはず。だから、守ろうと。その覚悟が冬也の瞳には有った。
 
「やる気なのは良いけどよ。その前にやらなきゃいけねぇ事が有るよな?」
「何をだよ」
「だからてめぇは馬鹿なんだよ、冬也」
「あ~、パパリン。それって、お兄ちゃんの能力に関係有る?」
「流石はペスカだな。俺の誇りだ!」
「そういうのはいいから。それより話を続けてよ」

 遼太郎は笑みを浮かべ、ペスカの頭を撫で様と手を伸ばす。そして、ペスカはそれを払いのけてから、やや遼太郎の睨む。そして、遼太郎は肩を落とした。
 愛娘から拒否されたと考えれば、父親としてはショックだろう。例えペスカにそんな気持ちが無かったとしても。
 しかし、こんな事で肩を落としている場合ではないのも事実である。そして、時間は刻々と迫っている。悪神が放つ闇が、東京中を覆い尽くさんとしている。

「はぁ~。所で冬也。お前の能力ってのは何だ?」
「何でも切れるんだ」
「あぁ、一応な。それは、お前の能力じゃねぇ。力の一端が具現化しただけだ」
「はぁ?」
「翔一、空。お前らの能力も同じだ」
「冬也のお父さん、それはいったい?」
「そうです。能力って何なのですか?」
「ざっくり言うと、マナの変化ってやつだ」
「パパリン。そもそもマナって何?」
「あ~、お前はそこから忘れちゃってるか。仕方ねぇ、マナってのはゲームで言うMPみたいなもんだ」

 ペスカと同様に、翔一と空も首を傾げた。MPと言われても、具体的に何の事かは理解できまい。HPなら、辛うじて体力だと推測できる。しかし、MPとは? 『気』の様なものか? それとも精神力みたいなものか? いずれにせよ、どちらもピンとは来ない。
  
「地球ではマナが薄いから、感じた事の有る奴は少ねぇんだ。だけど、誰もが少なからず持っているもんだ」
「精神力や気とは違うんですよね?」
「翔一、惜しいな。これは言わば、第二の生命エネルギーみたいなもんだ」
「余計にわかり辛くなりましたよ」
「空。固定観念に囚われず、頭を柔らかくして考えろ。人だけじゃねぇ、虫や動物、草や木だってマナを持ってる。それを人は自然と吸収してるんだ」
「科学的じゃないですよ」
「だから、固定観念に囚われるなって言ったろ」
「冬也のお父さん」
「翔一、遼太郎でいい」
「なら、遼太郎さん。それが本当だと仮定して、能力とはいったい何ですか?」
「そのマナが、思念によって具現化した物だな」
「思念? 例えば僕ならば、冬也達を早く見つけたいという願望とマナが合致して、能力として具現化したって事ですか?」
「おぉ。頭の良い奴が一人でも居ると、話が早くて助かるな」
「なら私は?」
「空。お前は引き籠もってたんだろ?」
「うゅぅ」
「だから、自分を害する全ての事象を変える力になったんだ」
「所でパパリン、色々と私達の事を知ってるね。何で?」
「そりゃ、監視してたからな」
「正義の味方だからな」

 監視と言う言葉に疑念は残る。しかし、遼太郎ならやるだろう。自身が言っていた、秘密組織の手を使って、自分の近親者を調べる位は。
 それは安心でも有り、少し怖くも有る。何せ翔一と空は、見張られていたのと同じなのだから。
 自分が遼太郎の立場なら、きっと同じ事をしただろう。だから少しは理解も出来る。ただ、モヤモヤする。

 しかし、遼太郎の言葉で光明が見えた。不可思議であった能力の正体がわかったのなら、これから身近に起きるだろう事にも、対処が出来るだろう。

「ねぇ、パパリン。そこまでわかってるのなら、能力を封じる事も出来るんだよね?」
「当然だ。だけど、そう簡単にいかねぇ」
「なんで? そのマナっての不活性化すれば良いんじゃないの?」
「流石はペスカだな。優秀な娘を持って俺は嬉しいぞ」
「だから、そういうのはいいから」
「ちぇっ。まぁいい。不活性化ってのは正しい。だけど、その方法が問題なんだ」
「どういう事?」
「ペスカ。お前なら、マナをどうやって不活性化出来ると思う?」
「う~ん、ちょっとわかんない」
「答えは、そいつが持ってる力以上で強制的にマナの活性を止める」
「それは、誰にでもって訳にはいかなそうだね」
「だから、もう一つの答えだ。手錠の様に、マナを活性化させない何かで押さえつける」
「おぉ~、やるねパパリン」
「これは、俺の組織が開発中だ。そんなに時間はかからず出来上がるはずだ」

 ペスカを含め、三人の表情がぱあっと明るくなる。それもそうだ。テレビを点けたら暗いニュースばかりだ。しかも、空に関しては今朝ほど絡まれたばかりだ。
 今後はそんな事が減ってくれるなら、それに越した事はない。しかし、話について来れなかったのか、冬也は考え込む様に眉間に皺を寄せていた。そして暫くの後、冬也はゆっくりと口を開く。

「なぁ親父。そういうのは全部、神とやらを倒せば終わりじゃねぇのか?」

 それは、確信を突いた疑問であろう。冬也は本質を見抜く力でも有るのだろうか。それは時折、皆を驚かせる。しかし、遼太郎の反応は全く別物であった。

「だから馬鹿だって言ってんだ」
「あぁ? 親父、喧嘩売ってんのか?」
「てめぇなんか、相手にもしたくないね」
「二人共止めて! それでどういう事なの、パパリン?」
「さっきも言ったろ。マナは元々人間が持ってるエネルギーだってな。だから、症例は少ねぇが、今までも不思議な能力に目覚めたって奴は居たんだよ」
「じゃあ、これは起こり得る事で有ったって事?」
「いや、ロメリアの糞野郎が干渉しなければ、こんな騒ぎにはなってねぇよ」
「症例が少ないって言ってたね。今まではどの位の人が、能力に目覚めてたの?」
「世界中で探しても、十人も居れば良い方だったんだよ。それも、少しだけ物が動かせるとか、ちょっと遠くが見えるとか、その程度だ」
「じゃあ、そのロ何とかって神をぶっ飛ばしても、増えた能力者は消えないって事か?」
「そうでも有り、そうじゃ無いとも言える」
「どっちだよ、親父!」
「まぁ、試しにだ。お前、ペスカを切って見ろ」
「やるか、馬鹿! 何言ってんだ、ぶっ飛ばすぞ!」
「馬鹿かお前! 本当に切るんじゃ無くて、能力で切れって言ってんだ」
「能力で?」
「そうだ。神の意志を切れる。そう思い込んで切って見ろ」