「フィアーナの言葉に従うのか?」
「従ったふりだけすれば良い」
「協議会の様子を見ただろう。神が考えるのは、所詮は自己の保身だけだ。世界の事など、誰も真剣に考えてはいない」
「そんな状況を変えようとしたのは、我らが同胞グレイラスだったというのに」
「グレイラスの意思は、我等が継ぐのだ」
「我等も数を増やした。フィアーナとて、我等の意見を無視は出来まい」
「いいや。先の協議会でも変わらぬ。フィアーナは独断で戦争の介入を決定した」
「このままフィアーナの独裁を許してはおけん」
「だが、どうする。どの様にフィアーナと対抗する? 我等は旗印を失ったのだぞ」
「それならば、ロメリアを担ぎ出せば良い。奴ならば、丁度いい神輿になってくれる」
フィアーナの命が下り神々の協議会が終わった後に、数十柱の神は天空の地から離れた場所に集まっていた。
当初は、グレイラスに唆された十数柱のみだった。彼等は、原初の神々の在り方や三法に不満を持った、新興の神と呼ばれる若い世代の神である。
そんな彼等は次第に数を増やし、今や一大勢力と呼んでも差し支えない程に拡大していった。
しかし彼等の意見は、協議会にて聞き入られる事は無かった。それは、フィアーナが神々の世界において、未だ権威を持っている証でもあろう。
ただ、これから台頭しようと考える若い神にとって、その存在は目の上のたん瘤でもあろう。
「ロメリアを担ぎ出すといっても、どうするのだ? 既にロメリアの神格は剥奪の対象となっている」
「そうだ。庇えば、我等にもその矛先が向く」
「それは、我に考えが有る」
「なんだ? 言ってみろ」
考えが有ると語る神に、注目が集まる。そして、その神は胸を張りながら、得意げに口を開く。
「我はグレイラスから聞いた事が有る」
「何をだ? 同胞は何を語ったのだ?」
「ロメリアがドラグスメリアも同時侵攻しているとな」
「何!」
「ドラグスメリアだと!」
「それは本当なのか?」
「しかし、どの様な方法でだ?」
「あの土地には、エンシェントドラゴンがいるのだぞ! 神に最も近く、神獣とまで呼ばれた守護者だ」
「我々とて、そう簡単に手が出せぬ」
「我々だけではない。原初の者達とて同じではないか」
「仮に、エンシェントドラゴンをどうにかした所で、ミュールが黙っておるまい」
「待て、話しは最後まで聞け! 良いか? 神の戦争介入はおかしいと思わんのか?」
「それは……」
「戦争を止めるだけなら、エンシェントドラゴンにやらせれば良い」
「確かに、そうだ」
「それとだ。最近の協議会にはミュールが参加していない」
「それも、おかしいな。ドラグスメリアから離れられない理由でも出来たか?」
若い神々は一気に騒ぎ出す。それもそのはず。混沌勢がここまで自由に動き回れたのも、悪感情を集める事が出来たのも、欲望のままに生きる人間の大陸だからであろう。
アンドロケイン大陸で、グレイラスは亜人を洗脳し戦争を嗾けた。しかし、それが通用したのは一部の亜人だけである。神の権能を持ってしても、アンドロケイン大陸中に戦争を広げる事は出来なかった。
ましてや、己の誇りをかけて戦いあっている魔獣には、グレイラスの権能は及びもしないだろう。
それに、四体存在するエンシェントドラゴンは、神の使いで世界の守護を任されている。それ程の存在だ。如何に若い神々が、フィアーナを筆頭とした原初の神々に不満を持とうとも、彼の神獣と真正面から事を構える気にはならない。
しかも、そのエンシェントドラゴンは、ドラグスメリアを根城としている。
だから、誰もロメリアが『ドラグスメリアを侵攻している』とは考えなかった。
「問題は、ラフィスフィア大陸だけに留まらないのだ」
「と、言うと?」
「既に一部とは言え同胞は、アンドロケイン大陸に戦争の火種を撒いた」
「あぁ、そうだな」
「ラフィスフィア大陸が存亡の危機に有る状況で、守護獣が動かない」
「それがロメリアの仕業だと言うのか?」
「そうだ。ロメリアは分霊体を用いて、エンシェントドラゴンを手中に収めようとしている」
「なんと!」
「思わなかったか? 如何に大地母神の子であったとして、同胞やアルキエル、それにメイロードまで。三柱も打倒したのだぞ!」
「しかも、異界の地ではロメリアを追い詰めたと聞いた。それも、おかしな話だ。有り得ん!」
「そうだ。仮にロメリアが己の神格を分けて、力が弱まっていたとしたら?」
「混血程度なら、ロメリアをやれるかもしれん。という事か?」
「そうだ。ロメリアの力は半減している。それが異界の地で、無様を晒した理由だ。本来であれば、混血如きに遅れは取らんだろう」
「確かに……な」
ペスカと冬也がグレイラスに勝利出来たのは、シグルドによって弱らされていたからである。そして、冬也がアルキエルに勝利出来たのは、彼が地上に影響が出ない様に極限まで神気を抑えていたから。
加えてメイロードである。彼女は、神気のほとんどをロメリアの復活に使っていた。実際の所、ペスカと冬也は真の意味で神とは対等に戦えてない。
それ故なのだろう、ペスカと冬也を侮っているのは。
ペスカは英雄の力を経て覚醒し、頂きに辿り着こうとしている。冬也の力は、浄化の力を得て神に届こうとしてるのを彼等は知らない。
「だから、我々はロメリアに助力する。それも秘密裏にな」
「秘密裏にといっても、どの様にする?」
「先ずは、アンドロケインに撒かれた火種を大きくする。これで、ラアルフィーネが動き辛くなる」
「それは良い考えだ」
「そして、ドラグスメリアで行われている、ロメリアの作戦に参加する。これで、ミュールの動きも更に抑制出来よう」
「おぉ、直ぐにやるべきだ!」
「しかし、本命のロメリアが神々によって討伐されるのは時間の問題だ」
「そうだ、そちらはどう対応するのだ?」
「ロメリアは原初の神々によって討伐されるのは、決定事項だ。それには我々も参加しなければならない」
「否! それでは、我々はまた旗印を失う事になる」
「いや。参加せねば、それこそ我々の破綻を意味するぞ!」
「だからだ。その前に、分霊体と本体の神格を交換するのだ」
「保険を掛けるという事か?」
「そうだ。事前に接触してな。実際の討伐戦では、我々はただ事態を見守るだけでいい」
辺りに拍手が巻き起こる。それだけ、その作戦が魅力的に見えたのだろう。そして自分達が、原初の神々に取って代わる光景を夢想したのであろう。
大きな拍手を得て自信を持ったのか、その神は言葉を続ける。
「我は、ここに宣言する! 我等は反フィアーナ同盟! 同胞諸君! 原初の神々を打ち滅ぼすまで、我等は止まらない! 我等は歩み続ける! そして世界に新な秩序を!」
ペスカの戦術と、酷似した戦術を用いるのは、サムウェルであろう。
智将サムウェル。彼の本領は情報の収集と綿密な準備にこそ発揮する。神の洗脳により軍の半分を失っても、多くの兵を洗脳から解放し、国の治安維持に努めた。おかげで、グラスキルス王国は、モンスターの被害が少なかった。
来るべき未来を予測し、防衛を怠っていなかった。ペスカの設置した結界が、都市を超兵器から守った。
それでも、予測を超える事態が起こった。彼の得意とする罠を仕掛ける間もなく、対応に追われる事は、未だかつて無かった。
ミサイルが大陸中に降り注ぐと同時に、怒涛の勢いで一万の軍勢がグラスキルス王国の国境門に押寄せた。およそ千の兵が国境沿いを守っていたが、大軍を前に半刻も持たずに壊滅した。
グラスキルス王国の兵は、一歩も引かずに立ち向かった。しかし、どれだけ鍛えられた肉体も、研ぎ澄まされた剣や槍も、大軍の前には歯が立たない。魔法の防御結界は、魔法の雨に晒され脆くも崩れ去る。
それは一方的な虐殺に近かった。そして、一万を超える大国の兵が国境門を越え、侵攻を続けている。
勇敢に立ち向かった兵は、無駄死にだったのか? 否。貴重な半刻である。それは、サムウェルが城に戻るには充分な時間だった。
城に着いたサムウェルは、間諜部隊を指揮し各地の状況を、いち早く報告させる。そして、喉を枯らして命令を出し続けた。
「何だと! 国境が破られた? 急いで、西に回す予定だった兵達を、呼び戻せ!」
急く心を、サムウェルは必死に抑える。真っ先に飛び出した想いを堪え、必死に頭を回転させる。
「ミーアと通信を取れ! エルラフィアの状況を伝えろ!」
ミーア経由で繋がったエルラフィア王国との通信の先では、混乱が見て取れる様だった。都市の半数が壊滅すれば、仕方の無い事かも知れない。
サムウェルは、東方の事態をエルラフィア王国と共有すると、反攻作戦の検討に移った。
東西の両国に侵攻している魔道大国メルドマリューネ軍は約一万づつ。
