聖女と騎士団長様の楽しい濡れ衣逃避行生活~婚約破棄と指名手配から始まる愛の癒やし旅。病気の人を魔法で治癒します~

 人々が(さわ)ぐような声が、城の入り口のほうで起こった。

 城の庭園にやってきたのは──。

 それはそれは素敵な男性だった。

「ど、どなた? あの立派な男性は?」
「素敵! スーツがよくお似合い!」

 侍女(じじょ)たちが城の入り口前──庭園の中で(さわ)いでいる。

 その注目の男性は、金色の刺繍(ししゅう)がなされた白地のスーツを着ている。

 このスーツが、すらりとした彼にとても似合っていた。

 眉、髪の毛もしっかり整えられている。

 囚人(しゅうじん)──元騎士(きし)団長のウォルター・モートンだ。

 私も彼のあまりの変わりように、腰を抜かしそうになった。

「ど、どこの王子様かしら! こんな星のような男性、お見かけしたことがありませんわ!」
「は、話しかけちゃおうかしら」

 侍女(じじょ)たちが歓声を上げている。

「お、おいっ! 元騎士(きし)団長のウォルター先輩(せんぱい)だぞ!」
「団長だ!」
「見ろ、ウォルターさんだ! に、二年間の牢屋(ろうや)生活から出てこられたのか? 俺たちは、夢でも見ているのか?」

 城の庭園で剣術稽古(けいこ)をしていた騎士(きし)団員たちも、大(さわ)ぎをしている。

 おそらく騎士(きし)団員たちは、ウォルターの無実を知っているのだ……。
 
「ね、ねえ! アンナ! あの素敵なお方は誰?」
 
 ジェニファーがあわてて私のところに駆けつけてきた。

「ご存知でしょう? 私の()し使いである、元囚人(しゅうじん)の、ウォルター・モートン氏ですよ」

 私が胸を張ってそう言うと、ジェニファーは目を丸くして声を上げた。

「えーっ? あの男性って、あんたがもらい受けた囚人(しゅうじん)? ウ、ウソおっしゃい!」
「ウソなんてとんでもない。正真正銘(しょうしんしょうめい)の元囚人(しゅうじん)ですよ。彼に身なりを整えて出てきなさい』と伝えたのです」
「な、な、何で、あんな素敵な方を、アンナのような平民がもらい受けるのよ~っ!」

 アンナは(くや)しそうに、石畳(いしだたみ)の上で地団駄(じたんだ)()んでいる。

「あ、い、いや……。これは参ったな」

 ウォルターは女性や騎士(きし)団員たちに取り囲まれて、(あん)(じょう)困惑(こんわく)している。

「ちょっと通してくれ。会いたい人がいるんだ」

 ウォルターを助けなきゃ!
 
 私は彼に向かって手を振った。

「ウォルター! こっちですよ!」
「アンナ! そこにいたのか」

 ウォルターは私の前に歩いてきた。

 本当に戸惑(とまど)った顔をしている。

 ちょっとかわいそうね。

「何とかしてくれ。大(さわ)ぎだ」
「皆に歓迎(かんげい)されているじゃないですか。良かったわ」

 私はそう言って声をかけた。

 しかし、そのとき──。

「何を(さわ)いでいる!」

 男性の声がした。

 デリック王子が庭園に入ってきたのだ。

 デリック王子は私とウォルターに気付くと、ツカツカと近づいてきた。

「誰かと思えば、お前か? ウォルター。この反逆(はんぎゃく)者め……。牢屋(ろうや)から出ることができて、本当に良かったな!」
「デリック王子、お久しぶりでございます。この(たび)は、牢屋(ろうや)から出していただくという恩赦(おんしゃ)を受けまして、感謝しております」

 ウォルターはギラリと目をデリック王子のほうに向けた。

「お、おお」

 デリック王子はウォルターの眼光(がんこう)気圧(けお)され一歩後ずさったが、すぐに体勢(たいせい)を立て直した。

 王子は私をジロリと(にら)みつけたが、ウォルターが私の前に立って私を守ろうとしてくれた。

「お前を牢屋(ろうや)から出してやったのには理由がある」

 デリック王子は口を開いた。

「俺は明日、ジェニファーとの婚約(こんやく)発表をする。めでたい日だ。だからその記念にお前の罪を軽減(けいげん)させ、お前を二年ぶりに牢屋(ろうや)から出してやることを取り決めた」
「感謝します、王子」

 デリック王子は静かに、それでいて力強く言った。

「それはあなたに対する、私の正当防衛(ぼうえい)が認められた──。そのようにとらえてよろしいのですね?」
「……な、何のことかな?」

 デリック王子は額の汗を()きながらも、ニヤリと笑った。

「に、二年間の牢屋(ろうや)生活は長かったろう。……あっ、そ、そうだ。お前は騎士(きし)団長としてよくやっていた時期もあった。多少は小遣(こづか)いをくれてやってもいいぞ? それとも土地が欲しいか? 荒れ野で良ければな、ワハハ!」

 私は「なるほど」と思った。

 お金や土地を与えて、ウォルターの無実の口(ふう)じをすると……。

 しかし、ウォルターは言った。

「金も土地もいりません。できれば──私は元の職務(しょくむ)復帰(ふっき)したいのですが」
「……職務(しょくむ)復帰(ふっき)? どういうことだ?」
騎士(きし)団長に復帰(ふっき)したいのです」

 おお……。

 周囲にいた騎士(きし)団員たちがため息をついた。

 まさか、二年ぶりに天才騎士(きし)、ウォルター・モートンが騎士(きし)団長に復帰(ふっき)する?

 これは素晴らしいことだ──。

 そのような意味を含むため息だ。

「残念だが、ウォルター」
 
 デリック王子は首を横に振った。

「ジムに聞いたかも知れぬが、現在、騎士(きし)団員は百名おり定員に達している。また、騎士(きし)団長は俺の信頼する男が就任(しゅうにん)中だ。おい、ジャッカル! 来い!」

 デリック王子が声を上げると、庭園にある詰所(つめしょ)の二階のベランダから、誰かが飛び降りてきた。

「お呼びですか、デリック王子」

 地面に降り立ったのは、ひょろりとした背の高い男だった。

「久しぶりだねえ、元騎士(きし)団長のウォルター・モートン君」

 男はウォルターをニヤニヤ笑って見て言った。

「彼は現在の騎士(きし)団長、ジャッカル・ベクスターですよ」

 ジムが小声で私に説明してくれた。

 ジャッカルは細面(ほそおもて)の青年だ。

「おや?」

 ジャッカルはウォルターの後ろに立っている私を見た。

「ほほう、君は……(うわさ)の聖女様、アンナさんだね? 君の治癒(ちゆ)魔法は評判だ。一度、私の古傷(ふるきず)治療(ちりょう)してくれないかな」

 ジャッカルは私に向かって、右手を差し出してきた。

 握手をしてくれ、ということなのだろうか?

 私が握手に応じようか迷っていると、

「ううっ!」

 ──ジャッカルがうめいた。

 ウォルターがジャッカルの右腕を(つか)んでいる!

「……僕の聖女に手を出すな!」

 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声で(うな)るように言った。

 ──私は恐ろしい予感がしていた。

(あらそ)い」が起こる──!
「……僕の聖女に手を出すな!」

 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声で(うな)るように言った。

 ──私は恐ろしい予感がしていた。

(あらそ)い」が起こる──!

