「良いね。良いよ。相変わらず君は面白い」
「相変わらず悪趣味な奴ね、邪神ロメリア様」
「そうとも。君は僕の好物を知っているだろ。恐怖に悪意に嫉妬。特に人が死に瀕した時の恐怖は、格別な味だよ。それに、君の嫌悪も堪らないね。ゾクゾクするよ」
「悪戯は止めて欲しいんだけど。殺すよ」
「その為に、わざわざ異界まで行って来たんだろ? やってみなよ」
「ロ゛メ゛リ゛ア゛~!」
「ハハハ! 人間ごときに何が出来るんだい? あいつに何を吹き込まれたか知らないけど。転生した位で僕を倒せるって? 面白いよ。君はそんな冗談が言える様になったのかい?」
ペスカが目じりを吊り上げて、邪神を睨む。そしてペスカの身体から、膨大なマナが膨れ上がる。憤激の熱い涙を絞る様に、ペスカの糾弾は止まらなかった。
「ドルクはむかつく奴だったけど、研究一途な馬鹿だった。決して非人道的な行為を許す男じゃ無かった! それを操って死んだ後も弄んで!」
「彼の君へ対する妬みの感情は、とても操り安かった。前回も今回も、神の手駒として活躍出来たんだ。誉じゃないのかな」
「いっぱい殺して、いっぱい迷惑かけて、いい加減にしろ!」
「ハハハ! それが僕の存在意義だよ」
「許さない! ドルクの恨み、殺された人達の恨み、ここで晴らしてやる」
「やれるもんなら、やってみなよ小娘」
☆ ☆ ☆
それは、人の悪意が渦巻く混沌の中で生まれた。それは、悪意を呑み込み大きくなっていた。やがて力を持ち、意思を持つ様になったそれは、強大化していく。人を超え、人より強き獣達を超え、やがて神に至るまで成長していった。
ただ、それは強くなり過ぎた。
それは自らの意思で、周囲に渦巻く混沌を呑み込んだ。そして、自らが混沌となった。やがて混沌は生物が暮らす世界に降り立った。しかしその力は、生物にとって天敵とも呼べる力だった。空を割り、台地を朽ちらせ、水を干上がらせた。やがて、そこは生物の住める場所ではなくなった。
当然ながら神は怒った。混沌を始末しようと神の力を振るった。しかし、混沌は神の力が通じなかった。既に神すらも超えた混沌は、神々を食らい尽くした後に、世界をも呑み込んだ。
こうして一つの世界が無くなった。
その後、混沌は世界の挟間を渡り、別の世界へと降り立つ。次は、別の世界に住む生物が混沌の餌食になるはずだった。
しかし、別の世界を統べる神々は知っていた。それが、一つの世界を滅ぼした事を。だからこそ、名を与えて管理しようと考えた。
その名もロメリア。それ以来、ロメリアは混沌を統べる神として、ロイスマリアに存在する事となる。
☆ ☆ ☆
ペスカの眼には殺気が籠る。ペスカの身体から、憤怒の念が噴出する様に膨大なマナが噴き出した。しかし、ロメリアはただほくそ笑んで、ペスカを見ているだけだった。
「ほら、殺すんだろ? どうだい、出来るのかい?」
ロメリアがそう言った直後であった、周囲には膨大な力の奔流が渦巻いた。その力は、ロメリア中心にして草木が枯らして行き、空気が澱ませていく。
それは、決して生物が抗える力ではなかった。先に避難させていなければ、約四万の領民がバタバタと倒れていた事だろう。
それはペスカすら同様だった。体から噴出した膨大なマナで対抗しようとも、その力に抗えずに片膝を突く。
「はは、ハハハ。それが転生してまで得た力かい? やっぱり脆弱だね、人間ってのはさ」
「ろ゛め゛り゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
「頑張ってみなよ。ほら! ほら! こんなの力の一端に過ぎないんだよ」
どんどん膨れ上がっていく力の奔流に、ペスカは耐えきれずに両膝を突く事になる。それでもペスカは耐えた。しかし神の力は圧倒的だった。やがて、ペスカは両手すら地につけた。
「つまらないね。君の憎悪は美味しいけどね。少しは期待してたのにね」
ロメリアはペスカを見下ろしながら呟いた。戦いにすらなっていないのだ。ロメリアはただ立っているだけなのだ。
神の力に触れた人間がどうなるのかわからないペスカではない。当然ながら、その為の準備をして来た。それでも届かない。
「君が逃がした人間達を殺したら、どの位絶望してくれるんだい? それとも生き残った奴等も皆殺しにしないと駄目かい?」
ロメリアならやりかねない。それだけは駄目だ。そんな事は有ってはならない。それでは二十年前と一緒だ。そんな事では死んでいった仲間達の恨みは晴らせない。奴を殺す為に力を蓄え、知恵を身に着け、奴に対抗しようと努力を重ねて来たのだ。
やらせない、やらせない、やらせない。
何が有っても、奴はここで止める。ここで殺す。だから、「もう一度力を貸して下さい、神よ」、「お兄ちゃん、力を貸して。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、兄ちゃん」、お兄ちゃんの力を貸して。
ペスカは蹲りながら、念じていた。かつて、自分を転生させた神に祈っていた。そして、いつもどんな時も守ってくれた兄の名を呟いていた。
頭は怒りに支配されている、最早冷静な判断は下せない。体は潰されそうになっている、既に立つ事させ叶わない。それでも足掻こうとする。それでも眼前の敵を打ち破らんとする。それがペスカだ。それが、かつて英雄と称されたペスカなのだ。
「大地、母神、フィアーナよ。我が、祈りに、応え、力を貸し、たまえ」
「今更? ハハ、何を女神如きに祈ってるんだい? それで何が出来るんだい?」
「混沌を、払う、力を。我ら、共通の、敵を、屠る、力を」
「無理だよ、無理、無理、無駄だね。今の君には何もできない。今の君はここで僕に殺されるだけ。残念だったね。これまでの人生全てが無駄だったんだよ」
「そんな、事ない。お前を、たおす。ここで、殺す。お兄ちゃん、お兄ちゃん、力を貸して、お兄ちゃん」
今、ドルクの分身と戦っている最中であろう冬也が、駆けつけてくれるはずがない。神の力をそう簡単に借りれるとは思っていない。
しかし、ここで立ち上がらなければ全てが終わる。それこそ、前世の二十年弱の人生が、今世の十六年の人生も、何もかもが無駄に終わる。むざむざ殺させる為に、愛する兄をこの世界に連れて来たのではない。
守らなきゃ、お兄ちゃんを守らなきゃ。私をずっと守ってくれたお兄ちゃんを、今度は私が守らなきゃ。
「ぢ、が、ら゛、を~!」
それは冬也の事を思い浮かべ、頭の中から一瞬だけ怒りが消えた時だった。それは純粋な願いであった。『冬也を守りたい』、その一念が奇跡を呼んだ。
ペスカの身体が光輝いていく。強烈な悪意を跳ね除け、ペスカは立ち上がる。
「凄いね、やるじゃないか。それでこそ、英雄ってもんだね。ハハハ。でも、ようやく僕の前に立てただけだ。わかっているのかい? まだ、君は僕に傷一つ付けられていないんだよ」
ロメリアは嫌らしい笑みを浮かべている。そう、まだ戦いにすらなっていない。まだ始まってすらいない。奴は立っているだけ、奴は泰然とそこにいるだけ。
一撃でも食らわせなければ。違う、ここで倒さなきゃ。ここで殺さなきゃ。
ペスカの美しい顔は再び歪み始めた。それは苦痛からではなく、怒りによって。そして、未だ体の中に残っているマナを、体外へと広げていった。
「貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」
ペスカが呪文を唱えると、上空に大きな槍が現れる。そして、目もくらむ様な速さでロメリアへ向かって突き進む。しかし、ロメリアは避けようとすらしなかった。
ペスカの魔法はそのまま胴に突き刺さり、その体を真っ二つに両断した。だが、二つに両断されたロメリアは、そのままの姿で話し始める。
「良いね。その怒り狂った感情。美味しいよ。とても美味しい」
ペスカが再び呪文を唱え、何本も槍を作り出し全て邪神にぶつける。そして邪神は全ての槍を受け、散り散りに砕け飛んだ。辺り一面は槍の余波で、大きなクレーターを幾つも作っていた。だが、それで終わりにはならない。相手はまごう事なく神なのだから。
「ハハハ! それでお終いかい?」
邪神の声が聞こえると、散り散りに砕け飛んだはずの身体は、光と共に集まり元の身体を作り出した。ペスカは当たり散らす様に、何度も魔法で槍を作り攻撃する。しかし、邪神は両断されようと、砕かれようと、元の身体を作り出した。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなぁ!」
ペスカの唇から血が流れていた。瞳には涙が滲んでいた。どれだけ攻撃をしても神には届かない。どれだけ力を尽くしても、犠牲になった人達の恨みは晴らせない。それがどれ程に無念か。
元凶はいま目の前にいる。これで終わりになんてさせない、あのふざけた笑みを壊してやる!
