王都へ出発すると意気込んだペスカであったが、マナ不足により数日の療養が必要だった。冬也も同様に、連戦による疲れと荷車運転のマナ消費により、マナの回復を待たねばならなかった。

 王都から緊急搬送された支援物資が到着し、数日の領民達の食糧は確保出来たものの、建物の復旧は時間を要する為、テント暮らしを余儀なくされていた。
 メルフィーとセムスはマーレに戻らず配給班に交じり働いており、配給の食糧の味が大幅に上がったと領民達から喜ばれていた。
 唯一無事だった魔工兵器工場は職員達が総出で建物復旧に当たる為、一次閉鎖となりペスカが籠り切りで兵器の改良に取り組んでいた。

 大出力で一撃必殺とも言える威力を誇る大砲の数々が有る。しかし、大出力だからこその欠点も有る。即ち、籠めるマナも相当量が必要な事だ。いわゆる、コストパフォーマンス悪すぎる。

 冬也に持たせた大砲の数々や、自走式の荷車の様な簡易戦車は、そもそもペスカの設計時点で一人で動かせるようには出来ていない。
 冬也が一人で簡易戦車を動かせたのは、マナの保有量が一般の兵士と比べて多いからに他ならない。
 一概に数字で表せるものではないが、一般の兵士が保有するマナ総量が百だとするならば、大砲や簡易戦車を動かすには数千は必要になる。そして冬也やペスカのマナ総量は万を超えるとすれば、比較としてはわかりやすいかもしれない。
 
 故に、一定数の人数がマナを籠めなけば発射できない大砲になっていた。これが、戦略的に配置されているのなら、話が違っただろう。
 今回は完全に隙を突かれた様な襲撃となっており、大砲等の高出力兵器を配備する余裕が無かった。それが領都が壊滅した原因の一つであろう。

 だからこそ、一人でも簡単な運用が出来る武器が必要であった。特に、今後の戦いを見据えるならば猶更だ。

 しかし、その改良は前世のペスカには出来なかった。しかし、現代科学を研究し続けたペスカなら、それを可能にするだろう。皆が領都復興へ汗を流す中、ペスカはひたすら兵器と対峙していた。
 そんな中で冬也は、体術の稽古や剣と魔法の修行に明け暮れ、ペスカに休めと注意されていた。

 そしてこの数日、朝晩しか冬也と顔を合わさない状態に、ペスカは焦れていた。やる事は幾らでも有る。しかし、集中し続けられる時間などごくわずかであろう。
 しかも、数日もろくに休んでいない。少しでも息抜きもしなければ、良い仕事は出来まい。故にペスカは、冬也にある提案を行った。

「お兄ちゃん。明日はデートしよう」
「はぁ? 何言ってんだ? お前、工場に入り浸って、忙しそうにしてんだろ?」
「いいんだよ。たまには休養も必要なんだよ」
「ったく仕方ねぇな。俺達は客分扱いで免除されてっけど、みんなが復旧作業してんだぞ! あんまりウロウロして、ひんしゅくを買わねぇようにしろよ!」
「わかってるよ。そういうのは、釈迦に説法って言うんだよ!」

 しぶしぶ承諾した冬也は、翌朝ペスカに連れられリュートの街を散策していた。久しぶりの休日のせいか、ペスカは冬也の腕にしがみつき、飛び跳ねる様に歩いていた。

「こうやって見ると、ここ数日で随分と復旧してきたな」
「そうだね。皆で頑張ってるからね。それに資材も各地から届き始めたって言ってたし」
「シリウスさんは、忙しそうだな。昨日見た時はゲッソリしてたぞ」
「エルラフィア王国で、今一番忙しい貴族かもね」
「そんな時にお前は何を企んでるんだ?」
「違うよ。ちょっと役立つビックリドッキリメカを開発しているんだよ」
「頼むから変な合体とかはさせるなよ」

 他愛も無い話をしながら住宅街を抜け辿り着いたのは、モンスターの死骸を集めて焼却している区域だった。腐乱した死骸はただでさえ悪臭がきつい。その上、燃やした煙は更に臭いが酷かった。

「いや、これさ。街中でやる事じゃねぇだろ」
「仕方ないよ。領都の外でこんな事をしたら、それこそモンスターが集まってきちゃう」
「所でさ。モンスターと言えばさ」
「ファンタジーで定番のゴブリンやスライムの事?」
「そう、それ!」
「いるよ、別の大陸にね」
「別の大陸?」
「その話は追々説明してあげる。それより、何でオークやコカトリスが多いかって事でしょ?」
「この間は、マナ増加剤がどうのって言ってたろ?」

