エルラフィア王国へ向けて車が走る。
やり切った。持てる力を出し尽くし、全ての戦いを終えた。戦いの緊張が解けると共に、ペスカ達を襲ったのは猛烈な疲れであった。
マナを極限まで超えて使ったのだ。それ以上に、神と戦う事がどれだけ精神的な負担を強いるのか、実際に戦った者しかわかるまい。肉体的、精神的に疲労のピークを迎えていたペスカ達は、帰路の運転をクラウスに任せた。
ペスカ、冬也、翔一がベッドで仮眠を取る中、ただ一人、空だけが目を開けている。空の頭の中では、女神フィアーナとのやりとりが繰り返されていた。
冬也は、日本には帰れない。ペスカも日本には帰らないと言う。冬也と離れたくない。無論、ペスカとも離れたくはない。
日本と異世界ロイスマリアは、海外旅行気分で行き来は出来ないだろう。そうなれば、永遠の別れになる可能性だってあるのだ。二人と同じく残るなら、当然ながらこの世界で生きる事になる。
ほとんど知らないのだ、この世界の事を。精々知っているのは、これまで通って来た場所だけ。知人すらほんの一握り。生活環境、文化が全く異なる世界に残るという事は、相応の覚悟が必要だ。
そんな場所で生きていけるのか。
邪神を倒して日本に帰る。その為に戦ってきたのだ。艱難辛苦にさえ耐えて来たのだ。気持ちを切り替える事など、簡単には出来ない。まだ将来の展望すら覚束ない状態で、決断など出来はしない。
目を瞑っても、寝れはしない。ベッドに体を預けても、休む事すら叶わない。空は体を起こし、ぽつりと呟く。それは無意識に出た言葉であろう。幼い頃から抱いていた想いから、出た言葉であろう。
「私も残ろっかな」
荒地の中を走る車の音に遮られ、決して届かぬはずの言葉に、ただ一人だけが反応を示した。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、空ちゃん。学校はどうするんだ?」
聞きなれた、ぶっきらぼうな言い回しである。しかしそれは静かに、そして優しく語り掛けて来た。
ただ、その言葉を聞いた瞬間に、空の想いが溢れる。身勝手かもしれない、だが一時の感情では無いのだ。それは、まごう事無く空の本音なのだから。
「学校は止めます。ペスカちゃんや冬也さんがいない学校に行ったって、意味無いもん」
「意味が無い? ふざけてんのか? ちゃんと考えろ、空ちゃん!」
「だって」
「だってじゃねぇよ。それに、両親にはどう説明するんだ? 心配かけたままで良いなんて、思っちゃいないだろうな」
「それは……」
「空ちゃん、日本に帰るんだ!」
反論したのは、想い人と親友を同時に失う寂しさ故であろう。だが冬也は、空を窘める。日本に帰れと言う。
空は納得出来なかった。
このままこの世界に残れば、当然両親は心配するだろう。寧ろ、今も心配しているに違いない。両親と想い人、両親と親友。天秤に掛けた物が重すぎる。全てを捨てて残れる訳が無い。
空の心は更に揺れた。同時に、冬也に対する怒りが膨れ上がった。
ペスカちゃんは良いのに、私は駄目なの? 冬也さんは、私の事を何とも思ってないの?
頑張って戦ってきたのに。頑張って守ったのに。あれだけ尽くしたのに。これでお別れなの? なんでそんなにあっさりと、帰れなんて言えるの?