「時空を超えて来たれ、破壊者よ! 世界を壊す禁忌の力よ! 我が下に現れ、我が敵を討て、ツァーリ・ボンバ!」
ペスカのマナが、これまでに無い程に上昇していく。そして呪文の詠唱に合わせて、邪神を包む様に結界が張り巡らされる。しかし詠唱が終わっても、魔法が発動する事はなかった。
「流石にその魔法は、消させてもらったよ。まぁね、多少くらった所で、大して痛くはないけどさ」
それは、かつて旧ソビエト連邦が開発した、世界一の爆弾だ。その破壊力を参考にしてイメージした、最大級の火力を誇る大魔法すらも、ロメリアには通用しなかった。
ペスカはその身を震わせていた。怒り、絶望、恨み、様々な念がペスカの中に渦巻いていた。
「悔しそうだね。あぁ楽しいね。君と遊ぶのは楽しいよ。だが、もう時間の様だ」
ロメリアの言葉につられて、ペスカは背後に視線を送る。すると、自分を呼ぶ声と共に荷車が速度を上げて走り寄って来るのが見えた。
「あぁ、厄介だ。女神の癖にやってくれるよ。本当に厄介だね。育つ前に殺しておくか? いや、それじゃあ面白くないね」
「何を言って?」
「気が向いたらまた遊んであげるよ。じゃあね」
邪神はそう呟くと姿を消した。そしてペスカは唇を噛みしめ、涙を滲ませながら地面に拳を叩きつけた。
ペスカの下に荷車が到着すると、慌てた様に冬也が降りて来る。そしてペスカは、両目から滂沱の涙を流し、冬也にしがみついた。
「おに゛~ちゃん。おに゛~ちゃ~ん」
泣きじゃくるペスカを優しく抱きしめ、冬也は問いかける。
「大丈夫だペスカ。どうしたんだ?」
「わだじ~。みんなのガダキ取れなかった~。あいづ、だおせなかった~。ごめなさい。ごめなさい。ごめなさい」
「良いんだペスカ。良いんだよペスカ」
冬也はきつくペスカを抱きしめた。ペスカは、いつまでも泣きじゃくり冬也から離れようとしなかった。
泣き止まないペスカを抱きしめ、冬也は辺りの確認をメルフィーに頼む。モンスターの気配は消えうせているのを確認すると、メルフィーは馬を荷車に括り付ける。そして冬也は、ペスカと一緒に荷車に乗り込む。行きとは違い運転をメルフィーに任せ、冬也はペスカを抱きしめ続けていた。
おおよその事情は、以前にペスカとシルビアから説明を受けた。ドルクの事情はメルフィーから説明を受けた。しかし、ペスカがどんな想いで事に臨んだか、その真意までは冬也に知る由はない。
なにせ、ペスカはどんな辛い事が有っても、冬也の前では笑顔を見せるのだ。無論、本気で冬也に叱られた時は別であるが。そのペスカが悔し気に涙を流す。そんな姿は冬也も初めて見る。
あの場所で何が有ったのかはわからない。だが、どれだけ悔しい想いをしたのか、容易に察する事が出来る。冬也もまた歯がゆい想いに駆られながら、嗚咽するペスカの背中を優しく撫で、慰める事しか出来ずにいた。終ぞペスカは、領都に辿り着くまで泣き止む事は無かった。
「ペスカ、領都に着いたぞ。少し休もう」
「そうですわ、ペスカ様。お休みになりましょう」
領都に辿り着き荷車から降ろされても、ペスカは冬也にしがみつき泣きじゃくっていた。冬也達が着いた頃には、四万の避難民も既に戻っており、領都は雑然としていた。
冬也がキョロキョロと周囲を見渡している時だった、セムスから声がかかった。
「おぉ、お戻りでしたか」
「セムス、早く案内を!」
「わかっているメルフィー。さぁ冬也殿、ペスカ様をこちらへ」
「セムスさん、助かる」
セムスさんが声をかけてくれたって事は、ペスカが休める場所が有るって事だよな。よかった、こいつに今必要なのは休息だ。俺でもわかる、ペスカのマナはすっからかんだ。少しでも心と体を元に戻さねぇと。
冬也は少し安堵していた。正直な所、自分だけなら横になる所さえあれば、何処でも寝られる自信がある。しかし、せめてペスカはまともな所で休ませてやりたい。そう思っていたからだ。
「シリウス様が、仮設の拠点を領軍に作らせております。それと、シリウス様の本邸は被害が少なかった様で、今はそこが仮の作戦基地になっております」
「じゃあ、ペスカはそこに?」
「えぇ」
冬也はペスカを抱き抱えたまま、セムスの後に続いた。その道中で、セムスは現状を語って聞かせた。
ほとんどの建物は損壊が激しく、とても元の生活が送れる状況ではない。瓦礫があちらこちらに散らばり、休める所を探す事さえ困難である。
それだけではない。領都の至る所に昆虫型や動物型のモンスターの死骸が溢れ、異臭を放っているのだ。ただでさえ住民は疲労している。早急に片付けなければ、悪臭による害は勿論の事、疫病の原因ともなり得る。
そんな状況の中、領軍は領都に点在する広場の瓦礫を片付けて、仮設テントと配給所を設置していた。
疲労困憊の意味では、住民と兵士の隔ては無い。要救護人を優先に治療が進められる中、多少でも体を動かせる者は、シリウス指揮の下で領都の復興作業に取り組み始める。
男達は力仕事、女達は配給の手伝いと、交替に休みを取りながら、住民と兵士が手を取り合いながら働いていた。
だが問題は、ほぼ壊滅状態の領都だけではない。領内の収穫物はモンスターによって食い荒らされおり、圧倒的な食力不足に直面していた。
「オークの死骸も有りますが、如何せん腐乱が激しく」
「背に腹は代えられないとは言うけどよ、流石に病気になったら駄目だよな」
既にメイザー領崩壊の危機と言っても過言ではない状況で、シリウスは奔走していた。当然、国王への現状報告は領主としての第一優先義務だろう。そして、近隣の領主達にも情報の共有をするべきである。それと共に、支援を願い出る必要もある。
シリウスは、各地に早馬を飛ばす。そして領軍を再編成し、領内各地の視察と援助に向かわせた。
「マーレから、既に支援物資の輸送が始まっています。数日中には届くかと」
「怪我人の治療とかどうしてんだ?」
「従軍医者だけでは、手が足りておりません。各領からの支援を待たないと」
「わりぃな、避難してきてる人達だっているのに」
「流石にそこまで疲労なさったペスカ様を、ベッド以外でというのは……」
そんな中、ペスカは冬也の腕の中で眠っていた。泣き疲れたせいもあるだろう。そしてペスカは、冬也の手で領主宅に運ばれた。冬也も慣れない連戦で疲労が溜まっている。ペスカをベッドに降ろすと、そのまま一緒に寝てしまった。
その晩、冬也は夢を見た。
白い雲の様な道をふわふわと歩くと、目の前に荘厳な神殿が現れる。神殿の中には、光り輝く女性が座っていた。美しく長い金髪とすらりとした体躯、そしてやや童顔でおっとりとほほ笑む女性は、手招きをし冬也を呼ぶ。
冬也は一言も発する事が出来ず、女性の眼前まで引き寄せられる様に歩く。冬也がの目の前まで歩くと、女性は徐に口を開いた。
「ようやく繋がりました。何度も呼び掛けたのに、感度が弱いんですね」
繋がった? 感度? どういう事だ? 意味がわかんねぇ、何言ってやがるこいつ。それより誰だよこいつ。
「あなたの声は聞こえてますよ、冬也君」
自分の名を呼ばれて、冬也は更に混乱深めていた。『おふくろ?』などと妙な事を思い浮かべる位に。ただ、冬也は目の前の女性に、妙な既視感を覚えていた。
「何故こんな馬鹿に育ってしまったんでしょう。お恨みしますよ、遼太郎さん」
何故そこで親父の名前が出る? だから誰なんだよ!
そう考えながらも、相も変わらず言葉を発する事が出来ない。尚も首を傾げる冬也に、呆れた顔の女性は話を続けた。
「私の名は、フィアーナ。女神です。これをあなたに言うのは何度目でしょうか?」
知らねぇよ馬鹿じゃねぇの。あんたみたいな知り合いはいねぇんだよ。それに、よりにもよって女神だ? 冗談も大概にしろや!
「馬鹿はあなたです! 何度も助言を与えているのに、その都度忘れて。どうせ今回も忘れるんでしょうけど」
女神フィアーナは深い溜息をついた。その瞳は酷く悲しそうで、それでいて何か心配そうな表情を浮かべていた。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「良く聞きなさい。あなたの妹を想う心が力になるでしょう。いいですか? あなたの妹を想う心が力になるでしょう」
ペスカは大事に決まってるだろ。それに、あんなにボロボロになっちまって、可哀想によ。もしあんたが、本当に女神ってんなら俺なんかと話してないで、ペスカを助けてくれても良かったんじゃねぇのかよ。
「わかってますよ。ですが、あの時のあの子には私の力が届かなかったんです」
どういうことだ? 力が届かなかった? 意味がわかんねぇぞ。
「あの神には、怒りや憎しみの力が通じないんです」
はぁ? あの神って何だ? 怒りや憎しみってどういう事だ?
「それよりってあ、もう時間? 待って目覚めないで! 久しぶりに会えたのに、ちょっと」
目を覚ますと、冬也はペスカを寝かせたベッドサイドに、倒れこむ様な体勢になっていた。何だか変な女の夢を見たと思う冬也であるが、直ぐにその事を頭の片隅に追いやり、ベッドから離れた。
冬也がカーテンを開けると、眩い光が部屋へと差し込む。そして体をゆっくりと伸ばし、深呼吸をする。暫く体を動かしていると、ペスカがモゾモゾとし初め目を覚ました。
「お兄ちゃん? おに~ちゃ~ん」
ペスカがベッドから勢いよく飛び出し、冬也にしがみつく。冬也は優しくペスカを抱きしめ、頭を撫でた。
「どうした? まだ落ち着かないか?」
「ありがと、もう大丈夫だよ。お兄ちゃん」
冬也の問いにペスカは首を振り答える。悲痛な面持ちで泣いていた昨日と比べ、幾分か笑顔が戻ったペスカを見て、冬也は少し破顔した。
一晩休んでスッキリするなら、抱えているのは大した問題ではない。しかし人は、それほど単純には出来ていない。
忸怩たる思いが、ペスカの心を掻き乱しているはずだ。しかし、ペスカなりに整理をつけたのだろう。強がっているのは、手に取る様にわかる。それはまごう事無く、ペスカの強さなのだ。冬也は、ペスカを誇らしく思うと共に、抱きしめる力を少し強めた。
一方、冬也に頭を撫でられ、ペスカは顔に喜色を浮かべる。そして心に少し余裕が出来たのか、お腹がくぅ~と可愛らしい音を鳴らした。
「腹減ったなペスカ。何か食えるか聞いてみるか」
流石に恥ずかしかったのか、ペスカは少し顔を赤らめなが首を縦に振る。そして冬也と共に部屋を出た。
「なんか今日のお前可愛いな。おしとやかな感じだし」
「にゃに言ってのお兄ちゃん。鈍感! すけこまし!」
「お前は、そうやって騒いでる位が丁度良いよ」
そう言って、ペスカの頭を優しく撫でる冬也。ペスカは少し顔を綻ばせた。
領主宅は、人が慌ただしく出入りしており、喧騒としていた。その中で、一際大声で激を飛ばす人物がいる。シリウスは目に隈を作り、大声で兵達に指示を飛ばしていた。シリウスを見つけたペスカは、精一杯明るく声をかける。
「やっほ~シリウス。って、凄くやつれてるね」
「姉上、お目覚めになられましたか。少しお元気になられた様で、なによりです」
「シリウスさんは、かなり疲れてますね」
「義兄殿、あれから領都の復興に追われてましてな。そうだ! 叔父上もおられる事だし、丁度いい。食事をしながら詳細をお聞きしてもよろしいですか?」
そうしてペスカと冬也がシリウスに連れられ食堂へ入ると、既にシリウスの叔父アルノーが座っていた。冬也はアルノーを紹介され、軽い挨拶を交わすと食事が運ばれてくる。一同は、パンとスープだけの軽い食事を手早く平らげる。食事が終わり一同が落ち着いた頃、ペスカが重い口を開き、説明を始めた。
二十年前の悪夢は、邪神ロメリアに操られたドルクが起こした事件である。今回の出来事も、邪神ロメリアにより蘇らされた、ドルクが起こした出来事であった。
また前世では病弱であったペスカが、丈夫な肉体を手に入れる為に転生したのは女神フィアーナの計らいであった。
全ての元凶は邪神ロメリアであり、自分はそれに対処する為に再びこの世界へ来た。だが、自分は邪神ロメリアに手も足も出なかった。
全容を話した後、ペスカは俯いた。そして、震える声で呟いた。
「ごめんね。みんなの敵、討てなかったよ」
食堂内が沈黙する。誰もがかける言葉を見いだせなかった。
先代のメイザー伯を初め、兄妹達は犠牲となって死んだ。ペスカの実父や実母、兄弟達も犠牲になった。
仮に戦いの中で死んだとして、それが栄誉となるなら良いと考える兵士もいるだろう。しかし、戦う術もなく死んでいった者はどうなる? 残された者は? 果てや、戦いの中に身を置きながらも、守りたい人を守れずに生き長らえた者は?
