空がロメリアと対峙している最中、翔一はペスカと冬也を探していた。
今までずっと守り続けてくれた、冬也の温かい神気。どんな困難も打ち砕く、力強いペスカのマナ。それを僅かながらには感じている。
生きている事は、間違い無い。だが、何処にいるかわからない。翔一は探知を続け、懸命になって二人を探した。
冬也の神気は感じているのだ。だが何故こんなにもか細い。二人が城に入って直ぐに、気配が薄くなった。でも、感じてはいたのだ。二人が壮絶な戦いを繰り広げている事を。
それなのに何故、ロメリアだけ姿を現して、ペスカと冬也の姿が無いのだ。
翔一には、不安が過っていた。
「くそっ弱い、感じてはいるんだ。冬也の神気が弱まってるのか? あの爆発といい、ロメリアだけが現れた事といい、何が起きてる? 頼む二人共、どうか無事でいてくれ」
無事であれ。翔一は祈るような気持ちでマナを高める。逸る心を抑えつけて探知を続けた。
しかし、ようとして二人を見つける事が出来ない。もたもたしている暇は無い。この間にも、空がロメリアと対峙している。
幾ら空の能力が優秀だとは言え、相手は邪神なのだ。早く冬也達を探し出さないと、一巻の終わりだ。
自分の命だけならともかく、親友達の命がかかっているのだ。焦るなという方が無理だ。しかし、翔一は知っていた。
冬也は窮地に陥った時こそ、冷静だった。
学校の成績は、ほとんど赤点。どれだけ丁寧に教えても、理解しようとしない。決して頭が悪い訳ではないはずなのに。
冬也が行方不明になる少し前の事である、冬也は拳銃や小刀を持つ暴力団に囲まれた。だが、命を落とさずに切り抜けたのは、冬也が冷静だったから。その時の冬也は、そこにいる誰よりも頭を回転させて、生き残る術を探したのだろう。
そう、窮地に陥った時こそ、冷静になるべきなのだ。そして翔一は頭を働かせ、数少ない事象から原因を推論し始めた。
最初から、異常事態は起きていた。ペスカ達が城に入ってから、直ぐにペスカと冬也の気配が薄れた。まるで手の届かない遠くに連れて行かれた様に。
自分の能力は、この異世界に来てから急激な成長を見せている。日本程度の広さなら、軽く気配を探れる程に。しかも、冬也の神気は強大なのだ。近くにいたからこそ、それが理解出来る。
少なくとも、つい先ほどまで邪神と戦っていたのだ。あの神気を自分が見失う訳がない。
まさか、日本へ戻ったのか? いや違う。戦いには向かないのだ。ここと比べて、あそこはマナが薄い。
それにゲートを開くには、もの凄い力が必要だと、前にペスカから聞いた覚えが有る。幾ら何でも、そんな力の無駄遣いを、戦いの場でしないだろう。
それに、完全な異世界に行ったとしたら、戦いの余波がこの世界に届くのがおかしい。
力が強まっていても、異世界の情報を掴むなんて、流石に無理だ。
現に薄っすらと二人の存在を感じているという事は、直ぐ近くだがここでは無い場所にいる証だろう。容易に帰る事が出来ない場所に二人がいるのは、あながち間違いでな無いかもしれない。日本とは言わず、もう少し近い場所。しかも、この世界とは隔離された場所。
考えられない話しでは無い。現に自分達は、日本から異世界に来たのだ。考えろ! 二人が、ここにいないとしたら、どこにいる?
