パメラの弟、ネストールはおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出した。
向かってくるのは、十名の騎馬隊──!
一名の騎馬兵が、もう馬車に追いつきそうだ。
「はあああっ」
ネストールの掛け声とともに、鈍い音がした。
ネストールは飛び上がると同時に、騎馬兵の一人の顔を飛び蹴りしたのだ!
ドオオオッ
そんな音がして馬の上の兵士は吹っ飛び、馬は横倒しになった。
ネストールは道路に着地している。
「よし、やった」
御者のパメラが叫ぶ。
私たちの乗った馬車は速度を落とした。
ズドドド
「うあああああ」
「ひえええ」
すさまじい音と声とともに、駆けてくる騎馬隊がその横倒しの馬にひっかかったのだ。
十名の騎馬隊は全員、道路に転げ回っている。
「思ったより、大袈裟なことになっちゃったなあ」
ネストールは走って、ゆっくり走っている馬車に追いつくとまた客車に乗り込んだ。
「ようし! 全速力で逃げるぞ!」
パメラは叫ぶと、馬車の速度を上げた。
「あ、あなた、すごいのね」
私が呆然としてネストールに言うと、彼は真顔で二つ目の揚げパンを食べだした。
「まだ終わってないよ。あれ……弓矢? 当たったら死ぬんじゃない?」
そのとき、後ろに見える騎馬隊の一人が背負ったものを構えたのが見えた。
弓矢を構えている!
「弓矢だって? 何とかしろ!」
パメラが御者席でわめく。
「く、来るわよ! 私が防ぐ!」
私はすぐに「外気」を体に取り込んだ。
最近、治癒魔法以外で魔法を使っていないから、防御魔法がうまくいくかどうか……?
外気とは空気中に浮かぶ「気」のことである。
気は硬化できる性質を持っている。
「このままだと当たるね」
ネストールは揚げパンをかじりながら、モニャモニャ言った。
騎馬兵の弓矢は、鋭い音を立てて放たれた!
「放たれよ、『気』! そして『盾』!」
私が素早く唱えると、馬車に私が放った外気で包まれ──外気は硬化した。
そして──。
乾いた音とともに、外気の盾により弓矢は弾かれた。
「ふうっ……!」
私とパメラは息をついた。
馬車はそのまま進んだ。
聖女が無理に防御魔法を使ったから、つ、疲れた……。
でもまだ難題が残っている。
国境警備員をどう切り抜けるか……?
◇ ◇ ◇
一時間半程度、大通りを突っ切ると、やがて大草原に入った。
目の前には国境の鉄の門がある。
詰所があり、大柄な警備員が二人立っている。
「待て! 全員降りろ! ──三名か」
中年の警備員が声を上げた。
警備員は中年男と若い男だった。
私たちが馬車を降りると、中年の警備員は私とパメラ、ネストールをじろじろ見やりだした。
「何だ? お前ら怪しいな。通行許可証を出せ!」
私は彼が持ったひのきの棒で、右肩を少しコツコツ叩かれた。
ここはグレンデル王国とロッドフォール王国の国境。
通行するには、役所に依頼し作成した通行許可証が必要だ。
門の左右には赤レンガで造られた高さ約二メートルの壁が、長く長く続いている。
「通行許可証は持っています!」
パメラは文書を手渡した。
中年警備員は手渡された文書を見てから、眉をひそめてパメラに返した。
「これはグレンデル王国の役所が発行した通行許可証だな。しかしダメだ。これでは通れない!」
「えっ? な、なぜ? 普段ならこれで──」
「確かに普段ならこの通行証で通せる!」
中年警備員は言った。
「しかし、ついさっき伝書鳩で通達があった。グレンデル城から逃亡者が出たと」
私たち三人はドキッとしたが、表情は変えなかった。
中年警備員は私たちを見やり、大声で言った。
「現在、この国境を通行するには、イザベラ女王とグレンデル城が発行した通行許可証が必要だ。礼拝堂や役所、ギルドの通行許可証では通せない!」
そ、そんなものは持っていない。
そもそも私たちは、そのイザベラ女王に追われる身だ……!
警備員二人はあきらかに私たちを怪しんでいる。
「これからお前らは、取り調べを受けてもらう!」
中年警備員は私たちを睨みつけて言った。
こ、困った……。
このままでは騎馬隊に追いつかれる!
──そのとき!
「父ちゃん」
国境の門のほうでかわいい子供の声がした。
「ん? お、おいっ、ヘンデル! ここに来ちゃいかんと言っただろうが」
中年警備員はそう叫び、あわてて門のほうに駆け寄った。
門の向こうに、六歳から七歳くらいの男の子が立っている。
おや? 珍しい。
口に布製のマスクをしている。
聖女の仕事で病院に行ったことがあるが、肺に患いがある人がマスクをつけているのを見たことがある。
「ずっと家にいなきゃいけないから嫌なんだ……。僕だって外で遊びたいよ……ゴホッ、ゴホッ……」
少年は咳き込みながら言った。
「学校も休まなきゃいけないし。皆と勉強したい」
「だめだ、ヘンデル。家に戻ってろ。すぐに息切れするだろう。母さんに怒られるぞ」
中年警備員は門越しに少年を叱った。
私はヘンデル少年の気を見た。
喉と肺の気がかなり減少している。
となると、肺疾患……。
「彼は何らかのガス、もしくは工場の煙などをかなり吸い、肺を患っていますね」
私が中年警備員に言うと、彼は目を丸くして言った。
「な、なんだと?」
「そうなると喉の内部が狭くなり肺の機能も弱くなって、呼吸ができにくく息切れや咳が出るのです」
「き、貴様……!」
中年警備員は私を睨みつけたが、私は言った。
「私に彼を診せてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒するのが仕事ですよ」
私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。
向かってくるのは、十名の騎馬隊──!