誰もが悔恨の念を噛みしめて、この二十年を耐えて来たのだ。容易にかける言葉など、有ろうはずがない。
誰もが言葉を失い沈黙が包む空間で、冬也だけが立ち上がり声を張り上げた。ペスカが隠していた事情を全て呑み込んだ上で。
「どうやらこの世界は、神様が地上にちょっかいをかける世界なんだな。くそったれだぜ、まったくよぉ。そうだろ? 神話に出て来る神様なんて、自分勝手な奴ばっかりだ。そんなのが、好き勝手に地上を操るなんて、くそったれ以外の何物でもねぇよ! 神様が起こした事件なら、神様同士で決着つけやがれ!」
恐らく、誰もが恐れて口に出来ない言葉だろう。それを、冬也は堂々と言い放った。そして冬也の言葉は続く。何故なら、納得など出来るはずが無いのだ。ペスカを辛い目に合わせた世界も、その元凶になった神も、そして辛い宿命を与えた神も。
「なぁペスカ。お前、もう家に帰れ! そのフィなんとかって神様に頼めば、日本に帰れんだろ? なんなら、俺が話しをつけてやる! そんで、家で大人しくしてろ! 俺がそのロメ何とかって奴をぶっ飛ばしてやる!」
「何言ってんの? お兄ちゃん言ってる意味、ちゃんとわかってる?」
冬也の言葉に、ペスカは椅子から飛び上がる様にして声を上げた。
「だって、そうだろ。お前の魔法が通じない相手に、誰が勝てるって言うんだ!」
「だったら、お兄ちゃんは余計無理でしょ!」
ペスカは、冬也の言葉に面喰いつつも反論する。両者の言い合いは、ヒートアップしていく。
「お前が出来ないなら俺がやる。俺はお前の兄ちゃんだ。俺に任せて、お前は帰ってゲームでもしてろ」
「馬鹿な事言わないでお兄ちゃん。お兄ちゃんが勝てる訳無いよ!」
「誰が勝てないって決めた! 俺はお前と違う。必ず勝つ!」
「お兄ちゃんだけじゃ無理! 私も、私もあいつを倒す!」
ついにペスカは、有らん限りの怒声を張り上げた。冬也を巻き込んだのはペスカだ。そんな事は重々承知である。だからこそペスカは、冬也の言葉に首を縦に振る訳にはいかない。
それは自分の使命以前の問題なのだ。冬也を危険に晒す位なら、自分が戦う!
その想いは冬也も同じだろう。傷ついて泣くペスカを初めて見たのだ。そのまま、放置する訳にはいかない。
負けた悔しさは、戦いの中でしか晴らせない。涙を流して俯いて過去だけに囚われてはいけない。戦って勝ち取らなければならない。そうしなければ、心の中ではいつまでも決着がつかずに、モヤモヤとしたものが残り続けるのだ。
そもそも地上の命運を、一人に押し付ける事が間違いなのだ。そんな事が強要されるなら、破壊してでも止めてやる。だが、ペスカ自身が全うすべきだと判断するなら、全力でサポートをする。
言い争いの中で、冬也はペスカの答えを待った。そしてペスカは答えを出した。
冬也と言い争う中で、迷いが晴れたのだろう。悔しさを全て糧にして、自分がやるべき事、自分が立ち向かうべき相手をしっかり見定める。
そして、今度こそ倒れない不屈の精神でやり遂げようと、心が定まったのだろう。意思の籠った瞳で、しっかりと冬也を見つめる。それは英雄の姿であった。
「あぁそうだ。一緒に倒そう。ペスカ。いつも俺がついてる。俺がお前の盾になる。安心して構えてろ」
冬也の優しく語りかける言葉に、ペスカの胸は熱くなり感極まって涙が溢れた。そして、冬也の言葉に触発された者は、ペスカ一人ではなかった。
「我々も及ばずながら、お手伝い致します」
「うん。みんなの力も借りるよ! 全員で糞ロメリアを倒そう!」
「おう!」
シリウスが言うと、アルノーが大きく頷く。そしてペスカは声を張り上げ、一同を鼓舞する。それに一同が賛同する様に立ち上がる。そして、血を沸き立たせる様に大きな声で、雄叫びを上げた。
熱気が食堂を包んでいく。そして一同は座り直し、今後の方針を検討する事にした。
冷静になればわかる事であるのだ。女神フィアーナは、「ペスカ一人で邪神ロメリアに立ち向かえ」などと言っていない。
当たり前の事である。二十年前の戦いでは、大陸中の国々が力を結集して事にあたった。本来は、そう有るべきだろう。
そして検討の結果、シリウスとアルノーはメイザー領の復興を優先しつつ、情報取集を行う。ペスカと冬也は、王に謁見し各国との連携を図る為、王都へ向かう事が決まった。
当座の目標は定まった。そして熱気冷めやらぬ一方、冬也は首を傾げていた。
「フィなんとかって、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」
「何ぼけっとしてるの? 行くよお兄ちゃん。次は王都だ!」
頭に過る疑問を再び片隅に追いやり、張り切って拳を上げるペスカを、嬉しそうに見つめる冬也であった。
王都へ出発すると意気込んだペスカであったが、マナ不足により数日の療養が必要だった。冬也も同様に、連戦による疲れと荷車運転のマナ消費により、マナの回復を待たねばならなかった。
王都から緊急搬送された支援物資が到着し、数日の領民達の食糧は確保出来たものの、建物の復旧は時間を要する為、テント暮らしを余儀なくされていた。
メルフィーとセムスはマーレに戻らず配給班に交じり働いており、配給の食糧の味が大幅に上がったと領民達から喜ばれていた。
唯一無事だった魔工兵器工場は職員達が総出で建物復旧に当たる為、一次閉鎖となりペスカが籠り切りで兵器の改良に取り組んでいた。
大出力で一撃必殺とも言える威力を誇る大砲の数々が有る。しかし、大出力だからこその欠点も有る。即ち、籠めるマナも相当量が必要な事だ。いわゆる、コストパフォーマンス悪すぎる。
冬也に持たせた大砲の数々や、自走式の荷車の様な簡易戦車は、そもそもペスカの設計時点で一人で動かせるようには出来ていない。
冬也が一人で簡易戦車を動かせたのは、マナの保有量が一般の兵士と比べて多いからに他ならない。
一概に数字で表せるものではないが、一般の兵士が保有するマナ総量が百だとするならば、大砲や簡易戦車を動かすには数千は必要になる。そして冬也やペスカのマナ総量は万を超えるとすれば、比較としてはわかりやすいかもしれない。
故に、一定数の人数がマナを籠めなけば発射できない大砲になっていた。これが、戦略的に配置されているのなら、話が違っただろう。
今回は完全に隙を突かれた様な襲撃となっており、大砲等の高出力兵器を配備する余裕が無かった。それが領都が壊滅した原因の一つであろう。
だからこそ、一人でも簡単な運用が出来る武器が必要であった。特に、今後の戦いを見据えるならば猶更だ。
しかし、その改良は前世のペスカには出来なかった。しかし、現代科学を研究し続けたペスカなら、それを可能にするだろう。皆が領都復興へ汗を流す中、ペスカはひたすら兵器と対峙していた。
そんな中で冬也は、体術の稽古や剣と魔法の修行に明け暮れ、ペスカに休めと注意されていた。
そしてこの数日、朝晩しか冬也と顔を合わさない状態に、ペスカは焦れていた。やる事は幾らでも有る。しかし、集中し続けられる時間などごくわずかであろう。
しかも、数日もろくに休んでいない。少しでも息抜きもしなければ、良い仕事は出来まい。故にペスカは、冬也にある提案を行った。
「お兄ちゃん。明日はデートしよう」
「はぁ? 何言ってんだ? お前、工場に入り浸って、忙しそうにしてんだろ?」
「いいんだよ。たまには休養も必要なんだよ」
「ったく仕方ねぇな。俺達は客分扱いで免除されてっけど、みんなが復旧作業してんだぞ! あんまりウロウロして、ひんしゅくを買わねぇようにしろよ!」
「わかってるよ。そういうのは、釈迦に説法って言うんだよ!」
しぶしぶ承諾した冬也は、翌朝ペスカに連れられリュートの街を散策していた。久しぶりの休日のせいか、ペスカは冬也の腕にしがみつき、飛び跳ねる様に歩いていた。
「こうやって見ると、ここ数日で随分と復旧してきたな」
「そうだね。皆で頑張ってるからね。それに資材も各地から届き始めたって言ってたし」
「シリウスさんは、忙しそうだな。昨日見た時はゲッソリしてたぞ」
「エルラフィア王国で、今一番忙しい貴族かもね」
「そんな時にお前は何を企んでるんだ?」
「違うよ。ちょっと役立つビックリドッキリメカを開発しているんだよ」
「頼むから変な合体とかはさせるなよ」
他愛も無い話をしながら住宅街を抜け辿り着いたのは、モンスターの死骸を集めて焼却している区域だった。腐乱した死骸はただでさえ悪臭がきつい。その上、燃やした煙は更に臭いが酷かった。
「いや、これさ。街中でやる事じゃねぇだろ」
「仕方ないよ。領都の外でこんな事をしたら、それこそモンスターが集まってきちゃう」
「所でさ。モンスターと言えばさ」
「ファンタジーで定番のゴブリンやスライムの事?」
「そう、それ!」
「いるよ、別の大陸にね」
「別の大陸?」
「その話は追々説明してあげる。それより、何でオークやコカトリスが多いかって事でしょ?」
「この間は、マナ増加剤がどうのって言ってたろ?」
冬也の疑問は尤もだ。しかし、モンスター化には一定の法則が有る。先ず、瘴気に冒された植物を動物が食べる。そして、体内で一定量の瘴気が蓄積されていくと、モンスターに変異してしまう。故に、森で暮らしている動物や昆虫、果てや家畜等がモンスター化し易い。マナ増加剤は、これを人工的に起こす事が出来る。言わば簡易版と言っても過言では無かろう。
「そうするとよ。それを食べる人間もモンスター化するって事じゃね?」
「そうならない様に、瘴気を取り除いてから調理するんだよ」
「何だよ。すげぇじゃねぇか!」
「その調理法も、私が考えたんだよ! だから、オークを普通に食べられるの」
「天才か?」
「もっと褒めていいよ」
食事の話をしていると、二人の腹がグウと音を立てる。「そう言えば朝から何も食べてなかったな」等と話しをしながら歩いていると、広場に人だかりが出来ているのが見えた。
よく見ると、配給を待つ者達が長い行列を作っている。通常の配給でもそこまでの列は作らないだろう。なにせ配給自体は、各広場で行っているのだから。
「なんでここだけ、こんな行列なんだ?」
「メルフィー達が、配給食を作っているんだよ。美味しいんだって」
二人が行列に近づくと、メルフィーから声を掛けられる。
「あらペスカ様、いらっしゃいませ。召し上がって行かれますか?」
メルフィーから差し出された器には、芋のスープが盛られており、一口すすると冬也は目を見張った。
「うめ~! 領主の家で出て来るのより旨いぞ」
「お兄ちゃん。腕だよ。腕」
「何で、お前が自慢気なんだよ」