実現可能性が有るとすれば、もう少し簡易的な方法じゃないのか。例えば、隠し部屋の様な感じで、こことは別の次元に空間を作るとか。
そもそもロメリアは、神々から隠れていたはず。それなら隠蔽工作が出来る状況、楽に出入りが出来る状況、その両条件が伴わないと不味いだろう。
そうなると亜空間的な感じか? この世界から、完全に隔絶されたのでは無く、一応の繋がりが有る空間。
ただしこれは、物理的というより、SF的な発想だ。これを可能とするならば、かなりSF寄りの考えが出来ないとおかしい。
ロメリアは、メルドマリューネを通じてミサイルを実現させた。もしそれらの発想が、日本滞在時に得たものだとしたら、この世界の神々では理解し得ない隠蔽空間も作成可能かもしれない。
もしその仮説が正しければ、空間の破壊によって出来た歪みに呑み込まれ、冬也達は時空を彷徨っているのかも知れない。
だがロメリアは、現在この世界にいる。ペスカ達が帰れない道理が無い。
翔一はすぐさま、世界の外側に向ける事をイメージして、探知を強める。霞みがかった冬也の神気を、広く浅く探知の範囲を広げ、探っていく。数分に渡り、意識を極限まで集中させて、翔一は探知を続ける。
そして翔一は、自分の推察が正しかった事を知る。
「よし、見つけた! だが弱い。冬也の神気は、こんなもんじゃ無いはずだ」
仮定した通り冬也の神気は、この世界とは別の場所から感じる。冬也の神気の隣には、ペスカのマナも感じる。二人がいるのは、恐らく亜空間から派生した、別宇宙の様な場所かもしれない。
物理的な観点で思考をすれば、二人を救うのを邪魔をする。ここは異世界なのだ。何が起きても不思議ではない。先ずはイメージする事だ、ペスカが教えてくれた通りに。
翔一はイメージを固める。そして思い浮かべたのは、細く強靭な釣り糸。二人の気配を手繰り、糸を使い自分をマナで繋ごうと試みる。冬也の神気に自分のマナを引っかけばいい。後は引っ張るだけだ。
窮地において、人間は定められた行動を取りがちになる。そして自分の常識内でしか思考が出来なくなる。頭が良いと自覚している人間ほど、それは顕著に表れるだろう。
だが、翔一は違った。それは翔一が、柔軟な発想を出来るからではない。異世界という常識が異なる世界に、自分を適合させようと努力して来た結果である。
「よし、ヒット! 冬也、ちゃんと掴まってろよ。直ぐに引っ張り上げてやるからな」
☆ ☆ ☆
冬也とペスカは、暗闇の中を漂っていた。そこはロメリアの、莫大な神気の爆発によって誕生した別宇宙。ロメリアとて、神域を浄化されても、未だ二柱分の神気は健在。爆発の威力は凄まじく、結果として神域が破壊されて、別宇宙が誕生した。
爆発の直前、冬也は神気を最大に高め、ペスカを庇う様に抱きしめた。爆発を諸に受けた冬也は、全身に火傷と傷を負い、呼吸すら困難な状況に陥った。冬也に庇われ、爆発の直撃を免れたペスカでさえ、気を失い暫く起き上る事が難しかった。
やがて意識を取り戻したペスカは、全身から血を流す冬也に、慌てて治療の魔法をかける。
「お兄ちゃん、しっかりして! お兄ちゃん!」
ペスカの全身には、痛みが走っていた。衝撃を完全に防ぎきれなかった為、ペスカの体にも、あちこちに傷がついている。しかし痛みに耐え、ペスカは治療の魔法を続ける。
「大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫。私が絶対守る!」
呟いた言葉は、自戒にも近い想いだったのだろう。ペスカの瞳からは、自然と涙が零れる。助ける、絶対に助ける、その想いで必死の治療は続く。
全身の傷を塞ぎ、折れた骨を繋ぎ、潰れた肺を修復する。そして、爛れた皮膚を元に戻していく。ペスカのマナも無限では無い。ほとんどのマナを使い、冬也に治療を施した。
