ブルを足に掴まらせ、鉱山に向かうドラゴンは、漏らす様に呟いた。

「我に憶する様な小物達をいくら集めようが、何の役に立つと言うのだ。長や冬也様は、何を考えてらっしゃる」

 スールの眷属は、北や西で起きる異変に何も出来ずに帰還した。原始のドラゴンでさえ手を焼く状況で、その眷属のドラゴンは何の役に立たなかった。それは眷属として、激しい自己嫌悪に陥る程、大いなる屈辱であった。

 しかし、そんな自分に怯える魔獣達。その魔獣達の姿を見ると、足手纏いにしかならないと感じた。
 
「あんまり舐めると、痛い目に遭うんだな。弱者でも戦い方はあるんだな。あの軍団を率いてたのは、ゴブリンなんだな。最弱の種族が、他の魔獣を圧倒してるんだな。お前らドラゴンも油断してると、足元を掬われるんだな」

 ブルはドラゴンを窘める様に、穏やかに語った。
 ドラゴンには、ブルの言葉は直ぐに理解が出来なかった。しかし、否定もしきれずに、モヤモヤした感覚が残る。
 ブルの巨体を運んでいる為に、飛ぶ速度が極端に落ちる。幾ばくか長くなった飛行の中、ドラゴンは葛藤する様にブルの言葉を嚙みしめていた。

 やがて鉱山に辿り着くと、ドラゴンはブルを降ろす。鉱山には、ブルが採掘した鉱石が山積みになっており、ドラゴンはやや目を見開いた。

「これは貴様が掘ったのか?」
「そうなんだな。おでがやったんだな」

 ドラゴンはこの大陸で、採掘をする魔獣を見た事が無かった。
 小器用に掘られた穴と、種類毎に仕分けられ積まれた鉱石。サイクロプスは、こんなに知恵の回る種族であっただろうか?

 これは、一概に冬也様の入れ知恵だけとは言い切れまい。

 ゴブリン共といい、サイクロプスの小僧といい、もしかして矮小な種族と決めつけて、自分が見ようとしなかっただけか? 
 ドラゴンは、改めて魔獣達の秘められた力を、垣間見た気分になった。

 やや驚いた様に、辺りを見回すドラゴンの背後から、唐突に声がかかった。そして、穏やかな響きが、空気を柔らかく包む。

「おお。ブルではないか。元気にしとったか?」
「おなか減ったんだな」
「お主らしいのぅ。たんと食うが良い。して何用じゃ? そこにおるのは、スールの眷属であろう?」

 ドラゴンはその大きな頭を深々と下げて、山の神に礼を尽くす。

「お初にお目にかかります。スールの名代として参上致しました」
「スールの眷属達は、いつも堅苦しいのぅ。少し前から儂を呼ぶ声が聞こえるが、何か関係が有るのか?」

 ドラゴンは、魔攻砲の量産の件を山の神に説明する。それと同時に、ゴブリン軍団がスライムの対処に困っている事も説明した。

「この場での作業をお許し頂きたく」
「それは構わん。じゃが少し待っておれ。先にゴブリン達の件を解決してからじゃ」
「スライムの件だけなら、山の神の御手を煩わせなくても」
「良いのじゃ。儂は少し知恵を貸すだけじゃ。そう時間はかからん。主らは休んでおれ」
「可能であれば、先に作業を始めて宜しいでしょうか。こうしてる間にも、危機は迫っております」
「儂のおらん所での作業は認めん」
「それは何故でしょうか?」
「お主は知らんじゃろうが。ブルが作ろうとしているのは、ドラゴンすら簡単に殺せる兵器じゃ。無論、悪用すればの話しじゃがの」

 ドラゴンは少し言葉に詰まる。自ら種族を滅ぼしかねない兵器を、長が許すはずが無い。しかし、そんな兵器だからこそ、自分達の力が及ばぬ相手に対し切り札ともなり得る。
 ドラゴンは逡巡する。そんなドラゴンに、呑気な声がかかる。