 冬也の疑問は尤もだ。しかし、モンスター化には一定の法則が有る。先ず、瘴気に冒された植物を動物が食べる。そして、体内で一定量の瘴気が蓄積されていくと、モンスターに変異してしまう。故に、森で暮らしている動物や昆虫、果てや家畜等がモンスター化し易い。マナ増加剤は、これを人工的に起こす事が出来る。言わば簡易版と言っても過言では無かろう。

「そうするとよ。それを食べる人間もモンスター化するって事じゃね?」
「そうならない様に、瘴気を取り除いてから調理するんだよ」
「何だよ。すげぇじゃねぇか!」
「その調理法も、私が考えたんだよ! だから、オークを普通に食べられるの」
「天才か?」
「もっと褒めていいよ」

 食事の話をしていると、二人の腹がグウと音を立てる。「そう言えば朝から何も食べてなかったな」等と話しをしながら歩いていると、広場に人だかりが出来ているのが見えた。
 よく見ると、配給を待つ者達が長い行列を作っている。通常の配給でもそこまでの列は作らないだろう。なにせ配給自体は、各広場で行っているのだから。

「なんでここだけ、こんな行列なんだ?」
「メルフィー達が、配給食を作っているんだよ。美味しいんだって」

 二人が行列に近づくと、メルフィーから声を掛けられる。

「あらペスカ様、いらっしゃいませ。召し上がって行かれますか?」

 メルフィーから差し出された器には、芋のスープが盛られており、一口すすると冬也は目を見張った。

「うめ~! 領主の家で出て来るのより旨いぞ」
「お兄ちゃん。腕だよ。腕」
「何で、お前が自慢気なんだよ」

 得意げに腕を曲げるペスカに、冬也が嘆息して呟く。そんな二人のやり取りにメルフィーは、顔を綻ばせた。

「メルフィーもセムスもありがとね」
「ペスカ様のご命令なら、何処へでも」
「助かるけど、お店は?」
「まだ不十分ですが、弟子が育って来ております。今回は緊急故、閉店して参りましたが、ゆくゆくは弟子に留守を任せようかと」
「きっと手を貸してもらう事になるから、準備はしといてね」
「畏まりました、ペスカ様」
「ペスカ様、いつでもお声をおかけ下さい。メルフィーと共に駆け付けます」

 ペスカは、メルフィー達に礼を言うと、冬也と腕を組み広場を去る。次に二人が向かったのは、工場区域だった。工場区域には、幾つもの工場が半壊しており、健在なのは頑丈に造られている兵器工場だけだった。

「せっかくだから見せてあげるよ」

 ペスカが自慢げに胸を張り、冬也を魔工兵器工場に連れて行く。工場内に入ると、中央には大きな何かが鎮座している。それは、映画等でよく見かける乗り物であった。

 迷彩色に塗られた車体には、分厚い鉄板で装甲が施されている。駆動部にはキャタピラがついている。更に車体上部には、三百六十度回転する砲塔部が取り付けてあり、主砲と機銃が搭載されていた。
 一言でまとめると戦車である。しかも、かなり大型の。

「お前。何て物を造ってんだよ!」
「現代科学の英知だね」

 ペスカが冬也を連れ戦車に乗り込むと、内部の説明を始めた
 コックピットの中には、計器類等がほとんど無い。そして全方面にスクリーンが張られ、車外に設置したカメラの映像を大型スクリーンで見る事が出来た。
 勿論、前方と左右や後方の風景を、全てスクリーンへと投影出来る。そしてスクリーン前には、戦車内とは思えない程にゆったりした、ソファの様な操縦席が設置されていた。

 砲塔部に取り付けられた主砲は、魔攻砲と呼ばれるマナを利用する魔工兵器の一種で、サブ兵器の機銃も同様に、魔工兵器の一種である。そして主砲には操作席と専用モニターが設置されていた。
 モニターには、敵の位置や数、距離等の詳細が映る様になっている。何よりも、『実物よりゲームに近い簡易的な操作性』となっているのが肝だろう。敵に焦点を合わせ、カーソルを引くだけで魔攻砲が発射され命中補正も行う、初心者でも扱える設計になっていた。

 そしてこの戦車が大型なのは、戦闘用に造られただけではない所だろう。前方の操縦席側と仕切られる様になっている後方部には、寝台や簡易キッチンに簡易トイレまで備え付けられていた。 