それに対し、主力の大半を帝都で失ったエルラフィア王国の全軍は、今や壊滅した南部三国の援軍を含めて約六千。
そして悪い事に、戦争により多くの兵をうしなった東方三国では、約五千と残り兵力を搔き集めてもエルラフィア王国にすら及ばない。
圧倒的不利。芳しくない現状は、両国に共通している。兵力差を超える戦いが無くては、敗北は確実である。
「サムウェル殿。グラスキルスはどうするんです? 半数の兵では戦にもなるまい」
「クラウス殿、我等を甘く見ないで頂きたい。一万の兵如き、我等三将が集まれば蹴散らします。エルラフィア軍は、ペスカ殿の残した兵器を持って、メルドマリューネ軍を押し返して頂きたい」
「わかりました。今、残った兵を搔き集めています。メルドマリューネ軍を撤退させたとして、その先はどうするおつもりで? 守備に回る気は、毛頭無いのでしょう?」
「鍵は、ペスカ殿達です。あの方であれば、真っ直ぐメルドマリューネの王都に向かうでしょう。我等は、国境沿いから兵を押し返し、彼の者から注意を引く!」
「わかりました。ご武運を、サムウェル殿」
「そちらもご武運を。逐次情報を共有、ペスカ殿との通信回線も繋がせます」
「わかりました。こちらも準備を急ぎます。また後ほど」
エルラフィア王国との通信を終えたサムウェルは、モーリス達の進軍状況を確認すると再び怒声を上げる。
「ペスカ殿とエルラフィアの通信を急ぎ整えよ! 城に残った兵は兵站の準備! 北の山脈地帯に連絡を急げ! 直ぐに退去させるんだ! そこは戦場になる」
サムウェルは、広い机の上に広がる大きな地図を見つめた。
南北の縦長に続くグラスキルス王国の国土は、大きな山脈が幾つも有る。メルドマリューネへと繋がるのは、十キロ以上続く山脈に挟まれ、切り通った様な細い街道しか無い。
そこを大軍が通るには、縦に長く広がらざるを得ない。
少数で戦うには、絶好の場所である北部山脈沿いの街道を、サムウェルは戦場と定めた。
サムウェルやモーリス、ケーリアの様な、高い戦闘力を持った者で道を塞ぎ、山の上部に配置した兵が脇から狙い、相手の戦力を削っていく作戦である。
サムウェルには確信が有った。
例えどれだけの戦力を集めようと、三人が集まれば負けはしない。地の利を合わせれば、一万の軍勢は物の数では無い。
モーリス達が到着するまで足止めが出来れば、こちらの勝利だ。
サムウェルは副官を呼ぶと、地図上で作戦の説明をする。素早く説明を済ませると、副官に指揮権の簡易譲渡を行った。
「俺はこれから北へ向かう。モーリス達が到着するまでの辛抱だ。お前はエルラフィアやペスカ殿との連絡を密に取れ。俺にも報告を忘れるなよ」
「閣下は、どうなさるのですか? まさかお一人で?」
「馬鹿言うな。叱られたからな、無駄死にするなってよ。姑息な手を使わせて俺に叶う奴は、この世界にはいねぇよ」
サムウェルは口角を吊り上げて、薄笑いを浮かべる。
「いいか。一対一で俺達に勝てる奴はいねぇ。勝負はその先だ。確実に戦争を止める為には、メルドマリューネの領域で、どれだけ上手く立ち回るかが重要だ。三方向から攻めるんだ、連携は必須! 忘れんなよ!」
副官は敬礼をして、サムウェルを見送る。
死への旅路をする決意した者の背中では無い。自らの勝利を疑わない、堂々としたかつてのサムウェルの後ろ姿であった。
槍を手に馬に乗るサムウェル。馬を操りながら、ペスカ達に簡易的な連絡をする。
北方では、連絡を受けた住民達が大挙して避難を始める。一方で、メルドマリューネ軍が進軍を続ける。
だがここで、思いもよらぬ事が起きる。メルドマリューネ軍が、住民達の鼻先に迫る緊迫した状況下で、採掘の神が動いた。土砂崩れを起こし、メルドマリューネ軍の足止めを行う。
「フィアーナ様のご命令だし、この位はしないとな。感謝するんだぞ人間達よ」
土石流に巻き込まれまいと、メルドマリューネ軍は慌ただしく、行軍を止め隊列を立て直す。その様子を見ていた雨を司る男神が、腹を抱えて笑った。
「結構笑えるな。俺達もやろうぜ、なぁ雨の」
「風の。余りやり過ぎるなよ。フィアーナからは、戦を止めろと言われたが、制裁は禁じられている」
「わかってるって。どうせやるなら、道を潰しちまえば良いんだよ。戦争は止まるだろうが」
「言われてみればそうだな。おい採掘の、お前も手伝え。それに山の、何処かで見てるんだろ。この辺りの道を全部潰すぞ」
サムウェルの考えとは裏腹に、神々が遊びだす。暴風雨を降らせ、土砂崩れで更に道を潰し、地割れを作って大きな谷を作った。
戦地から避難する住人達を追いかける様に、土石流が迫る。その天変地異を間近で見た住人達は、恐れて逃げるスピードを上げる。
だが、メルドマリューネ軍は土石流を避ける様に後退をしたものの、侵攻を止める気配は無かった。
「なあ、あっちの人間達は、怯えて逃げてんのに、兵隊たちは諦めてねぇぞ」
「風の。あれは、もう人間じゃ無い。命令を受けて動く人形だ。受けた命令を遂行するまで、どんな悪路でも進むんだろうよ」
「雨の。あんなのが、人間の末路か? 気持ち悪いな」
「同感だ。滅ぼしてしまえば良いのに。何故、フィアーナは指示を出さないんだ」
「仕方ねぇよ、雨の。あれ以上に人間が好きな神はいねぇ」
「風の、取り敢えずはここまでだ。フィアーナの言う、人間の決着とやらを見届けよう。我等は、北の地でひと暴れして、ロメリアを引き摺り出すぞ」
「応よ、雨の。腕が鳴るぜ」
雨を司る神と風を司る神が姿を消す。その後を見届ける様に、採掘の神が山の神に対し、ポロリと零した。
「道を潰しても、余り意味が無かったのでは?」
「採掘の神よ。お主がそう言うと思って、地割れも作ったんじゃ」
「だが、雨と風の二柱が仰る通り、奴らは止まる気配が無い」
「採掘の神よ。戦を止める方法なんて、もとより一つしか無いじゃろ」
「すると、奴らはこのまま見逃すと言われるのか?」
「地響きで暫く奴らを足止めじゃ。その内、この国の兵士達が来るだろう。フィアーナの言う通り、人間の事は人間で解決すべきじゃ」
「それもそうだ。よし、足止めの協力をしよう」
北の山間部に到着したサムウェルは、変わり果てた光景に驚愕を露にする。山の所々が崩れ、兵を配置出来る場所がほとんど無い。城を出る前に立てた作戦が脆くも崩れ去り、サムウェルは頭を抱えた。
「くそっ、何だってんだよ。これは流石に神の仕業か? 山が崩れたら戦い辛いじゃねぇか!」
苛立つサムウェルは、素早く頭を切り替える。
土石流で足場が悪く、行軍には時間がかかる事は容易に想像がつく。サムウェルは侵攻してくる方向を予測し、足元に注意しながら罠を張り巡らせる。
同時に急いで城へ連絡し、モーリス達の行軍を急がせる様に指示を飛ばす。
神々の乱入により多少予定が崩れたが、やる事は変わらない。それは、メルドマリューネ軍を撃退する事だ。ただし、長期戦になる事は必至。土石流で有れた街道では、兵站が滞る可能性が高い。
サムウェルは尚も頭を巡らせる。
魔道大国メルドマリューネとの戦いは始まったばかり、未だ混迷を極める大陸に光は見えない。
神々の手により、北部街道が土石流で埋め尽くされた。しかし、メルドマリューネ軍は進軍を止めず、速度を落としながらも進み続ける。土石流だけでは、メルドマリューネ軍の足止めは出来なかった。
そして、避難民達は未だ逃げきれていない。
訓練をされていない住民達には、崩れた道を進むのは困難である。再び住民達の眼前に、メルドマリューネ軍が迫ろうとしている。進む速度が明らかに異なる。
グラスキルス軍とモーリス達は未だ到着していない中、先行したサムウェルは住民達を守る様に立ちはだかった。
サムウェルは住民達に迂回路を示すと自ら殿を務め、思いつく限りの罠を進路上に仕掛ける。極短時間で、一万のメルドマリューネ軍を足止めできる罠が、仕掛けられるのか。サムウェルならば、可能であろう。崩れた山裾、地割れで出来た谷、全てがサムウェルにとっては、罠の材料となろう。
振り返れば、直ぐ後ろに大軍の姿が有る。しかし、サムウェルに焦りの表情は無かった。そして、不敵な笑いを浮かべる。
「操り人形共! こっちだぁ! 俺がてめぇらの相手をしてやる!」
サムウェルは大軍の先まで響き渡る程の大声を出し、メルドマリューネ軍を引き付けた。
メルドマリューネ軍は、崩れた道や地割れを回避する為、縦に一列に行軍している。ようやく住民達が、崩れた街道を抜けた頃に罠が発動した。
山の稜線から、火の矢が雨の様に降り注ぐ。
「今だ! 魔法部隊、放て!」