「心配ないんだな。山さんと冬也は、ちゃんと考えてるんだな。おで達は、山さんが戻って来るまで一休みするんだな。お前も食べると良いんだな。この果物は美味しいんだな。冬也が浄化してから、益々美味しさが増したんだな」

 両手いっぱいに果物を持ったブルは、ドラゴンの鼻先に突き出す。甘酸っぱい香りが鼻腔を擽り、口の中に涎がいっぱいになる。
 そして、勧められるがままにドラゴンは、果物を一口齧る。何度目かの驚きを見せた。たった一口齧っただけで体中に力が漲るのだ、溢れて爆発しそうな程に。

「貴様は、これを食べ続けていたのか?」
「そうなんだな。格別の味なんだな」
「さもありなん。これは、冬也様の神気が含まれておる。だが普通の魔獣なら、冬也様の神気に耐えきれずに、返って体調を崩すはずだ。貴様が平気ならば、そう言う事なんだろうな」
「意味がわからないんだな」
「貴様は正式ではなくても、冬也様の眷属になっていると言う事だ」
「やっぱり意味がわからないんだな。でも、冬也は好きなんだな」
「貴様はそれで良い。これからも冬也様に尽くせ」

 もしブルが、仮にでも冬也の眷属であるならば、自分の叔父にあたる存在となる。しかしドラゴンは、目の前に居る余りにも呑気なサイクロプスが、自分より格上の存在だと認める気になれなかった。
 そんな二体のやり取りを微笑ましく見つめた後、山の神は姿を消す。そして、唐突に現れた先では、驚愕の声で迎えられる。
 
「な、な、な、何ニャ? おっさんが現れたニャ!」

 祈りを捧げていた魔獣達の前に突然現れたのは、神々しい光に包まれた小太りの男性だった。その姿を見た瞬間、魔獣達はひれ伏す。
 しかし、エレナだけが呑気な叫び声を上げていた。

「おっさんとは何事か! お主も冬也と同類じゃのぅ」
「あんな馬鹿と一緒にして欲しくないニャ!」

 山の神は、魔獣達に意識させない様に、神気をかなり抑えている。しかしエレナは、神気を敏感に感じ取る。それだけ感覚が、研ぎ澄まされてきているのだろう。足をガクガクと震わせながらも、エレナは言い放った。

「まさか、おっさんが山さんニャ?」
「もう山さんで良い。全て冬也のせいだ。儂の名前がすっかり変わってしまった」

 諦め顔で溜息をつく山の神。そして魔獣達を見渡すと、エレナに向い話しかけた。

「事情はスールの眷属から聞いておる。スライムに難儀しておる様じゃな」
「そうニャ。困ってるニャ」
「お主等は魔法の使い方を知らんだけじゃ。特に猫の娘。お主は魔法が不得手であろう」
「な、なんでわかったニャ?」
「神を馬鹿にするでないわ! その位は見んでもわかる」

 今一度、山の神は魔獣達を見渡す。そして、先頭で傅くゴブリンに声をかけた。

「お主がこの集団の長じゃろぅ? 立つが良い」

 ズマは姿勢を正し、無言で直立する。神の前で緊張しない者は少ない。寧ろ、ブルやエレナが特別だと言えよう。
 
「お主と猫の娘に、魔法の使い方を教えてやろう。うん? ちょっと待て猫の娘。お主はスライムと意思疎通できるはずじゃ。何故しない」
「出来るはず無いニャ」
「お主には既に魔法がかかっておる。かけたのは、ペスカじゃろうな」
「なんの事かさっぱりニャ」
「思い当たるふしは無いのか? お主はアンドロケインの者じゃろう? この大陸の魔獣と言葉が交わせるはずがなかろう」

 その言葉に、エレナは首を傾げた。その様子に、山の神は呆れて、少し肩を上げる仕草をする。続いて山の神は、ズマをしげしげと見る。
 よく鍛えられている。それに、肉体強化の魔法を使いこなしている。ゴブリンがこれ程までに強くなるのか。山の神に少し驚きの感情が湧いた。
 