得意げに腕を曲げるペスカに、冬也が嘆息して呟く。そんな二人のやり取りにメルフィーは、顔を綻ばせた。
「メルフィーもセムスもありがとね」
「ペスカ様のご命令なら、何処へでも」
「助かるけど、お店は?」
「まだ不十分ですが、弟子が育って来ております。今回は緊急故、閉店して参りましたが、ゆくゆくは弟子に留守を任せようかと」
「きっと手を貸してもらう事になるから、準備はしといてね」
「畏まりました、ペスカ様」
「ペスカ様、いつでもお声をおかけ下さい。メルフィーと共に駆け付けます」
ペスカは、メルフィー達に礼を言うと、冬也と腕を組み広場を去る。次に二人が向かったのは、工場区域だった。工場区域には、幾つもの工場が半壊しており、健在なのは頑丈に造られている兵器工場だけだった。
「せっかくだから見せてあげるよ」
ペスカが自慢げに胸を張り、冬也を魔工兵器工場に連れて行く。工場内に入ると、中央には大きな何かが鎮座している。それは、映画等でよく見かける乗り物であった。
迷彩色に塗られた車体には、分厚い鉄板で装甲が施されている。駆動部にはキャタピラがついている。更に車体上部には、三百六十度回転する砲塔部が取り付けてあり、主砲と機銃が搭載されていた。
一言でまとめると戦車である。しかも、かなり大型の。
「お前。何て物を造ってんだよ!」
「現代科学の英知だね」
ペスカが冬也を連れ戦車に乗り込むと、内部の説明を始めた
コックピットの中には、計器類等がほとんど無い。そして全方面にスクリーンが張られ、車外に設置したカメラの映像を大型スクリーンで見る事が出来た。
勿論、前方と左右や後方の風景を、全てスクリーンへと投影出来る。そしてスクリーン前には、戦車内とは思えない程にゆったりした、ソファの様な操縦席が設置されていた。
砲塔部に取り付けられた主砲は、魔攻砲と呼ばれるマナを利用する魔工兵器の一種で、サブ兵器の機銃も同様に、魔工兵器の一種である。そして主砲には操作席と専用モニターが設置されていた。
モニターには、敵の位置や数、距離等の詳細が映る様になっている。何よりも、『実物よりゲームに近い簡易的な操作性』となっているのが肝だろう。敵に焦点を合わせ、カーソルを引くだけで魔攻砲が発射され命中補正も行う、初心者でも扱える設計になっていた。
そしてこの戦車が大型なのは、戦闘用に造られただけではない所だろう。前方の操縦席側と仕切られる様になっている後方部には、寝台や簡易キッチンに簡易トイレまで備え付けられていた。
「現代科学越えてるだろ!」
「SFの勝利だね」
「なんでキャンピングカー仕様にした! すげぇ違和感だよ!」
「だって野宿は嫌でしょ?」
ため息を着く冬也に向かい、ペスカは勝ち誇った様な顔で言い放った。
「なんと、時速百キロを実現致しました! そして、消費マナは従来の百分の一以下です。お得ですね~」
ペスカが頑張る時は、冬也の予想より斜め上を行く。ペスカとの長年の暮らしで体感してきた冬也だったが、今回は気が遠くなる程に驚いていた。
工場の職員は領都の復旧にあたっており、皆出払っている。ペスカの作業を補助した者はいないはずである。しかも、領都奪還から僅かな日数しか経っていない。この短期間にしかもたった一人で、こんな兵器を造り出した。これが、驚かずにはいられようか。
冬也を驚かせたペスカは、満面の笑みを浮かべていた。
「これに乗って、お兄ちゃんと王都までドライブだよ!」
目的の物を見せて満足したペスカは、一通り砲塔を動かしたりと、操作テストと言う名の遊びを楽しむ。冬也も一応は、男の子である。戦車の中に入れる事、そしてSFモドキのハイテクを体感出来る事で、知らずと興奮していた。
二人は昼食も忘れ戦車で遊び、気が付いた頃には日が落ちかけていた。流石に領主宅に戻らないと、心配をする者がいるだろう。二人は、帰りすがらに街の復旧状況を確認し、領主宅へと戻る。
ただ領主宅が視認出来る距離まで近づくと、門の前に見た事の無い馬車が一台止まっているのが確認出来た。二人は疑問に感じながら屋敷に入ると、執事に案内されて執務室に通される。
そして執務室内にはシリウスの他に、美形の青年が立っていた。冬也と然程変わらぬ長身で、スラッとしながらもしっかりと筋肉がついている体形をしている。長剣を腰に携えた所と、儀礼服を着ている事から青年は騎士なのがわかる。
冬也とさほど変わらぬ年齢だろうか。だが、冬也と明らかに違うのは、その整った所作であろう。騎士は白い歯を輝かせながら、爽やかな笑顔でペスカに話しかけた。
「もしやあなたが、ペスカ・メイザー様でしょうか? 王都より迎えに参りました。シグルドと申します。近衛隊の隊長を務めております」
「いえ、まったくの人違いです。何より私の姓は、メイザーではありません」
怪訝な顔つきでシグルドを見つめ、ペスカは問いに答える。それは冬也も同じであった。
何故、このタイミングで王都の兵がやってくる? もう少し対応が早ければ、領都がこんな惨状にならなくても済んだのでは?
当然の疑問であろう。冬也はシグルドを警戒する様に、やや睨みを利かせる。それに対し、シグルドは泰然とした面持ちを崩す事は無かった。
「シグルドさんとか言ったな。悪いが俺の質問に答えちゃくれねぇか?」
「貴方は?」
「東郷冬也だ」
「トウゴウ? トウゴウ殿でよろしいですか?」
「いや、東郷は二人だ。冬也でいい」
冬也はシグルドを見据えたまま、ペスカの肩を引き寄せた。そして、シグルドは笑みを浮かべて、恭しく頭を下げた。
どちらが礼儀正しいかなど、言わずもがなだろう。しかし、シグルドは冬也の態度を咎める事なく笑みを浮かべたままである。そんなシグルドに対して、追い打ちをかける様に質問を投げる。
「何で今更なんだ? あんた、ここに来るまでに街の様子を見たんだろ?」
シリウスが最も感じていた義憤に近い感情だろう。そして、恐らくシリウスはその感情を呑み込んだに違いない。シリウスが口を挟まないのがその証拠だ。
冬也とて理解はしている。かつて英雄と呼ばれたペスカをして、この惨状は防げなかったのだ。他の人間が易々と防げるものではあるまい。
そんな感情を近衛隊の隊長にぶつけても、仕方がないのはわかっている。しかし、問わずにはいられない。それが前線で戦った者の感情で有り、住民も同様な感情を示すだろう。
領都に入ってから領主宅までの間に、住民達から石を投げられても仕方がない。小奇麗な恰好で、騒乱の後にのこのこやって来たのだ。自分達は着の身着のままでろくに体も洗えないどころか、生活出来る場所さえままならないのだから。
シグルドにとっては辛い糾弾であろう。それでもシグルドは、泰然とした態度は崩す事は無かった。そして、深々と頭を下げる。
「それについては、我々の力不足としか言いようが有りません」
「それで納得しろと?」
「いえ。だからこそ、ペスカ様のお力をお借りしたいのです」
「都合が良すぎねぇか? 俺の妹を好き勝手に利用すんじゃねぇよ」
「承知しております。お怒りもごもっともです。ですが、今は呑み込んで頂けないでしょうか?」
「納得して着いて来いと? 出来ると思うか? 何に利用されるかわかったもんじゃねぇってのによ」
「我々の敵は同じです。力を合わせて、この危機的状況を打破したいと考えての事です」
近衛隊の隊長という事は、本人が勝手に動いた訳では無い。間違いなく命令されて来たのだろう。だから、強引にでも使命を遂行する事は出来たはず。しかし、シグルドはそうはしない。対話によって解決を図ろうと模索している。寧ろ、ここまで言われて嫌な顔を一つ浮かべないこの男は、かなりの人格者でも有るのだろう。
問題なのは、目の前の男ではない。この男はこちらに理解を示そうとしている。厄介なのは、これを命令して来た側の目論見だ。
倒すべき目標が一緒なら手を取る事も可能であろう。しかし、それを信じても良いのか? いや、例え立派な政治家とて、真っ当な手段だけで政治が行える訳ではない。
ただでさえ、何から手を付けていいのかわからない程に、色々な状況が交差しているのだ。協力してくれるなら結構、それ以外なら問答無用だ。
冬也が糾弾している中、ペスカはずっとシグルドから顔を背けていた。そして、あからさまに深い溜息をつくと、冬也に近づき耳打ちをした。
「私、何でも出来そうなイケメンって、好きじゃないんだよね。お兄ちゃんみたいに、ちょっとおバカでも、頑張り屋さんなタイプが好き。むしろお兄ちゃんが大好き」
「おい! 空気読め! 意味わかんねぇ~よ、ペスカ」
冬也は弱った様に息を吐く。耳打ちと言っても、わざとシグルドへ聞こえる様に声を張り上げているのだ。
しかし、張り詰めた空気がペスカの一言で緩んだのは間違いない。そしてペスカは、シグルドへ顔を向けると徐に口を開いた。
「どっちみち王都には行くし、そっちはそっちで勝手にすれば良いじゃない」
「ありがとうございます。その様にさせて頂きます」
「勝手に着いてくるなら、許してあげない事も無いんだからね。フン!」
「そんなツンデレはいらねぇよ。って、お前がそう言うなら仕方ねぇか」
冬也とシグルドでは、いつまでも話の決着はつかない。そう考えたペスカなりの妥協案で有ったのだろう。そしてシグルドは恭しく首を垂れる。
しかし、全ての疑問が解消された訳ではない。少なくとも、救援物資が届いた後に到着した事は説明してもらわないと、怒りは収まらない。
「ただよぉ。シリウスさんは援軍を要請してたんだろ? それも到着せずに、後からのこのこってのはどういう事だ? あぁ?」
「それについては、私から説明しましょう」
「シリウスさん?」
「義兄殿。援軍は来なかったのではなく、来られなかったんです」
「はぁ? どういう事だよ!」
冬也の恫喝とも言える言葉に、これまで口を噤んで来たシリウスが答えた。シグルドから報告を受けたのだろう。シリウスは冬也に領都襲撃の際に有った出来事を語って聞かせる。
これも、ロメリアの策略だったのだろう。援軍を要請した際には、メイザー領を囲む様にモンスターが発生していた。それに対処しなければ、援軍は領内にすら入れない。
しかも、領都の襲撃程ではないが、各領や王都でも小規模なモンスターの発生は確認された。このまま、自領もメイザー領と同様の襲撃を受ける可能性だってある。そうなると、自領と援軍の兵を分けている余裕すらない。
何が起きるかわからない状況で、自領の民を守らんとするのは当然の事だろう。守備に兵を回すのも合点がいく。
ロメリアが姿を消したのとほぼ同時に、モンスターの発生は鳴りを潜めた。それで救援物資を送れる様にもなり、シグルドの様な王都からの使者も来られる様になった。