先ずサムウェルは、魔法を操作しあたかも兵が配置され狙撃している様に見せかけた。メルドマリューネ軍は、上空の魔法防御を強化し警戒を余儀なくされる。覚束ない足元、降り注ぐ火の矢、メルドマリューネ軍は行軍速度を落とさざるを得ない。
「次だ! 行け!」
サムウェルは、掲げた片手を勢いよく振り下ろす。すると、メルドマリューネ軍の左右から、巨大な岩石が転がり落ちて来る。
巨大な岩石は、魔法防御に徹していたメルドマリューネ軍を粉砕し、縦に伸びきった軍をいとも簡単に分断した。
分断されようと、前線の部隊は構わず進み続ける。
「あめぇよ! ばぁ~か!」
そこに待ち受けていたのは、地雷の様に地下に埋められた魔石。一定地点まで進軍した所で、サムウェルは魔石を遠隔起爆させた。連鎖的に巻き起こる地下からの爆発に、メルドマリューネ軍は成す術も無く巻き込まれ前線は壊滅する。
サムウェルの罠により、メルドマリューネ軍は数時間でおよそ三割の兵を失った。
更にサムウェルの罠が時間差で発動する。分断された後続部隊の地下から噴出する毒ガス。メルドマリューネ軍は倒れる兵が続出した。
サムウェルは笑いが止まらない。敵軍の目の前で罠を仕掛けているにも関わらず、メルドマリューネ軍は気に留める様子も無く、進軍を優先させていたのだ。
しかも、こんな簡単に罠に掛かるとは、愚の骨頂であろう。
「ぷ、ぶふぁはははは、うゎはっははは~! 馬鹿野郎ばかりだな! 人形には理解出来ねぇだろうよ。魔法はバカスカ撃てば良いってもんじゃねぇんだよ。ひぃっひひひゃひゃひゃひゃ~! こんなに見事に引っ掛かるのは、知能のねぇモンスター位だぜ!」
サムウェルは馬に積んでいた糧食を取り、地面にドカッと胡坐をかいて座った。そして糧食を貪りながら、時が経過するのを待つ。
サムウェルが配置した毒ガスは、精々五百人程度の範囲を麻痺させる物である。しかし、この地域には南から北に向けて風が吹き抜ける。風に乗った毒ガスは、メルドマリューネ軍の後部まで届く。
ゆっくりと待ち、弱った所を捕虜にするなり、殺すなりすればいい。
「おう、俺だ。多少予定が狂ったが、作戦は上々だ。モーリス達と合流したら、掃討に移る。そっちはどうだ?」
「エルラフィア、ペスカ殿、両方からは特に連絡は有りません」
「そうか。神の介入に気を付けろと、クラウスに伝えておけ。それと兵站の件で、問題が発生した」
「どうなさったんです?」
「北の街道が山崩れで、封鎖されてやがる。馬車なんかじゃ通れねぇぞ。暫くあの辺りの採掘場も封鎖だ」
「採掘場の封鎖は、私から陛下にご報告申し上げます」
「ペスカ殿に連絡して、乗り物の設計図を貰え。急いで同じものを作り上げるんだ」
「お任せください」
「あぁ、それとな。メルドマリューネ軍の始末をどうするかを、陛下にお伺いを立てろ。三国で労働力が足りない様なら、捕虜を連れ帰ってやる」
「承知しました。後ほどご報告致します」
城への通信を終え一呼吸着いた時に、後方から声が聞こえる。耳を澄ませば、自分を呼ぶ声である。サムウェルが振り返ると、モーリス、ケーリアを先頭にした東方連合軍が見えた。
「サムウェル~! 無事かぁ~?」
大声で叫ぶモーリスを見て、サムウェルは苦笑いした。到着したモーリスは、笑いながら言い放つ。
「派手にやったな、サムウェル。採掘場は暫く使えないな」
「馬鹿野郎! 俺じゃねぇよ、モーリス」
「そうだ、モーリス。流石にサムウェルとて、ここまで酷い事はしない」
「だが、間に合った様だな」
不敵に笑うモーリスの視線の先には、毒ガスに魔法で対抗して逃れた、メルドマリューネ軍の姿があった。ざっと約五千の兵が、土砂を乗り越えて広がっていた。
「大して減らせなかったか」
「無理もない、サムウェル。ここからは俺達の番だろ」
大剣を構えたケーリアがサムウェルの肩を叩く。その反対の肩をモーリスが叩く。例え弱りきっていても、その瞳には闘志が宿っている。ケーリアとモーリスの闘志は、サムウェルを挑発した。
お前は戦えるのか? 腕はなまってないのか?
それはサムウェルが二人にかけたかった言葉だろう。今にも倒れそうな男達が、過酷な戦争に挑もうというのだから。
しかし、それは杞憂だろう。彼らを見ればわかる。
彼らの闘志は問いかけているのだ。確かに情報を制して、平和を維持して来たのだろう。相手の行動を先読みして、罠を張り行動不能にしてきたのだろう。
でも、お前自身は戦えるのか? その意思はあるのか?
その問いかけに、サムウェルは笑みを浮かべる事で答えた。そして三人の視線が交差する。
この三人が同じ戦場に立つのは、二十年以来となる。あの過酷な戦いを生き抜いたのだ、そして今も。
サムウェルは今更ながら実感していた。通信でクラウスに言い放った言葉、三人が集まれば敵はいない。それは間違いではなかった。
「サムウェル。久しぶりの共闘だ。ついて来いよ」
「馬鹿野郎、モーリス。俺より弱い奴が何言ってやがる」
「なら、これから証明してやる」
魔法で作られた大量の火が、メルドマリューネ軍から飛んでくる。モーリスは体に闘気を漲らせて、剣を一薙ぎした。剣圧が風に乗り、烈風を巻き起こす。火の雨は尽く消し飛んだ。
「モーリス。それ位で調子に乗るな。やはり牢暮らしで、鈍っているな」
ケーリアが大剣を上段から振り下ろす。大剣からは光刃が飛び、土砂を切り裂きながらメルドマリューネ軍に襲い掛かる。そして大軍のど真ん中をぶち抜く様に光刃が走り、大量のメルドマリューネ兵を吹き飛ばす。
「いやいや! お前等、二人共鈍ってるぜ。牢暮らしってより、年じゃねぇか?」
サムウェルが槍で大地をドンと叩くと、メルドマリューネ軍の周辺に爆発が起きた。
「残念ながら、罠はあれで終わりじゃないんだぜ」
得意気な顔をしてサムウェルは胸を張る。そんなサムウェルの頭を、モーリスが叩いた。
「馬鹿野郎! お前、あそこに俺達が突っ込んでいたら、巻き込まれてたろうが!」
「いてぇな! 馬鹿力で叩くんじゃねぇよ! そんなヘマを俺がするか!」
「いつまでも、喧嘩してると、残りは俺が頂くぞ」
ケーリアは大剣を抱えて走り出す。その後を追い、モーリスとサムウェルも走り出した。
それからたった十分であった。メルドマリューネ軍は完全に沈黙した。
剛腕で剣を振るい、次々と敵を薙ぎ払うモーリス。大剣の力で、軽々と敵を吹き飛ばすケーリア。目に留まらない速さで槍を振るい、敵を葬っていくサムウェル。
三人は、汗もかかずに戦闘を終了させた。東方連合の兵達は、後方で呆気に取られて呆然と見ている事しか出来なかった。
そしてサムウェルは立ち尽くす兵達に告げる。
「ぼ~としてんじゃねぇ! 生き残った奴がいたら必ず捕らえろ。急げ!」
サムウェルの言葉に、兵達は慌てて動き出した。続いてサムウェルは、城にメルドマリューネ軍壊滅の連絡を入れる。
「閣下。先の件は、捕虜にせよとの陛下から御達しがありました。守備兵の一部を向かわせましたので、引き渡しをお願い致します」
「おう、わかった。それで、乗り物は?」
「間諜部隊の一人が、ペスカ殿から図面を受け取り、城へ戻っている最中です」
「そうか。急げよ」
「承知しました」
通信を終わらせたサムウェルに、モーリスとケーリアが近づいて来る。
「連絡は終ったのか? 向こうの様子はどうだ?」
「特に連絡が無いようだ。お前の愛しいペスカ殿は、健在だぞ」
「な、何を言っているサムウェル!」
「貴様等は、いつも喧しい。サムウェル、モーリスをからかうな」
「良いじゃねぇか。こっちは勝ったんだ」
「ところでサムウェル、これからどうするんだ?」
「モーリス。俺達は、このままメルドマリューネに侵攻する。ここからが正念場だ」
サムウェルの言葉に、モーリスとケーリアは強く頷く。
戦いはまだ序盤。一万の大軍とはいえ、あれがメルドマリューネ軍の全力ではない。本当の戦いは、国境を超えてからになるだろう。
三人の力を持ってしても、太刀打ち出来るかわからない。盤面の行方は、まだ見えない。
エルラフィア王国は、建国以来初とも言える大混乱に陥っていた。
北部の領からは、運良くミサイルの被害を逃れた住民達が、逃げてきている。中央部でも、帝都以外の領から避難民が続出している。
その避難民達を受け入れようにも、南部国境沿いの領は完全に壊滅している。
更に帝国で主力の軍を失い、兵が思う様に集まらない。
都市機能を失った領地は多く、幾ら人手が有っても足りない。兵を戦争に向かわせている状態では無いのが実情である。
兵不足、人不足は、王都でも深刻だった。
有能な大臣数名を帝国で失い、混乱時の内部統制が破綻しつつある。特に王都軍のシグルド不在は、戦力的、精神的に影響が大きかった。