 山の神は少し昔を思い出す。
 女神ミュールが、笑いながら冗談で作り上げた魔獣。そのゴブリンが、こんな進化を遂げるとは、思いもよらない出来事である。
 山の神は笑みを深めた。世界は驚きに満ちている。自分達が作り上げた子供達は、神の予想すら超える。よもや、この悪化する状況さえも、こ奴等は乗り越えてしまうのではないか。
 そんな期待までしたくなる。
 
「面白い。そこの猫だけでは不安じゃ。お主に魔法の使い方を教えよう」

 山の神は、誰にでも理解出来る様に、丁寧に説明をした。
 意思疎通の魔法で重要なのは、二点である。相手の言葉を理解しようとする意志。相手に思いを伝えようとする意志。二つの意志を、マナに乗せるのだ。
 会話は、言語を利用した意思の伝達方法である。『聞くと伝える』、この二つの行動に魔法を介せば、意思疎通の魔法は完成に至る。 
 そして、肉体強化の魔法でマナの使い方に慣れたズマは、意思疎通魔法の会得はそう難しくは無かった。

「では、行ってこい。儂にもやる事があるしのぅ」
「手伝ってはくれないニャ?」
「それは、お主達の仕事じゃろう。儂は手を貸さんよ」
「ずるニャ!」
「何を言っておる! お主は、聡いのか愚かなのか、臆病なのか勇敢なのか、よくわからんのう」
「馬鹿にしてるニャ?」
「お主がそう取るなら、そうなんじゃろうな。ラアルフィーネは、面白い子を送ってきたのう」
「やっぱり馬鹿にしてるニャ?」
「ふぅ。お主は化ける可能性が高い、この機会に精進せいよ」

 意思疎通の魔法をズマに伝え、エレナと軽く言葉を交わすと、山の神は消え去る。そして残されたエレナは、唖然として立ち尽くした。
  
「おっさん、何をしに来たニャ?」
「神は、私に魔法の使い方をお教えくださいました。行きましょう教官。スライムと交渉するのです」

 集団では、スライムを怯えさせる。ズマとエレナは、軍を離れてスライムの生息地に向かった。
 
 ただ、スライムとの交渉は、丸一日を要した。
 遠くから警戒を解く様に、話しかけ徐々に近づく。近づける様になるまで、約半日が必要であった。

 しかし、目の前まで接近出来ても、スライムは岩陰から出る事は無い。ズマとエレナは、スライムに呼びかけ続けた。
 この大陸における危機、それがスライム自身にも及ぼうとしている事。そして既に、とても危うい状況で有る事を伝える。
 大陸中の生物が滅びれば、例えスライムとて生きる事は出来ない。それ以前に、スライムは簡単に悪意に落ちかねない。
 ズマとエレナの懸命の説得は、夜半にまで及んだ。

「お前達を守らせてくれ! 俺が必ずお前達を守る。だからお前達も手を貸してくれ! お前達の力が必要だ、頼む!」
「大丈夫ニャ。私は強いニャ。お前達は必ず守ってやるニャ。そこで引き籠ってるより、私達に付いてくる方が安心ニャ。ど~んと任せるニャ!」

 懸命な説得の結果、一体のスライムが岩陰から這いずり出る。そして、恭順の意志を示した。その後に続く様に、続々と他のスライムが岩陰から這い出て、ゴブリンに従う事を誓った。

 こうして臆病で知能が低いが、ドラグスメリア大陸で最も厄介な魔獣が、ゴブリン軍団の一員となった。
 エレナさえも無理だと言った冬也の命令を、ゴブリン達は成し遂げようとしていた。

 そしてドラグスメリア大陸の南側を制圧したゴブリン軍団は、ドラゴンの谷へ向かい進軍する事になる。
 ドラゴンが矮小だと馬鹿にした存在達は、この大陸を救う一助になる。それは、遠くない未来の出来事。一つの光明でもあった。