「ってな訳で、クラウスと戦って。お兄ちゃん」
「どんな訳だよ、ペスカ。意味がわかんねぇよ」

 珍しく早起きしたペスカから、起き掛けに妙な事を言われ、冬也は困惑していた。そして朝食を済ませた頃には、中庭に連れて来られた。
 中庭では、既にクラウスが仁王立ちをしており、冬也次第でいつでも戦える状態になっていた。

「あのさ、何だよこれ。意味がわかんねぇよ」
「私と勝負し、冬也様が勝ったら護衛を付けない。そういう事です」
「はぁ? 何のだよ。馬鹿じゃねぇのか、クラウスさん」
「ペスカ様が、戦うと決めたのです。変更は有りません」

 全く会話が成り立たない。戦いの前に闘志を漲らせるクラウスは、それ以上は口を開こうとしない。仕方なく冬也は、シルビアを見やる。だが、シルビアは笑みを浮かべているだけで、口を挟む様子は無い。ペスカに視線を向けると、やる気に満ちた表情で鼻を膨らませている。
 溜息をついた冬也は、ペスカに軽い拳骨をみまい状況を説明をさせた。

 本日ペスカと冬也は、メイザー領に向かって出発をする。その道中に、護衛を付けるか否かで、ペスカとクラウスが揉めていた。そして、冬也が勝てば護衛をつけない事になっている。

「いつ、どこに、何しに行くって? 何にも聞いてねぇぞペスカ!」
「良いんだよ、そんな細かい事は! お兄ちゃんは、私と二人きりになりたくないの?」

 理解出来ない状況で、冬也は眉をひそめる。そもそも冬也の中では、ペスカの安全が最優先される。護衛が付くというなら、その方が良いと言うに決まっている。
 このままでは説得出来ないと感じたペスカは、ウルウルした瞳で上目遣いに冬也を見つめた。

「護衛付けてくれるんなら、安心じゃねぇのかよ」
「やだよ。だって四六時中、監視されるんだよ。ストーカーも真っ青だよ。お兄ちゃんは、それで良いの?」
「まぁ確かに。うぜぇな!」

 あっさり説得される冬也を、ペスカは『チョロい』と心の中で舌を出していた。結論が出たと確信したクラウスは、冬也に言い放つ。

「では、勝負ですね。準備はよろしいか、冬也様」

 クラウスは、ペスカに師事して魔法の修行を行った、この国でも高名な魔法使いである。剣の腕も、並みの兵士では遠く及ばない。対して冬也は、魔法を覚えて数日のひよっこである。勝敗は既に決していると、クラウスは高を括っていた。

「特別に、私は魔法を使わず、剣だけでお相手しましょう」
「おぉ、余裕があるじゃねぇか」
「それとも貴方に合わせて、素手でお相手しましょうか?」
「そりゃあ、ハンデを貰いすぎだろ」

 だがクラウスの言葉が、冬也の闘志に火を点ける結果となった。そしてクラウスは数分後に、知る事となる。ペスカの眼前では、冬也は決して負けない事を。

「頑張れお兄ちゃん~。クラウスなんて、やっつけろ~」

 ペスカはお尻を振りながら、謎のダンスで応援する。冬也は少しペスカを見やると、呼吸を整えクラウスへ向けて拳を突き出す様に構える。対するクラウスは、鷹揚に剣を構えていた。

 この時、クラウスは侮ってはいけなかった。元々冬也は、人並み外れた身体能力と、卓越した体術を備えている。この所の厳しい訓練の中で、魔法と体術を使った戦い方を物にしつつある。

「はじめ!」

 ペスカの合図で、冬也は素早くクラウスの死角に入り込む。そして、足音と気配を消しながら間合いを詰める。それは、武術独特の縮地法という歩行技術だ。
 冬也を見失ったクラウスは、少し慌てた。しかし、直ぐに冷静を取り戻すと、一歩後ろに下がり冬也の攻撃に備えた。

 冬也はクラウスの行動を読んだかの様に、後退ったクラウスの背後に回り込む。そして、勢いのまま蹴りを放った。
 冬也の蹴りはクラウスを捉えたかの様に思えた。次の瞬間だった、クラウスは勢いよく振り向くと剣で冬也の足を振り払う。
 足を振り払われた冬也は、バランスを崩しそうになり少しよろける。その隙を見逃さず、クラウスは足払いをかける。その足払いをなんとか冬也は躱し、クラウスとの距離を取った。