「ジャッカルよ。ウォルターは君に対して対抗(たいこう)心を抱いているようだ。どうだろう、ウォルター。ジャッカルと剣術勝負をしてみたら」

 デリック王子が(いど)むように笑いながら言った。

「それは良いですな、王子」

 ジャッカルは自信ありげに私を見やった。

「私が勝ったら──そうですね。その聖女アンナ・リバールーンをいただきましょうか」
「なに?」

 ウォルターは眉をひそめている。

 私は(困ったな……)と戸惑(とまど)った。
 
 ジャッカルはふふん、と鼻で笑った。

「ウォルター君、この(さい)はっきりさせようじゃないか。元騎士(きし)団長と、今の騎士(きし)団長──つまり私とどっちが強いか」
「……望むところだ」
「では、木剣(ぼっけん)を持ってきてくれ」

 ジャッカルが侍従(じじゅう)に言うと、侍従(じじゅう)は急いで詰所(つめしょ)に入り木剣(ぼっけん)を二つ取ってきた。

「だめ! やめて、ウォルター」

 私はあわててウォルターを止めようとした。

 彼は牢屋(ろうや)生活でお(かゆ)だけの食事をしていた。

 そして日の光を浴びない生活をしてきた。

 一見、彼は元気そうに見えるが、彼の体を(おお)う「(アーダ)」が少ない。

 (アーダ)とは体内から放出する「気」のことである。

「あなたは二年間も牢屋(ろうや)に入っていたのよ! 一ヶ月はしっかり休んで──」
「大丈夫だ。何も心配するな」

 ウォルターは木剣(ぼっけん)を持ち、静かに言った。

「二年間も牢屋(ろうや)に入っていたわりには、元気そうじゃないか? ウォルター君」

 ジャッカルは木剣(ぼっけん)を手に取り、それをながめつつ言った。

「ふむ、良い木剣(ぼっけん)だ。これならば良い勝負になろう──」

 (するど)い音がした。

 ジャッカルがウォルターに向かって、木剣(ぼっけん)(なな)め左から振ってきたのだ。

 (かわ)いた音が(ひび)き、ウォルターが自分の木剣(ぼっけん)で攻撃を受け止めた。

卑怯(ひきょう)な! ジャッカル!」

 私は声を上げた。

 ウォルターはまだ試合を正式に了承(りょうしょう)していないのに──!

「試合の形式やルールすら、まだ決まっていないわ!」
「ルールだって? 戦場にそんなものがあるのかねえ? ここだっ!」

 ジャッカルは素早く前に出てきて、木剣(ぼっけん)を突いた。

 しかしウォルターはそれを見切って、横に()けた。

「え? うあっ……」

 ジャッカルは勢い余って、よろけて転んだ。

 素早くウォルターが、木剣(ぼっけん)をジャッカルに向かって振り下ろす。

「ひ……いっ!」

 ジャッカルはそううめき、横っ飛びをしてそれをかわして立ち上がった。

 ジャッカルが立ち上がった瞬間、彼の首筋(くびすじ)にウォルターの木剣(ぼっけん)が当てがわれていた。

 す、すごい! 速い!

 私はウォルターのあまりの強さ、よどみのない動きに呆然(ぼうぜん)としてしまった。

「これは勝負あった! ウォルターさんの勝ちだ」
「まるで動物をおびき出すようなウォルター殿(どの)の攻撃!」
「さすがウォルターさん! 真剣ならばジャッカル騎士(きし)団長は首筋(くびすじ)から血が()き出していたぞ!」

 その場で見ていた人々が歓声を上げた。

「いやぁ~、参った参った」

 ジャッカルはそう言いつつ、笑顔をつくった。

「ウォルター君、君がここまで強いとはねえ。……私の負けだよ」

 彼はそう言いつつ……!

 木剣(ぼっけん)をまたしても振り上げ、ウォルターの頭目がけて振り下ろした。

 まさか? しょ、勝負は決まったのに!

 だが、ウォルターはそれをも紙一重(かみひとえ)で後ろに()け──!

 逆にウォルターはジャッカルの右脇腹(わきばら)を、横に(はら)った木剣(ぼっけん)でとらえていた。

 木剣(ぼっけん)は、右脇腹(わきばら)に当たる直前で止めたが──。

「あ、うう!」

 ジャッカルはバランスを(くず)して、地面に倒れ込んだ。

 右脇腹(わきばら)をかばい地面に倒れ込んだので、(にぶ)く情けない音がした。

「な、何なんだお前は……! ウォルター、貴様は一体……」

 ジャッカルは地面に尻もちをついて、ウォルターを見上げた。

「僕は元騎士(きし)団長だ」

 ウォルターはジャッカルに言った。

「う……く……くそおっ!」

 ジャッカルは地面に座って、(くや)しそうにしてわめいた。

 そしてため息をついて、木剣(ぼっけん)をウォルターに向けて地面に置いた。

 これは騎士道(きしどう)の「負け」の合図である。

 ウォルターの勝利だ……!

「おお!」

 周囲の人々は歓声を上げウォルターを祝福した。

「ウォルター様、素敵!」
「見事な太刀筋(たちすじ)でしたぞ、ウォルター殿(どの)!」

 私は胸を()でおろしたが──。

「お、おのれっ、ウォルターめ!」

 そう声を上げたのはデリック王子だった。

「ジャッカルのバカタレがっ! こんな囚人(しゅうじん)に負けちまうとは!」

 王子がジャッカルを(しか)り飛ばしている、そのとき──。

「まったく、何をくだらないことをしているの!」

 (するど)い女性の声が周囲に(ひび)いた。

 こ、この声は!

 そこにいる全員があわてて──私も(ふく)めて──背筋を伸ばした。

 高貴(こうき)な真っ白いドレスを着た、「あの女性」が庭園に入ってきたからだ。

「これは一体、どういうことか! なぜ囚人(しゅうじん)のウォルター・モートンが外に出ている!」

 デリックの母、女王イザベラ・ボルデールがそこに立っていた。

「お前のしわざか? 聖女の小娘(こむすめ)……!」

 イザベラ女王は私を(にら)みつけた。

 彼女の年齢は五十代後半──。

 背が高く()せた美しい女性である。

 しかしその(いか)めしい顔に、強烈(きょうれつ)な意志と頑固(がんこ)な性格があらわれていた。

 私はデリック王子と婚約(こんやく)していたときから、イザベラ女王に嫌われていた……!
「お前のしわざか? 聖女の小娘(こむすめ)……!」

 イザベラ女王は私を(にら)みつけた。

 私はデリック王子と婚約(こんやく)していたときから、イザベラ女王に嫌われていた。

「いえ、私は……。デリック王子がウォルターを牢屋(ろうや)から出してやると申し上げました」

 私は背筋(せすじ)に、冷たい汗が流れているのを感じながら言った。

「ほーう……? 私は聞いていないが……デリック」

 イザベラ女王は、右手に持った扇子(せんす)孔雀(くじゃく)の羽のようにバサリと広げて言った。

 な、何という威圧(いあつ)感──。

 女王──恐ろしい女性だ!

「た、確かに俺……いや、私はそう申し上げました、母上! ウォルターを牢屋(ろうや)から出して良いと!」

 デリック王子はまるで兵隊みたい姿勢を正して言った。

「し、し、しかし、最終的にはウォルターの判断に(まか)せました。アンナは、彼を外に出るように()きつけたのです!」

 えっ? ()きつけた?

「話は分かった。聖女の小娘(こむすめ)よ! お前は自分の『女』を利用して、囚人(しゅうじん)の心を動かしたと」

 イザベラ女王はまるで私の心をのぞきこむような表情で言った。

「と、とんでもない! 私は『女』など利用してはいません!」

 私は(うった)えた。

「そもそも、私はお前が気に()わなかったのじゃ! アンナ」

 イザベラ女王は背が高かったので、私を上から見下げた。

「聖女だと? 治癒(ちゆ)魔法で人を(いや)すだと? ふん、きれいごとを。うちの息子までたぶらかしおって! 息子が婚約(こんやく)相手をジェニファーに変更(へんこう)して、やっと安心したわ」
「お、王子をたぶらかしてなんておりません!」

 私は抗弁(こうべん)した。

 ジェニファーは大貴族の娘で、彼の父のロンダベル公爵(こうしゃく)は武器商人だった。

 彼はイザベラ女王と共謀(きょうぼう)し、他国に対して武器の商売をして大(もう)けをしていた。

 だからイザベラ女王はジェニファーをかわいがっていたのだ。

 ──イザベラ女王は右手を上げて叫んだ。

「来たれ! 強者(つわもの)よ!」

 すぐに真っ赤な兵士が十名、ウォルターの周囲を取り囲んだ。

 あの真っ赤な(よろい)(かぶと)の兵士は普通の兵士ではない!