暫くの後、冬也がゆっくりと目を覚ます。
「ぺ、ペスカか? お前、無事なのか? 痛いとこ無いか?」
ペスカは泣き腫らした目を擦りながら、冬也にしがみついた。
「こっちの台詞だよ、お兄ちゃん。どれだけ心配したと思ってるの」
頭を撫でてペスカを宥めると、冬也はゆっくりと起き上ろうとする。そして支える様にペスカが手を伸ばす。その時ペスカは、小さな呻き声を漏らす。それを冬也は、聞き逃さない。
「うっ!」
「お前、怪我してんじゃねぇか? 早く治療しねぇと」
「大丈夫、いま自分で魔法かけてる」
オロオロと心配そうな顔で、冬也はペスカを覗き込む。そして冬也は手を伸ばす、しかしペスカはそれを跳ね除けた。
たった数分前まで、死の際を彷徨っていたのだ、これ以上は兄を煩わせたくない。そんなペスカの想いから出た行動だったのであろう。
「そうなのか? 大丈夫なのか?」
「それよりも、お兄ちゃんこそ、痛い所は無いの?」
「そういや、あっちこっちが痛てぇな。それにくらくらするぞ」
「血を流し過ぎたんだよ。お兄ちゃん、死にかけてたんだからね。糞ロメの奴!」
「マジでか? じゃあ、ペスカが助けてくれたんだな、ありがとう」
「お礼は、チューね」
変わらない態度のペスカに、冬也は少し胸を撫で下ろした。しかし、口では平気だと言っても、そんなはずが無いのだ。無理をしているに決まっている。
そして冬也は、ペスカを優しく抱きしめた。
ペスカに温かい神気が伝わって来る。幼い頃からペスカを守り続けた、冬也の感覚である。それはペスカを包み、魔法の威力を高める。ペスカの傷は、見る間に塞がっていった。
簡易的な治療である、万全とは程遠い。それでも、少し落ち着きを取り戻した所で、冬也が口を開く。
「ところでペスカ、ここどこだかわかるか?」
「う~ん、わかんない」
「そっか、真っ暗だしな! 息が出来るって事は、大陸の何処か? それとも、また妙な空間なのかな?」
ペスカは、やや怠そうに辺りを見回した。そして頭を少し傾けて、冬也に答える。
「多分違うね。呼吸出来るのは神気のせいだと思うよ」
「ペスカ、どういう事だよ?」
「あのね、ここは多分だけど宇宙っぽい所だよ」
「宇宙っぽいってどういう事だよ、ペスカ」
「今までいたロメリアの神域は亜空間で、ロイスマリアとは時空が連続して繋がってるんだよ。そんでもってって、ごめんね。お兄ちゃんには難しかったね」
理解出来なくても、一生懸命ペスカの説明を聞こうと顔を顰める冬也を見て、ペスカは説明を止める。
「ペスカ。あんまり兄ちゃんを馬鹿にすんなよ。あれだろ、ワープってやつ! んで、元の場所はどこだ?」
「あのね、それがわからないって言ってるの!」
「でも急がねぇと」
ジタバタともがいて、移動を試みる冬也をペスカが止める。
「待って、お兄ちゃん。ちょっと落ち着く!」
「馬鹿、ペスカ。何言ってんだ」
「馬鹿なのはお兄ちゃん。ロイスマリアの位置がわからないのに、どうやって帰るのよ」
「じゃあどうすんだよ?」
「お兄ちゃん、神気は残ってるでしょ? ちょっと神気を強めて。それがビーコンの代わりになるから」
「よくわかんねぇけど、やってみるか」
ペスカは、現状を把握出来ていた。
無暗に動けば、帰れなくなる。翔一が無事なら、冬也の神気を探し当てるだろう。もし翔一が無事で無くても、女神フィアーナが冬也の神気を探すだろう。
相手が位置を特定し易い様に、冬也に神気を強めさせた。
暫くの後、二人は何かの気配が近づいて来るのを感じた。細い糸の様な物。その糸には、翔一のマナを感じる。
「これ、翔一か?」
「たぶんね。これを辿れば帰れるよ、お兄ちゃん」
それは、ペスカと冬也がロイスマリアに帰還する為の、一筋の光。細くとも強靭な糸を、二人は手繰る。そして翔一は、それを引っ張る。