「現代科学越えてるだろ!」
「SFの勝利だね」
「なんでキャンピングカー仕様にした! すげぇ違和感だよ!」
「だって野宿は嫌でしょ?」

 ため息を着く冬也に向かい、ペスカは勝ち誇った様な顔で言い放った。

「なんと、時速百キロを実現致しました! そして、消費マナは従来の百分の一以下です。お得ですね~」

 ペスカが頑張る時は、冬也の予想より斜め上を行く。ペスカとの長年の暮らしで体感してきた冬也だったが、今回は気が遠くなる程に驚いていた。
 工場の職員は領都の復旧にあたっており、皆出払っている。ペスカの作業を補助した者はいないはずである。しかも、領都奪還から僅かな日数しか経っていない。この短期間にしかもたった一人で、こんな兵器を造り出した。これが、驚かずにはいられようか。
 冬也を驚かせたペスカは、満面の笑みを浮かべていた。

「これに乗って、お兄ちゃんと王都までドライブだよ!」

 目的の物を見せて満足したペスカは、一通り砲塔を動かしたりと、操作テストと言う名の遊びを楽しむ。冬也も一応は、男の子である。戦車の中に入れる事、そしてSFモドキのハイテクを体感出来る事で、知らずと興奮していた。

 二人は昼食も忘れ戦車で遊び、気が付いた頃には日が落ちかけていた。流石に領主宅に戻らないと、心配をする者がいるだろう。二人は、帰りすがらに街の復旧状況を確認し、領主宅へと戻る。
 ただ領主宅が視認出来る距離まで近づくと、門の前に見た事の無い馬車が一台止まっているのが確認出来た。二人は疑問に感じながら屋敷に入ると、執事に案内されて執務室に通される。

 そして執務室内にはシリウスの他に、美形の青年が立っていた。冬也と然程変わらぬ長身で、スラッとしながらもしっかりと筋肉がついている体形をしている。長剣を腰に携えた所と、儀礼服を着ている事から青年は騎士なのがわかる。
 冬也とさほど変わらぬ年齢だろうか。だが、冬也と明らかに違うのは、その整った所作であろう。騎士は白い歯を輝かせながら、爽やかな笑顔でペスカに話しかけた。
 
「もしやあなたが、ペスカ・メイザー様でしょうか? 王都より迎えに参りました。シグルドと申します。近衛隊の隊長を務めております」
「いえ、まったくの人違いです。何より私の姓は、メイザーではありません」

 怪訝な顔つきでシグルドを見つめ、ペスカは問いに答える。それは冬也も同じであった。

 何故、このタイミングで王都の兵がやってくる? もう少し対応が早ければ、領都がこんな惨状にならなくても済んだのでは? 

 当然の疑問であろう。冬也はシグルドを警戒する様に、やや睨みを利かせる。それに対し、シグルドは泰然とした面持ちを崩す事は無かった。

「シグルドさんとか言ったな。悪いが俺の質問に答えちゃくれねぇか?」
「貴方は?」
「東郷冬也だ」
「トウゴウ? トウゴウ殿でよろしいですか?」
「いや、東郷は二人だ。冬也でいい」

 冬也はシグルドを見据えたまま、ペスカの肩を引き寄せた。そして、シグルドは笑みを浮かべて、恭しく頭を下げた。
 どちらが礼儀正しいかなど、言わずもがなだろう。しかし、シグルドは冬也の態度を咎める事なく笑みを浮かべたままである。そんなシグルドに対して、追い打ちをかける様に質問を投げる。

「何で今更なんだ? あんた、ここに来るまでに街の様子を見たんだろ?」

 シリウスが最も感じていた義憤に近い感情だろう。そして、恐らくシリウスはその感情を呑み込んだに違いない。シリウスが口を挟まないのがその証拠だ。
 冬也とて理解はしている。かつて英雄と呼ばれたペスカをして、この惨状は防げなかったのだ。他の人間が易々と防げるものではあるまい。

 そんな感情を近衛隊の隊長にぶつけても、仕方がないのはわかっている。しかし、問わずにはいられない。それが前線で戦った者の感情で有り、住民も同様な感情を示すだろう。
 
 領都に入ってから領主宅までの間に、住民達から石を投げられても仕方がない。小奇麗な恰好で、騒乱の後にのこのこやって来たのだ。自分達は着の身着のままでろくに体も洗えないどころか、生活出来る場所さえままならないのだから。

 シグルドにとっては辛い糾弾であろう。それでもシグルドは、泰然とした態度は崩す事は無かった。そして、深々と頭を下げる。

「それについては、我々の力不足としか言いようが有りません」
「それで納得しろと?」
「いえ。だからこそ、ペスカ様のお力をお借りしたいのです」
「都合が良すぎねぇか? 俺の妹を好き勝手に利用すんじゃねぇよ」
「承知しております。お怒りもごもっともです。ですが、今は呑み込んで頂けないでしょうか?」
「納得して着いて来いと? 出来ると思うか? 何に利用されるかわかったもんじゃねぇってのによ」
「我々の敵は同じです。力を合わせて、この危機的状況を打破したいと考えての事です」