冬也の言っている事は、十二分に理解している。見返りなんて求めていない。
だが、悔しかった。ただ、悲しかった。心が引き裂かれる気がした。空にとって冬也からの言葉は、別離の様に聞こえていた。
そのまま空は口を噤んだ。そして、冬也は再び目を瞑る。無言のままに時間が過ぎ去り、エルラフィア王国へ入ろうとしていた。
丁度その頃、翔一を最初に順に目を覚ましていく。
そして、空と翔一を待ち受けていたのは、余りにも残酷な光景であった。
戦場となった国境沿いでは、戦いが終わって数時間が経過しても、兵士達の応急手当が行われている。そして、手当が済んだ者から順に王都へ搬送されていた。
手当を待つ兵士の呻き声は、至る所から発せられる。間に合なかったのだろう、所々で息絶える兵の姿もあった。
足を失い、ライフルを杖代わりにして歩く兵士は、少なくなかった。両足を失って、動けずにいる兵士もいた。モンスター化した兵士が、呻き声を上げながら治療を受けていた。
まだ生きているなら、ましなのだろう。
乾ききれていない血が、至る所で池を作っている。苦痛に悶えて、最後を遂げたのだろう。悲痛な顔を浮かべた死体は、あちこちに転がっていた。
どちらが敵か味方か判別すらつかない死体の山。それは善悪入り乱れた、戦いの結末であろう。
スクリーンに映る映像は、戦争とは斯くも悲惨なものだと語っていた。空と翔一は、思わず吐き気を催した。言葉が出て来ず顔を青ざめさせた。
この世界に来て、モンスターやゾンビと戦ってきた。人間同士の凄惨な争いも見て来た。モンスターなら、気持ちの整理がつけられた。大陸東部の争いも、邪神の仕業と思えば耐える事が出来た。
スクリーンに映し出される光景は、そのどれとも違った。
兵士の治療や搬送で、忙しなく指示を送り続けるシリウスの姿を見つけ、クラウスは車を止める。ペスカに頭を下げたクラウスは、車を降りてシリウスの下へ走っていく。
だが空と翔一は、とても車から降りる気になれなかった。
「空ちゃん、これが本物の戦争だよ。わかる? 人と人が殺し合う事なんだよ」
ペスカの声に、空は言葉を失ったままだった。
「マナがすっからかんの私は、何も彼らにしてあげられない。誰一人助けてあげる事は出来ない。空ちゃんは、助けられるの? 誰か一人でも、救えるの?」
空は黙ってペスカを見つめる。そしてペスカは、言葉を続けた。
「兵士は、覚悟を持って戦う。自分の命を投げ出して、国や想い人の為に戦う。その気持ちは確かに尊いよ。だけど、結果はこれなんだよ。どれだけ大義名分が有っても戦争は結局、ただの殺し合いなんだよ」
「ペスカちゃん……」
「確かに今回はロメリアっていう、共通の敵がいた。ある意味メルドマリューネ兵は、犠牲者かも知れない。でもね、この中には家族どころから、国すら失った人達がいるんだよ。沢山の命を失って、ただ悲しいだけじゃ終われないんだよ。私達は、最前線にいたんだから」
空の瞳からは、涙が零れ始めていた。
「空ちゃんは凄いよ。だってあのロメリアに立ち向かったんだもん。この世界の人が誰も出来ない事を、空ちゃんはやってのけたんだよ」
空の涙は止まらない。様々な想いが胸に詰まる。
「お兄ちゃんが、空ちゃんを日本に帰そうとする意味をわかってあげて。フィアーナ様の神気が回復するまで、少し時間がある。ちゃんと考えて、答えを出して」
ペスカの言葉に、空は直ぐに頷く事は出来なかった。
ペスカの言う通り、マナが枯れ果てた今の空には、出来る事など何一つない。せめてこの結果は、ちゃんと受け止めなければならない。空は、そう感じ始めていた。
負傷した兵士達に、回復魔法をかける姿を、空はしっかりと目に焼き付ける。暫くするとクラウスが戻り、車が再び王都へ向けて走り出した。
その間、空は終始無言だった。ペスカと冬也は、敢えて声をかけなかった。空ならば自分で答えを出せると信じて。
既に頭の中からは冬也への怒りは消え、空はひたすら考えていた。
自分に何が出来る。何がしたい、何をしなければならない。直ぐに答えが、出るはずが無い。だが、今の自分をしっかりと理解しよう、開ける未来は、必ず有るはずだ。空は真摯に自分を見つめた。そして自己に問いかけ続けた。
車内での生活は、淡々としていた。
冬也は、空の答えを待つ様に料理を率先し、クラウスと運転を交代して行う。ペスカは敢えて、空と距離を置いた。
言葉こそ発しなかったが、翔一にも思う所は有っただろう。そして兄をその手で殺したクラウスも。
冬也に至っては、正式に神となったのだ。ペスカも遠くない未来に、神と認定されるだろう。
戦いの終わりは、新しい未来の始まりでもある。ラフィスフィア大陸から、多くの命が消え多くの国が無くなった。
やるべき課題は、山の様にある。これからが本当の戦いと言っても過言ではないだろう。ペスカ達はそれぞれの立場で、山積みになった課題に向き合おうとしていた。
