国王の命を受け、シルビアはその日の内に、帝国へ向けて出発した。夕暮れにはカルーア領を抜け、夜半に国境門へ到着する。国境門で馬を変え、夜の道をひた走る。
帝国を馬で駆けるシルビアは、異変を感じていた。淀んだ空気、枯れ果てる木々、辺境領都に辿り着いた時にその異変は明確な形となって現れる。
そして馬を変える為に、領都に立ち寄る。そこでシルビアが見たのは、地獄そのものだった。
それは確か日本に滞在していた頃に、TVで見た事が有る光景である。人が人を喰らう。喰われて息絶えた死者は立ち上がり、他の生者を喰らう。
死者が喰らうのは、人だけでは無い。家畜も食料も草も木も、何もかも喰らいつくす。死者はひたすら獲物を求めて徘徊を続ける。
「な、何これ! まるでゾンビじゃない……」
呟いた瞬間、シルビアは死者達に気付かれる。そして死者達は、シルビアを喰らおうと迫って来た。
「清浄の光よ来たれ、エラーリア」
浄化の魔法が死者達に降り注がれる。死者達は一瞬たじろぐものの、歩みを止める事は無い。
「効いて無いの! くそ!」
シルビアには日本で蓄えた知識が有った。ゾンビなら浄化の魔法で倒せるはず。しかし、浄化の魔法が通じない。
「薙ぎはらえ、エアーカッター!」
シルビアは、風の魔法で巨大なかまいたちを起こす。死者達の首や胴を次々と刎ね飛ばしていく。首を無くしても、胴から上が無くなっても、使者達の歩みは止まらない。
現実は残酷である。映画やゲームの様に、頭を潰せば倒せる訳では無い。持てる知識は通用しない。
シルビアは恐怖した。
日本でゾンビ映画を見た時、この作品を作った者は、何て残酷な人間なんだろうと感じた。人間の悍ましい一面、科学の恐ろしい一面を垣間見た気がした。
それが現実に起こり得るとは思っていなかった。
「何? 何これ! どういう事なの?」
帝国で死兵の様に戦う兵士達を見た。しかし、あれはロメリアに操られていただけで、生きている兵士だった。死人が動くなど、この世界で見た事が無い。有ってはならない、生への冒涜である。
そしてこの現象は、起こり得る可能性を想起させた。
女神に聞かされた、地上に災いを起こしている四柱の神。そう、神であればこんな現象を引き起こす事は容易であろう。そうなれば、危惧していた帝国はどうなっている。最早、想像する余地もないかもしれない。
帝国にはシグルドがいた。エルラフィア王国を含む大陸の南部四国。そして帝国、ミケルディアにショールケールを含めても、シグルドに敵う者はいない。
そしてクラウスとシリウスが軍を率いて、帝国に向かっていた。エルラフィア最強の軍と、最高の指揮官が向かった。
この状況で連絡が取れないなど、有り得ない。もし有り得るとすれば、既に全滅している可能性だろう。
敵は神、そして倒しても蘇り増え続ける、死者の軍勢。敵うはずがない。
シルビアは発狂寸前であった。そんなシルビアを支えていたのは、ペスカに誓った約束だった。
守るのだ。人を、世界を、必ず守るのだ!
「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」
領都を焼き尽くさんとする巨大な炎が巻き上がる。死者を片っ端から焼き尽くしていく。領都中の死者を焼き尽くして、炎は消え去る。
「これで駄目なら、逃げるしかないわね」
焼き尽くされて死者は灰になる。灰は周囲のマナを吸収しながら固まり始め、人型を作っていく。
「嘘でしょ! マナを吸収してるの? なら、そのマナを利用させてもらうわよ」
それはペスカと共に、数多の戦場を経験したシルビアだからこそ、辿り着いた発想であろう。シルビアは意識を集中させると呪文を唱えた。
「地を司どる神に変わり命じる! マナよ、清浄なる地に還れ! 灰は大地に還り、新たな生を!」
シルビアの魔法で人型が崩れ去り、灰は土と一つになっていった。シルビアは片付いた事を確認すると、領都を確認して回る。炎の魔法は生きる者を対象にしていない。だが、生きている者は一人もいなかった。
シルビアは携帯していた通信機で、王都に連絡を入れる。死者が生者を喰らう前代未聞の状況であるが、理解してもらうしか無い。有りのままを国王に報告し、シルビアは帝都へ向かう。
急を要する事態である。辺境領で、これだけの異常事態が起きている。帝都ではどうなっているのか。そんな事は想像したくもない。
シルビアは焦り馬を駆る。前回の来訪では、境界門まで三日間を要した。しかしシルビアは、昼夜を問わず、睡眠も取らずに馬を走らせる。馬に治療魔法をかけて走り、一日足らずで境界門に到着する。
到着した境界門は固く閉じられていた。そしてシルビアが境界門の前に立った時、ゆっくりと門が開いた。
門から出てきたのは、クラウス、シリウス、メルフィー、セムス、トールの五名だけであった。五人は、肩を貸し合いながらフラフラと歩き、門から出て来る。それぞれが深い傷を負っている。目はくぼみ、頬がこけ、一見しただけで酷くやつれているのがわかった。
だがそれは、一つの事実の証明でもあった。