「シグルドは死んだよ。勇敢に神様と戦ってね」
「まさか、クライア等が攻め込んで来た時の事ですか?」
「うん。クラウス、あんたは絶対にメルドマリューネに行っちゃ駄目だからね。理由はあんたが一番わかってるでしょ?」
「わかっております。ですが、我が兄の仕出かした事。一族として、捨て置く訳にはいきません」
「それでも、駄目だよ。クロノスはいかれてる。弟への溺愛が過ぎて、行けばあんたは必ず殺される。無駄死には許さないからね」
「今回ばかりは、ペスカ様のご命令に従えません。この身を賭しても、兄の愚行を諫めるのが弟の役割。メルドマリューネ王都侵入の折は、必ず私もお連れ下さい」
「うっさい、馬鹿! どうなっても知らないからね。ついて来たければ、勝手にしなよ」
「そうさせて頂きます」
「私達は、もうすぐメルドマリューネの国境だよ。頑張ってエルラフィアを何とかしないと、先に私がクロノスをぶっ飛ばすからね」
「わかっております」
「マルス所長には、私の研究室にある倉庫を開ける様に伝えてね。役立つ物が入ってるはずだから」
「承知しました」
一部では、敗戦の将と罵る者もいた。主力を失った能無しを起用するなと、訴える者もいた。しかしクラウスとシリウスは、周囲の風当たりを気に留めず、人材不足を補う為に奮闘した。寝る間も惜しんで動き続けた。未だ癒えない痛みを堪えて。
そして国王は、一部の訴えを一蹴した。
「勇敢に戦った者に、其方らは何を言っておるのだ! そんな下らない事を言う暇が有れば、国の一大事に身命を賭して働け! 今がどの様な状態に有るか、わかっておらんのか! 彼らを見よ! 戦いの傷は癒えておらんだろう。碌に体も動かんだろう。だが、昼夜構わず働き続けておる。あれこそが、忠臣の有るべき姿だ!」
国王の言葉一つで、心が動かされた訳では無い。しかし危機感を覚えた者は、少なく無かった。
クラウスからペスカの伝言を聞いた王立魔法研究所所長のマルスは、ペスカの研究室に急ぎ秘密裏に聞いていた暗号で、倉庫の鍵を開ける。
整然と片付けられた倉庫内、小さい机の上に一枚の紙を見つける。その紙には、ある魔法式が書かれていた。
対メルドマリューネ用魔法、記憶強制リセットくん。強制記憶植え付けくん。
「君は、相変わらず突拍子も無い事を思い付くんだな。言葉の意味はわからんし、カイバとやらの理論も理解出来ん。しかしこれは、洗脳的に植え付けられた教育を忘れさせ、新たに知識を植え付ける事の様だな。先ずは、リセットくんとやらを先に量産するか。グラスキルスの連中にも、教えてやらんといかんな」
マルスは兵器工場へと急ぐ。そしてマナキャンセラー同様の手法で、新型砲弾の量産を急がせた。
兵器工場は、帝国の侵攻以来フル稼働を続けている。そして労働者達の疲れは、ピークに達していた。だが、先のミサイル攻撃を目の当たりにし、危機を感じていた。
自分達に戦う力は無い。死に物狂いで抗わなければ、本当の終わりが来てしまうかも知れない。誰が言葉に出した訳では無い。漠然とした不安が、労働者達を突き動かしていた。
国を守る最強の盾、シグルドが不在。伝え聞く、各地の悲惨な状況。不安が募るばかりの状況で、労働者達、他の住民達は一つの希望を抱いていた。
英雄ペスカの愛弟子、クラウス・フォン・ルクスフィアとシリウス・フォン・メイザーが生きている事。英雄の意思を継ぐ者達が、戦う準備を急いでいる事。
それは、住民達の心にささやかな灯を与え、さざ波の様な勇気が、大きな波を起こそうとしていた。
人々の想いに答えようとしているのか、迫り来るメルドマリューネ軍を阻む様に、エルラフィア王国の北部で大規模な地揺れが起こる。同時に、大量の毒虫が発生し、メルドマリューネ軍の進軍を防いでいた。
大地母神フィアーナが愛するエルラフィアの地は、これ以上壊させない。何か巨大な意思が働いた様な光景に、国中から歓喜の声が上がり始める。
そして各領地から集められた兵と、南部三国からの援軍を合わせた、総勢約六千。大型の魔攻砲が百門。新型砲弾が数万発。ライフル五千丁。一万のメルドマリューネ軍に対し、引けを取らない高火力の編成が完成した。
エルラフィア王から、クラウスが総大将に任命される。クラウスは六千の兵を前に、声を張り上げた。
「二十年前、邪神がこの大陸で好き勝手に暴れた。我等、人間は滅びの寸前にあった。その危機に一人の少女が立ち上がり、この大陸を救った。この国では誰もが知る英雄伝説だ! だが、戦ったのは彼女一人では無い! 彼女を筆頭に、大陸に住む皆が勇敢に立ち向かったからこそ、起こり得た奇跡だ。今、帝国が滅び、南部の三国が滅んだ。我等エルラフィアも国民の半数を失った。そしてメルドマリューネは、侵攻を続けている。だがこの窮地に、果敢に立ち向かう英雄達がいる! 東の三国は見事、メルドマリューネ軍を打ち破って見せた」
東の三国がメルドマリューネ軍に勝利した。クラウスの言葉は、これから戦場へ向かう兵達に勇気を与えただろう。そして、クラウスは鼓舞する。
「我々はただ手をこまねいて、平和が訪れるのを待つだけの存在か? 違う! 我等こそが、英雄の意思を継ぐ者! その我等が立ち上がらずして、大陸に平和が訪れはしない! 真の敵はメルドマリューネでは無い! 邪神ロメリアこそが本当の敵だ! 戦え、勇敢なるエルラフィアの戦士達よ! 大地母神の恩恵を受けた戦士達よ! これは神の代理戦争である! 我等は負けない! 我等は引かない! 必ずやこの大陸に平和を取り戻す! 行くぞ!」
六千の兵から、王都を震わせる割れんばかりの歓声が上がり、エルラフィア軍は進軍を始めた。
未曾有危機に立ち向かう為、平和な世界を取り戻す為、彼らの本当の戦いが始まった。
約六千の兵を率いて進軍を開始したクラウス。脇には補佐としてシリウスがおり、シリウスの傍にはメルフィーとセムスの姿もあった。そして帝国から離脱し、エルラフィア軍に参加したトールも、隊を率いて進軍をしていた。
兵達が抱える想いは、多少なりとも異なるだろう。家族の為、愛する人の為、国の為、故郷の為。だが、共通するのは、守りたいという想い。
それは、クラウスの言葉でその想いは、より強くなった。平和な世界を愛する者達の為に、兵達は英雄の意思を心に宿した。
毒虫により一割の兵が戦線離脱したメルドマリューネ軍は、速度を落としながらも行軍を続ける。そして、王都から数十キロ先の平原で、両軍が衝突する事となった。
一人当たりが、高い魔法の能力を持つメルドマリューネ軍。ペスカが発案した、近未来武器で強化したエルラフィア軍。両軍共に魔法を基本とした戦い方をするが、その手段は全く異なる。
異なるのはもう一つ。
ただ命令を遂行するだけの人形と化したメルドマリューネ軍。クラウスの演説により、志気が高まっているエルラフィア軍。その違いは、明らかな結果として出る。
「魔攻砲、放て~!」
先制を行ったのは、エルラフィア軍であった。クラウスの合図により、新型砲弾が打ち出される。
どれだけ訓練しても、人間の兵士では魔法が届く限界がある。魔攻砲はその倍以上の距離から攻撃可能である。それは局地戦において、圧倒的な優位性を持つだろう。
そして新型砲弾、『記憶強制リセットくん』の威力が発揮される。メルドマリューネ軍の前線は、脳の記憶領域に過度な魔法の干渉を受け、次々と意識を失い倒れていく。
エルラフィア軍は、第二射の装填を急ぐ。シリウスは初撃の様子を確認すると、クラウスに話しかけた。
「一先ずは成功のようですね、ルクスフィア卿」
「油断はいけない、メイザー卿。実証試験も済んでいない魔法だ。どんな影響が出るかわからない」
「ルクスフィア卿、続けますか?」
「あぁ。時間はかかるだろうが、殺すより生かした方が、将来的には効果が有るはずだ」
「そうですね。上手く行けば、民の半分を失った我が国で、労働力の足しになるでしょう」
「何名かは、直ぐに王都へ搬送。マルス殿が記憶の植え付け実験をする事になっている」
「それはお任せ下さい。自走式荷車を数台用意しております」
倒れた前線を乗り越えて、メルドマリューネ軍の第二部隊が前へと進んで来る。それを確認した、クラウスは再び魔攻砲の発射を命じる。
砲弾は第二部隊にも命中し、重度の意識混濁者を増やしていった。
メルドマリューネ軍の魔法は、エルラフィア軍に届かない。メルドマリューネ軍は、魔法と物理両方の障壁を何重にも張り、第三、第四部隊と次々に軍を進める。だが砲弾は、その障壁を難なく突き抜け、メルドマリューネ軍に着弾する。
これは、ペスカの師である王立魔法研究所の所長マルスが、弾丸に付与した魔法による影響であった。