だがこの時、翔一はこれ以上も無い程の緊張を強いられていた。もし繋がった糸が切れたら、そう考えると恐ろしくなる。
その緊張は、糸を通して冬也達にも伝わる。しかし冬也の意志も、糸を通して翔一に伝わった。
自分の力を信じろ、翔一。お前なら大丈夫だ。
糸を通じて翔一の記憶も、二人に伝わる。
クラウスが決着を付け、生還したが戦える状態ではない事。地上にロメリアが出現した事。首都が破壊された事。空が立ち向かっている事。
余りの窮境に、二人の心は急く。しかし焦ってはいけない。しっかりと、互いに糸を手繰り寄せる。
そして暗闇を抜け、何も無い空間から不意に現れる様に、ペスカと冬也は帰還を果たした。
今までずっと守り続けてくれた、冬也の温かい神気。どんな困難も打ち砕く、力強いペスカのマナ。それを僅かながらには感じている。
生きている事は、間違い無い。だが、何処にいるかわからない。翔一は探知を続け、懸命になって二人を探した。
冬也の神気は感じているのだ。だが何故こんなにもか細い。二人が城に入って直ぐに、気配が薄くなった。でも、感じてはいたのだ。二人が壮絶な戦いを繰り広げている事を。
それなのに何故、ロメリアだけ姿を現して、ペスカと冬也の姿が無いのだ。
翔一には、不安が過っていた。
「くそっ弱い、感じてはいるんだ。冬也の神気が弱まってるのか? あの爆発といい、ロメリアだけが現れた事といい、何が起きてる? 頼む二人共、どうか無事でいてくれ」
無事であれ。翔一は祈るような気持ちでマナを高める。逸る心を抑えつけて探知を続けた。
しかし、ようとして二人を見つける事が出来ない。もたもたしている暇は無い。この間にも、空がロメリアと対峙している。
幾ら空の能力が優秀だとは言え、相手は邪神なのだ。早く冬也達を探し出さないと、一巻の終わりだ。
自分の命だけならともかく、親友達の命がかかっているのだ。焦るなという方が無理だ。しかし、翔一は知っていた。
冬也は窮地に陥った時こそ、冷静だった。
学校の成績は、ほとんど赤点。どれだけ丁寧に教えても、理解しようとしない。決して頭が悪い訳ではないはずなのに。
冬也が行方不明になる少し前の事である、冬也は拳銃や小刀を持つ暴力団に囲まれた。だが、命を落とさずに切り抜けたのは、冬也が冷静だったから。その時の冬也は、そこにいる誰よりも頭を回転させて、生き残る術を探したのだろう。
そう、窮地に陥った時こそ、冷静になるべきなのだ。そして翔一は頭を働かせ、数少ない事象から原因を推論し始めた。
最初から、異常事態は起きていた。ペスカ達が城に入ってから、直ぐにペスカと冬也の気配が薄れた。まるで手の届かない遠くに連れて行かれた様に。
自分の能力は、この異世界に来てから急激な成長を見せている。日本程度の広さなら、軽く気配を探れる程に。しかも、冬也の神気は強大なのだ。近くにいたからこそ、それが理解出来る。
少なくとも、つい先ほどまで邪神と戦っていたのだ。あの神気を自分が見失う訳がない。
まさか、日本へ戻ったのか? いや違う。戦いには向かないのだ。ここと比べて、あそこはマナが薄い。
それにゲートを開くには、もの凄い力が必要だと、前にペスカから聞いた覚えが有る。幾ら何でも、そんな力の無駄遣いを、戦いの場でしないだろう。
それに、完全な異世界に行ったとしたら、戦いの余波がこの世界に届くのがおかしい。
力が強まっていても、異世界の情報を掴むなんて、流石に無理だ。
現に薄っすらと二人の存在を感じているという事は、直ぐ近くだがここでは無い場所にいる証だろう。容易に帰る事が出来ない場所に二人がいるのは、あながち間違いでな無いかもしれない。日本とは言わず、もう少し近い場所。しかも、この世界とは隔離された場所。
考えられない話しでは無い。現に自分達は、日本から異世界に来たのだ。考えろ! 二人が、ここにいないとしたら、どこにいる?