何日か過ぎて、車は王都に到着する。クラウスの手配で宿が用意されていたが、車は宿の前に停車す事は無く、王立魔法研究所に向かった。
現在行われている、旧メルドマリューネの兵士達の記憶植え付け。その成果を確認する為に。
ペスカ達が、王立魔法研究所に足を踏み入れる。すると連絡を受けていたマルスが、飛ぶように建物から出て来た。
「ペスカ、やっと帰って来たか。冬也もいるのか、丁度いい。二人共早く来い、手伝ってくれ。人が足りんのだ」
息を切らせながら、マルスはペスカと冬也に言い放つ。そして治療施設へ連れて行こうと、二人の手を引っ張った。
「ちょっと待てよ、マルスさん。何がしてぇんだよ」
「いいから、来てくれ冬也。こんな時は、お前の馬鹿みたいなマナが必要なんだ」
冬也は少し力を込めて、マルスを止める。今は、ペスカと二人じゃないのだ。ペスカは、冬也の意志を汲み取り、空と翔一を見やる。ペスカの視線を感じ、マルスは問いかけた。
「そこの二人! 君らもペスカの連れなら、手伝ってくれんか?」
「駄目だよ所長。二人は、この世界の住人じゃ無いから、力になれないよ」
「そうか、ならお前達だけでいい。着いて来てくれ」
「マルス所長。私は後で行くから、お兄ちゃんだけ連れてって」
「わかった。冬也、行くぞ」
マルスに引っ張られ、冬也は治療施設へ連れて行かれる。それを見届けたペスカは、空と翔一へ向かって優しく告げた。
「空ちゃんと翔一君は、宿で休んでなよ。あの様子だと、見学ですら邪魔になりそうだしね。もし暇なら、療養所に行ってみたら。翔一君はともかく、空ちゃんには必要な事だと思うよ」
そう言い残すと、ペスカは建物に向かって歩き出す。空はペスカの言う通りに、療養所に向かう事にした。
やり切った。持てる力を出し尽くし、全ての戦いを終えた。戦いの緊張が解けると共に、ペスカ達を襲ったのは猛烈な疲れであった。
マナを極限まで超えて使ったのだ。それ以上に、神と戦う事がどれだけ精神的な負担を強いるのか、実際に戦った者しかわかるまい。肉体的、精神的に疲労のピークを迎えていたペスカ達は、帰路の運転をクラウスに任せた。
ペスカ、冬也、翔一がベッドで仮眠を取る中、ただ一人、空だけが目を開けている。空の頭の中では、女神フィアーナとのやりとりが繰り返されていた。
冬也は、日本には帰れない。ペスカも日本には帰らないと言う。冬也と離れたくない。無論、ペスカとも離れたくはない。
日本と異世界ロイスマリアは、海外旅行気分で行き来は出来ないだろう。そうなれば、永遠の別れになる可能性だってあるのだ。二人と同じく残るなら、当然ながらこの世界で生きる事になる。
ほとんど知らないのだ、この世界の事を。精々知っているのは、これまで通って来た場所だけ。知人すらほんの一握り。生活環境、文化が全く異なる世界に残るという事は、相応の覚悟が必要だ。
そんな場所で生きていけるのか。
邪神を倒して日本に帰る。その為に戦ってきたのだ。艱難辛苦にさえ耐えて来たのだ。気持ちを切り替える事など、簡単には出来ない。まだ将来の展望すら覚束ない状態で、決断など出来はしない。
目を瞑っても、寝れはしない。ベッドに体を預けても、休む事すら叶わない。空は体を起こし、ぽつりと呟く。それは無意識に出た言葉であろう。幼い頃から抱いていた想いから、出た言葉であろう。
「私も残ろっかな」
荒地の中を走る車の音に遮られ、決して届かぬはずの言葉に、ただ一人だけが反応を示した。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、空ちゃん。学校はどうするんだ?」
聞きなれた、ぶっきらぼうな言い回しである。しかしそれは静かに、そして優しく語り掛けて来た。
ただ、その言葉を聞いた瞬間に、空の想いが溢れる。身勝手かもしれない、だが一時の感情では無いのだ。それは、まごう事無く空の本音なのだから。
「学校は止めます。ペスカちゃんや冬也さんがいない学校に行ったって、意味無いもん」
「意味が無い? ふざけてんのか? ちゃんと考えろ、空ちゃん!」
「だって」
「だってじゃねぇよ。それに、両親にはどう説明するんだ? 心配かけたままで良いなんて、思っちゃいないだろうな」
「それは……」
「空ちゃん、日本に帰るんだ!」
反論したのは、想い人と親友を同時に失う寂しさ故であろう。だが冬也は、空を窘める。日本に帰れと言う。
空は納得出来なかった。
このままこの世界に残れば、当然両親は心配するだろう。寧ろ、今も心配しているに違いない。両親と想い人、両親と親友。天秤に掛けた物が重すぎる。全てを捨てて残れる訳が無い。
空の心は更に揺れた。同時に、冬也に対する怒りが膨れ上がった。
ペスカちゃんは良いのに、私は駄目なの? 冬也さんは、私の事を何とも思ってないの?