 近衛隊の隊長という事は、本人が勝手に動いた訳では無い。間違いなく命令されて来たのだろう。だから、強引にでも使命を遂行する事は出来たはず。しかし、シグルドはそうはしない。対話によって解決を図ろうと模索している。寧ろ、ここまで言われて嫌な顔を一つ浮かべないこの男は、かなりの人格者でも有るのだろう。

 問題なのは、目の前の男ではない。この男はこちらに理解を示そうとしている。厄介なのは、これを命令して来た側の目論見だ。
 倒すべき目標が一緒なら手を取る事も可能であろう。しかし、それを信じても良いのか? いや、例え立派な政治家とて、真っ当な手段だけで政治が行える訳ではない。
 ただでさえ、何から手を付けていいのかわからない程に、色々な状況が交差しているのだ。協力してくれるなら結構、それ以外なら問答無用だ。

 冬也が糾弾している中、ペスカはずっとシグルドから顔を背けていた。そして、あからさまに深い溜息をつくと、冬也に近づき耳打ちをした。

「私、何でも出来そうなイケメンって、好きじゃないんだよね。お兄ちゃんみたいに、ちょっとおバカでも、頑張り屋さんなタイプが好き。むしろお兄ちゃんが大好き」
「おい! 空気読め! 意味わかんねぇ~よ、ペスカ」

 冬也は弱った様に息を吐く。耳打ちと言っても、わざとシグルドへ聞こえる様に声を張り上げているのだ。
 しかし、張り詰めた空気がペスカの一言で緩んだのは間違いない。そしてペスカは、シグルドへ顔を向けると徐に口を開いた。

「どっちみち王都には行くし、そっちはそっちで勝手にすれば良いじゃない」
「ありがとうございます。その様にさせて頂きます」
「勝手に着いてくるなら、許してあげない事も無いんだからね。フン!」
「そんなツンデレはいらねぇよ。って、お前がそう言うなら仕方ねぇか」
 
 冬也とシグルドでは、いつまでも話の決着はつかない。そう考えたペスカなりの妥協案で有ったのだろう。そしてシグルドは恭しく首を垂れる。
 しかし、全ての疑問が解消された訳ではない。少なくとも、救援物資が届いた後に到着した事は説明してもらわないと、怒りは収まらない。

「ただよぉ。シリウスさんは援軍を要請してたんだろ? それも到着せずに、後からのこのこってのはどういう事だ? あぁ?」
「それについては、私から説明しましょう」
「シリウスさん?」
「義兄殿。援軍は来なかったのではなく、来られなかったんです」
「はぁ? どういう事だよ!」

 冬也の恫喝とも言える言葉に、これまで口を噤んで来たシリウスが答えた。シグルドから報告を受けたのだろう。シリウスは冬也に領都襲撃の際に有った出来事を語って聞かせる。

 これも、ロメリアの策略だったのだろう。援軍を要請した際には、メイザー領を囲む様にモンスターが発生していた。それに対処しなければ、援軍は領内にすら入れない。
 しかも、領都の襲撃程ではないが、各領や王都でも小規模なモンスターの発生は確認された。このまま、自領もメイザー領と同様の襲撃を受ける可能性だってある。そうなると、自領と援軍の兵を分けている余裕すらない。
 何が起きるかわからない状況で、自領の民を守らんとするのは当然の事だろう。守備に兵を回すのも合点がいく。 

 ロメリアが姿を消したのとほぼ同時に、モンスターの発生は鳴りを潜めた。それで救援物資を送れる様にもなり、シグルドの様な王都からの使者も来られる様になった。

「くそっ! そんな事になってたのかよ」
「まぁ、ロメリアがやりそうな事だよね」
「でもよ、ペスカ。何かおかしくねぇか?」
「何が?」
「何がって、モンスターは動物とかが変形した奴等だろ? 俺達だって、かなりの数を倒したんだぜ」
「うん、そうだね」
「モンスターってのは、無限に沸くのか?」
「そうだよ」
「そしたら動物や昆虫が絶滅して、生態系が崩れるだろ?」
「そうはならないんだよ、大地母神って神様がいるからね」
「フィなんとかってのか?」
「詳しい事は道すがら説明してあげる。それより出発の準備だよ、お兄ちゃん」

 話は終わりとばかりに、ペスカは冬也の腕を引っ張り執務室を後にする。そして、備蓄してある糧食を数日分ほど集める等、出発の準備に取り組むのであった。