「くそっ! そんな事になってたのかよ」
「まぁ、ロメリアがやりそうな事だよね」
「でもよ、ペスカ。何かおかしくねぇか?」
「何が?」
「何がって、モンスターは動物とかが変形した奴等だろ? 俺達だって、かなりの数を倒したんだぜ」
「うん、そうだね」
「モンスターってのは、無限に沸くのか?」
「そうだよ」
「そしたら動物や昆虫が絶滅して、生態系が崩れるだろ?」
「そうはならないんだよ、大地母神って神様がいるからね」
「フィなんとかってのか?」
「詳しい事は道すがら説明してあげる。それより出発の準備だよ、お兄ちゃん」
話は終わりとばかりに、ペスカは冬也の腕を引っ張り執務室を後にする。そして、備蓄してある糧食を数日分ほど集める等、出発の準備に取り組むのであった。
出発の準備をする中、ペスカの表情はやや硬い面持ちになっていた。
なにせつい先程まで、戦車の中で盛り上がっていたのだ。領都が壊滅している今、不謹慎かもしれない。しかし、冬也の中にもこれから冒険が始まるのだと、すこしワクワクする様な感覚が芽生えていた。
ペスカとて、ただ冒険を楽しむだけなら、あんな途方もない兵器を造るはずがない。しかも短期間でだ。どれだけ大変だったか計り知れない。色々な想いを抱えて、それでも前に進もうとしている。
戦いに赴く覚悟なら当に出来ている。だが、それとこれとは違う。王都で何が待ち構えているのかわからない。それはモンスターを倒す事より、よっぽど質が悪い事かもしれない。それがわかっていて尚、その思惑に乗ろうと言うのだ。
「なぁペスカ。本当に良かったのか?」
「良いも悪いもないよ。どうせこうなる事はわかってたんだしさ」
「あぁ? どういう事だ?」
「あのね、私はこれでも前世では英雄だったの。知名度が高いの。このままあいつと王都に行ったら、拉致されて晒し物になっちゃうよ」
「それがわかってて、お前は王都へ行くって?」
「仕方がないよ。私達にも目的って物が有るしね」
困り顔の冬也を気遣ったのか、少し丁寧に説明を始めた。
「お兄ちゃん。何で私がこの世界に来た事を、王様が知ってると思う?」
「そりゃ、シリウスさんの報告だろ? クラウスさんも報告してるかもしれねぇし」
「両方正解! 加えてフィアーナ様が、神託を下したかもしれないね」
「それがどうしたんだよ?」
「わからない? クラウスの報告が有った時に、私を呼びつけてもおかしくないんだよ。それが今になって呼びつけたんだよ。しかも近衛騎士団のお迎え付きなんて、不自然に感じない?」
「確かにな」
「メイザー領の壊滅っていうニュースは、各地に流れているはず。そんな時に、救国の英雄が登場する。それが、奴らのシナリオなんだよ」
「あぁ、そういう事か。すげぇめんどくせぇな」
過去の英雄が再誕したというシナリオに、ペスカは乗る気が無かった。何故なら、人心をまとめ上げるのは、国王の仕事である。
国が危機的状況に置かれているのは間違いあるまい。しかし、現状は領地の一つが壊滅しただけである。
何も今直ぐに国が滅ぶ事は無い。国中の民がモンスターの犠牲になったりはしない。果てや、大陸の危機に至った訳では無い。
この状況で一足飛びに、国王ではなく英雄が人心をまとめる事は、芳しいとは言えない。不謹慎と受け取られても、それが事実だろう。ただこれ自体は、理由の一端に過ぎない。
ペスカが懸念しているのは、邪神ロメリアの事である。
人々が希望に満ち溢れた所に、絶望を与える存在である。ならば不必要に、邪神ロメリアが喜ぶ状況を作りだす必要はあるまい。
もっとも、人々が危機感を抱き始めてる今、更に危機に陥れようと考えるのも、邪神ロメリアなのだが。
いずれにせよ、邪神ロメリアの思惑を計りかねている現状で、不用意な行動は避けたい。だが、そんなペスカの懸念は、冬也によって一蹴される事になる。
「結局は、なるようにしかならねぇしな。それにシグルドって奴は、話のわかる男だと思うぞ。あいつに相談してみるってのはどうだ?」
「いやいや、あのイケメンに? お兄ちゃんってば本気で言ってる?」
「だって、お前。まともにあいつの目を見てなかったろ?」
「そりゃ、そうだよ。キラーンってしてる男に、碌なのはいないんだよ。翔一君みたいにさ」
「馬鹿、翔一にだって良い所はあるんだぞ!」
「無いよ、あんな金魚のフン! とにかく、私は爽やかイケメンには、興味がないの!」
頭の良いペスカが、今後どうなるかを予想してない訳がない。自分では計り知れない事さえも、想定して行動するのがペスカなのだ。
そのペスカが様々な思惑を理解した上で行動を起こそうとしている。これ以上は何も出来る事は無い。
やれる事を挙げるならば、戦いの際に多くの敵を屠る事、いざとなった時にペスカの盾になってやる事くらいなのだから。そう判断した冬也は、準備の手伝いだけを行った。
「まぁ、王様だろうが何だろうが、四の五の言うならぶっ飛ばせば良いだけだしな」
「いいね。でもぶっ飛ばしたら、お兄ちゃんが逮捕されちゃう」
「そしたら、その辺の連中毎ぶっ飛ばせばいい」
「みんながお兄ちゃんみたいに単純だったら、世の中は喧嘩大会だね」
「そんな事をしなくて済むと良いけどな」
「それは行ってみないとわかんないよね」
やがて日が暮れる。夕食と入浴を済ませた後に、ペスカは兵器の最終点検をする為に工場へ行き、やる事が無くなった冬也は早々に床へ着いた。入念に鍵をかけて。
「甘いね、甘々だね。甘ちゃん選手権優勝だね。ペスカちゃんにかかれば鍵の一つや二つは、ペットボトルキャップを開ける位に簡単なのだよ」
何故、いつも兄の部屋へ簡単に侵入出来るのか。それは、ペスカが魔法の権威である事に他ならない。そしてペスカは、いつもの様にスルリと鍵を開けて、冬也のベッドに潜り込んだ。
そして翌朝、目を覚ました冬也は、当たり前の様に自分の横で寝るペスカの頬を摘まんだ。うみゃっと変な声を上げ、ペスカがベッドから飛び上がる。
ペスカが目を覚ました所で、二人はメイド達が用意した服に着替え、食堂に向かい硬いパンを貪った。
朝食の後は兵器工場へと向かい、戦車を領主宅の庭へ止めると、食糧等の荷物を積み込んだ。
見慣れぬ巨大な乗り物に、執事やメイド達は一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。しかし、直ぐポーカーフェイスに戻し、荷物の運び込みを率先する所は、流石と言った所だろう。
丁度、荷物の積み込みが終わる頃に、シグルドと数名の兵達が顔を出した。
「おはようございますペスカ様。お供させて頂きます」
朝に相応しい爽やかな笑顔で、シグルドがペスカに話しかける。しかし、ペスカはシグルドに向かい言い放った。
「何人たりとも、俺の後ろは走らせね~」
「ペスカ。全く意味がわかんねぇ」
「お手柔らかにお願いします。ペスカ様」
シグルドは、爽やかな笑顔を崩さずに微笑んで答えた。ただ、冬也だけは怪訝な面持ちになっていた。
「シグルドさん、あんた」
「シグルドでかまいませんよ」
「なら、俺も冬也でいい。口調も丁寧じゃなくていい」
「それで冬也、何か言いたげだね」
「お前さ、何で馬で来たの? ペスカの作った変な車に乗って来なかったのかよ」
「あれは、マナの消費が激しいからね。いざって時にマナが空では、戦い以前の話だしね」
「言われてるぞ、ペスカ」
「うっさい! その辺も改良したもん!」
「それより冬也。馬で来た事は間違いだったかい?」
「当然だ、見ろ! 馬じゃ、俺達に追いつけやしねぇよ」
流石の近衛隊長も予想だにしなかったのだろう。そこに何か大きな鉄の塊が有る位にしか、考えてもいなかったのだろう。当然、シリウスが馬か馬車を容易して、自分達と並走するとでも考えていたのだろう。
その思惑はペスカによって軽々と打ち砕かれる。そして、爽やかな笑顔が初めて崩れる事になるとは、思いもよらない出来事であった。
その後、シリウス達に見送られペスカ達は戦車に乗り込み出発をする。直ぐ後ろにシグルド率いる部隊が追随する。しかし、門をくぐり街を出た直後である。ペスカは戦車のスピードを上げ、シグルド達を引き離しにかかった。戦車は、七十から八十キロ位は出ているだろう。猛スピードで走る戦車に、シグルド達の姿はみるみる小さくなっていく。
「止めろペスカ。シグルドさんより、馬が潰れちまう」
「お兄ちゃんは、黙ってて。私は、峠最速の女!」
「なんでそんなに嫌がるんだよ。シグルドさん、良い人そうじゃないか」
冬也の問いに、ペスカは渋々と口を開いた。
「昨日も言ったでしょ! 忘れちゃったの? 問題は、あのイケメンじゃ無いんだよ。いい、お兄ちゃん。私は生前、この国で救国の英雄みたいな扱いをされていたんだよ」
「マーレに銅像が立つくらいだしな」
「ならわかるでしょ? そんな私が、あのイケメンと王都に入ったらどうなるか位」
「いや、大騒ぎになんてならねぇよ。そもそも、あの銅像とお前、全然にてねぇし」
「はぁ? なに言ってのって、まさかお兄ちゃん……」
冬也が言いきる前に、ペスカの言葉で遮られる。
「お兄ちゃんは、言ってはならない事を、口にしたのだ! 成長期の乳と、成熟した乳を比べた罪! 特と知るがいい!」
「おっぱいじゃ無くて、顔だよ顔! おっぱいなんて見てね~よ!」
「はぁ? 私の平凡乳には興味なしか乳魔王! 勝負してやる! かかって来い!」
冬也に向け、さぁと胸を突き出すペスカ。脳天に鉄拳をお見舞し、冬也はペスカを黙らせた。
やがて日が暮れる。そして野営が出来そうな場所を探して、ペスカは車を停める。シグルド達が到着したのは、それから暫く経っての事だった。
「ペスカ様の仰る事は、正しいと思います」
「そっか。なら」
「ただそれは、難しいと思います」
冬也の言葉を遮る様に、シグルドは言い放つ。
「戦車が目立つからか? それともパレードが必要なのか?」
「まぁその乗り物は、かなり目立ちますが。必要なのは、未曾有の危機に陥ろうとしている王国に、救国の英雄が戻った。それを民衆に知らしめる事なのです」
ほらやっぱりと言わんばかりに、ペスカは口を尖らせる。しかし冬也は、諦めずに説得を続けた。
「理解は出来るけど、俺は嫌がるペスカに無理強いをさせたくないぞ」
「まぁお待ちください。私が言ったのは、あくまでも建前です。ちゃんと、準備をしてあります。ご安心下さい」
シグルドの言葉に、ペスカはニヤリと口角を吊り上げる。
「お主も悪よのぅ。シグルド殿」
「いえいえ、ペスカ様も中々のもので」
「どうして、そんな返し知ってんだよ、シグルドさん!」