頑張って戦ってきたのに。頑張って守ったのに。あれだけ尽くしたのに。これでお別れなの? なんでそんなにあっさりと、帰れなんて言えるの?
冬也の言っている事は、十二分に理解している。見返りなんて求めていない。
だが、悔しかった。ただ、悲しかった。心が引き裂かれる気がした。空にとって冬也からの言葉は、別離の様に聞こえていた。
そのまま空は口を噤んだ。そして、冬也は再び目を瞑る。無言のままに時間が過ぎ去り、エルラフィア王国へ入ろうとしていた。
丁度その頃、翔一を最初に順に目を覚ましていく。
そして、空と翔一を待ち受けていたのは、余りにも残酷な光景であった。
戦場となった国境沿いでは、戦いが終わって数時間が経過しても、兵士達の応急手当が行われている。そして、手当が済んだ者から順に王都へ搬送されていた。
手当を待つ兵士の呻き声は、至る所から発せられる。間に合なかったのだろう、所々で息絶える兵の姿もあった。
足を失い、ライフルを杖代わりにして歩く兵士は、少なくなかった。両足を失って、動けずにいる兵士もいた。モンスター化した兵士が、呻き声を上げながら治療を受けていた。
まだ生きているなら、ましなのだろう。
乾ききれていない血が、至る所で池を作っている。苦痛に悶えて、最後を遂げたのだろう。悲痛な顔を浮かべた死体は、あちこちに転がっていた。
どちらが敵か味方か判別すらつかない死体の山。それは善悪入り乱れた、戦いの結末であろう。
スクリーンに映る映像は、戦争とは斯くも悲惨なものだと語っていた。空と翔一は、思わず吐き気を催した。言葉が出て来ず顔を青ざめさせた。
この世界に来て、モンスターやゾンビと戦ってきた。人間同士の凄惨な争いも見て来た。モンスターなら、気持ちの整理がつけられた。大陸東部の争いも、邪神の仕業と思えば耐える事が出来た。
スクリーンに映し出される光景は、そのどれとも違った。
兵士の治療や搬送で、忙しなく指示を送り続けるシリウスの姿を見つけ、クラウスは車を止める。ペスカに頭を下げたクラウスは、車を降りてシリウスの下へ走っていく。
だが空と翔一は、とても車から降りる気になれなかった。
「空ちゃん、これが本物の戦争だよ。わかる? 人と人が殺し合う事なんだよ」
ペスカの声に、空は言葉を失ったままだった。
「マナがすっからかんの私は、何も彼らにしてあげられない。誰一人助けてあげる事は出来ない。空ちゃんは、助けられるの? 誰か一人でも、救えるの?」
空は黙ってペスカを見つめる。そしてペスカは、言葉を続けた。
「兵士は、覚悟を持って戦う。自分の命を投げ出して、国や想い人の為に戦う。その気持ちは確かに尊いよ。だけど、結果はこれなんだよ。どれだけ大義名分が有っても戦争は結局、ただの殺し合いなんだよ」
「ペスカちゃん……」
「確かに今回はロメリアっていう、共通の敵がいた。ある意味メルドマリューネ兵は、犠牲者かも知れない。でもね、この中には家族どころから、国すら失った人達がいるんだよ。沢山の命を失って、ただ悲しいだけじゃ終われないんだよ。私達は、最前線にいたんだから」
空の瞳からは、涙が零れ始めていた。
「空ちゃんは凄いよ。だってあのロメリアに立ち向かったんだもん。この世界の人が誰も出来ない事を、空ちゃんはやってのけたんだよ」
空の涙は止まらない。様々な想いが胸に詰まる。