「まさか、そんな技を使って来るとは、些か見くびっていた様ですね」

 冬也は、呼吸を整える暇をクラウスに与えない。再び縮地法で、クラウスとの間合いを詰める。

「同じ技が、通用するとでも」

 クラウスは、切り払う様に剣を横一線に振るう。しかし、冬也は咄嗟にかがんで、クラウスの剣を避けると、今度は冬也が足払いを仕掛けた。
 クラウスは冬也の足払いを、後ろに飛んで避ける。その瞬間にクラウスは、やや体勢を崩す。その隙を冬也は見逃さない。
 後ろ向きに飛んでいるクラウスに、冬也の鋭い突きが襲いかかる。ぎりぎりで、冬也の突きを受けきり着地をするクラウスだが、それで冬也の攻撃は終らない。
 拳を受ければ、蹴りが飛んでくる。蹴りに意識を向ければ、拳が放たれる。怒涛の攻撃にクラウスは防戦一方になっていた。

 もしクラウスが、剣の達人であれば、戦況は変わっていただろう。冬也は、徒手での対人戦闘に慣れている。
 マンティコア戦で、冬也が慣れない魔法に頼ったのは、素手ではダメージを与え辛かったからである。元々高い戦闘技術を持った冬也が、魔法に慣れ始めれば、魔法を本職としたクラウスを圧倒するのは、自明の理である。

「もっと、本気だせよ。その程度の動きで、俺に勝てると思うんじゃねぇよ」

 冬也の言葉に、クラウスの表情から余裕が消え、今までに無い程の闘志が大きく膨れあがる。クラウスは凄まじい速さで、上段から剣を振り下ろす。まるで空気ごと切り裂く様な鋭い剣筋を、冬也は軽く受け流す。受け流されたクラウスの剣は、勢いを止められず深く大地を抉る。
 その瞬間にクラウスの、大きく開いた頭部の隙を目掛けて、冬也の蹴りがさく裂した。

 クラウスは、頭蓋を蹴られて吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。一瞬意識が遠のくクラウスだったが、直ぐに意識を取り戻すと、片膝立ちで剣を素早く構えた。しかし、クラウスが転がる間に、冬也は呪文を唱えていた。

「切り裂け、ジャック・ザ・リッパー!」

 視界を完全に遮るほど大量の風の刃が、クラウスに襲い掛かる。体勢が崩れたクラウスは、全て躱しきれず、幾つかの刃は身体を切り裂く。そして魔法を躱す事に集中しきったクラウスは、冬也の姿を見失う。その事にクラウスが気付いた時には、冬也の拳が目の前に有った。

「勝負ありだ!」 

 負けを認めざるを得ないクラウスは、無念そうに顔を顰めた。立ち上がると、大きく息を吐いてから呟く。

「流石、ペスカ様の兄君ですね。恐れ入りました」

 身体に幾つも切り傷を作ったクラウスに、シルビアが駆け寄り治療魔法をかける。そして、したり顔のペスカがクラウスに近づいて言い放った。

「だから言ったじゃない。お兄ちゃんを甘く見ない方が良いよって」
「仰る通りでした。申し訳ありません、冬也様」
「いや、こっちこそ。怪我させちまった」
「いいえ、これは私が未熟故。お気になさらず」

 互いに頭を下げ合う、冬也とクラウス。そんな二人を見てペスカがクラウスに問いかけた。

「それで、どうよお兄ちゃんは?」
「言うまでもございません。これだけやれるなら、多少の事で遅れは取らないでしょう」

 苦笑いを浮かべたクラウスが、ペスカに頭を下げる。クラウスの許可をもぎ取ったペスカが、はしゃいだ声を上げた。

「やったね、お兄ちゃん。二人旅だよ! 今の内に出発しちゃおう」

 ペスカが手で合図をすると、執事とメイド達が協力して、工場で見た自動運転の馬車を運んできた。既に準備をしていたのか、どんどん荷物を積み込んでいった。

「おいペスカ。まさか、これで行くのか? 動くのか?」
「硬い事言わずに。さぁ乗った乗った!」

 メイド達が荷物を積み込み終わる頃、冬也はクラウスから一本の剣を渡される。

「所で冬也様は剣の心得も有りますよね?」
「あぁ、よくわかったな」
「剣の受け流し方でなんとなくですが」
「といっても、見様見真似程度だけどな」
「それならこれをお持ちください。これは、前ルクスフィア伯の持ち物です。私に剣はあまり必要ありません」
「助かるよ。ありがとう、クラウスさん」

 冬也がクラウスに礼を言い馬車に乗り込むと、クラウス、シルビアが声を掛ける。

「ペスカ様、くれぐれもお気をつけ下さい」
「ペスカ様、冬也君、いってらっしゃい」

 自動運転の馬車は、ペスカのマナを吸収し走り出す。ルクスフィア領と隣り合うメイザー領に向かい、二人の旅が始まった。