門から出て来たのは五人だけ。帝国の民、兵士、エルラフィアの兵士達。無論、攻め込んだと思われる隣国の兵達も、ここにはいない。
特にエルラフィア軍は、ペスカの考案した最新鋭の兵器を装備していた。それにも関わらず、五人の手には折れた剣があるのみ。
どれだけの戦場がこの先にあったのか。それは想像に難くない。領都の戦いでさえ、シルビアの心は容易く折れかけたのだから。
門を出たクラウスがシルビアに気が付く。駆け寄るシルビアにクラウスが問いかける。
「シルビア! 何故ここに!」
「陛下のご命令で、帝国の様子を見に来ました。何が有ったのですか?」
「帝国は終りだ。門の先は死者が生者を喰らう地獄だ。生きている者は誰もおらん。我等は兵も民も全て失った」
「近衛はどうしたのです?」
「近衛はフィロス卿と共に、講和調停に向かったのだ。そして莫大なマナの使用を感じた後に、死者の軍が攻めて来た」
「なんて事……」
「フィロス卿ほどの使い手がやられるとは考えたくないが、絶望的だろう」
「あのシグルド殿が……」
大規模な爆発が起きたのは、和平交渉を行っているだろう最中だった。爆発が確認出来た瞬間に、クラウスとシリウスは判断した。
交渉は失敗したのだと。
そこからは、更なる戦線の拡大に対応する為に、軍を国境沿いに展開させる。しかし、直ぐには三国が攻めて来る様子は無い。
加えて、和平交渉に指定された場所には建物の欠片も無く、近衛隊どころかシグルドの死体すら見当たらない。
ただ、悲劇はそこから始まった。
攻めて来たのは人間ではなかった。生気が無く、フラフラと歩く死体だった。それは、兵士を喰らい、死体を増やしていく。
同じ事が帝都でも起きていたい。内戦の際に命を落とした死体が立ち上がって、人を喰らい始めた。それは伝染する様に、加速度的に広がっていった。
帝都国内が動く死体で埋め尽くされるのは、そう時間が掛からなかった。燃やしても灰となって蘇る。周囲のマナを喰らい尽くし、大地は枯れ果てた。
剣が通じる相手では無い。ましてやマナが尽きれば、ペスカの兵器は使用が出来ない。五人は何とかこの状況をエルラフィア王に伝える為、ここまで歩いてきた。
クラウスから聞かされた予想以上の状況に、シルビアは崩れる様に膝を折った。
帝国を馬で駆けるシルビアは、異変を感じていた。淀んだ空気、枯れ果てる木々、辺境領都に辿り着いた時にその異変は明確な形となって現れる。
そして馬を変える為に、領都に立ち寄る。そこでシルビアが見たのは、地獄そのものだった。
それは確か日本に滞在していた頃に、TVで見た事が有る光景である。人が人を喰らう。喰われて息絶えた死者は立ち上がり、他の生者を喰らう。
死者が喰らうのは、人だけでは無い。家畜も食料も草も木も、何もかも喰らいつくす。死者はひたすら獲物を求めて徘徊を続ける。
「な、何これ! まるでゾンビじゃない……」
呟いた瞬間、シルビアは死者達に気付かれる。そして死者達は、シルビアを喰らおうと迫って来た。
「清浄の光よ来たれ、エラーリア」
浄化の魔法が死者達に降り注がれる。死者達は一瞬たじろぐものの、歩みを止める事は無い。
「効いて無いの! くそ!」
シルビアには日本で蓄えた知識が有った。ゾンビなら浄化の魔法で倒せるはず。しかし、浄化の魔法が通じない。
「薙ぎはらえ、エアーカッター!」
シルビアは、風の魔法で巨大なかまいたちを起こす。死者達の首や胴を次々と刎ね飛ばしていく。首を無くしても、胴から上が無くなっても、使者達の歩みは止まらない。
現実は残酷である。映画やゲームの様に、頭を潰せば倒せる訳では無い。持てる知識は通用しない。
シルビアは恐怖した。
日本でゾンビ映画を見た時、この作品を作った者は、何て残酷な人間なんだろうと感じた。人間の悍ましい一面、科学の恐ろしい一面を垣間見た気がした。
それが現実に起こり得るとは思っていなかった。
「何? 何これ! どういう事なの?」
帝国で死兵の様に戦う兵士達を見た。しかし、あれはロメリアに操られていただけで、生きている兵士だった。死人が動くなど、この世界で見た事が無い。有ってはならない、生への冒涜である。
そしてこの現象は、起こり得る可能性を想起させた。
女神に聞かされた、地上に災いを起こしている四柱の神。そう、神であればこんな現象を引き起こす事は容易であろう。そうなれば、危惧していた帝国はどうなっている。最早、想像する余地もないかもしれない。
帝国にはシグルドがいた。エルラフィア王国を含む大陸の南部四国。そして帝国、ミケルディアにショールケールを含めても、シグルドに敵う者はいない。
そしてクラウスとシリウスが軍を率いて、帝国に向かっていた。エルラフィア最強の軍と、最高の指揮官が向かった。
この状況で連絡が取れないなど、有り得ない。もし有り得るとすれば、既に全滅している可能性だろう。
敵は神、そして倒しても蘇り増え続ける、死者の軍勢。敵うはずがない。
シルビアは発狂寸前であった。そんなシルビアを支えていたのは、ペスカに誓った約束だった。
守るのだ。人を、世界を、必ず守るのだ!