「冬也殿、私の事はシグルドと呼び捨てにして下さい」
「じゃぁ俺の事も冬也と呼び捨てに。ってそう言う事じゃねぇ~!」
ペスカとシグルドの企みは、夜遅くまで続くのであった。
明くる朝、冬也が目を覚ますとシグルドは既に目を覚ましており、隊士達と剣の素振りをしていた。それを見た冬也は、隊士達に混じって体を動かし始めた。
いつもの様に型の稽古から剣の素振りへと移行していく中、シグルドは冬也の動きを真剣な面持ちで観察していた。そして、ゆっくりと口を開く。
「君は少し独特な戦い方をするんだね。でも、かなり強い」
「サンキューな。でも、いきなりどうした?」
「なぁ冬也。私と模擬試合をしてみないか?」
「はぁ? なんでそうなる?」
「先程も言ったが君はかなり強い。それも実戦で鍛えられている。正直、部下達に見習わせたい」
「だから試合ってか?」
「そうだ。それは君の為にもなるはずだ」
それは冬也が一番理解していた事だろう。シグルドは褒めてくれたが、自分より強いとは一言も言っていない。それに素振りを見れば、その強さがどれ程のものかも見えてくる。
出会った瞬間に「こいつ強い」と思うのは、ただの妄想だ。格上か格下かの様な大雑把な気配なら感じ取る事は出来よう。しかし、強さというものは数値化出来はしない。実際に目の当たりにしない限りは見えてこないものも有る。
わかっている、シグルドは自分より遥かに格上だ。こいつとの勝負なら、学ぶべき事も多い。シグルドの言っている事は間違いない。
「それなら手合わせを頼もうか。でも、やるなら本気で来い! そうじゃなきゃ意味がねぇ」
「自信が有るのかい? それとも過信ってやつかな? どちらにせよ、君がその気なら私に本気を出させてみるといい」
これはシグルドが冬也を見て感じていた事だ。「勿体無い」と。
彼はもっと戦えるはずだ。彼は本領は未だ見えてすらいない。確かに動きは悪くない、威力も有りそうだ。しかし、マナの使い方が致命的に悪い。初心者としか言いようがない。
要するにチグハグなのだ。だから、簡単にわかってしまう。今戦えば自分が勝つと。だが、それでは面白くない。こんな凄い男が目の前に現れたのだ、血が滾るというものだ。
故にこう考えた、「先ずは一段階、引き上げてやる」と。
だからこそ、シグルドは冬也を煽った。それに冬也は乗った。そうして、模擬試合は始まった。
両者共に、体中へマナを巡らせる。体から湯気でも出ているかの様に、マナが体内から溢れ出そうとしている。戦いの準備は整った。そして、先に仕掛けたのは冬也であった。
相手は格上だ。先手を取ってこちらが戦い易い様にしなければ、後はやられる一方だ。
その考えは概ね正しいだろう。格上を相手に後の先を気取るなど、悪手もいいところだ。
冬也は姿勢を低くして、一気にシグルドとの間合いを縮める。そして、足払いをする様に右足を繰り出す。それに対してシグルドは軽く後方へジャンプして避けた。
冬也の攻撃はそれでは終わらない。避けられた右足で体を支える様にして体を回転させ、今度は左の足で頭を目掛けて蹴りを繰り出した。しかし、それもシグルドは簡単に往なした。
次々と冬也の攻撃は続く。蹴りが避けられるなら、剣を薙ぎ払う様に振るう。それも避けられるなら、剣を突く様にして攻撃をする。それでも駄目なら、スピードを上げる。真正面からではなく死角に入り込んで、最も早い速度で剣を突く。
蹴りは避けられ、拳は躱され、剣は弾き飛ばされる。何度繰り返しても、冬也はシグルドに攻撃を当てる事さえ出来ずにいた。
「君の本気はそんなものかい? まだ私は攻めてさえいないのに」
「うるせぇよ。こっからだ」
冬也はシグルドと間合いを取ると、八相の構えを取る。長期戦を見越しての事か、それとも一気に攻めるのか、それは冬也しかわからない。そして「何か仕掛けてくる」と読んだのか、シグルドは警戒を強めた。
冬也の選択は攻撃一択であった。八相の構えから示現流でいう所の『蜻蛉の構え』に移行する。そして一気に距離を詰めると、これまでの攻撃で最も早く剣を振り下ろした。
それは一撃必殺、二の太刀要らずとも言われる剛の剣だ。どうせ防がれるなら、相手の剣ごと叩き壊す。そんな勢いで振られた剣が、シグルドに襲い掛かる。
流石に剣で受けるのは不味いと思ったのか、シグルドは後方に下がり冬也との間合いを取ろうとする。しかし、それを許す冬也ではない。そして勢いよく剣を振り抜いた。
その直後であった。目の前にいたはずのシグルドは姿を消していた。そして、冬也は首元に剣を突きつけられていた。
「シグルド。あんたつえ~な」
「これでも、近衛を率いてる立場なんでね。見た所、君はマナの扱いには慣れてない様だ。本来の戦い方で、マナを使いこなせる様になれば、君はもっと強くなる」
試合が終わり互いに握手を交わし、それで終いになるはずだった。しかし、その試合を見ていた者達からすれば、体が疼いて仕方なかったのであろう。我先にと隊士達は冬也に試合を申し込む。
そうなると、冬也にも火が付く。隊士達を全て倒すと、再びシグルドに再戦を申し込む。そして彼等の稽古が終わりを告げたのは、緊張の糸が切れた冬也が『からくり人形』の様に、倒れ伏した後だった。
一方ペスカはというと、終わらない朝の稽古を見かねたのか、少し呆れ顔でその一部始終を眺めていた。そして呟く。
「男の子って馬鹿だよね。俺がてっぺんを取るとか、本気で考えてそうだし」
それもそうだ、夢中になって模擬試合を行っているのだから。とは言え、ペスカとて他人の事をとやかくは言えまい。何故なら前世では、『大陸最強』や『並ぶ者なし』と評されてたのだから。
それは誰よりも研鑽に励んだ結果であろう。目の前にいる愛すべき馬鹿共は、その渦中にいるのだ。
「頑張れ、お兄ちゃん」
そうしてペスカは、冬也達が疲れ果てるのを待った。
「お兄ちゃん。言っとくけど、この国の近衛隊は、選りすぐり精鋭なんだよ。代々の隊長は、化け物じみた強い人が選ばれているんだよ。そもそも、近衛隊の隊士と渡り合うお兄ちゃんがおかしいんだよ」
「ペスカ様の仰る通りです。それに、私に傷を負わせる事の出来る者は、数える程しかいない。最後はかなり危なかった」
そう言うと、シグルドは腕を捲る。捲った腕には、赤い一筋の痣が出来ていた。
「まぁ、それだけ近衛隊長を本気にさせたって事だよ。お兄ちゃん」
「そうですね、ペスカ様。先が楽しみです」
冬也が起き上れる程に回復すると、シグルドと剣術談義を始める。それに隊士達も加わり盛り上がる。その頃、ペスカは戦車の中へ消えていた。
冬也の腹が大きな音を立て始めた頃に、ペスカが戦車から戻って来た。
「今日は特別に、ペスカちゃん特製の朝ごはんだよ。さぁ腹ペコさん達、たんと召し上がれ」
ペスカが作って来た物、それは日本ではありふれた、ただの茶漬けだった。ご飯に白身魚と海苔が乗って、出汁がかけられたシンプルな茶漬けである。
しかし、隊士達はこぞって御代わりを求め、シグルドは目を細めて頷いていた。冬也は、「旨いよペスカ。やれば出来るじゃん」と褒め、ペスカをご満悦にさせていた。
ペスカが気を許したのか、その日以降の旅は順調に進んだ。
ペスカが戦車を暴走させる事は無く、休憩中には冬也がシグルドに稽古をつけられ、時折現れるモンスターは冬也と隊士達が共同で倒して行った。
ただ、モンスターが現れる度に、とある疑問がチラつく。それは、領都の執務室内で後回しにされた答えであった。
「ところでよ。モンスターが無限に沸くってのは、どういう意味だ?」
「あぁ、それ? 簡単だよ、瘴気のせいだね」
「瘴気?」
「うん。ロメリアが放つ、すっごく星に優しくない成分の事だよ」
「排ガスみてぇな?」
「そんなのレベルが違い過ぎるよ。放って置くと星を破壊しちゃう位の」
「それで、動物が変化する様な異常事態が起こるのか?」
「そうだね。それと、瘴気を取り込んだ動物とかは、何故か増えるんだよ」
「細胞分裂みたいにか?」
「そんな所だね。実際に観察した事が有るけど、キモイの一言だね」
「なんで増えるんだ?」
「そこまでは、わかんなかったんだ」
「そっか。マナ増加剤ってのも、増えちゃうんだろ?」
「あれの用途は、そういう効果を狙ったんじゃないんだよ。簡単に言えばエナドリのパワーアップ版みたいなもん」
「じゃあ、なんでモンスター化とかすんだよ」
「それもロメリアのせいだね」
「はぁ~。わかった様な、わからない様な」
「お兄ちゃんの理解はそれでいいと思うよ」
「ところでさ、準備ってのは? もうすぐ王都に着くんだろ? 大丈夫なのか?」
「ま、それは行ってみてのお楽しみだね」
そして一行は、順調に王都の前までたどり着く。しかし、直ぐには王都に入らず、正門の近くで休憩をする事になった。目の前まで来ているのに、王都に入らない事を、冬也は不思議に感じていた。しかしその理由は、直ぐに判明した。
王都方面から、兵と一緒にフードを被り胸の豊な女性が歩いて来る。そして、フードを取り払うと、銅像のペスカそっくりの顔立ちだった。銅像のペスカが動き出したのかと思う程に、体つきも銅像そっくりな美女だった。
「じゃ~ん。これぞ変わり身の術!」
「馬鹿かペスカ! これは身代わりだし、生贄だろ! 根本的な問題は解決してねぇよ!」
そもそもパレード自体に意味が無いと、思っていたのはペスカであろう。そして、シグルドもペスカと同意見を持っていたはずだ。なのに、何故こんなことを? 冬也の頭には疑問が駆け巡っていた。
シグルドからすれば、近衛隊の隊長として国王の命を順守するのは当然である。しかし、国王を諫めるのも側近の役目であろう。近衛隊の隊長ならば、そういう位置にいるはずだ。
実際にシグルドは、王命すら背く覚悟を決めていた。
確かに、ペスカの懸念している事が正しいのだ。未だロメリアへの対策は何一つ出来ていない。そんな中で襲撃されれば、メイザー領の二の前だ。それだけは起こしてはならない。
かと言って、国民感情を無視する事も出来ない。如何に大量に兵士を配置し防備を固めた所で、国民は安心出来まい。何故なら、万全の備えをしていたはずの領都が一つ落とされたのだから。次は我が身と考えても、何ら不思議ではない。それはペスカも十二分に理解をしている。
故にペスカとシグルドは、とある案を思いついた。
それは、パレードを大々的に行う。そうすれば、住民達は心に平穏を取り戻せるだろう。その一方で、ペスカは兵器開発に勤しむ事だ。
時間がどれ程に有るかは、全くわからないのだ。寧ろ、直ぐに攻めてくる事も想定しなければならない。ならば、ペスカが独自で動いた方が賢明であろう。