実現可能性が有るとすれば、もう少し簡易的な方法じゃないのか。例えば、隠し部屋の様な感じで、こことは別の次元に空間を作るとか。
そもそもロメリアは、神々から隠れていたはず。それなら隠蔽工作が出来る状況、楽に出入りが出来る状況、その両条件が伴わないと不味いだろう。
そうなると亜空間的な感じか? この世界から、完全に隔絶されたのでは無く、一応の繋がりが有る空間。
ただしこれは、物理的というより、SF的な発想だ。これを可能とするならば、かなりSF寄りの考えが出来ないとおかしい。
ロメリアは、メルドマリューネを通じてミサイルを実現させた。もしそれらの発想が、日本滞在時に得たものだとしたら、この世界の神々では理解し得ない隠蔽空間も作成可能かもしれない。
もしその仮説が正しければ、空間の破壊によって出来た歪みに呑み込まれ、冬也達は時空を彷徨っているのかも知れない。
だがロメリアは、現在この世界にいる。ペスカ達が帰れない道理が無い。
翔一はすぐさま、世界の外側に向ける事をイメージして、探知を強める。霞みがかった冬也の神気を、広く浅く探知の範囲を広げ、探っていく。数分に渡り、意識を極限まで集中させて、翔一は探知を続ける。
そして翔一は、自分の推察が正しかった事を知る。
「よし、見つけた! だが弱い。冬也の神気は、こんなもんじゃ無いはずだ」
仮定した通り冬也の神気は、この世界とは別の場所から感じる。冬也の神気の隣には、ペスカのマナも感じる。二人がいるのは、恐らく亜空間から派生した、別宇宙の様な場所かもしれない。
物理的な観点で思考をすれば、二人を救うのを邪魔をする。ここは異世界なのだ。何が起きても不思議ではない。先ずはイメージする事だ、ペスカが教えてくれた通りに。
翔一はイメージを固める。そして思い浮かべたのは、細く強靭な釣り糸。二人の気配を手繰り、糸を使い自分をマナで繋ごうと試みる。冬也の神気に自分のマナを引っかけばいい。後は引っ張るだけだ。
窮地において、人間は定められた行動を取りがちになる。そして自分の常識内でしか思考が出来なくなる。頭が良いと自覚している人間ほど、それは顕著に表れるだろう。
だが、翔一は違った。それは翔一が、柔軟な発想を出来るからではない。異世界という常識が異なる世界に、自分を適合させようと努力して来た結果である。
「よし、ヒット! 冬也、ちゃんと掴まってろよ。直ぐに引っ張り上げてやるからな」
☆ ☆ ☆
冬也とペスカは、暗闇の中を漂っていた。そこはロメリアの、莫大な神気の爆発によって誕生した別宇宙。ロメリアとて、神域を浄化されても、未だ二柱分の神気は健在。爆発の威力は凄まじく、結果として神域が破壊されて、別宇宙が誕生した。
爆発の直前、冬也は神気を最大に高め、ペスカを庇う様に抱きしめた。爆発を諸に受けた冬也は、全身に火傷と傷を負い、呼吸すら困難な状況に陥った。冬也に庇われ、爆発の直撃を免れたペスカでさえ、気を失い暫く起き上る事が難しかった。
やがて意識を取り戻したペスカは、全身から血を流す冬也に、慌てて治療の魔法をかける。
「お兄ちゃん、しっかりして! お兄ちゃん!」
ペスカの全身には、痛みが走っていた。衝撃を完全に防ぎきれなかった為、ペスカの体にも、あちこちに傷がついている。しかし痛みに耐え、ペスカは治療の魔法を続ける。
「大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫。私が絶対守る!」
呟いた言葉は、自戒にも近い想いだったのだろう。ペスカの瞳からは、自然と涙が零れる。助ける、絶対に助ける、その想いで必死の治療は続く。
全身の傷を塞ぎ、折れた骨を繋ぎ、潰れた肺を修復する。そして、爛れた皮膚を元に戻していく。ペスカのマナも無限では無い。ほとんどのマナを使い、冬也に治療を施した。
暫くの後、冬也がゆっくりと目を覚ます。
「ぺ、ペスカか? お前、無事なのか? 痛いとこ無いか?」
ペスカは泣き腫らした目を擦りながら、冬也にしがみついた。
「こっちの台詞だよ、お兄ちゃん。どれだけ心配したと思ってるの」