「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」
領都を焼き尽くさんとする巨大な炎が巻き上がる。死者を片っ端から焼き尽くしていく。領都中の死者を焼き尽くして、炎は消え去る。
「これで駄目なら、逃げるしかないわね」
焼き尽くされて死者は灰になる。灰は周囲のマナを吸収しながら固まり始め、人型を作っていく。
「嘘でしょ! マナを吸収してるの? なら、そのマナを利用させてもらうわよ」
それはペスカと共に、数多の戦場を経験したシルビアだからこそ、辿り着いた発想であろう。シルビアは意識を集中させると呪文を唱えた。
「地を司どる神に変わり命じる! マナよ、清浄なる地に還れ! 灰は大地に還り、新たな生を!」
シルビアの魔法で人型が崩れ去り、灰は土と一つになっていった。シルビアは片付いた事を確認すると、領都を確認して回る。炎の魔法は生きる者を対象にしていない。だが、生きている者は一人もいなかった。
シルビアは携帯していた通信機で、王都に連絡を入れる。死者が生者を喰らう前代未聞の状況であるが、理解してもらうしか無い。有りのままを国王に報告し、シルビアは帝都へ向かう。
急を要する事態である。辺境領で、これだけの異常事態が起きている。帝都ではどうなっているのか。そんな事は想像したくもない。
シルビアは焦り馬を駆る。前回の来訪では、境界門まで三日間を要した。しかしシルビアは、昼夜を問わず、睡眠も取らずに馬を走らせる。馬に治療魔法をかけて走り、一日足らずで境界門に到着する。
到着した境界門は固く閉じられていた。そしてシルビアが境界門の前に立った時、ゆっくりと門が開いた。
門から出てきたのは、クラウス、シリウス、メルフィー、セムス、トールの五名だけであった。五人は、肩を貸し合いながらフラフラと歩き、門から出て来る。それぞれが深い傷を負っている。目はくぼみ、頬がこけ、一見しただけで酷くやつれているのがわかった。
だがそれは、一つの事実の証明でもあった。
門から出て来たのは五人だけ。帝国の民、兵士、エルラフィアの兵士達。無論、攻め込んだと思われる隣国の兵達も、ここにはいない。
特にエルラフィア軍は、ペスカの考案した最新鋭の兵器を装備していた。それにも関わらず、五人の手には折れた剣があるのみ。
どれだけの戦場がこの先にあったのか。それは想像に難くない。領都の戦いでさえ、シルビアの心は容易く折れかけたのだから。
門を出たクラウスがシルビアに気が付く。駆け寄るシルビアにクラウスが問いかける。
「シルビア! 何故ここに!」
「陛下のご命令で、帝国の様子を見に来ました。何が有ったのですか?」
「帝国は終りだ。門の先は死者が生者を喰らう地獄だ。生きている者は誰もおらん。我等は兵も民も全て失った」
「近衛はどうしたのです?」
「近衛はフィロス卿と共に、講和調停に向かったのだ。そして莫大なマナの使用を感じた後に、死者の軍が攻めて来た」
「なんて事……」
「フィロス卿ほどの使い手がやられるとは考えたくないが、絶望的だろう」
「あのシグルド殿が……」
大規模な爆発が起きたのは、和平交渉を行っているだろう最中だった。爆発が確認出来た瞬間に、クラウスとシリウスは判断した。
交渉は失敗したのだと。
そこからは、更なる戦線の拡大に対応する為に、軍を国境沿いに展開させる。しかし、直ぐには三国が攻めて来る様子は無い。
加えて、和平交渉に指定された場所には建物の欠片も無く、近衛隊どころかシグルドの死体すら見当たらない。
ただ、悲劇はそこから始まった。
攻めて来たのは人間ではなかった。生気が無く、フラフラと歩く死体だった。それは、兵士を喰らい、死体を増やしていく。
同じ事が帝都でも起きていたい。内戦の際に命を落とした死体が立ち上がって、人を喰らい始めた。それは伝染する様に、加速度的に広がっていった。
帝都国内が動く死体で埋め尽くされるのは、そう時間が掛からなかった。燃やしても灰となって蘇る。周囲のマナを喰らい尽くし、大地は枯れ果てた。
剣が通じる相手では無い。ましてやマナが尽きれば、ペスカの兵器は使用が出来ない。五人は何とかこの状況をエルラフィア王に伝える為、ここまで歩いてきた。
クラウスから聞かされた予想以上の状況に、シルビアは崩れる様に膝を折った。