「ただよぉ。あんた、どこの誰だか知らねぇけど、こんな真似させられて、良いのか?」
「問題ございません。私はペスカ様やシグルド様の、お役に立てれば充分でございます」
念の為にと、身代わりになる女性に冬也は話しかける。しかし、女性は真っ直な目で冬也を見つめ、首を縦に振って言い切った。
「この子とシグルドが正門から入って、お祭り騒ぎしている頃に、私達は裏門からこっそり忍び込むの」
「裏門の兵には話を通しております。ごゆるりと街へお入り下さい」
もう決まった事かの様に、近衛隊の面々は段取りを進めていく。それを横目に、冬也は開いた口が塞がらず棒立ちになる。そして調子に乗るペスカと、案外ノリの良いシグルド。
「シグルド殿、お主も中々やるではないか」
「へっへっへ、ペスカ様ほどではございませんよ」
「だから、なんでそんな返し知ってんだよ、シグルドぉ!」
突っ込み対象が増えたと冬也は肩を落とす。ペスカは満面の笑みで戦車を動かす。二人は、悠々と裏門を抜け王都へ入って行った。
堅牢な城壁と城門に守られた先は、花の都だった。
王都リューレは、王城から東西南北の城門へ続く大通りを中心に、四つの区域が定められている。東に貴族街、西に住民街、南に商業区域、北に工業区域、さらに東西を跨ぐ様に大きな運河が流れている。
運河の川岸には様々な木々や、色とりどりの花が咲き乱れ、人々の憩いの場になっていた。均一の高さで建てられた石造りの街並みは、見た目にも美しく整然としており、通りに植えられた木々が景観の彩りを増していた。
南門から入り注目を集めるシグルド達に対し、ペスカ達は北門に回り込みリューレへ入る。目的の場所は工業区域の先に有る。パレードのせいか行き交う人は疎らで、時折すれ違う人をギョッとさせていた。
「なあ、ペスカ。王様にも挨拶しといた方がよくねぇか」
「あ~、やっぱりそう思う?」
「そりゃそうだろ。流石に王様を無視すんのは駄目だろ。今後の事も有るんだしよ」
「まぁ仕方ないか。ちょろっと挨拶して、直ぐに王立魔法研究所へ行こう」
国の関連は全てシグルドに任せてしまえば面倒はない。シグルドの事だ、爽やかな笑顔で首を縦に振るだろう。しかし、その代わり近衛騎士隊長としての面目を潰す事になる。
せっかく足並みを揃えようとしているところだ。全てを丸投げとは行くまい。そうしてペスカと冬也は、目的地を王城に変更した。
王城の周囲には、運河から流れる様に堀が作られており、大きな橋が堀の南側に掛けられていた。橋の前後には憲兵が並び通行許可を行っている。
戦車を堀の横に止め、二人が通行許可を貰おうと憲兵に向かい歩き出すと、頭の中に声が聞こえた。
″そちらではありません。こっちに来るのです″
「ペスカ、何か言ったか?」
「何も言ってないし、何も聞こえないよ」
尚も憲兵に向かい歩くと声が続く。
″そちらではありません。早くこっちに来るのです″
「ペスカ、何か言ったろ」
「あ~あ~! 聞こえないったら聞こえない」
顔を顰め耳を塞ぐペスカ。続く声の後に頭を抱え蹲った。
″無視をすると、罰を落としますよ″
「うぎゃ~! わかった。わかったから。ちゃんと行くから」
「お前、何やってんの?」
冬也は首を傾げて、ペスカに問いかけた。
「お兄ちゃん。先に行く所が出来ちゃった」
「何言ってんだよ。王様の所に行くんだろ?」
「ほら、お兄ちゃんだって言ってるよ」
「さっきからお前、誰に話しかけてんだよ」
″いいから早く来なさい。次はもっと痛くしますよ″
飛び上がる様にペスカは走り出した。そして冬也は、訝しげな表情で後に着いていく。
ペスカが向かったのは、橋の近くにある大きな教会だった。ゴシック様式に似た荘厳な雰囲気の教会に、二人は足を踏み入れる。ペスカは修道士に人払いを命じ、礼拝堂へと向かった。
冬也は訝しげな表情で、ペスカに問いかけた。
「だからさ、早く王様の所に行かなきゃ駄目だろ」
「そんな事は、あの人に言ってよ」
ペスカが礼拝堂の中央に指を指すと、光が集まり人型を成して行く。やがて現れたのは、長い金髪にスレンダーな体つき、やや童顔な面立ちの光り輝く美女であった。
突然現れた美女を、冬也は思わず二度見する。美女は柔らかな笑顔でほほ笑むと、冬也に向かい歩き始める。冬也の正面までたどり着くと、美女は冬也に飛びつき早口で捲し立てた。
「あ~冬也君、冬也君、やっと会えた。久しぶりね~。大きくなったわね~。私の背を越したんじゃない? 顔は遼太郎さんそっくりになったわね~。貴方はいつ交信しても、直ぐ忘れるんだから。まぁ、少しおバカな位が可愛いんだけど」
「いや、あんた誰だよ」
永遠に続きそうな美女の言葉を打ち切る様に、冬也は体から美女を引き剥がして呟いた。見ず知らずでも女性に抱き着かれれば、普通の男性なら少しは喜びそうな状況である。しかし冬也は、あからさまに怪訝な表情を浮かべていた。
冬也は潔癖という訳ではない。欧米風の挨拶も理解しているつもりである。しかし、会っていきなり抱き着かれ、しかも自分や父親の名前を出されれば、怪しいと思うのも当然だろう。実のところ、問題は冬也にあるのだが、本人は全く自覚していない。
一方の美女は、冬也に素気無く扱われ、酷く悲し気な表情を浮かべていた。流石に美女を可哀想に思ったのか、ペスカが助け舟を出した。しかしその助け舟は、予想外の展開へと進む事になる。
「お兄ちゃん。女神様だよ、女神フィアーナ様。前に話したでしょ」
「はぁ? 女神だ? って事はあんたがペスカを巻き込んだ神様か?」
冬也は女神を睨め付けると、声を張り上げた。その勢いに女神はややたじろぎ、後退りながら返答する。
「誤解よ。冬也君。私がペスカちゃんを助けたのよ」
冬也とて、これまでの経緯を理解しているつもりである。しかし、納得はしていない。人に宿命を押し付ける神が、何を言い訳がましく口を開くのか、ふざけるな。
そして尚も女神を糾弾する様に、冬也は激しく捲し立てた。
「大体女神なら、何とかって邪神をあんたが倒せば良いだろ? それを何でペスカに押し付けるんだよ!」
「そうだそうだ~! もっと言ってやれ、お兄ちゃん! 自分はお兄ちゃんに会いたくて、顕現してるくせに」
「ややこしいから、ちょっと黙れペスカ!」
背に隠れながら、茶々を入れるペスカを叱りつけ。冬也は尚も女神を睨め付ける。女神の表情がどんどん曇っていく。見ていてわかる程に、体を振わせて冬也の視線に耐えていた。
「か、神が人に直接干渉するのは、良くないのよ」
「はぁ? ふざけんなよ! ペスカに干渉してるのは、あんたも同じだろうが! どの口で、人に直接干渉するなって言えんだよ! 他人の喧嘩に割り込むのとは、訳が違うだろうが!」
「だから、何度も言うように」
「あんた、神様なんだろ? それなりの力を持ってるんだろ? なら、なんで神様同士で決着をつけねぇ! それが筋ってもんじゃねぇのかよ!」
「私ってほら豊穣の女神だし、戦う力無いし。エルラフィアの作物が豊なのは、私のおかげなのよ
少し前に自らが語った「冬也が馬鹿だ」と言う言葉を、女神自信がちゃんと理解していれば、この後の悲劇は回避出来たのかもしれない。
もしくは冬也に対し、責任逃れの言い訳をせず、正直に真実を語れば、女神は悲しい想いをせずに済んだのかもしれない。
だが、それは後の祭りである。既に冬也の表情は、怒髪天を衝かんとしている。
「下らねぇ言い訳してんじゃねぇ! それが戦わねぇ理由になんのかよ! そうじゃねぇだろ! 人間が苦しんでるのを助けてぇ。そんな気持ちが有るなら、なんで自分が動こうとしねぇ! 神様ってのは、あんただけじゃねぇんだろ? 邪神ってのがいる位だからな。他の神様を巻き込めば、邪神くらいは簡単に始末出来るんじゃねぇのかよ! そもそも神様ってのは、人間が太刀打ち出来ない相手だろ? なんで人間に相手をさせるんだよ! 何を望んでるんだよ! そんな無茶振りをしてっから、そんな邪神なんてのがのさばるじゃねぇのかよ! 違うか、あぁ?」
「一応補足するけど、エルラフィアの作物が豊なのは、私の品種改良の成果だよ」
「ちょっと、さっきから五月蠅いわよ。ペスカちゃん」
再び茶々を入れるペスカに、女神は眉根を寄せて言い放つ。そして、冬也はペスカを庇う様に自分の後ろに隠す。それが気に入らなかったのか、女神は顔をしかめて冬也に問いかけた。
「冬也君。貴方はどっちの味方なの?」
「ペスカに決まってんだろうが。そもそもあんた何なんだよ、さっきから馴れ馴れしい」
この言葉が、女神への止めとなった。ガックリと項垂れ、女神は崩れる様に両膝を突く。その瞬間、俄かに礼拝堂の空気が騒めき、どこからか雷鳴が轟きだす。
泣いているのか、女神からはぽたぽたと雫が落ちていた。暫くの間、沈黙が続く。そして女神はゆっくりと顔を上げて、冬也に囁いた。
「冬也君。お母さんの顔を忘れちゃったの?」
「はぁ? おふくろ? おふくろは死んだよ。何言ってんだ? 馬鹿じゃねぇの」
冬也の言葉は、女神から更に大粒の涙を溢れさせた。教会の外からは、叩きつける様な雨音が聞こえ始める。流石のペスカも、憐憫の眼差しで女神を見た後に冬也へ説明をした。
「お兄ちゃん。あの女神様がお兄ちゃんのお母さんだよ」
「そんな訳無いだろ。それとも死んでこっちの女神になったのか?」
「逆だよお兄ちゃん。女神様が日本でお兄ちゃんを生んだの」
ペスカの言葉に、冬也は声も出せない程に気が動転した。女神は嗚咽し、ぐずぐずと鼻をすすりながら話し始めた。
ペスカの転生先を日本に決めた女神は、見知らぬ世界にただ放りだすのは可哀そうだと、安住先をさがした。そんな時に出会ったのが、冬也の父遼太郎であった。
すぐに女神と遼太郎は恋に落ち、生まれたのが冬也だった。冬也が生まれた後に、ペスカ達の事を遼太郎に託し、女神はこの世界へと戻った。
冬也は説明を聞かされ言葉を失くしていた。当然だろう、青天の霹靂と言っても過言ではないのだから。女神の説明を信じる事が出来ない冬也は、事情に詳しそうなペスカに助けを求めた。
「俺が神様の子? 何だその勇者設定! 普通を絵に書いたような一般人だぞ」
「まぁ、事実だから仕方ないよね。不思議に思わなかった?」
「なにが?」
「この世界に来ていきなり魔法が使えた事だよ」
「それは、確かにな」
「それにお兄ちゃんは、戦闘用の荷車を一人で動かしたでしょ? かなり訓練した人でも、荷車を動かしつつ、大砲を撃つなんて事出来ないよ。ましてやそんな状態で、あの荷車を丸一日動かしてたんだから」
「ちょっと待て! マナがどうのって、シグルドには使いこなせてないって言わればかりたろ? 多少多いにしたって、お前の謎体操が原因だろ?」