頭を撫でてペスカを宥めると、冬也はゆっくりと起き上ろうとする。そして支える様にペスカが手を伸ばす。その時ペスカは、小さな呻き声を漏らす。それを冬也は、聞き逃さない。
「うっ!」
「お前、怪我してんじゃねぇか? 早く治療しねぇと」
「大丈夫、いま自分で魔法かけてる」
オロオロと心配そうな顔で、冬也はペスカを覗き込む。そして冬也は手を伸ばす、しかしペスカはそれを跳ね除けた。
たった数分前まで、死の際を彷徨っていたのだ、これ以上は兄を煩わせたくない。そんなペスカの想いから出た行動だったのであろう。
「そうなのか? 大丈夫なのか?」
「それよりも、お兄ちゃんこそ、痛い所は無いの?」
「そういや、あっちこっちが痛てぇな。それにくらくらするぞ」
「血を流し過ぎたんだよ。お兄ちゃん、死にかけてたんだからね。糞ロメの奴!」
「マジでか? じゃあ、ペスカが助けてくれたんだな、ありがとう」
「お礼は、チューね」
変わらない態度のペスカに、冬也は少し胸を撫で下ろした。しかし、口では平気だと言っても、そんなはずが無いのだ。無理をしているに決まっている。
そして冬也は、ペスカを優しく抱きしめた。
ペスカに温かい神気が伝わって来る。幼い頃からペスカを守り続けた、冬也の感覚である。それはペスカを包み、魔法の威力を高める。ペスカの傷は、見る間に塞がっていった。
簡易的な治療である、万全とは程遠い。それでも、少し落ち着きを取り戻した所で、冬也が口を開く。
「ところでペスカ、ここどこだかわかるか?」
「う~ん、わかんない」
「そっか、真っ暗だしな! 息が出来るって事は、大陸の何処か? それとも、また妙な空間なのかな?」
ペスカは、やや怠そうに辺りを見回した。そして頭を少し傾けて、冬也に答える。
「多分違うね。呼吸出来るのは神気のせいだと思うよ」
「ペスカ、どういう事だよ?」
「あのね、ここは多分だけど宇宙っぽい所だよ」
「宇宙っぽいってどういう事だよ、ペスカ」
「今までいたロメリアの神域は亜空間で、ロイスマリアとは時空が連続して繋がってるんだよ。そんでもってって、ごめんね。お兄ちゃんには難しかったね」
理解出来なくても、一生懸命ペスカの説明を聞こうと顔を顰める冬也を見て、ペスカは説明を止める。
「ペスカ。あんまり兄ちゃんを馬鹿にすんなよ。あれだろ、ワープってやつ! んで、元の場所はどこだ?」
「あのね、それがわからないって言ってるの!」
「でも急がねぇと」
ジタバタともがいて、移動を試みる冬也をペスカが止める。
「待って、お兄ちゃん。ちょっと落ち着く!」
「馬鹿、ペスカ。何言ってんだ」
「馬鹿なのはお兄ちゃん。ロイスマリアの位置がわからないのに、どうやって帰るのよ」
「じゃあどうすんだよ?」
「お兄ちゃん、神気は残ってるでしょ? ちょっと神気を強めて。それがビーコンの代わりになるから」
「よくわかんねぇけど、やってみるか」
ペスカは、現状を把握出来ていた。
無暗に動けば、帰れなくなる。翔一が無事なら、冬也の神気を探し当てるだろう。もし翔一が無事で無くても、女神フィアーナが冬也の神気を探すだろう。
相手が位置を特定し易い様に、冬也に神気を強めさせた。
暫くの後、二人は何かの気配が近づいて来るのを感じた。細い糸の様な物。その糸には、翔一のマナを感じる。
「これ、翔一か?」
「たぶんね。これを辿れば帰れるよ、お兄ちゃん」
それは、ペスカと冬也がロイスマリアに帰還する為の、一筋の光。細くとも強靭な糸を、二人は手繰る。そして翔一は、それを引っ張る。
だがこの時、翔一はこれ以上も無い程の緊張を強いられていた。もし繋がった糸が切れたら、そう考えると恐ろしくなる。
その緊張は、糸を通して冬也達にも伝わる。しかし冬也の意志も、糸を通して翔一に伝わった。
自分の力を信じろ、翔一。お前なら大丈夫だ。
糸を通じて翔一の記憶も、二人に伝わる。
クラウスが決着を付け、生還したが戦える状態ではない事。地上にロメリアが出現した事。首都が破壊された事。空が立ち向かっている事。
余りの窮境に、二人の心は急く。しかし焦ってはいけない。しっかりと、互いに糸を手繰り寄せる。
そして暗闇を抜け、何も無い空間から不意に現れる様に、ペスカと冬也は帰還を果たした。