 女王親衛(しんえい)隊だ!

 グレンデル城の騎士(きし)団とは別に、女王のために(きた)え上げられたグレンデル王国最強の兵士たちである。

「ウォルターを牢屋(ろうや)に入れよ!」

 イザベラ女王は叫んだ。

 ウォルターは四方八方から剣を突き付けられ、身動きができない。

「な、何をするんです! ウォルターは休ませなければなりません!」

 私が叫ぶと、女王親衛(しんえい)隊は私も取り囲んだ。

「ウォルター! 私はここよ!」

 私はウォルターに向かって手を伸ばす。

 ウォルターもそれに(こた)えるように、手を伸ばした。

 しかし、私とウォルターの距離(きょり)はかなり離れている!
 
「アンナも()らえよ! 牢屋(ろうや)に閉じこめてしまえ!」

 女王は叫んだが、驚いたことに周囲の騎士(きし)団が女王親衛(しんえい)隊とぶつかりあった。

「アンナ様をお守りせよ! ウォルター先輩(せんぱい)をお守りせよ!」

 ジムが率先(そっせん)して叫んでいる。

 ジム……あなた──ありがとう!

 騎士(きし)団員と女王親衛(しんえい)隊がぶつかりあっているので、私の包囲は一時的に解かれた。

「アンナ! こっちだ!」
 
 庭園の門の外に、馬車が停車した。

 御者(ぎょしゃ)は親友のパメラ・モナステリオ!

「あんたが城の王の間に呼ばれたと聞いたんで、嫌な予感がして来てやったぞ!」

 彼女は二十一歳の女魔法使いだ。

「ウォルター!」

 私がウォルターに向かって叫ぶと、ウォルターは女王親衛(しんえい)隊に()らえられ連れていかれるところだった。

「何やってんだよ! 自分の命を守るのが先だろっ、アンナ!」

 パメラの声でハッとして、私は泣きそうになりながらパメラのほうに向かって走った。

 何で……何で……こんなことに。
 
 ウォルター!

「乗れえっ」
 
 パメラが叫んだ。

 私は馬車の客車に飛び乗ると、すぐに馬車は発進した。

 女王はその光景を見ながら私を(にら)みつけ、自分の扇子(せんす)を地面に(たた)きつけた。

「アンナを追え!」

 女王親衛(しんえい)隊たちが叫ぶが、騎士(きし)団員たちも押し返す。

 騎士(きし)団員の皆さん……!

 ああ、私のせいでイザベラ女王や女王親衛(しんえい)隊に歯向かうようなことをさせてしまった!

「アンナ様を追手(おって)からお守りしろ! 女王親衛(しんえい)隊め、ウォルター先輩(せんぱい)を返せ!」

 ジムが叫んでいる声が聞こえた。

 グレンデル城の庭園はもう大(さわ)ぎだ。

 ◇ ◇ ◇

 馬車は全速力で町の大通りを()っていく。

 今日は平日なので、大通りは馬車の通りがほとんどない。

 私の座っている客車には(ほろ)がなく身を(かく)せないので、私は体勢(たいせい)を低くしていた。

「どうしてウォルターを助けられなかったのだろう……」

 私はそうつぶやいた。

 (くや)しくて仕方なかった。

 ──客車には私の他に一人、銀髪(ぎんぱつ)小柄(こがら)な少年が乗っている。

 美しい少年だ。

 年齢は十七歳から十九歳くらいか?

「あなた……誰?」

 しかし銀髪(ぎんぱつ)少年は呑気(のんき)に砂糖がかかった()げパンを食べている。

 御者(ぎょしゃ)のパメラは叫んだ。

「追手《おって》が来る!」

 今度は女王直属(ちょくぞく)騎馬(きば)隊たちが、私を追ってくるのが見えた。

 何てしつこい!

国境(こっきょう)を突っ切るぞっ」

 パメラは叫んだ。

 この大通り──グレンデル大通りを()()ぐ進むと、隣国(りんごく)ロッドフォール王国の国境(こっきょう)にぶち当たる。

「ネストール・モナステリオ! あんたの出番だよ! 何、呑気(のんき)()げパンに食らいついてんだぁっ!」
 
 パメラはわめく。

「姉ちゃん、俺、戦うの嫌いなんだけど」

 銀髪(ぎんぱつ)の少年──ネストールは文句を言った。

「あ、パメラの弟なんだ?」

 私がネストールに聞くと彼は「そうだよ」とぼんやり言った。

 ──パメラは叫ぶ。

「いいからネストール! 何とかしろ! このままじゃ牢屋(ろうや)行きだぞ!」
「何で俺が……。わかったよ、終わったらリンゴパイおごってね」

 (すさ)まじい音とともに、騎馬(きば)隊が追ってくる。

 騎馬(きば)隊は十名ほど──。

 これは追いつかれるか?

「よっ」

 ネストールはそう声を上げた。

 私は目を丸くした。

 彼はおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出したのだ。

 向かってくるのは、十名の騎馬(きば)隊──!
 パメラの弟、ネストールはおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出した。

 向かってくるのは、十名の騎馬(きば)隊──!

 一名の騎馬兵(きばへい)が、もう馬車に追いつきそうだ。

「はあああっ」

 ネストールの掛け声とともに、(にぶ)い音がした。

 ネストールは飛び上がると同時に、騎馬兵(きばへい)の一人の顔を飛び蹴りしたのだ!

 ドオオオッ

 そんな音がして馬の上の兵士は吹っ飛び、馬は横倒しになった。

 ネストールは道路に着地している。

「よし、やった」

 御者(ぎょしゃ)のパメラが叫ぶ。

 私たちの乗った馬車は速度を落とした。

 ズドドド

「うあああああ」
「ひえええ」

 すさまじい音と声とともに、()けてくる騎馬(きば)隊がその横倒しの馬にひっかかったのだ。

 十名の騎馬(きば)隊は全員、道路に転げ回っている。

「思ったより、大袈裟(おおげさ)なことになっちゃったなあ」

 ネストールは走って、ゆっくり走っている馬車に追いつくとまた客車に乗り込んだ。

「ようし! 全速力で逃げるぞ!」

 パメラは叫ぶと、馬車の速度を上げた。

「あ、あなた、すごいのね」

 私が呆然としてネストールに言うと、彼は真顔で二つ目の()げパンを食べだした。

「まだ終わってないよ。あれ……弓矢? 当たったら死ぬんじゃない?」

 そのとき、後ろに見える騎馬(きば)隊の一人が背負ったものを構えたのが見えた。

 弓矢を構えている!

「弓矢だって? 何とかしろ!」

 パメラが御者(ぎょしゃ)席でわめく。

「く、来るわよ! 私が防ぐ!」

 私はすぐに「外気(ルアーダ)」を体に取り込んだ。

 最近、治癒(ちゆ)魔法以外で魔法を使っていないから、防御魔法がうまくいくかどうか……?

 外気(ルアーダ)とは空気中に浮かぶ「(アーダ)」のことである。

 (アーダ)硬化(こうか)できる性質を持っている。

「このままだと当たるね」

 ネストールは()げパンをかじりながら、モニャモニャ言った。

 騎馬兵(きばへい)の弓矢は、(するど)い音を立てて(はな)たれた!