マルスは、砲弾が放物線を描き落下する直前を狙って発動する、マナキャンセラーを砲弾に付与していた。その為、砲弾は魔法で張られた障壁を突き破り着弾する。王立魔法研究所が本領発揮した瞬間だった。
「流石マルス殿、見事だな。ペスカ様の師だけは有る」
「あの方は、姉上の魔法を一番理解してらっしゃる。私では、思いつきませんよ」
「メイザー卿。悔しいが私もだ」
「さて、ルクスフィア卿。そろそろ、終わりにしますか?」
「そうだな」
クラウスの合図で、ライフル部隊が前に進み、部隊は三日月状に広がる。尚も進んで来るメルドマリューネ軍を囲い込み、ライフルで一斉射撃した。戦闘開始からほんの数時間、メルドマリューネ軍は完全に沈黙した。
クラウスは、敵軍の状況確認を急がせる。
新型砲弾と銃弾で撃たれたメルドマリューネ軍は、昏睡状態にあるものの、生命の維持が確認された。
シリウスは詳しい状態を王都へ連絡し、数名を選び搬送させる。それと同時にクラウスは、専用の通信回線でグラスキルスとペスカ達に連絡を入れた。
「メルドマリューネ軍は壊滅、これから残党を探しながら北へ向かいます」
「クラウス。記憶強制リセットくんはどうだった?」
「おい、何だよペスカ。その変なのは?」
「お兄ちゃん。通信の邪魔しないで!」
「クラウスさん達に、迷惑かけてんじゃねぇだろうな」
「私がそんな事する訳ないでしょ! あれは、王都の研究室に行った時に置いてきた、メルドマリューネ用の対策なの。マルス所長に実験して貰おうと思っていて、お願いする機会が無かったんだよ」
「相変わらず、お二人は仲がよろしいですね。新型魔法は、リセットくんという物しか使用しておりません。撃たれた者は、意識混濁の上で昏睡。命は辛うじてといったところです。数名を王都に搬送させましたので、実験完了次第マルス殿から連絡があると思います」
「意識の回復は、治癒の魔法で何とでもなるけど、ニューロン自体が破壊されてたら、医療知識が無いこの世界の人達が、回復手術をするのは不可能だからね。実験後は、ちゃんとメモに書いたテストをする事! マルス所長に念押ししといてよ」
「単語の意味が解りませんが、手記の実証確認を取れと仰りたいのでしょうか?」
「そうだよ。クラウス、あんた平和になったら、日本に行って医大に通うと良いよ」
「イダイとやらの意味は解りませんが、確認の件は必ずマルス殿にお伝えします」
通信が終わり、深く息を吐くクラウス。その様子を見ていたシリウスが、クラウスに尋ねた。
「何やら難しい顔をなさってるが、姉上は何と?」
「メイザー卿。悪いが、マルス殿に連絡を頼めるか?」
「何でも仰って下さい」
「ペスカ様の手記に、被験者の実証確認をする手段が記されている様だ。必ず行う様に、念を押してくれ。それと実験の結果は、直ぐにペスカ様に報告した方が良いだろう。かなり精緻な作業のようだ」
「承知しました、連絡しておきます」
「それにしても、ペスカ様と話をすると、自分の稚拙さが身に沁みる」
「姉上の頭脳は、ルクスフィア卿でも着いて行くのがやっとですか? 私では何が何やらと言った所ですが」
苦笑いを浮かべるシリウスに、クラウスは少しばかりの笑顔を浮かべる。
シリウスが再び王都へ連絡を入れると、クラウスは各隊に残弾の確認等をさせ、進軍の準備を整える。
三国連合、エルラフィア軍共に快勝。だが、まだこれは序盤に過ぎない。
エルラフィア軍が勝利を収めた頃、国境を越え魔道大国メルドマリューネに入った三国連合は、人とモンスターの混成軍と対峙していた。
エルラフィア軍が、人命を救いつつ勝利を収めるには、かなり困難な状況が待ち受ける。そして、ペスカ達もメルドマリューネの領土に足を踏み入れる。
佳境を迎えつつある戦い。ペスカ達の進撃が始まる。
メルドマリューネの軍を一層したサムウェル達は、メルドマリューネ国境へ向けて軍を進めていた。
モーリスとケーリアの部隊が先陣を切り、後方に位置するサムウェルが指揮をする。そんな陣形を取っていた。
メルドマリューネの国境に近付くと、モーリスは部隊を止める。その意図は、直ぐにケーリアとサムウェルにも伝わった。そして、通信機を使いモーリスは二人に連絡を取る。
「ケーリア、お前も気が付いただろ?」
「あぁ。瘴気が濃くなっているな」
「瘴気? やっぱりかよ。メルドマリューネは、もう人間の住む場所じゃ無くなってるな」
「悪神の仕業であろうな」
「サムウェル。どうする? 軍を引くか?」
「引いてたまるかよ! ただ、軍は国境線を守るだけでいい」
「なるほど。サムウェル、お前は相変わらず面白い」
「ケーリア、面白がっている場合か?」
「面白いだろう? 地獄へは三人だけで行くと言うのだぞ!」
「確かに、俺達だけの方が暴れやすいな」
「まぁ、老人二人は俺の後に着いて来れば良いぜ」
「馬鹿にするな、サムウェル!」
「お前をモンスター共と一緒に、この大剣で薙ぎ払ってくれる」
「おぅおぅ、勇ましねぇ。それじゃあ一丁、暴れようじゃねぇか」
「「おう!」」
国境沿いには濃密な瘴気が漂い、草木は根こそぎ枯れていた。そして、国境沿いを守るのは兵士ではなかった。正確に言えば、かつては兵士だった者達だろう。
人らしさと言えば、二足歩行で立って歩く事位かもしれない。容姿は醜く歪んでいる。体は二倍程に膨れ上がっている。異形と成り果てた化け物が、列をなしていた。
そこに加わるのは、かつて虫や動物だったもの達だ。同じ様に変貌を遂げ醜い化け物と化している。
如何にエルラフィア軍が、メルドマリューネ兵の洗脳を解く技術を確立しても、そこまで変化していては息の根を止めるしか救う方法は有るまい。
「お前等、よく聞け! 体中にマナを張り巡らせろ! 直接、瘴気を吸い込むなよ! お前らも化け物になっちまうぞ!」
サムウェルは、警告するかの様に声を大にする。それは、直ぐに軍全体へと伝わる。目の前に立ちはだかるのは只の人型ではない。モンスターなのだから。
「ペスカ殿にも、この情報を伝えておけよ」
「はい、閣下」
三国連合から情報が伝わり、ペスカは『魔攻砲の再調整』や『浄化の魔法を籠めた魔弾』等の準備を進めた。そして各所へ連絡を取り、様々な指示を出した。またペスカは、グラスキルスの間諜部隊から入手した、メルドマリューネの地図を入力しナビを完成させる。
大きなライン帝国を、冬也、空、翔一が交代で運転し車は北上する。そしてエルラフィア軍がメルドマリューネ軍を壊滅させたほぼ同時刻に、メルドマリューネの領土に侵入を果たした。
国境を超えてからは、翔一が探知で、モンスターの分布状態を確認し、スクリーンに投影する。そして冬也は、モンスターを避ける様に車を走らせ、王都を目指した。
ペスカ達の目的は、王都にいるだろうロメリアである。極力余計な戦闘は避けて、王都へ直行するのが、最優先事項である。これは、事前の打ち合わせでも、サムウェルやクラウス達と確認した事項でもある。
ただ、ここで大きな問題が立ちはだかる。
メルドマリューネに人は存在しないだろう事。それを放置すれば、幾ら首謀者を倒した所で、その存在は土地を穢し続けるだろう。
そもそも大局的には、これ以上の死者は不要なのだ。大陸中央部に限らず、大陸東部、エルラフィア王国以南で、どれだけの死者が出たか。
人間もまた、この世界の一部だ。マナの調和を保つ一因であるのだ。これ以上、死者が増えれば大陸を循環するマナは乱れ続け、崩壊の一途を辿るだろう。
ペスカの予想を遥かに超える速さで、ロメリアは対応して来た。
元々、アーグニールやグラスキルスで、モンスターが発生していたのだ。メルドマリューネに大量のモンスターが居てもおかしくはない。それでも、人が存在する可能性に賭けた。救える命が有ると信じた。
しかし、誰も救えない。
もう、殺すしかない。
「やっぱり、倒して行くしかないね」
「この数をかい?」
「そうだよ。モーリス達だけに任せるのは、流石に酷だしね」
「ペスカちゃん。あそこまで形が変わったら、元には戻らないの?」
「流石にね」
「なぁペスカ。メルフィーさん達は、何とかなったんだろ?」
「あれは例外中の例外だよ」
もしかすると、メルフィー達の様に僅かばかり人間性を残した者が、存在する可能性はある。それなら救えるかもしれない。しかし、その可能性は零に近かろう。
考えれば残酷な話しだ。
メルドマリューネの民は、生まれながらに洗脳を受け、命令に従って生きて来た。自らが判断して行動した事は一度もない。そんな者達が、人である事すら失わされたのだから。