「お兄ちゃんが、空ちゃんを日本に帰そうとする意味をわかってあげて。フィアーナ様の神気が回復するまで、少し時間がある。ちゃんと考えて、答えを出して」
ペスカの言葉に、空は直ぐに頷く事は出来なかった。
ペスカの言う通り、マナが枯れ果てた今の空には、出来る事など何一つない。せめてこの結果は、ちゃんと受け止めなければならない。空は、そう感じ始めていた。
負傷した兵士達に、回復魔法をかける姿を、空はしっかりと目に焼き付ける。暫くするとクラウスが戻り、車が再び王都へ向けて走り出した。
その間、空は終始無言だった。ペスカと冬也は、敢えて声をかけなかった。空ならば自分で答えを出せると信じて。
既に頭の中からは冬也への怒りは消え、空はひたすら考えていた。
自分に何が出来る。何がしたい、何をしなければならない。直ぐに答えが、出るはずが無い。だが、今の自分をしっかりと理解しよう、開ける未来は、必ず有るはずだ。空は真摯に自分を見つめた。そして自己に問いかけ続けた。
車内での生活は、淡々としていた。
冬也は、空の答えを待つ様に料理を率先し、クラウスと運転を交代して行う。ペスカは敢えて、空と距離を置いた。
言葉こそ発しなかったが、翔一にも思う所は有っただろう。そして兄をその手で殺したクラウスも。
冬也に至っては、正式に神となったのだ。ペスカも遠くない未来に、神と認定されるだろう。
戦いの終わりは、新しい未来の始まりでもある。ラフィスフィア大陸から、多くの命が消え多くの国が無くなった。
やるべき課題は、山の様にある。これからが本当の戦いと言っても過言ではないだろう。ペスカ達はそれぞれの立場で、山積みになった課題に向き合おうとしていた。
何日か過ぎて、車は王都に到着する。クラウスの手配で宿が用意されていたが、車は宿の前に停車す事は無く、王立魔法研究所に向かった。
現在行われている、旧メルドマリューネの兵士達の記憶植え付け。その成果を確認する為に。
ペスカ達が、王立魔法研究所に足を踏み入れる。すると連絡を受けていたマルスが、飛ぶように建物から出て来た。
「ペスカ、やっと帰って来たか。冬也もいるのか、丁度いい。二人共早く来い、手伝ってくれ。人が足りんのだ」
息を切らせながら、マルスはペスカと冬也に言い放つ。そして治療施設へ連れて行こうと、二人の手を引っ張った。
「ちょっと待てよ、マルスさん。何がしてぇんだよ」
「いいから、来てくれ冬也。こんな時は、お前の馬鹿みたいなマナが必要なんだ」
冬也は少し力を込めて、マルスを止める。今は、ペスカと二人じゃないのだ。ペスカは、冬也の意志を汲み取り、空と翔一を見やる。ペスカの視線を感じ、マルスは問いかけた。
「そこの二人! 君らもペスカの連れなら、手伝ってくれんか?」
「駄目だよ所長。二人は、この世界の住人じゃ無いから、力になれないよ」
「そうか、ならお前達だけでいい。着いて来てくれ」
「マルス所長。私は後で行くから、お兄ちゃんだけ連れてって」
「わかった。冬也、行くぞ」
マルスに引っ張られ、冬也は治療施設へ連れて行かれる。それを見届けたペスカは、空と翔一へ向かって優しく告げた。
「空ちゃんと翔一君は、宿で休んでなよ。あの様子だと、見学ですら邪魔になりそうだしね。もし暇なら、療養所に行ってみたら。翔一君はともかく、空ちゃんには必要な事だと思うよ」
そう言い残すと、ペスカは建物に向かって歩き出す。空はペスカの言う通りに、療養所に向かう事にした。