(はな)たれよ、『(アーダ)』! そして『(エスクード)』!」

 私が素早く唱えると、馬車に私が放った外気(ルアーダ)で包まれ──外気(ルアーダ)硬化(こうか)した。

 そして──。

 (かわ)いた音とともに、外気(ルアーダ)(エスクード)により弓矢は(はじ)かれた。

「ふうっ……!」

 私とパメラは息をついた。
 
 馬車はそのまま進んだ。

 聖女が無理に防御魔法を使ったから、つ、(つか)れた……。

 でもまだ難題(なんだい)が残っている。

 国境(こっきょう)警備員をどう切り抜けるか……?

 ◇ ◇ ◇

 一時間半程度、大通りを突っ切ると、やがて大草原に入った。

 目の前には国境(こっきょう)の鉄の門がある。

 詰所(つめしょ)があり、大柄(おおがら)な警備員が二人立っている。

「待て! 全員降りろ! ──三名か」

 中年の警備員が声を上げた。

 警備員は中年男と若い男だった。

 私たちが馬車を降りると、中年の警備員は私とパメラ、ネストールをじろじろ見やりだした。

「何だ? お前ら(あや)しいな。通行許可証を出せ!」

 私は彼が持ったひのきの棒で、右肩を少しコツコツ(たた)かれた。
 
 ここはグレンデル王国とロッドフォール王国の国境(こっきょう)

 通行するには、役所に依頼し作成した通行許可証が必要だ。

 門の左右には赤レンガで造られた高さ約二メートルの壁が、長く長く続いている。

「通行許可証は持っています!」

 パメラは文書(ぶんしょ)を手渡した。

 中年警備員は手渡された文書(ぶんしょ)を見てから、眉をひそめてパメラに返した。

「これはグレンデル王国の役所が発行した通行許可証だな。しかしダメだ。これでは通れない!」
「えっ? な、なぜ? 普段ならこれで──」
「確かに普段ならこの通行証で通せる!」

 中年警備員は言った。

「しかし、ついさっき伝書鳩(でんしょばと)通達(つうたつ)があった。グレンデル城から逃亡者(とうぼうしゃ)が出たと」

 私たち三人はドキッとしたが、表情は変えなかった。

 中年警備員は私たちを見やり、大声で言った。

「現在、この国境(こっきょう)を通行するには、イザベラ女王とグレンデル城が発行した通行許可証が必要だ。礼拝堂や役所、ギルドの通行許可証では通せない!」

 そ、そんなものは持っていない。

 そもそも私たちは、そのイザベラ女王に追われる身だ……!

 警備員二人はあきらかに私たちを(あや)しんでいる。

「これからお前らは、取り調べを受けてもらう!」

 中年警備員は私たちを(にら)みつけて言った。

 こ、困った……。

 このままでは騎馬(きば)隊に追いつかれる!

 ──そのとき!

「父ちゃん」

 国境(こっきょう)の門のほうでかわいい子供の声がした。

「ん? お、おいっ、ヘンデル! ここに来ちゃいかんと言っただろうが」

 中年警備員はそう叫び、あわてて門のほうに()()った。

 門の向こうに、六歳から七歳くらいの男の子が立っている。

 おや? 珍しい。

 口に布製のマスクをしている。

 聖女の仕事で病院に行ったことがあるが、肺に(わずら)いがある人がマスクをつけているのを見たことがある。

「ずっと家にいなきゃいけないから嫌なんだ……。僕だって外で遊びたいよ……ゴホッ、ゴホッ……」

 少年は()き込みながら言った。

「学校も休まなきゃいけないし。皆と勉強したい」
「だめだ、ヘンデル。家に戻ってろ。すぐに息切れするだろう。母さんに怒られるぞ」

 中年警備員は門越(もんご)しに少年を(しか)った。

 私はヘンデル少年の(アーダ)を見た。

 (のど)と肺の(アーダ)がかなり減少している。

 となると、肺疾患(はいしっかん)……。

「彼は何らかのガス、もしくは工場の煙などをかなり吸い、肺を(わずら)っていますね」

 私が中年警備員に言うと、彼は目を丸くして言った。

「な、なんだと?」
「そうなると(のど)の内部が(せま)くなり肺の機能も弱くなって、呼吸ができにくく息切れや(せき)が出るのです」
「き、貴様……!」

 中年警備員は私を(にら)みつけたが、私は言った。

「私に彼を()せてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒(ちゆ)するのが仕事ですよ」

 私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。
 私──アンナ・リバールーン、パメラとネストール姉弟(きょうだい)国境(こっきょう)にいた。

 国境(こっきょう)の門の左右は、赤レンガの壁が長く長く続いている。

「私に彼を()せてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒(ちゆ)するのが仕事ですよ」

 私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。

 口にマスクをしているヘンデル少年は、中年警備員の息子だ。

 彼は(せき)こみながら国境(こっきょう)の門の後ろに立っている。
 
「マードックさん」

 すると若い警備員が中年警備員に言った。

「私の母は昔、聖女に腰痛(ようつう)を治してもらったそうです。一度ヘンデル君を、この女性に()てもらったらどうです?」

 中年警備員のマードック氏はそれを聞いて何か考えていたが──、舌打ちしておもむろに門を開けたのだ。

「お前たちは門を()えてはいかん。聖女を(かた)っているのならば承知(しょうち)しないぞ。即刻(そっこく)通報する!」
「分かりました」

 私はうなずいた。

 ネストールといえば草原の岩場に座って、昼寝を始めた。

「ヘンデル、こっちに来てベンチに座れ。この女性がお前のことを()てくれるそうだ」

 マードック氏は静かに腕組みをしながら言った。

 ヘンデル少年はグレンデル王国側に歩いてきて、詰所(つめしょ)の前のベンチに座った。

「やはり(のど)や肺から出る(アーダ)の量が少ない……」

 私はヘンデル少年を()てつぶやいた。

 私の目には彼の(のど)や肺から()れ出す(アーダ)が、とても(うす)く消え入るように見えている。

 正常な人間の(アーダ)ならば、光って胸全体を包んでいるはずだ。

「これは(のど)と肺に何らかの疾患(しっかん)があるということです」

 私はヘンデル少年の(アーダ)を見ながら、父親のマードック氏に聞いた。

「ヘンデル君はどのような生活環境で()らしていたのですか?」
「うーむ……実は三年前にグレンデル王国のローバッツ工業地帯で()らしていて、だいぶ煙を吸ってしまったようなのだ。一年くらい住んでいたか……」
「今は引っ越しをなされた?」
「そう、今はこの国境(こっきょう)付近で生活している。ここの空気はきれいなほうだと思う」