ただ、例外が有る事も知っている。ミノタウロスだ。彼等は姿を変えられた元人間だ。それでも彼らは、日本人よりも遥かに穏やかで、平和を愛する種族なのだ。
それを知る空と翔一は、中々諦めようとしなかった。
「ねぇ、ペスカちゃん。浄化の魔法を使ったら、あの人達はミノタウロスさんみたいにならないかな?」
「う~ん、可能性は零ではないよ」
「なら、やってみないとね。その為に、用意しておいたでしょ?」
「全く。空ちゃんは聖女様だね。戦争が似合わないよ」
「それは君もだよ、ペスカちゃん」
「それなら早く実験してみよ。それで、エルラフィアって国に教えてあげた方が、良いんじゃない?」
「うん、まぁそうなんだけど。あっちとこっちじゃ、状況が違うからね」
「どういう事?」
「あっちには、まだ救える命が有る」
「兵士がモンスター化してないって事?」
「これじゃあ時間の問題だと思うけどね」
ペスカは、空と翔一の二人を交互に見ると、やや真剣な面持ちで話しを続ける。
「これは、確立の低い賭けだよ。でも、空ちゃんの言う通り、やってみる価値は有る。だから、先ずは鎮静化。その後にリセットくんと植え付けくんで治療する」
運転しながら聞き耳を立てていた冬也は、最後だけ理解出来た様で、軽く頷いていた。それを見たペスカ達は、緊張が解れたのか軽い笑い声を上げた。
比較的モンスターが少ない場所で、ペスカ達の実証は開始される。
実験可能な集団を見つけて近づくと、ペスカが周囲をスクリーンに拡大投影する。そしてモンスターの集団をめがけて、空が魔攻砲を放つ。
この時に、空はオートキャンセルを使用しなかった。もし、オートキャンセルの影響でモンスターが鎮静化し、僅かばかりの人間性を取り戻したとすれば、空でなければ再現性が無くなる事を意味するからだ。
魔法を受けたモンスターは、昏倒して倒れ伏す。そして、直ぐには意識を取り戻さない事を確認すると、第二射を発射する。
これにより、理論上では記憶の消去と植え付けが可能になる。ただ、モンスター化した兵に効果が有るか否かは、やってみないとわからない。
少し経ってから、ペスカと冬也は倒れた元兵達に近づいた。翔一は万が一に備えて、ライフルで狙撃の構えを崩さない。
冬也は倒れた元兵士の一人を起こす。目を覚ました兵は、割ける程に大きく口を開き、冬也に噛みつこうとする。
「お兄ちゃん!」
「わかってる」
冬也は神気を少し解放し、起こした元兵士を吹き飛ばす。そして神剣を持って、完全に意識を絶った。
それを何度か繰り返した後、ようやく欲しかった反応が見えた。
「う、うう」
「わかるか? おれがわかるか?」
「あなたは? それにここは?」
「ここは危ねぇ。直ぐに周りの奴等を避難させなきゃいけねぇ」
元兵士達は困惑している様子である。安全を確認すると、ペスカは元兵士達に自分の故郷や仕事など幾つかの質問等を行った。
記憶の書き換えが出来ているかの確認である。それと同時に、記憶の書き換えによる異常が発生していないかも、確認する必要がある。
思考能力、運動能力に異常は見られない。視神経等の末梢神経にも、異常は感じない。うつ、抑うつ等の精神異常も感じられない。記憶の定着も問題は無さそうに見える。
総合的には、生活上での異常は無いと思われる。何よりも、元兵士達からは攻撃の意志を感じられない。
完璧とは言えない。姿は人間ではないし、治せる確立はかなり低い。だが、決して不可能ではない事を立証した。
ペスカは元兵士達に、ここが危険で有る事を教え、南への避難経路を伝える。説明を終えると車に戻り、エルラフィア王都とグラスキルス王都に、魔法式と実験結果を報告した。
報告を受けたエルラフィア王都では、ペスカの実験とは別にマルスが捕虜の記憶植え付けを開始した。
マルス達、エルラフィアの住民をサンプルにした記憶を植え付けた為、実験結果は良好。元兵士達は、自らをエルラフィア王国の民と思い込んでいた。いずれ、行動療法等の継続治療が、必要になるかも知れない。
モンスター化してない兵士については、充分な成果を上げる目途がついた。
勿論ペスカは、元メルドマリューネ軍の兵士達が、後々記憶齟齬による、何等かの弊害が起こる可能性を示唆している。
エルラフィアの研究所では、引き続き経過観察を行い、随時情報を共有する体制を整えた。
マルスの実験成果を受け、グラスキルス王都でも、捕虜の記憶植え付けが開始される。エルラフィア王国では、兵站の搬送と合わせて捕虜の王都輸送が始められた。
☆ ☆ ☆
「残酷だよねぇ。そうは思わないかい?」
「我が国の民をあの様に仕立て上げたのは、貴様だろ!」
「あれはあれで、可愛いじゃないか」
「馬鹿馬鹿しい」
「その一言で切り捨て、君も相当られるならに狂ってるね」
「それがどうした!」
「いや、あの小娘も相当なもんだと思ってさ。君もそうは思わないかい?」
「あれは、元々ああいう奴だ」
「ははっ。化け物に感情を植え付けた所で、人間には迫害される。種族を何よりも大事にする亜人なら、猶更だよね。例え見た目に似通う部分が有っても、誇り高い魔獣達には決して受け入れられない」
「確かにな」
「それでも生を強要する。それは酷く残酷で、とても傲慢な考え方だよね。あの小娘は、僕よりよっぽど邪悪だよ」
「あの様に姿を変えられても生きていけるのは、我が国だけだ。彼等は我が国の誇りだ」
「あぁ。その狂った考え方、僕は好きだよ」
それは、ペスカの報告に目を付けたクラウスの一言から始まった。
ペスカの報告を元に三国連合とエルラフィア王国で、作戦の変更が検討されようとしている。それは、モンスターについての対応だ。
報告を聞いた限りでは、この戦いだけでなく今後の対応についても変わるかもしれない。そんな内容だ。
「モンスターを正気に戻せる。これはこれからの戦場を変えるかもしれない」
「甘いぜ、クラウス殿。そっちは、未だメルドマリューネに入って無いから言えるんだ」
「サムウェル殿、余計な戦闘は減らせるんだぞ」
「馬鹿言うな! それ以上に手間がかかる。鎮静化は良しとしよう。その後の記憶植え付けってのも、考え自体は認めても良い」
「それなら、この作戦で進めても良いのではないか?」
「その、モンスターになった兵が元に戻る確立は? 戻らなかった奴は、冬也に噛みつこうとしたんだろ?」
「ペスカ様。成功の確立は如何ほどでしょうか?」
「良くて一割って所じゃない? あんまり期待は出来ないよ。サムウェルの言う通り、余計な手間がかかるだけ」
「ならば、生を全うさせる可能性が有るとしても、皆殺しにすると言うのですか?」
「そうは言って無いよ。これは戦争なんだよ。敵は殺さなきゃ、自分が殺される。そんな状況で敵の心配もするなんて事を、私は強制出来ないよ」
モンスターを鎮静化させる案は、一つの方法として上げられた。それが将来的にも有用になるであろう事は明らかだ。しかし、サムウェルは声を上げた。
「だけど、モンスターはモンスターだ。殺しちまった方が良い。それに、実証実験がしたければ別の機会にしろ!」
「何を言う。この状況こそが、実証実験のまたとない機会なのだぞ! 平和になった世の中で、モンスターが生まれると思うのか?」
意見は衝突し、両者は引こうとしない。それもその筈、どちらの言い分も正当性は有る。
今実験をしていた方が、将来的にはメリットは有るかもしれない。変わった姿形は、元には戻せない。しかし、元兵士ならば人間としての記憶を与え、生活させる事が可能になろう。ただ、昆虫や動物に関して言うならば、元の生態系に戻すのは早計かもしれないが。
それでも、余計な死者を減らす事にはなる。
ただ、僅かばかりの可能性に期待して、記憶の定着を確認する。しかし、少しでも判断が遅れたら自軍に犠牲が出る。
ましてやメルドマリューネ内は、鍛えた兵士でも作戦行動が困難と思える程の瘴気に満ち溢れている。そんな環境の中で余計な行動で命を削る事は避けたい。
「メルドマリューネは、もう人の住める場所じゃねぇ。地獄だ。当然、そんな所に大事な兵を向かわせられねぇ」
「クラウス殿。それはサムウェルに同感だ。」
「ペスカ殿が地獄でも無事なのは、空殿の力が有ってこそだろうな」
「いや、もしかしてあんた達だけでメルドマリューネに突っ込むって事? 馬鹿な事を言うな! それに、モンスター化した兵士は、そっちにも向かってるんだよ!」
「だから、皆殺しにするんだよ」
「国境沿いならば、それ程まで瘴気は濃くあるまい。こちらも、国境領ではかなり瘴気が立ちこめている。それでも、作戦行動には支障はない」
「それなら助けるのは、モンスター化してないメルドマリューネ兵だけにしとけ」