「謎体操、言うな! あの瞑想は、マナをコントロールし易くする修行だよ。シグルドが言ってるのは、普通の人とは次元が違うって話し! 元々、お兄ちゃんのマナ容量は、人間レベルを超えてるんだよ」
「でもよ。親父は言ってたぞ。お袋は居なくなったって」
「それで死んだと思ってたの? 馬鹿なのお兄ちゃんは? いや馬鹿だったか」
「いや、でもよ。俺は普通の人間だぞ」
「あのね、お兄ちゃん。普通の子供なら、パパリンの修行は過酷過ぎて死んでるよ。あれは、虐待とかそういうのを遥かに超えてたんだから」
言われてみれば、思うところが有る。体は頑丈だったし、怪我の完治は他人よりも早かった。例え骨が折れても、直ぐにくっつくと思っていた。だから無茶が出来た。
目の前の女神が、母だと言われても実感がない。しかし、ペスカを守る為に生まれて来た。それだけは確かなのだと冬也は確信した。
「そう言う事です、冬也君。わかったなら、母の胸に飛び込んでおいで」
「嫌だよ。馬鹿だろ、この歳になって」
先程までの涙が嘘の様に、満面の笑みで女神は両手を広げる。しかし、それもまた素気無く冬也に断られる事で、女神は少し項垂れていた。
しかし、女神は顔を上げ、ペスカに視線を送る。少し真剣な表情になった女神に対し、緊張感をペスカは感じた。
「ところで、ペスカちゃん。ロメリアは、恐怖や悪意の様な感情を食い物にする神って言ったよね。なのにあのざまって」
ペスカは俯き口を噤む。確かに邪神ロメリア戦では、怒りで我を忘れていた。言い訳のしようがない。そして、女神の説教は続く。
「憎悪に呑まれては駄目。愛よ、愛。後は二人で何とか頑張ってね~」
そう言い残すと、女神は消えて行った。だがその呆気なさに、暫く二人は言葉を忘れて立ちすくんだ。
「愛で倒せって意味わかんねぇよ。馬鹿だろ、あの女神」
「そうだね。あのロリババア」
疲れ切った表情で二人が教会から出ると、道は水浸しになっていた。天候まで操れるなら、てめぇが何とかしろよと、冬也は気を悪くしていた。ひとしきり疲れ、重い体を引き摺る様に、二人は王城へ向かうのだった。
教会を出たペスカ達は、重い足取りで憲兵に通行許可を願い出た。当初は怪訝な顔をされた。それもその筈、ペスカ達の後方には大きな鉄の塊が有るのだから。
憲兵が警戒するのも無理はない。何せ王都はお祭り騒ぎなのだ。当然だが、その隙を突いて悪事を企む者も出てくるのだ。警戒網が敷かれていてもおかしくはない。寧ろ、ここに来るまでの間に取り囲まれて、尋問を受けてもおかしくない。
ただ、そんな状況になるとシグルドは読んでいたのだろう。自分のサインが入った書状をペスカに渡し、それを身分証明替わりにして欲しいと伝えていた。
書状を見るなり、憲兵は通行の許可を出す。しかし、表情は硬いままであった。
そんな憲兵を横目に、ペスカは戦車を走らせ橋の真ん中を堂々と通る。城門を潜ると真っ直ぐ城まで伸びた長い道の両脇には、豪奢な庭園が有り色とりどりの花が咲き乱れていた。
「すっげ~な」
「ここはね私も気に入ってるんだ」
「これって一部の人しか見れねぇんだろ? 勿体ねぇな」
「そうでもないんだよ。月に一度、一般公開されるからね」
「なんだ。ここの王様は意外といいやつなんじゃね?」
「まぁ、良い人である事は間違いないよ。王様としてもね」
川沿いを走るのもそこそこの時間がかかった。城の敷地は想像以上の広さに違いない。きっと庭園だけではないのだろう。国の重要施設が集合していると考えてもおかしくはない。
感嘆の声を上げる冬也と、それを微笑ましく見つめるペスカ。二人が戦車を走らせていると、やがて庭園は終わり大きな広場が城の入口前に広がっていた。
二人は入口近くで戦車を停め、歩いて城内へと入って行く。そして入り口を抜けた先には、クラウスが待っていた。
「よっ、クラウス。そっちは無事?」
「多少の襲撃は有りましたが、何とか撃退出来ました。それより、援軍の件は誠に申し訳ありません」
「いいよ。終わった事だしね」
「有難いお言葉、痛み入ります。何にしても、お二人がご無事で良かった」
「クラウスも元気そうだね。シルビアは無事?」
「えぇ。こちらは問題ありません。ところでメイザー領の話は」
「王様の前でも、ちゃんと説明するよ」
クラウスとの軽い挨拶を終えると、ペスカは冬也に向き合う。そして、下から覗き込む様にすると、上目遣いで冬也に話しかけた。よくある、女性がおねだりをする構図である。しかしこの時のペスカは、どちらかと言えば冬也への忠告であろう。
ペスカの親族として、連れてきているのだから、滅多な事では叱責を受ける事は無いだろう。だが、宮廷内の作法を知らない冬也の態度が、いつ王や大臣の逆鱗に触れるかわからない。
「お兄ちゃん。ここからは、あんまり目立たない方がいいよ。後、滅多な事では喧嘩を売らないでね」
「当たり前だ! ペスカの顔もシグルドの顔も潰したりはしねぇ。それに、クラウスさんやシリウスさんにも迷惑をかけるしな」
「偉い偉い。取り合えず、王様への対応は私に任せてね」
クラウスに案内され、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には、エルラフィア王族を始め大臣等、国の重鎮達が顔を揃えていた。
誰もが暗い表情を浮かべており、謁見室には緊張感さえ漂っている。とても歓迎されている様な雰囲気ではない。
そんな中で、クラウスとペスカは玉座の前まで歩みを進めると、片膝を突いて頭を垂れる。冬也はペスカ達に倣い同じく片膝を突く。緊迫した空気の中、重々しくエルラフィア王が口を開いた。
「皆、面を上げよ。ルクスフィア卿、よくぞ参った。そちらがペスカ・メイザー殿でよいか?」
「陛下、恐れ入りますが少し訂正を。今はペスカ・トウゴウと名乗られております」
「トウゴウ? まあ良い。ペスカ殿で間違い無いのだな。トウゴウ殿、良く参られた」
「陛下。東郷は二人おりますので、私はペスカで構いません」
「そうか、ペスカ殿。そこの者は?」
「冬也・東郷。私の兄でございます」
「フム。早速メイザー領の詳細を報告して頂けないか」
ペスカは、メイザー領で起きた出来事を詳細に説明した。クラウスが補足する様に、メイザー領境界の状況を説明する。説明を聞き終わる頃、王族を始め一同が眉をひそめた。
再びゆっくりと王が口を開く。
「そうか。モンスターの襲撃に乗じて、ロメリア教残党達の騒ぎが各地で相次いで起きている。各地の領主達は鎮圧に追われている」
エルラフィア王がそれだけ言うと、少し言い淀む様に口を閉ざす。その表情は明るくない。
確かに、望ましい状況でない。メイザー領での出来事が、他領でも起こりかねないのだから。そして今のロメリア教徒達ならば、小規模のテロ行為では収まらない様な事をしでかすだろう。だが、ここまでならば、ペスカの想定した範囲内である。
しかし、大臣が王に告げた事により、事態は一変する。
「陛下。例の話しを」
「わかっておる。実はな、東の帝国が我が国へ侵略を開始した」
それを聞いたペスカ達は、深い息を吐いた。予想以上に早く、邪神ロメリアが手を打ってきた。今回は、モンスターをけしかけるのではなく、人間同士の争いを起こさせようとしている。
だが、王の言葉はペスカの想定を遥かに超えるものであった。
「それだけでは無い。北では小国同士の戦争が始まったそうだ。全て二十年前の戦時に参加した国々だ」
ペスカ達は驚きの余り、言葉が出てこない。
二十年前と同様に各国で手を取り合い、邪神ロメリアに対抗する予定だったのだ。その目論見が、事前に潰された。邪神ロメリアは大陸各地で戦争状態を引き起こし、大陸中を混乱の渦に巻き込もうとしている。
しかも東の帝国は同盟の中でも最重要国であり、最大の戦力を誇る国である。その帝国に責められれば、エルラフィア王国とて無事では済まない。
そこに、以前と同様にモンスターの侵攻があれば、世界が終わる。
ペスカは隣で膝を突くクラウスを見やる。すると、クラウスも顔を真っ青に染めていた。
クラウスの傍には、シルビアという諜報員がいる。そして、至る所にアンテナを張っている。そのクラウスが知らないならば、ここ数日に起きた出来事か、信憑性が低い為に報告をしていなかったかの、いずれしかないだろう。
クラウスの表情を読んだペスカは、重鎮達の思惑を理解していた。
恐らくこの話は、『領主達には告げられず』、『国の重鎮にしか伝わっていなかった』んだろう。周知しなかった理由は、混乱を避ける為で間違いない。しかし、大陸中が戦争へと動き出そうとしているなら、取らなければならない行動が有ったはずなのだ。
詳細な情報の入手、国同士での話し合いは、先立って行わなければならない。話し合いで解決出来るか否かの判断も当然である。エルラフィア王国が介入し、問題が解決するなら、それに越したことはないのだから。
同時に、自国の防衛手段も検討する必要があるだろう。領内では、モンスターの襲撃に加えてロメリア教残党達の騒ぎ、国外では戦争となれば戦力が足りる訳がない。
少なくとも、手足となる人材には詳細を通知し、対処させるべきであったのだ。特に近衛隊のシグルドの様な存在、懐刀と呼ばれるシリウスやクラウスに周知が有っても良かったはず。
呑気にペスカ達を呼んでいる暇など無いはずである。敵は二重三重の策で、ペスカが来るのを待ち受けていたのだから。
数秒の後、クラウスがエルラフィア王に質問を投げかける。
「陛下。私は、帝国や北の小国の怪しい噂は、耳にしておりません。いったい何が起きたのでしょう?」
「それが全くわからんのだ。開戦も数日前の事だ。突然の連絡に我らも困惑しておる」
「東の帝国の侵略はどの様な状況でしょうか?」
「軽い小競り合いが続いており、今の所大きな被害は出ていない。攻めて引いてを繰り返しておるそうだ」
エルラフィア王とクラウスのやり取りを、冬也が黙って見守る横で、ペスカは怒りに打ち震えていた。
「ペスカ殿のご意見は如何かな?」
「メイザー領でのモンスター大量発生、各地で残党が起こす騒動、帝国の侵攻、これ等一連が全く関係無いとは思えません」
「すると、全てロメリア神が関係していると申されるのか」
「可能性は高いかと」
ペスカは煮えくり返る様な思いを抑えつけ、エルラフィア王に答えた。そしてエルラフィア王は、周囲に向かって大きな声を張り上げる。
「取り巻く状況が良くわからなければ、対処も出来ぬ。現在、緊急で各領の代表を呼んでおる。三日と立たずに揃うだろう。そなた等には、これから行う会議に参加して貰いたい」