 ローバッツ工業地帯で一年だけ生活……。
 
 しかし吸い込んだ煙の量としては、そんなに多くはないと推察(すいさつ)する。

「ローバッツ工業地帯には炭鉱(たんこう)があるな。石炭の鉱山(こうざん)だ。周辺には大きな鍛冶(かじ)屋の村がある」

 知識が豊富なパメラが説明してくれた。

鍛冶(かじ)屋は石炭を使うので煙は出る。だが、ローバッツ工業地帯で(やまい)流行(はや)った話は、聞いたことがない」

 私は考え込んでから、ベンチに座っているヘンデル少年に聞いた。

「ヘンデル君、どこが(もっと)(つら)いですか?」
「ときどき、すごく胸が苦しくなるんだ。そうするともう歩けなくて……ゴホッ、ゴホッ……」

 彼はまた()き込んだ。

 私は彼の胸の(アーダ)をもっと深掘(ふかぼ)りして(なが)めた。

 おや? よく見ると薄い(アーダ)の中に深緑色の(アーダ)が少量、混ざっている。

 私が(アーダ)()る場合、深緑色は毒をもった物質を示す。

「その濃い緑色の……何それ?」

 パメラが首を(かし)げた。

 パメラは治癒(ちゆ)はできないが、私と同様に(アーダ)が見える。

 私はヘンデル少年の胸を透視(とうし)して、肺の中を(のぞ)いた。

 私の目は、人体の中を()かして見ることができる。

「あっ、これだ!」

 私は声を上げた。

 肺の奥に緑色の付着物が見えたのだ。

 まるで植物の胞子(ほうし)がこびりついているように見える。

 あきらかに(よこしま)毒素(どくそ)だ。

「ヘンデル君、これから治癒(ちゆ)を開始します」

 私はヘンデル少年に言った。

「しっかりと、『天使よ、治癒(ちゆ)をお願いします』と言ってください」
「は、はい。『天使よ、治癒(ちゆ)をお願いします』」

 この言葉が天から治癒(ちゆ)魔法を(さず)かるときの言葉の(かぎ)となる。

 この言葉を患者(かんじゃ)に言ってもらわないと、その人に治癒(ちゆ)魔法はかからない。

「天使よ、命じます。肺の邪悪な異物を取り(のぞ)きたまえ」

 私は頭の中に浮かんだ図形の通りに指を動かした。

 すると、私が透視(とうし)しているヘンデル少年の肺の中に変化があった。

 深緑色の付着物が浮き上がり、粉々になった。

 私が肺の中を(ヴォロンテ)操作(そうさ)し、付着物に変化を与えたのだ。

 そして深緑色の粉は肺から出て、毛穴から体外に蒸散《じょうさん》した。

「毒が出たね」
 
 パメラはそう言ってニヤリと笑った。

「えっ? な、何だ? ど、どうなったんだ?」

 父親のマードック氏は心配そうに息子のヘンデルを見た。

「あれ?」

 ヘンデル少年は胸をさすってけろりとして言った。

「胸が……胸が苦しくないよ。(のど)も痛くない」
「ヘ、ヘンデル!」

 マードック氏がヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐに止めた。

「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」
「は? パ、パン? あの食べるパンか?」

 マードック氏は目を丸くした。
 
 パンの使用。

 これが聖女の治癒(ちゆ)魔法の仕上げである──。
「ヘ、ヘンデル!」

 マードック氏が息子のヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐに()めた。

「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」

 私が言うと、マードック氏は驚いたようだ。

「パンだって? な、何に使うんだ? パンは持ってきていたが、昼飯に食べてしまったぞ」
「ぼ、僕もです」

 マードック氏と若い警備員は私に言った。

 パンは「聖なる食物(しょくもつ)」であり、治癒(ちゆ)魔法の仕上げに重要なものだ。

 私が(さて、どうしようか……)と考えていると……。

「パンあるよ。()げパンだけじゃお(なか)すいちゃうからね」

 するといつの間に起きていたのか、ネストールが私の後ろから声をかけてきた。

 ネストールは私に袋に入った角切りパンを手渡してきた。

 このパンなら、私の理想通りに治癒(ちゆ)魔法は完了する!

「お前、パン好きだな! 太るぞ!」

 姉のパメラが(あき)れたように声を上げた。

 さっそく私はパンをもらい、丸めてヘンデル少年の頭、顔、肩、胸、足に当てがった。

「あ、あれは何をしているんだ?」
 
 マードック氏がパメラに聞いてきたので、パメラは答えた。

(よこしま)な毒素や邪霊(じゃれい)を、丸めたパンで吸い取っているのさ。掃除(そうじ)のとき、仕上げに細かいゴミを取ることがあるだろ? あれと同じ」

 パメラがすべて説明してくれた。

 そして私は使用したパンを、パメラたちの方を向いたまま後ろの草むらに放り投げた。

「パンのほうを見ないで。パンにくっついた毒素や邪霊が再び飛びついてくることがあります」

 私はそう皆に説明し、治癒(ちゆ)魔法を完了させた。

「ん~」

 ネストールがパンを食べつつ、モニャモニャと何か言いたげだ。

「さっきから言いたかったんだけどさ」
「え? 何だ弟よ」

 パメラは眉をひそめて聞くと、ネストールが答えた。

「馬の音がグレンデル大通りのほうから聞こえてくるんだけど」
「な、なにいいっ? それはイザベラ女王直属の、さっきの騎馬(きば)隊か? 奴ら、追ってきたんだ!」

 パメラは叫んだ。

「マードックのおっちゃん! 国境(こっきょう)を通してくれ! 早く!」
「え?」

 中年警備員のマードック氏はヘンデル少年を見た。

 ヘンデル少年の顔色は良くなっている。

 (せき)も出ていない。

 治癒(ちゆ)魔法が効いているようだ。

「よ、よしわかった! さっさと行け!」

 マードック氏の許可をもらうと、私たちは馬車をロッドフォール王国側に移動させた。

 私たち三人はようやくロッドフォール王国に逃げることができた。

 マードック氏たち警備員二人は、国境(こっきょう)の門を閉めて前方を警戒(けいかい)している。

「それにしても……あのヘンデル少年の肺に入った毒素……。ちょっと気になるな」

 パメラは門の様子を見ながら言った。

「ローバッツ工業地帯は、イザベラ女王が買い取った工業地帯のはずだ。確か夫の……つまりデリック王子の父親、グレンデル国王が原因不明の(やまい)(ふせ)っていたな」

 ……確かに怪しい。

 まさか……?

憶測(おくそく)では何ともいえないわ。──でも、今はそれどころじゃない」
「例の元騎士(きし)団長様のことか?」
「ええ……ウォルターを助けなきゃ」
「アンナ! お前、本気で助けるつもりか? 彼、再び牢屋(ろうや)の中にいるぞ。どうやって……」
「やらなければ、彼は殺されてしまうわ」

 私がそう言ったとき、「ねえ、もう来たよ」とネストールが言った。

 馬の(ひづめ)の音とともに、一人の馬の乗り手がやってきた。

 ん? 一人?

「お、お前たちっ! こんなところにいたのか! 貴様(きさま)ら~!」

 馬から降り立ち、私たちから見て門の後ろに立ったのは現グレンデル城の騎士団長。

 ジャッカル・ベクスターだ!

「なーんだ。ジャッカルってやつか。今の騎士(きし)団長だろ、お前」

 パメラはジャッカルに対して、門越(もんご)しに言った。

 門は閉じられているから、若干(じゃっかん)、私たちには余裕がある。

 パメラは続けてジャッカルに聞いた。

騎馬(きば)隊はどうした? 何であんただけ?」
「き、騎馬(きば)隊は全員、馬どもが骨折したから使えん! 治療(ちりょう)中だ!」

 ……結構大変なことになっているようね。

 攻撃をしたネストール本人は、()びをして口笛を吹いている。

「おい警備員、門を開けろ! あいつらは逃亡(とうぼう)者だぞ! 俺はグレンデル城の騎士(きし)団長、ジャッカル・ベクスターだ。早く!」
「え~……まずは通行許可証を見せてください」

 マードック氏はのんびりと言った。

 私たちが逃げる時間を(かせ)ごうとしている。

「じゃあ」

 私たちはジャッカルにそう言って、とにかく宿屋に向かうことにした。

「おい、戻ってこい! 貴様(きさま)たち~っ!」

 ジャッカルは叫んでいた。

 ◇ ◇ ◇

 ここロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムはかなり(さか)えた街である。

 私たちはリンドフロムの小さく目立たない宿屋、「光馬亭(こうばてい)」に部屋を取ることにした。

 グレンデル王国とロッドフォール王国は昔、戦争をしていたので仲が悪い。

 二国は国交(こっこう)を結んでいないのだ。

 グレンデル王国の追手(おって)から(のが)れるには、ロッドフォール王国の小さい宿屋に(かく)れるのが得策(とくさく)だ。
 
「お前……本気でウォルターを助ける気か?」

 パメラは宿屋の部屋で心配そうに私を見た。

 ──私は答えた。

「ええ。彼は何も悪いことをしていないもの。再び牢屋(ろうや)に入れられる理由はないわ」
「アンナ……お前に関係あることなのかよ?」
「関係あるわ。私が彼を牢屋(ろうや)から連れ出し、問題が起こったのよ。責任を取らなきゃいけない」
「お前なぁ……。真面目だねえ。男だったら他にいっぱいいるじゃん? あたしは恋愛とか結婚とかに興味ないから、よく分からないけどさ」