「残念ながら、それが落としどころか……」
クラウスとて理解している。戦場で敵に配慮するなど、愚の骨頂であると。
しかし、可能性は捨てきれない。それだけ魅力的な結果なのだ。少なくとも、彼等メルドマリューネの人間は、人としての自由を捨て去られて来た。
それがモンスターに変えられ、真の意味で人ではなくなったのだ。それを救う方法が有るならば、その可能性に賭けてみたいというのは、本音であろう。
それに、正常化する可能性を高める事が出来るなら、今後モンスターが発生した時の対応が変わる。
「何もメルドマリューネの兵を皆殺しにするって訳じゃねぇ。救える命だってある。俺だって、モンスター化した奴等が正気を取り戻すなら、それに越した事はねぇって思う。だけどな」
「もうわかった。貴殿の作戦に従おう」
「クラウス殿……。本当にそれで良いんだな? あんたはあの国に少なからず思い入れが有るんだろ?」
「それとこれとは別の話しだ」
「ならば、話しは決まりだ。ペスカ殿、あんたも余計な戦闘は避けろ。どうしてもって時は、鎮静化だけにしておけ」
「わかったよ」
それから、サムウェルは再度作戦について告げた。
三国連合とエルラフィアの東西で、メルドマリューネの軍を引き付ける。そして手薄になった南側から、ペスカ達が王都に向けて進軍する。
シンプルな作戦だ。ペスカ達が邪神ロメリアに対抗する鍵なのだ。先ずはペスカ達が王都に着かなければ、何も始まらない。
作戦会議が終わると、エルラフィア軍は再び進軍を開始する。
魔攻砲を大量に用意したエルラフィア軍は、メルドマリューネの軍を国境沿いまで押し戻していく。そして、国境沿いを守る様に展開した。
同じ様に東では三国連合が国境沿いを守り、モンスター達を一気に鎮静化し、仮の記憶を植え付けて行く。
必然的にメルドマリューネ軍は、西と東に集中し始め、王都付近の防衛が薄くなっていった。
メルドマリューネ側へ追い打ちをかける様に、王都に暴風雨が吹き荒れる。戦況は好転を見せ始めていた。
東西から攻められ、メルドマリューネ軍は次々と敗れ去る。
自ら考える事を放棄し、ただ命令に従い行動するだけのモンスター達に、臨機応変な対応は取れない。
更にメルドマリューネ首都では、引っ切り無しに続く暴風雨の影響で、各地の状況が判然としない。
クロノス・メルドマリューネは、戦況が判らない状況と、襲い続ける神の襲撃に、歯噛みする思いでいっぱいだった。
「くそっ。ロメリア! 奴らをどうにか出来ないのか?」
「今、僕が出てったら、神同士の戦争になるよ。それでも良いなら、奴らを皆殺しにしてあげるよ。その代わり、この大陸が荒野になっても、知らないよ」
「ふざけるな! 人間は貴様の遊び道具では、無いのだぞ!」
「遊び道具だよ。君だって、似た様な事をしてるじゃないか。こんな広い国で、お人形遊びをね」
「馬鹿を言うな! 私は争いの無い世界を目指して、今日までやって来たのだ! 人間は世界の害悪だ! だから貴様みたいな邪神が生まれるのだ!」
「そもそもさぁ、そこが違うんだよ。誰しも欲や怒りは有るんだよ。君がいま感じているのは、怒りじゃないのかい? 君の理想は、欲じゃ無いと言い切れるのかい? 争いの無い世界? 馬鹿馬鹿しい! 君は知っているんじゃ無いのかい? 世界の調和を図る為に、神が戦争を起こしている事をさぁ」
クロノスは、誰よりも理解している。それだけに、邪神ロメリアに言われた言葉を、腹立たしく感じた。
「もう、止めるかい? 頭を下げて、許しを請うかい?」
それは出来ない。もう止められない。平和の為に作り上げた国が、平和を望む者達の手によって、壊されようとしている。それは許されない。それだけは許してはいけない。
「君や僕にとっては、ほんの僅かな期間だったけどね。二十年の平和は、あっと言う間だったね」
「貴様がどの口でほざく! 全ての元凶だろうが!」
「君もだよ、クロノス。君は奴らに取って、悪の親玉だよ」
三百年をかけて、心血を注いで国を作り上げた。その間に、何度も理不尽を感じた。信じていた人間に裏切られ、欲に溺れた人間に国を攻められ、神の手により、戦をさせられた。
クロノスは、許せなかった。
神の勝手で戦争を起こされて、愛する民を失いたく無かった。人間達の勝手な暴力で、愛する民達が傷つくのを、見ていられなかった。
だから、自国の民から自我を奪い、自ら考える事を放棄させた。そしてクロノスの命令しか聞かない、感情の無い人間達を作り出した。
クロノスの巨大なマナと、魔法の知識が有れば、神の意志に支配はされない。自らが盾となり、自国の民を守る事をクロノスは選んだ。
何も奪う事が無い世界、何も奪われる事が無い世界。人間は等しく国の為に尽くし、子を成して次の世代を作り出す。自由は無いかも知れない。その代わり安全が保障された国、それが魔道大国メルドマリューネである。
だが、一番愛する家族が、自分の下から離れていった。ただの小娘の下に走って行った。クロノスが本当の意味で、変わった瞬間だったのかも知れない。
ペスカが憎い。その想いは、邪神ロメリアに利用された。抵抗をしていたつもりでも、少しずつ侵食されていた。
二十年かけてゆっくりと、クロノスに気がつかれない様に、邪神ロメリアの侵食は進んでいた。それこそ、蝸牛の歩みと言ってもいいだろう。
気がついた時には、取り返しがつかない。
思考自体に、自らの意志が有ったのか。
囁かれる声に、身を任せているだけではないのか。
この怒りはいったい誰の物なのか。
何に怒り、何を守ろうとしてきたのか。
何の為に、命を賭して抗って来たのか。
もう何もわからない。
もう何も感じない。
気がついた時には、戦争が始まっていた。
気がついた時には、終わりが始まっていた。
そう、気がついた時には、取り返しはつかないのだ。
「もう、堕ちちゃいなよ、クロノス! 一緒に世界を滅ぼそうよ」
邪神ロメリアの一言は、僅かに残ったクロノスの自我を消し去るキーワード。神すらも干渉するのは厄介であろうクロノスを、手に入れる為の最後のきっかけ。
クロノスは頭を抱え込み、大声で悲鳴を上げる。悲鳴が上がってから、数分が経過する。やがて悲鳴が収まり頭を上げたクロノスの目は、濁った色になっていた。
二十年の時を経て、クロノスの洗脳は完成した。そしてクロノスは、立ち上がり呪文を唱えた。
魔道大国メルドマリューネでは、軍隊だけが戦力では無い。国民皆兵であり、全ての住民が等しく戦う力を持つ。
その呪文は、終焉の鍵である。
「立ち上がれ、我が戦士達よ。その命を持って、敵を屠れ」
全ての国民がモンスターになった訳ではない。王都に住まう民は、瘴気に巻き込まれない様に避難させていた。その住民にさえ、戦う命令を出した。それは、最悪の命令でもあった。大切にしてきた者達が、自ら命を対価に敵を倒す命令を下したのだ。
メルドマリューネ領内で破竹の勢いで連勝を続け、先行を続ける三将は、最初の危機に遭遇する。その異変に、いち早く気が付いたのはモーリスであった。
一般人と思われる者達が戦場に現れ、それが全て異常な程にマナを溜め込んで突撃してくる。敵兵はマナを膨れ上がらせ、モーリスの傍に近寄る。自分の体ごと、モーリスを巻き込む様にして爆発した。
咄嗟に魔法で障壁を張って難を逃れたモーリスだが、次々と襲い来る敵兵に対し、いつまでも持ち堪えられる訳が無い。
モーリスは、力の限り叫んだ。
「サムウェル! ケーリア! 奴ら自爆するぞ!」
モーリスは剣にマナを込めて、敵兵のマナを切り裂こうとした。しかし剣が、敵兵のマナに触れた瞬間に、爆発が起こる。モーリスは、そのまま剣を振り回して、爆発ごと切り払い難を逃れる。
やむを得ずモーリスは、剣から光刃を飛ばして、敵兵が近づく前に爆発させた。それとて、焼け石に水である。
マナを切る事や、剣から光刃を飛ばす等は、限られた者しか出来ない高等技術である。次々と自爆目的で突撃してくる敵兵に、三将は足止めを喰らう
東西の国境沿いでも、その事態は起きていた。
魔攻砲で遠距離攻撃するエルラフィア軍に、直接の被害は無かった。しかし砲撃が敵軍に着弾すると、敵兵は爆発していった。
「くそっ、何が起きている」
「ルクスフィア卿。グラスキルス側から、連絡がありました。あれは、自爆攻撃のようです」
「マナの異常を感じたかと思えば、とんでもない事をする。兄貴がやらせたのか? 信じられん!」
「あれでは、犠牲者を出さない訳にはいきませんよ」
「いや、マナキャンセラーを撃たせろ。それで、あれば効果が有るはずだ」
「わかりました、ルクスフィア卿」