一名の騎馬兵が、もう馬車に追いつきそうだ。
「はあああっ」
ネストールの掛け声とともに、鈍い音がした。
ネストールは飛び上がると同時に、騎馬兵の一人の顔を飛び蹴りしたのだ!
ドオオオッ
そんな音がして馬の上の兵士は吹っ飛び、馬は横倒しになった。
ネストールは道路に着地している。
「よし、やった」
御者のパメラが叫ぶ。
私たちの乗った馬車は速度を落とした。
ズドドド
「うあああああ」
「ひえええ」
すさまじい音と声とともに、駆けてくる騎馬隊がその横倒しの馬にひっかかったのだ。
十名の騎馬隊は全員、道路に転げ回っている。
「思ったより、大袈裟なことになっちゃったなあ」
ネストールは走って、ゆっくり走っている馬車に追いつくとまた客車に乗り込んだ。
「ようし! 全速力で逃げるぞ!」
パメラは叫ぶと、馬車の速度を上げた。
「あ、あなた、すごいのね」
私が呆然としてネストールに言うと、彼は真顔で二つ目の揚げパンを食べだした。
「まだ終わってないよ。あれ……弓矢? 当たったら死ぬんじゃない?」
そのとき、後ろに見える騎馬隊の一人が背負ったものを構えたのが見えた。
弓矢を構えている!
「弓矢だって? 何とかしろ!」
パメラが御者席でわめく。
「く、来るわよ! 私が防ぐ!」
私はすぐに「外気」を体に取り込んだ。
最近、治癒魔法以外で魔法を使っていないから、防御魔法がうまくいくかどうか……?
外気とは空気中に浮かぶ「気」のことである。
気は硬化できる性質を持っている。
「このままだと当たるね」
ネストールは揚げパンをかじりながら、モニャモニャ言った。
騎馬兵の弓矢は、鋭い音を立てて放たれた!
「放たれよ、『気』! そして『盾』!」
私が素早く唱えると、馬車に私が放った外気で包まれ──外気は硬化した。
そして──。
乾いた音とともに、外気の盾により弓矢は弾かれた。
「ふうっ……!」
私とパメラは息をついた。
馬車はそのまま進んだ。
聖女が無理に防御魔法を使ったから、つ、疲れた……。
でもまだ難題が残っている。
国境警備員をどう切り抜けるか……?
◇ ◇ ◇
一時間半程度、大通りを突っ切ると、やがて大草原に入った。
目の前には国境の鉄の門がある。
詰所があり、大柄な警備員が二人立っている。
「待て! 全員降りろ! ──三名か」
中年の警備員が声を上げた。
警備員は中年男と若い男だった。
私たちが馬車を降りると、中年の警備員は私とパメラ、ネストールをじろじろ見やりだした。
「何だ? お前ら怪しいな。通行許可証を出せ!」
私は彼が持ったひのきの棒で、右肩を少しコツコツ叩かれた。
ここはグレンデル王国とロッドフォール王国の国境。
通行するには、役所に依頼し作成した通行許可証が必要だ。
門の左右には赤レンガで造られた高さ約二メートルの壁が、長く長く続いている。
「通行許可証は持っています!」
パメラは文書を手渡した。
中年警備員は手渡された文書を見てから、眉をひそめてパメラに返した。
「これはグレンデル王国の役所が発行した通行許可証だな。しかしダメだ。これでは通れない!」
「えっ? な、なぜ? 普段ならこれで──」
「確かに普段ならこの通行証で通せる!」
中年警備員は言った。
「しかし、ついさっき伝書鳩で通達があった。グレンデル城から逃亡者が出たと」
私たち三人はドキッとしたが、表情は変えなかった。
中年警備員は私たちを見やり、大声で言った。
「現在、この国境を通行するには、イザベラ女王とグレンデル城が発行した通行許可証が必要だ。礼拝堂や役所、ギルドの通行許可証では通せない!」
そ、そんなものは持っていない。
そもそも私たちは、そのイザベラ女王に追われる身だ……!
警備員二人はあきらかに私たちを怪しんでいる。
「これからお前らは、取り調べを受けてもらう!」
中年警備員は私たちを睨みつけて言った。
こ、困った……。
このままでは騎馬隊に追いつかれる!
──そのとき!
「父ちゃん」
国境の門のほうでかわいい子供の声がした。
「ん? お、おいっ、ヘンデル! ここに来ちゃいかんと言っただろうが」
中年警備員はそう叫び、あわてて門のほうに駆け寄った。
門の向こうに、六歳から七歳くらいの男の子が立っている。
おや? 珍しい。
口に布製のマスクをしている。
聖女の仕事で病院に行ったことがあるが、肺に患いがある人がマスクをつけているのを見たことがある。
「ずっと家にいなきゃいけないから嫌なんだ……。僕だって外で遊びたいよ……ゴホッ、ゴホッ……」
少年は咳き込みながら言った。
「学校も休まなきゃいけないし。皆と勉強したい」
「だめだ、ヘンデル。家に戻ってろ。すぐに息切れするだろう。母さんに怒られるぞ」
中年警備員は門越しに少年を叱った。
私はヘンデル少年の気を見た。
喉と肺の気がかなり減少している。
となると、肺疾患……。
「彼は何らかのガス、もしくは工場の煙などをかなり吸い、肺を患っていますね」
私が中年警備員に言うと、彼は目を丸くして言った。
「な、なんだと?」
「そうなると喉の内部が狭くなり肺の機能も弱くなって、呼吸ができにくく息切れや咳が出るのです」
「き、貴様……!」
中年警備員は私を睨みつけたが、私は言った。
「私に彼を診せてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒するのが仕事ですよ」
私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。