 パメラは私のウォルターに対する(あわ)い気持ちを見抜いているようだ。
 
 さすが魔法使い。
 
 彼女の弟、ネストールは後ろのベッドに寝転がって、リンゴパイを食べていたが──。

「待って……。誰か来たよ」
 
 ネストールはリンゴパイを素早く食べきり、すぐに身を起こした。

 彼は無所属(むしょぞく)の剣士であり、素手の技も(あつか)える強者(きょうしゃ)だ。

 そしてまるで猫のように、危機を察知(さっち)できる特殊能力(スキル)を持っているらしい。

「ほ、本当? 追手(おって)かしら」

 私は(こんな小さな宿屋にいるのに見つかった?)と驚いた。

 コツコツ……。

 扉がノックされた!

「……私が開ける」

 パメラはそっと扉を開けた。
 
 扉を開けると……!

「俺だ! 見つけたぞ!」

 そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!
 元騎士(きし)団長と現騎士(きし)団長の騒動(そうどう)の数時間後──夕方の十六時。

 グレンデル城では──。

 私はデリック王子の現婚約者、ジェニファー・ベリバーク。

 元騎士(きし)団長ウォルターのことが気になって仕方なかった。

 婚約(こんやく)者のデリック王子はかっこいい男なんだけどね。

 でも、ウォルターはデリック王子とはちょっと違っていて……強くて誠実(せいじつ)で真面目な男だし……何よりアンナと密接(みっせつ)な関係だっていうじゃないの。

 何か腹立つ!

「ロザリー!」
 
 その時間、私は自室でケーキを頬張(ほおば)っていた。

 それを食べ終え、部屋の横で私の衣類の整理をしていた、侍女(じじょ)のロザリー・スレイダックを呼びつけた。

「何でございましょう、ジェニファー様」

 ロザリーは三十三歳のぽっちゃりした侍女(じじょ)

 私がアンナに(かく)れてデリック王子と付き合いだし、城にお忍びで通い出していたときからの知り合いだ。

 でもこの人、真面目だけど融通(ゆうずう)()かないのよね。

 私がデリック王子と浮気恋愛していたのを、侍女(じじょ)のロザリーだけは知っていた。

 そのことを、ロザリーは何回か(とが)めてきた。

「ジェニファー様、浮気はほどほどにしませんと」

 なんて言ってさ。

 今はもうデリック王子は私のものになってるけどね。

「ウォルターに会いたいんだけど」

 私が言うと、ロザリーは驚いた顔をした。

「はっ? 今、何と?」

 は? じゃないって。

 ロザリーはもう一度聞いてきた。

「先程庭園で問題を起こした、あの元騎士(きし)団長のウォルター・モートン……でございますか?」
「そうだけど? ちょっと会いたいんだけど」
「な、なぜでございましょう。彼は再び囚人(しゅうじん)になってしまったのですよ」
「気になるから会いたいのよね」

 私が言うと、ロザリーは顔をもっとしかめた。

 何? 囚人(しゅうじん)だろうが何だろうが、カッコ良い男に会いたいのは普通でしょ。

 別に王子と婚約(こんやく)していても、他の男に会いに行っちゃダメだという規則はないでしょうが。

 しかしロザリーはまた眉をひそめて言った。

「ジェニファー様、ウォルター・モートンは再び牢屋(ろうや)に入っております。そ、その囚人(しゅうじん)と会いたいとは、どういうつもりでございましょう?」
「気になるから会いたいって言ってんのよ!」
「しかしあなたは将来、デリック王子の妻になる女性なのですよ」
「いいじゃないのよ! 一目見るくらい!」

 私はイライラしてきて続けて叫んだ。

「私は王子の婚約(こんやく)者よ! 言うことを聞けないの?」
「は、はあ……分かりました。確か、ウォルター・モートンから中庭で体を動かしたいという要望(ようぼう)がありました。夕方の十六時半、中庭でならお目にかかれると思います」
「あら、ウォルターの待遇(たいぐう)は良くなったのね。以前は沐浴(もくよく)以外、牢屋(ろうや)から出られなかったんじゃないの?」
「さあ、囚人(しゅうじん)待遇(たいぐう)に関して私には分かりかねます。ジェニファー様、ウォルターはあくまで囚人(しゅうじん)ですので、それをお忘れなきよう」

 はあ、分かったわよ。まったく。

 ◇ ◇ ◇

 新しい牢屋(ろうや)番──つまりウォルターの担当男性兵士のマックス・ライクが私とロザリーを中庭に案内した。

「そういえばジム・ロークっていう前の牢屋(ろうや)番がいたでしょう? 彼はどうなったの?」

 私が一階廊下(ろうか)を歩きながらマックス・ライクに聞くと、彼は答えた。

「彼は反逆罪(はんぎゃくざい)でこの国から追放されましたよ。イザベラ女王様がそうお決めになりました」

 おお、怖い。

 イザベラ女王だけは怒らせちゃダメってことね。

「今、ウォルター・モートンはここにおります」

 マックスは中庭への扉を開けた。

 中庭は城の中央にある、城壁(じょうへき)に囲まれた空間だ。

 花壇(かだん)があり大きな広場がある。

「ていっ! はあっ!」

 ウォルターは中庭の中央で、白いシャツを着て木剣(ぼっけん)を持たずに素振りをしていた。

 囚人(しゅうじん)なんだから、武器を持たせないのは当然ね。

 彼にとっては、これでも訓練のつもりなのだろう。

「ごきげんよう、ウォルター。午前は大(さわ)ぎだったわね」

 私が話しかけても、ウォルターは私を無視して木剣(ぼっけん)無しの素振りを続けた。

 ロザリーやマックスは離れた場所で周囲をうかがっている。

 私が、「この中庭にイザベラ女王かデリック王子が来ないか見張っていろ」と命令したのだ。

「ねえ、ウォルター」

 私は彼の腕にさわった。

 なかなか引き()まっているわね。

 最近少し太ったデリック王子とは大違い。

 彼は素振りをやめた。

 私の美貌(びぼう)を見てしまったら、どんな男でも訓練どころじゃないわよね。

「ねえ、牢屋(ろうや)から出してあげてもいいわよ」

 私は右手を突き出した。

「私の手の甲にキスしなさい。そうしたらデリック王子に頼んであげてもいいわ」

 私は笑顔で言ったが、ウォルターは(だま)っている。

「……ねえ! 牢屋(ろうや)から出られるのよ! さっさとキスしなさいよ!」
「僕には大切な人がいるんだ」
「……な、何?」
「聖女アンナだ。彼女のことを裏切れない」
「聖女アンナぁ?」

 私は声を(あら)げた。

「あの平民のいかがわしい、まじない聖女のどこがいいのよっ! その点、私は大貴族よ。王子とは婚約(こんやく)してるけど、あなたと不倫(ふりん)くらいしたってかまわないわ!」
「申し訳ないが」

 ウォルターはきっぱり言った。

「聖女アンナは僕を牢屋(ろうや)から一度、出してくれたんだ。彼女は僕の希望の星だ。きっとまた会える──そんな気がする」
「会えるわけないでしょうが! あんた囚人(しゅうじん)なのよ! さあ、手の甲にキスをしろ!」
「聖女アンナの心は美しい。僕はその心を裏切ることはできない。さあ、帰ってくれ。僕はまた後で牢屋(ろうや)に戻る」
「あ、ぐ、ぐ」

 私は目を丸くしてウォルターを見た。

 彼は馬鹿みたいに(ふたた)び素振りをしだした。

 牢屋(ろうや)から出られるのを拒否するなんて──こんな男がいるの?

