「まず、死霊(しりょう)病とグール()を分けて考えなければならない。二つは別の症状(しょうじょう)だ」

 僕──ウォルター・モートンはグラモネ老人の言葉に驚いた。

 死霊(しりょう)病とグール()は同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。

死霊(しりょう)病は脳の病気。グール()呪術(じゅじゅつ)的な薬剤(やくざい)を使った症状(しょうじょう)である」
「グール()はさっきのゴブリングールを見れば分かるように、肌は紫色になり爪は伸び(きば)が生えるようです」
「その通り。ゴブリングールの正体はゴブリンにとある薬剤(やくざい)を注射して、一時的に狂暴化(きょうぼうか)させた魔物だ。ゾートマルクの人間のグール()も同じ仕組みのはずだ」

 グラモネ老人がそう断言したので、僕はあわてて聞いた。

「だ、誰かが注射していると?」
「そうだ。(くわ)しく説明しよう。肌の色というのは肌の成分の『色素(しきそ)』の量で決まるのだ。その色素(しきそ)の一部を増加させると紫色になる」
色素(しきそ)……」
「一方、爪や歯は、牛肉や鳥肉などに(ふく)まれる『蛋白質(アイヴァイス)』という成分からできている」

 僕は今まで人間の爪や歯が何でできているか、ということすら考えたことがなかった。

 蛋白質(アイヴァイス)という言葉も初めて聞いた。

「では、ゴブリンや人間をグール()してしまう原因は何ですか?」
「魔族が作り上げた魔族の薬剤(デモン・メディカ)だ。魔族の薬剤(デモン・メディカ)は、塩、毒キノコ数種、ドラゴンの皮、コウモリの爪、数種の薬草、魔力の結晶(けっしょう)の粉末をエキスにしたもの。この魔族の薬剤(デモン・メディカ)を体に注射するとグール()現象が起こる」
「何とも複雑な薬剤(やくざい)ですね……」
「魔族に古代から伝わる技術があるらしい。白魔法医師は古代文献(ぶんけん)を研究し、それを解明した。魔族の薬剤(デモン・メディカ)を注射すれば、一時的に肌の色素(しきそ)は増加し、蛋白質(アイヴァイス)に作用し爪は伸び、歯は(きば)に成長する。しかしそれは副作用で狂暴化が目的だがな」

 さっきのゴブリングールも岩を(くだ)いたし、グール()した人間も狂暴化(きょうぼうか)した。

「では、死霊(しりょう)病のことを教えてください」
「うーむ。死霊(しりょう)病は難しい」

 グラモネ老人は腕組みをして考え始めた。

「昼間におとなしくなり、正気(しょうき)がない状態を死霊(しりょう)病という。白魔法医師の結論としては、死霊(しりょう)病は脳に問題があることは分かっているのだ」
「脳……とは? その言葉を聞いたことはありますが、よく知りません」
「頭の中に入っている肉の(かたまり)だよ。脳は人間の思考、行動をすべて(つかさど)るといわれている。死霊(しりょう)病は脳に問題がある症状(しょうじょう)だということは分かっているのだが、あまり解明できていない」
「なぜ?」
「脳には神経伝達物質というものが()()しているらしい。これが行き届かないと死霊(しりょう)病になる。しかし神経伝達物質は目に見えないものなのだ。白魔法医師は魔法で人体を透視(とうし)はできるのだが、神経伝達物質を()ることがでる者はいない」

 グラモネ老人は残念そうに首を横に振った。

「一方で聖女には、脳を透視(とうし)し、神経伝達物質の()()()ることができる者がいるらしいのだが……」

 僕はアンナのことを咄嗟(とっさ)に思い出した。

 彼女はこのことを解明できたのだろうか。

「さっき(おっしゃ)ったグール()薬剤(やくざい)は手に入れることはできますか?」
魔族の薬剤(デモン・メディカ)なら、すでにこの(かく)(ざと)で研究し、我々が複製(ふくせい)を作成している。──君はさっき協力者が欲しいと言っていたようだな」

 僕がうなずくとグラモネ老人はしばらく考えてから、決意するように言った。

「ゾートマルクの状況は我々も気になっていた。良い機会だ。魔族の薬剤(デモン・メディカ)複製(ふくせい)を持って、我々も行こう。君には先程の戦闘で、世話になったしな」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、その前に君には、強力な魔物と戦っていく力が()らぬ」
「ど、どういうことですか?」

 僕は自分の未熟(みじゅく)指摘(してき)されたようで驚いたが、グラモネ老人は続けて言った。

「ジェイラスの剣術を見たか? あれが聖騎士(パラディン)の剣術だ」
「あ、あれが聖騎士(パラディン)の剣術!」
「そう、剣に白魔法をかけ、悪霊系、グール系の魔物を撃退(げきたい)、打倒する」

 ジェイラスのゴブリングールを蒸発(じょうはつ)させて()かす剣術は、聖騎士(パラディン)の剣術だったのか!

「君の力を引き出してやろう。ただし、訓練し力を伸ばすのは君の努力次第(しだい)だ。──今から君は聖騎士(パラディン)となるが良い!」

 彼は立ち上がり、座っている僕の頭の上で何かを(とな)え始めた。

「では『霊よ、私を上昇(アサンシオン)させてください』と言いなさい。そうしないとお前を守っている霊から許可が下りない」
「れ、霊よ、私を上昇(アサンシオン)させてください」

 僕はその通りの言葉を言った。

 グラモネ老人は僕の肩に右手を当てて、左手で(ちゅう)に何かを(えが)きながら(とな)えた。

「この者の霊に語り()ける。上昇(アサンシオン)上昇(アサンシオン)上昇(アサンシオン)……」

 そして続けて言った。

「霊よ、この者は次の段階まで進んでいけるようだ。福音(ヴァンジェリ)福音(ヴァンジェリ)福音(ヴァンジェリ)……」

 すると僕の頭の中で何かが引っ張られる気がした。

 体が引き()ばされ、そして元に戻り体が熱くなった。

 体の奥から力が()き出てくるような感覚を感じたが、気のせいだろうか?

「これで聖騎士(パラディン)になるきっかけはお前に与えた。人間には七つの見えない『門』がある。お前はすでに四つ門を開いていたが、今回は(のど)(あた)りにある五つ目を開き、頭周辺にある六つ目の門を半分開いた」
「そうなるとどうなるのですか?」
聖騎士(パラディン)に目覚めることになる。真の聖騎士(パラディン)なるにはまだまだ修行が必要だがな……。さあ、一緒(いっしょ)にゾートマルクの街に行こう。私と、私の弟子の白魔法医師を五名連れていこう」

 僕は聖騎士(パラディン)となり、白魔法医師たちと一緒にゾートマルクの街に戻ることになった。

 驚いた……。

 必要なことがすべて与えられ、アンナたちの元へ戻ることになったのだ!