エルラフィア軍は、マナキャンセラーと記憶強制リセットくんを駆使して、メルドマリューネ軍に対抗する。クラウスは急いで通信を開き、三国連合、ペスカ達に情報を共有した。
「何て事すんの、あいつ。よりによって自爆特攻なんて」
「ペスカ様。マナキャンセラーは、有効のようです」
「そっか、サムウェル聞いてる? ゾンビ用に作らせた兵器を、早く現地に運ばせなさい」
「わかった、ペスカ殿。急いで運ばせる。それまで、こっちは一次撤退だ」
だがその時に、乾いた様な笑い声が、通信回線から聞こえて来る。ペスカと冬也が良く知る笑い声は、通信回線が繋がっている、全ての箇所で響いていた。
「ハハハハハ。パーティーは楽しんでくれているかな? もっと遊んでくれないと、困るなぁ。早くおいでよ、ペスカに冬也。潰してやるのを、楽しみにしてるんだからさぁ」
「ロ゛メリア゛~! あんた、何してんのよ!」
「遊びだよ。君達が遊んでくれないから、人間で遊んでるんだ。早くおいでよ。殺されにさぁ」
「あんたねぇ!」
車内には、通信の声が響いている。その声に反応する様に、神気が膨れ上がる。
「上等だてめぇ! 直ぐにぶっ殺してやるから、待ってろ糞野郎!」
冬也の怒鳴り声と共に、神気で車がビリビリと震え、通信回線は耐えきれずに途絶えた。
「ちょっと、お兄ちゃん。落ち着いて。そんなに神気出さないで。通信が切れちゃったでしょ」
「ごめん、ペスカ。でも、許せるのか?」
「許せないよ。でも、戦う場所は、ここじゃ無いでしょ」
ペスカは、冬也を宥めた。だが、ペスカとて怒りのピークは、とうに越えている。しかし、ロメリアを倒す為に、怒りを静めていた。
ラフィスフィア大陸中央部の人々をゾンビに変えて、更にミサイルで各地の人々を殺していった。これが許せるはずが無い。
更にはメルドマリューネの民まで巻き込んでいる。奴にとっては遊びに過ぎない。人の命など、ただのおもちゃに過ぎない。
クロノス・メルドマリューネの洗脳完了と共に、完全に魔道大国メルドマリューネは、邪神ロメリアの手に落ちた。そして、ようやく邪神ロメリアが、表舞台に姿を現す。だがその登場は、世界を最悪へと導くものであった。
明日の未来を勝ち取る為、真の戦いが始まろうとしていた。
クロノス・メルドマリューネの洗脳完了。それは、魔道大国メルドマリューネに大きな影響を与える。
神の恩恵が届かない北の大地で、魔法に全てを管理された国。国境沿いでは瘴気が濃く、大地が穢されていったが、王都周辺はクロノスの力により平和が保たれていた。
しかし、クロノスの守護が無くなった今、徐々に大地はロメリアの色に染まっていく。
徹底管理されていた農園からは、緑が消えていく。都市では高い濃度の瘴気におかされ、建物が崩れていく。
街や村から様々な物が消えていく。
土地は汚泥の様に穢れ始め、強い悪臭を匂わせる。川底にはヘドロが溜まり、水はスライムの様に滑っていた。木々は、根からの栄養供給を諦め、独立して歩き出す。空気は澱み、吸い込めば人体に害を与える。
元々荒れた大地で有る。魔法で管理していたクロノスが消えれば、豊かさを維持出来なくなる。そして、邪神ロメリアの神気が、土地に流れ込んでいく。
それは、自然界に流動するマナの異常をもたらせ、モンスターの異常発生を促す。相乗的に事態は、悪化していった。
影響は、人間にも及び始める。
クロノスが避難させていた王都の住民達は、今も国境沿いに向けて侵攻中である。そして、その全てが醜悪な姿に成り果てた。
牙が生え、爪が鉄の様に硬くなり、皮膚は鱗の様に頑丈になっていく。その姿は、ドラグスメリアに住む、ドラゴニュートに酷似していた。
姿を変えても、住人達はロメリアの命令に縛られ、三国連合軍、エルラフィア軍を探し歩き続ける。
クロノス・メルドマリューネは、長い時をかけて荒れた北の地を緑豊かな大地に変えた。その三百年の軌跡は、一柱の邪神によって踏みにじられていった。
洗脳により、クロノスは悲しみを感じない。もし、洗脳をされていなければ、間違いなく邪神ロメリアを許さなかっただろう。邪神ロメリアは、クロノスが半生を捧げ作り上げた国を、粉々に打ち砕いていったのだから。
そして、王都で暴風雨を降らせていた、二柱の神々は、変わりゆく状況に顔色を変えた。
「雨の、遊んでる場合じゃ無くなったぞ!」
「あぁ、風の。早く、他の神々を集めよう。もう、ここはロメリアの領域だ」
「そうだな雨の。このままだと、大陸中がマナ異常になる。フィアーナだけじゃ足りねぇ。ラアルフィーネやミュールにも、声をかけるぞ。大地の浄化を急がねぇと」
二柱の神々は他の神々を呼ぶ為に、姿を消した。
城には、無表情で玉座に座るクロノスの姿と、高笑いを続ける邪神ロメリアの姿だけが残される。
「笑えるね。馬鹿な人間達に、馬鹿な神々だよ。僕がどれだけ準備をしてきたと思ってるんだい。なあ、クロノス」
邪神ロメリアはクロノスを見やるが、直ぐに天井付近に視線を戻す。
「あぁ、そうか。感情は消しちゃったんだっけ。君と同じ事をしてみたんだけど、案外つまらないもんだね。やっぱり遊び相手は、歯ごたえがなきゃね。あの小娘達の様にね」
邪神ロメリアの高笑いは続く。
「何をしても、もう遅いよ。フィアーナだって止められはしない。この大陸は終るんだ。僕の勝ちだよ。ハハ、ハハハ、ハハハハハ」
一方クラウスは、空気の中に混じる違和感を感じ取り、エルラフィア軍の後退を命じた。
「全軍、後退せよ! 近づく敵兵は、全員射殺せよ」
「ルクスフィア卿、一体どうしたのです?」
「メイザー卿、空気中に違和感を感じます。これは二十年前の再来。いや、もっと酷いかも知れない」
「もしや、マナの異常化が空気感染するとでも?」
「そうだ。軍の指揮は、メイザー卿に任せる。我々は国境を死守だ」
「わかりましたが、ルクスフィア卿はどうされるのです? まさか単独で、進まれるのでは?」
「その通りだ。私は決着を付けなければならない。陛下には、ご了承頂いている」
「危険だ! その体で、何が出来るのです! 帝国でどれだけの傷を作ったか、ご自分でわかってるでしょう!」
「それでも、身内が原因で起きた事だ。私が片付けるのが義務だ」
シリウスはクラウスの行く手を塞ごうと、両手を掲げる。シリウスが義姉と慕うペスカが、メルドマリューネの民を救おうとした様に。クラウスは戦いの先に必要な人材なのだから。
しかし、クラウスは譲らなかった。実の兄が関係しているなら、その蛮行を止めるのは家族の義務なのだから。
この戦争の意義を、両者は理解している。何の為に戦うのか、それは大陸の平和を守る為の戦いである。それ故、神に反抗した。
クロノス・メルドマリューネは、確かに民を傀儡にした。しかし、大陸中で認められている事実が有る。あの国には戦争が無い。あの国では暴動が起きない。あの国は豊である。
悪政か否か。結果だけを見れば、これだけ理想的な国はあるまい。国や領地を治める者からすれば、これだけ楽な統治はあるまい。
少なくとも、人間を害悪だと公言するクロノス・メルドマリューネが、どれだけ民を愛していたかは、周知の事実なのだから。
魔道大国メルドマリューネの兵に異常が起きたとすれば、それはクロノスの意志ではない。クロノスは、自爆攻撃を兵に命じない。豊かな自然を犠牲にしない。
それは、全て邪神ロメリアによるものなのだ。
クラウスの瞳は告げる、「兄を助けて来るから後は任せる」と。実の兄弟を失ったシリウスは、終ぞ止める事は出来なかった。
そしてクラウスは、単独で自走式荷車を走らせる。せめてと、シリウスはクラウスの単独行動を、ペスカに報告した。クラウスの本懐が遂げられる様に。
「待っていろ兄貴。邪神に操れてるなら、私が必ず解放してみせる」
そしてペスカ達は車のスピードを上げていた。変わりつつある景色に、焦りの気持ちが募る。
「翔一君。極力ハッチから頭を出さないでね。どうしてもの時は、浄化の魔法を身体中に纏わせるの。良い! そのまま空気を吸ったら、危険だよ」
「わかったけど、空ちゃんは良いのかい?」
「空ちゃんのオートキャンセルは、この程度のマナ異常では影響ないよ。危ないのは、翔一君だけ」
「わかった。注意するよ、ペスカちゃん」
翔一が頷いた所に、運転をしていた冬也が会話に割り込む。
「ペスカ。クラウスさんは、単独で向かってるんだろ。早く回収しないと」
「わかってるよ、お兄ちゃん。クラウスの奴、手間かけさせて、もぉ」
北の大国は終りを告げ、混沌の大地に変わる。クラウス、ペスカ達、神々、人間達、色々なものを巻き込んで、終幕が始まる。
勝利がどちらの手に落ちるのか。それは、神すらわからぬ未来の行方だった。