「ふふふ……」

 私はウォルターから離れ、ニヤリと笑った。

「逆に燃えてきたわね。絶対にあの男を──ウォルターを振り向かせてやる!」
「何が燃えたんです? 火事でも起こったんですか?」

 ロザリーは大ボケをかましたが、私の決意はゆるがなかった。
 私は聖女アンナ。

 牢屋(ろうや)の中の元騎士(きし)団長様を助けたら、女王を激怒(げきど)させ私も牢屋(ろうや)に入れられそうになった。

 そして友人のパメラとその弟ネストールとともに、隣国(りんごく)、ロッドフォール王国に逃亡(とうぼう)した。

 ◇ ◇ ◇

 宿屋の部屋の扉がノックされた。

「……私が開ける」

 パメラは注意深く、そっと扉を開けた。

「俺だ! 見つけたぞ!」

 そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!

「下がって!」

 ネストールがナイフを持って私たちの前に出て、ジャッカルを(にら)みつけた。

 ジャッカルは静かに言った。

「……なるほど。こんな小さい宿屋にいたとはな。探したぞ」
「動いたら血まみれだよ」
「おい待て」
「何が『待て』だ?」

 ネストールがそう言ってナイフを構えたが、ジャッカルはため息をついて両手を()げた。

「こういうわけだ。何もしない。話をしに来ただけだ」
「ウソをつくなっ」

 ネストールがナイフを構えて叫ぶが、ジャッカルは再び静かに言った。

「だからさ、両手を上げてるだろ。話し合いに来たと言っている」
「……何のご用ですか?」

 私はネストールの後ろから眉をひそめて、ジャッカルに聞いた。

「とにかく部屋に入れてくれよ。立って話すのも(つか)れるだろ」

 ジャッカルはニヤけつつ、両手を上げるのをやめなかった。

 私とパメラは顔を見合わせた。

 ジャッカル・ベクスター……現騎士(きし)団長。

 デリック王子の側近(そっきん)というべき男だ。

 なぜこの男が話し合いに来たのだろう?

 ◇ ◇ ◇

「変なマネをしたら、頸動脈(けいどうみゃく)を切るよ」

 ネストールが目を光らせてナイフを構えている。

「おお、(こえ)(こえ)ぇ。こんな用心棒(ようじんぼう)がいたとはな」

 ジャッカルは私とパメラの前の椅子(いす)に座った。

「どうやってロッドフォール王国に入ってきた? 国境(こっきょう)はどうした?」

 パメラが聞くと、ジャッカルは首筋(くびすじ)をポリポリと()きながら答えた。

「俺は通行許可証をきちんと持ってるからな。まあ、あのマードックっていう国境(こっきょう)警備員はお前らの仲間なんだろ? 一時間かけてやっと俺を通したよ。イライラしたぜ」

 マードックさんは時間(かせ)ぎをしてくれたようだ。

 国境(こっきょう)警備員に通行許可証を持っている者を帰らせる権限(けんげん)はないので、うまく仕事をしてくれたといえる。

 だが、問題はこのジャッカルという男がここに来た動機(どうき)だが……。

「ウォルターは現在、再び牢屋(ろうや)に入っているが……。俺と組まないか? ウォルターを助けてやる」

 ジャッカルがおもむろにそう言ったので、私とパメラは驚いて顔を見合わせた。

「な、何だと? お前、グレンデル城の騎士(きし)団長でデリック王子の手下だろ。どういう風の吹き回しだ?」

 パメラはジャッカルをじっと見やった。
 
 するとジャッカルは舌打ちをして言った。

「もうこりごりなんだよ! あのバカデリック王子がっ!」

 そしてわめいた。

「王子は、俺がウォルターとも勝負に負けたことで、俺を騎士(きし)団長から格下げにしやがったんだ!」
「格下げ? どういうことだ?」
騎士(きし)団員になっちまったんだよ、俺は!」
「へえ~、そりゃご愁傷(しゅうしょう)様。それが本当の話だったらな」

 パメラはニヤニヤして言った。

 ジャッカルは(つか)れた表情で話しを続けた。

「本当だよ。デリック王子は()っぱらって帰ってくると、弱いくせに俺や俺の部下を(なぐ)りやがる! それにあの野郎、勝手にヘナチョコな剣や(やり)(よろい)を買ってきて騎士(きし)団の資金をどんどん使っちまうんだ。金の管理は俺の責任になるんだ。たまったもんじゃねえよ!」
「へえ……、おーいアンナ。お前、ずいぶんバカな王子と婚約(こんやく)してたんだな」

 パメラにそう言われ、私は赤面した。

「わ、私は仕事で(いそ)がしかったものだから、彼の本性には薄々(うすうす)気付いていたものの……。彼のそういう面には目をつぶっていたことは事実よ。それに……」
「イザベラ女王の目があったんだろ」

 ジャッカルが私の代わりに言ってくれた。

「一度王子と婚約(こんやく)したら、あの女王がいるかぎり勝手に婚約(こんやく)解消できないからな。そういう意味では、王子が婚約破棄(こんやくはき)してくれて助かったんじゃないか?」

 ジャッカルの意見に、私は大きくうなずくしかなかった。

 ──パメラは口を開いた。

「しかしジャッカルさんよ、これであんたを信用した──とはならない」
「何とでも言え。俺はもうグレンデル城の騎士(きし)団に在籍(ざいせき)するのはこりごりだ」

 ジャッカルはため息をつきながら言った。

「聖女アンナさん、パメラさんよ。あんたたちの目的はウォルターを牢屋(ろうや)から助けることだろう? ウォルターを助けるための情報を教えてやる」
「……一応聞いてやるよ。どんな情報だ?」
「まず始めに基本的な情報を話そう。①──ウォルターは(ふたた)牢屋(ろうや)に入っている。②──新しい牢屋(ろうや)番にマックス・ライクという兵士がついている。③──前牢屋(ろうや)番のジムはこの国から追放されたらしい」

 ジャッカルの言葉を聞いて、私は驚いた。
 
 まさか? 

 私に協力的だった、あのジムが?

「そして④──明後日(あさって)、グレンデル城でパーティーを行う。王子とジェニファーの婚約(こんやく)記念パーティーだ」

 ジャッカルは続けた。

 パメラは私を見た。
 
 私はもうデリック王子に未練(みれん)はないので、婚約(こんやく)記念パーティーについては何も思わない。

 私はジャッカルに聞いた。

「その(すき)をついて忍び込めと?」
「ああ。牢屋(ろうや)のある地下一階は警備が手薄(てうす)になる。だが問題は、城の手前の庭園と城の一階の警備が強化されるってことだが……」
「警備が強化されているなら、城への侵入(しんにゅう)(むずか)しいのでは? 裏口も厨房(ちゅうぼう)(つな)がっていて、料理人がいっぱいいるし……」
「確かにそうだ。だが君たちなら、堂々と真正面から入り込む方法がある」
「ま、真正面?」

 私とパメラは同時に叫んでしまった。

 いったいどうやって?

 ジャッカルはニヤリと笑った。

「真正面から入り込めたらしめたもの……! とある良い案があるから実行してくれたまえ!」
 ここは宿屋、「光馬亭(こうばてい)」──。

 私とパメラ、ネストールの三人が、ジャッカルとグレンデル城への侵入(しんにゅう)について話し合ったその二日後。
 
 デリック王子の婚約(こんやく)記念パーティーが始まる四時間前──。

 私たちはウォルターを取り返す作戦を開始することにした。

「……よし、それでいい」
 
 ジャッカルが宿屋にきて、私を見て言った。

「こんな格好で行くの?」

 私は自分の格好を宿屋の姿見鏡(すがたみきょう)に映した。

 私とパメラは(おど)り子の格好に着替えていた。

 肌もあらわで、へそも出して結構()ずかしい。

 私もパメラも髪を後ろでまとめ、髪型をいつもと違うようにした。

「……俺、この格好嫌だ」

 そう言ったネストールの服装は曲芸師のものだ。

「三人とも、ブツブツ文句言うな。ウォルターの命がかかっているんだからさ」

 ジャッカルは腕組みをして言った。

 私たちの衣装(いしょう)は、宿屋の隣の服屋に借りたものだ。

 ロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムは水商売と娯楽(ごらく)産業が(さか)んなので、(おど)り子や曲芸師の衣装(いしょう)を貸し出している服屋が多い。

(おど)り子か曲芸師などに変装(へんそう)すれば、城の正面から堂々と入れる」

 ジャッカルは私たちを見て真剣な表情で言った。

「なぜならパーティーには、(おど)り子や曲芸師が多数呼ばれているからだ。それにまぎれていけば、容易(ようい)に城に入り込めるはずだ」
「おへそ……」

 私は姿見鏡(すがたみきょう)を見てつぶやいた。

 おなか──おへそが丸出しなのが()ずかしくて仕方なかった。

 世の中の殿方(とのがた)というのは、このような格好の女性が好きなのだろうか。

「このバカみたいな格好をしただけで、城に入り込めるの?」

 ネストールは自分のへんてこな曲芸師の格好を姿見鏡(すがたみきょう)で見つつ、顔をしかめながら言った。

「いや、それだけじゃ不完全だ。パーティーの招待券(しょうたいけん)というものがある。俺は十枚ももらっているから、お前らにやるよ」
招待券(しょうたいけん)を十枚? 何でデリック王子は、そんなに配っているんだ」

 パメラは眉をひそめてジャッカルに聞くと、彼は答えた。

「デリック王子の人気のなさは半端(はんぱ)じゃない。招待券(しょうたいけん)を俺たち騎士(きし)団に手渡し、貴族や王族に配布せよと依頼(いらい)してきた。まあ豪華な夕食ができて、(おど)り子と曲芸師のショーを見られるパーティーだから来て損はないって感じか」

 ジャッカルは壁掛け時計を見た。

「さあグレンデル王国に行こう。俺の紹介だと言えば、ほとんど(あや)しまれない。だが、顔は知り合いの侍従(じじゅう)侍女(じじょ)などに見られないようにしろよ。お前らは顔が割れているからな」

 ◇ ◇ ◇

 私たちはネストールが御者(ぎょしゃ)をしてくれた馬車で国境(こっきょう)に行き、マードック氏に事情を話し通してもらうことにした。

 やがて二時間かけて、馬車はやっとグレンデル城近くに着いた。

 グレンデル城前の庭園にはすでにたくさんの人々が集まっている。

 デリック王子とジェニファーの婚約(こんやく)記念パーティーの参加者だ。

 ほとんどが貴族やどこかの王族だと思われるが、平民らしき服装の者もちらほら混ざっていた。

 他には(おど)り子、曲芸師、奇術師、占い師、歌手、演奏家などがいる。

「申し訳ありません。パーティー招待券(しょうたいけん)をご提示(ていじ)ください」

 庭園で周囲を見回していると、見回りの若い男性兵士が私たちに声を掛けてきた。

 あわてて招待券(しょうたいけん)提示(ていじ)する。

(おど)り子さん、曲芸師さん……? あんたら名前は?」

 若い兵士は私やパメラ、ネストールを(うたが)うような目で見た。

 まずい──。

 すると……。

「彼女たちは俺の知り合いなんだよ。城の中に入らせてやってくれないか」

 私たちの後ろについてきたジャッカルが言った。

「なんだ? あんた……」

 若い兵士は後ろを振り返り、ジャッカルのほうを見て──。

「あっ、これはジャッカル殿(どの)! こ、これは失礼しました!」

 彼はあわてて敬礼した。

「こ、この(たび)騎士(きし)団長から降格されたということで、私はとても残念に思っております!」
「あ、ああ、まあな。──とにかく彼女たちを通してやれ。仕事で来てるんだから」
「申し訳ありませんでした! まさか皆さん、ジャッカル殿(どの)のお知り合いとは! ではこちらに」

 若い兵士は私たちに対して頭を下げ、城の門の前に案内してくれた。
 
 そして門番に話し、門を開けてくれた。

 時刻(じこく)はもう夕方の十七時──夕刻(ゆうこく)過ぎだ。

(やるじゃん、ジャッカル)

 パメラはジャッカルの腕を(ひじ)で突っつき、彼に小声でそう言った。

(ゆ、油断するんじゃない。本番はこれからだろ)

 ジャッカルは腕をさすりながら言った。

(何とか中に入れるわね)

 私はパメラに小声で言った。

 さて……ウォルターはどこにるのか。

 地下の牢屋(ろうや)だろうか?

 ◇ ◇ ◇

「パーティー会場は一階大ホールです。よろしくお願いします」

 さっきの兵士は敬礼をして庭園に戻っていった。

 私たちは安堵(あんど)の息をつき、大ホール前の廊下に向かった。

「おい」

 ジャッカルは一通り見回りをしてきて、大ホール前の廊下にいる私たちに言った。

「すぐの地下の牢屋(ろうや)に行って、ウォルターを救いたいところだ。しかし、マックス・ライクという腕っぷしの強い牢屋(ろうや)番がいる。それに、ヤツは牢屋(ろうや)(かぎ)を持ち歩いていない」
(かぎ)はまかせてよ」

 ネストールは言った。

「さっきも話したけど、俺は牢屋(ろうや)の鍵でも何でも開けられるからね」

 ネストールの特技は(かぎ)開けだ。

 昔、盗賊(とうぞく)から(かぎ)開けを教わり、自分の特殊技能(スキル)にしたらしい。

「うむ。(かぎ)については頼んだぞ少年。ただな、さっき友人の騎士(きし)団員に会い、情報を聞いたんだが──」

 ジャッカルは少し考えこみながら言った。

「ウォルターは前回の地下(ちか)(ろう)にいるとは限らんようだぞ」
「どういうことです?」

 私はジャッカルに聞いた。

「アンナ、あんたは城の左手にある地下一階の牢屋(ろうや)でウォルターに会ったと思う。しかしどうもその牢屋(ろうや)にウォルターがいないらしいんだ。俺もさっきの友人の騎士(きし)団員もウォルターの居場所については、あまり知らされていなくてな……」
「じゃあ、別の場所に幽閉(ゆうへい)されている可能性も?」
「そうだ。だからウォルターの居場所を誰かから聞き出さなくてはならない」
「おいおい」

 パメラは顔をしかめた。

「ウォルターの居場所を教えてくれる親切なヤツなんているのかよ?」
「いや、一人思い当たる人物がいる。彼女はこの城の侍女(じじょ)でな……。確かジェニファーと仲が良いロザリーという女性で……」

 ジャッカルがそう言ったとき、私たちの後ろから声がした。

「よぉ、(おど)り子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」

 振り返ると、そこには()っぱらっている太った貴族の男が立っていた。

 ネストールはナイフを(ふところ)から取り出す仕草を見せた。

「こら、無視すんじゃねえ。姉ちゃん、遊ぼうよ~」

 貴族の男は真っ赤な顔でヘラヘラ笑っている。

 パメラは「ぶん(なぐ)って失神させるか……」とつぶやいているが、騒ぎを起こすわけにはいかない。

 私は「外気(ルアーダ)」を体に取り込み始めた。

 聖女の魔法を使って──この場を切り抜ける!